2011/7/31

マンホール愛好家を発見  おしごと

 昨日の仕事はまさに一期一会だったが、担当者さんには本当に恵まれた。

 駅で担当者Mさんと他の仕事人の方と待ち合わせて、現地にタクシーで乗り合わせていった。Mさんは大変紳士的で、よく気がつき、穏やかでさわやかなおじさんだ。(おじさん、といっても、私より年下かもしれない)
 で現地に到着早々Mさんが何をしたかというと、鳥居近くの地面にピントを合わせて写真を撮っていたのだ。

 ピンときた。

 彼はマンホール愛好家だ! 観光地のマンホールの写真を撮っているのだ。この時点で私は、Mさんはもう絶対いいひとに違いない、と確信した。

 私たちが仕事をしている間も、彼は3人の女子たちをぐるぐると訪れて、回答用紙を回収したり、困ったことが無いか、体調は大丈夫か、レールを逸していないかチェックしてくれていた。

 たとえ彼からNGなチェックが入っても、あくまで穏やかに指摘されるので、非常に反省はするがへこむことはない。そのへんはプロフェッショナルだ。

 お昼前に彼が来たとき雨が降ってきたので、少し歓談してみた。丁度目の前に桜と算盤の、いかにも近江八幡らしいデザインのマンホールがあったので、話題を振ってみたら、やはりマンホール愛好家だった。

「大阪に松原というところがあるんですが、松の絵とバラの絵が描いてあるんですよ〜。しゃれてるでしょう?」
「さすが大阪ですねぇ。ところで草津に中山道と東海道の交差地点があって、そこのマンホールは必見ですよ。色付きだし」
「へええ、それは知らなかった。見てみたいですね。ところで市役所の近くのマンホールって、色付きでカラフルなんです。また機会があったら見てください」

と、マンホール話題で盛り上がった。サブカルとか雑学が、コミュニケーションの役に立つことを知る。もっともそんな機会はめったにないけどね(そういう人に会う機会が、案外ないから)。 

 ということで、昨日は一日、実に気持ちよく仕事ができた。やはり仕事において「人」というファクターは大事だと痛感する。

追記:一日経って読み直して気がつきました。ごめんなさい、訂正します。「マンホール愛好家」ではなく、「マンホールのフタ愛好家」でした。とはいえ、まわりくどいので、本文は訂正しません。お手数ですが「マンホール(のフタ)愛好家」と変換してお読みください。
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2011/7/30

日雇いワーカー  おしごと

 おとといハローワークでお仕事の物色をして、これはどうか?というのがあり、でもこの部分の条件はちょっとムリなので、そこをなんとかできますか?という問い合わせの結果、やはり却下されてしまった。当然だろう。

 ハローワークの相談待ちは、ご存知のように長時間にわたる。そこで読書ができるので苦にはならないが、週一で出ている求人情報を見るのも、意外なほど面白い。

 何週間か前に「牧人」を募集していた。「牧人」である!! 牧場で牛や馬の世話をする人だ。早朝からの勤務である。

 考えてみれば滋賀県にもちいさな牧場はあちこちにあるので、そう驚くにはあたらない。牛乳配達なら驚かないのに、意外にそういう求人を見たことは無い。たぶん身内でまかなうか、需要自体が激減したのだろう。

 そんな待ち時間に求人情報をみていたら、一日だけのお仕事をみつけた。却下された仕事の穴埋め(!?)として、相談員さんに問い合わせてもらうと、二日後が勤務日なのに、まだ空きがあるという。日当もいいので応募してみることにした。翌日必着するよう履歴書などを書き、郵便局で速達便にしてもらう。とはいえ、「あやしい会社だったらどうしよう(わくわく)」と、スリルとサスペンスでいっぱいでもあった。

 翌日、履歴書が届くと同時くらいに(つまり午前中に)、大阪の担当者さまからお電話をいただき、面接無しで(している時間がないし!)採用決定。待ち合わせ時間やカンタンな段取り、持ち物などを的確かつ端的に教えていただく。ちなみに担当者さまは、ものすごく感じのいい、声やしゃべりが男前の紳士だった。

 でも待ち合わせ場所にくる担当の方は、また別の人なので油断はできない。と思ったら、予想に反して(!!)とんでもなくいい人だった。仕事は観光地でのアンケート調査。仕事人は女子3名(といっても若い人は1名)。職場は八幡堀界隈。

