2009/9/30

とくになし。  

 今日はとくに何もなかった一日だった。いや、ここに書くようなことは、何もなかった、というべきか。

 晩ご飯に久々サケのムニエルを作って、すだちを絞ったらやたら美味しかったとか、深夜に(かなり個人的に)大パニックになる事件が発生したけれど、超ラッキーにも人の情けによって、なんなく助けていただけた、とかはある。

 たぶんもし何かあったにしても、大パニックの余波で、頭の中がかっさらわれたのだろうと思われる。

 9月はそんな訳で、キケンなダメ押しでもって終了した。10月には期待したい。いや、キケンなことでなく、まっとうに終了する月であることを、期待したいのである。どうせなら、せめて書いて笑えるくらいの事件にしといてください、ということで。
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2009/9/29

10月のギャラリー・インフォメーション  おしごと

 今日は、八日市図書館の2Fギャラリーで、10月開催予定の「展示」、「ワークショップ」、「講演会」のインフォです。

★★10月 風倒木ギャラリーのご案内★★

  ちくちくちく展
   10月3日(土)〜10月18日(日)

  ちくちくちく展ワークショップ「縫ってみましょう」
   10月4日(日)1:30〜4:30 

  八田尚子講演会
  「ほどいて、縫って、つくろって」
   10月18日(日)2:00〜

 今回はユニークな手縫い(刺し子など)作品の展示、ワークショップです。
 講演会の講師さんである八田尚子さんの書かれた本も回覧で拝見したけれど、とっても面白かったので、ニードルワークがお好きな方はもちろん、苦手な方にとっても新たなフィールドにさそわれる、有意義な講演会になりそうな予感。

 ワークショップも「ぶきっちょ」を自認する方にこそ、来ていただきたい。スキルアップではなく、「縫う楽しさ」「てづくりのよろこび」「創意工夫の妙」みたいなものを感じられます、きっと。

 まずは、気楽にふらっと展示された作品を観るところから、いかがでしょうか。私は昨年初めて拝見したけれど、いやー、観てるだけで楽しい作品群でしたね。しかもユーモアもウィットもあるし。今年はどんな作品たちがやってくるのか、実は今から楽しみにしています♪

 八田尚子さんの本の詳細は以下のとおりです↓(自然食通信社のHPより)

地球を汚さないシリーズ[2]
『捨てない主義で「布」生活』
自然食通信社

八田尚子+自然食通信編集部編
定価:1200(税込:1260)円
ISBN:4-916110-23-4 2002年7月発行
A5判 163ページ

(内容)
着古したからこそ、いとおしくなる衣類。 肌になじんだGパンや、プリントがお気に入りのシャツとなが〜くつきあいたい。子どもの服によみがえらせたい。そんな時にスグ役立つ“ひらめき布再生術”。

130もの手軽でユニークなアイディアに刺激されて、ウズウズしてくること保証付です。 ふと、立ち止まって、布と向き合う時間は、くらしに新しいリズムを生み出すもの。そして、何よりカタチになる手応えはうれしものです。

布に寄り添う暮しを楽しむ人たちのクローズアップはそんなくらしの息づかいを伝え、手仕事のある生活のヒントになりそう。 今、リサイクルの名の下に回収された古布の9割が焼却処分されています。布再生に携わる人々の現場をいろんな角度から見渡せるレポートも充実。

使い捨てをやめて、創意工夫に満ちた「布生活」へ一歩踏み出してみませんか。
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2009/9/28

親ばか、しみじみ  ファミリー

 先日、Kちゃんと京都へ行ったときのこと。

 四条に着き、新京極あたりでお昼にして、その後二手に分かれての自由行動に移った。

 私はそのまま寺町の方向へ、彼女は寄りのロフトに行ったらしい。

 待ち合わせの時間が迫っている頃、携帯が鳴った。Kちゃんからだ。ちょっと遅れるという知らせ?

「あ、おかーさん? いまウチ、『アランジアロンゾ』のお店にいるんやけど、なんか要る?」

あー、かつて母娘で大盛り上がりして、『アランジペーパー』まで定期購読していたのを、覚えていてくれているんだー。感激。もう、それだけで充分ですわ〜(感涙)

「えーと、実際みてみーひんとわからへんし、おかーさんのはいいよ。Kちゃんの好きなの買ってきたらいいから」

「んー。わかったー」

待ち合わせ時間ジャストにやってきたKちゃん、
「このカッパと『うお』(魚のキャラクター)の電車ごっこしてる定期入れ、ええやん!?」
とちらと、戦利品を見せてくれた。なるほど、定期入れやし電車ごっこかー。

帰宅後、アランジアロンゾのキャラクター商品を袋から出して見せてくれる。
「あっ、この『うお』のクリアファイル、ええやん♪」と、思わずはしゃぐ。
「ええやろー? これ、おかーさんにあげる」

