2011/5/31

ドヤ顔の認知度  ファミリー

 昨日の記事で『ドヤ顔』という言葉を書いたが、わが家で約1名わかっていない人物が存在したので、念のため説明しよう。ウェブ上の『日本語俗語辞典』によれば↓

 どや顔の『どや』とは関西方面で「どうだ?」という意味で使われる方言。語尾をあげて「どや?」と聞くこの言葉、何かが完成したり、うまくいったときなど、「どうだ?」の後に「すごいだろう?」という意を含んで用いることが多い。つまり、どや顔とは「どや?」と言わんばかりのしたり顔、自慢気な顔のことをいう

のである。

 この「どや」を「ドヤ」とカタカナ標記した私も配慮が足りなかったのだが、はやり言葉に弱いH氏はこの「ドヤ」を「ドヤ街」の「ドヤ」だと理解し、「でもなぜ『自慢げ』になるんかな?」と不思議に思っていたらしい。

 その後『どや顔』を調べて意味を知ったらしく、わざわざ私の所に「『どや顔』って、有名な言葉みたいやな〜?」と報告してくれた。ただし例によって「どや顔の「どや」はドヤ街の「ドヤ」やと思ってる人の方が多数派やで!」と、負けず嫌いぶりを発揮している。

 それなら、ということで、勝負をすることに(笑) もしもH氏の意見に賛同する方がいらっしゃいましたら、拍手ボタンを押してください。6月1日の0時よりスタートして24時間内のアクセス数で割り、パーセンテージを出してみます。結果は次回のブログにて。

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2011/5/30

KちゃんVS女子高生  学校

 学校から帰ってきたKちゃんは、いつものようにおしゃべりを始めた。

「あんなー、『〜なう』っていうの、あるやんか」

 あるある。ツイッターでよく使うやつね。もっとも我が家でツイッターしてるの(できるの)は、いまは家外にいるTくんだけだけどね。「昼食なう」とか「車中なう」とかだよね。

「それが最近は進化(?)して『うぃる』(未来形?)とか『わず』(過去形?)とかいうのがでてきたねん」

なんじゃそれは。

「やろ? ウチは『君たちそれはちがう』っていってるんや。対抗してウチは古文の言葉使てるねん」

あー、それお兄ちゃんがメールで返信くれるとき、よく使ってたっけ。『いと悲し』とか『いみじうひもじければ』とか。さすが兄妹。

「ほんでウチはいま、『まさりがお(を)』っていうのにハマってるねん。『ドヤ顔』ってウチは訳してるんやけどな」

ちなみに『まさりがお』はgoo辞書によると、「まさっているという顔つき。得意そうな顔。自慢顔」ということだそうです。

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2011/5/29

そんなトシくんにダマされて?  テレビ/ラジオ

 いや、ダマされたというよりも、やられちゃったな、というべきか。

 ご存知、西田敏行がゴージャスなキングになりきって歌う『ドリームジャンボ宝くじ』のCM(ユーチューブにリンクを貼りました。60秒バージョンで、いきなり歌がはじまりますのでご注意)があまりにもいい出来なのだ。これが始まると思わず見入ってしまう。文字通り魅入られてしまわざるをえない。Kちゃんも「西田敏行は、すごい迫力やもんな」と感心していた。

 それで先日用事で行った近江八幡で、うっかり耳に入れてしまったのですよね、このCMソングを。ほとんど当たりを出した事もないような、閑散とした宝くじ売り場で、はげしく音割れのするスピーカーで聞いてしまったのだ。

 往路にはまったく宝くじを買う気はなかったのに、復路にはふらふらと窓口に行き、10枚買ってしまった。西田敏行の催眠術にかかったとしか思えない。きっと全国にそんな「トシくんマジック」でうっかり宝くじを買った人たちが大勢居るのでは? そして今回の宝くじ購入率は、大幅アップしているのでは?

