2011/2/28

長浜でくつろぐ。  おでかけ

 長浜でくつろぐといえば、やはり「中島屋食堂」であろう。でもちょっと早すぎたらしく、のれんが出ていず準備中の札が引っ込んだばかり。はす向かいのお店(そそられる荒物屋さん)で短い棕櫚箒を、となりの雑貨屋さんでホチキスや動物ハンコなどを買い、時間をつぶす。

 再度「中島屋食堂」に行き、古い看板コレクション?を眺めながら、しっかりとくつろぐ。壁に貼ってあった「近江毎夕新聞」というローカルな新聞記事のコピーを読むと、まだ戦後食料が配給制だった頃、食堂も配給される食券がなければ入れなかったらしい。しかも食券が使えるのは、官に指定された「外食券指定食堂」のみ。中島屋食堂は、そんな栄えある食堂だったらしいのだ。その時の看板が残っていて、食堂内に陳列されている。

 中島屋食堂は、昭和の空気が濃く漂っているので、こんなにくつろげるんだろうなあ。30分ほどの短時間滞在だったけど、ある意味「盆梅展」より濃い時間だったかも。
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2011/2/27

盆梅、水石、掛け軸。  おでかけ

 盆梅展では、盆栽の梅と、水石と、掛け軸、それに大量のおじさん、おばさんたちを見た。
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 老舗旅館の若女将のように「いらっしゃいませ〜」と上品にお出迎え。違い棚の水石としだれ梅の小鉢をバックに従える。

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 「奥様、お手をどうぞ」と、すっくとして清潔感あふれるのに、そこはかとない色気もある静謐な執事のような白梅。

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幹が長くてゆるく傾斜しているため、杖無くしては成立しない梅。お年寄りっぽいのに、つぼみ多し。バックの掛け軸は田辺聖子さんの歌を(たぶん)地元の書道愛好会の方が書いて表具したもの(らしい)。

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 堂々とした落ち着きと威厳を見せる古老の趣。

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 ちょっとひねくれ者だけどコケティッシュな芸者のよう。

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一本の木に、紅白の花が咲く、珍しくおめでたい梅。
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 美術品ではないので、写真撮り放題。でもバシャバシャした中で見るのは、やはりちょっと落ち着かない。落ち着く所でひと休みしようか。
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2011/2/26

長浜盆梅展へ その1  おでかけ

 ふと思い立って、大河ドラマ『江(ごう)』で浮かれ気味であろう長浜に出かける。ドラマ関係のイベントとは無関係。たぶん今日行かなければ、また来年まで持ち越してしまうであろう長浜盆梅(ぼんばい)展へ初見参した。盆梅展HPを見れば7分咲き、ということなので、梅花的にもギリだろう。

 どうでもいいけど、「長浜盆梅展」って、「猪木ボンバイエ」に語感が似てるな。それはともかく。

 長浜に着くと、さすがは北国街道のある湖北だけあって冷え冷えとしている。湖南より気温がぐっと下がるようだ。マフラーをしてこようと思っていたのに、すっかり忘れていた。不覚。でもウール2枚の上にウインドブレイカーを着ているし、下半身対策も万全なので、寒さ、どんとこい!(首元以外は)なのだ。

 大河で秀吉が活躍したときには、近年できたばかりのまっさらな長浜城をアピールしたり、黄金の茶室を再現するほどの浮かれぶりだった長浜だが、今年はなんと「浅井三姉妹」だ。思いっきり地元である。これじゃあ「浮かれるな!」と言われても浮かれざるをえない。

 駅には思ったとおり、「江」関係、「浅井三姉妹」関係のパンフやチラシが積んであった。おまけに「江・浅井三姉妹博覧会」というイベントまで開催されているのだ。もちろん足も完備である↓
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 足下を見れば、千成瓢箪のマンホールだってある。
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 そんなこんなを見つつ、駅から3分の盆梅展会場、慶雲館に到着。この建物自体も素敵。それもそのはず、明治20年に明治天皇・皇后の行幸啓の休憩所として、長浜の豪商が建設された建物なのだ。命名したのは、同行した初代総理大臣である伊藤博文といわれている。昭和11年に当時の長浜町に寄贈され、現在は、各種会合や催物の会場に利用されている。館内にある2つの庭園は、平安神宮の神苑をはじめ多くの名園を手がけ、近代日本庭園の先覚者といわれる小川治兵衛の作庭によるもの。
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2011/2/25

