2011/10/31

伝説の!?母娘ライブ  ファミリー

 私がバイトに悪戦苦闘していた頃、Kちゃんも級友たちと京都で遊んでいた。どうも私のネタが出て、きっと「おかーさん、いま京都にいるし」と口走ってしまったのだろう。「え〜、Kのおかーさんって、一回見てみたい!」と盛り上がってしまったらしいのだ。一体、Kちゃんは私をどんな風にネタにしているのだ? ほとんどレジェンドじゃないか。

 「いまどこ?」といわれても、「清水寺にいく途中の坂のあたり」という程度のあやふやな案内!?しかできない。抹茶ソフトのお店の近く、といえど「抹茶ソフトのお店なんか、山ほどあるわ!!」。そら、そうや。

 で、だいたいこんなかんじの場所にいる、とアバウトなアナウンスにも関わらず、最終的には女子高生たちが「見に」やってきた。でも、まだお仕事継続中だったので、やんごとなき方みたいににっこりと手を振っただけ。

 その後、せっかく来たのだからと彼女たちは清水寺に行ったらしい。わざわざ「見に」きてもらったのに、一瞬で帰ってもらうのも悪いなと思い、私も清水寺まで追いかけてみたわけだ。そういうことで、母娘の天然なボケとツッコミのライブを披露することになった。これでわざわざ「見に」きてもらった甲斐はあっただろうか。あったら、ちょっとはうれしい。

 さすが現役の女子高生は縁結びの「地主神社」でおみくじを引き、きゃあきゃあと楽しげだった。私は自分の青春の頃の「地主神社」を思い出し、その変貌ぶりにただただ驚く。無口で質素な目立たない娘が、羽振りよくちやほやされケバケバの厚化粧になってしまったのだ。

 まもなく彼女らと別れて、私は狛犬の写真を撮ったり、清水の舞台から風景を眺めたりして市バスで京都駅までいこうとしたのだが。雨のバス停は長蛇の列なのだ! バスは次々ときてくれるが、いづれも満員で素通りか数人乗車できるのみ。まさかの30分待ちだった。

 そうだった、バスは京都駅から乗るには便利だけど、バス停から乗るのはかなりの忍耐力を要するのだった。私は子どもの頃からバス待ちの忍耐力は、自慢じゃないが欠けている。待ってるくらいなら歩く方をチョイスしてきた。雨の路上でバス待ちは、大変な苦痛だった。本も読めないし。いくぶん歩かないといけないけど、それも乗り継ぎしないといけないけど、地下鉄か京阪にすべきだった。次回から気をつけよう。
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2011/10/30

雨の清水寺  おしごと

 今日のお仕事は清水寺だ。清水寺は、京都観光のメイン中のメイン物件である。なにしろ「清水の舞台から飛び降りる」という言葉まであるのだ。

 しかし、観光バスを連ねるザ・観光地は、むしろお仕事的には大苦戦を強いられる。時間的な制約がある観光バスでのツアー客は、家族旅行でみえる人たちよりずっと駆け足なのだ。

 金閣寺、二条城、清水寺は、ワールドワイドな観光地なので、中国や韓国からも観光客がたくさんいらしていた。むろんシーズンでもあり、制服や私服の修学旅行生も。

 なかでおひとり、北海道からみえた素晴らしい引率の先生がいらして、私も知らなかった滋賀県の日本一スゴい場所(バイオ的な研究所)を教えていただいた。
 そのうえ、こんな発言も。「今年は北海道の高校生の修学旅行は関西に変更になったところが多いんです。でも京阪神(京都、大阪、神戸)って、意外に時間を持て余すんですよ。このチャンスに滋賀県の観光関係者が北海道にアピールしなかったのは、もったいなかったですねえ」

 ああ、確かに。しかも北海道の人たちには、「滋賀県=びわこ?」が、やっとの認知度だ(しかも自信なさげなハテナつきだし)

 午後からは雨の予報だったので、やっつけ仕事のようにばたばたと必死でお仕事をやり終えた解散後、清水寺に30年ぶりくらいに行ってみた。行って驚いた。清水寺は仁王門の前にいる狛犬、おもしろすぎ!

