2015/12/18

秀歌(59)河野美砂子 「角川」12首詠より  秀歌読みましょう

河野美砂子さんは、私と苗字が同じなので気にはなっていたけれど、あまり読んだ事のない方だった。「塔」の歌人という事は知っていたがピアニストとして有名な方とは今度初めて知ったことだった。京都生まれで音楽の学歴はネット上でも出ているが、生年は出していないようで60代かしらと言う位。
第41回「角川短歌賞」(1995)の「夢と数」はやはりピアノが主題であったが、今回「角川短歌」9月号に寄せた12首は自分の父親を詠っている。なぜかこの連作には音楽を感じなかったのは私が距離を取ってみているからか。五首を引く

「手について」から

雨やめば緑いきほふ夏草に呑まるるやうに父がおとろふ

眠りといふ沼のほとりに父は坐す蝉声のうすい幕がひろがり

父が父であることずっとわすれてた七月の夜が小さくなるほど

砂深く掘るトンネルの手のさきがくづれて触れき生(なま)の父の手

その甲を見せてわたしに手を振れり戦争に行かなかったといふ父の手が

私の父は随分前に七年の植物状態を経て亡くなったが、しばらくは父の事を詠う気にはなれなかった。今ときどき昔の父を詠んでもいいかなと思う所に来ているが、今度は母を詠えない状態にいる。美砂子さんの父君がどんな方であったかは、この12種からはよく分からないが、弱って行く父をまだ距離を保って見つめている所であろう。
5首目の「戦争に行かなかったといふ手」私の父も結核で兵隊検査に落ちて行かずにすんだ。そのことは戦後の生活再建に幸いした。このお歌ではその意味するところはよく分からない、事実を述べただけのような気もする。手の甲を見せているという事は後ろを向いている、(照れか、関心を持たなくなっているのか)その手の状態の切り取りはうまい。
6



トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