2011/8/22

愛国心って?  

 ひさびさに、本当に久々に、内田樹先生のブログ記事に共感。(彼のブログ自体の更新もすっかり久々なんだけどね)
 
 記事は「大阪維新の会が教育基本条例の素案をまとめた」ことについての批判と意見だ。以下に少し引用↓

私が経験的に知っているのは、「愛国心」とか「郷土愛」ということをうるさく言う人間に、同胞や同郷者に対する寛大さや愛情の深さできわだつ人間を見たことがない、ということである。
彼らはむしろ「愛国心のない人間」や「郷土愛を欠いた人間」をあぶり出して、彼らを攻撃し、排除することの方に興味がある。


 「愛国心」についてうるさく言う人たちに関わったことがない人は、神に祝福された人かも、と思う。なんて幸運な人!って。
 もっとも、ネット上では頻繁にお見かけするので、もはやそんな幸運な人はかなりの少数派だろうな。

 私も「愛国心」についてうるさく言う人たちが、なんでか日本の実態については、あるいは同じ日本人である同胞に対して、けんもほろろな態度なのが、ものすごく不思議だった。内田先生のブログより続けて引用↓

ほんとうの愛国心というのは、その人間がどんな政治イデオロギーを信じていようが、どんな宗教を信じていようが、どんな道徳律に従っていようが、「同国人である」というただそれだけの理由で「思わず抱きしめたくなる」という感情に依拠しているはずである。
そのような身体実感の上にしか、持ち重りのする愛国心は築かれない。
「非国民」とか「売国奴」というようなフレーズを軽々しく口にする人間は、同胞の数を減らすこと、つまり彼らの愛国心発露の機会を減らすことに熱心なので、私はそういう人間を「愛国者」には算入しないのである。


 そうか、「愛国心にうるさい人」と「愛国者」はイコールじゃないんなら、よくわかる話だ。

 教育委員会は図書館も管轄下にあるので(今だって予算的には十分しんどい思いをしているのに)、内容的にも部外者から首つっこまれるのは、やだなーと暗澹たる気持ちだったから、今回の内田先生のお怒りには思わず賛同させていただいた。
 具体的には大阪府の話なんだけど、もちろん大阪だけの話じゃないことは、賢明なる皆さんにはおわかりのはず。

 ただ「愛国心」にうるさい人って、自分と同意見の人の話しか聞く耳もってなくて。それ以外のひとは、みんな自動的に「ばか」と認識されてるみたいだし、会話がなりたたないんだよね。
 そして、こういう人がトップになる日本の2大都市って・・・。 
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2011/8/22

ちょんまげに非ず  

 FMのちょんまげ三昧は、『仮面の忍者赤影』とか『新八犬伝』とか「わぁ、なつかし〜!」というのもあったけれど、私の琴線に触れたのは2曲。

 『戦国自衛隊のテーマ』。松村とおるが、♪サン・ゴーズ・ダウン・・・♪と歌う、あれ(って、知ってる人しかわからないって)。映画『戦国自衛隊』のテーマソングだ。18歳のお正月にひとりで映画館で観て、大感激して号泣し続けてもう1回観た。その後もテレビで放映されるたびに観ていたかも。
 『戦国自衛隊』は劇中の歌がホントに好きで、テレビで放映された時テープに録音して自家製サントラを作ったくらいだ(当時はビデオがまだ普及していなかった)。今夜、久々に聴いて、懐かしくて鳥肌が立ってしまった。

 もうひとつは『大岡越前のオープニングテーマ』。『大岡越前』は月曜日の夜に放映されていた。そして中学生の頃、私は翌日の火曜日にある家庭科の洋裁の宿題を、この時間帯に泣く泣くしていたのだ。

 この哀愁漂う口笛のメロディは、いやがおうにも私の「明日の家庭科、イヤやな〜(泣)」という憂鬱をいっそう深めてくれた。『大岡越前のテーマ』と『家庭科の宿題(と翌日の実習授業)』はセットになっている。とはいえ、ドラマとしての『大岡越前』は好きだったのだ。山口崇演じる友人(!?)徳川吉宗も含めて。

 いまでも私の悪夢のパターンとして「火曜日の朝にまだ家庭科の宿題ができていなくて、しかも遅刻しそうな時間に登校する」というものがあるくらいだ。

 それほど嫌いだったのに、いまでは手芸に悪いイメージをもっていない。

 もちろん相変わらず下手っぴだ。けれど今は、「下手だけど、それを恥じなくてもいい」「自分が気に入ってたらそれでいいじゃん」だからだろう。高校時代には講義だけで、家庭科の実技がなかったからキズを深くせずに済んだというのも大きい。
 
 こどもたちにフェルト手芸ながら「ノバウサギ」や「ゴーヤマン」を作ってあげられる程度には、手仕事が好きでよかったと、あらためて『大岡越前』を聴きながら安堵したのだった。
 
 う〜ん、全然「ちょんまげ」とは関係ない話だけど、これにてゴメンつかまつる。
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