気になる二人  路上観察

 早朝から子どもたちを駅まで送ったときのこと。

 朝の7時に駅前に立って自らをアピールし、理想や夢を語ってくださる議員さんたち、ご苦労様でございます。彼らのために奔走してくださる運動員の方々共々、頭の下がる思いをしている。

 で本日も、そんな二人連れを駅前の階段下で目撃した。

 彼らのシンボルカラーはオレンジ。オレンジの鉢巻きをし、オレンジのハッピを着て気合いの入っている運動員さん。オレンジの鉢巻きをし、黄色の勝負ネクタイ!?を締め、柔和に微笑む議員さん(候補かもしれないが)。それはまるで、てきぱきした執事を連れた育ちのいいおじさん、というオレンジコンビだった。

 しかして彼らがどこの党なのか、名前はなんというのか、さっぱりわからない。車の中から探してみたが、とりあえずオレンジカラーの人だ、ということしか認知できなかった。ただ柔和に微笑む人が、議員(候補?)さんだということは、明確だった。

 なぜなら。

 彼らは(プレ)選挙運動の必須アイテムである「のぼり」を持っていたが、そこにはオレンジに白抜きで「本人」と書いてあったからだ。

 本人。 それはわかった。

 でも、あなたは誰なのか? そこが大事なところなのではないのか? 投票用紙にオレンジのペンで「本人」と書かれても、一票にはならないのではないか?

 本日の、たいへん気になる二人であった。 
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2011/2/24

ヒヤシンス爛漫  季節

 与謝野晶子じゃないけど「おごりの春のうつくしきかな」と、つぶやきたくなる開花状況です。

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 バックは『ドアノー写真集』。
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2011/2/23

ミニコミ専門店にて  本・書店・出版

 H氏が仕事で東京へ行く、という話をきいたTくんは、「そんなら模索舎に寄って、ミニコミ買ってきて」とリクエストした。

 熱烈な西武ファンであるTくんは、ときたま埼玉の西武ドームに行くのだが、そのときに必ず立ち寄るのが新宿の小さな書店。市場に流通しないミニコミを販売する書店『模索舎』である。もうすっかり、お店のスタッフの人たちには、「顔」だったりするらしい。

 その模索舎内かららしい父親から「何を買ってきたらいい?」と電話があり、父子で楽しげにあれこれ話していた。その後、私の方に「宿に着きましたメール」が届いた。

 そのメールには「模索舎の人と仲良くなりました!」

 さすがH氏である。天性の人たらしなのである。いつものことながら笑ってしまう。

 以前も仕事上行動をともにした韓国人の団体さんと仲良くなり、「ぜひ韓国にきてください!!」と熱烈ラブコールされたことがあったし、国際交流関係のスタッフだったときにも、JAZZMANという名で呼ばれ(H氏はジャズが好きなので)アメリカの人たちに大人気だったこともあった。ロシア人の家族や、イギリス人の知り合いとゲラゲラ談笑していたこともある。

 とはいえ、H氏は語学堪能な人ではない。外国の方々の方が、日本語堪能なのだ。でも国際交流って、語学よりキャラが重要なのが、H氏をみていてよくわかった。人格がユニバーサルなのだ(笑)

 このキャラをいくぶん受け継いでいるのが娘のKちゃんで、彼女は11歳にしてアメリカでホームステイを体験し、「私は世界のどこに行っても大丈夫」と確信した感がある。おまけに15歳にして、「一人暮らしできる自信がある」とも。

 いやいやそれは、まだ無理でしょうよ(笑) 朝、自力で起きられるようになったら、半分くらいは認めてあげてもいいけどね。
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2011/2/22

ヒヤシンス  季節

 冬のお楽しみ、ヒヤシンスが花開いてきた。

 昨年、水栽培用の球根を買ったはいいが、余裕のない日々に紛れてしまい、結局水栽培をスタートさせたのは、大晦日。

 おそい!!