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清水寺のHPより↓

仁王門前の狛犬の口に注目

よく見ると左右両方の狛犬の口が、どちらも「阿形(あぎょう)」=開口した形になっています。一般的に狛犬は口を開けた「阿形」と、口を閉じた「吽形(うんぎょう)」で一対をなしており、これはとても珍しいもの。
明治時代に寄進される折、東大寺南大門にある狛犬をモデルにして造られたことによります。
また、お釈迦さまの教えを大声で世に知らしめているともいわれています。

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 狼の遠吠えのようにも見える二体の狛犬たちは、異国の獅子像のようにも感じられる。そういえば、角張っているところは、獅子舞のようにも見える。
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やはり前面からみるのが、一番おもしろいかな。
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2011/10/29

宇治へ  おしごと

 おしごとで宇治へ。

 宇治はいいところだ。京都というよりも、奈良の匂いがする。もちろん地理的にもぐっと奈良に近い。萬福寺のあるJR黄檗より一駅奈良に近いのだ。

 さまざまに趣向をこらして観光客をお出迎えしてくれる↓


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 宇治橋同様の赴きある時計の意匠。

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 お茶屋さんの伝統ある看板
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 茶摘み娘たちが、力一杯ウェルカムを表現する駅前の門。運動会の入場門よりアツいかも。

 静岡の清水よりたぶんもっと「茶の香り」がする参道だってある。ほんとクラクラするくらいの茶の香りである。御茶屋さん(ホンモノの飲食するお茶で、男子が遊んだり接待したりする場所ではない)がひしめいていて、なかでも老舗の三巨頭の支店がシノギを削っていた。

 それだけに道に植えられたベルト状の背の低い樹木はお茶なのだ。ちょうどシーズンだったみたいで、かわいらしい小振りの一重の白サザンカのような花が咲いていた。実だって成っていた。徹底的に「お茶づくし」のまちだ。こんなものだって駅前にあった↓
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 茶壺型みどりのポスト!


 宇治といえばお茶以外にも、源氏物語や平等院がある。今回は残念ながら平等院には行くことはおろか、その姿を垣間みることさえできなかったのだが、宇治橋や宇治川や紫式部の石像などを眺めることによって、宇治十帖の世界に触れることができた(かもしれない)。
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 おもむきのある立派な橋↑

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 観光客のだれもが「彼女」こと紫式部の写真を撮っていた。とある高校生男子などは、こともあろうに彼女の鼻(のアナ)に指を・・・この狼藉者!

 ま、仕事で行ったのだから当然観光はムリだけど、宇治の空気に触れ、宇治のお土産を買うことができたので、とりあえずの目的は達成できたというところか。

 平等院は残念だったが、その片鱗を伺うような物件には遭遇した↓
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 電話ボックスである。しかしただの電話ボックスではない。
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 with 鳳凰
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2011/10/28

時代祭  おでかけ

 あっという間に10月が終わる。あちこちに出かけ。かけずり回った秋の日々。やっと畑に出るのが苦痛じゃなくなり、収穫に忙しい(現在進行形)季節。

 そして今年は、初めて「時代祭」を見た。先週の土曜にある予定が、雨のため順延となり日曜日、10月23日の日曜日におこなわれた。京都の3大祭のひとつなのに、いまだ見たことがなかったのだ。仕事がらみなので「チラ見」程度だけど、行列の半分くらいは見られた。男性はだんぜんお年寄りが多い。西郷隆盛とか坂本龍馬とか、やっぱり期待しちゃうキャラだけに、若い人がちょっと役不足な部分も。それが酷なことは知っているけど。

 翻って女性陣。出雲の阿国とか和宮とか太夫とか凛としたべっぴんさんたちが、きらびやかで個性的な衣装に包まれて次々に登場する。
 あ、「時代祭」の旗手のお兄さんは、たまさか踊りを入れていて拍手かっさいだったな。彼はなかなかの人気者だった。

 見物ポイントとしては、河原町三条から東山あたりまではぎっしりで、場所的にも狭過ぎるけれど(時代祭に関係ない通行人にとっては大迷惑だろう)、神宮道(平安神宮に至る道)あたりまでくると、まだしもつけいる隙がありそう。

 丸太町の御所よりスタートする行列が、平安神宮でゴールするのが時代祭のルート。先頭はなんと馬に乗った婦警さんで、心中「警部マクロードの日本版!しかも女性!」と盛り上がってしまった。

 途中のハンコ屋さんの前には、誰でもご自由に押していい時代祭のハンコ(日付入り!)があり、適度に大人気だった。いよっ太っ腹!

