2019/2/22

「歌会用語?」  

私が月に一度いく短歌講座は「歌会形式」で投票は無しだが、提出歌について一人一首ずつ評をしていく、先生が司会で他の人の評も聞き講評もして下さるやり方です。この場所は「入門」と名がついているけれど、歌歴7〜8年の人から新しく初心で入ってくるかたもいます。
先生は高名な歌人なので、普段に使っている言葉で説明なさるのが、時々専門用語になっている時があります。「うたの日」などで繰り返しでて来る「厳しい言い方、あれってなんなの」みたいなものは「歌会用語」を心得ていないと起きる誤解のような部分もあると思います。評や感想の用語と言う物があって、それは各結社によって多少の違いはあっても「短歌界」という土俵の中で使われる言葉にあまり相違があってはいけないと形成された言葉たちであったろうと思うのです。

この前私があれっと思ったのは、あるおとなしい歌に「箸休めのうた」という声が上がって、一人が「それは悪い意味なのか」と聞いたら結社に居る人何人かが「良くない意味に使う」と言うのです。私は他の結社の方から「箸休めの歌は、ちょっと休憩のための連作の中に入れる歌」と聞いていましたし、内の先生も「橋渡しの歌」と言って強い歌と強い歌を繋ぐしずかな歌と言う意味で必要な歌と説明してくれていましたからちょっとびっくりしました。
その時の先生は一首詠はしっかり立つ(これも短歌用語ですね)必要性と連作には強い歌ばかりでは読み手もくたびれるので、テーマが薄まるのを回避するために「箸休めの歌」は必要なのだと言っていたと思います。

夜の波は小豆色へと変わりつつ海が私を産みだすところ   多香子

これを出した歌会では先生から「私を産みだす海の様子を(小豆色)だけに支えさせるのは弱い」と講評がありました。
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