2009/11/30

マダムな日  訪問者

 今日は「お客さんがあるので」という理由づけで、お昼前から夕方にかけての家事から、自分を解放する日だった。

 もちろんその分、午前中と夕方から晩ご飯までは集中豪雨のような家事の嵐が吹きすさんだのだが。
 でも「ぎゅうっと凝縮して家事をすることもできるんや、自分!」という、(自分への)信頼を取り戻したりもしたのだった。「意外にやるやん、自分!」とか「やればできるやん!」とかね(笑) もっとも20年も主婦業をしていたら、多少はアクロバティックな家事くらいはできるようになるのかも。

 お昼は市内の人気のお店でランチという、ベタにマダムな時間を過ごす。「お客さん」はトリオで仲良くなったメンバー。トリオがやむない事情で解散してからも、ひとりひとりとはたまに会ったりもしたのだけど、再度トリオで会えたのは解散以来なので、再会を喜び合う。

 美味しいオムライスやパスタをいただき、カップのフレーバーティーがなくなれば違う味でついでくださるというサービスに盛り上がり、デザートまで注文し、そして延々とおしゃべりという、まさにベタなパターン。そこへ、たまに私の天然のボケが入って、爆笑だったりする。ボケを連発するくらいウキウキだったのだ、きっと。

 その後、我家に場所を移して、引き続きおしゃべりし、笑い、ケーキを食べて、薪ストーブに火を入れたりする。年齢も状況も全く違うけれど、3人寄れば笑いが巻き起こるPOPなメンバーなので、話題が途切れることもない。暗くなってくる頃、別れを惜しみつつ、しぶしぶトリオは再び解散。でもまだ計画はないながら、次の機会を早くも楽しみに待っていたりするのだ。 
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2009/11/29

薔薇の名前/付録  おでかけ

 しかし薔薇の名前はロイヤルな女性名だけでは、もちろんない。

 たとえばこれ↓
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 まるでシャーロック・ホームズのようなクールで知的な佇まいを感じませんか?そんなお花にぴったりな名前が付いています↓


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 これなんかは、エキゾチックで不思議な色合いだと思いませんか↓
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 その名も「ブラックティー」。うまいこと付けたと思います。

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2009/11/27

薔薇の名前  おでかけ

 昨日のつづきです。
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 花緑公園の奥は薔薇園になっていて、何種類もの薔薇が植えられていた。もうまもなく冬だというのに、いくつかの薔薇は瑞々しく花を咲かせていた。

 今回初めて知った訳ではないが、あらためて薔薇の名前はロイヤルなのだと気づく。プリンセスやクイーンの名前が目白押しなのだ。新しいところでは、「プリンセスアイコ」。その隣には一代とばして「プリンセスミチコ」だってある。
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 ここには残念ながら植えられていなかったが、「プリンセスマサコ」だってある。ほのかなピンクでボタンのように花弁がひしめく、和風で、しかし華麗な薔薇だ。

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 海外のロイヤルだって有名どころが艶を競っている。左はピンクのクイーンエリザベス。マリー・アントワネットは残念ながら花は付けていなかったが、かわいいお客様を侍らせていた。
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2009/11/27

花緑公園へ  おでかけ

 足腰がめっきり弱ったのか(!!) 最近は必要に迫られて休みの日は整骨院にメンテナンスに出かけるので、何も出来ないまま一日が終わってしまう。ふと、このまま今年の紅葉を見過ごしてしまっていいのか!?と自問自答した。

 そういえば去年も紅葉を見るココロの余裕がなかったので、2年連続「秋」をスルーしてしまうのは、人間としてどうかと思い、整骨院を出たその足で、「一時間の秋のそぞろ歩きおひとりさまツアー」(無料/ガソリン代少々のみ)を計画し、実行することにした。

 整骨院から車で10分ほどの市内!で、秋の植物を堪能できる場所があるのだ。山の中に作られた、アスレチックや巨大滑り台などがある希望ヶ丘文化公園のすぐ近くにある『花緑公園』である。無料で四季折々の樹木が楽しめる、植物園のような公園だ。

 子どもたち、とくにKちゃんが小さい時には、頻繁に訪れたものだが、大人がひとりで行くには、なぜか思い切りとか言い訳が欲しい場所である。

 今回は紅葉を見ること、ブログを文字だけで休業にするのは寂しいので、せめて写真をのせよう、そのためのネタ写真採取という言い訳で来ることができた。しかしこれが大漁というか、豊作というか、ひとりで歩いただけなのに充実した「おひとりさまツアー」だった。それほどにリフレッシュでき、かつネタ採取も予想以上だった。

