2010/7/31

辛いはイタイ?  

 夏バテ気味のH氏は、「辛いものが無いと、食欲がわかない」と言っている。でも塩辛いのは高血圧の彼には御法度なので、トウガラシ系の辛さを求める事になる。

 大山顕総裁の『住宅都市整理公団』の7月30日分の記事を読んでいたら、こんな事が書いてあった。

 おどろいたことに辛いのは味覚じゃなくて「痛み」なんだそうだ。「痛味」にすればよかったのに。

 『辛い』は、痛い? 

 でもそういえば、ものすごく辛いものを食べたときに、「口の中がヒリヒリする」とか「ピリカラ」とか「やけどしそうな辛さ」とか言ったっけ。

 でも暑い時にゴハンを作るのは、辛い。とくに出勤前に寸暇を惜しんで作ったのに、結局食べたくないと言われるとモチベーションは減退する。キムチとわさび漬けを常備すべきなのかもしれない。

 ところで辛いものといえば、あのひとを忘れちゃいけない。私も久々に思い出して、お会いする事にした。あのひととは、東ハトのHPに君臨する『暴君ハバネロ』だ。

 久々に「暴君ハバネロ」さまにお会いしたら、なんと和風の『闇将軍はばねろ」という新種のお方がご登場されていた。それも二種類、「にんにくの変」と「わさびの乱」である。東ハト、やるやん!

 「辛(から)い」が「痛い」に通じるのなら、「暴君」はいずれ大英帝国のような「女王さま」にとってかわられるのかも。歴史は繰り返すって言うし。男もなかなか辛(つら)いよね。



 

 
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2010/7/30

でも、わりきれないのだ。  家事・畑仕事

 夏本番となり、暑さに弱いH氏はダウン気味である。あれだけ熱心だった畑仕事も滞りがちに。前は朝晩水やりをしていたのだけど、それも放置状態だった。

 今日仕事から帰れば、収穫されたハウスのトマトが以前よりずいぶんと大きく、しかも見た目がキレイでびっくりだった。採りたてを食べたKちゃんによると「野生の味がする」とのこと。

 前はカメムシに荒らされていたという部分もあったけど、なんとなくマダラで健全なトマトとは言い難かった部分があった。意外に?美味しかったんだけどね。

 ところがこの暑さの中、ろくに世話もされずネグレクトされていたにもかかわらず、お店のにひけをとらない立派なトマトに成長した。

 「それはうれしいんやけど・・・朝晩水やりしていた、あの努力はなんやったのやろ〜・・・と、なんか、割り切れへんねん」

 と、立派なトマトを横目に、悲喜こもごもの複雑な心境のH氏なのだった。
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2010/7/29

Umep  アート

先日ブログのコメントでaskaさんから教えてもらった梅佳代写真集の最新刊『Umep』を入手。

 私は衝撃のデビュー作『うめめ』や『じいちゃんさま』くらいの版が好きなので、『男子』は大きすぎるし、『Umep』も最初は大きいと思った。でも写真によってはこれでも小さいかも・・・というものもあるし、この横長の版型はポップでウメカヨっぽいと思う。

 うまい写真じゃないのだけど、絶対みんな好きにならずにいられないと思う。そう、うまいへたを超えている。

 「ええやん、これ! なぁなぁ、おもろいやろ〜! ヘンすぎるやろ、こいつ! なんかしらへんけどミョーに気になるやろ!?」という、ウメカヨの肉声がページを開く度に聴こえて来そうだ。

 それでつい、レスポンスしちゃうのだ。
「ほんまや!! 面白すぎる〜!! ガハハ!なんなん?これ?。一体こいつ、なに考えてんのやろな(笑)」みたいにね。

 たとえば、「YAZAWA」と荒々しくデザインされた黒タオルをかけてもらって爆睡する赤ちゃん。こころなしか顔つきもふてぶてしくみえる。よくみるとほっぺに引っ掻き傷のようなものも。いや、赤ちゃんって、自分の爪で顔を掻いてよく引っ掻き傷つくるんだけどね。いわずもがなだけど、もちろんYAZAWAは永遠のロックンローラーです。