 予想以上に、久しぶりに見知らぬ人とお話するのは楽しかった。その場限りというのもあって、なにかを完璧にするというプレッシャーがなかったことも勝因(いや勝ち負けは関係ないが)だったのかも。記憶力も必要なかったし(笑)

 しかしまさか署名活動の経験が、こういうところで生きるとは思いもよらず。断られるのが当たり前、こころよく受けてくだされば「ありがたや!」の前提でアタックする。しかも署名と違って個人情報ではないこともあり、すんなり応えてくださる方が多く、感激。もしかしたら震災以降、日本人はオープンマインドになり、前より優しくなったのかもしれない、と思えるほど。

 もちろん3人に2人くらいは、なにしろ貴重な旅の時間なので、当然お断りされるのだけど、それだからこそ気安く応えてくださる方には、感謝感激雨あられだ。
 
 仕事の間中、トイレに行くことも無いほど汗だくになり、足は棒で「いかにも働いた」感満載だ。くたくただけど、満足。
 う〜ん、やっぱり人間相手の商売は面白い。
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2011/7/29

牛テールの思い出  本・書店・出版

 各方面から牛肉は買い控えるようアラームが響いているのに、なんとテールを買ってしまった。牛のシッポの衝動買い。けちけちと、一番小さいのだけど。

 テールスープ、というものがこの世にあるということを、私は今はなき近江八幡のイシオカ書店の、故・奥村店長の日記で知った。ものすごく美味しそうなレシピとともに。

 あまりにもその文章が美味しそうだったので、8年か9年前だったかの夏、ちょっと高級なお肉屋さんでテールスープ(すでにスープの状態になっていた)を買った。うーん、でもそれが「おいしかった」という記憶はないなあ。やっぱり自分で作ってみないとダメなのかも。

 実を言うともうそのレシピは忘れてしまった。だから結局作るのはカレーかな。

 食の安全よりも思い出を優先してしまった。イシオカ書店と店長(日記)の思い出は、それほどまでに私にとって鮮烈だ。牛テールを見た時もそうだったが、養老山麓サイダーをみつけても、ナンシー関の消しゴム版画集を手にとっても、はなくまゆうさくの絵本『ムンバ星人いただきます』の背表紙をみても、くらくらするくらいの思い出に圧倒される。

 夏が来ると思い出す。吸い込まれるようなきれいな青空と、汗だくの喪服と、はじめての教会でのお葬式と、百合の花と。
 
 やっぱり私には本つながりの人は、かけがえがないのだ、ということを思い知る。どんなに仕事が忙しくて幽霊会員になっても、読書会を辞められないように。

 もっともイシオカ書店は特別すぎた。まさに空前絶後の本屋さん。マニアックに極めてるようで、ちゃんと客の方も見て、意識的に「たずな」を緩めている部分もあった。タイトさとゆるさがバランスよく共存していた。毎日行っても背表紙を眺めるだけで、楽しい本屋さんだった。

 奥村店長が逝ってしまってから、もう何年にもなるけれど、「ああ、こんな本がでたんなら、読みたかっただろうなあ」と思うこともしばしばだ。

 そんなことを今日書いてしまったのは、「いなくなった人の分も、いま生きている人が生きてあげなければ。」という落合恵子さんの文章を読んだからだろう。
 マイペースでもゆるゆるでも、「いなくなったひとたち」をしょいながら、どっこいしょっと生きていこう。
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2011/7/28

『A3』とあの時代。  読書

 ということで、たかだか30分ていどの「おでかけ」の話を、5日間に渡って繰り広げてしまった。

 ところでこの「近江商人屋敷」の3館共通チケットは600円だった。これがお買い得でなくてなんであろうか。30分の駆け足で見て、これだけの収穫があったのだ。時間を気にせずじっくりたっぷりと見学できれば、きっと笑いがとまらないくらい「もうかった」感があるだろう。

 話は変わって、本日の話題。

 現在進行形で読んでいる森達也さんの『A3』が、講談社ノンフィクション賞を受賞した。しごく当然という思い(本当に面白いから。すばらしい取材!)と、よくも選ばれた(オウムとか麻原彰晃に関しての事実は黙殺されがち)という感慨と。講談社と賞の選考委員に、まず拍手。