 とはいえ、私だって近年ラッキーだった出来事に思い当たるフシはない。もしかすると運をためこんでいるのかも!?と、かすかな期待も。まさにCM企画者の思う壷にハマっている。

 帰宅後、金欠なのに無駄遣い?した私を、心のひろいH氏がなぐさめてくれた。「大丈夫、絶対当たるから。300円」
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2011/5/28

金太郎について  キャラクター

 Kちゃんに「一寸法師」のあらすじを教えてあげた流れで「金太郎」話題になった。

「金太郎が熊にまたがってるのは、乗馬の練習をしていたからやで」と唱歌の知識を駆使して教えてあげると
「それ根本的に間違ってる。熊に乗っても馬の練習にはならへん」という、もっともなご意見を返していただいた。と共に金太郎にまつわるこんな疑問を提出してくれた。

「それよりなんで金太郎は斧持ってるんやろ? 子どもが武器持ってるって、危なすぎ!」
 いえ、オノじゃなくてマサカリなんですが・・・。しかし、これが実は滋賀県にも関わっているふか〜い話に繋がっているとは、知るよしもなかった。意外にも深い問題提起だったのだ!

 家事もすべて終えた深夜に「金太郎」について調査開始。例によってウィキより。

金太郎にはいくつも伝説が存在するが、静岡県駿東郡小山町の金時神社(金太郎が祭られている神社)に記されたものによると、天暦10年(956年)5月に誕生したという。彫物師十兵衛の娘、八重桐(やえぎり)が京にのぼった時、宮中に仕えていた坂田蔵人(くらんど)と結ばれ懐妊した子供とされる。八重桐は故郷に帰り金太郎を産んだが、坂田が亡くなってしまったため、京へ帰らず故郷で育てることにした。

成長した金太郎は足柄山で熊と相撲をとり、母に孝行する元気で優しい子供に育った。

そして天延4年3月21日(976年4月28日)、足柄峠にさしかかった源頼光と出会い、その力量を認められて家来となる。名前も坂田金時(きんとき)と改名し、京にのぼって頼光四天王の一人となる。なお、他には渡辺綱、卜部季武、碓井貞光が四天王に名を連ねる。

永祚2年3月26日(990年4月28日)、丹波の国、大江山(現在京都府福知山市)に住む酒呑童子を退治する。酒呑童子は都に訪れては悪いことをするため、源頼光や四天王たちが山伏姿に身をかえ、神変奇特酒(眠り薬入り酒)を使って退治した。

坂田金時は寛弘8年12月15日(1012年1月11日)、九州の賊を征伐するため築紫(つくし・現在北九州市)へ向かう途中、作州路美作(みまさか)勝田壮(現在の岡山県勝央町)にて重い熱病にかかり死去。享年55だったという。

勝田の人々は公時を慕い、倶利加羅(くりがら、剛勇の意)神社を建てて葬った。その神社は現在、栗柄神社と称する。


 年月日まで記された異様に詳しい記録だが、実のところ彼が実在の人物かどうかも疑わしいようだ。どうやら当時の実在の人物が物語や歌舞伎や浄瑠璃などで脚色され、各地にさまざまな金太郎伝説を生んでいったらしい。

 同じくウィキより、金太郎と近江の地との関わりが記されていた↓

滋賀県長浜市と米原市は、昔は坂田郡であり、坂田金時は坂田郡の人であると伝えている。今も長浜市には足柄神社や芦柄神社が何カ所もあり、子ども相撲が今も連綿と行われている。なお、この地域は古代豪族息長氏の本拠地であり、金時はその一族であるという。王の文字はマサカリの象形文字で、腹掛け姿は鍛冶を象徴することから、いち早く鉄文化を手に入れた豪族というものである。

 昔話に埋め込まれた、いにしえの歴史とでもいおうか。あなどれない、昔話。
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2011/5/27

