2021/12/3

12月の歌  短歌

コロナ二年目の年もとうとう12月、ものすごい勢いだった五波も(大抵勢いの強い波はさっと引く物)突然納まってもうこれで終わりにしてほしいと思っていました。今度はオミクロン株ですか、もう結構です。という気持でワクチンにも都市伝説にも飽きてしまったから静かに年末年始を過ごしたいです。
我が家の会社は大きなテナントさんが入ってくれたので(ずいぶんドタバタしたけれど)まあ安泰ということで旅行だとか外食だとかにもこころ奪われることなくユーチューブの猫動画で楽しんでいます。そんなところを12月の歌に組んでみました。

「動画見る日に」

猫だとかカワウソの動画検索し一日観ているお仕事してます

うちの子は天使のようとにやついて動画をあげる猫の飼い主

猫だって人間だってどこからかタンポポのようなフェロモン漂う

犬たちと「待て」と言われて待っている猫の動画に目が釘づけだ

洗われた猫の素裸みっともない あのもふもふはどこへいったの

平気だと威張った顔でも耳伏せる悪をなしたる猫のかわいさ

犬と猫仲良く暮らす動画見て家では人と猫だけ仲良し

「タイピーさん家の猫たち」から「かわうそさくらと暮らすもち猫」そして今は「ささみ」という名前の猫に嵌まっています。
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2021/10/8

10月の歌  短歌

コロナだっていつかはピークアウトするだろうと思っていたら、案の上九月後半にすごいスピードで感染者が減った。宣言も少し解除されて(いっそ何の規制もしないでみればと思うけど、そうも行かないのか)自民党総裁選挙で内閣は変わり(コロナ対策の大臣まで変わるのは大丈夫なのか)マスコミはどこか浮ついているみたい。
多分次の波は来て、また後手後手にあわてるのか嫌だなあとは思うけど、どこか慣れて開放感が日に日に強くなってきているのは誰かの思うつぼかもしれない。早々と選挙があるのも変わらない世の中らしく、年寄りはもう少し自粛していよう。

それで10月の歌はいつも通り「うたの日」から連作に組んだのだけど、コロナの日常で家籠りというテーマにしたら、なんだか渋い夫婦の暮らしの歌になってしまった。

「お家でパズル」

恵まれた暮らしといまも思うけどコロナの秋はやっぱり憂鬱

午後までの短い午前を精一杯「数独」やってる病気の夫は

必ずとこころに決めても忘れゆく萩の花散る日暮れは近い

どうしたの、あなたは考える人の型もう一時間そこにそうして

一週間めぐれば同じメニューなり冷蔵庫に貼る献立表は

人並みの苦労は積んだカラス瓜身体こわせば実になりはせぬ

どこまでを到達地点と言えるだろう 朝狩りの梨とあなたが重い
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2021/8/6

八月の歌  短歌

今年の暑さを嘘のように受け止めながら、八月がはじまってしまった。コロナは増え続けオリンピックは盛り上がったみたいで、こんなものなのかも知れない。競泳のテレビ画面は青く、他の競技より涼しげだから主にプール映像をかけていた。多分このコロナ対策は失敗なんだけど(初期に治療の手が打てない)、みんなそうとも思わないかもしれない。どこへも行かない夏、歌の中で「海」に行こうか。

「海は知ってる、だけど行かない」

君だけが「海」を知ってる手を広げこんな小さな世界示して

夜の波はくろがね色へと変わりつつ海が私を産みだすところ

海鳴りが私の身内で遠い日に帰っておいでとリフレインする

「スイカって畑でなってるの見たことない」と笑う二人の水分補給

八月のちちふさ揺れて一枚の布に納まる 海は遠景

眠り落ち深海の底たどるまで魚のなまえいくつも数える

海もない山も見えない街にいて金メダルのような月を見上げる


高齢者になると、さすがにプールにだって行きたくなくなる。母がよく言っていた「とても心臓がもつとは思えない」という言葉は、今は私たちのものだ。情けないのか、まあいいのか分からないけれど。
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