2018/9/21

秀歌(79)石川美南「角川短歌」12首詠より  秀歌読みましょう

石川美南さんは、1980年生まれだからまだ38才、横浜生まれ外語大卒だが早稲田の水原紫苑の短歌講座で学んだと言う。結社ではなく同人誌「pool」および [sai] に所属。 その才能は早くに弾けている。私など昔は理解のつかない所があったけれど、このごろ服部真里子さん、大森静佳さんなど、読んでみるとやっぱり何かを持っているのだなあと思うようになった。今年歌集「架空線」を上梓されたところだが、まず「角川短歌」九月号の12首詠から六首を並べる。

「洗濯と過剰」

この夏の脳(なずき)のごとし無理に詰めた洗濯機音もなく壊れて

「音もなく」は嘘だ かぼそい鳴き声で機能停止を告げてきにけり

浴槽で絞る朱赤のワンピース 前向きに生きても夜は底

みのむしが福井にゐたと、裏山の茸デカいと、ふいに便りは

剥きだしのわたしに直射日光は当てる高温多湿避けない

火星見に出ようか外へ 洗濯機届いて安らかなわたしたち

割合に日常に近く壊れた洗濯機に引き起こされる不便さ、その向こうにある大災害などによる不安さなど、読みとりやすい歌かも知れない。
色々の災害による生活の大変さは、日常のある日壊れた洗濯機と繋がっているのかもしれない。言葉を裏返して、また表にしてではっきり描かれないシチュエーション。今年の夏だからできた歌、しかしそれは普遍的な人間の「大変さ」と「すぐに戻れると思う」日常を表しているのかと読んだ。
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2018/8/31

秀歌(78)江戸雪「角川短歌」十首詠より  秀歌読みましょう

江戸雪さんはこのブログでも何度か書かせてらった「塔」の選者で大阪の方。文面や歌を活字で読んでいると(私は東京人なので頭の中で標準語読みをしている)歌会のユーチューブなどでお声を聞くと、あまりに大阪のおばさんでびっくりしてしまう。(江戸さんごめんなさい)でも私の好きな歌人さんなのだ。「角川短歌」八月号の十首詠より六首を引く。

「黙砂」

逢ったのは砂漠でそこはぜんぶ死であなたが蝶に纏われていた

ああ海を見たかったのか声嗄れて窓枠に爪たてるあけがた

くちびるはいつもわたしをおいていく 君をなくした 靴を洗った

氷片がひしめくグラスくちびるをよせるたび鳴り窓にくる蝶

わが耳がみどりに朽ちたのち風が、そこでまた知るだろうあなたを

くちびるがすこししょっぱく砂を待つ 海だよここは、もう出会うころ

砂漠であり海であり、恋をする場所とは自分の居るところ。歌のリズムによって揺れるこころは不安定に表現される。
以前にご紹介したときに、その新鮮さ飛び跳ねる様な歌心は若い時のせいなどと書いたけれど、52才でもほぼ変わりなく若々しい。突き抜けるような詠いぶりと、年を重ねて「新鋭短歌シリーズ」などで若い人の監修をしていらっしゃる姿が違和感なく、バイタリティと感じられるのだ。
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2018/6/29

秀歌(77)蒔田さくら子「角川短歌」四月号より  秀歌読みましょう

この頃の私は、若い人(大体私の言う若い人はアラフォーである)の歌に魅かれることが多いのだけど、角川五月号の馬場あき子さんや、この四月号の蒔田さくら子さんの歌を読むと、やはりあーとうなってしまう。殊に蒔田さんは途中さすがに年の陰がさしたかなと言う感じから、それを自然に自分の中に納めつつ、歌として紡ぎ出している所がすごいなあと感心するのだ。
蒔田さんは東京生まれの89歳短歌人の重鎮でもう前に編集委員は引かれたが、略歴をみると私の生まれた年に短歌を初めて居られたのだと感嘆する。

「雨もよひ」

しあはせといひつつ虹を見し日ありきふたたび虹を見ることありや

和田倉濠と馬場先濠を分くる道ゆりかもめ来てゆうらりと飛ぶ

残り雪凍るとこころしてあゆみビル入り口の段差にころぶ

この国はもうなりたってゆきませんなどいふ日のあるかあらぬか

頼られてゐるはすなはち私も頼りゐるなり二人暮らせば

夫を見舞ひて帰るさのみち池袋北口きらきらホテル街なり

布巾かたく絞りて独りの厨ごと終へたりぱんと布巾をたたく

巻頭28首から七首を並べたがご主人が入院なさったらしく、お見舞いに行き来する道すがらなどを詠んでもまだまだ明るい。七首目の布巾を絞ってぱんと叩く処、江戸っ子のきりりとした風情がある。
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