 それでもちゃんと根を出し、芽を出し、蕾をつけた。ストーブ近くで日当りのよい場所においた紫ヒヤシンスは、1月終わりには花をつけ芳香を放っていた。しかし速成栽培の悲しさ、やや貧弱なのはいなめない。あまりの芳香にトイレに居場所を変え、寒さで長持ちするようにたくらむ。

 一方、たぬき亭入口近くの、日陰で寒い場所に置いた白ヒヤシンスは、ゆっくりとスローライフを楽しむ。緑と白のコントラストがうつくしい娘に成長した。まるで妖精のよう。成人式に写真屋さんで記念撮影するような親心で、カメラを向ける。

金屏風ならぬ、H氏お気に入りのジャズのアルバムの前で一枚↓
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古い銅のバケツをバックに一枚↓
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2011/2/20

すだち  ファミリー

 2月に入ってからは、Tくんの一人暮らしの準備で大わらわである。いや、実際のあれこれは本人がしているのだが、横で見ている方としては、ハラハラドキドキソワソワなのだ。ちなみに親は、ほぼ手出ししていない(でも、つい口はでてしまうことも・・・)

 あの甘えっ子が独り立ちかぁ〜。大丈夫なのだろうか?

 とはいえ、自分で住処を見つけ、大家サンと仲良くなり、家賃も交渉して格段にお安くしていただいた。なぜかお年寄り受けが、やたらいい男子なのだ。おばさん受けも異常にいい。でもなぜか、残念なことに年頃のお嬢さんには・・・(黙) 多少年上のおねいさんには、好感触みたいなのだが。

 ネットでさんざん調べた上で、引っ越し屋さんに見積もりを頼み、引っ越しの日も決まり、カウントダウンな日々だ。実務上忙しいのは本人なのだけど、心中落ち着かないので、何もしないまま無意味にぐったりと疲れたりする日が続いたりする。

 そして、つい、彼の好きなものを買ってしまうのだ。プライスダウンしているとき限定だが、「うに」だの「焼き肉」だのを晩ごはんに用意したりするのだ。一人暮らしをしたら、サバフグの唐揚げとか、ハタハタの煮付けとかは食べられまい。うちのオムライスや親子丼も、そうそう食べられなくなる。と、あれこれ考えては、不憫だなあ、と思う。あんなにウチのごはんが好きなのに。

 という何とも落ち着かない日々を過ごしている。昨日の記事の冒頭で「心身ともに忙しい」と書いたのは、そういう訳だ。今週も途切れがちになるかもしれないけれど、マイペースでやっていきます。



 
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2011/2/19

淀川節炸裂!  テレビ/ラジオ

 間があいてしまって、すみません。しばらくはこんな状態が続くかも。単に心身ともにあれやこれやと忙しいだけなので、ご心配なく。

 まだしつこく日曜洋画劇場の淀川長治さんの話は続きます。

 淀川長治さんの日曜洋画劇場のムービーを観ていたら、懐かしくてしょうがなかった。あれを毎週観られていた私たち(淀川さんのいた時代を生きた人たち)って、本当に贅沢だったんだな〜とつくづく。
 ついでにいえば、藤子不二雄アニメ劇場のあと、「赤とんぼ」のメロディーにのって「ただいま発売中」の『週刊新潮』の表紙が観られたのも贅沢だったな。言わずと知れた谷内六郎画伯の表紙絵だ。

 『旅情』の解説で、主人公の男性を「もっさりした男ですね〜」と、にこにこしながら一刀両断にする淀川さん、面白すぎる。
 『旅情』という悲恋物語では、イタリア男が恋人にくちなしの花を手渡したら、彼女はとても喜んでくれたのに、うっかりして川に花が落ちてしまうのだ。それを追いかける男。追いかける、追いかける。もうちょっとで花に手が届く、というところで、でも花は結局流されてしまうのだ。

 淀川サンの解説では
「これがプレイボーイなら、きっと川に入ってずぶぬれになっても花を取り戻すでしょう。でもこの男、そんなことはしないんですね〜。やっぱりもっさりしていますね〜」

