2019/7/5

「舌切り雀」  短歌

この頃猫がいなくなったので、雀にクッキーを砕いてやっていると「雀のお宿」などと言う歌があったような気がして調べてみた。小さいころには絵本で(テレビはまだなくて「日本昔話」なども本だった)「舌切り雀」のお話を読んだけれど、何だか残酷なお話だなあと怖く思ったり、それと「雀のお宿」の歌は同じ話の物なのかしらと思った。
検索をしてみたら、驚いたことに私たちが知っている歌はフランス民謡の曲に誰かが歌詞を付けて(作者不詳)戦後すぐの小学校一年生の音楽の本に載ったものだと言う。歌詞の様子から「舌切り雀」の一部分だと分る。

すずめ すずめ お宿は どこだ
ちっちっち ちっちっち こちらでござる
おじいさん よくおいで ごちそう いたしましょう
お茶に お菓子 おみやげ つづら      

こんな歌詞なのだが「舌切り雀」の話は御爺さんがかわいがっていたチュン子が、お婆さんの糊(洗濯糊は御飯を水でこして作った)を舐めてしまい、お婆さんに舌を切られて逃げて行った。お爺さんは淋しがって雀の家をたずねて竹藪のあたりへ行き、雀のお宿に招待される。雀たちに歓待されて帰り際おみやげに、大きいつづらと小さいつづらのどちらかをといわれて、無欲なお爺さんは小さいつづらを貰って帰ると、金銀たからが入っていた。
お婆さんは、それを真似して出かけて行き、大きなつづらを選ぶと中から魑魅魍魎がでて来ると言う物。江戸期には流行っていたおとぎ話の一つと言われるがそれより古くの原典などははっきりしないらしい。まあ、勧善懲悪もの、欲張りを戒める話ではあるけれど、現代風に読むと若い女の子を可愛がるお爺さんにお婆さんは嫉妬したのではとも取れる様な・・・

「歌会」に次の歌を出したら、先生が「今の人は(雀のお宿)も知らないかも知れない」と言われたので、また年を感じてしまった。

埋められず一本残った電柱は恥ずかしそうに雀のお宿   多香子
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2019/6/7

六月の歌「四季」のこと  短歌

私はずっと「結社」には入らないで行くと思っていたのですが、歌集を出してみて、「歌壇」というものや自分の年齢を考え、講座で知り合った方のやっている「四季」という小さな結社にはいることにしました。50年の歴史のある空穂系の雑誌なのですが、高齢の方が段々に引いて行って人数も少なくなるというのはどこも同じようです。ご夫婦でやってらして、選もないしエッセイも書いて良いと言うので、これからの短い人生に良いのかもしれないと思い四月に入会しました。

四季と言う位で季刊の雑誌を発行しています。私自身はアララキ系ではなく、軽い文語と口語の融合というあたりを詠んでいますが、その点も自由な様子です。刊行誌は売っている訳ではないので、見本誌は取れると思いますが、まず私の歌はこのブログに載せてみようとおもいます。
今度出るのが「春号」なので、六月の歌ですが春の歌掲載歌十首です。

「春の小川広場」

さよならと白い辛夷の花が散る取り残されたゴールポストに

廃校の後も高価な一等地何もならずに当面広場

薄紅の木蓮咲けばけむりたつ春にも街は知らぬ顔して

子のための理数教室開かれて近くのビルに親子連れゆく

白い人青銅の人もありふれてスポーツ街はシーズン終わり

何食わぬ顔で過ぎゆく野良猫も狩られかられて姿はみえず

もうずっと夢みていたか菫草あなたの傍にそっとよりそう

校庭に知らず芽を吹くユズリハはいたずら雀の善き贈り物

昼のうち楽しい手紙を書きましょう、夜は哀しい歌詠うから

月さゆる真夜にはすべて静まりてゴールポストのため息ひとつ
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2019/5/17

「月の砂漠」  短歌

月の砂漠のラクダの像は房州の御宿の海岸にある。家人は皆見たのに私はまだ見ていない。二頭のラクダが歌詞のように王子様とお姫様を乗せて並んでいるのだそうだ。実に中東の砂漠を思わせるロマンチックな童謡である。
作詞は加藤まさをで大正12年に発表されたもの。日本で砂漠と言うと鳥取砂丘がまず思い浮かぶが、この歌が出来たのは大正10年加藤が結核療養のため逗留した御宿海岸で幻想的な歌詞のもとを思いついたと言う。そのため「沙漠」の字をあてて海岸の砂浜と言う意味を持たせたと言われている。本歌は四番まであるが一番三番と終わりの句を引く

@ 月の砂漠をはるばると 旅の駱駝がゆきました
  金と銀との鞍置いて  二つ並んでゆきました

B 先の鞍には王子様   あとの鞍にはお姫様
  乗った二人はおそろいの 白い上着を着てました

 砂丘を越えてゆきました  黙って越えてゆきました

加藤まさをは画家が本業で、この楽譜も加藤の挿絵つきで発表され、小説なども絵と文を書いている。私の母が女学生のころ(昭和)には加藤は売れっ子の挿絵画家だったようで、母は平成になって復刻版の『消えゆく虹』を買うなどかなりのファンであった。私の童謡好きも母の影響は多いが、さすがに加藤まさを、蕗家虹児などは守備範囲ではない。
しかし、このファンタジックな王子様とお姫様の旅もアラビアンナイトのようなキラキラした物語と言うより、どこかあてどない旅のような哀愁を持った物になっているのは、さすがに日本の歌と言えるのではないかと思う。

睡蓮は姫の嘆きをつつみこみ月の砂漠のラクダに届く   多香子
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