2010/11/30

名もなく貧しく黄昏れる。  おでかけ

 兵主大社の庭園は国指定の名勝である。平安時代に作られた大規模な地泉廻遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)だ。池に中の島を浮かべて出島を作り、護岸(ごがん)の石組みや築山の三尊(さんぞう)石組みなど、造園の妙が感じられる、と滋賀県の観光情報にあった。ちょっとしたものなのである。

 ちょっとしたものなので、もちろん入場料がいる。ワンコインとはいえ、入場料を払ってまで見たい!!という人は、そのときにはいなかった。たまたま経済的に困窮している人たちが居合わせただけかもしれない。マリー・アントワネット風にいうなら、「お庭に入れないのなら、見るだけでいいじゃないの」。

 という訳で、「貧乏人は覗き見ろ」とばかりに、拝殿まで来た人たちは、皆この板塀のスキマから庭園をタダ見していました↓
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 ところでこの神社は、琵琶湖の湖西に位置する日吉大社より、白蛇の姿と化した祭神が大亀の甲に乗り、琵琶湖を渡り、鹿に乗り兵主大社へ来られたという伝説も残っているそうだ。だから「鹿と亀のいる神社」という看板がでていたのか。賽銭箱にも六角の亀甲の周りを鹿の角の意匠をほどこした紋があったっけ。
 それどころか、亀そのものの像もあった。
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 うわ! 不機嫌そう! もしくは気難しそう!!

 それにしても亀の甲羅や鹿の骨は古代には占いに使われたそうなので、その辺も気になる所。

 気を取り直して、亀の像の向こうを見ると、不思議なモニュメントがある。ロケット? ミサイル? なんだろう?
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 なんと針供養のモニュメントだったのでした。これ、夫婦でちょ〜ウケましたよ〜。ハリ!? そういえば糸を通す穴があるよね・・・。

 他にも参道横に大きな四角いゲージがあって、ニワトリが数羽いた。彼らがケンカしたりするのを、H氏は興味深くみていた。神社より動物の方に興味があるのだ。ニワトリの中に1羽、高級な卵を産む烏骨鶏もいたので教えてあげた。あ、オスだったかも?

 と黄昏ゆく綾錦の境内を、のんびりまったりと過ごす、やはり黄昏れつつある夫婦ものだったのでした。



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2010/11/29

狛犬と兎瓦  おでかけ

 紅葉狩りという名目で着たが、神社に来た限りはチェックしなければならないのが「狛犬」だ。神社によって個性豊かな「狛犬」には、思わぬ掘り出し物があったりする(たとえば濱口優似の狛犬とか)。

 まずは門前で迎えてくれた狛犬たち↓

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 うん、なかなかの面構えではないか!

 楼閣を入ってすぐ右手側に、「乙殿神社」というちいさな社が。ここは菅原道真=天神様が祀られている天満宮。ここにもやっぱり「狛犬」が↓

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 屋根の鬼瓦は、鬼ではなく、偶然にも来年の干支、兎だ。写真で年賀状作成組は、ここで画像をイタダキだ!

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 そして、いよいよ拝殿↓
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 拝殿の狛犬は・・・えっ!? 『包帯クラブ』(by天童荒太)??↓

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 あまりにも痛々しいので、一体しか撮っていない。

 実はコレ、参拝者が神社で用意された布に住所と名前を書き、病んで治したい部分を狛犬の同じ部分に巻くと、そこが治るらしいのだ。白い布は賽銭箱の横に用意されていて、むろん有料(500円)である。500円で平癒する(のか!?)なら安いものなのだが、狛犬さんがますます痛々しくなっては気の毒なので、きっとH氏は遠慮したのだと思う。

 しかし、この神社のつっこみどころは狛犬だけではない。まだこの神社にかんするネタはあるのだが、眠いので、明日また。
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2010/11/28

紅葉狩り  おでかけ

 紅葉狩りといっても、もちろん紅葉したもみじを見に行っただけで、刈ったり手折ったりはしていない。

 「このままやったら、今年のモミジはみられへんなぁ〜」と嘆いたら、H氏いはく「モミジは来年もある」。たしかにそうだ、モミジは来年も紅葉するだろう。でも私が果たして来年見られるかどうかは、わかったものじゃない。

