2019/7/26

秀歌(88)三枝昂之「角川」28首より  秀歌読みましょう

三枝昂之、三枝広樹は兄弟で、兄の昂之さんは奥さんの今野寿美さんと「りとむ」を創刊主宰している。現日本歌人クラブ会長で日経歌壇選者だけど、私自身はどこか合わないような気がしていた。ただ山梨県の出身で「県立文学館」の館長であることが魅かれる部分なのだと思う。
県立文学館は同じ敷地に美術館があり、三億円のミレーの「種まく人」などの絵があって、何度も通った気持ちのいい場所である。その文学館の(親が山梨の出身のため、展示などもかなりされている)一葉の事を詠みこんでいる「角川短歌」7月号の巻頭28首が面白いので、七首ほど引いてみる。

「一葉」
 佐々木信綱が漱石から聞いた話
めおととなる話もあった 浮雲のようなえにしの漱石一葉

塩山は死人花の里あかしくらしと小中英之の歌に咲きたり

 一葉は今の東京内幸町に生まれた
甲斐の血をひきながら甲斐の山脈(やまなみ)と会いしことなきひと世を思う

「今に、今に」は今も暮らしの声にして江戸東京の空に吸われる

文芸という執着はそれとして今日だけの夏が丘に来ている

 再び懸垂幕の樋口一葉
文学の文学館の行く末をたぶんあやぶみながら見下ろす

樋口一葉本名は「なつ」梅の木がどの枝もどの枝も実を太らせる

一葉の井戸と言うのが小石川の「オリンピック」(量販店)の傍に有って、この歌に描かれる一葉の生涯なども本に読んだりしているので、山梨の想い出と共に、心魅かれるところがある。六首目は今の文学館に一葉の垂れ幕が下がっていて、「文学」の行く末を心配していると言うのは作者の気持ちのあらわれであろう。私は山梨県民にあの広大で気持ちの良い美術館、文学館を守って行く気概はあると信じているけど。
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2019/6/28

秀歌(87)久々湊盈子「角川短歌」十首詠より   秀歌読みましょう

久々湊盈子(えいこ)さんは、いつも着物をお召しのイメージがあって、私よりずっと年上の気がしていたのだけど一年上位の同年代であった。と書いても面識がある訳ではなく、不識書院さんが地下鉄の「新御茶ノ水」駅で出会ったら「この近くで歌会をやっているの」と言っていたという話を聞いたからだ。
「合歓」という結社を主宰していて、その歌会なのだろう。上海生まれで戦後すぐ長崎に引き上げてこられたそうだけど、私なども三歳ぐらいまでの記憶はないから、ご苦労は親御さんの物だったかも。「角川短歌」五月号の十首詠から六首を引く。

「煉切」

<月映>(つくばえ)と名付けられたる黄味餡の練切(ねりきり)を食ぶまなこを閉じて

教育勅語の埃はらいて唱えさす学校あれば通わす親あり

昼電車に居眠る強面(こわもて)が取りおとすスマホの待受(まちうけ)パンダの香香

殺処分の明日を知らねばココ、ココと千羽の鶏(とり)が産む白たまご

締め鯖の青照りめでて居酒屋のおやじの薀蓄も肴(あて)の内なり

隠れ家にしている小さな喫茶店窓辺にもうすぐミモザが開く

年が近いと言う事は、社会に感じるものも近いのかもしれない。二首目の森友問題のような学校の復古化は私達世代が一番危惧する処だし、鳥インフルや豚コレラによる殺処分には、生きるために食べてきた時代を知るものの、理解不能な現代がある。
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2019/5/31

秀歌(86)阿木津英「角川短歌」十首詠より  秀歌読みましょう

阿木津英(69)は女性歌人でフェミニズム歌人とも言われた。名前のせいで男性と間違われることもあるようだ。私も男性だとおもっていたが、知人の男性は男性教師をもとめてカルチャーに行き、初めて女性だと知ったと言う。しかし教え方も合ったのだろう阿木津の主宰する「八雁」(やかり)と言う結社にも入ってことし80歳で「歌集」も出した。
阿木津は石田比呂志の弟子で石田と結婚し、離婚し、その死をみとった。そのあたりが今の女性には「女丈夫」と映るかもしれないが、繊細な歌も詠むのだった。この「角川短歌」四月号の十首を読んだ時「ああ強い歌」と思った。母の死を私とは全然違うかたちで捉えている。六首を引く。

「天日」

てのひらに顔を覆へりこれの世に母をうしなふおのれと思へば

喘げども死なしめくれぬ苦しみに死したるまなこみひらきにけり

捨てられた まとも見据えてつぶやきしその訴へに応え得ざりき

置き去りをさるる捨児のくらき目に見遣りて坐るほほけたれども

ものなべて浄むるごとく路のうへ日ざし明るむ雪くだりきて

み柩にわが右の肩触れながら天日(てんじつ)に降る雪をあふぎぬ

天日とは太陽のこと、五首目六首目に明るさの象徴として出てくる。それはまるで母の死への暗い行進、そして葛藤と介護の後の死を「赦す」もののように清らかな物としてでて来る。剥きつけに詠まれた生と死は、そのようにして浄化されていく。強い表現もここではその光の洗礼を受けるための導入のように思える。
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