2011/8/23

天竺にて  おでかけ

 天竺での『無遮大施』という施し三昧な祭典がすごい。富んでいる者たちが、金品、衣服、食物などあらいざらい施しまくる祭典なのだ。

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 戒日王(ハルシャ・ヴァルダナ)という王様が、着ていた衣服を脱いで僧侶に施すんだけど、上半身裸の王様は、ちょっと「いやーん」とはにかんでいる様子が、なんだか可笑しい(いや、ほんとうなら感動するべき場面!) 
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 場面は変わって。

 小乗仏教派のバラモンが、論争を吹っかける質問状を門に貼るのだけど、玄奘は無視したあげくに破棄する。蛇足ながら、玄奘は大乗仏教の人だ。

しかもバラモンたら、相手が玄奘とわかるや沈黙を決め込むほかない。あげく、玄奘に突きつけた問題をすべて論破されてしまうし。
 でも張り紙の質問状については、自信満々だったみたいで、すべて論破されたら殺されてもいいと、どうもこのバラモンは言ってたみたいだった。論破されてしまったバラモンは「いさぎよく死んでやるから、殺してくれ」と、どう転んでも物騒なやつなのだった。

 しかしさすが玄奘。論破されてすでに辱められたのだから、もういいじゃないですか。こうしてバラモンは玄奘の僕となるも、玄奘のたっての願い出によってバラモンが玄奘に小乗を教えることとなる。という場面に出て来る玄奘の不思議な僕(??)ふたり↓

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黄色っぽい服の人は、ヒョウ柄(!?)のケープをまとい、緑っぽい服のひとは、アクセサリー付き。なんとヒモネックレスのペンダントトップはドクロ! しかも前後にひとつずつ!!

 この、ドクロのひとは、なかなかキャラが立っていて、玄奘がバラモンの質問状を破り捨てたときには「そんなことして、大丈夫なんですかぁ〜!?」的な表情をし、バラモンを論破したときには「さすがぁ、玄奘先生!」と得意げだし、玄奘がバラモンに寛大に接するときには、「よかったね!バラモン!」と幸せそうに微笑んだりしている。いいひとなのだ。いいひとだけど、前後にドクロ。う〜ん、ナゾすぎる。
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 ふたたび場面は変わり、中国に帰国することを願い出る玄奘。周囲の大反対の合唱のなか、師の戒賢だけは玄奘の菩薩心に感激し、喜んで快諾する。という重要なシーンなのだけれど。
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 この絵です↑
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 実物を見たとき、コケかけました。
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 そう、この橋です! 手足、おまけに顔までついたヌリカベのような橋! 絵師、こんなに遊んでいていいのか? 鎌倉時代にはこういうの、許されていたのか? それともウケる絵が必要だった時代なのか? それもけっこう重要なシーンに。

 遊びといえば。

 別のシーンだけど、山の中の樹々になかに一本、こっそりと蛇を絡ませている絵とかもあったぞ。木の幹と同じ色で落書きのようになにげなく描いてあったから、うっかりスルーしちゃいそうだけど。家政婦は見た。紙魚子も見た。

 絵巻だから、ものすごく細かい絵で、人も豆粒のようなのに、ひとりひとりの表情がいきいきとしている。キャラも立っている。ファッションも丁寧にプリント模様まで描かれている。たいへんな手仕事だ。

 不真面目なのか、真面目なのか。鎌倉時代、おそるべし。
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2011/8/23

『天竺へ』GO!  おでかけ

 いこうかどうしようか、さんざん迷った奈良国立博物館で開催中の『天竺へ〜三蔵法師3万キロの旅』に、思い切って行ってみた。おばあちゃんをデイへ送り出した(9時頃)あと出発し、帰って来るまでに帰宅(16時頃)する、という強行スケジュールでいこう、と昨夜いつもの『突発的一人会議』にて決定。

 絵巻のストーリーとしては、『西遊記』でおなじみの三蔵法師こと玄奘三蔵が、仏法を求めてインドへと旅立つ艱難辛苦の旅路を描いている。その後のインドでの滞在中の勉学や講義、各国の王様からのオファーが引きも切らないカリスマ的人気、再び唐に帰るにあたって膨大な教典を持ち帰り、それを自ら(弟子とともに)翻訳し、死去するまでが描かれている。

 それが、大阪の財団法人藤田美術館が所蔵する国宝『玄奘三蔵絵』。全12巻におよぶ、やまと絵様式の絵巻物だ。「洛中洛外図」のようにたなびく雲に見え隠れする山水や人物は、絵の具の保存状態がよく、実に鮮やかで美しい。カラフルに雅びに描かれている。

 しかも人物や動物や架空の生き物たちの表情がゆたかで、おもわず絵の中に引き込まれてしまう。しかもなんだか不思議にキュート。ほとんどマンガのように楽しい。特に天竺でのあれこれな日々は、たいへん愉快。これについては、またあらためてじっくりと。

 もちろん画家の先生方は、インドなんて行ったことないので、僅かな資料を参考にし、あとはアーティストの妄想力でカバー。ということでインドなのに、中国っぽい。というか、ヘタすると日本ぽい。インドの難しい当て字の地名では、松や紅葉が風流でうつくしいの。こんなあくまで大和絵仕様なマイウェイを突き進む、画家さんの雅びさが素敵。一人だけインドのターバン巻いてるひとはいたけど、ほとんどソフトクリームみたいだった。当然ながら松や紅葉だけでなく、天竺の人も「平たい顔族」と化していた。

 前期後期で絵巻物はその形態と長さ故に展示が入れ替わったけれど、上部に前期後期ともの拡大コピーがあり、物語は飛ばされることなく助かった。

 8月28日の日曜日まで開催。ぎりぎりセーフで間に合ったという感じ。結構な人出で、長蛇の列だったし、進み具合はカタツムリ仕様だったので、果たして省略せずに観られるか不安で「えーん」と半泣き状態だったけど、美しくもマンガチックな絵巻は楽しかった。

 では明日は玄奘の天竺での日々に、ツッコんでみたいと思います。
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