 結局H氏がつきあってくれ、車で10分という市内の兵主神社へお手軽紅葉狩りデート。お手軽ながらも、とっても充実の紅葉だったので、大満足。

 モミジは黄色、赤、緑、縁だけ赤、とさまざまに楽しめた。おりしも4時頃の斜光がまだらに葉っぱを透かして、風情のある様子にうっとり。寒くもなく、人出もまばらで、ゆったりとくつろげた。

 今日のところは、まず入口の門とモミジの巨木をアップ。
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まず、石のゆるい太鼓橋を渡る。「亀と鹿の神社」という看板が出ていたので、もしかすると太鼓橋の下には、亀もいるのかも・・・?

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 足利尊氏の寄進と伝えられる朱塗りの楼門(ろうもん)。神社自体は奈良時代始め頃にできた古社。武士の崇敬を集め、源頼朝、足利尊氏、徳川将軍家の保護が厚かったらしいです。

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明日も続きます。
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2010/11/27

福山/龍馬のお言葉  テレビ/ラジオ

 大河ドラマ『龍馬伝』のHPを見ていたら、いよいよ福山雅治さんのラストメッセージがアップされていた。今さらながらだけど、あ〜なるほどな〜、と思った個所があったので、メモがてらに引用↓

自分も大人になって思いますが、これだけいろいろな情報が手に入りやすくなると、情報を集めることだけに終始し自分で決断をしなくなるなと思います。決断することを恐れるようになるのではないでしょうか?
きっと龍馬さんは、田舎者で、子どもで、世の中のことを何も知らなかったからこそ、「このままじゃいかん、日本を変えるんだ」と思えたのだと思います。いろいろな情報を知っていたら、「変えられない、そんな大変なことはできるはずない」と考えたのではないでしょうか?
自分自身も18歳で長崎から「ミュージシャンになりたい」と東京に出て来ました。運よく事務所のオーディションに受かって、「ぼくは音楽をやりたい」と言ったら、「どんな音楽をしたいのか知りたいから曲を持って来て」と言われたんです。そのときに、初めて気づきました。「曲、ない!そう言えばおれ、曲持ってない!」って(笑)。
振り返ると、ばかだったなと自分のことを思いますが、逆にそれくらいじゃないとダメなのかもしれない。

音楽をやるなら、音大に行って音楽的知識や教養も身につけ譜面も書け、理論的なことを知っていたほうがいい、そうぼくが考えていたら、きっと曲は作れなかったと思う。
まずその理論に縛られてしまって、理論を超えることは出来ない。もちろん理論を壊したり、突き破ったり、それを超えている人はいますが、ぼくは知らないところからスタートしたから、いろいろなことを知ることができたと思っています。
それは、龍馬さんや当時の勤王党の志士たちも同じではないでしょうか?いろいろな情報を知り過ぎなかった、だからこそ強い気持ちを持てたと思います。「人間、知り過ぎるとダメだな」と今回改めて思いました。


 現実的には「情報を持ったもん勝ち」な風潮の世の中だけど、中途半端な金儲けや目先のトクだけに通用するだけの話なのかも。

 確かに真っ白な方が、「見える」ところはあるよね。なまじ知識があると、身動きがとれなかったりするよね。これって、ある程度年を重ねて来たからこそ、この話に深く共感できるのかもしれない。

 しかし曲を持たずに「音楽をやりたい!」と上京した福山さんは、さすが龍馬に抜擢されただけの人のことはあるなあ〜。(そういえば武満徹さんだって、専門的な勉強をした人ではなかったと記憶している。貧乏で紙ピアノを弾いていたし)

 やっぱり大物!
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2010/11/25

恋する春画  読書

 今月号の『芸術新潮』のご案内(メルマガ)が届いた。

 今回は、いろんな意味でやけに期待させる内容である。その特集名とは、『恋する春画』。これって、かつての(いまでも刊行はされているけれど90年代の)雑誌『クレア』が好んでつけたような特集名だ。いや「春画」でなく「恋する〜」の方なのだが。

