2010/4/30

うらないジュース  おでかけ

 そんな風に、天神橋筋商店街あたりを歩いていると、いろいろと面白い物件に遭遇する。

 ツッコミどころがありあまるような大阪の商店街の中でも、ハイレベルに意味不明な物件を発見したので、ご覧いただきたい↓

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 一見、ジューススタンドのように思える。が、「 四柱推命(しかも「正統派」!) 運命鑑定」の看板が張り出しており、それだけでは地味で目立たないと思われたのか、「占」という赤提灯まで下がっている。そういえば「占赤提灯」というものを、この日、初めて見た。

 しかも驚くべき事に、提灯の奥には大きな看板が立てられ「的中率100%」とある。しかも「鑑定歴50年」である。思わず仙人のような風貌の占い師さんを想像してしまうではないか。

 このジューススタンドは、実は世を忍ぶ仮の姿、その実像は仙人、かもしれない。占いご希望の方が案内される「奥の静かな部屋」に行ってみようかと、心も揺れる(かもしれない)。とはいえ、別に占って欲しいことは、なにもないのだ。

 写真を見て新たに気づいたのだが、事態はもっと複雑だった。

 「占提灯」のうしろには、白ヌキ文字の赤い幟(のぼり)がデカデカと置かれ、「カレーライス」と書かれている。最初、これは隣のグリルの案内(もしくは景気付け)かと思ったのだけれど、「美味しい果汁100%ジュース 120円」という手書きの張り紙の下は、メニュー看板である。しかもトップがカレーライス!

 ナゾだ。
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2010/4/29

定番☆大阪行き♪  ファミリー

 いつものように、昨晩突如としてH氏が、
「明日、大阪いかへん?」と言い出した。

 この、「大阪」の内容は、『激安のお寿司屋さん』(回転ではなく、一般的なお寿司屋さん。でもお値段は回転寿司なみ。でもネタは大きくて新鮮でおいしくて、種類も豊富)でお昼を食べ、古本屋さんをハシゴするという定番で、もはや暗黙の了解になっている。

 息子のTくんは、おうちでテレビの野球三昧だし、娘のKちゃんは、「Hちゃん(親友)>(大なり)お寿司」と言い、友達のHちゃんと映画『アリス・イン・ワンダーランド』を観に行った。ということで、夫婦水入らずのデートとなる。

 ところでH氏の真の目的は、「ホタルイカ」である。生の「ホタルイカ」が大好きな人なのであるが、私は腸を食い破る凶暴なホタルイカの寄生虫が怖くて、生のホタルイカは買っても熱処理してしまう。当然、私は「生ホタルイカ」を食べた事が無い。
 
 丁度ホタルイカのシーズンだ。ということで、大阪にいこう!ということになった(のだと思う)。もちろんツマにもおいしいものを食べさせてあげたいという、ありがたい夫心もあったに違いない(と信じている)。

 Kちゃんと共に家を出て、情報通のKちゃんより駅ターミナルに格安キップの自販機があることを教えてもらい、それを購入して上りと下りのホームに分かれる。

 定番のお店は天神橋筋商店街にあるのだけど、そこにいくまでの商店街で、こんな張り紙を発見↓

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 本日はここまで。明日に続きます。
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2010/4/28

中学校の図書室  ’70

 中学生になって、図書室に古典的漫画全集があったのに驚き、放課後に読みふけっていた。

 漫画全集とはいえど、まるで華麗な文学全集のように、ハードカバーの豪華な造本だったので、よくよく見ないと漫画の全集とは気づかないくらい。手塚治虫の巻で『メトロポリス』(昭和24年に発表された作品らしい)を読み、水木しげるの巻で『墓場の鬼太郎』を読んだ。白黒で見たテレビアニメとは全く違う、不気味な話に愕然とした。

 鬼太郎の父は重病で身体が溶けて息絶え、身重のまま母も亡くなってしまうが、それでも自力で生まれて来た鬼太郎。子どもを残して死ぬに死にきれない父は、溶けて流れ出す眼球に自分の生命力を注ぎ込み、生きる目玉となり赤ん坊の鬼太郎を育てる。「目玉オヤジ」の誕生である。水木しげるがこれを描いたときには、目玉オヤジがこんなにも人々に愛されるキャラになるとは、思いもしなかったのでは?