「ええー!? ええのー? ほんまにー?」(この時点では、まだはしゃいでいた/笑)

「うん。このワルモノ(アクマのような、バイキンのような、そのまんまワルなキャラクター)のノートも」

「・・・ありがと」(感涙) 

 ちょっとうるうるきたので、そそくさと彼女の部屋を出る。おかーさんの好きなキャラクター、覚えてたんや。やっぱり、Kちゃんはさりげなくさっぱりと「ええヤツ」なのである。おかーさんにだけでなく、たぶん誰に対しても。久しぶりに、しみじみしてしまいました。

アランジアロンゾのキャラクターは、こちらでご覧ください。

 
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2009/9/27

キング・オブ・コントを少し  テレビ/ラジオ

 もうすっかり過去の話題になってしまって恐縮だけど、コント日本一を決める「キング・オブ・コント2009」の決勝戦の話。でも、私が観たのは家事の合間に1/3くらいかな。

 もちろんKちゃんは、自称(!)「お笑い評論家」なので真剣に観ていた。ド素人の私が放つ質問や意見にも、鋭い分析や詳細な説明をしてくれるので、大変勉強になる。

 「決勝戦に出ない芸人さんたちが点数をつけるのって、どうなん?」

 「うーん、お笑いのことをわかっている人たちだから、「お笑い」に関してマチガえないとは思うんだけど・・・難しいとこやね。例えば優勝してる人たちは、たいてい芸歴が長いし、やっぱりそういうこと(下積み時代が長いこと)も審査する芸人さんたちは考えてはると思うんやな。すでにメジャーになって『いい気に』なってる人には、反感もあるだろうし」

 「得意な持ちネタをするのか、初ネタをするのか、どっちが有利なんかな?」

 「お客さんの手応えのいい、完成された持ちネタっていうのは、半面みんな何回も観てるから、『今まで観た中でのでき不出来』も判定に勘定されてしまうんや。ウチはジャルジャルの1回目のネタを今まで5回みてるし。しかもその内1回は目の前のライブで。あの1回目の点数の低さは、そういうことも含まれるんやと思う」

 他にも「ロッチ」もなかなか好き。「しずる」も、ほのぼのした終わり方に幸せなものを感じるし、そこが人気の素なんやと思う。東京03は、洗練されてるし演技もうまいし、安心してみていられるけど、笑いの点でなんか物足りひん。など、いろいろと語ってくれた。

 ところで、我が家で絶大な人気を誇るのが、モンスターエンジン。個性派ぞろいで趣味も違うのに、なぜか圧倒的に集中的に支持されている。

 彼らは笑いのフロンティア魂を持つ人たちみたいな気がする。気負わないハッピーな冒険家みたいな。

 1回目の競馬中継のネタは、しかし予想外にツボを外れてしまった。そして予想通り、いまいちな点数だった。妥当な評価だと思った。ちょっとばかり、がっかりした。

 ところが、二回目の落ち武者の背後霊のネタで、すっかりKちゃんと盛り上がってしまった。あまりにもツボにはまってしまったのだ。
「なにこれ〜! 面白すぎる〜!」
「とくに落ち武者が歌って踊るとこ〜」

 そう、ここが一番のツボだった。槍がカラダを貫通したざんばら髪の落ち武者(しかも背後霊)が、明るくしゃべりまくったあげく、歌って踊るっていうのは、とんでもないビジュアルだったのだ。意表を突かれたというか、盲点を暴かれたというか。

 彼らの出番が終わってすぐ、Kちゃんの携帯が鳴り、彼女とお笑いをアツく語り合う友達のNちゃんからメールが届く。彼女が近くのスーパーに一緒にジャルジャルを見に行った「お笑い友達」である。

『モンスター・エンジンは、新しいフィールドに立った!!』

 みたいな内容の、感動に満ちたメールだったらしい。

 私もすっかり彼らの出来映えに満足してしまい、もう、これで充分です状態だったのだ。彼らの笑いの余韻を楽しむべく、テレビから離れ、家事に戻ってしまったくらいだから。
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2009/9/26

長い一日  

 連休明け二日目ということも、連休明け最初の土曜日だということもあって、ものすごい返却本の、やま、やま、山! でまた、そういう日に限って、コピーやレファレンスや利用者登録が多かったりして。

 今日はまったくカウンターに当たってなく、しかも事務所内のお仕事を1/3日していたので、まだしも走り回っていないハズなのに、なんだか疲労困憊。これはたぶん、お仕事のせいだけじゃなく、H氏が不在で早朝から深夜まで、すべての家事をやっつけなくてはならないからだろう。朝も夜も、いつもに増してノンストップに拍車がかかってる。しかも朝5時から翌(深夜)1時まで活動する長い一日となる。
 もっとも「ごはん」だけは、品数少なめ作り置きでOKなので、晩ご飯前後はずいぶんラクチン。