 そして最後の停車場での場面。
「ヒロインが汽車の中で、男が来るのを待っている。待っている。でも汽車は男が来ないまま、発車してしまうんですね〜。汽車が発車してからやっと、男が来るんです。もっさりしてますね〜。男は、追いかける追いかける。でもやっぱり汽車は男をホームに残したまま、去っていくんですね〜。
 これが色男なら、汽車に飛び乗るのに、この男はそうしないんですね〜。どこまでももっさりした男ですね〜」

 淀川サン、無邪気な笑顔だけど、言う事は意外にシビアだったりする。

 それからマカロニ・ウエスタン(イタリア産西部劇)『荒野の用心棒』の解説も面白かった。

「この映画、原題は『ちょっともうけたろか〜』っていうタイトルなんです。安い予算で、でも本家の西部劇よりオーバーアクションにしてつくったところ、「ちょっともうけたろか〜」どころか「えらいもうけてしもた!」んですよね」

 ええっ、淀川サンって、関西人だったっけ!? 調べてみたら、神戸のご出身だった。そうだったんだ〜。そういえば、淀川サンって、「くいだおれ太郎」にも似ておいでかも。いま気づいたんだけどね。
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2011/2/16

日曜洋画劇場裏話  テレビ/ラジオ

 今日は『淀川長治の名画解説』のDVDをプロデュースした、テレビ朝日の福吉さんという方の淀川さんの思い出話を『ほぼ日』の『淀川おじさん』より引用。

(淀川さんは)「どんな映画にも必ずいいところがあるはずだ」っていう
姿勢はずっと一貫してましたねぇ。
‥‥しかし、なんて言いますか、
ほめるのが難しい映画も、正直、あるんですね(笑)。
とくに後期で放映したSF映画の未公開作品なんかは、
役者さんは無名で、監督も初めてだったりして。
「こんな有名な人が関わってます」という解説もできない。
これ、どうやってほめるんだろ、と心配してたら淀川さん、
「この映画の監督は○○○っていう人です。
 はい、○○○っていう監督のこと、
 実はわたし、よく知らないんですね。
 でも、この監督は‥‥はりきってます!」
って、はりきってることをほめたんです。
みごとですよね(笑)、嘘はつかないんですから。

上映時間が長い映画もあれば短いのもあるわけですが、
番組の時間枠はある程度決まっていますから、
映画が短いときには解説の時間が長くなるんです。
淀川さんがいっぱいしゃべらなくちゃならない。
「エマニエル夫人」がそうでしたねぇ。
ほら、そういう映画ですから、
どうしてもテレビではカットせざるをえなくて、
だいぶ短くなっちゃった(笑)。
実は「エマニエル夫人」は僕が入社する前の放送で、
現場にはいなかったんですけど、
視聴者としてよく覚えてるんです。
9時から番組がはじまって、9時10分過ぎても
まだ淀川さんがしゃべってる(笑)。
入社後にきいたら「あれはたいへんだった」と。

「日曜洋画劇場 40周年記念 淀川長治の名画解説」は、
タイトルにある通り、『日曜洋画劇場』の
40周年を記念してつくったDVDです。
身内で「40周年パーティ」なんかやらないで、
そのかわりにそのお金で淀川さんのDVDをつくって、
関係会社の人やお世話になった方々に配ろう、と。
そういう気持ちで出したDVDなんです。
そしたら思いがけず、一般の方々にも
買ってくださる人がたくさんいらして。
予定の4倍くらい販売されたでしょうか。
映画が1本も入っていないDVDなのに。
ありがたい、うれしい、と思うと同時に、
淀川さんの偉大さをあらためて感じます。


↑いい話じゃありませんか! 