 ということを思い出したのは、せんだっての「ゲゲゲの女房」の漫画原稿に、赤ん坊の鬼太郎と鬼太郎の父母が描かれていたのを思い出したから。あのシーンを思い出すと、一緒に夕方の図書室を思い出して、ノスタルジーに浸ってしまうのでした。
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2010/4/27

「松林図屏風」  

さて、トリはやっぱり「松林図屏風」なのだった。

 日本美術史上の奇蹟の傑作とか、日本画のナンバーワン作品と絶賛されたりとか、噂にはさんざんきいていたので、やっぱりホンモノを見なくてはね、とミーハー心でやってきた今回の展覧会の本命だったのでした。

 それに加えて赤瀬川原平さんと美術史家の山下裕二さんの対談、『日本美術応援団』で、
 「松林図屏風」は中途半端な下絵で、そのへんにほっぽってあったのを、すごくセンスのある弟子の誰かが等伯の印を押して屏風にしちゃったんじゃないか?という話がでてきたりとか、筆のタッチがすごくアバウトでいいかげんというようなことをおっしゃっていたりしたので、その辺も興味津々だったのだ。

 それでこのチャンスに名だたる「松林図屏風」のタッチをじっくりと見てみよう!という、それが事前のメインだったかもしれない。

 で、見てみました。

 まじかでしげしげ見ると、たしかに筆のタッチは、笑えるほど雑な感じだったのですね。

 でも!! それが引いてみたら、ものすごいことになってしまうのですね! まさに、イッツ、マジック!

 霧の松林に紛れ込んでしまったような、水墨画の3D体験! 松林を吹き抜ける風の音までもが、聴こえてくるようです。というか、聴こえます(断言)

 「松林図屏風」だけじゃなく、いくつかの等伯の絵は、3Dになって人を絵の中に迷い込ませる、魔法の水墨画だ。風を感じたり、静寂の中で音を聴いたり、躍動感のあまりアニメのような動きを感じたり、しみじみとした感情が注入されたり。

 ということで、私にとっての等伯は「体験する絵画」という、前例のない展覧会体験になったのでした。

 ところで、おまけ。
 混み合うミュージアムショップで物色していると、「枯木猿猴図」の手長でふかふかのお猿さんが、なんと「ぬいぐるみ」に!! もう、笑っちゃいました。あのキュートさは、やっぱり絵の中にいるべきものかも。でもあのお猿にはファンが多いと思うので、着眼点は、ちょっといいかもしれない。

 私的にはニコニコしている恵比寿さんがニヤニヤしている大黒さんにヒゲを引っ張られている絵の、黒Tシャツが欲しい!と思った唯一のものだったのだけど、品切れ中。残念!! 
 でも、お財布的にもやや無理だったな。逆に諦めがついて、よかったかもな。
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2010/4/26

等伯プロムナード  アート

 というわけで、いつもなら京都駅から京博までは徒歩だけど、今回は時間節約のため、珍しくバスで京都国立博物館へ。

 半分くらいが京博前で下車するので、ダッシュで前売り券を見せつつ入口を通り、列の最後尾につく。やはり30分まちの案内が出ているが、長蛇の列であることは予想通りだった。

 それにしても暑い。今朝は肌寒いくらいだったので、一枚軽めのセーターを着ていたのだけど、それも脱がざるをえない。日焼けしそうなくらい日差しが強いのだもの。京博で貸し出している日傘を差している人が、何人もいるくらいだ。

 順調に列は短くなっていくが、私の後ろにもどんどん列が続いて行く。やっと入口にたどり着き、第1室に入場。
 若い頃、等伯は「春信」と名乗り、熱心な法華宗信者だったため、主に仏画を描いて生計をたてていたらしい。でもあまりに小さな絵だったり、剥落していて状態が良くなかったりするので、すいすいと流して行く。この部屋は、まだひとだかりが著しかったし。

