2016/2/5

「伊勢物語」21段 歌のやり取り  古典(伊勢、源氏など)

久し振りに「伊勢物語」を書こうと思って、思い入れの深い長い話はちょっと時間がないので、短いがお歌が六首取り交わされている段にしようと決めた。
この21段は男と女が別れた後も何とか修復しようとして歌を取り交わすので、今では「相聞」と呼ぶようだが「古今集」では「恋」と言う分類になると思う。(相聞と言う分類は万葉を引き継いだものではと思う)伊勢の中では、ロマンチックな物では無い。

昔、男と女が浮気心も無くしっかり愛し合って暮らしていたのに、女が何故かもうダメだと思って

いでていなば心かるしといひやせむ世のありさまを人はしらねば
(わたしがでていったら世間は軽薄な女と噂するでしょう)

と書置きして出て行ってしまった。男は訳が分からず、門の所まで出てみたがいないので

思ふかひなき世なりけり年月をあだにちぎりて我やすまひし
(あんなに愛したのに甲斐のない事だ、長い年月は何だったのだろう)

と詠んで嘆いた。女はよそへ行って(別の男と暮らしていたのか)大分経ってから、我慢できなくなったのか歌を贈って

今はとてわするる草のたねをだに人の心にまかせずもがな
(もう忘れようという忘れ草の種をあなたの心に播かせたくない)

と言い掛けたら、返歌は

忘れ草植うとだに聞くものならば思ひけりとはしりもしなまし
(あなたが忘れてしまったと聞いたら、その前は愛してくれていたと思えるのに)

反語の反語で裏返しの答えだろうか。それで二人は手紙を交わしてよりが戻りそうになったのに、男から

忘るらむと思ふ心のうたがひにありしよりけにものぞかなしき
(貴女が忘れているだろうと猜疑心にさいなまれて前よりよけいにつらい事です)
と女の返歌

中空にたちゐる雲のあともなく身のはかなくもなりにけるかな
(雲が消えてしまうように私の身も消えそうに儚いことになりそうです)

そんなじゃれ合いをしては居たけれど、それぞれが(現在の妻や夫もいるので)自分の生活にひかれて疎遠になってしまった。
21段はこんな話で、歌の状況説明と言う形の良くある話であった。この歌のやり取りは今でいうツンデレで平安ごろの文は素直に愛しているなどとは書かなかったのだ。
話の最後の文は「おのが世々になりたれば、うとくなりにけり」というものだが、歌の中にも出てくる「世」と言う言葉は「自分の人生」「くらし」と言うような意味で、現代の「時代」というものとは違う。
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2015/7/16

筒井筒A「伊勢物語」23段  古典(伊勢、源氏など)

この前書いた「筒井筒」の後半である。
前半は初々しい初恋が実るまでのお話で心が温まるが、何年かすると女の親が死んで暮らしが立たなくなる。今だとそう書かれていても「えっ」という疑問になるのだろうが、通い婚から同居になっても女の側に住むことが多かった当時は、女の側の親が面倒を見る風習だった。
男は商いついでに高安と言う所の別の女の所に通って行く。「もろともにいふかひなくてあらむやは」という言葉がいじらしくて好きだ。意味は「一緒にいて、ダメな暮らしになっていくのならいっそ」というようなものか。

前からの女はそれを恨みもせずに、男を高安へ送り出すので、男は女の方こそ浮気をしているのではないかと、出かけるふりをして隠れて見ていた。すると女が化粧も美しく、外を眺めては

風吹けばおきつしら浪たつた山よはにや君がひとりこゆらむ
(気候が悪いと大変難儀な龍田山を、夜半にひとりで貴方は越えていくなんて、心配だ)

と詠ったので、愛しい女と思って河内へも行かなくなった。

たまに高安にいくと慣れてしまったその女は、自分からご飯をよそったりして、それが興ざめだと男はすっかり行かなくなってしまった。

君があたり見つつを居らむ生駒山雲なかくしそ雨は降るとも
(君の居るあたりと思って生駒山を見て暮らしているのだから、雨は降っても雲よ生駒山を隠さないで)

これは高安の女の嘆きの歌であるが、現代に読むと随分勝手な男の話に思われる。しかし、田舎を商売して歩く男の話にしては、どちらの女も御大層だし、自分でご飯を盛ったからみっともない(つまり給仕は下女のする事)というのも身分のある人の話ではないだろうか。これは「伊勢物語」が出来る過程で、良くある話に貴族階級が筆を加えて出来たためではないかと、私は推察する。
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2015/7/1

筒井筒@「伊勢物語」23段  古典(伊勢、源氏など)

「伊勢」の中でも筒井筒の段は、歌や一部の文を(昔ほど覚えていられなくなったので)空で言えるほど好きなお話である。この後に来る「あずさ弓」の話などとともに、業平の恋物語ではなくて民話的に語られていた話を「伊勢物語」の中に組み込んだような気もする。池田亀鑑先生も、23段が二つに分かれ、前半は「伊勢」だけ、後半は「伊勢」と「大和物語」とに出てくることからそのように見ている。

前半の筒井筒の話には「田舎わたらいしける人の子供」が男の子と女の子で、つまり「行商人の二家族のこども」(別に地方官吏の子供と言う説があり、それもうなづけるような気がする。)が近くに住んでいて、一つの井戸のまわりで遊んで育った。
だんだん大人になって、恥ずかしくもあったから遊ばなくなったが、内心お互いに好きと思っていたので、親が別の縁談を持ってきても女は聞こうともしないでいた。男もこの人こそと思っていたので、歌を贈って

つつゐつの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしないも見ざるまに

と言いかけると、女も返歌で

くらべこしふりわけがみも肩すぎぬ君ならずしてたれかあぐべき

と、打ち明けたので、二人の望みどうりに結婚した。私はここにそう訳したが、元の文は「つひに本意(ほい)のごとくあひにけり」となっている。平安初期の古語の簡潔で美しいこと、なんともいえない。男の歌は教科書などで「つついづつ井筒に」となっているものもあり、私もそう覚えていたが、ここでは学燈社の「伊勢物語精講」にそった。

この段が好まれるのは、かけひきもなく初恋のままに男女が結ばれるところであろう。「源氏」の頃になると形式として初めに贈られた相聞歌に対しては拒否やお断りで応じ、三度くらいやり取りがあって後に逢うというのが約束のようになってくるが、このころはまだ万葉の率直さも引き続いてあったとも思える。先に引いた「地方官吏の子供」という説は折口信夫だったか、「親が相手を探す」ということからも単に行商人の家ではなかったと思われる。
「髪の毛が肩を越えて長くなったから」という歌に吉田たくろうの「結婚しようよ」を重ねて見たのは私だけだろうか。
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