 ざんばらで乱れ髪の少女の斜め後ろには、白抜き文字の看板で「おいわ」と書いてあったり。

 祭りの法被と豆絞りの手ぬぐいを首に巻いた犬が2匹、乳母車ならぬ犬車に乗せられているんだけど、その犬車のクロスはルイ・ヴィトンを真似たカラーモノグラムの明らかなパッチモンだ。お笑い系パッチモンらしく、「犬」車だけに骨も模様の一部と化していたりする。

 でもまあ、それくらいの被写体を発見できるのはウメカヨ以外にもいるかもしれない。

 ごくありきたりで、絶対写真に撮ろうと思わないものがあった。便座カバーの装着ミスで、落下物を落とす穴が極端に狭まっていたりするのを、ウメカヨは撮る。そんなもの撮る人って、彼女くらいだよ! そしてそれがウメカヨたらしめているものなのだと思う。考えたりじっくり感じたりしない。即断即決。ゆえに無私無欲なのである。抜群の反射神経だ。

 しかも被写体に対する絶対的な愛。ヤンキーやヘン顔の子ども達や、おじいちゃんやおばあちゃんや、おばちゃんやおっちゃん、動物たちへの。それに便座カバーにだって(笑)。ウメカヨが「これや!」とひらめいた愛が、誰にも撮れないような写真を撮らせるのである。

 ところで一番気になる写真が、表紙の大泣きしている女の子たちだ。何故にそんなに泣いているのか? 祭りのくじ引きで残念賞だったのか? なんのキャプションも説明もないところが、この写真集のいいところなので、あれこれと妄想しつつ、何回もページを繰っている。
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2010/7/28

本日休業  

 きのうは、あまりに熱が入ってしまった調べものに時間を費やしたため、立ったままでも眠れそうな勢いなので、おやすみします。すみませんです。
では、また明日。
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2010/7/27

潮健児さん  テレビ/ラジオ

 『ゲゲゲの女房』では、本日ついに『悪魔くん』のテレビ放映が決まった。

 実写版の『悪魔くん』とか、『カッパの三平』とか、好きでしたね〜! あのモノクロのアヤシく恐ろしげな気配がたまりません。とくに「メフィスト」と「いたち男」が大好きでした!! 

 当時子どもだった私は、キャストや俳優さんの名前はほとんど興味がなかったので覚えていなかったのだけど、さっき調べてみたら、「メフィスト」も「いたち男」も役者さんは故・潮 健児さん。 

 でも彼のヒットキャラは「仮面ライダー」に登場する「地獄大使」だったりする。その人気のほどは、Wikiよりの記事で明らかだ↓

  出演作も非常に多く、当然交友関係も広かった。特に萬屋錦之介は「お父さんは地獄大使と友達だ」と言ったことではじめて息子に尊敬され、『仮面ライダー』出演を本気で東映にオファーしていた。
  共演者の子供達にせがまれて、地獄大使のメイクをして子供の家を訪問したこともあるという。後年、潮はインタビューで先の萬屋のエピソードを引き合いに出し、「お父さんは地獄大使を知っているんだぞ」というのがステイタスになるくらい、当時の『仮面ライダー』という番組の人気はすさまじいものがあった、と語っている。


 地獄大使のエピソードに関しては、いい話が続く↓

  かなりの高齢になってからも、各地の仮面ライダーショーからのオファーがあると地獄大使として出演し続けた。楽屋を訪問したことのあるSF作家の山本弘は「あれだけ重いスーツを着て全身汗だくで演技するのは相当辛いはずなのに、実に楽しそうに演じていた」と語っている。

 1993年の第32回日本SF大会DAICON6にゲストとして招待されたが、出演する企画の前夜にホテルの部屋で倒れている。付き添いの唐沢俊一は企画出演を中止することを提案したが、本人は企画出演を望み体調不良を隠して出演しファンから大歓声を受けた。この名演技により暗黒星雲賞ゲスト部門を受賞し、本人も喜んでいたが、これが実質上「地獄大使の最後のステージ」となった。