片道切符はジャックで終点  テレビ/ラジオ

 昨日はKちゃんの定期テスト最終日で、お昼過ぎに帰宅。

 おやつの時間には、台所で家事をしつつラジオを聞いていた私と、例によっておしゃべりの花盛りだ。折しもラジオからはニール・セダカの『恋の片道切符』が流れてきた。
 Kちゃんが「この曲って、有名? なんか聞いた事ある、このメロディー・・・あああ〜でてこーへん〜!! きもちわるい〜!! ほらほら♪♪♪♪た〜んた♪♪♪♪た〜♪」 

 しばらくメロディーラインを繰り返しながら苦悩していたKちゃんが、
 「わかったっ!!」と顔を輝かせた。「これ、あれや! ズン、ズンズン、ズンドコきよし! 『ズンドコ節』や!」

 ええ〜!? 全然ちがうけど。と否定する私に「絶対似てるって!」と言い張るKちゃん。
「じゃあ、一緒に歌ってみたらわかるし。おかーさんは『片道切符』のメロディーやし、Kちゃん『ズンドコ節』のメロディーで歌ってみて。せーの!」

 歌いかけるやいなや、両軍いきなり爆笑して総崩れ。何回かトライするも、結果は一緒。結論が出ないまま、次の話題に流れる。

 ポピュラー歌手のジャックなんたらという人の曲がラジオで流れていたからか、「ジャック」という連想ゲームに移行する。いつものようにKちゃんが口火を切った。

「ウチはジャックてゆーたら、ジャック・バウアーしか知らんな」

「ジャック・スパロウは? 『パイレーツ・オブ・カリビアン』の」
と例によってフツーなことしか言わない私に、Kちゃんは最強(凶?)のジャックを提案してくれた。

「一番有名なジャックは、『ジャック・オ・ランタン』やな!」
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・・・季節外れでスミマセン。

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2011/5/26

餅は餅屋  路上観察

 餅は餅屋、そして瓦は瓦屋。

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 自前のフィールドにて勝負をかける広告づくりの心意気は買うが、惜しむらくはやや地味な点。ある日、ふと気づくまでは素通りする率が高そうだ。

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 がんばれ!! 長谷川瓦店!

(旧・中主町にて。「コメリホームセンター」のななめ向かい)
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2011/5/25

野菜の名前  家事・畑仕事

 久しぶりに「デイリーポータルサイト」をみたら、「野菜の種の名前がおもしろい」という記事に一部ウケてしまったので、それについて。リアル畑仕事とは関係ないけど、「野菜」の話なので、カテゴリは「畑仕事」で。

 ポピュラーで品種の多いダイコンから攻めてみよう。

 『平安早太り時無(へいあんはやぶとりときなし)』は「俵藤太秀郷(たわらのどうたひでさと)」みたいでサムライっぽい。
 『夏のきざし」というポエムなネーミングがあるかと思えば、「甘い大根、葉もおいしい」というコピーの『ホワイトスティック』や「おろしにぴったり」なので、ずばり『おろし』などという、そのまんますぎるネームまである。

 キュウリは『なるなる』とか『シャキット』とか、いかにも名付けに思い入れのない人がつけたであろう、脱力感あふれるテキトーさだ。ナスビの『黒福』とか『飛天長』という漢語的で重厚なネーミングとは雲泥の差である。おまけにキュウリには『さつきみどり』というパクリな名前だってあるのだ。

 西洋野菜のアスパラガスはアメリカン。だが『ウェルカム』とか『メリーワシントン』とか、由来がよくわからない名前だったりする。

 同じ西洋野菜でブロッコリーのフィールドでは、『スティックセニョール』という英語とスペイン語の混合ネームまである。きっと中南米をイメージしているのだろう。ついでながらブロッコリーはアスパラと同じく、地中海原産である。なのに、『エンデバー』や『チャレンジャー』などとスペースシャトルっぽく名付けられているものもある。やはりナゾだ。

