2016/9/16

野分と「源氏物語」  古典(伊勢、源氏など)

この夏は後半台風が九州や関西でなく、直接関東に直撃と言う事が続いて、不安定な日々の過ごし方をした。我が家は少しだけ坂の上のビルなので、水害と言う物に遭ったことはないが、風と言うのも怖い物で、ビル風の吹くあたりでは何が飛んで来るか分かったものではない。
古典文学や歌の世界では台風は「野分」(のわき)でどうも大雨より強い風を指したようだ。「野分」ときくと私は「源氏物語」の巻28の「野分」の場面を思い出す。私の持っている絵図を中心とした学研「実用シリーズ・源氏物語」(昭和63年版)には、この嵐の翌朝、源氏36歳、紫上28歳、夕霧15歳、となっている。夕霧はこの三年後に雲居の雁と遅い結婚をするので、このころの15歳は結婚適齢期であったろう。源氏は12歳で葵上と結婚している。

近頃のコミックなどでは、平安時代の貴族の娘でも平気で庭を歩いたり、男性と顔を合わせて話をしたりして居るが、「源氏」などを読んでいると高貴な女性はむやみに姿を見せず、異性とは几帳を隔てたり御簾の奥から対面したりしていたので「噂」で「美しい」と聞いていても中々顔などは見たこともなかったのだ。また不倫は文化(!)だったので、男性は自分の妻たちを他の男から見えないように囲い込んでいた面もあるらしい。
夕霧は生まれてじきに母葵上が亡くなったので、祖母大宮と「花散里」に育てられていて、六条院の女性たちを見たことはなかった。

嵐が激しく通り抜けた翌朝、源氏について六条院のお見舞いに行った夕霧は、(源氏は注意をして夕霧に見せないようにしたのだが)はじめて紫の上を垣間見る。その美しさにびっくりして、まじまじと覗く夕霧に気付いたかどうか、やってきた源氏は「なんという風か、中が丸見えだ」と注意をする。夕霧はこんなに美しい人なので、父君は私に(小さい時でも)紫の上を見せなかったのだなと思ったりした。
その後六条院の他の方々と紫の上の比較がほのめかされながら、(娘と言って引き取った)玉蔓と源氏の様子が怪しいと思う夕霧の男性的な目覚めが描かれている。「花散里」のもとを見舞った時にはもう母親を見る目になっているので、花散る里の容貌がどんなであるかは分らないが、実務に秀でた、地味な人だったのではないかと想像される。

一時私は紫の上を見た後、夕霧が養母(花散里)をなんで源氏の愛人だったのかと思わなかったかしらとも考えたけれど、今は「源氏物語」という多くのタイプの女性を登場させる一大小説の中の一つのエピソードなのだと思っている。

美しい花を倒して吹き抜ける野分よ何を覗いていった  多香子
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