 H氏は、新しいフィールドでも相変わらず「あの調子」で、ファンを増やしている模様。あの達者な口と憎めない性格に加えて、まるで漫画の主人公みたいにやることなすことが面白すぎる。ほんとにとんでもないヤツである。おかげで私は、おもしろおかしく暮らすことができるのである。いと、うれし。
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2009/9/25

なぎ倒されました(笑)  テレビ/ラジオ

 本屋さんに行く機会があると、NHKのテキスト類をチェックする。『趣味悠々』とか『知る学』とかは、時たまとっても気になるテーマのものがあるので要チェック。

 今回目に止まったのが次回、木曜日放送分の『仕事学のすすめ』。10月は、NPO法人ジェン理事/事務局長の木山啓子さんが「国際支援流 危機乗り切り方」を指南してくださるそうだ。聞き手は勝間和代さん。

 木山啓子? NPOジェン? 聞いたことの無い固有名詞である。でも私の「これはもしかしたら」という勘は、今日も絶好調で働いた。自画自賛だが、本屋さんでの私の勘は、なかなかのものなのだ。

 それで本を手に取って、木山さんの「まえがき」のようなものを読んでみた。たった2Pでなぎ倒された。放映時間は絶対リアルタイムでは見られない時間帯だけど、これは即買い。図書カードも持っていたし。

 (以下は、ほぼテキストからの引用になります)

 ところで彼女が活動しているジェン(JEN)とは、紛争や災害により厳しい生活を強いられている人々の支援を行なうNGO(非政府組織)である。彼らが自らの力と地域の力を最大限に活かして、精神的にも経済的にも自立した生活を取り戻し、最終的には社会の再生を果たすことができるようにサポートするのが、彼女たちの仕事である。

 ところで、つい昨日テレビを見ていたときに、高校生の部活顧問の先生が、1年生達に最初の教えとして、「自分で自分に枠をはめないこと」とおっしゃっていて、「おおお〜(すばらしい!)」と感動していた。同じことを木山さんも言っているのだ。

 まえがきで、木山さんも「若い頃から自己評価が低く、自信もなかった」のは、多くの場合、自分で限界を設定してしまっているからだということに、あるとき気づいたとおっしゃっている。
 今では「全ての困難は自分の学びの機会」であると前向きに捉えているそう。「他者と過去は変えられないけれど、自分と未来は変えられる」とも。

 紛争や災害地域での支援の中で、当然危機的な局面に出会うことはある。そのときには、「長いトンネルの先にも、暑い雲の上にも光があると信じること」が必要だ、と。聞き飽きる程、よく言われていることであるが、彼女の幾多の体験に基づいた揺るぎない信念は、この言葉をテッパンに裏打ちする。

 たとえば「人は極限的な状況の時、自分ではなく他者のためにしか頑張れない」という気づき。絶望的な状況に陥ってしまい、自分自身を支えることすらできない時が、誰にだってある。でも「どん底」のときだからこそ、他者のためになら(自分のためには力尽き果ててできないことも)できる、というのはあり得る話だ。
 もしかしたら、自分のためにできないくらいなのに、なんで人のために?と思う人もあるだろうけれど、人間にはそういう不思議な部分が確かにある。

 彼女にとって「信じること」も「引き受けること」も「逃げないこと」も「言い訳しないこと」も「自分から動くこと」もすべて同じ意味だ。
 だから全ての課題は、たとえどれほど自分から遠いように見えたとしても、必ず自分が関われる部分がある、別の言い方をすれば、光が見えるようになるまで課題解決のための努力を続けること自体が、逃げないことにつながる。

 うーん、やっぱり昨日見た福井の高校生のチアリーダー部の活動を追ったテレビ番組から続くテーマだなあ。もしかして、天から私に投げかけられたヒントなのかもしれない。なら、心して追いかけなくては。
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2009/9/24

読書欄を読む  読書

 職業上、新聞の日曜日の読書欄はもれなく読まなければならないが、やはりプライベートタイムにそれをするとなると、もれる時もある。

 今日は随分遅れて、やっと9月20日の朝日新聞の読書欄を読んだ。本日は予定も無く、ちょっとゆったりできたのだ。

 いくつかの記事に「ふむふむ」と興味深いものがあったが、中でもひとつの書評にいたく感動した。全文はここにありますので、ぜひご一読を。

 この書評を書いたのは、ジャーナリストの松本仁一さん。評された本は
『ユダヤ人を救った動物園』 (ダイアン・アッカーマン/著 亜紀書房)

 書いてあったのは、だいたいこんな感じ↓ 省略して引用してみました。

 ナチス支配下のポーランド・ワルシャワで、動物園の園長夫妻が多くのユダヤ人をかくまった、その実話。
 大型獣はすでに処分されていた。がらがらの園舎で園長はナチスに「兵士用の豚の飼育」を提案し、閉園をまぬがれる。ドイツ軍に豚肉を供出する一方、ゲットーから知人のユダヤ人を次々に連れ出し、空いているライオン舎などに隠していく。