 惜しむらくは観客さんたちのマナー。度重なる「牛馬が驚きますので、フラッシュ撮影はご遠慮ください」というアナウンスもどこ吹く風で、ぴかぴかと複数個所より光が。数年前にはフラッシュに驚いた牛馬が大暴れしたらしいのだ。今年も御所内にいた馬がいきり立って、出発が遅れたらしいから、ことによると大惨事になるかもしれなかったのだ。

 それでも祇園祭よりよほど「京都の地元のひとたちの祭」というテイストがあって、手触り的には微笑ましかった。
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2011/10/27

きょうはおやすみなさい  

 今日はちょっとおやすみなさいです。寒くなってきました。みなさま、どうぞご自愛くださいませ。
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2011/10/26

ダメンズ父、運命の扉を開く  テレビ/ラジオ

 今朝もやってくれました、『カーネーション』。

 だいたい小林薫(・糸子の父)が露出度多し、となると、がぜん画面から目が離せなくなる。目の演技だけでもどんだけバリエーションあるの〜??といいたい。うつろな目も、アブナい目も、おたおたした目も、必死な目も、とにかくなんでも絶妙な繊細さでばっちり演じてくれるのだ。

 パッチ屋の親方に「(もし糸ちゃんがわしの娘なら)さっさと店まかせますな〜。その方がよっぽど儲かりますわ」という絶賛を聞いたときの、小林・父の和らぐ表情。それは娘を褒められたうれしさと共に、泣いて悲しむ娘をどうしたものかと(もちろん自分のせいなんだけど)悩む心から、解決を見いだして解放されたからかも。しかも一家を支える経済的な負担からも解放されたからかも。

 もともと小林・父は、ああみえて(少なくとも岸和田の人間の中では)繊細で、文化的で教養を大事にする人だ。娘を女学校にやり、「勉強や。仕事にいくんちゃう、勉強しにいくんや」と説教し、自らは謡をものしており、上物の着物に関する商品知識はたぶん豊富で、だからこそ若くして大店の番頭だったのでは。半面、インテリの常として「金」にまつわるあれこれ(集金とか)は苦手。

 そして笑えるほど「弱い犬ほどよく吠える」を絵に描いたような、ダイナミックな性格的強弱の付け方は、感動的。小林・父が、木之元電器屋の主人に根岸先生の居場所を聞くシーンが素晴らしくて、何度も見てしまった。(同様にラストちかくも一瞬も目が離せなかった)

 電器屋の木之元さんは丁度ラジオを聞いているところで、それもベートーベンの『運命』だったりする。最初は朗らかなメロディラインなのだが、ラストに小林・父が怒鳴るところに低い音階で、有名な「ジャ ジャ ジャ ジャーン〜♪」がかぶってくるのが、実によく計算されてお見事だった。音楽と会話のかぶりかたが、最初から最後まで、笑えるくらいのマッチングだ。劇中音楽とはいえ、ベートーベンを聞きながら笑うことって初めてかも。
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2011/10/25

一気に冷え込む。  季節

 本日は、突如「寒い」と感じるくらいの強風が吹き付け、毛布がスタンバイしはじめた。初冬の到来を先触れしているのだろう。

 今日の午前中は畑で里芋を一株掘り上げ、芋部分と茎部分に分解し、葉と細い茎は廃棄し、皮むきやアクヌキなどをして、夕食には芋の煮物とズイキ(里芋の茎)の酢の物にする、という究極の地産地消を果たした。

 これでもう5回目くらいか。ズイキは皮むきまでしてから天日干しにして、乾燥させて保存するという手もあるし、ジップロックでアクヌキまで済ませたズイキを短期保存するという手もあり、ずいぶん食費を浮かすことが出来る。

 おまけに酢の物、煮物、余った煮物の天ぷらと変幻自在だ。皮むきやアクヌキに手間ひまはかかるが、一株で3食分くらいの量は軽くあるので、とてもお値打ちな畑野菜だ。夏の盛りに朝夕芋虫退治に奔走した甲斐があったというものである。里芋の恩返しだ。
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2011/10/24

エレガントかつ精緻  神社仏閣/教会

 すっかり魅了されてしまった油日神社。その拝殿↓
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 真後ろに本殿がみえる。
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 堂々たる看板!? いえ看板ではなく正式には「扁額」というらしい。格子がすてき。
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 本殿を守るように囲む瑞垣が、これまたエレガントかつ精緻でうっとり♪
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 この上品な意匠。
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 シンプルな渦巻きも、見とれてしまうくらい美しい。
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 そしてこの中央の透かし彫りの見事さといったら!!
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 まさに職人ワザ。脱帽。
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 本社脇にある境内社にも、瑞垣とはちがうテイストの職人ワザが炸裂。
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 マニアックな職人魂の発露か?
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 これでもかっ! とばかりに意匠だらけだ。
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 神社に鐘楼? 神仏習合の名残らしい↓
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 シビレるほど素敵な油日神社をあとにし、しばらく走ると神社Pのと同様の飛び出しくんが。前のめりで坂を駆け下りる飛び出し君を後に甲賀とさよならする↓
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2011/10/23

