2020/4/24

「老月」というお店  

「老月」は「おいつき」と読むもうなくなってしまった店なのだが、戦後の池袋の大学通りに喫茶店とも言えない小さな食堂があったのだ。
私が大学に入った「東京オリンピック」の年にはもう中年は超えているようなご夫婦が学生相手に楽しく切り盛りをしていた(ように思うのだが、メニューもなにも覚えていない)。そこの「フレンチトースト」が当時は信じられないほど分厚くて、お砂糖とマーマレードたっぷりの甘くてふわふわなものだったから、女子大生だけでなく男子学生も昼食に通って、狭い店がキュウキュウになる状態だった。

もちろん大学の中にも学食は二つあり、それぞれに安くてまずかったけど一食の裏にある喫茶部のプリンはおいしかった。大学通りにはいくつものお店があり、それぞれにクラブなどの行きつけの店があったのに「老月」はそういうゆったり(というかだらだらと)過ごす場所ではなくて、短時間にご飯をすますのに適した店だった。値段は忘れてしまったけれど「フレンチトースト+コーヒー」でもそれほどの値段ではなかったと思う。

そのお店には三四年生ではあまり行かなくなり、クラブの行きつけの喫茶店などにたまっていて、卒業、結婚、出産と忙しくしているうちに池袋にも行かなくなった。10年以上過ぎたころ、息子が大学の付属中学に入ってまたPTAなどで出かけて行っても、デパートの食堂街などを利用したので、「老月」があることは知っていたけれど、お店には行かなかった。

そして息子が大学生になって「この頃見つけた店は「老月」といって、そこの「フレンチトースト」とコーヒーがおいしいんだ」と言ったときはびっくりした。私は教えたこともなくて、下からの友達しかいない息子は友達に誘われたのだろう。多くの学友の中には親子三代などということも稀ではないけれど、同じ店を息子が利用して同じものをおいしいと言ったことは中々感激であった。

その「老月」もいつのころか閉店して、大学通りの建物もずいぶん変わったらしい。
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2020/2/28

主人退院と世の中の景気  

26日に主人はやっと退院しました。二月を殆ど病院にいたことになって、振り返っても年の初めから「何だったんだろう」と思う日々でした。まだ貧血もあと一歩、鼠径部が手術しなかったほうはヘルニアのようになって、いずれ引いていくのか分かりませんが、コロナ騒ぎの中では家で静かに静養させたいです。といって、歩かないと筋力は弱るし、動きすぎると心臓に堪えるしでほどほどとはどのくらいか計りつつ行かなくてはと思います。

新型コロナウィルスのせいで、懸念されていた世の中の動きが悪化してくるのは、都心にいるほど早く感じます。家の周りはスポーツ屋街なので二三年前から景気は冷え込み、それでも中国人と白人系の買い物客が大分いたのです。今は中国人はもとより白人の観光客が激減して、スポーツ屋はオリンピックの年なのに、店じまいをするところが増えてきました。スポーツ大会の中止、イベントの中止なども飲食店を含めて影響が大きいのでしょう。テレワークとライン、ネット上のつながりが大事になるでしょう。

街が適当にすいているのは、ゆとりがあっていい気分なのですが、通勤電車は相変わらず満員、三月の確定申告、省庁や大手の三月年度替わりなどで、休めない人たちがマスク姿で通勤し受験生も気の毒です。歌の世界も大きな結社の人数の多い「歌会」は中止の通達が飛び交っていますし、歌集批評会なども延期になっています。初めのうちはこんなに拡大すると思わなかったのに、こうなってくるとずっと冷え込んでいた景気は一気に悪化するのではないかと心配されてきます。
去年主人の病気が分かった時は、これからは二人で半分ずつの力で行けばいいのだと決心したけれど、今年は周りの知り合いも病気になったり大変な思いをしています。今の世の中を見ていると何か妖(あやかし)の力に引きずり倒されているような不気味さを感じてしまいます。

日は暮れてわれは一人で沙羅双樹知らない道をとぼとぼと行く   多香子
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2020/2/21

「いろんなこと」  

17日月曜日に主人の血瘤を取る手術がありました。終わって外科医のお話では静脈ではなく動脈を傷つけたほかに静脈にも癒着が起き、あれこれこうなって・・・静脈の横に大きな穴が出来ていたとか。それが縦から止血の圧迫では効かなくて大量の血が足の中に出て・・・(あまりグロなのでやめます)その時は分かったけど今ではもう霞の彼方のような話です。でもかなりの血の塊を取ってもらい、何とかなりそうな感じですが、もうこの方法はこりごりと思いました。

ステントでもそうらしいのですが、術後上向きのまま動いてはいけない、というのは苦しい作業です。医者でさえ「辛いと思う」と言っているのです。でも出血しないように固定し、拘束するのです。外科手術の時はすったもんだの末、腰のベルト固定だけで全身麻酔の主人は殆ど寝ていたので私も見ないで帰りました。

昔は医者に「お任せします」といったけど、いまは一つずつ同意書を書きます。たいていは嫌だけど、こらえて書きます。危険性の項目に何億分の一というリスクが書いてあると、お医者は「何億回もするわけじゃないから大丈夫」と言います。私は「カメは千年というけれど、買ったばかりの亀がすぐ死んだ」「ちょうどその日が千年目」という落とし噺を思い出します。主人の災難もそのリスクを引き当ててしまったみたいです。来週には退院でしょう。

タロットの運命の輪はメビウスと違ってきっと好転をする

病みし木を再びと祈り手入れせし願い届きて桃に花咲く     多香子
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