 (自伝の出版記念)パーティーの翌々日、潮は容態が急変し亡くなった。その葬儀では池部良、佐々木剛らゆかりの俳優達や多くのファンがつめかけた。出棺の際にはファンが「イーッ!」とショッカー戦闘員を真似たかけ声で見送った。この話は誇張されて流布され、「黒強化戦闘員のタイツを着用した『ショッカー戦闘員』が数人現れ、ショッカー式の敬礼と『イー!』の掛け声で送った」「ショッカー戦闘員としての立場からの弔辞を読み上げた」といった都市伝説も語られた。


 潮さんのWiki情報を見ていると、「わぁ!」と驚く事がいっぱいだ。

 「1945年、古川ロッパ一座入団」だし、特撮ものでは「七色仮面」や「キャプテンウルトラ」にも出演されているし、テレビの現代劇では「特別機動捜査隊」や「泣いてたまるか」や「キイハンター」や「プレイガール」にも出演されている。時代劇だって「素浪人月影兵庫」にも、「大江戸捜査網」にも、「ぶらり信兵衛 道場破り」にだって出られている。
 ・・・古い話でごめんなさい、ついテンションがあがってしまった。

 すごい俳優さんだったんだ・・・私にとっては、いまだにまざまざと思い出すくらいインパクトのあった「メフィスト」や「いたち男」の人だものね。1993年にお亡くなりになっていらっしゃるので、遅ればせながらも謹んでご冥福をお祈りしたい。
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2010/7/26

出家すること。  

 やっと「泣けた」。

 「泣く事が出来る」というのは、なにかしらをリセットしようという生理現象なので、むしろ、諸々あるのに泣く事が出来ない状態の方がつらい。かなり個人的な見解だけれど。

 人生の崖っぷちに立ったり、すべてがどうでもよくなったり、なにもかもがイヤになったりすると、現代の人は死を選びがちだけれど、それは日本の伝統に沿っていないのではないかと、ふと思いつく。

 「源氏物語」では、この世をはかなんだ女性達は、髪を下ろす事を選んだ。西行だって、もとは武士だったのに出家した。死を選ぶ前に、出家という選択があるじゃないか! どうして現代では、これが機能しないんだろう。

 スピリチャルやオカルトは、テレビでもてはやされているけど、生と死の間にワンクッション横たわる宗教というものに、光をあててみるべきなのかも。

 ということを書いている間、ふと、そういえば『イエスの方舟』はいまどうなっているんだろうと気になって調べてみた。

 そうか、マスコミから「千石イエス」と呼ばれていた(マスコミが勝手につけた名前らしい)「おっちゃん」(と「方舟」メンバーは彼の事をそう呼んでいたらしい)は2001年に亡くなっておられたのか。ずいぶん時間がたっているけれど、謹んでご冥福をお祈りしたい。アーメン。
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2010/7/25

暑中お見舞い  季節

 知り合いに暑中見舞いのハガキを送ろうと思って、絵はがきコレクション?を物色する。もう20年ほど前に買った、サンリオの暑中見舞い用ハガキを発見。

 90年すぎ頃のサンリオは、ときどきものすごく私のツボを突いていた。とくに「バッドばつ丸」の登場は、サンリオの「清く正しくかわいらしく」路線を一変させ、サンリオピューロランドを格段に面白い場所にしあげた。あっぱれである。

 そういえば、90年代前半くらいのNHKの子ども番組も、子どもより私がハマりまくるくらい、ツボだった。あんまり面白いのでビデオに撮ってH氏に見せたら、やはりツボにはまったようで、未だにその頃のテレビ番組の話題で夫婦が盛り上がったりする。

 話を戻して、サンリオの暑中見舞いのハガキはすばらしいデザインだけど、残念ながらもう残り1枚だ。これは保存版にしておくべきものかもしれない。もしサンリオ関係者の方が、これをご覧になっていたら、ぜひ復刻していただきたいものである。
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 宛名を書く面にも抜かり無く、キチンと遊びがある。デザイナーさんは、こうでなくては。
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2010/7/24