 ほかにも、つるなしいんげんの『サクサク王子』(つるがないと王子?)とか、紫紅色のオクラ『ベニー』(たしかにオクラにあるまじきベニ色だが)とか、『瀬戸パラマウント』という壮大な名前のパセリとか。

 パセリといえば、ウィキペディアにあった逸話。

料理の飾りとして使い、あまり食べることがないのは日本人の特色であるらしく、ヨーロッパなどへのパック旅行でレストランに入った観光客たちが皆パセリを残すのを不思議がった従業員が、「日本の宗教にはパセリを食べるな、という戒律があるのか」と添乗員に訊ねたというエピソードがラジオなどで紹介されている。

 
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2011/5/24

好きな風景  季節

 Kちゃんがしばらく前に「いまがウチのいちばん好きな季節や!」といっていたが、まさに私が好きな風景がみられるのも、同じ季節だ。たんぼに空が映る季節。

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 Tくんとは共有できなかった感動が、Kちゃんとは共有できるというのもうれしい。

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 それと気楽に風景写真が撮れるのも、自転車ならでは。雨にも風にも夏の暑さにも負ける私は、今のうちに自転車生活を楽しんどかなきゃ。
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2011/5/23

オトメのポーズ  ファミリー

 いつものことだが、またもや迷い猫がうちにやってきた。もう1ヶ月以上経つだろうか。

 例のごとくH氏は「かわいそうやし、エサやってや」とのたまい、いつのまにかダンボールハウスまで出来ている。文字通り猫かわいがりするお義姉さんが、エサが濡れないように仕組んだのであろう。

 そんな幸運な黒猫がくつろいでいるのをみて、Kちゃんが私に報告してくれた。
「おかーさん、あのネコ、くつろぎ過ぎ! オトメのポーズしてしてるねん!」

 オトメのポーズ!? ムネのあたりで両手を交差させてあごを乗せている、そんな感じだろうか? ネコがオトメのポーズという発想は、Kちゃんにしかできない思考のワープだ。

 私が同じポーズをしたらH氏は「あんたのは、オカメのポーズ」とかいいそうだな。 
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2011/5/22

本末転倒(笑)  ファミリー

 本日は、たぶん皆さまお待ちかねのKちゃん話題です。

 しばらく前の話。Kちゃんと中学時代、部活が一緒だったNちゃんは、ぐーぜんにも同じ塾に通っている。県下のトップ高に通うNちゃんなのでハイレベルなクラスに在籍するのだが、文系少女の常で数学がやや苦手だ。それで数学のクラスだけはふたりは机を並べ、その日は一緒の電車でおしゃべりに打ち興じつつ、ゴキゲンで帰宅するのだ。

 前回の数学の授業を、学校行事の関係でお休みしたNちゃんは、「まえの授業のノートみせて♪」とKちゃんに頼んだ。「まえの授業」は、学校で学習済みの単元だったので、Kちゃんでもらくらくクリアできたくらい易しかったらしい。
 それで「まえの授業、易しかったし、別にノート写さなくても見たらわかるんちがうかな?」と言って、Nちゃんにノートを閲覧させてあげた。

 ところで、その易しかった数学の授業中、Kちゃんは先生の説明のさなかに、何をしていたか? あろうことか先生の似顔絵を描いていたのである!

 Nちゃんはノートに目を通しながらつぶやいた。「ふんふん、簡単やな。ホンマや、これやったら写す必要ないな」
 そしてKちゃんの落書き、もとい似顔絵を発見して驚喜する。「なにこれ!?めっちゃウマいやん! これサイコー! 写真とっとかな!」