 もっとも私は子どもの頃からご近所や、田んぼや、野山や河原へと「おひとりさまツアー」を企画/実施していたし、大学生の頃は、休講のたびすぐ近くの「京都府立植物園」(回数券を買っていた!)でぶらぶらするのが好きだったので、やはり「ディープな自然の懐に潜り込む」というのをたまにしないと酸素不足になるような気がする。

まずは、本日のメイン、モミジの紅葉。いまが盛りでした!
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 落葉樹は郷愁をそそられます。
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 目を落として地面をみれば、そこも秋深し。
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 花だって咲いていました。
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 デートで来たなら座りたくなるようなベンチ。ロマンチック♪
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2009/11/26

睡魔に勝てず  

 本日も休業します。PCの前にいても寝落ちしかできないのではね(ため息)

 それにしてもこんなに何も出て来ないのは久しぶり。マンガ『ハチミツとクローバー』について書いてみたいのだけど、なんだかうまくまとまらなくてね。たぶん恋愛についてのモードが、随分永く縁がなかったので錆び付いてしまっているからだろうと(笑)

 今のところ(2巻途中まで)、誰が好きかと聞かれれば、それはもう今までの私の好みからいえば、間違いなく真山くんでしょう。いやー、とんでもない奴ですが。

 真山くんは山田さんを、この先もきっと好きになることはないし、自分には別に愛している(が圧倒的な片思い)女性がいるので、自分のことは「あきらめろ」といいつつも、離れて行かれるのがいやだったりする。というか彼女(山田さん)の期待には答えられない(恋人にはなれない)けれど、そういう意味でなければ可愛く思っているので、たいへん優しく接してしまう。それ、だめじゃん、真山くん! 最悪だよ。

 ダメとわかっていつつ「好き」をやめられない山田さんの気持ちも、どんな風に真山くんを(そのダメさ加減も含めて)好きか、というのもわかるんだけど、たぶん彼らと同年代でないから、山田さんよりもむしろ、真山くんに感情移入してしまうんだろうな。

 


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2009/11/25

デントンさんのこと  読書

 先程メールチェックをしていたら、H氏より新規で送られたらしいメルマガが転送されてきた。彼は先月、旧白洲邸『武相荘』に行ったので、『武相荘だより』というメルマガを購読しだした(もしくは積極的でなくても登録され、発送されている?)のかもしれない。

 そこに白洲正子さんの著書より、興味深い記事が引用されていた。ひとりで感動するのはもったいないので、こちらでも紹介させていただく。

  ☆  ☆  ☆           ☆  ☆  ☆

『デントンさんのこと』(初出不詳、現在は新潮社刊「白洲正子全集 第一巻」収蔵)

  昔、京都の同志社にデントンさんというお婆さんがいた。アメリカ人の宣教師だがキリスト教のキの字もいわない、女学校でいともあやしげな西洋料理を教えていた。
 自分が日本へ来たのは伝道の為ではない、宗教は何でもいい、信仰を見出してほしいと思うからで、つまり、日本人が好きなのだ、──しいて聞くとモグモグそんなことを 答えた。
 
 そういう彼女は宣教師として落第だったかも知れないが、信者をふやすかわりに多くの友達を得た。京都の住人で知らない人はなかったらしい。その頃同志社は電車の停留所の中間にあった。デントンさんは門を出て、線路の真中に立ち、ハンケチを振る。すると電車はまるで当り前のことのように止り、彼女を乗せて立去るのであった。

  彼女は当時崩れそうな古家に住んでいた。金持の後援者が、新しい家を建てて上げようと申出ると、大喜びでたんまり金をせしめる。ところが家はいつまでたっても出来上らない。そのお金は無断で学校の資金に廻され、それが彼女にとって自分の家が建つことであった。一銭二銭とお金の間にも、区別はない。

 一等の汽車賃を貰って三等に乗り、あれば四等に乗りたいという風だった。そうして僅かの釣銭まで惜んで、貧しい人に与えたが、私が感心するのは貧乏人ばかりでなく、一番ケチといわれる金持まで、おしなべて「おデンさんなら仕方がない」と何でも許していたことだ。