サカモト!  読書

 角川文庫の『俳句歳時記 夏』を探しに、本屋さんを2軒ハシゴするも見つからず。季語の解説はあっても、俳句自体の解説はなく、ぎっしりと季語ごとにまとめられた俳句が詰まっている。そこが好きなのに。注文するしかないか。

 でも2軒目の本屋さんで、以前『ダヴィンチ』の坂本龍馬特集ページで唯一「よみたい!」と思っていた漫画をついに発見。で、坂本龍馬と彼をめぐるひとびとをおちょくる(主に)8コマ漫画、山科けいすけの『サカモト』(新潮文庫)だ。

 たとえば『先進の男たち』という冒頭の漫画から、いきなりやってくれる。
「開国派は亡国の徒だ!」と叫ぶ同席の男達を、サカモトは勝先生の受け売りで諭すのだ。
「こんなちっぽけな国の中で争っている場合じゃないぜよっ! もっと大きな視野をもたんでどーするぜよっ!」

 一瞬沈黙する一同。

 そして次のコマで、サカモトは広すぎる視野を開陳してくれる。

「月の裏側には宇宙人の基地があるぜよ! 宇宙人は空飛ぶ円盤にわしらを連れ込んで人体実験するぜよ!」

 ぼこぼこにされたサカモトは勝先生のもとへ愚痴りにいくのだ。
「勝先生、みんなバカだから高度な話が理解できないぜよ」
勝先生の部屋には、お約束の地球儀があるが、愛読書はたぶん定期購読しているだろう『ムー』と思われる。勝先生は、自分の趣味でサカモトを洗脳しちゃったのである。

 他にも愛犬を連れ、なぜか不思議にサカモトと話がかみ合う西郷どんや、コスプレ好きで小心者だけど、プライドは高い桂小五郎もいい。けど「壬生の狂犬」視点で描かれている新選組の例の3人は、新選組ファンにはイタイかも。

 1回しか出て来ないけど「こんにちわーボク岡田以蔵でーす」とばったり出会った勝先生に挨拶する人斬り以蔵は、しかし「この勝を殺せば日本は滅びる!!」という先生の、根拠はないが自信満々の迫力に負けて「こわいからやめる・・・」とつぶやき、勝先生に「よーし、なでてやる」と言われるのである。かわいーぞ、以蔵!

 幕末通なら、私より楽しめるかも。絶対おもしろいです〜♪ 
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2010/7/23

大人への階段  ファミリー

 Kちゃんが大人への階段をのぼっている。

 今年の春に、生春巻を初めて食べて、「もう毎日おかずこれでもいいくらい♪」と大喜びして、むしゃむしゃ食べていた。

 味覚が子どもから大人へと変化しているようで、いままで見向きもしなかったものにもトライし、味覚の幅を広げているみたいだ。

 今日はもう生食は無理なタコがあったので、一品つくることにした。
 オリーブオイルでニンニクと鷹の爪を炒めてとりだし、エノキを炒めた後タコを入れて塩こしょうし、ペペロンチーノ風タコとキノコ炒めを作ってみた。

 なんのことはない、私が食べたかったのだ。第1弾でごはんを食べるのは、まず子ども達で今日はKちゃんのみ。上記の一皿を持って行ったら、すでにカレーとトマトを鱈腹食べていたにも関わらず、箸をのばす。

 「これ、ええな! これ、どないしたん? 毎日これでもかまへんで!」
と大好評だった。

 そんなに喜んでくれたのは嬉しいけど、おかーさんのぶんも、残しといてや!!と、思わず心の中で叫ぶ。ま、Kちゃんはそういうとこ、よく判っているからバトルにはならないけど(問題はウチの男子たちだ!)