 こうして数式や記号ではなく、似顔絵にピントを合わせてケータイで写真を撮ったNちゃんだった。

 
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2011/5/20

宮田さんのホームラン!  読書

 4月から「週刊ブックレビュー」(BSプレミアム)が土日の早朝OR深夜枠に移ってしまい、私には視聴が難しくなった。睡魔には勝てない。しくしく。

 しかし早朝でも深夜でもない時間枠で、ラストチャンスの再放送があるのだ。金曜の正午である。自由人以外には無理な時間帯だが、堅気の専業主婦には可能な時間帯だ。

 ときどき「ブックレビュー」のHPを観て、金曜のスケジュールを決める。今日はぜひ観なきゃ、スタンバイしとかないと。

 とはいえ、なぜ是非みなければいけなかったのか、当日にはすっかり忘れている。ときには2時頃になって「あっ!?」と思い出す事すらあるが、ときすでに遅し。

 本日に関しては、なぜ観るんだったっけ?と訝りつつも、「ブックレビュー視聴の予定あり」ということは、しっかりインプットされていた。おかげで、HPチェック時の「わーい、宮田珠己さんが出演だー!!」という、ミーハーなよろこびをぬかよろこびに変えずに済んだ。すこし遅刻してしまったが、ありがたいことに宮田さんは3番目にメインをはってらしたので、義理(!?)が果たせた。

 今日彼が紹介した本は、矢島新/著「日本の素朴絵」(ピエブックス)。もう、表紙をひとめ見ただけで、「これはっ!!」と身を乗り出してしまうくらいツボにはまってしまった。

 地獄絵図だけど、えんまさんをはじめ地獄の王様たちの表情は、どこかのほほんとしており、まるでテーマパークのように楽しげ。
 別の神社仏閣の絵では、遠近法めちゃくちゃで、ど真ん中に描かれた橋はなんだか子どもの絵のように奇妙だ。
 極めつけは花見のおっさんたちを描く墨絵。たいこ(もしくはちゃわん?)をたたくおっさんのちかくには「たいこ」と記され、酔っぱらって踊るおっさんの上には「おどり」と記入されている。極めつけはよくわからない太線をつけた人影があり、これには「かきそんじ」と(笑)

 じつは素朴絵テーマで、2008年から2009年にかけて東京の松濤美術館にて『素朴美の系譜−江戸から大正・昭和へ』というのが開催されたらしいのだ。わー! それ、見たかったなー!! 遠過ぎるけど。(もちろん遅過ぎるけど)

 番組内でも、自分のお気に入りの絵(ページ)を競い合って紹介したりして、大盛り上がり。ブックレビューのこういう盛り上がり方、つまり共感と笑いの輪が広がって行く、体温高めの空気が大好きだ。ホームランを決めた宮田さんへの好感度が、ますますアップする。今回初めてテレビで拝見したけれど、宮田さんのルックスもね。

 
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2011/5/19

至福の山寺  おでかけ

 そんなこんなの大池寺は、だけど拝観料の不要な外回りものんびりと憩える、リフレッシュできる場所だった。

 H氏がお気に入りの鬼瓦は拝観料必要な場所でみつけたのだが↓
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 オズの国に続いていきそうな石畳の道や、
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 ワイルドな石庭とかは↓
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拝観料を払わなくてもいい場所の物件だけれど、なかなかに私をくつろがせてくれたのだった。

帰り道は、山肌を削り取ったかのような地層の見える山側にうっとりする。
「子どもの時はこういうところで、化石探しにいったな〜」と昔を懐かしむH氏。
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きのうの雨で山肌からしみだした山水が、水滴となって落ちて緑をうるおしているのを見ているだけで、マイナスイオンを浴びているような気持ちになる。

 そして見上げれば、野生の藤の花が↓
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これらを絶え間ないくらいに鳴いているウグイスの声をききつつ眺めるのは、五月晴れの至福のひととき。
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2011/5/18

山寺でゆるキャラに会う。  おでかけ

 甲賀市は東海道五十三次の50番目の宿場である水口。そこにある古刹・大池寺の本堂の隅に、やや場違いなのぼりをみつけた。そこには、小坊主ふたりのキャラクターが描かれている。

 これは一体・・・?とみれば、のぼりには「びわ湖百八霊場」と大書してある。そしてご丁寧にもHallowed ground(霊場)と、英語でも書かれている。もちろん小坊主ふたりの下に彼らの身分および名前が明記されていた。