 電車の中なぞでは、若い人をつかまえて、「あなたお立ちなさい、わたし座ります」と平気でやる。それらのことはあまり自然に行なわれたので、誰も好感しか持てなかった。

 信者は一人もつくろうとしなかったが、そういう人達こそほんとうの信者と呼べるのではないだろうか。

  現代が失ったのは宗教ではない。宗教は(困ることに)いくらでもある。かつては軍部がそうだったように、文化だってそうなりかねない。宗教はアヘンであるという宗教さえ存在する世の中である。それらは狂信者をつくるかも知れないが、信仰は、いつも目立たぬ所にしか育たない。日々の生活の中に、かくれてあり、日々の生活のように、実行のつみ重なりの上に現れる。デントンさんはキリスト教を説かなかったが、キリストをじかに手本として生きた。才能といっては、せいぜいまずい料理をつくるのが関の山だったが、彼女自身が「平和」そのものの姿であり、そこにはもはやキリスト教も仏教も、西洋人も日本人もなかったのである。

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Mary Florence Denton(1857・7・4〜1947・12・24)

1630年に英国からニューイングランドに移住したピューリタンの子孫として
1857年にネバダ州に生まれる。
1887年パサデナの小学校の校長時代、休暇で帰国中の同志社教員の
ゴードン夫妻と出会い、同志社で働くことになる。
翌年来日、以来60年間、太平洋戦争中も帰国せず、同志社女子部のために尽くす。
彼女が終生過したデントン・ハウスは世界中からの訪問者を迎え、「ホワイトハウスを除いて最も興味深いパーラー」とも評された。
デントン女史の遺志により同志社に隣接する相国寺長得院墓地に埋葬。

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2009/11/24

うらやましい!!  ファミリー

 10月下旬にあった学校の二者面談は、何の問題も無くスムーズに終了した。本日は塾の三者面談。たぶん最初で最後の三者だと思う。

 塾の二者面談は年に2回くらいあり、進路を決めるのがナヤミのタネだった。さんざん迷ったあげく本人が決めた後は、とにかく目標に向かってまっしぐらな日々。

 100%努力の日々をたゆまず続けているのに低迷が続いた後、模試で成績が伸びて来た矢先の三者面談なので、Kちゃん的にも比較的気楽な面談だったのでは。先生も彼女の日々のひたむきな努力を知っているので、終始、和やかな空気だったし。ため口ながら、てきぱきと受け答えをしていたのは、むしろKちゃんの方。

 「あとは気持ちが切れないようにしたらいいです」と先生が言えば、すかさず「それはない!」とKちゃん。
 もちろん気持ちが切れるなんて気弱なことないでしょうよ、と内心同意する私に、驚愕の一言が即座に追加された。
「ウチやし」。

 この自分自身に対する揺るぎのない自信は〜!? うらやましすぎる〜! 私やおにいちゃんに絶対的に欠乏しているもの。H氏やKちゃんに有り余っているもの。それが自分に対する自信。

 それにしても名言やな、「ウチやし」(笑) こんな台詞を言える日がくるように、Kちゃんを見習いたい(逆転現象)

 

 

 

 
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2009/11/23

コロボックルを知りませんか?  ファミリー

 ブームもとうに過ぎ去った今、昨日『ハチミツとクローバー』1巻を読了した。美大を舞台にした青春群像マンガであるためか、異様に読むのに時間がかかる。「群像」なので、登場人物のキャラを把握するのに時間がかかるためだ。

 最初に「コロボックル」をネタにしたギャグ?にウケてしまい、勉強しているKちゃんの邪魔をしつつ伝達してみた。

「『コロボックルは実在した!』ってHP作るって〜(笑)
しかも初対面の小柄な女の子に里芋の葉っぱを持たせたり、キノコ椅子に座らせたり、足形とったりするなんて〜!? まさかコロボックルがこんな風にギャグになるなんて思いもせーへんかった!」

 しかし「うん、そやな」といいつつも、Kちゃんのなにか薄い反応に訝しく思う。空気を読んだり気を遣ったりする子なので、合わせてくれることも頻繁なのだ。

「もしかして、コロボックルって知らへんの違う?」
「うん。そもそもコロボックルがわからへんから、なにが面白いのかさっぱりやったねん」と白状する。

 私の子どもの頃は、佐藤さとるさんの『だれも知らない小さな国』から始まる「コロボックルシリーズ」は図書室にも学級文庫にもある定番の児童書だったし、昭和40年代の学研の『学習』の読み物には、長新太さん、那須正幹さんとともによく書いてらした。
 しかし私はむしろ、コンビを組んでおられた村上勉さんの絵の方が印象深いのだけれど。