 「毎日これでもいい」なら、明日のお昼はタコのペペロンチーノでパスタだね、うん。
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2010/7/22

あつい!!  季節

 仕事の忙しさもさることながら、何よりこのアツさに参っているのかもしれない。尋常じゃないアツさだ。

 このあいだH氏とドライブしたときには、道沿いにある電光掲示の温度計が、ななんと!! 40℃を記録していた。

 これ、体温より高いじゃないか! ほぼ高熱にうなされる温度じゃないか! 関節が痛くて寝たきり状態の数字じゃないか! アツさになぎ倒されるのも、むべなるかな。

 それでもKちゃんが言うには、「滋賀県、涼しい〜! 京都にいたら、煮干しになる〜」 

 煮干し?? それをいうなら、日干し、もしくは干物でしょうが?

 お兄ちゃんも、大阪に比べたら、滋賀県はパラダイスだそうだ。大阪も、「ありえへんくらい」暑いそうなのだ。

 私の遥か遠い記憶では、奈良も暑かった。常に喉の乾きに苦しみ、やっと潤した!と思ったそばから、汗になって出て行くのだ。奈良は冬もピシッと寒いけれど、夏の暑さも灼熱地獄だ。

 こんなに暑くても、滋賀県は「まだ、まし」なのだ。琵琶湖の威力なんだろうな〜、きっと。なんせ、「近畿の水瓶」だもんな。
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2010/7/21

夏休み突入!  おしごと

 図書館としては2連休明け、おまけに公立校の夏休み初日が重なって、今日は殺人的な忙しさでスタートした。

 大丈夫か? ワタシ? という体たらくで終業時間になったところで、やっと机の前に座り、事務仕事に取りかかれた。

 それでも帰宅途中に晩ご飯用の買物、帰宅すれば神仏のあれこれから始まるノンストップの家事、ごはんを食べ終わったら、再び片付けと明日の準備のために家事をやっつけて、やっとお風呂。

 それでも夜のお迎え仕事がないから、ずいぶん時短でラク。片道5分あまりとはいえ、車でのお迎えは(事前に睡眠をとることも必要なので)思っている以上に時間的にも体力的にも消耗しているのかもしれない。

 夏の写真で、気分を切り替えよう。

クリックすると元のサイズで表示します今年最初のアブラゼミ。







クリックすると元のサイズで表示します


夏雲、夏山、夏田んぼ

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2010/7/20

天国と地獄  路上観察

 以前、H氏と近江八幡国民休暇村へ行く道すがら、「美容室サタン」!!という看板を見つけた事がある。

 昨日たまたま二人で近江八幡へ出かけたので、ちょっと寄り道して、今も「サタン」があるかどうか確認しようということになった。

 今まで気づかなかったのだが、国民休暇村へ行くヘアピンカーブの湖岸沿いの道に、いろんな岩があった。亀石、三つ岩、うさぎ石など。何回も通った道なのに、知らなかった〜! もしかしたら名札看板ができたのが、最近だったりして。

 湖岸と反対方向を探したけれど、『美容室サタン』は見当たらず・・・。もしかして、記憶違い? それともあれは夢だったのか? と落胆して、元来た道を戻る。

 すると灰色の四角い建物に「美容室」の字が! でも名前の看板部分は取り外されたらしく、看板を引っ掛けていたらしい金具のみが残っていた。

「たぶん、あそこが『サタン』やったんやろな」

と、ひとまずナットクして通り過ぎれば、店の横の路地に水色の看板とヤジルシが。行き過ぎる寸暇で、後ろを振り返り、看板の字を読んだ私は、意気揚々とH氏に報告する。

「おとーさん、『美容室サタン』が『美容室ハピネス』になってた!!」

 こうしてささやかな寄り道は無駄に終わらず、きちんと結実した収穫の一日として終える事ができたのだった。
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2010/7/19

ハイビジョンを見る。/その2  テレビ/ラジオ

『プラネットベイビーズ』に続いて『プレミアム8<紀行> 世界一番紀行 「世界で一番北の町〜ノルウェー」』を、なかば夢うつつにゴロゴロと見る。

 番組内容は以下のとおり↓ 番組HPより。

ノルウェーの首都オスロから北へ約2000kmのスバールバル諸島に、ロングイヤービエンという町がある。北緯78度13分、定住人口をもつ町としては世界最北である。ノルウェー領だが、国際条約により、ビザなしでも自由に働け、住むことができる。さまざまな人々が、さまざまな理由で、海を渡り、この最果ての町に暮らす。人々はなぜ、この極北の町を選んだのか? どんな人間模様があるのか? 旅人が町の暮らしを体験する。