 動物園を閉鎖することなく、ユダヤ人をかくまい続ける。救ったユダヤ人は300人に上った。見つかったら銃殺だ。しかし夫妻はちっとも深刻な様子を見せない。

 家の中はユダヤ人が歩き回り、ピアノを弾いたり歌ったりしている。笑いの絶えない隠れ家だ。だが実際は、夫妻はポケットに自殺用の青酸カリをしのばせているのである。

 ユダヤ人を救ったシンドラーや杉原千畝らに共通しているのは、ユダヤ人を人間として見ていたことである。夫妻も同様だった。

 本書によると、ワルシャワ市民の12人に1人が、命の危険をかえりみずユダヤ人脱出に手を貸したという。なぜか。ナチスへの反感もあったろう。だがそれ以上に、ポーランド人とユダヤ人の関係が濃密だったからではないか。彼らは、そもそも初めから人間同士だったのだ。
 人間を人間として見る。それは命をかける値打ちのあることなのだ。そのことの重要さが、じっくりと伝わってくる。


「人間を人間として見る」。

 戦時中でなくても、果たして私たちはそれをちゃんとしているのだろうか?と自分のムネに手を置いて考えてみる。正直に振り返ってみて、そのあまりの「人間として見て」いなさに愕然とした。経済がどうしたというより、むしろそこのところで、人間はいろんなところで、いろんなやり方で、つまづいているんじゃないだろうか。

 感動的な美談としてではなく、急速に私たちが失ってしまったものが何かを、重く受け止めて考えるべき本なのかもしれない。

 
 



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2009/9/23

若冲ワンダーランドへ  アート

クリックすると元のサイズで表示します 意外にも、私にしては、あっさりさっさと見終えてしまったMIHO MUSEUMでの企画展『若冲ワンダーランド』。でもあんまり「ワンダー」ではなかったかも。どちらかといえば「キュート」、それもとっても。

 たとえば禅画のスタンダードなモチーフの「寒山拾得」。あんなに無邪気な寒山拾得は、見たことないよ〜〜! サイコーの笑顔に引き込まれてしまう。だから、絵はがきも3枚買ってしまう(笑)クリックすると元のサイズで表示します(画像をクリックすると拡大できます)

 たとえば衝立に描かれた「蟹図」。大胆不敵な構図と筆使いに思わず笑ってしまう。クリックすると元のサイズで表示します


 伊藤若冲といえば、お決まりのように登場するニワトリ。表情豊かで楕円を繋いだような独特のフォルムのニワトリの姿と、首を振りながら刻々と表情を変えて行く様子が目に浮か不思議なリアル、「ニワトリ大好き♪」な彼の心がものすごく伝わってくる。ひよこちゃんたちも、ちょうかわいい〜!!

 「虎図」の虎の「はーい、トラさま登場だよ〜ん」目線とか、気取ったクロスした前足とかも、たまらなくかわいい。クリックすると元のサイズで表示します
 ハクション大魔王のようにトボケた昇り龍も微笑ましい。そして今回の目玉、「象鯨図屏風」だって大胆な構図に不思議にかわいい象。クリックすると元のサイズで表示します

 まるで清少納言の『枕草子』のように、少なからず伊藤若冲の描くものには、「いとうつくし」なパートがあるのだ。

 ということで「伊藤若冲はキュート♪」かつ「構成は大胆不敵!」という再認識をした次第。

 若冲以外の絵もあった。
 筆に水をたっぷり含ませた水墨画で、富士山と三保の松原を描いた「富士三保松原図屏風」は、ものすごくシンプルなのに、ほのかな霧の中に浮かび上がるリアルなシルエットのようで、思わず「欲しい〜!!」と思った逸品。
 このめちゃくちゃウマイひとは一体??と作者を見れば、円山応挙。ああ〜〜、ナットク。ウマイはずや〜。

 ウマイといえば、この美術館のチケット売り場の隣に、パンを販売しているガラスケースがあるが、これはとにかく「いかようにしても買わなくてはなりませぬ!」というくらいの逸品揃いである。
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(↑この入口からミュージアムまでのゆるい上り坂を、自然の絶景を眺めながら送迎してくれる電気自動車(無料)。この車の向こうに問題のパン販売所があります)

 今日は残念ながらこの世のものではないのでは?というくらい美味しいクロワッサンは、まだ焼き上がっておらず断念した。断念するためにフランスパン1本とオレンジパン(オレンジピールの入っているソフトな少し甘めのパン)と蜂蜜パンを購入。いずれも予想通り(予想以上に?)美味しかった。(実は蜂蜜パンはだれかに食べられてしまい、味はわからず。でも美味しいはず!)