トトロがいます?  神社仏閣/教会

 油日神社は、もともと「油日岳」という山を信仰の対象としていたらしい。油日岳の山頂には、油日神社の奥宮もあるという。

 さて本殿の前、瑞垣の後には、コウヤマキという巨木がそびえている。下から見上げると大迫力なのだが、写真ではとうていお伝えできないのが残念だ。樹高35メートル、樹齢推定750年で、滋賀県指定自然記念物となっている。めったにない巨木である。
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 本殿の左側にある途中で幹がふたつに別れた樹木↑

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 コウヤマキを中心にカシャッ。左端の老夫婦と大きさを比較してみてください。
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 瑞垣の中にあるということは、コウヤマキも神聖なるもののひとつということだろう。木陰からひょこひょこチビトトロが出てきても、なんら不思議はない空気感だ。こんなに清々しい神社は初めてかも♪ 少なくとも多賀大社、日吉大社と並びうるくらいの品格を感じた。
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2011/10/22

油日神社  神社仏閣/教会

 さて、引き続き油日神社へ。白洲正子さんが油日神社についての魅力的な文章を書かれているので、ずっとまえから行ってみたい神社だった。

 でも電車で行くにも車で行くにも、ずいぶん不便な場所にある。滋賀県と言えど、ほとんど三重県の入口だ。油日駅の次は柘植、つまり三重県になるのだから滋賀県のはずれなのである。

 しかもJR草津線・油日駅から徒歩30分とあるのだ。徒歩30分! それは「タクシーで行け」ということじゃないか! 油日神社行きの路線バスはないのだそう。それだけで挫折してしまう。一日に数本でもいいから公共の交通機関がないと、観光地としてはダメじゃん。

 今回は車で連れて行ってもらえたけど、のどかな田舎道をずいぶん迷った。やっとたどり着いた油日神社の駐車場の入口で、またもや飛び出し人形がお出迎えだ。
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 血色のいいピンク色の肌で手足も長い健康優良児だ。赤シャツを着ているから健康なのだろう(©『坊ちゃん』の教頭こと「赤シャツ」)。どうりでシャツの裾が翻るほどのスピードで走れるはずだ。
 しかし道路に飛び出すというよりは、茂みに逃げ込む、という感じが。もしかして、よほどコワい物に出会うのだろうか?・・・うーん。 

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 回廊をもつ堂々たる、しかも美しい楼門。残念ながら仁王像があったらしい場所は、からっぽだ。
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 門からコの字形に広がる回廊は、シンプルなのに上品でエレガント。この門ならたとえ国宝でも驚かない。
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 もちろん細工物も↓
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 門の上方中央あたりには
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 蓮の花の彫り物や↑
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 うねる龍と雲の彫り物がある↑

 油日(あぶらひ)神社は聖徳太子の創建と伝えられ、油の神さまとして全国の油業者の信仰を集めているらしい。
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 油の一斗缶が奉納されているけれど、ずいぶん古そう。

 この滋賀県のはずれにあるあまり著名でない神社で、よしながふみ原作で映画化された男女逆転劇、「大奥」の撮影が行われたそうだ。メインではなく、ちょっとした場面なんだけど、嵐の二宮くんが降臨されたんだな。

 楼門外の小さな水路や石畳なども、キチンと管理されていて、清々しくきれいだった。
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2011/10/21

櫟野寺(らくやじ)  神社仏閣/教会

(遅ればせながら、10月18日の日記をアップしました。お練りの最終記事です)

 10月のあたまにH氏と櫟野寺(らくやじ)と油日神社に行った。
 
 山の麓にある、のどかな甲賀のお寺である。刈り入れの済んだ田んぼの隣にある駐車場に車を留める↓
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 甲賀は忍者の里なので、飛び出し人形も忍者姿だ。ウィキペディアより櫟野寺の概略を説明してもらおう↓

 この寺は、792年(延暦11年)この地を訪れた最澄が十一面観音を安置したのに始まると伝えられ、806年(大同元年)坂上田村麻呂が堂宇を建立したという。たびたび堂宇を焼失しているが、そのつど再建されている。旧本堂は1968年に焼失したが、仏像等は収蔵庫に保管されていたため無事であった。
 本尊は十一面観音で、櫟野観音(いちいのかんのん)とも称される。
 
