2014/1/24

秀歌(23)原阿佐緒  秀歌読みましょう

今日は原阿佐緒さんという近頃また取り上げられるようになった歌人の事を書きます。私はああそういう名前の人がいたな、という感じでとこでその名を読んだのかも覚えてなかったのですが、秋山佐和子さんの歌や、NHK短歌テキストなどで見て、ああ俳優の原保美のお母さんと気が付いた次第です。

原阿佐緒は写真で見ても病的に美しい人で、誘蛾灯のように男の人を惹きつけた。恋に溺れるだけでなく結婚生活にも子供にもわけわからなく耽溺していくようなところがあったらしい。原保美は二男で顔立ちも似ていないが(結婚してなじめなかった画家の庄司勇の方に似たのか)美貌ははじめの男との長男千秋に引き継がれたようだ。伊達藩士の分家から商家になった(つまり資産家であった)原家の跡取り娘で何不自由なく育ったことが、後先のわきまえない恋に落ちる元だと言う人もいる。私はこれほどの美貌の歌人は燃えるような短い恋をして、燃え尽きてもまた恋をして麗しい歌を残してこそと思うのだが、一生に何人の男と言われるほどの恋の割にはお歌は目覚ましくないような気がする。

生きながら針に貫かれし蝶のごと悶へつつなほ飛ばむとぞする

思はれし思ひあがりにまかせたる恋のむくいを別れてぞ知る

恋二つひと時にせし狂乱もなごみてただにのこるかなしみ  原阿佐緒

こう三首ならべると恋に狂う女の情念が描かれているが、社会から糾弾された物理学者石原純との恋の逃避行に

かくのみに吾は傷つきぬうつそみのかなしき人といのちちかひて

と詠みながら二人の暮らしが落ち着くと、逃れるように子供のところへ帰ってしまう。この道理のなさが男を誘いそしてあきらめさせるのだろうか。美人薄命ではなくて阿佐緒は二男保美のもとで八十歳まで生きている。男にとっては山川登美子のように美しく死んでしまったひとのほうが追憶されるだろうが、女にとっては老残と言われながら生きた歌人の残影をこわごわ見ている事しかない。
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