2022/5/20

秀歌(107)尾崎まゆみ「角川」三月号より  秀歌読みましょう

ひさしぶりに尾崎まゆみさんの歌に会って、優しいけれどやはり難解な部分もあるなあと思った。尾崎さんは今治の生まれで神戸在住「玲瓏」の編集委員。早稲田出なのだけど関西塚本の色が濃いのか。でも歌には地域性より華麗な感じが浮かんで私はそこが好きなのだろう。今回は「角川短歌」三月号の10首詠から五首を引く。

「月光庭園」

水仙も葦も角ぐむ土にゐる鬼のいのちにはげまされつつ

おちてゆく時のかけらの風花の 昼月は青空のすり傷

月光庭園ひかりをまとふ白梅のしろの凄みが暗闇に照る

薔薇の木に棘あることの迫りあがる焦燥感のやうな痛みは

春までをビニール袋に睡りつつ月のひかりをいだく腐葉土

       

「月光庭園」という固有名詞があるのかと検索したが、コミックス(学園もの)とゲームの名前が出て来るので、歌の内容から作者の家の庭名なのではと読んでみた。梅が咲くころのまだ冬寒い庭に、鋭い棘を感じながら春を待ち続けている気持なのかと解釈した。心象は読み手の心で捉えればいいのだと思うが冷や汗を掻くこともある。
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2022/4/1

秀歌(106)玉井清弘角川三月号より  秀歌読みましょう

玉井清弘さんは内藤明氏の「音」の選者で高松在住の82才、何となく(私は)お名前は知っているのに歌は知らないという歌人で「屋島」で超空賞を受賞したとき(2014)に四国の歌人だと知ったのだった。私は若い人の口語短歌に興味があったので、古典的な歌風かなと敬して・・・の口だったと思う。
このごろは自分の作歌とは別に、老練な作家の居住まい正しい歌に心がしんとした思いをすることが快かったりする。雑誌などの発表より二ヶ月は前の作だろうから、この頃の落ち着かない世相よりは(コロナで疲れてはいるけれど)静かな老いの日を詠んでいる「角川短歌」の巻頭28首から8首を引く。

「滑舌のテスト」

四国路を遍路にめぐりし金剛杖焚き上げにせん山河のにじむ

道中に果てなば杖が墓標なり宿に着きなばまず浄めたり

人生の一つ終活 決断のゆらがぬ内に焚き上げたのむ

病院の地下一階は音のなし部屋の戸閉ずる放射線棟

単純に着きそうだけの一日に肩の凝りたり妻はなおさら

老いの身にどんぶらどんぶら寄せて来る大波うけて帆の傾きぬ

堰越えて落ち行く水は大波の押し寄せるたび輝きの束

躓ける本の山より『方丈記』あらわれ出でぬ歳晩の日に 


上京して国学院を出て「まひる野」に拠り、四国に帰って教職という歌人らしい経歴であるが、晩年を迎え身の回りの整理を考えている歌群であろう。戦後の教職員らしい文語新仮名使いなのは私にとって好ましい思いがある。
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2022/3/11

秀歌(105 )小島ゆかり角川一月号より  秀歌読みましょう

小島ゆかりさんが周りに介護の必要な人が増えて大変な思いをしている、という話を聞いたのはコロナの始まりころだろうか。差別ではないが、やはり女性歌人のほうが介護に大変な思いをするようだ。今一流と言われるような歌人は介護の中からも秀歌を詠んでいくのだろう。今回のゆかりさんの歌はそうではないほうの日常詠を「角川一月号」の十首+エッセイから五首を引く。

「幻想」

氷ざくざく鮮魚の桶に鮟鱇のどろんとくろい皮も濡れをり

昼の月シールのごとしマスクして眉間けぶれる冬の人びと

トラックに積まれんとする空瓶は群衆に似て夕陽に染まる

猫たちの四つの耳が立ち上がる留守宅にインターホンが鳴るとき

銀紙をひらけばにほふチョコレート雪ふる樅の木を幻想す


一首目の「どろんとくろい」かなで書かれてもすこし不気味な表現、「眉間けぶれる」の美しい表現、日常詠だけど題の「幻想」のような言葉の妙がある。そしてかって歌壇一の猫好きと言われた彼女が、やっぱり猫と暮らしていると知れる四首目は私には嬉しい歌だ。
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