 地下鉄サリン事件以降の日本の変化を、(特に小泉政権時代、憤慨や恐怖によって)どきどきしながら、ほぼなすすべもなく悔しい思いで見ていたことを思い出した。それから村上春樹さんが『アンダーグラウンド』や『約束された場所で』など(エッセイや対談とかも)を書いてくれたので、オウムのことは考え続けないといけない、と心に焼き付けたこととか。

 事件の頃には、まだ女性誌『CREA』は読みどころ満載で、ナンシー関と大月隆寛の対談が掲載されていた。鮮烈な記憶として残っているのが大月隆寛が破防法を是としていたのに対し、ナンシー関が「それはやばいんじゃないすか?」と頑としていたのが忘れられない。

 だってオウムが、化学兵器のテロが、麻原が、と畳み掛ける大月隆寛にも、彼女は破防法は非と譲らなかった。私にとっての「ぶれない人」というのは、小泉元首相ではなく、ナンシー関だね。永遠に。

 森達也さんの何ものにも惑わせられないまっすぐな視点や、自信なげで小心な筆致で、でもあくまで正直なこころには、いつもびっくりさせられる。

 『A3』は「麻原彰晃とは、どんな人間だったのか?」という追求と、地下鉄サリン事件以降の日本の変容ぶりを危惧する様に、どきどき。まだまだ残り半分以上あるけれど、これはたしかにオススメ。

 私がまだ仕事をしていた頃、図書館の本棚で『A3』をみつけて「これは絶対読まなくちゃ!」と当たりをつけていたけれど、まさかこのタイミング(私が図書館で借りている最中)で賞を取るとは。予約が付く前に読了しなくちゃ。
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2011/7/27

中江準五郎邸  おでかけ

 30分で近江商人屋敷を3館巡ることにしたが、残り時間も少なくなってきた。あと10分で残る中江準五郎邸をクリアしなければ。

 東近江市の観光協会のHPより、中江準五郎邸について引用すると

 昭和初期、朝鮮半島や中国で三中井百貨店を築いた中江家4兄弟の末弟の準五郎の本宅。明治38年(1905)、朝鮮大邱に三中井呉服店を創業し、昭和9年(1934)に株式会社三中井百貨店となる。戦前まで、本宅を金堂に置き、朝鮮半島・中国で約20店舗を経営した。蔵の中には五個荘が生んだ郷土玩具・小幡人形と全国の土人形を多数展示紹介している。

 そんな追い込まれた状況なのに、中江準五郎邸までの道の途中で、船板をリサイクルした素敵土蔵に感心したりして、まったり歩いたので、屋敷に到着した時には、残り時間5分! 

 エッジがないから、いくぶんみはらしがきく。よく考えられている↓
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 ソフトな「なまこ壁」だー↓
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 古い船板を貼った壁。経済的でもあり、リサイクルでもあり、丈夫で長持ちの建材。さすが近江商人↓
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出てきた管理人のおじさんが、ちょっと困った顔で、「急いで見てくださいね」とのたまう。表情を翻訳すれば「ちっ、なんで片付け間近の時間にくるんやろ。わし、はよ片付けて家帰って、ちべたいビール飲みたいねん!」というところか。
 わかるよ〜! 急ぎます!

 大急ぎでみたので、写真はないし記憶も薄い。そんな中、蔵の中で2分足らずでみた土人形のインパクトは、ひときわ大きい。

 土人形は郷土が誇る素朴で愛すべき人形だ。たびたび年賀状の切手の図案にもなっている誉れ高い郷土の誇りだ。

 とはいえ、「素朴な」とか「愛すべき」といった形容詞があてはめにくいものも、なかにはあった。いや、「あてはめにくい」というのは、わかりにくい表現だ。上層のえらいひとたちが発表するような表現はやめにしよう。はっきりいう。「それはどうか?」、いやいやもっと、「いったい、どうしたのか?」「過去になにがあったのか!?」というくらいに「素朴」とも「愛すべき」ともかけ離れている。
 これら逸脱した土人形たちは、土人形界では、「どーかしてるぜ!」なとんまなまつり「とんまつり」とか、もらって嫌がられる土産物「いやげもの」といったカテゴリーに分類され、たぶんアウトサイダー度レベル8くらいだろう。