 紅葉も始まりだしたミホ・ミュージアムには、近畿圏内はもとより、名古屋、豊橋、横浜、神奈川ナンバーの車までが駐車場にひしめいていた。滋賀県ナンバーの方が少なかったかもしれない。でも、意外にも会場には人がひしめいていることもなく、もちろん列をつくることも、待ち時間を気にすることもなく、ゆったりと鑑賞できた。
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2009/9/22

京都でウインドウショッピング  おでかけ

 本日はKちゃんと京都へ。

 たぶん最後の受験勉強の息抜きに、四条と駅界隈でショッピングの付き添いである。部活が終了した後も、夏休み中盤からノンストップで勉強に邁進していたので、たまにはお出かけしてみたら?という私からの提案だ。

 私が一番心を動かされたお店は、本能寺の近くにあった民族楽器のお店。もう名前も聞いたことないような弦楽器が、ウインドウの向こうに並べられており、琵琶のようなトルコの楽器などを、「カッコイイ〜♪♪」とみつめていたりした。

 店内では子ども達が夢中になって、鉄琴のような楽器やマラカスのような楽器を鳴らしていた。たぶんそういうのは、全くオーケーなんだろう。楽器は鳴らしてみて良さが判る、音を出してナンボのもんなんや、という太っ腹な気風のお店なのかもしれない。レジにいたお店の方も、全然気にする風がなかった。

 もうひとつ心に残ったのは、Kちゃんと待ち合わせたサンマルクカフェの隣のアーミー関連のお店。兵隊さん用の鞄が店先にあり、なかに中古の品もフックに掛けられぶら下がっていた。

 ベージュのシンプルなショルダーのマップバッグ(1980円)にはボール紙の手書きのタグかあり、「旧東ドイツ軍/中古/ビニール」と書かれていた。いかにも使い込まれて、カビも錆もあったような(一生懸命落とされたようだけれど)チャチな品ながら、「旧東ドイツ」という「物語」に必要以上に心を揺さぶられている。思いっきり私のウイークポイントを突かれている。

 でもさすがにあまりに作りがチャチイので、きっと使えないだろうとあきらめることができた。そのとたん! となりにあった、ベージュの斜め線がアトランダムに入ったランドセル(手提げにもなる軍人用背負い鞄)に目を奪われる。こちらも旧東ドイツ/中古。そして1050円!

 でもその鞄のタグを読んで、もっとくらくらしてしまう。その鞄の斜め線は単なるデザインではなかったのだ。訳ありのアーミー仕様だったのだ。タグにあった鞄の仕様名は

「レイン・カモフラージュ」!! いや〜〜、わからなくはないけどね〜(笑) 

 何度も行きつ戻りつしながらも、結局買わずじまいだった。やっぱりこれも使うのは無理そうだもんなあ・・・。ああ、でもちょっと夢にみそうな「レイン・カモフラージュ」だった。
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2009/9/21

天使をユウワク  おでかけ

 今日は午前中に洗濯の取り入れから、晩ご飯を8割方終えるところまでやっておいた。夕方までお出かけする予定があったからである。
 そこで久しぶりにH氏の独演会を聞くことができた。

 もともと私の友達だったKさんの夫君が、H氏と共通の趣味だったりしたので、ご夫婦で我が家に見えたのが今年の冬。そこで家族ぐるみ、というか夫婦ぐるみでおつきあいが始まった。でもなかなかお会いする機会がなく、やっとこの連休に日を合わせられ、今日はKさんのお家に伺う。

 別荘のような白亜の漆喰プラス丸太のログハウス、しかもアプローチやお庭はご夫婦による手作りで、いまだ現在進行形だったりする。スペインはバルセロナにあるガウディの現在進行形で建築中のサクラダ・ファミリアみたいにロマン溢れる。でもサクラダ・ファミリアよりずっと、完成の日は近いはずだ。

 内部も海をモチーフにしたロマン溢れる佇まい。ところどころにある可愛らしく、かつ茶目っ気のある人形などは、奥様の人柄そのまんまで微笑ましい。
 お家は高台にあり、ベランダから町を見下ろす絶景のロケーションなので、H氏は思わず「戦国時代に戦で高みより査定している係の人」の気分を満喫したらしい。
 このこと(戦の査定→旗指物)については、4月のブログ記事にしたので、忘れている方、または最近ここに参入された方は、ぜひご参照ください↑

 またトイレから山を仰ぎ見られると、H氏は大感動でトイレから帰還した(笑) 雄大な風景を見ながら用を足せるというのは、男性にとって非常に意味深いものなのだ、ということを初めて知った。

 この家の主はお酒を嗜まないが、せっかく来ていただいたのだからと、高価なお酒『魔王』を振る舞ってくださった。

 何と言う僥倖! こうしてH氏の話芸が炸裂する独演会が始まった。私の頭の中では中学生の頃、音楽の時間に鑑賞したシューベルトの歌曲が鳴り響く。そういえば最近私は「魔王」づいている。