 付け足すなら本尊の十一面観音は秘仏だ。1年に一度、11月3日に御開帳がある。あ、もうすぐだ。

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 門までのアプローチは長い。しかもデパートの開店直後のように、ずらりとお出迎えしてくださる方が。
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 三十三間堂もびっくりなほど大勢の十一面観音様が、ウンパルンパのようにお出迎えなのだ。歌ったり踊ったりはないけれどね。(あったらこわい)
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 ありがたいお出迎えを受けながら、門にたどり着く。両側に仁王さまがいらっしゃる。法輪を描いたらしい大きな提灯の下をくぐる。
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 何度も焼失した本堂なので、建物は新しい。
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 のんびりと横切っていく猫↓
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 法輪を描いた三本足の巨大香炉?にH氏が興味津々。「あれなに?あの顔みたいなの」
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 ・・・顔です。
「香炉の足に顔があってもいいじゃないか!」 作者は岡本太郎か?

 本堂の中には、大変上品な淡く渋い色調の天井絵があり、花鳥風月が格子の円の中に描かれていた。びっしりと描かれていないので天井絵にありがちなケバさなく、落ち着きと静寂のある佇まいになっていた。

 この日は離れにある寺の集会所で、宴会もとい昼食会!?がおこなわれていた。土俵がきれいにされていたので、坂上田村麻呂が始めたという奉納相撲の関係の寄り合いだったのかも。しかし千年以上も続いているのか、奉納相撲。滋賀県って、古い伝統が山のようにあるのだなあ。住んでる人はきっと大変だけど、知られざる民俗学の宝庫かもしれない。
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2011/10/20

見逃した・・・  テレビ/ラジオ

 NHKの朝の連続ドラマ『カーネーション』については、土曜にまとめて、という規則になっているのだが、今朝、重箱の隅のようなことを発見して有頂天になった。

 のだけど、よく考えれば、先週に発見しておけば、もっと笑えたはずなのだ。惜しいことをした、私としたことが見逃してしまったのだ。

 何の話かといえば、糸子のおじいちゃんが神戸から車でお出ましになったのだ。パッチ屋の前に車を止めさせ、戸口からこっそり中を覗いて、ご贔屓の孫娘がどんな様子か探るシーンなのである。

 問題は車である。当時高価すぎて見るのも珍しいシロモノだ。そのナンバープレートが「兵・1123」だった。

 兵庫県の兵と4桁の数字、1123。

 実はこの車、先週糸子のお母さんの兄が乗って来たものなのだ。糸子にとっては伯父さん。だから1123、蛇足ながら、「いい兄さん」。

 小物から看板からバックの人の演技から、おおよそチェックしているつもりだったのに、ナンバープレートは見落としていたなあ。負けてくやしい花いちもんめ。って誰に負けたんだ?

 こういうこともあるけど、スタッフさんの遊び心を(目標)100%フォローすべく、毎日複数回『カーネーション』をみてしまう私でした。
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2011/10/19

ワシントン・ナショナル・ギャラリー  アート

 昨日はお天気もよかったし、晩ご飯も手抜きができる予定。しかも10時から4時まではフリータイム。こんなチャンスはなかなかないので、9時半までに午前中の家事を仕上げ、京都市美術館へ。秋の展覧会では見逃せない『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』へ大急ぎだ。印象派の目玉商品目白押しの展覧会なのである。

 平日とはいえ、それこそ珠玉の絵画たちなので、さぞかし混雑していることと思いきや。

 待ち時間はなし、館内で行列につくこともなくスキマだらけだ。おかげで近くからも遠くからも見られ、遠くの別アングルから見ると、3Dみたいに見えたりする絵も発見した。(『日傘の女性、モネ夫人と息子』とかね)

 だれでも知っているようなゴッホの自画像や、モネの睡蓮のある太鼓橋や日傘の女性、ルノアールの踊り子やセザンヌの静物画というお馴染みのものは、自然にため息が出るほど。これぞ眼福という絵ばかりだった。

 一方ゴッホといえば普通「ひまわり」だけど、今回やってきた白い薔薇を描いた大作『薔薇』は、見る人見る人を魅了してやまず、この絵の前の熱気は高かった。マネの少女のお洋服描写が素晴らしい『鉄道』も、「ちょっとみただけやったら、『鉄道』? なんで?って思うやんな〜? 煙があるから、ああ、ってわかるけど」という会話もきこえたりして楽しい。

 ルノワールの『踊り子』は、ふんわりチュール(シフォン?)ドレスや、シューズやリボン生地のサテンが放つ光沢ある質感がステキ過ぎる!