売るためのDVDじゃなくて、淀川長治さんへのオマージュと、お世話になった方々への感謝から作られたDVDだったんですね。
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2011/2/15

共感の嵐  テレビ/ラジオ

 で、いよいよこれから『ほぼ日』の『淀川おじさん』の話をしよう、ということなのだけど、みなさん、昨日のリンクでご覧になりました? 2007年という古いコンテンツなので、もしかすると「そんなんとっくに見たわ〜」という方もいらっしゃるかも。

 私は懐かしさのあまり、心はしっかりタイムスリップ。どんどん夕方に近づいて家事が目白押しで、そんなことしてる場合じゃない!!と思いつつも、対談の部分は結局全部読んでしまいましたよ。

 美代子さんが小学生のとき、(まだ無名の)長治おじさんから「今日は試写会があるから、学校を早退しなさい」といわれて、正直に「今日は試写会があるので、早退します」と先生に告げる所が可笑しかったけど、それを聞いた先生が「はい、どうぞ」とあっけなくオーケーしてしまうのがまた、さらに可笑しい。のどかな時代だったのだ。

 それから長治さんがまだ皇太子だった頃の今の天皇陛下とお話されたことがあったそうで、そのとき陛下が「ベニスに死す」や「ローマの休日」がお好きだとおっしゃるのを聞いたそうだ。

 「ローマの休日」は「わかる、わかる!!」なんだけど、「ベニスに死す」がお好きだったとは!! これって昔(70年代)の腐女子が泣いて喜ぶお言葉かも。なんだか、ものすごくテンションあがってしまいましたよ。そうか〜、「ベニスに死す」か〜。陛下の「キャッチャーも受け取れません的変化球」に、しばし目が釘付けになり、そこで一旦思考停止。

 とにかくも軽妙で盛り上がった感満載の、美代子さんとダーリンの対談は、可笑しくて、でも真面目で、本質を突いていて、おもわずうなずくことがいっぱい!

 個人的には『シェルブールの雨傘』がすごく好きという美代子さんに大共感。他愛のない話なのに、すごくいい!っていうのも、わかるなー。 台詞がすべてメロディ付きで、ミュージカルじゃないのに、ミュージカルより歌ばっかりなのが、画期的。

 私が観たのは高校生の頃だった。当時、映画についてはかなりハングリーだった。中学生までは、学校の上映以外では、テレビでしか映画を観られなかったから。名画座の3本立ての内のひとつとして観たけど、とくに『シェルブールの雨傘』の色彩感覚が素晴らしかった。いまでも傘屋さんのウインドウの前を通るとうっとりするくらいの影響を受けている。

 ところで、このコンテンツにはおふたりの対談以外に『淀川長治の名画解説』のDVDをプロデュースしたテレビ朝日の福吉さんという方の淀川さんの思い出話も掲載されている。これがまた、オモシロ話満載なのです! ということで、次回は福吉さんのお話でいきます。
 
 
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2011/2/14

淀川美代子さん  新聞/雑誌

 今日、ふと本屋さんに立ち寄り、なにげなく『暮らしの手帖』の最新号(第4世紀50号/2011年2−3月号)を立ち読みした(書籍/出版関係社の方たち、ごめんなさい!)。
 記事がかなりよかったので、よほど買おうかと思ったけれど、残念ながら代金を捻出できず断念。印象に残った記事とは、

『こんにちはさようなら 第21回「読者交流会にて」(松浦弥太郎)』
『花森安治の机(馬場マコト)』

 このふたつ。上のは見開き2p、下のは半ページくらいの短い文章なのだけど、感心したり、涙ぐみそうになったり。

 上の読者交流会の話題は、編集長の松浦さんと、ゲストだった淀川美代子さんのトークの話。そこで松浦さんがレポートされている淀川美代子さんのお話がものすごくいいので、それだけでも買いだと思う。松浦さんの噛み砕きかたも丁寧で、淀川さんの気持ちが、ものすごく伝わったし。

 美代子さんは、『Olive』、『an・an』、『GINZA』で編集長を務めた敏腕編集者だ。私も一時期(むろん、もう女子高生ではなかったが)『Olive』を愛読していたので、その雑誌センスの素晴らしさは、よくよく存じ上げている。現在ではエグゼクティブ アドバイザーとしてご活躍されているそうだ。

 美代子さんは、雑誌が大好き、お洒落が大好きで、かの映画評論家、故・淀川長治さんの姪御さんでもある。(姪ではあるけれど、お母様の弟さんだった長治さんは、美代子さんの父親が早くに亡くなりいらっしゃらなかったので、一緒に暮らしていらした。ほとんどお父さんみたいなもの。おかげで小さい時から映画の「英才教育」を受ける事に)

 今の付録合戦となった雑誌の有り様に心を痛めてらした。そうだよね、そうだよね。何だか違うなという思いを、明快に言ってくださったのがうれしい。
 「雑誌はコンテンツが勝負なのに」。まさしく!