 そういうことで、私にとっては「コロボックル」の名称は非常になじみ深いものだったのだが、それを「知らない」と言われたことが、非常にショックだったのだ。

 そして「もしや?」と思い、休日である翌朝、まだ布団の中でぼんやりしているH氏にも「コロボックルって知ってる?」と訊ねてみた。

「コロボックル? ・・・えーと」

「もしかして、知らへんとか?」とおそるおそる聞く私。

「あれやん、アイヌの、ほら」

「コロボックルでアイヌが出るなんて、すごいやん!」
しかし、私の賞賛はここまでだった。

「コロボックルはアイヌの・・・アイドルや!」
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2009/11/22

クリスマス・ソングで自分を知る。  音楽

 そういう訳で今の時期、本番のクリスマスにはもう食傷するほどにクリスマスソングが流れるのだけれど、じゃあ私の好きなクリスマス・ソングってなんだろうなー?と、つらつら考えてみた。

 最初に出て来たのは、佐野元春の『クリスマス・タイム・イン・ブルー〜聖なる夜に口笛ふいて〜』。クリスマス・タイムなのにブルーって。商店街やショッピングモールで流すには、少々ためらわれる選曲かもしれない。

 それなら山下達郎の『クリスマス・イブ』のように、

♪ きっとキミはこな〜い!! ♪ 

とキッパリ言い切るほどに切ないくらいな方が、いっそ盛り上がるのかもしれない。

 でも我が家では、この曲を聞くと反射的に思い出すのが、嘉門達夫の『クリスマス・イブ』替え歌バージョン。

 ♪きっと君は関西人 間違いなく関西人 

 サイでんなあ〜 ホゥでんなあ〜♪


何回聞いてもウケてしまう。山下達郎と嘉門達夫をセットで思い出してしまうって、ちょっとどうかなのだけど(笑)

 話を戻して『クリスマス・タイム・イン・ブルー〜聖なる夜に口笛ふいて〜』についてもセットで思い出す。
 村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』のBGMにしたらぴったり!!と、20代の頃思っていた。
 もしも映画にするなら、小説のラストあたりからこの曲が流れ始めて、どんどんロングにカメラがひいて行って・・・みたいな感じに夢想している。でも小説のラストはイメージしか覚えていないから、それが合うかどうかは実はあんまり自信がないんだけどね。

 賛美歌の『あらのの果てに』のソリッドで寒さが身に染むような厳しさや孤独感も、なんともいえずカッコイイ!!と人知れず(笑)好きだった。この歌が好きだったのは、もうひとつ理由がある。

 サビの部分の「 Gloria in excelsis Deo(いと高き処に神に栄光あれ)」はあえて日本語に訳されていない。「グロリア・イン・エクチェルシス・デオ!(Gloria in excelsis Deo)」と歌う箇所は、「エロエムエッサイム!」(水木しげる著『悪魔くん』より)みたいで呪文っぽい!と子どもの頃は思いこんでいたのだ。だから、この意味不明な箇所は、ものすごく力強く歌っていた記憶がある。「この呪文を唱えれば、なにかがおこるかも!?」と、こども心に期待しまくりだったのだ。神をたたえる言葉と悪魔を呼び出す呪文を同列に置くなんて、今にして思えばちょっと呆れるんだけど。中身を知らないで知識を増やすと、こういうキケンなことも起こるんだ、という教訓になれば(笑)

 他に好きなクリスマスソングとしては、洋楽なら『The Cristmas Song』。可愛らしくて静かでほのぼのしているところがいい。ユーミンなら『ロッジで待つクリスマス』が、可愛らしくて静かでほのぼのしていて好き。

 なんだか私はパーティやって、わいわいした「ハレ」な感じのクリスマスより、ほとんどクリスチャンのように(!?) 孤独で静かでほのぼのして内省的なクリスマスが好きなのかも。

 うーん、クリスマスソングの好みで自己分析できるとは知らなかったぞ!