 「春信」の描く肖像画は、「安土桃山」というかなり昔の人の肖像画とは思えなくて、なんだか明治くらいのあっさりとした、でもリアルに上手い人物像に思えた。「なるほど、こんな人だったんだ」というのが、とてもわかりやすい。シンプルだけど深い。

 「山水図襖」は、一面に施された雲母刷りの桐花紋が、ふりそそぐ雪のように見え、そこに水墨画の雄大な世界が広がっている。プリントの上に水墨画というのは、初めて見たかも。でも絶妙なバランスで、上品かつおしゃれな水墨画だから、斬新でうっとりな襖なのです。

 おお〜!! と唸ったのが「金碧画」の部屋だ。大作が目白押し!
「柳橋水車図屏風」の、デザイン性の高さにうっとり。流麗で素敵な柳のしなった枝が、金色の地に映えること! あんな「おしゃれな柳」、見た事無い。
 その隣の「萩芒屏風」の、なんとも侘しげで寂しげな芒の姿が、心をしんみりとさせる。「わけいっても わけいっても、萩と芒」みたいな(笑)

 で、振り向けば向かいに、どど〜ん!とあるのが「波濤図」!! これはもう、「なんてカッコイイ!!欲しい!!」と思いましたね。(私は古田織部か、と一瞬苦笑)

 見ているとファイトが湧いてくるというか、やる気がむくむくとわき上がってくるというか。切り立った鋭い岩、そして細い白い波が束になって、うねる、渦巻く、飛び散る、逆巻く! 恐ろしくカッコいい大作なのでした! これは必見!

 たぶん会場にいかないと、その大きさはわからないであろう、巨大な「仏涅槃図」も、じっくり詳細に見ると、様々な動物や人物の嘆き悲しみ様が伝わり味わい深い。天空に覗く月が、肉体的にはおなくなりになった仏の魂のようにも思える。「わたしはここにいるから、かなしまなくてもいいのだよ」というように、皆を照らしているようにも思えるのだ。

 水墨画の部屋では、定番というか有名な作品、超キュートな「枯木猿猴図」がおまちかね。等伯が傾倒したらしい中国の画家、牧谿(もっけい)がこんなサルを描いていたっけ。絶対ニホンザルじゃないよね、このひとたち。でもこの愛らしさは、万人を魅了しつづけているはず! 水墨画の猿は、これだって! というか、これしかない!みたいになってるかも。

 「烏鷺図屏風」の烏が飛び交うデザイン性とかも、モダンでかっこ良かった。等伯の手にかかれば、動物も植物も生き生きと動いている。

 で、トリは「松林図屏風」なんだけど、息子が「PC替わって!」と言って来たので、本日はここまで。

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2010/4/25

プレ長谷川等伯展  アート

 午前中に用事で京都に行ったついでに、午後から念願の長谷川等伯展へ。

 午前中の用事を済ませ、まずは京都駅八条口駅中に店舗が入っている、京都の老舗中華料理店『ハマムラ』にて「あんかけ中華そば」で腹ごしらえ。久々のおひとりさま中華外食で、しかも中華なのに上品和風という、いかにも京都アレンジな中華あんに感涙しそう。

 おいしくて夢中で食べていたので気づかなかったけれど、食後周辺を見渡せば、お年寄り多し! しかも会話や物腰などから、地元の常連さんらしき、永年のお得意さんたちらしい。なるほど、お年寄り受けする中華料理店かもしれない。

 長谷川等伯展は、もしかしたら長蛇の列で待ち時間が1時間以上あるかも、と覚悟していたが、バス停にちゃんと展覧会用の待ち時間案内があり「ただいま30分待ち」となっていた。予想以上に短い! ラッキー!