ロングイヤービエンには、38カ国の外国人が住んでいる。移民の彼らが言うには、「ここはオアシス」なのだ。外国人だからという理由での差別もなく、自由で友達も大勢できる。ビザは必要なく、滞在期間にも制限はない。

 ロングイヤービエンの有る、スヴァールバル諸島は、19世紀末まで無人島だったらしい。 しかし20世紀になると石炭採掘が始まり、各国から石炭採掘の利権をめぐりトラブルが多発、法的統治の必要が出てきた。 1920年スヴァールバル条約によってノルウエーの主権が認められ、日本を含む条約締結国の国民は、等しく自由な活動が保障されことになる。

この最北の町で定住を決意した人達には、さまざまな事情や多様なドラマがある。ショッピング・センターと炭鉱で働く人を中心にルポされていた。 

 レポーター役は大高洋夫(役者/鴻上尚史主宰の劇団「第三舞台」の旗揚げメンバー 『轟轟戦隊ボウケンジャー』で敵の大幹部・大神官ガジャ役も!)さん。外国語は不得意だがジェスチャーでフォロー、持ち前の明るさと気さくな人柄で、ガンガン人の輪に入って行く。

 旧ユーゴの内戦で複数の家族メンバーを失った男性は、これ以上家族を失いたくないという一心で祖国を捨てる決意をし、子ども二人とともにこの島にやって来た。ここで仕事をみつけ、新しい伴侶を見つけ、仲間や友達を見つけた。とても人懐っこく明るい人なのだが、実は「思い出すのも辛い」過去を持つ人なのだ。

 ロングイヤービエンでは緯度の関係で、太陽が全く出ない「極夜」が4ヶ月、夜も明るい「白夜」が4ヶ月という気象条件になる。極寒で、シロクマが出没する危険にもさらされる。精神的にも辛いだろう。そういう意味では、決して「オアシス」ではない。ただし経済的には恵まれているようだ。

 たぶん体力を消耗してゴロゴロしていなかったら、そしてテレビをつけていなかったら、ケニアの子育てや世界最北端の町のことなんか、一生知らずにいただろうな。私の「転んでもただでは起きない精神」、いまだ健在だ。
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2010/7/18

ハイビジョンをみる/その1  テレビ/ラジオ

 ついに昨日までの疲れがどっと出たようで、日曜オフだし、朝は8時にやっと起床。9時に朝ご飯を作り食べ終わって片付けをしたら10時前。

 新聞のテレビ欄をみればBS-hiで10時より『週刊ブックレビュー』があるのを発見する。先週の土曜日に久々見たら、読みたい本目白押しだったので、注文買いしたくらいだったから、2匹目のドジョウを狙って滑り込みセーフでゴロリとしつつ見る。今回もやっぱり、あるある、気になる本が。

『昭和 戦争と平和の日本』 ジョン・W・ダワー/著 みすず書房
『趣味は何ですか?』 高橋秀美/著 角川書店
『マーチ家の父 もうひとつの若草物語』 
   ジェラルディン・ブルックス/著  高山真由美訳
   武田ランダムハウスジャパン

 ちなみに前回の気になった本は、以下のものです。

『夕暮の緑の光―野呂邦暢随筆選《大人の本棚》』
   野呂邦暢/著、岡崎武志/編  みすず書房
『「暮しの手帖」とわたし』 大橋鎭子 暮しの手帖社
『高機能自閉症児を育てる 息子・T の自立を育てた20年の記録』
   高橋和子 小学館101新書