 ということで、写真は名付けて「たぶん金太郎」↓

クリックすると元のサイズで表示しますどうでしょうか。この不穏な目つき。そして金太郎の重みに耐えかね、憤死寸前の形相で無言の抗議をする熊(たぶん)。なんだか金太郎=宇宙人説すら出現して「ムー」に投稿されそうだ。誰もみたことのない、イメージしたことすらない金太郎。バックに控える馬さえも、目を逸らす出来映えだ。 

 さらに彼の両側にいるひとたちがまた、「たぶん金太郎」の禍々しさを一生懸命中和すべく、ファンキーに振る舞っているが、あろうことか、逆に「たぶん金太郎」の禍々しさを際立たせている。目で見るブラックユーモアである。

クリックすると元のサイズで表示します左隣の龍くん。クリックすると元のサイズで表示します右隣のベコくん。彼らが集合すると、中和どころか「たぶん金太郎」のインパクトが倍増される、ほらね↓

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 それでも「たぶん金太郎」はサイズ的に小さかった。お土産物として持って帰るのに邪魔にならないサイズだ。大量な「福助でこ人形」などをざっと見て、出口付近で、さらに圧倒される物件に出くわした。サイズは、古い商家の招き猫くらいの大きさだ。両手でかかえなければなるまい。

 これだ↓
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 名付けて、「たぶん招き猫」。

 こやつは、ナニをまねいてくるのやら?
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2011/7/26

外村宇兵衛邸  おでかけ

 吉田兼好は、徒然草の中で「家のつくりようは夏をもって旨とすべし」と著している。「夏のしつらえ展」は、まさにいにしえからの知恵の集積である、和の生活空間の有り様を提示していた。

 風が麻暖簾をくぐって畳を抜けて行き、なんともさわやか。古民家なので、家の中は少しばかり自然にひんやりとしている。クリックすると元のサイズで表示します

 そして懐かしの蚊帳。思わず気持ちはお昼寝モードに。
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 面白い百面相の衝立があった。とはいえ、夜に見たらコワそう。
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 こちらも二階からお庭と路地が望める。
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 昔のお屋敷では、夏になると襖や障子を取り払って、部屋を広々とさせ、風が吹き抜ける道を作ったようだ。京都の旧家では、夏仕様で建具をよしずのものに替えるらしいし。
 プライバシーを尊重して部屋を作ってきたけれど、夏は開放的に、オープンマインドにいく方がいいのかもしれない。

 お庭の緑効果も抜群だ。目にも涼しく、実際樹々を通り抜ける風は、心持ちひんやり感がある。お庭を新たにつくるのは無理だけど、観葉植物をセレクトして、クールな演出くらいはできるかもしれない。苔玉とか、はかなげなシダ類の忍とかを吊るすのもいいかも。

 木桶に水を張り、夏野菜を冷やす演出も、小憎らしかった。やはり夏に水を使う演出は効果的。これは現代でも応用できそうだ。

 クロス類も、麻やちぢみやクレープ素材などを見ると、やはりすゞやかな気分になる。実は麻は大好きなので、家にもひとつだけ近江上布の暖簾がある。

 「夏のしつらえ展」は、体感的(視覚、聴覚、感触)な涼しさを参考にできる大成功な企画だった。情緒的な和の夏対策とでもいおうか。おまけにレトロ感あふれる懐かしさだ。若い人たちには、逆に新鮮な魅力に満ちたものかもしれない。
 目を皿のようにして見つめたり、貪欲に知識を吸収するのでなく、ぼーっとこの空間を体感する。それだけで充分満足できる、希有な企画展。いいです。
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2011/7/25

外村繁邸 後半  おでかけ

 お庭に出て、ふたたびH氏が例のタヌキの置きモノを、グラビア写真を撮るカメラマンのようにバシャバシャしていたら、どこからか涼やかな風鈴の音が。

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 見上げると母屋の2階で、のんびりと風鈴が回っていた。あ、2階を見るのを忘れていた! あわてて外村繁邸内に戻り、旧家らしい勾配のある階段を上がる。

 先程の土蔵が二階の窓からみえる。

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 どうして旧家の二階って、こうも落ち着いてくつろげるんだろうな〜。まるで昔の時間のように、ゆったりと時がうつろう気がする。ノスタルジーにどっぷりという部分が大きいんだろうけれど、まるでトトロの世界にいるようだ。愛知万博にあった「さつきとメイの家」に行かずとも、こういう旧家で充分トトロ気分だ。

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 低い柵付きの廊下。好きなアイテムだけど、ちいさなお子様と住むには不向き。お部屋からみたところ。吹き抜ける風が心地いい!