 実はこれ、女子目線での特集なので、ベクトルはポルノ方向だけではない。というか、春画に眉をひそめるようなバイアスがかかったのは明治期から。江戸時代には「老若男女に親しまれていた」ようなのだ。加えて、笑いあり、涙あり、BLも「セックス・アンド・ザ・シティ」も「セックスできれいになる」だってあり!な懐のひろい世界だったのだ。

 編集長からの広報もあるので、ぜひとも目を通していただきたい。これが抜群に面白いのです↓

芸術新潮 2010年12月号(2010/11/25発売)

女子だって楽しめる
「恋する春画」
 今回の春画特集は女性にも楽しんでもらおうと、担当編集者の女子二人が知恵を絞りました。掲載作を選ぶ時など、放送禁止用語連発のガールズトークで、まずは自分たちが大盛り上がり。男のためのポルノグラフィと誤解されがちな春画ですが、そもそも江戸時代には「笑絵(わらいえ)」とも呼ばれたように、老いも若きも男も女も、おおらかに笑いつつ楽しむものでした。たとえば幕末にさるお屋敷を訪ねた外国人は、その家の奥方から「お疲れでしょう。一息おつき下さい」と春画を見せられ、驚いたと記しています。日本人には、それが普通だったのです。春画に描かれたのも、普通の庶民の様々なるいとなみ。純愛に不倫、個人教授や老年カップル、ボーイズラブも当たり前、そんな江戸っ子たちのくったくのない性のありようについては、「夢見る大江戸セックス・ライフ」と題し、橋本治さんが見てきたように教えてくれます。平成の女子も男子も、合言葉は「春画を我らに!」


 というように、「春画のキホン」はもちろんのこと「いともラブリーな傑作選」、「春画が教える江戸歌舞伎のホント」「夢見る大江戸セックス・ライフ」まで読みどころ満載。しかも案内人はこの人しかいないでしょ、という橋本治先生だ!

 これはとくに女子のみなさん、ぜひご購入を。女子目線でこんな特集を組んでくれた『芸術新潮』編集部に拍手喝采だ!
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2010/11/24

冬の虹  季節

 三連休は、お掃除、畑の収穫少々とご飯の準備に明け暮れた。あ、21日にお昼ご飯を京都の韓国料理屋さん(韓国語が飛び交う下町風の店)に食べに行ったのが、唯一のイベントだったかな。

 ぱっとしないお天気の勤労感謝の祝日。

 ときどき時雨(しぐ)れる、いかにも冬めいたお天気。3時を過ぎたので買い物に行かなくちゃ、と家を出る。さっと斜光が入る昼下がりに、ふと紅葉した隣町の遠山を見ると、山から虹の架け橋が空へ向かっていた!

 うっすらと弧を描いているのが、どんどん薄れて行く。急いでシャッターを切るけど、うつったのはほんの微か。(画像がなくてごめんなさい。まだデジカメの説明書を読んでいないので取り込めないのです。まぁ虹自体も、ほぼ映ってませんでしたけどね)

 冬の時雨れる風情はなかなかのものだ。京都の紅葉する道で時雨にあったり、お店から出ようとしたらさあっと時雨れて、おかみさんが「まあ、時雨どすなぁ・・・」なんていうのも、心に沁みる。
 寒くて心細くても、なんともいえないメランコリックな和風ロマンチックが時雨にはある。たまさかそれは、洋風ロマンチックな虹だって運んでくれたりするのだ。クリックすると元のサイズで表示します
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2010/11/23

去年の年賀状  

 毎年のようにPCが壊れ、またもや年賀状の宛名書きを入れ直すことが確定となった11月の下旬である。

 PCの修理がやっと戻って来た。セットできたら、H氏が昨年買った年賀状ソフトで入力してあげると名乗りをあげてくれた。せっかくのお言葉に甘えて、昨年の年賀状を出して来て、入力してもらう分をチェックしていく。

 Kちゃんも懐かしそうに昨年の年賀状を見ていて、今年省略するひとをふるいにかけるべく、相当悩んでいた。一見豪傑だが、二歩も三歩も引く繊細な人なのだ。父親譲りの繊細さで、逡巡や悩みや損することの多い人生だったりもするが、その分、人望も人気もある。