 彼らの身分は「びわ湖百八霊場公式キャラクター」であり、名前にいたっては「かけるくん」「めぐるくん」という。お寺ネタで笑いを取る漫才コンビのようである。
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 しかし確かに滋賀県内に百八もある霊場なら、「かけめぐら」なくてはなるまい。血液型はAB型、好物はまんじゅうだということになっている。彼らは昨年の10月にできたばかりの、非常に若いキャラであるので、大切に育ててほしいものである。

 ところで「びわ湖百八霊場」とはいかなるものか?

 びわ湖百八霊場は、各宗派の垣根を越えて、数珠つなぎでつながれた琵琶湖一周の霊場である。平成4年に構想され、平成21年に正式に創設された壮大なスケールで展開されたプロジェクトである。すでに御朱印の授与が始まり、全寺院の位置を示すマップも作成されている↓
http://homepage3.nifty.com/mtpeak/tabi/jyunrei/syuin/sonota/biwako_108/biwako_108.html

 霊場の案内に注意書きとして「お願い=発足間もない霊場のため当分の間、各霊場会の状況により寺院名が変更される場合がありますので、ご承知おき下さい」とあるのが不思議。煩悩の数だけお寺をめぐるのだけど、お寺自体、もしくは寺院間の連携に複雑な煩悩があるのかもしれない。

 ともあれ20年がかりの壮大なプロジェクトである。「かけるくん」「めぐるくん」の認知度をあげ、県民はもちろん近畿圏内にてこのプロジェクトを周知されたい。成功を祈る。
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2011/5/17

山寺へいこう  おでかけ

 気持ちよく晴れた先週末、思い立って「大池寺へ行こう! ついでにお豆腐も買って来よう」と甲賀市水口まで、H氏と出かけた。

 大池寺は小堀遠州作の「蓬莱庭園」がある古刹である。

 もともとは天平時代の行基菩薩がこの地に灌漑用の池を掘り、寺をつくったと伝えられている。その後寺は戦国時代の戦乱で焼失し、寺の名前も宗派も変わったが、行基菩薩がつくったといわれている仏像だけは残っていたらしい。
 当時の地頭である織田信長の甥、織田正信が、大池寺再興のため多額の寄進をし、大池寺の開基となった。その後に小堀遠州の庭園がつくられたのだ。

 という場所なのだが、私たちはもちろん寺の沿革になど興味はない。鳴きまくるウグイスの声をききつつ、「つっこみどころ」を探していた。

 まず駐車場で車を降り、山の道を歩き始めるが、柴の垣根に額に入った料理の写真や文字や地図があるので、ついじっくりみてしまう。さほど大きくないので、なんだろうと近づいて読んでしまうのである。もちろんお近くのお料理屋さんの案内だ。
「これ考えたやつ、なんちゅう〜賢いんや!」と感心するH氏。 しかしもちろん金欠の夫婦には、ウマそうな料理の写真も猫に小判である(ちょっと使い方が違うが)

 寺の入口はこんな感じ↓
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 入口左手の松の枝が、どんどん伸びている。
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 枝先からみると、こんな風。
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 拝観所をのぞくとお坊さんがお出ましになって、拝観料をお支払いしパンフをいただき、お坊さんから簡単な説明の後、お寺のガイド映像をみせてもらう。う〜ん・・・えらくビジネスライクで商業施設っぽい匂いがする。

 庭園が観られる奥の院に案内していただき、「300円でお庭を観ながら、お茶を飲んでいただけます」というセールストーク(!?)が、お坊さんらしからなくて、ちょっと可笑しい。お値段は良心的なんだけどね。
 私はお庭のサツキの大刈り込みの花がまだ咲いていなかったことに、少なからずショックを受けていたので、どちらにしてもお茶はパスだ。

