2021/12/24

「毎日歌壇」掲載と年末のご挨拶  毎日歌壇他

今年最後の週の12月20日付「毎日歌壇」米川千嘉子選で一首掲載していただきました。

「いかけ屋」という語も消えた冬の日に大型アルマイトの鍋に穴あく   河野多香子

これは実話で、まだ数年しか使っていないお鍋にピンホールくらいの穴が開いて水がもれ、困ってしまいました。「鋳掛屋」と書くいかけ屋さんは昔は定期的に回ってきて(家が商売屋だったからか)金属の穴を塞いでくれたのです。そう言う人もいなくなり、街の金物屋さんもなくなってどうしようと思った歌なのです。(とりあえずアルミテープを貼りました)今年最後まで採用して下さってとても嬉しいです。米川様ありがとうございました。

     ***************************************

今年はあっという間に終って短い一年だったと誰もが言います。私もあれは去年だったか今年の初めだったかと分からなくなるのです。コロナの第五波は凄い勢いではじまりあっという間に終息したので、ワクチンも二回打って妙な安心感というか諦観のようなものがありました。いま次の波(オミクロンとか言う)がくるのかどうかと思いながらどこかたかを括っているところがあります。
主人の心臓と腎臓はよくもないけどそう悪くもないというところに留まっているので、私は付き合って無理のない暮らしをしたいけれど会社の社長代理は私のところに回って来るし家の中で奮闘するしかないです。

今年はカレンダーの最後が31日の金曜日なので、次回は一月一日に新年のあいさつとして、今回の更新を今年最後とさせていただきます。いつも読んでくださる方、ネット上の短歌のお友達(と私が勝手に思っているのですが)今年一年ありがとうございました。来年もよろしくおねがいいたします。m(__)m
5

2021/12/17

「東京の灯よいつまでも」という歌  

いつもは童謡、唱歌の思い出を書いているが「美しき日本の歌」の後半の方に女学生愛唱歌などが載っていて、それも懐かしいものと感じている。一方で昔は「歌謡曲」といった物の中に往時をしのぶ懐かしいものもいっぱいある。その当時の事を思うとジェンダーだとか差別なんてどこの話というくらいの内容だったが、戦後の女性は選挙権も得て平等を求めて意気盛んでもあったから、歌謡曲の中のやさしく恋に泣く女性は男性からの理想像だったのかもしれない。

今回思い出してユーチューブにも上がっていた歌は「ああ東京の灯よいつまでも」歌手の名前など忘れてしまう事も多いけど新川二郎の事はなぜか覚えている(この一曲しか知らないが)歌いだしの歌詞もお風呂でふっと口をついて出ることがある。昭和39年といえば前の東京オリンピックの年であり、東京に関する歌も多く作られたのだろう。

「東京の灯よいつまでも」作詞 藤間哲郎 作曲 佐伯としを 昭和39年歌 新川二郎

1,雨の外苑 夜霧の日比谷 今もこの目にやさしく浮かぶ
 君はどうしているだろうか ああ 東京の灯よいつまでも

2,花の唇 涙の笑顔 淡い別れに ことさら泣けた
 いとし羽田の あのロビー ああ 東京の灯よいつまでも

今年のオリンピックの事はコロナの広がり、無駄なお金の使われ方、皆忘れようとしているみたいだけれど、前の東京オリンピックの頃の事はおぼえているのに霞がかかったような気もする。それが「雨の外苑、夜霧の日比谷」に呼応するのかもしれない。
羽田は変わってしまったしオリンピック施設は新設されIOCと関係者には人のやさしい気持ちも踏みにじられてしまった。それでも私たち東京人は「ああ東京の灯よいつまでも」と歌うのだ。

嘘つきな女がほそい指で折る造花のような夜の東京   多香子
4

2021/12/10

コロナとか、70代の死とか  

年末に来て訃報が多いような気がするのは毎年の事だけど、今年は70代半ば過ぎ(後期高齢者になったところ)の有名人が突然亡くなる事が相次いでいる。突然と思うのはコロナのせいでニュースショウもあまり病院などを追跡しないし、葬儀も家族葬で行われてしまい後から報告があるからだろう。我々も親戚の葬儀でさえ後から知ったり、町会の葬儀も報告だけだったりしている。

寂聴さんの場合は100才までと思ってもいつか来ることと思っていたから驚かなかったが、中村吉右衛門氏の訃報には驚かされた。77才という年が「もう後期高齢者だし」なのか「まだ若いのに」なのかは現代においてよく分からないが、歌舞伎界はその下の年の名優(になるべき)勘三郎、三津五郎を亡くし団十郎を亡くしてどうするのだと思っていた時にまた吉右衛門では背筋が寒くなるような気がした。
私は小学五年で始めて歌舞伎座に観劇以来の歌舞伎ファンだったけど、介護生活に明け暮れて劇場からは遠ざかっていた。いざ行けるようになってコロナでまたダメといううちに主人の病気、テレビで観るからいいやという気持におちついて来ていたところだ。

コロナが全世界に広まり、ほんとうなら地球の人口はそうとう減るのだろうという時代の変換期なのに、長生きしたいという人々は変わらないみたい。以前は漫画家とか若い人がどんどん死ぬなアと驚いていたけれど、このところで70代の人が亡くなっていくのを聞くと、気持がざわつくのは主人ももうじき77だからなのかもしれない。昔は覚悟がつくと思っていたが年を取るほどだめなのかもと思う。

老練な役者もだんだん死んでゆき長谷川平蔵またも死にゆく

十六で死んだ縞猫ウメちゃんがスマホの画面に今日もかわいい   多香子
6



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