 その中で、マイ・ベスト年賀状はクラスメイトの男子から来たもの↓

 「今年は楽しかったなぁ。来年もよろしく」

「○○ッチョやな〜。こういうヒトやねん、○○ッチョやし」と、しみじみKちゃん。

 考えてみれば、たしかに書いている次点では、前の年だったんだし、厳密にいうと、世間の人たちの方がウソを書いている訳なんだけどね。「届く時」を基準にするか、「書いている時」を基準にするかですよね。ウソを書かないために、「お正月が年賀状作成タイム」という人もいたっけな。そうすると、今度は三が日に届かないし、気が抜けるかも。それに貴重なお正月休みを、年賀状作成に費やすのは、個人的にはパスしたい。

 おもわず爆笑・・・しつつ、私もやってしまいそうなので、気をつけなきゃ☆
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2010/11/22

小耳にはさむ  ファミリー

 Kちゃんは電車通学なので、通りすがりの他人様のおしゃべりを小耳にはさんでは、帰宅後、印象的なその日の会話を鮮やかに再現してくれる。

 今日は彼女の近くに上品な初老の女性2名が、はんなりとおしゃべりをされていた。お互いに「○○先生」と呼び合って、蕾のついた枝物を持っていらしたこともあり、華道の師範らしい。

 とても品のよい会話が続いて、ふと思い出したように片方の先生が話題を投げかけた。
「そういえば、○○デパートに生けてあったのは、なんだかブッキラボウな生け方でしたけれど・・・」

 Kちゃんは、上品な会話の中で、いきなり「ブッキラボウ」という形容詞がでてきたことが衝撃(笑撃!?)だったようだ。危うく笑いそうになった、といっていたが、いや、ブッキラボウって、上品な会話の中に出て来ても、ぜんぜん違和感ないよ!

 それよりも私には「ブッキラボウなお華」が、ビジュアル的にどうしてもイメージできない。というか、「ブッキラボウ」という語と「華道」の佇まいが、あまりにミスマッチ感覚すぎて、想像すると笑えるものになってしまうのだ。たぶん、Kちゃんの言いたいことは、そういうことなのだろうと思う。

 ブッキラボウの関連語も調べてみた。それに「〜な花」を付加すると、そちらも大変シュールなイメージを喚起されて、もう頭の中は、摩訶不思議な華道展状態だ。

 ブッキラボウな花、仏頂面な花、水臭い花、けんもほろろな花、つれない花、身も蓋もない花、つっけんどんな花、にべもない花。ほらね。

 職人業を持つおっさんたちの無愛想さを想起させるような花って・・・やっぱりビジュアル的にイメージできないなぁ。「座ることを拒否する椅子」ほど過激ではないけれど、なんとなくそっぽ向いた感じかなぁ。

 たった今思いついたことなんだけど、いやいや、「ブッキラボウな花」って、ものすごく上品な悪口なのかもしれないな。相変わらず気づくのがスローすぎるって。
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2010/11/21

むかしばなし  読書

 二日もお休みしてしまいました。心配してくださった方、ごめんなさい。

 理由はシンプル。あまりに疲れていたので、PCの前でほぼ気を失うかのように座ったまま眠ってしまったのでした。しかも「しなければならないこと」山積なのに、手が付けられない状態でまじ、困窮中。

 お仕事方面では、あと1週間を切ったというのに、まだ「おはなし会」で読む絵本の選定ができていなかったこと。このお休みで、やっと4点まで絞り込めた。あの絵本読みたい!というのはあったのだけど、いざ読み直してみたら、季節が夏だったり春だったりで、違うかも・・・と却下。

 他にも読みたい絵本自体が貸出し中でなかったりとか、読んでみても、どうもなにかフィットしないので涙をのむ。

 今回は日本の昔話が気分的にフィットしているみたい。1冊はこれでいこう。だけど、初の洋物絵本にもトライしてみるつもり。

 一番読みたいのは『くわずにょうぼう』だけど、Kちゃんいはく、
「こわいから、それはあかん。やめとき」

 え〜〜〜!? ・・・しくしく。
じゃあ、次点で候補の『だいくとおにろく』はどう?