 その後『ブラネット・ベイビーズ』を見て、アフリカでのサバイバル力を身につけるためのなかなかに厳しい子育てを知る。3歳から薪運びや子育ての練習をし、学校に行く頃には、井戸まで行って20キロの水を頭に乗せて家まで運ぶ手伝いや、母親に教えられながら炊事をする少女、カバやワニやヘビがいるビクトリア湖で、キケンと隣り合わせだからこそ、父親に厳しく漁を教えられる少年達に、ドキドキハラハラ。

 勉強ができない子は、親が先生に頼んでもう一年同じ学年で勉強させてくれるよう頼むそうだ。人の目とか狭い視野での親心なんて持っていたら、「その子が生きるためのサバイバル力」なんて永遠に育たない。

 お父さんの弁。「都会に出ていい会社に勤めたとしても、その会社がずっとあるとは限らないし、ずっとそこで働けるとも限らない。そういうときに、漁の術を身につけていたら、収入が少なくても食べて行くことはできます(だから子ども達には、漁の技術を身につけて欲しい)」

 振り返れば自分も含めての日本の子育ては、線が細いなぁ。

 でもこの「サバイバル力」=大人になってから社会で行きて行く力って、先にあげた『高機能自閉症児を育てる 息子・T の自立を育てた20年の記録』にも通じるかもしれない。
 自閉症をもつ息子Tくんの母である作者は、息子がなんらかの障害を持って生まれたらしいと気づいてから、忍耐強く子育てをしつつ、持ち前の研究心で本を読み漁り、大学に通って障害児教育の勉強を始め、同時にビデオやノートに息子Tくんの詳細な記録をとって行く。

 Tくんは知的能力の高いお子さんだったので、洛南高校から京大へと進学することになったのだけど、それは彼の興味が導いた結果であって、お母さんとしては「高い学歴で幸せになるとは限らない。むしろTの場合、幸せになるのに邪魔にならないか心配なくらい」と書かれている。
 
 社会で行きて行くために何が必要かをきちんと知っていらしゃるし、とても冷静に考える事ができる希有なお母さんである。障害児に理解があるとは思えない小学校で、息子さんが先生に体罰を受けて怪我をしても、学校や先生に配慮して「作戦を練り」、おそろしく冷静に対処されているので、むしろ心ある先生方の共感を得て、その後の学校生活を有利に、しかも得難いものにするという大逆転劇を実現された。

 難関進学校の洛南を選ばれたのは、「障害児へのフォローが行き届いているから」という一点である(高い学力に見合うからではない)というのも可笑しい。
 単純に横並びの平等を推進することの無意味さも痛感する。普通学級にはいっても「その子に合った教育」をしてもらえないなら、知的にも身体にも障害がなくても、むしろ障害児クラスに入る方が、その子にとっては幸せなのに、とすら思われたのだ。

 発達障害をお持ちのお子さんを育てている方だけでなく、一般の子育てにも役立つ事がいっぱい。これくらい冷静で、観察力のある親が増えれば、学校は助かるんだろうなあ。もちろん双方の「よりよくしよう」という努力は不可欠という前提の上でね。
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2010/7/17

意外に義理堅いやつ。  テレビ/ラジオ

 京都では祇園祭だ。案の定、今日も暑い!

 予想通りこの3日ほどは、寸暇があれば泥のように眠ってしまう日々。お風呂の順番待ちの間に待ちきれず寝てしまい、気がつけば深夜2時ということも(悲!) ということで、長々とお休みいたしました。(実はさっきもお風呂待ちで寝ていたのですが、H氏に起こされました・・・)

 『ゲゲゲの女房』では、ついに貧乏神が村井家から逃亡してしまった。漫画賞受賞より、貧乏神が律儀に手を振って「さいなら〜!」と、ティンカーベルのように金粉を撒きながら消えるのに注目してしまった。意外にも、貧乏神って礼儀正しく義理堅い。
 
 もうひとつ、授賞式のとき水木しげる氏の先に受賞の挨拶をしたであろう2人の壇上の人は誰??とえらく気になったりして。一人目は野坂昭如に似てるんだけど。もうひとりは、さっぱり推定すらできず。

 好都合にも明日から3連休に突入! ここで疲労困憊から脱却しなくちゃ。
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