 力尽きてしまい、今日はここまで。明日また。

 
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2010/4/24

スイートホームは・・・  テレビ/ラジオ

 最近の私のスタミナ源は、NKHの連続ドラマ『ゲゲゲの女房』である。

 昨日は『花の東京〜♪』と浮かれ気味のヒロインが、これから自分たちが暮らす家の酷いボロさに愕然とするシーンで終了した。しかも不吉なカラスの鳴き声までもが。

 本日はヒロインにとって、踏んだり蹴ったりの東京一日目だった。障子は破れ、襖は古びていて、曲がったり歪んだり。埃っぽくて、曇りガラスの外は墓場で、畳はササクレている。
 ストーブには灯油がなく、食料はお米のみ。集金の取りたて屋が複数現われる有様である。

 ほとんど相手のことを知らない新妻で、いきなり異境の地に来てこんな目に遭えば、心細さでテンションは、いやがうえにもダダ下がる。それでもけなげに「実家とくらべちゃいけん! ここから始めればいい」とつぶやくヒロインのけなげさに、おもわずムネキュンだったりする。

 日が暮れかかり、晩ご飯の支度をしつつ「おかずはどうしよう・・・?」と悩む布美枝は、夫にお店の場所を教えてもらおうと仕事場に入り、そこで見たものに凍り付き、思わず「ひっ!?」と息を呑み、後ずさりする。夫、茂はまるで怪談のように「みたなぁ〜・・・」的視線で振り返る。

 このシーンが最高によかった〜(笑) たぶん『墓場の鬼太郎』の最初のシーンと、妖怪の数々を彼女は見たのだった。あの不気味な漫画原稿、本当によかったなぁ。
 
いつも思うことではあるけれど、NHKの大道具さん、小道具さん、美術スタッフさんはすごい。あの昭和テイストの家は、たしかにボロだけど、細かな意匠があったりする家でもある。手を入れて暮らし方を考えたら、もう少し素敵な家になるのではないか・・・と夢想する余地だってある。
 そんなキャパのあるお家を作り上げてくれた美術スタッフさんたちに、拍手。
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2010/4/23

こどもは時間をもっていた(過去形)  ’70

 子どもの頃は、どうしてあんなに時間があったのだろう?

 友達とも遊んだ。本も読みたいだけ読んだ。テレビも思う様観られた。テレビに関しては、その黄金時代をリアルタイムで謳歌できた。しかも、どんなジャンルも縦断するくらいどん欲に観ていた。無制限にテレビをみせてくれた親に感謝したい。

 そんなすべてをラクラクこなしていたなんて、今から思うと信じられない。一日が50時間くらいあったのかと思われる。

 読み物で楽しみにしていたのは、定期購読してもらった雑誌だ。小学館の「めばえ」「ようちえん」「小学一年生」というふうに、毎年買ってもらっていた。

 小学校にあがってからは、学研の「学習」も購入してもらえた。こちらは学校で子ども自身に頒布されるので、発売日はウキウキの一日だった。

 しかも6年生は、最終学年ということで奮発してもらい、憧れの「科学」も定期購読してもらえたので、いやがおうにもテンションは高まる。理数に弱いくせに分野によっては興味津々なのは、そのときの喜びの記憶が定着しているせいかも。
 
 加えて、テレビで子どもも楽しめるサイエンス番組があったので、その影響もあるかもしれない。

 まさに「へたのよこずき」だけど、サイエンスの世界は不思議がいっぱいなワンダーランド。命や宇宙や自然の面白さは、文系の人間にも扉を開いてくれている、と思う。
 
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2010/4/22

寒い!  季節

 桜も散ったというのに、4月も終盤にさしかかっているのに、この寒さはナニ!?といいたい。

 それでなくても、地震や火山の噴火や、天変地異の数々に不安を感じるこの頃。先日ちょっと見たテレビでは、太陽黒点が地球に影響を及ぼしています、というご意見も漏れ聞いた。星の動きが地球のみならず、人間への影響をおよぼすという話は、はるか昔から言われていることである。