 その後お坊さんは、財布の紐が極度に堅い夫婦を放置してくれたので、反対側にある大きな屋根の鬼瓦を論評したり、本堂の釈迦如来像を拝んだり、思い思いに探索したり?した。

 そのあと少し残る話は、また明日に。突如、睡魔が〜!
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2011/5/16

金欠月間、始まる。  おでかけ

 5月は税金が目白押しだ。これに車検が加わったら息も絶え絶えになるところだが、車検のある車を廃車にしたので何とか乗り切った。お兄ちゃんの学費振り込みが終了したので大助かりという部分も大きい。もっとも来年はこうはいかない。

 守銭奴のように来年に向けて「大学受験基金」を創設しなければならないからだ。なのに遠方の美術館にいったり、田口ランディさんの講演とパネルディスカッションがあるというので、京都の東本願寺に、夫婦で出向いたりしている。H氏は当然田口さんではなく、パネリストのひとり藤原新也さん目的。

 大阪での金欠対策としては、よりによって天王寺駅の立ち食い麺どころ(!?)で、おっさんたちに混じっての昼食とした。ものすごい場違い感満載で、H氏より「ツワモノやな〜」と賞賛される。「きっと、となりのおっさんも(場違いなおばさんの乱入に)びびってたで〜」。あながち否定できない。

 京都での対策は皆無(お昼は、奇しくも当時は全くの他人だった夫婦二人ともが、青春時代にさんざんお世話になった東本願寺前の「餃子の王将」だが、ケチケチ昼食とは言えないかも)だが、講演は入場無料だ。

 田口ランディさんの講演は、会場が本堂(正式には御影堂という)というシチュエーション自体面白かったし、お年寄りで足の不自由な方が多い(だろう)という配慮により、畳にも関わらずパイプ椅子が本堂全体に配置された。ありがたや。

 オーディエンスは熱心な真宗門徒のほぼお年寄りの皆さんが半分、おしゃれな若い人たちが半分といったところかな。もちろん若い人たちは、真宗で道を求めるというよりランディさん目的らしいのだが。

 講演の内容は、田口ランディさんの著書『宙返りの練習』(東本願寺出版)にあったお父さんを看取った話。実は事前に予習していきました。
 どこまでも素直で正直な文章は、あのひとだから書けるんだ〜というのがよくわかり、大いに納得。文章と人がこれほど一致するのって、珍しいんじゃないかな。

 ところで彼女がとても小柄なので、H氏が「ちっちゃいひとやな〜!!」と、本気でびっくりしていたのが可笑しい。「あんた(ツマこと私のこと)とかわらへんやん!」

 講演後のシンポジウムは、かなり残念な感じで始終していた。
 ちなみにパネリストは、講演者の田口さんとホリスティック医学を提唱する帯津良一氏(帯津三敬病院名誉院長)、それにエッセイも書かれる藤原新也氏(写真家)司会進行をつとめる本願寺系大学の教授であるコーディネーターの方。話がかみあわないので、話題が四方八方にへいってしまう。

 終了10分前くらいに田口ランディさんが、(話題を力一杯へし折ったりした責任上? でも彼女の「へし折りたかった」気持ちはとってもわかる)絶妙な落としどころに話を持って行ってくれたので、これでコーディネーターは救われる!とほっとした。なのに、なぜかコーディネーター氏は敵(!?)に送ってもらった塩をスルーしてしまい、残念なまま終了してしまった。あの絶妙な玉をキャッチさえできれば、真宗まで行かなくても、仏教的な話で落とせたのにな〜。惜しい! 

 絶妙な落としどころとは、ブッダが説いた「中道を歩め」ということなんだけど。もっとも田口さんに言わせれば、中道を歩むのはよほど修行を積んだひとだけができる超絶技巧らしいので、普通のひとには難しいとのこと。

 私も最近よくふと「中道」のことは考えたりするので、なんだかはっとしてしまった。もちろん実践はできないけど、そういう生き方があると知っているだけでも、少しは救われる気分になるから。
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