2021/2/26

秀歌(97)蒔田さくら子「角川」一月号より  秀歌読みましょう

この「秀歌読みましょう」の記事の初めの方から蒔田さくら子さんのお歌を引かせてもらって、何回か書いてきました。今はもう新聞選者も「短歌人」の委員も引かれて、今年93を前にしてなお背筋のすっと通った歌を詠んでいられる歌人です。
ご主人が亡くなったとき「寂しい、寂しい」と言っていたのがじきに立ち直って、写真で拝見する限り以前と変わりないお姿なのは嬉しいことです。角川の一月号は毎年「新春歌人大特集」なのですがなかでも蒔田さんのお歌が私は好きです。巻頭12首から六首を引きます。

「歩一歩」

天翔けるつばさは望まず残りたる時を歩一歩かく踏みゆかむ

「椿姫」の前奏曲が好きといひし可愛少男(えおとこ)ありき七十年昔

あんな時代もあつたねなどと語りあふ時代をともにせし人らなし

餌くるる人かへりしとすずめどち噂をするか三羽きて待つ

窓ごしにゐるかゐないかのぞきゆく目ありすずめのちさく黒き目

後ろ二首はご自身の入院後家に帰ってのスズメたちの様子で、間にベランダを掃く歌が出て来るので、マンション暮らしと推察される。私も今は雀に餌をやっているので楽しい歌です。
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2021/1/22

秀歌(96)吉川宏志「角川」11月号より  秀歌読みましょう

吉川宏志氏が「塔」の主宰(「塔」は一般社団法人になって、その代表ということか)になって五年以上になると思うと、月日の経つのは早いなあとびっくりする。永田さんから替わった頃は線の細い感じで大丈夫か(余計なお世話)とおもったけれど、沖縄問題への一人での取り組み、政治への静かな反抗、歌人としての芯のようなものが見えてきて、私はだんだんファンになって来つつある。
1969年生まれというと息子と年も近くて、自分の年をおもうから嫌だけど、宮崎の出身で高校教師の志垣澄幸氏に永田さんへの紹介状を貰って京大に入ったことはよく語られている。
去年のものだが「角川短歌」11月号にコロナ下の生活を書いている。巻頭28首から八首を引く

「眼状紋」

さるすべり白くこぼるる疫病(えやみ)にて帰らずなりぬ母の三回忌

常ならば盆に切られる溝萩のうすむらさきが畑に照りぬ

いつ死にていつ生まれしやわが部屋にときどき跳ねる蠅捕り蜘蛛は

百病みて一人死ぬとか ゆうぞらの青の部分を鳥は飛びゆく

やっと安倍政権が終わりましたねと亡き人に言うまだだよと雨

病王を責めてはならず いずこより触書(ふれがき)ありてしたがう我は

だまされてなぜにほほえむ 栗の樹に降りし秋雨また乾きゆく

秋の川に身は沿いゆくに虎杖(いたどり)の花が激しき白さに咲きぬ

眼状紋は蛾などの羽根にある目のような丸い模様のことで、たいていは可愛いというより不気味な姿を思わせる。吉川氏は京都在住なので、京の風景、自然の姿が映されるが、自分の思い立ち位置が静かに注入されている歌が好ましい。
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2020/10/16

秀歌(95)小島ゆかり「角川」六月号より  秀歌読みましょう

小島ゆかりさんが長いこと介護にたずさわって大変という話は聞いていたが、このコロナ下に同年代の女性たちはかなり追い込まれ、かつ覚悟を決めなければならない不安にもあうことだろう。それを詠う人、詠わない人さまざまながらこの28首を読んだ時、「小島ゆかり」の力とともにまたまた進んでいく歌人の姿に圧倒された。「角川」六月号巻頭28首より引く。

「肺呼吸」

いつまでと問はず答へず老耄の母と暮らせばぼたん雪ふる

わからうとしない自分に気づかうとしないわたしにうすうす気づく

捨てて捨てて生きんとおもふ夕焼けのそらに老母を捨てるときまで

ひるがへる紺のからだのしゅっとしてツバメハツバメデツライゼと言ふ

自己嫌悪Maxであるけふのわれ餃子の羽をバリバリに焼く

放心の胸にしいんと陽は照りて脚のみじかきアホウドリゐる

姑も母もてんでに老い進みどんどのやうな春のゆふぐも

はなみづきも鳥もゆれをり白マスクはづせばゆたかなる肺呼吸

父上の介護を共にした母、愛していた父、愛をくれつづけた母、人はその人の終わりをみとるまでなんて切ない時間自分を捨て続けるのだろう。介護は女だけの仕事ではないと思いつつ、この感覚は男の人には分からないのかもしれないと思った。
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