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 二階に上がったら、最初は廊下。ここから風鈴の間へ。

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 灯りのシェードが、レトロでかわいい! しかも廊下側は、アーチの障子!

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 奥の部屋は同じシェードだけど、天井は網代に編んである! 素敵すぎる!

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 左側には、祇園の芸妓さん(舞妓さんかも)のうちわ。右側の一番下の桔梗のうちわには、見覚えがあったりする。子どもの頃に家にあった記憶が甦る。足踏みミシンとともに。

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 お庭越しに路地を垣間みると、(写真ではわかりにくいけれど)赤い郵便ポストが郷愁をかき立てる。

 階下に戻り、施設の説明をしてくださった上品な老紳士に、H氏が庭のタヌキを絶賛するも、いまひとつタヌキの素晴らしさは通じなかった模様。「いや、もっとほかに、感心する所はあるのでは」という、とまどいやためらいが、老紳士の表情に滲んでいたのを、私は見逃さなかった。あなたのためらいは、もっともですよ。

 子ども時代にタイムスリップしたような、うっとりとした気持ちのまま、外村宇兵衛邸へと向かう。H氏は、すっかりタヌキに気を良くして上機嫌。
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2011/7/24

外村繁邸 前半  おでかけ

 日差しは強いけど風はすゞやかな、夕暮れに近づく時間、昭和の初めから中頃まで執筆活動を続けていた郷土の作家、外村繁の生家に到着する。

 門をくぐると川の水を取り入れた川戸と呼ばれる水屋が↓
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 打ち水をされた石畳が、「おいでやす」とばかりに迎えてくれる↓
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 掃除用の大ウチワ。H氏に「おもしろいっ!!」と大ウケ。
 畳を叩いたときの埃をこの大うちわで吹き飛ばすらしい。そのとき、「遠仁者疎道(おにわそと)」・「富久者有智(ふくわうち)」と唱えながら掃除をしたそう。扇子もウチワも縁起物で、福を家に招き入れるものなのだとか。
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 このタイプの書斎(勉強部屋)は、昔から私の憧れだった。
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 中学生の夏休みに自分の勉強部屋があるにも関わらず、「避暑地へ引っ越し!」と、お寺の本堂の隣の、床の間付きで前庭のある部屋で寝起きし、勉強(??)とラジオ三昧をしていた。
 こんな机に座布団で勉強していると、明治の作家みたい!と陶酔していたっけ。東向きで涼しかったが、虫と湿気がひどい上、夏の終わりには昼夜の気温差が激しく、ひどい風邪を引き込んだりもした。夏休み終了後、しばらくして撤退。避暑地だしね。
 それでも翌年にはまた凝りもせず避暑地へ引っ越したんだけど。ああ懐かしい。

 階段箪笥を上がる蔵の2階(=屋根裏)は、物置になっている。きちんと整理されているし、照明が明るいから、なんともおもわないけれど、本来はもっと暗くて埃っぽいので、乱歩っぽいおどろおどろしさがあるべき場所だ。
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 階下に戻るとお庭に奇妙な佇まいのものが! 
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 H氏に教えてあげると、年に一度あるかというくらいの喜び様。あんまり気に入ったので、いろんな角度から写真をとりまくる。自分のMixiのフォトにするのかも(笑)
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2011/7/23

五個荘近江商人屋敷  おでかけ

 五個荘の近江商人屋敷にて開催されている「夏のしつらえ展」に、H氏と出かけてみた。午前中はお中元を届けたり、壊れて不自由している冷蔵庫を買いに行ったりしたので、出発は3時。すこし寄り道したりもして、4時ごろ到着したので、閉館4時半までの30分で近江商人屋敷3館を巡る。

 あわただしいかな?と思ったけれど、意外にまったりした時間を過ごせたのは、懐かしくゆったりとしたお屋敷の居心地のよさと、展示物などの面白さに盛り上がってしまったから。ほんとに久しぶりに「夫婦で楽しんだ」気分。