 で、2010年の本屋大賞は、『天地明察』冲方丁著(角川書店)。作者がWEB本の雑誌のインタビューで、こんなことをおっしゃっていた。以下は引用。

16歳の時に暦について調べていたんですね。八卦、六十四卦、七十二候、二十四節気、陰陽道、神道などを調べました。海外にいる頃、日本人の宗教は何だというクエスチョンをよくされて、それが心に残っていて、日本に帰ってきてカレンダーを見ていて、これが日本人にとっての宗教なのかなと思ったんです。すごく緩やかで曖昧で漠然としているけれど、何かしらそこに法則がある。時のめぐり、星のめぐり合わせに対して、ある種の信仰心がある。それは他の宗教とはあまりに違うけれど、言葉にならないものを日々の中に取り入れていく方法に関しては、日本人は巧みなんじゃないかと思うんです。そういうことを考えてカレンダーにハマっていったら、日本で初めて暦を作った渋川春海という人物にいきあたり、さらに調べていくうちに渋川春海自身にハマったんですですね。

 で、その渋川春海さんを主人公としたのが『天地明察』だとか。私は『本屋大賞』エントリー作品は、ひとつも読んでいないにも関わらず、感触として『船に乗れ!』藤谷治/著(ジャイブ)を押していたのだけど、今年の『天地明察』受賞は、なかなかタイムリーかもしれない。(読んでないけど・・・)

 しかし冲方丁さんって、すごい高校生だったんですね。私はひとり、こんな男子高校生を知っているけど、彼の未来も楽しみだ。
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2010/4/22

花と車  

 先日、ご近所を車で走っていたら、濃いピンクの満開の花を付けた大木を観て感激した。今日もその近くを通って同じように感激したので、時間の余裕もあったし画像を採取。

 先日の用事は車検のため、近所の車屋さんに車を出しに行ったのだった。もう半年前から、キケンな騒音を振りまきつつ走っていたので、実のところヒヤヒヤものだったのだ。もう車検は無理だろうとあきらめていたら、案の定だった。

 知り合いに「車検、通らへんかってん」というと、「え!? そんなことあるんですか?」と驚愕された。

 あるんです、10年以上乗ってますから。12万キロ走ってますから。

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2010/4/20

桜の後に  季節

 雨が降るたびに、おそろしい勢いで雑草が伸びてくる季節になってきた。そろそろ、雑草系の花粉症に悩まされることになるのだろう。

 桜がそろそろ葉桜になりかけている。でも八重桜は本番で、ふと桜餅が食べたくなるような、重そうな花をつけている。八重桜って、愛嬌のある桜だと思う。

 モミジの柔らかな葉っぱが赤い縁取りをつけながら丸まった様子で誕生し、それがすこしずつ葉っぱを広げて来ている。日に日に成長が見て取れる、柔らかで新しい命を感じる季節だ。

 雨が続く、どこかぼんやりとグレーな桜の季節よりも、新緑の季節の方が、なにか生き生きして、未来志向で、どきどきして、私は好きだ。
 きっと学校に通っていた時に、この頃やっと、学校やクラスメイトに馴染んで楽しくなってくる頃だったからかもしれない。
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2010/4/19

猫の名前  ファミリー

 迷い込んで来た猫は、ハラペコから脱却したためか、元気にニャーニャーと私たちにまとわりつく。しかしその「ニャー」は、「ありがたくメシを頂戴してやったからな」と、どこか上から目線な響きがあり、「わたしらは、あんたの召使いちゃうで!」と念押ししたくなる。

 出かけていて車から降りるやいなや、ニャーとすり寄ってくるのだが、「遅かったではないか! はようまろの、面倒みてくれ、遊んでくれ」的な響きが、そこはかとなく漂っている。要するにかわいくない「ニャー」なのだ。