  
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2009/11/21

クリスマスミュージック  季節

 11月に入るやいなや、早くもクリスマスツリーが、京都の地下街やデパートに出現していた。クリスマス効果で購買意欲を高めようという作戦なのだろうか。たしかに少しロマンチックな気分になり、わくわくした足取りになったりする。11月半ばを過ぎれば、もうどこでもクリスマスの飾り付けを見ることが出来る。

 昨日行った美容院では、洋風でおしゃれな濃いピンクのキャンドルを2本ディスプレイし、その足下にキラキラしたワイヤーの柊らしき飾りがあしらわれてあった。このあっさり感が逆に想像力を刺激して、なかなかいい感じのディスプレイだった。

 11月から12月にかけては、FMのクラシック番組でもバロック音楽がよく流れる。バッハ、ヘンデル、コレルリなど。本格的に冬になったことを実感する。

 今日もKちゃんを迎えにいって帰途につく車の中で、ヘンデルの「メサイア」から「ハレルヤコーラス」が流れていた。Kちゃんはうれしそうに、ラジオからのコーラスと一緒にアルトパートを歌っていた。赤ん坊のときから1オクターブ低い泣き声だったから、男子のパートくらいがホントは丁度いいのだけれど。

 ♪ LORD OF LORD!

KING OF KING! ♪

というリフレインだけが、私には聞き取れる。ヘンデルの「メサイア」が歌えるなんて、かっこいい〜! Kちゃんは中学校のイベントでこの曲を練習したので、すっかり空で歌えるのだ。

 「ハレルヤコーラス」(英語)とベートーベンの第9の「歓喜の歌」(ドイツ語)が歌えたら、ものすごくカッコイイ!!と思う。個人的には、履歴書に書けるほどの特技だと思う。
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2009/11/20

竜宮城への招待状  ファミリー

 もう何日も前のことだけれど、Kちゃんの話を思い出したので。

 学校がお休みの日、自転車に乗ってお出かけしたKちゃん。お天気がよかったので、川沿いの道を気分良く走っていた。

 すると道の真ん中に大きな置き石があるのを発見!

「誰や、道の真ん中にこんなでかい石置くなんて!」と憤慨しつつ、自転車を降りて石をどけようとした彼女は、それが石のようでも石でないことを知る。田舎暮らしの方はすでにお気づきだと思うが、そう、カメが甲羅干しをしていたのだった。

 こんな道の真ん中で甲羅干しをして、バイクにでもひかれたらかわいそうだしと、よいしょとカメを持ち上げ、道ばたに移動させてあげた。そういえばH氏も一度、同じようにカメを危険地帯から移してあげたことがあったな。さすが親子、やることが一緒だ。(いや、もしかしたらH氏のときは、スッポンだったような記憶が。自分のキケンを顧みなかったのか?)

 ところが移動した草むらでゆっくりと頭を出したカメが、びっくりしたように頭を引っ込めているではないか!? 奇妙に思ったKちゃんは、もう一度カメの場所に引き返してみた。

 カメの移動先は、なんとイバラの茂みで、頭を出した途端に、気の毒なカメはイバラの刺でイタイ思いをしたのだ。まるでイバラの冠を被らされた磔になるキリスト状態だったのだ。

 あれあれと不運なカメを再度、柔らかい草のある道ばたに移動させるKちゃん。
 話を聞いて爆笑する私に「だってまさかそんなとこに、イバラがあるなんて、知らんやん!なんちゅー運悪いカメやねん!」

 ということで、いまだKちゃんに竜宮城への招待状は届いていない。もっとも川住まいのカメだから、海の竜宮城はどちらにしても無理だったけどね。
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2009/11/19

本日休業  

 またしても、という声がとこからともなく聞こえてきそうだけど、そうです、本日休業です。くたくたの今日は早めに就寝して、明日は凝り凝りのからだを病院でマッサージしてもらって、土日の怒濤のお仕事に備え、かつ、なんとか乗り切ろうと思ってます。おやすみなさい!
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2009/11/18

気になる物件  路上観察

 もう何年も前から気にしていた物件を、本日やっと採取できた。

 家の白壁いっぱいに広告を、それも看板ではなく、ペンキで家に直に描くという大胆不敵さが大層素敵だ。こういうものです↓

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2009/11/17

鬼が笑う話  ファミリー

塾の帰りのクルマの中で、いつものようにKちゃんがしゃべりまくる。でも珍しくちょびっとだけ、テンション低め。

「この間の模試では、いま志望校受けたら合格率60%くらいやった。3回に1回は落ちる確率やねん」

「ええやん、60パーあったら! おかーさんなんてたぶん0パーセントに限りなく近かったし。絶対無理やし、次点の高校に進路変更しなさいて、三者面談で先生に言われたわ」