 ほんの一週間前、酒類の量販店『リカーマウンテン』にH氏と一緒に行ったとき、私が
「『魔王』やて〜〜(笑) あ、こっちに『大魔王』っていうのがあるし〜〜(笑)」
と指差したら、H氏が、
「『大魔王』飲んだら、ハクション、っていわなあかんねんで」
と、ふたりで突っ込んでいた。

 現在、柳広司さんの小説『ジョーカーゲーム』を読んでいるところだが、その登場人物の渾名が「魔王」だったりする。しかもシューベルトの「魔王」も出てくる。

 さてその『魔王』というお酒の名前の由来は、天上の汚れなき天使すらユウワクし地獄へ引きずり込む魔王のように魅力的なお酒、という意味合いでのネーミングらしい。

 「天使をユウワク」? 若き日の三浦友和さんにユウワクされる山口百恵さんか、半島の宗教団体にユウワクされる桜田淳子さんか、というところか? しかし、いま目の前でユウワクされているのは、50過ぎの南方系アジア人のような風貌のおっさんである。しかも、トイレに行くだけでも怪しい足取りだったりする。「魔王」をカラにした頃、どうやら独演会は終了した。「ユウワク」というよりは、「へべレケ」かも。

 それでも彼は意志の力で車に乗り込み、ほどなく爆睡。もちろん運転は私である。家に到着すると、なんと彼はお地蔵さんのお世話までこなし、お風呂から出てきたところで、ついにギブアップ。そのまま眠りの世界へ。魔王に引きずり込まれたのは、地獄でなく夢の世界だった。よかったよかった。

 夫に成り代わって、深々と。今日はどうもありがとう、Kさん。帰り道もしばらく案内してくださったおかげで、無事に帰宅できました。
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2009/9/20

待ってました!  おしごと

 明日から職場は4連休である。今日は、明日からの連休を楽しみに、それを自分の鼻先にぶら下げながら、一生懸命仕事をした。

 午前中はあり得ないくらい、のんびりだったのに、お昼頃から大車輪状態に。それでもトータルでみると休日にしては、いくぶん少ない客足だったかもしれない。

 旅行ガイドが出払ってしまって、書架はガラガラ。そりゃこれだけの連休なら、充分旅行にいけるよねえ〜。

 同僚の皆さんの遅ればせの連休が、楽しく有意義でありますように! あんなに毎日必死で働いているんだもの、じっくりリフレッシュしなくちゃね!
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2009/9/19

天然女優  ファミリー

 Kちゃんの中学生での最後の文化祭が終了した。クラスで演劇と合唱の発表があったのだ。何度も大もめに揉め、けんかし、怒り、罵詈雑言が飛び交い、練習ボイコットもあり、そしてそれらをすべて乗り越えて、全てのクラスが素晴らしい発表だったらしい。(私は残念ながら見ていない)

 終了した日学校まで迎えに行ったら「つかれた〜〜」の一言。真っ白に燃え尽きてしまったぜ!という感じか。
 「これであともうなんにもない。これで中学校生活は終了〜」(終わってないって!)

 沖縄戦での学生の話と、現代の生徒達との話が交互に語られるシリアスな戦争と平和を問う内容の演劇だった。
 Kちゃんは重要な役所で長い台詞がいくつもあったとか。「うちがコケたら、すべてがコケるし、絶対コケられへん!」と豪語。
 「何が大変?」と聞いたら、
 「台詞を覚えるのが大変。これが一番オモロない部分やな。でも逆に台詞さえ覚えたらこっちのモンや!!」と豪語。恐るべき動物的勘で、演技のツボが自然にわかるらしい。天然ものの女優である。

 そしてまたもや塾の先生も見に来られていたらしい(笑) 発表後、塾でKちゃんに会われたとき、「あんな長い台詞、どうやって覚えたんですか?」と興味津々で尋ねられたとか。「英語の教科書も、あんな風に覚えられたらすごいことなんですけどね〜」

 それから彼が一番感動したのは、かなり意表を突く意外な部分だった。でも英語の先生としては、ありえるのかもしれない(?)
「あの米兵が『みなさん、でてきてくださ〜い!』っていう台詞は、なにかドラマの台詞をコピーしたんですか?」
「いえ、自分たちで考えました」
「それは素晴らしい!! あのイントネーションは、ぼくがまえにドラマ(映画?)でみたときと、寸分違わなかったですよ! もうトリハダがたつほど感動しました」・・・それは感動のツボを大きく外しているのでは、という言葉を飲み込み、オトナとして振る舞ったKちゃんだった。

 文化祭終了日の後の塾は、Kちゃんの学校の少年少女たちは、概ね爆睡だったそうだが、先生方は「まっしろに燃え尽きてしまった」彼らに温情を示し、眠るに任せていたそうである。 
 