 五個荘近江商人屋敷(外村繁邸・外村宇兵衛邸・中江準五郎邸)は、それぞれに楽しめたけれど、今回の「夏のしつらえ」として、外村繁邸ではレトロなうちわ・扇子展を、外村宇兵衛邸では麻のれんや蚊帳、風鈴や夏布団など昔の夏の暮らしの知恵を見ることができた。ゆったり涼しげな気分を満喫でき、なんだか夏休みに親戚の家へ遊びにきたようなわくわく感と懐かしさに浸れた。
 中江準五郎邸では素朴な郷土の土人形を、おなかいっぱい見ることが出来た。

 それらについては、明日からおいおいアップしていきますので、お楽しみに。本日はこれまで。
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2011/7/22

農耕民族な日々  季節

 春から初夏にかけて、大切に育ててきた地植えの百日草が次々と花を咲かせている。いろんなタイプの花が咲くので、たいへん楽しい。

 トップの花を切り花にしても、下に枝分かれして次々に咲いてくるので、とてもお得感がある。

 しかもある程度成長したら、雑草に負けない強靭な植物だ。エノコロ草にもミントにも負けず、心強い。ダリアは植え替えたわずか1日で、跡形も無くなり愕然とした。なにかの虫に食われてしまったようだが、それにしてもあんなに忽然となくなるなんて、マジックのようだ。桔梗も全滅した。
 
 地植えのダリアは全滅だが、ポットやプランターのものは無事なので、そちらを期待したい。が、なかなか成長しないのが悩みのタネ。

 バックには背の高くなりそうな、そして百日草にも負けないくらい強靭なコスモスを植えたので、さほど手を入れなくても「お花畑エリア」をキープしてくれそう。

 そうそう、アサガオはずいぶん蔓をのばしてくれて、葉も足下は茂っている状態。「緑のカーテン」にはまだ遠い道のりだが、この涼しい日々のあいだに、頑張って欲しいものだ。

 サトイモは、毎日芋虫および卵チェックをしている甲斐があって、順調に葉を増やし大きくしている。先日の台風で、いくつかの葉はダメになったが、株自体は健在なのでさほどの被害ではない。

 という日々を送って、今さらながら、私は農耕民族なのだと痛感する。地道な作業が苦にならない。植物愛もいっそう高まった。惜しむらくは、体力がないこと。それさえあれば、職業/農婦といえるのになあ。

 一方、H氏は完璧な狩猟民族であるが、瞬発的な農作業にチカラを発揮するひとである。

 水と油、いやいや、意外にわれなべにとじぶたな夫婦なのかもしれない。つうといえば与ひょうという、絶望的に息の合わない夫婦でもあるのだが。
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2011/7/21

しらないまちを歩いてみたい。  路上観察

 Kちゃんの学校の個人面談で、京都へ。

 彼女の学校の周辺は、お寺が集合しているあたりには入学前に一度行ったことがあるくらいで、それ以外は不案内だ。彼女が在学して1年以上たったのに、それは勿体ない気がしていた。

 そんなこともあり、盛り上がった(!?)面談で気分が高揚していたことも手伝い、京都駅まで歩こう!と思い立った。一駅なので、歩けないはずはない。不案内だから当てずっぽうで、いつもと反対方向に歩き出した。

 大通りに出る角の店先で、ウナギを焼きウチワであおぎ、呼び込みをしているおじさんがいた。ものすごくいいにおいによろめきそうになるも、ちょっとお値段的に難しくて諦める。しかし、こんな風景は、テレビや漫画ではよく知っているのに、実物をみたのは始めて。すごく得した気分だ。歩いてみてよかった!

 大通りに出てそのまま行けば、良く知っている通りには出るが、かなり大回りになってしまう。もっとショートカットができるはず!と、裸の大将を見習い線路に沿っていくことにした。

 住宅が並ぶ細い道を歩くと、とある一軒の庭先に、えらくかわいらしいものを発見。思わず見入ってしまう。

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 ドラえもんとピカチュウのツーショットはありえそうな気がするけれど、そこにオバQが加わると、がぜんシュールだ。私の知らないうちに、リバイバルしているのだろうか、オバケのQ太郎?