他にも
「人生のいい事は楽しみ、悪い事は勉強だと思ってそこから学ぶ」。
うんうん。
「人に負けまいとして自分を押し出していくんじゃなく、自分の意見と違っていても、謙虚に人の話を聴いてみることが大事」
 みんな自分が損をしないように必死な時代に対する、重大な警告を聞いたような気がした。声の大きいもん勝ちな気分が充満している現代を、実にシャープに斬られたよう。

 家に帰って「淀川美代子」で検索をかけたら、思いも寄らなかった鉱脈に出くわした。『ほぼ日刊イトイ新聞ー「淀川おじさん」』という淀川美代子さんと糸井重里さんの対談だ。それも「日曜洋画劇場」の40周年記念として作られた淀川長治さんの解説だけを集めたDVD 『淀川長治の名画解説』の話をメインに据えてあり、そのムービーもおまけについている、という贅沢なコンテンツ。これ、久々の私的ヒットでした! これについては、また後日。
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2011/2/13

ふりわけがみ  ファミリー

 高校生になってKちゃんが古典の時間に教えてもらった言葉である。昔のヘアースタイルの一種だ。

デジタル大辞泉の解説では、

☆ふりわけ‐がみ 【振(り)分け髪】

8歳ごろまでの男女の髪形の一。髪を左右に分けて垂らし、肩のあたりの長さに切りそろえたもの。はなちがみ。


とある。

 この言葉にえらく反応したKちゃんは、クラスメイトのひとりに「振り分け髪」という渾名をつけた。携帯の写真を見せてもらったが、なるほど彼女は「振り分け髪」だった。

 渾名がつく前から、ユニークな彼女のことは話題にのぼっていたのだ。女子高校生ながら、古本屋に行くのが趣味で、それも100円コーナーで物色するのだそうだ。読書(マンガが半分)大好きで、Kちゃんによれば「知識豊富な雑学女王」らしい。

 お洋服より本!!というタイプで、Kちゃんにいわせると「なんかおかーさんに似てるとこある」とか。いやー、高校生の頃は、普通の本屋さんのハシゴはしていたけど、古本屋さんには行ってなかったなー。私のマケです。

 実は私も最近「振り分け髪」嬢の恩恵をこうむった。隣町、守山市には、公募で選ばれた「ユニーク飛び出し坊や」が多数存在する、というKちゃんからの情報は、「振り分け髪」嬢がもたらしてくれたものだったのだ。

 ありがとう「振り分け髪」嬢! これからも、娘に面白い情報提供をよろしく!
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2011/2/12

青空書房へ  おでかけ

 H氏が、昨年12月からお店のシャッターが閉まっていた大阪の古本屋さん『青空書房』(以前のブログでの記事をリンクしました)の様子を、心配だからみてこよう!とお誘いしてくれたので、朝家事が終了した時点で出発した。大阪に行くということは、(我家では)お昼にお寿司を食べるということだ。もちろん子どもたちには内緒、内緒。

 まずは『春駒』で腹ごしらえ。私はみる貝と赤かぶ、H氏は白子とアワビがお気に入りで複数回注文する。握りは高くても300円くらい。タコやイカなら100円だ。いつも満員で、店の前に短い行列ができることもしばしば。

 それから青空書房へ向かい、オープンしていることに、まず安堵。

 入口の100円ワゴンからチェックしていき、単行本を流していく。(たぶん)昨年新聞書評で読んだ『岩佐美代子の眼―古典はこんなにおもしろい』岩田ななつ/インタビュー(聞き書き) 笠間書院/発行 
を発見し、即、購入決定。

 内容としては(「BOOK」データベースより引用)