 クラスでは、演劇部門優勝、合唱部門、僅差で2位、個人部門では、3年連続女優賞という3冠を達成した。

 この連休で、文化祭疲れをゆっくり癒してね、おめでとうKちゃん。
 
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2009/9/18

「花と兵隊」の藤田さん  映画/ドラマ

小学生の頃に習ったことは、身に染みつくように覚えているものである。その分、その後、「あれはマチガイでした」と言われても、修正するのは難しい。

 太陽系の惑星は「水金地火木土天海冥」のままだし、源頼朝や足利尊氏のビジュアルは、当時、歴史の教科書に載っていた各肖像が、反射的に思い浮かぶ。理科系はともかく、歴史は時間が経つにつれ現代史が増えて行くだけの変化だと思っていたけれど、どうもたった30年やそこらで、あちこちに修正が入っているようだ。でももう個人的、反射的には修正はむずかしい。淡々と教えられた教科の知識でさえ、そうなのである。

 それなら熱意を持って徹底的に叩き込まれた戦時中の教育を受けた人々は、戦後どうやって過去の日本や自分自身と折り合いをつけたのだろう?という問いを、映画『花と兵隊』を見て、改めて考えてしまった。

 なおかつ戦時中の自分の行為の記憶とどのように向き合っているのか、あるいはどのように向き合わないでいるのか。

 たとえば坂井勇さんは、ブラジル生まれの日系ブラジル二世なので、根っこは日本人だとはいえ、日本人のアイディンティティーについて、(インパールで地獄を見たものの)他のひとほどには悩まずにすんだのではないか。
 タイで事業を成功させ、難民達を援助し、カレン族の妻とは偕老同穴を絵に描いたような仲むつまじさで、多くの家族に囲まれ幸せな晩年がカメラに収められている。多くの人々に慕われ、人間的にも穏やかな好々爺だ。

 ところが藤田松吉さんは、まるで坂井さんのネガのようだ。藤子不二雄の漫画に登場する、うるさ型の盆栽を愛する(そして彼の家には、少年達の野球のボールが飛んで行く確率が高い)じいさんのようにとっつきづらい。ほとんどケンカ腰なの?というような怒声で語り、会話をシャットアウトの方向に持って行きたいかのような剣幕である。おまけに典型的な軍国教育を受けた人である。目の前に彼がいたら、確実にドン引きするだろう。

 しかし、何度か藤田さんを見ていると、なんというか、真実がにじみ出てくるようなキャラなのだ。過去や現実をありのままに見つめ、だからよけい自らは苦しい。取り繕う、というところが一切ない。逆に他の人が言えば露悪的なの? というくらい正直な(たぶん自らをひどく傷つけながらの)不器用な語りは、まっすぐ映画をみているひとまで届く(と思う)。自分に正直な人故、辛い戦争の記憶を、リアルに同伴しながら人生を歩いた人なのだ。だから彼の苦しみは大きい。それにもまして「怒り」は大きい。

 彼は長い年月を費やし、日本兵の遺骨を800体集め慰霊塔を建てたのだけれど、それは何にも増して「怒り」によったのではないか。「これが自分がしてきたことへの理(ことわり)だ」と彼はいう。日本(=天皇)の戦後のまるで自分たちへの裏切りのような姿勢についての、絶望感と怒り。それが彼を駆り立てたようにも思える。

 そんな彼にとっても唯一表情がやわらぐときがある。すでに亡くなってしまった妻の写真を見るとき。彼女の思い出を語るとき。
 しかし彼女があっけなく亡くなったことを話す彼の中には、どこかに「自分のやってきたことの報いでは」という陰りを見た気がして、胸が痛んだ。

 彼は映画の完成を見ること無く、坂井さんとともに鬼籍に入った。蓮の花は、泥の中から茎や葉を伸ばして水上に美しい花を咲かせる。藤田さんは、この映画で、ついに人生の花をひらいたのではないだろうか。
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2009/9/17

そんなこんなで  映画/ドラマ

 1時間かそこいらの東寺見学を3日も書いてしまった。それは、それなりに感じる所や思う所の多い場所だったからなのだけれども、もちろんそれだけではない。

 そう、東寺はあくまで「ついで」だったのだ。メインは映画。タイトルは『花と兵隊』。若い監督の第1作品でドキュメンタリー。それについて書くための時間稼ぎだったりもしたのだ。これは(私には)しばらく寝かせておかないと感想をいうのが難しいタイプの映画だったから。言葉にするのが難しい部分で、受け取るものが大きい映画だったからだ。この映画を見る前に、ネットで感想などを読んでみたのだが、いまひとつピンとこなかったわけが見てわかった。なるほど。

 そもそもこの映画を教えてくださったのは、例のごとく蕃茄さんなので、その記事もあわせてどうぞ。

 以前ご紹介してくださった『蟻と兵隊』で、すっかりドキュメンタリー映画にはまってしまったので、今回も、と思い立ち、この近くで見られる映画館を検索したら、京都でひとつ見つかったので、今回出向いてみた訳である。