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↑私のいっとう好きなカルテット。このオリジナリティに脱帽。

 そしてこれらの作品群が、「子どもの作品を見せびらかしている」のではなく、空き缶(等)リサイクル作品づくりの普及を目指すデモンストレーションであることを、江戸時代の御触書のような看板で知ることになる↓
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クリックすると元のサイズで表示します「あなたも あきかんで なにかつくってください すきなように」

 オバQがいたナゾが、とけた気がした。

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2011/7/20

たいふういっか  季節

 久しぶりの台風で、風の音に眠りを妨げられる2夜を過ごした。

 それでもとりあえず、本日の午前中で警報は解除された。Kちゃんは、学校が休校になり上機嫌だ。午前中に勉強をして、久しぶりにランチにお出かけしたり、ブックオフで漫画を買ったり(『荒川アンダー・ザ・ブリッジ』数巻)。

 私は来月の頭に、唐突に彼女と金沢にいくことになり、午前中は宿や切符の手配などで費やした。まったくの物見遊山ではないのだけれど、久しぶりの遠出の予定にわくわく。
 蒸し暑くて、ときおり強い風が吹くけれど、降って湧いた楽しい予定に、おもいきり心がリフレッシュする。

 彼女と一緒にでかけたブックオフのクジ引きで、当たりを出しまくってオオヨロコビ。

 台風一過で、ちょっと心の風向きも変わったかも? 

 「たいふういっか」を漢字に直しなさい、という問題がでたら、「台風一家」って書く子どもは多いだろうなあ。

 どんな家族なんだろう?

 逆に、「台風一家の4コマ漫画を描き、その家族構成とそれぞれのキャラクターを述べよ」という問題とかつくって、回収した回答を閲覧するのはおもしろいだろうなあ♪
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2011/7/19

シャッフル  お買い物

 震災からこっち、というより原発事故からこっち、ほぼすべての主婦は、スーパーに行くのが憂鬱になったのではないか。だって何を買ったらいいのか、まったくわからないんだもの。

 というか、もう腹をくくるしかないのだろうか。今後は放射能と共存して生きて行かなければならないのだと。

 少なくともこれから人生が始まる、といってよいKちゃんは「うちらは放射能と一緒に生きて行かないとあかんし、今のうちになれておかんと」と4月の時点で宣言していた。いや、もちろん慣れるもんじゃないんだけどね。絶望感が大きすぎるのだ。

 「食の安全」に関していえば、放射能だけじゃないし。産廃で汚染された土壌、工業廃水で汚染された水、遺伝子組み換え、病原菌が付着した肉、まっとうでないエサを与えられていた動物たちの肉、保存料や添加物や着色料、残留農薬とかもあるし、そもそも水がどうか?ってこともある。結婚する前からげんなりし続けてきたな、考えてみれば。

 4人にひとりがガンになります、といっていたのが、いつのまにか2人にひとり、と跳ね上がったりしていたんだけど。それ知った時は、びっくりしたよ。あんまり増加のスピードが早かったので。

 原発だけじゃない。いろいろと知らないうちに、あるいはどさくさに紛れてこっそり決まったりしている。もしくは、あまりお知らせしたくないことは、なるべく小さな小さなアナウンスで「ちゃんと国民のみなさまにはおしらせしましたからね」と、言い訳できるようにしたりとか。
「それ、地デジのお知らせより大事やろ〜!?」というようなことを、後で知って「ええ〜〜っ!?」ていうようなことも、けっこうあったりする。

 建築家ヴォーリズ氏の妻で、近江兄弟社学園の創立者、一柳満喜子先生は
「よく見る目、よく聞く耳、よく考える頭 よく働く手足」というのを教育目標に掲げてらした。いまほど痛切に、この言葉の重大さを感じ入ったことはない。

 それにしても「安心」とか「信用」とかいえばいうほどウソっぽい。そういえば『原子力安全白書』っていうのがあって、「なぜ『原子力白書』じゃないんだろう?」ってずっと不思議だったっけ。やっと今年わかったよ。

 最近、ますますスーパーで憂鬱になる事態が発生した。野菜売場の産地表示が関東/東北圏産と滋賀県産が抱き合わせに記入されているのだ。もしくは関東から九州にかけての産地が5〜6カ所羅列してあったりとか。

 事態は収束に向かうどころか、ますます混乱の度合いを深めているのかも。世間とは裏腹に、ぜんぜん浮かれ気分になれないあまのじゃくでごめんなさい。 
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2011/7/18