 そんな猫についての、お父さんH氏と娘Kちゃんの漫才会話。

H「猫に名前つけなあかんな。お父さんになついて、べたべたまとわりつきよるねん。何がいい?」

K「田中はどや?」

H「なんで猫の名前が田中やねん。それにご近所に田中さんいやはるし、呼び捨てにはできひんやろ」

K「ほしたら山田」

H「なんでそんな名前しか出してこーひんねん! カタカナの名前とかはどや?」

K「バスコ・ダ・ガマやったらええか?」

H「もう、ええわ!」

見事に息の合った親子漫才だった。
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2010/4/18

迷子猫、お目見え  ファミリー

 蔵書点検期間で、長らく休館していた図書館が昨日再開された。私はたまたまシフトの休日に当たっていたので、幸運にもその修羅場には居合わせなかった。

 休憩もままならない殺人的な忙しさだったそうだ。返却/貸出し業務で手一杯、矢折れ力尽きるような壮絶な戦(いくさ)場の様子は、昨日の仕事の残り具合や、やっとのことで記されたカウンタ―日誌からイタイほど伝わって来た。

 そんな再オープンの翌日なので、昨日は今まで教えてもらった仕事上のあれこれのメモを勉強しなおし、再度整理して頭に入れ直す。もっとも入れ直してもすぐに忘れてしまうという悲しいお年頃ではあるのだが。

 昨日は寝たり起きたりのしんどい一日だったのだけれど、いやに長い一日でもあった。今日はカウンタ―周りを飛び回り(でもお昼のいっときは、凪のような落ち着いた時間もあった)、いつのまにか夕方だったりした。こんなペーペーでも、ちっとばかりはお役にたてたような気もする。

 というわけで、足を引きずりながらも(どこの図書館も身体が資本の肉体労働者だ!)、ほっとした気持ちで帰宅した。帰宅したら思わぬ出来事が持ち上がっていたことをH氏より告げられる。

「ビニールハウスの畑の作業しよ、思て入ったら、なんか猫がニャー!って寄ってきよるねん。首輪しとるし飼い猫やったみたいやけど、ものすごい怪我していてそこが毛も抜けた状態やねん。ビニールハウスはアツいのに震えとるから、きっとハラペコなんやと思う。なんかやってくれへん?」

 と言って、彼はダンボールに子ども達の赤ちゃん時代に使っていた布団を敷いて寝床をつくってあげていた。動物にはいたく優しいのだ。私はウナギの頭(今夜はうな丼にしようと思っていたのでウナギがあったのだ)と牛乳を迷子の猫に差し上げた。猫はそれはがつがつペロペロとお召し上がりになった。

「こいつがニャーニャーってすり寄ってくるから、今日は畑の作業がほとんどできんかった」と嘆きつつも、なんだか満足そうなH氏だった。
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2010/4/17

寝たり起きたり  

ひどい頭痛、肩こりで体調不良につき、お休みします。いいお天気のオフだったのに、そういうことで寝たり起きたりの一日。
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2010/4/16

やっぱり子どもたち  ファミリー

 たまには他の誰でもなく自分が原因で、地面が割れるような凹み方をするのだけれど、そんなときに黙っていても心癒してくれるのが子どもたちである。

 まだ物心がつかないくらいのときも、お兄ちゃんTくんは、なにもかも悟ったようなまなざしで気遣いながら見つめてくれるので、拝みまくりたいくらいだった。今だって、就職活動から解放されたからか、とても落ち着いていて穏やかな口調なので、精神的には私の方が寄りかかっているのかも。
 来年家を出たら、ぽっかりと心に穴なんだろうな〜と、今からしんみりである。

 Kちゃんだって、そう。彼女を眺めているだけで、その言動に少しずつ心がほぐされてくる。

 今日は国語の勉強をしているKちゃんに付き合っていた(もしかすると邪魔をしていた)。

「『従属』って、どんな意味やろ?」
と彼女は国語辞典をひき、意味を調べる。
「なんや、こいつただのへっぴり腰やんか!『従属』は、スネ夫やな! 『従属』=スネ夫、はい、覚えた〜!」

 すっかりKちゃんペースに巻き込まれて、笑顔になってしまう。

 「『お母さん』はすごい」という話もあるけど、いやいや、子どものすごさこそが『お母さん』のエネルギーの源ですよ。
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