 もっとも当然のことながら、『蟻と兵隊』とは全く趣を異にしている。あのまばたきすらもったいないような、緊張感あふれる画面ではなく、うっかりすると睡魔に負けそうになったくらい、(良い意味で)「ゆるい」画面だった。戦争がテーマの映画にしては、不思議なくらい自然体。

 監督は撮影時、若干28歳の松林監督。もうアジアの危ない場所を好んでバックパッカーしているような兄ちゃん、という風体。でも社会派な気負いや、ムネに渦巻く反戦な正義感は、みじんも感じない。意外にも、ものすごい自然体。

 この自然体こそが、しかしこの映画の魅力であり、強みであり、個性であり、力なのかもしれない。それは見終わったあとに効いてくる。
 
 第2次大戦中、酸鼻を極めたインパール作戦を経験し、そのまま終戦後もミャンマー(ビルマ)やタイに残った6人の未帰還兵たち。90歳前後の元日本兵を20代の若者がインタビューする。

 ちょっとはらはらするような素人っぽい(あるときはあまりにもダイレクトな)インタビューなんだけど、それは相手の言葉を引き出す呼び水というよりは、大きく言えば「そのひとの過去と現在、すべてを引き出す」ように見えた。たとえ相手が言い澱んだとしても。沈黙したとしても。言葉では伝わらない何かが、まるごと雪だるまのように大きく膨れ上がりながら転がってくるようだった。

 村林監督は3年もの年月をかけて、この映画を作ったそうである。もう元兵士の方々とほとんど「お孫さん状態」という関係になったのだとか。そういえばドキュメンタリー映画では、カメラをまわす前にいかに被写体になる方と関係性をつくるかが第1歩だというのをきいたことがある。もうすっかり彼らの生活の中に村林監督が「いる」から、画面が「ゆるい」のだ。リラックスできる画面なのだ。

 「戦争と人間」というテーマなのに、まったく意表をついた作り方というか、構成で、見たことのないアングルから、「ああ、戦争ってこういうものなんだ・・・」とちゃんと伝わってくるのが、スゴイ。いままでにない切り口。

 ここまで書いて力尽きる。あしたまた、続けたいと思う。

 あと個人的には、監督もちょっと引いていたくらい一見横柄で怒りに満ちた、コミュニケーションがいかにも苦手そうな元兵士・藤田松吉さんが、きわだっていい。彼が登場してからは、もう画面に釘付けだった。
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2009/9/16

秘密の教え  おでかけ

 そんな「秘密の教え」である密教寺院での、いかにも、な仏像を最後に知ることになる。

 御影堂にある弘法大師の念持仏(ねんじぶつ)だった不動明王を祀ったお堂があるのだが、その扉はぴったりと閉められ「秘仏」の看板がかかっていた。

 普通「秘仏」とはいっても、年に1度、あるいは60年に一度、みたいな感じで頻度の差こそあれ公開される機会はある。

 ところが、この不動明王は、空海が高野山に旅立った後、光背を修理された方が入滅されて「秘仏」となって以来、だれも見たことがないのだ。学術調査はされたことがあるらしいが、修理してあげて「入滅」することになるなんて、調査するのも命懸けの覚悟で臨まなければならない。おそるべし、秘仏。

 調べてみると、密教系の仏像には秘仏が多いのだとか。やはり秘密の教えなのだ。

 そんなミステリアスな東寺を、しかし、のんびりとツッコミつつ過ごした時間は、のどかな楽しいひとときだった。さすがは世界遺産、懐が深いのである。

 ☆写真で振り返る東寺の時間☆
 
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東寺へいく目印は五重塔。塀の外から道を隔てて見る五重塔。信号機とツーショット。

クリックすると元のサイズで表示します長い土塀沿いに歩いて、ここから入りました。お堀沿いに行けばもっと近かったのに。おかげで、ややテンションが下がる。入場した後まもなく見つけたトイレにペーパーがなく、もっとテンションが下がる。


クリックすると元のサイズで表示しますしかし、お土産物の特異なセンスに驚き、現代お守り事情に知見を広め、久々に拝観料を払ってチケットを買った時点で「お寺に来た!!」という気分が盛り上がる。

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境内にて。サルスベリの遠くで美しい青空の下、修学旅行の生徒カップルが取り巻きにはやされながら、ノリノリでツーショット写真を撮られていた。芸能人の明るく和やかな交際宣言会見みたいだった(笑) その後は、友達同士で写真大会。青春である。

クリックすると元のサイズで表示しますそんな明るい「いかにも」な少年少女たちとは裏腹に、池で甲羅干しをしているカメを長いこと見ている少年もいた。暗さも、孤独もまた、青春である。

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世界遺産で三々五々、修学旅行気分を満喫する生徒たち。青春の1頁である。密かに私もまぜてもらう。

クリックすると元のサイズで表示します紅白の萩の花が咲きこぼれていた。

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