四歳より十三年間、昭和天皇第一皇女照宮成子内親王のお相手を勤め、女子学習院高等科卒業、結婚後、独学で京極派和歌・中世女流日記研究を開始…。その異色の経歴と研究者としての業績は一部では「伝説」とも言われているほどである。氏の大正・昭和・平成、その83年間を語って頂いた。「人として、生きるための思想」とは何だったのか、古典文学の面白さはどこにあるのか。その秘密を明らかにする。「女房の眼」を持つ国文学者のロングインタビュー。

 やんごとなきお嬢様が、独学で古典和歌研究者なり、古典文学の面白さを語る、という内容かと思いきや!

 目次をみれば、国会図書館勤務時代に非常勤職員の待遇改善運動に取り組んだり、清泉女子大学セクハラ事件裁判を支援する、といった活動もされる、なかなか気骨ある女性なのだ。

 しかも、たまたまアトランダムに開いたページには、
(戦争責任をはっきりさせるため、過去の事例もあげて)「少なくとも昭和天皇は退位すべきでした。」
(今後の日本や日本人のため、なにより権利も自由も基本的人権すらない天皇家を思って)「終戦の時に、天皇制をなくさなかったのは、残念な事だったと思います」と、きっぱり明言されているのにびっくり。

 内親王のお相手をされているくらいだから、むしろ天皇家とは近しい人なのだ。その人がこうも明快かつシンプルに断言されているのは、主義や思想ではなく、思いやりと賢明な判断によるものだからだろう。むろんそんなことをするのは、とてつもなく難しく大変だいうのは、彼女は百も承知である。

 白洲正子さんといい、一柳満喜子先生(W・M・ヴォーリズの奥様、近江兄弟社学園の創立者)といい、岩佐美代子先生といい、昔のお嬢様はすごいなあ!!

 青空書房では、その他にも10冊ほど購入することになり、心臓に持病をもっておられるという店主、さかもとさんとしばしお話する。病気でどんなにしんどくても、店に来ると不思議にしゃんと元気になるとおっしゃっていた。またメディアで紹介されるたびに、ひやかしのお客さんがみえるので、とやや困惑されていた。

 レジには先頃出版された御著書『浪華の古本屋 ぎっこんばったん』が2列で平積みになっていて、微笑ましい。

 どうかお大事になさって、ぼちぼち大好きな商売をしながら、春を待ちましょう。
 


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2011/2/11

魔術師のことば  

 今日のグーグルのスペシャルロゴの意味は? と疑問に思いクリックしてみる。

 2月11日は没後80年になる発明王、トーマス・アルバ・エジソンの誕生日だったのだ。彼は、研究所を置いていたメンロパーク(ニュージャージー州)にちなみ、「メンロパークの魔術師」とも呼ばれていたとのこと。

 うーん、魔女の次は魔術師か。いいネタの流れだ。ということで、今日の話題はエジソンの名言を並べてみます。

ほとんどすべての人間は、
もうこれ以上アイデアを考えるのは不可能だというところまで行きつき、
そこでやる気をなくしてしまう。
勝負はそこからだというのに。

決して時計を見るな。
これは若い人に覚えてもらいたいことだ。

失敗すればするほど、
我々は成功に近づいている。

失敗なんかしちゃいない。
うまくいかない方法を七百通り見つけただけだ。

成功できる人っていうのは、
「思い通りに行かない事が起きるのはあたりまえ」
という前提を持って挑戦している。

「失敗?」
これはうまくいかないということを確認した
成功だよ。

どんな機械でも同じだが、
具合が悪くなったときに、無理やり油を注いでも効果はない。
悪くなった油を全部出してしまうのが先だ。

困るということは、
次の新しい世界を発見する扉である。

わたしは、決して、失望などしない。
どんな失敗も、新たな一歩となるからだ。

命令を質問の形に変えだけで、
気持ちよく受け入れてもらえるだけでなく、
その人の創造性も発揮される。

作りあげたものがうまく機能しなくても、
それを無駄な物だと決めつけてはいけない。
それは次の一手になる。



トーマス・エジソンの名言集より引用
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