「まー、それならええかな(どんな話か知らんけど)」

 上記絵本の絵は両方とも赤羽末吉さん。私の中では昔話は絶対、赤羽末吉さんなのだ。こわいけど、どこか愛嬌のあるオニババ。くすくすニカニカ笑う鬼。奇跡のようにお話にマッチしている。

 不思議なのは、両者とも脇が甘いこと。オニババはショウブやヨモギが弱点であることをつぶやいてしまうし、鬼だって仕事の報酬として約束したんだから、さっさと目玉をもらっちゃえばいいのに、みすみす自分から「名前当てゲーム」という保留を与えてしまう。

 でもこれは、絶対的に有利で強大な相手にも、どこかに油断や弱みがあることを教えているのではないかしら?と、今日ふたつの絵本を読んでふと思いついた。絶体絶命のピンチにも、決してあきらめずにチャンスをさがしてつかみ取る。そんな先人のエールが見え隠れするおはなしなのかも。
 
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2010/11/18

目からウロコのハンバーグ  たべもの

 月曜の休日に『きのう何食べた? 第4巻』を購入し、車に戻って読みふけった。

 実は私に取っては、「なにたべ」のレシピより、ゲイカップルの日常生活や、主に両親との関係での苦悩の方に「ふむふむ」という感じだった。とくに普通の人々の、ゲイへの悪意なき偏見に対して繊細に悩むシロさんがかわいい。さすがは(男女逆転劇)『大奥』のよしながふみ先生である。ふかい!!!

 4巻もまんぞくまんぞくな巻だったのだけど、非常に気になるメニューがあったので、本日作ることにした。それで朝、冷凍室にあった合い挽き肉を解凍すべく、テーブルに出して出勤したのだ。

 帰宅後、自然解凍されたミンチに、タマネギのみじん切りや卵を加えてハンバークのたねをつくる。「タマネギを炒めなければ、ハンバーグは簡単」という主人公の言葉を実感する。生のタマネギのみじん切りを入れた「煮込みハンバーグきのこソース」は、申し分のない出来映えで、完成。

 生のタマネギがシャキシャキしている。生だからいかにもタマネギが多く入っているみたいにみえる。手抜きの部分が逆にメリットにもなりうる。もし、もすこしタマネギの生っぽさを消したかったら、煮込む時間を多めにとればいいのかもしれない。

 この巻にはほかにも、「ためしてガッテンの卵焼き」とか、「ナポリタン」とか、「キャラメルリンゴのトースト」とか、気になるレシピが目白押し。

 そして「もしもひとり暮らしなら」何品もおかずを作ることはなく、丼ものやパスタで済ましてしまうという主人公の独白に大共感。「うれしそうに食べてくれるひとがいるからこそ」の日日のお料理なのだ。(でもやっぱり、毎日はつらいときもあるけれどね)
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2010/11/17

大胆、かつチャーミング  ファミリー

 珍しく、ちょうゴキゲンで帰宅したKちゃん。

 高校の芸術科目は3択で選択した。音楽、美術、書道どれかを選ぶのだ。私は絶対彼女は美術を選ぶだろうと思っていたが、念のため確認したら「書道」という。予想外の答えだった。

 なんで美術でなくて、書道?

 「美術はめちゃめちゃ上手い人、山ほどいるし、点数とれへんと思う。それに書道やったら、お歳暮とかお中元シーズンに、のし紙で筆文字を書けるから、アルバイトできるかもしれへんし」

 さすが、抜け目がない女だ。

 確かに彼女は、デッサンとか写実とかは好きではなく、技術的には上手い方ではないかもしれないが、彼女の絵には、技術を超えた魅力をもっているのに。子ども時代を通して絵画教室にも通っていたのに。ちょっともったいないなぁ〜。でもまあ、本人の意向なら仕方がないか。

 ということで、書道を選択したのである。おばあちゃんに3年程、お習字の手ほどきを受けて入るものの、器用な上手さはない。素直な元気の良さが取り柄のお習字だ。それでも先生のご指導の賜物で、高校生になってから目を見張るくらい上達した。「うまい」というより、彼女のは「いい」(味のある、ともいう)字なのだ。