「なんで受けたねん!?」あきれるKちゃん。ちなみに私の受験校とKちゃんの志望校は一緒である。

「だって他に行きたい公立高校って無かったし。落ちたら京都の高校行くつもりやったし。なんか、どっかで地元にうんざりしてたんやな、きっと。京都にいったら別世界やと憧れてたんやろな。京都の女子校は実際、やたら楽しかったもんな。男子の目をいやに意識する共学女子の陰湿さがなくて。明るくて個性的で。」

 真夜中に運転しながら、万にひとつ(もあったかどうか)の確率を夢見るギャンブラーな中学生女子だった昔を振り返る。

 そしてギャンブラーの娘であるKちゃんは、そのとき別のことを考えていたのだった。
「うち、『受験録』に何書こうか考えてるんやけど」

 はやっ!! ってこの受験で頭が一杯の時期、だれが受験体験記のこと考えるねん!?

 ちなみに『受験録』とは、毎年塾で出している受験体験記の作文集のことである。これが読んでみると予想外に面白いのだ。

 あくまで地味ながら『ドラゴン桜』のようにドラマチックだったりする。成績が一向に伸びない少年の作文では、夏休みが終わり、冬休みが近づいても全く合格圏外の日々が続くが、常に塾に行き、友達と励まし合い、地道に自習を重ね、お正月を過ぎた頃にやっと合格圏内に入れ、結果みごと合格したとか。

 超頭のいい子で関西最難関の私立高校を志望し、ちょっと勉強すれば大丈夫、とタカをくくって油断していたら、志望校は落ちてしまったので、後輩に自分の二の舞はせぬようクギをさす子。(とはいえその少年は、京都でだんとつトップの公立高校に入っている。どんだけカシコイんや〜!)

 というようなノンフィクションで、合格高校の門の前での、にこやかな写真とともに掲載されている、ちょっと厚めの冊子である。これに自分の作文が掲載されることを、早くもKちゃんは、しっかりイメージしているのだ。

「これに載るには、塾をほめまくったらええってことが、『受験録』読んで分かったし。でもネタがありすぎて、どれ書こか〜?って、迷うねんな〜」

 笑える〜! いわゆる「夢をかなえる方法」によくある「未来の自分/前向きイメージ戦略」を、Kちゃん、知らないうちにしてるんや! それにKちゃんは自由課題である作文を真面目にこつこつ書く人なので、先生方も期待されているのかも。(作文は自由課題なので、やってもやらなくてもいいのだ)

 と、のんきに考えていると、Kちゃんの思わぬひとことが私を固まらせた。

「あ、もちろんおかーさんも書かんとあかんねんで」

「へ?!」

「ウチが『受験録』に載ったら、もちろんおかーさんの作文も一緒に載ること、知ってるやろ」

 そやった!!! 確か同じページに、「お母さまより」みたいな囲み記事みたいのがあった!! 写真もあったかも? いややな〜!!
 とにかく、もう一回『受験録』の保護者欄を読んで、参考にしまくらないと〜! 

 ・・・って、そんなん受験終わってからでええんやって! と、ふと我に返る。あくまでどこか肩に力が入りようのない母娘なのだった。
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2009/11/16

おばあちゃん、有頂天  ファミリー

 今朝の新聞のローカル版に、H氏の記事がでかでかと載っていた。お仕事的には(も!?)、道無き道を切り開く人なので、なにかと目立つのだろう。

 おばあちゃんの喜びようは、それはもう。午前中から新聞のその記事のある部分だけ外して、大事に片付けてしまっていたくらいだ。

 丁度実家に行く用事があったので持って行って両親にみせてあげようと思い出し、一旦出かけかけていたにも関わらず、家に戻った私はバタバタと探したのだった。しかし見つからず、仕方なく諦めたのだった(そのときおばあちゃんはトイレに行っており不在で、私はタイムリミットがあり急いでいた)。

 今回は初写真付きの記事。
 私は「なんか『へのへのもへじ』みたいな顔して写ってるなー(笑)」「久しぶりにカワウソしてる!」と、妙なところでウケてしまったが、もちろんおばあちゃんには内緒である。しかし『へのへの』なH氏は、なかなかH氏らしくていい写真だと思う。

 実は我家では新聞に載ったのはKちゃんの方が早い。小学生の頃、静岡で行なわれた「こども環境会議」で発表をしたことがあるのだ。ま、記事的には小さいけどね。

 よくも悪くも反響は大きいだろうけど、これからも、H氏には元気にマイペースでやっていってほしい、と願うツマである。そう「元気でマイペース」。ただそれだけでいい。
 
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