2021/1/29

唱歌「富士山」  

童謡というにはかわいらしくはないが、新春に「富士山」はふさわしいような気がするのは、やはり雪を頂いた冬の富士山が美しいからではないか。富士山は日本一高い山なのだし。
この歌はもとは「ふじの山」として明治43年に「尋常小学唱歌」として発表されたもので、文語と言っても小学2年用に分かりやすい、でも雄大な富士山の姿を品よく描いている。作詞は童話作家としても有名な巌谷小波で、「お伽噺」を集大成した人物である。(「一寸法師」の作詞も小波)

「ふじの山」 作詞巌谷小波

1,あたまを雲の上に出し 四方の山を見おろして
 かみなりさまを下に聞く 富士は日本一の山

2,青空高くそびえたち からだに雪の着物着て
 霞のすそを遠くひく 富士は日本一の山

歌の内容とは離れるが、私が「巌谷小波」と聞くと胸がざわつくのは、小さなとき彼の有名な(いまは知られていない)童話絵本「黄金丸」を持っていたからだ。その本がどこの出版かいまはもうないから分からないが、戦後の本も少ない時に祖父が見つけてきたものではと思う。上野の宿屋の小さな(子供部屋というより父が書斎が欲しかったのだろう)二畳ほどの部屋に天井までの本棚があり、昔の本もタブロイドの漫画本も置いてあった。子供用の本は少なかったから私は「黄金丸」など敵討ちもので面白くないが、大事に読んでいた記憶が残っている。「黄金丸」の初出は1891(明治24年)で、私のもっていた本は別の子供絵本と思われる。

   *    *    *    *

ネット画像検索したら「講談社の絵本」「名作童話こがね丸」という事が分かった、表紙は右から左へ書かれていた。ああこの本だとは思ったけれどすごく懐かしい気もしなかった。SNSの害やスマホ中毒などともいわれるが、情報の量も質も格段の進歩と言わざるをえないと感嘆した。
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2020/12/18

唱歌「冬の星座」  

随分前に「星の界」という曲についてこのブログで書いたことがあるが、それとよく似た曲に「冬の星座」がある。歌詞を間違えて歌っても嵌まってしまうようなところがあるので、いつもどっちがどっちだか分からなくなるのだ。
もしかして同曲異題かと調べてみたら、これが全然違って「星の界」はアメリカの曲でコンバースが作曲、「冬の星座」もアメリカで大衆作曲家のヘイスの作品だった。
作曲時期は19世紀中ごろと近い時期で前者は明治期に教科書に、後者は昭和22年に今の詞で発表された違いと分かった。元題は「モリー・ダーリング」で訳詩となっているのは、「星の界」のように全然別の詞を付けたのではないという事なのか。でも元歌は甘い恋の歌だそうで???だなあ。

「冬の星座」   訳詩 堀内敬三 作曲 ヘイス

1)木枯らしとだえて さゆる空より 地上に降りしく 奇しき光よ
 ものみな憩える しじまの中に きらめき揺れつつ星座はめぐる

2)ほのぼの明かりて 流るる銀河 オリオン舞い立ちすばるはさざめく
 無窮を指さす 北斗の針と きらめき揺れつつ 銀河はめぐる

歌詞は、「星の界」よりは軽い文語ですが、二番に「無窮」と同じ語が出来て、二番のほうが少し難しい。私自身はどの学年で習ったか、あるいは習わなかったか覚えていないのだが、一番はほぼ空で歌えるのに二番は全然記憶していないと思い至った。私の父は迷作詞家(!)でこの歌も勝手な文句で歌っていたが、それだけ我が家ではポピュラーな歌だったのだろう。

かさかさと冬の始まり聞く夜の大空晴れて星二つ三つ    多香子
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2020/11/27

今年の湯島菊花祭  

11月8日(日)に湯島の菊花展に行ってきました。例年のことながら今年はコロナ下で中止も検討されたのか、垂れ幕や宣伝はなくて「大菊花展」ではなく、普通の「菊花展」でした。
七五三も掛けているので、この日曜のほうが人出も少ないのではと思って午前中に出かけたら、やはり人出はしていましたが「密」になるようなこともなく、七五三も合格祈願の人も少ないみたいでした。

今年はイベントの中止も多いので前もってネットで調べておきました。もともと天神様のイベントなので無料だし文京区と企業が出資で、懸崖ぎくや傘づくりの菊を二本松などの菊づくりに注文しているものなので結構立派で華やかなものです。
傘作りは一本の菊を継いでいるのかニ三色に蛇の目傘のように丸くだんだら模様に作ってあるもので、出来上がるのに二年かかるそうです。今年は傘づくりの数は少なく、懸崖の濃い色の菊を並べたものがきれいでした。毎年「大河ドラマ」の場面を作る菊人形も出店がなかったのは出資の大企業もコロナで不景気だったのでしょう。

小さな池(ちょっと前に庭を造り変えて、池なども直したみたい)の向かいに「鏡花筆塚」と大きな碑が立って居るのですが、前に新聞にその碑の下には本当に泉鏡花の使った筆が埋めてあると出ていました。埋めてしまっては我々は見ることが出来ないのだけど、筆供養だろうから仕方がないでしょう。今では鏡花も文章が古典のようで、若い人には読まれないのかもしれません。混んでいない境内の中でも菊のないそのあたりは誰も歩かず、神社の人がお掃除をしていました。

小学生兄弟作の菊鉢をママが笑って撮る菊祭り   多香子
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