 近々に「書道展」みたいなのがあるらしく、書道のクラスから代表3名を選ぶことになったらしい。Kちゃんの語りでは、こんな感じだ。

「10年くらいお習字してます!というくらいバリバリにうまい人が二人いやはって、その人らは当然代表なんや。ウチなんかはほとんど殴り込み(!)みたいな感じで書道クラス取ったやん? ほとんど論外なんや。

 それで、展覧会に提出用の字は、先生が『めりはりのある字を書きなさい』っていわはったから、めっちゃ強弱つけて書いてみたねん。ほいで、ウチが筆を洗いにいって戻って来たら、(作品の乗った)ウチの机に人垣ができてるねん」

 いわゆる「きれいな字」ではないけれど、やたら「面白い字」だったらしいのだ。

 書道だって段があがるにつれて創作になってくるから、独自にクリエイティブでないと上には上がれない、という話を聞いたことがある。観察力と想像力と創造力は人並み以上(多少親バカ・バイアスあり)のKちゃんに、どうやら何かが降りて来たらしい。あるいは無欲の勝利でもあるのだろう。

 母親としてより、むしろ10年以上前から彼女の作品の一ファンとして、うれしい話であった。これを機に、彼女のクリエイティブな部分が復活してくれたら、実にうれしいのだけれどね。でも「芸術は上手下手ではない」、という私の言っている意味が、彼女にも少しわかったかもしれない。  
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2010/11/16

豪勢でした。  おしごと

 午前中は健康診断でレントゲン三昧。一日にこれだけの放射線を浴びていいのだろうか?というくらい。職場の検診を(検診用バスや保健所ではなく)病院でしてくれるなんて、実に豪勢だ。流れ作業のようではなく、キチンと個人個人で対処してくださった。感謝感激である。

 やはりメインイベントは胃ですね、バリウムを飲んで手すりにつかまって、板の上でゴロゴロ向きを変えるやつ。板自体がウイーンと動くので遊園地のようだった。
 
 あんなに昨日は喉の乾きに苦しんで?いたのに、朝にはケロッとしてなんでもなかったためか、やはりバリウムを飲むのは難しかった。まずくて重たい〜。素直に飲んだけどね。

 女性特有のガンの検診は、今までも個人的に行ったりしていたので、ちょっとは慣れてきたかもしれない。力の抜き方がやっとわかってきた。いまさら遅いけど。頻繁に検診に行かねばならない妊娠中に、できればわかっておきたかったんだけどな。

 で、午後からのお仕事は、バリウムの排泄を促す下剤が効いたため、ときどきおなかがキュ〜ウッと痛くてつらかったです〜。お弁当も持参していたけど、お昼休憩も過ぎていたし、食べる気力もなかったしで、パス。

 でもすべてが終わって気分はさわやか。晩ご飯はしっかり食べましたよ、うん。
 あ、そうそう、体重が去年より3キロ減っていたぞ(3年前比較なら5キロ!)。道理でウエストがごそごそになった訳だ。別にダイエットしていた訳じゃなかったんだけど、まあ、仕事柄。司書(場所によりけりだけど)はハードな肉体労働者ですからね。
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2010/11/15

わたし馬鹿よね〜♪  

 今夜21時より絶食中。明日は検診だ。

 たぶん明日のお昼までは食べられない。「食べられない」のは、まだ我慢できると思う。問題は「飲めない」ということ。

 いただきものの鮭の切り身があったので、塩焼きにしたらちょっと塩を振りすぎたようで。

 食後にがばがば水分を取っておけばよかったのに、食後直後はそんなでもなく。

 Tくんを23時以降に迎えに行かなければならないので、その前に少し寝ておこうと1時間仮眠して、目覚めれば喉の乾きに気づいて呆然。手ぶらでサハラ砂漠に迷い込んだような絶望感に襲われた(大袈裟!) まだ絶食が始まったばかりだというのに、なんという体たらく! 自分の馬鹿さ加減に、細川たかしの歌声が頭の中でエコーする。