昭和レトロ  お買い物

 もう10日以上前の話になってしまい恐縮だけど、それはすてきな小さいお店、『クレバービル』に行った。

 ユースドグッズのお店で、お洋服から雑貨まで、あれもこれも素敵なのは、かわいいもの、ロマンチックな物のテイストが、きらっとしゃんとオトナだからかもしれない。しかもお値段はお手頃。

 お店をひとりで切り盛りしているK子さんがまた、それはおしゃれで、楽しい気持ちのよい方なのだ。めいっぱい楽しみながらも、真摯にまっすぐ人生に向き合う姿勢も。実は密かに心打たれたりしている。
 何を買うというあてもなく、わざわざ出向いたのは、店主のK子さんと少しおしゃべりしたかったのかもしれない。

 K子さんは驚異的にセンスのいい方なので、小さなスペースに大量のモノがあるのに、ごちゃごちゃ感がなく、ひとつの不思議な世界を作っている。ちょっとした結界である。

 なんとなく気持ちが行き詰まったり、八方ふさがりを打破したいとき、私は『クレバービル』の扉をひらく。とくになんら解決を見るわけではないけれど、素敵なモノたちに囲まれ、K子さんとおしゃべりしているだけで、なにか晴れ晴れと帰路につくことが出来る気がする。

 その日も、彼女とひとしきりおしゃべりした後で店内を物色(!)して、久しぶりに恋に落ちる。こころをわしづかみにされたのは、カップ&ソーサーの5客セットだ。

 でも値札がない!? どうしても気になるので、お値段をきいてみたら、
「あー!! それ!! 今日入ったばっかりなんです〜!」と、とってもうれしそうな返答が返ってきた。彼女も買い付けただけあった、当然お気に入りなのだ。(たぶん彼女は自分が気に入るものしか買い付けないような気がする。そういう点は妥協しない人だと思う)

 雰囲気は懐かしいのに、モダンな形。渋い色と模様。もう買うしかないだろう。

 ということで、近頃私の寵愛を一身に受けているカップ&ソーサー↓ 

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 薄くてはかなげな風情もまた、なんともいとおしい。

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 メーカーは SWALLOW (SONE)。たぶん60年代〜70年代のものなので、私の子ども時代とリンクし、昭和レトロな琴線に響いたのだろうと思われる。
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2011/7/17

桑田のドコモCM  

 カップ&ソーサーの話の続きを書くはずだったけど、期間限定のCMネタを発見したので、先にこちらを。続きはまた次回に。

 スマートフォン役で出演している桑田圭祐の、ドコモのCMはみなさんご存知のことと思う。思わず見入ってしまう秀逸なCMだ。

 午前中に何気なくネットを流していたら、衝撃の記事にぶちあたった。このドコモのCMのロケ地が、なんと滋賀県の近江八幡市で、しかも子どもたちの通っていた学校の近所らしいとか。戸外は北の庄、円山あたり。

 そしてお店のシーンは、なんと、何度かKちゃんと一緒に、うどんやカレーライスを食べた「初雪食堂」だったなんて!!! 

 お昼のかきいれ時の雑然とした大衆食堂らしさは影をひそめ、お昼と夕方のなかば、のどかな人気の無いときには、昭和レトロ感が、ああも漂う風情になるとは!

 「初雪食堂」、侮りがたし。レトロついでに、40年前のように、アイスの冷蔵庫や、びんラムネも置いてほしいなあ〜。日曜ごとのバスでの図書館通いをしていたとき、バスターミナルの発着点だった元八幡の向かいにある「初雪食堂」には、ずいぶんお世話になった。

 小学生の女子がきつねうどんを注文するのにも不審がらず、普通に親切に対応してくださった。今から思えば、充分すぎるほど不審な小学生だったのに。日曜の午後の、リピーターとしてハラペコのときにはうどんを、夏には森永のカップアイスやラムネを買っていたのだ。

 昔から好きなお店が、密かな全国区になっていて、素直にうれしい。 

 ネット上ではドコモのCMのロケ地として、話題になっているし、桑田自身も、たいへん近江八幡がお気に入りの模様で、自身のラジオ番組で絶賛されていたとか。水戸黄門などの時代劇ロケだけでなく、最先端商品のCMロケ地にまでなるなんて。近江八幡の地が持つ懐の深さに、やっと時代が追いついたのかも。感無量である。風景的には、ほんとにいいところなんですよね、滋賀県は。
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