2020/4/10

「春の唄」  短歌

非常事態宣言が出されて、なんだかわけのわからない興奮と憂鬱感があるけれど、実はお願いされているだけで私たちは我が身を守ることを考えるしかないのかもしれない。明るく行きたいという時に「アンパンマン」もいいけれど、懐かしい童謡というものもある。
童謡でも日本の歌は暗く悲しい色調のものが多いけれど、明るい春の唄といったらやはり「春の唄」だろう。冬には忘れていて、ある日春だ!と思ったとき「ラララ・・・」と口ずさむ、辺り一面明るい春の日差しがあふれてくるような歌である。その曲調から戦後の歌と思ったが、昭和12年NHKラジオの「国民歌謡」として発表されたものという。四番まであるが一番と三番を上げる。

「春の唄」貴志邦三 作詞 内田元 作曲

1.ラララ 赤い花束車につんで 春が来た来た丘から町へ
 すみれ買いましょ あの花売りの 可愛い瞳に春の夢

3.ラララ 啼けよちろちろ巣立ちの鳥よ 春が来た来た森から町へ
 姉と妹のあの小鳥屋の 店のさきにも春の唄

私が子供のころは母が少し高いキーで歌ってくれたが、声が出なくて音痴な私は息子に歌ってやることが出来なかった。尤も男の子はあまり興味がなくて「ウルトラシリーズ」の曲に夢中だった。こうして書いてみて、「花売り屋台」の売り子が姉妹だと思っていたけれど、それは「小鳥屋」の間違いだとわかった。長いことそうおぼえていたのだろう。

引き売りの八百屋の台に並ぶ鉢 ひなげしアネモネ春の匂いよ   多香子
5

2020/4/3

「四月の歌」  短歌

コロナの騒動はとんでもないことになってきたみたい。我が家はうまい時期に退院出来てよかったなんて思うくらい、いま東京は恐ろしいところです。でもどこかに「いっそ目の前にパンデミックが広がっているのならわかるけど」という思いもあります。
表面上は何もなくてテレビでネットで言っていることが本当かどうかわからないで、日々を不安に暮らしているのが嫌ですね。そして、どうも「人工呼吸器」など見たこともない人がいるみたいなのもびっくりしました。病気の宝庫のわが家族は病院で何回か見たし「人工呼吸器を付けずに死ぬこと」が死に方の家訓なのです。尤もこの前の手術で二度もそれを使った主人は(手術の場合は終われば外すので)「なにも知らない」といっています。
つまらない春の四月の歌は、明るく無責任な歌にしました。

「春は気楽に」

泡立てたハンドソープのしゃぼん玉ねこの鼻先ぱちんと割れた

春色のカンバスに色ぬりかえて新たなドラマ描いていこう

君がため腕を振るって完璧なホールケーキをいま焼き上げる

家の猫の好きな絨毯花柄のみどり部分が爪とぎ専用

バスケットいっぱい可愛さ詰めて行くオオカミ知らない赤ずきんちゃん

悪い日のあとにはきっといい一日 髪をピンクのリボンで飾る

人形もうさぎも席に着いたから、もうすぐ始まる三時のお茶会
5

2020/3/20

「四季」冬号の歌  短歌

退院後初めての外来に行って、次は五月の予約を貰って、様子見になりました。すこしほっとします。

「四季」の冬号が送られてきました。もう春なのにといえばいえるのですが、どちらもコロナ騒ぎで思惑はズレていってしまいます。私も歌を作ったときはかなり力を注いだのですが、主人のことでどこかへすっ飛んでいた感はあります。
でも、私の好きなコクトーの「オルフェ」映画版をもとに生と死のはざまにある「愛」の物語を連作で紡いでみたかった、お気に入りの十首です。お読みいただいて、分かりにくいとか分かるとか言っていただけたら嬉しいです。

「オルフェ」

冬の夜をビオラの鉢と帰り行くわたしの肩にはぐれ雪降る

オルフェウス言葉に囚われコクトーと黄泉路(よみじ)へ落ちてゆく物語

竪琴の楽しき調べかぐわしき若き恋人たちの時間よ

愛はなに優しい娘の唇に笑(え)みにこころ奪われてオルフェ

冬の陽が怠惰な眠り誘うころ黄泉の扉が開くと声が

限りある命よ人の世にあればイザナギ、イザナミ、オルフェもため息

枯れていくもの愛おしくビル壁に残れる蔦は静脈のごと

オルフェウス、コクトーと別れその後は鏡の中で王女と再会

天地の開けしころの記憶さえ螺旋(らせん)の彼方ひとは佇む

やがてくる春に残るは竪琴の調べよオルフェはどこにもいない
8



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