 しかしこんな状態なら、バリウムだって美味しいと思うかもしれない。と、前向きに善処しよう。

 検診で提出する問診票の「気になることがあればご記入ください」欄には、いくつかの「気になること」が羅列している。やはりカラダも中古になってきたのだ。あちこち故障がみうけられてもしょうがない。これを機にカラダの総チェックをするべきときなのかも。杞憂が晴れるか、早期発見されるか。どちらにしても、ラッキーには変わりないのだから。

 
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2010/11/14

心配ご無用  読書

 本日も読書会での話題。

 OGの会の最高齢で70を過ぎた方が、とても心配そうに、
「電子書籍が出回ったら、紙の本はなくなるのかしら?」とつぶやいてらした。

 すると、PTAの大役をガンガンこなしてきて、現在も読書会のお世話を一手にしてくださっている、オロナミンCもびっくりな、いつも元気溌剌のOさん(60代)が、きっぱりと否定された。

 「紙の本がなくなったりすることは、絶対にありえません!! 心配しなくても大丈夫! もし紙の本がなくなることがあっても、わたしらの方が先にいなくなりますから!」
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2010/11/13

『そんなはずない』  読書

 先日、幼稚園/小学校PTAの読書会とそのOB(いや全員女子なのでOGというべきなのか?)読書会、つまりヤングママの会と還暦を過ぎた方々の(いえ、訂正。一部は除きます)、合同読書会がつつましく行われた。

 私はなぜか両方の読書会に籍があるので、全員と顔見知りである。もっとも最近では、ほぼ幽霊会員ではあるが。

 テキストは朝倉かすみさんの『そんなはずない』。新感覚の面白さと、行間の濃密さと、会話のテンポのよさと、五感を駆使したドンピシャな表現力と、女の日常感覚目線が素晴らしい。

 その場その場での状況に流されてしまうヒロイン、鳩子さん。本命の好きな男がいるのに、過去の男である「様子のいい」男に出会ってしまうと、べつに思いが残っている訳じゃないのに寝てしまったりしちゃうのだ。

  しかも、そんな自分にあんまり悩んだりしないのが、他の小説と違うなあ〜と感嘆してしまう。どうということないのだ、彼女にとっては。あ〜あ、つまんないことしちゃった、くらいのことはたぶん思うんだけど。

 それは「倫理観なんてぶっとばせ!」と世間に反発しているのではなく、かといって偽悪に走っている訳でもない。ごくフツーに「場当たり的に生きている」だけなのだ。誰だって、それほど正しく、難しいことを考えながら生きているわけじゃない。だから鳩子さんを責めたり、批判したりすることに意味はないように思う。
 というタイプの小説なのかもしれない。

 結構大胆なことをしているのに、なんだかフツーなのである。鳩子さんは堅実な人生を歩みたいと地元の信用金庫に勤めて、堅実な職業の男を捕まえて、結婚しようという打算づくしで人生を歩もうとする。しかも男の前では、しなしなと女を演じている、正真正銘「嫌な女」として鳩子さんは登場するのだ。けれどもなぜか、読んでいるうちに、リアルなひとりの女性として身近で見続けていると、ほとんど友達のように思ってしまうのですよね。彼女が物語の冒頭から男も職も失ってしまうので、よけいに。

 たぶん私が一番好きなのは、性が日常の中にある普通のこととして描かれているところなんだ。すごい特殊なことでなくって。これってものすごく大事なところだと思っていたけど、この部分で共感できる小説が読める日がくるとは、ちょっと感無量。だって誰もそんなこと思ってないみたいだもん。

 好きなオトコとコトに及べるのがうれしくて、二人で笑いながら真新しいシーツの袋を破いて、広げて敷いたりするところとか、すごい好きなシーン。しかもスーパーでシーツを買って来たのはオトコの方なのだ。うん、すごくいいな。その場所はもちろんホテルなんかじゃなく、オトコの部屋だ。そうでなくちゃ。

 クリスマスにはホテルでディナーしてお泊まり、というのはもう古い。オトコの部屋に上がり込んで、二人で料理の準備をして、たとえば二人鍋なんかをつついて、なんとなく布団に転がり込んで、みたいなのが素敵だ、という時代に、もしかして、なってきているのかな? だったら、日本の未来は明るいんだろうな、きっと。
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