2019/2/8

二月の歌  短歌

去年暮れから一月に掛けて関東平野はカラカラの晴天で、湿度は低く火事の多い日々となっていた。インフルエンザも猛威を振るっていたが、わが家の周りには患者も聞かず、二月になると治まるのか、別の型のインフルが流行るのか心配な所だ。東京は二月に大雪が降るけれど、今年はどんなのだろうか。二月の歌は少し気取って海のある故郷をアニメ風に組んでみた。

「海のある街」

外は雪しんしん虫歯の痛む夜はりんごも噛めずに炬燵にひとり

ふるさとは何もないけど海だけが帰っておいでと手招きをする

その角を右に曲がれば海が見え、坂の下から君が手を振る

合併で村から町に昇格も、かわらず不便とおじさんは言う

ひれ赤き魚に似たる飛行船、青い空ゆく海を思いて

夢みるは岬の先の灯台で穏やかな人と暮らす凪の日

この町の一番大きなユリの樹が花開くころ帰っていこう

知っている人は又創作して、と思うだろうけど私は東京生まれの東京育ち。童話を書くような気持で七首連作を組みました。受け取り方は様々と承知して、これが私の方法と自分では納得しています。
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2019/2/1

「雪の日」の一葉と藤むら  短歌

去年、本郷の「藤むら」が無くなってしまったことを書いた時、樋口一葉もさくらもちを買いに行ったのは、萩の舎のお使いか何かかとおもったけど、『一葉日記』の高木絢子さんにお聞きしたところ、当時九段に住んでいた師「半井桃水」を訪れるための手土産だったのではないかと教えてくださった。私はうかつなことに桃水は根津のあたりに住んでいたのではと(何の根拠もなく)思っていたので、ああと腑に落ちた。

一葉が五千円札の肖像になってから、偉大な女流作家として見られるため、半井桃水のことはあまり語られなくなった。もともと貧しい御家人の家で父の死後一家の柱として明治の新時代を生きねばならず、若くして亡くなった一葉であるから、人々は彼女の「恋」など考えなかったのだろう。しかし日記にも残る彼女の気持ちは明らかに「師への恋」でありその成就しなかった恋は彼女に短編「雪の日」を書かせた。その中では主人公の娘は育ての親のおばを捨て、思いのあまりに恋人である教師の胸に飛び込むのだが、今読み返してみると道徳的な面白くない話である。

それよりも日記に出てくる「雪の日」に妻不在(当時は独身との説もある)の桃水を尋ねた一葉の、泊まれと言ってくれない師への想いと、泊まれと言えない師の駆け引きの切なさのほうがこちらには可愛らしく迫ってくる。

もゝの花さきてうつろふ池水のふかくも君をしのぶころかな

わが思ひなど降る雪のつもりけんつひにとくべき中にもあらぬを   一葉


雪の日も雀は番で餌を欲りうらやましかろう若き一葉  多香子
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2019/1/4

一月の歌  短歌

この二年ほど新年の歌は「北沢郁子」さんの歌集から、折り目正しいあらたまのお歌を引かせて頂いていました。昨年北沢さんが95歳の天寿をもつて逝去されました。今年は自分の歌の中から新年らしい「明るい」歌を選んで七首ならべました。今年は時代も変り、心配や不安も起きて来そうですが明るいほうへ行ってくれればいいなと念じています。

「新年は」

あらたまに明るい方へ歩きたい、猪突猛進気を付けながら

純情をシンプルなレースで包みましょう ほら幸せなうさぎになった

新しい年の光が繭玉に踊るを猫とともに見ており

正月は「折句」遊びのつれづれに東下りの業平を想う

梅の下あふれる黄金の福寿草、見物客に幸せ配る

蒼天に月などかかり僕たちは疑いもなく明日を見上げる

灯をともしふと振り返る夕風にはつかに雪の香りまじりぬ

昨年暮れから私の歌は、何となく人生の終わりを見る様な歌が出てきて、年を取った証拠だなと思っています。「辛い歌でもあなたの歌は明るい」と言われていたのですから、やっぱり上を向いて詠って行きたいです。
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