2010/10/6

「生きたい」と「死にたくない」  

 昨日、介護の職人であり、理学療法士(PT)、三好春樹さんのサイトをつらつら見ていて、インドに行かれた時のカルチャーショックなどを綴ったページを読んでいたら、めっぽう共感した部分があったので、引用する。彼がインドを旅する間に読んだ本が、インドで体験した疑問に応えてくれた、という部分。

月刊ブリコラージュ 2007年3月号
「生きたい」と「死にたくない」
〜インド・ムガルサライ駅前広場の夜〜
より、途中から。

『インドで考えたこと』(堀田善衛著・岩波新書)という有名な本である。

最終章の結語にすばらしいコトバがあった。『アジアは生きたい、生きたいと言っている。ヨーロッパは死にたくない、死にたくないと言っている』見事なものだ。私は自分の疑問、矛盾、葛藤がスーッと消えて、なぜこのインドの状態をよしとすべきだと感じているのか、わかったような気がした。

今や、日本はかつてのヨーロッパと同じように「死にたくない」側になった。つまり、生きていられるのが当たり前になったのだ。だから「死にたくない」ために、老人がバンダナを巻いてエアロビクスに励み、みのもんたの番組を見ては食品の買い占めに走る。これは不健康ではないか。

 たとえ、どんなに貧しくても「死にたくない」よりは「生きたい」ほうが健康だ。生きるのに必死な人はエアロビクスも納豆の買い占めもしないだろう。インドの人々の「生きる」ことそのものを目的としていることの強烈さ。(中略)

 私たちは「生きる」をケアしたい。「死にたくない」をケアするのは嫌だ。介護予防、筋トレ、脳トレ……、みんな「死にたくない」に迎合したものではないか。生きていてもしかたがない、と感じていた人が、もう一度この身体で生きていこう、と思うようなケアがしたいのだ。
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