 ところで私が今回ぞっこんだったのは、メアリ・カサットさん。きれい、とか、うまい、とかとは違う部分で大胆な吸引力を持っている。いや確かに、キレイな絵でウマイ人なんだけど。なんだかもっと本質的ななにかに魅かれるというか。ウチに持って帰れたらいいなあ、とまで考えてしまうというか。どんなに見ても見飽きない。

 今回のカサット作品では、美術館いちおしの『青い肘掛け椅子の上の少女』は、少女の不機嫌そうな表情や、ソファーの形容しがたい美しさのブルーが、さんざんその素晴らしさは言い尽くされているけど、もう一回言う。これはすごいぞ。

 『浜辺で遊ぶ子どもたち』も、幼子がなんとも愛らしいし、光の色合いも懐かしい感じがした。自分が子どもの頃に、波打ち際で遊んだことさえ思い出した。

 『麦わら帽子の子ども』は質素なお洋服に麦わら帽子をかぶり、ちょっと拗ねた表情の少女がサイコー。着飾らず「なんで楽しくもないのに笑わんとあかんの!?」という反抗的な表情ね。何度見ても感心する。とはいえ作者の眼差しはやさしいの。あなたはあなたのままですばらしい的な。というか、あなたのなかに私(カサット本人)を見た、というか。年齢を越えた共感というか。絶対カサット本人も、跳ねっ返りな娘だったんだよ〜。

 彼女はまだフランスですら美術界に受け入れられていなかった印象派をアメリカに紹介した「印象派広報部長」でもある。カサットは裕福で目利きなお嬢様だったので、そんな彼女の人となりを知る知り合いに次々お勧めし、オススメされた金持ちの彼らは、当然信用できるカサットの言葉を信じ投資目的を含め、印象派の絵を購入することになる。
 そんな風に彼女はアメリカで印象派をずいぶん広めたらしい。アメリカのプチ白洲正子だな。

 他にも、ドガの『アイロンをかける女』(だったかな?)も、渋い色調の調和に心をしっかり心をつかまれてしまい、しばらく絵の前でうろうろしてしまいましたよ。

 点数はさほどでもなかったので、疲れることも無く、逆にゆっくりと一点一点をみることができた。心が豊かになるような気さえした。10時過ぎに家を出て、ダッシュで帰宅して家に着いたのはゆっくり3時前。
『ワシントン・ナショナル・ギャラリー』は11月27日までの会期なので、まだまだ大丈夫。関西の方は、ぜひ足をお運びください。
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2011/10/18

お練り終了。  神社仏閣/教会

お練りが始まる前。「お渡り」の橋の存在だけでも、なんとなくテンションが高まる見物客。というかドキドキし始める、わたし。
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 五色の糸を手に持ち、阿弥陀如来の来迎を待つというのが、平安・鎌倉期の臨終の作法だったらしい。私の前にいた若い女性は、ずーっと五色のリボンを握りしめていた。ということで、私はお練り終了後にリボンの束を握らしてもらった。
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 菩薩様たちは、お面の眼の穴が小さいので、必ず付き添いの方を伴っている。菩薩様がだんだん小さくなるのは、後の方ほど年若い人、つまりお子様がコスプレなさっているから。
 それぞれが楽器を手にしておられ、バーチャルでなく本番の来迎時(!?)には、みなさん各パートを奏でられるそうだ。「お練り」が菩薩のオーケストラといわれる所以である。
 もちろん「お練り」では手に持っているだけ。菩薩さまたちの演奏はない。
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 ↑最後の菩薩様、本堂である極楽に帰還される。お疲れさまでした。また来年、お会いしましょう。

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 那須与一ゆかりのお寺なので、日の丸扇がお寺のトレードマークになっている。境内にも、先に日の丸扇がつけてある長い竹があった。青空によく映えていた。
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2011/10/17

極楽へGO!  神社仏閣/教会

 お練りは最初から菩薩さまはやってこない。菩薩さまたちは、そんな軽々しくはない。

 ここでは大地蔵菩薩のお姿になった阿弥陀様を筆頭に、二十五菩薩というフルメンバーでの来迎だ。生前の行いが9ランクあるうち、輝けるベストワンなランクの人にだけ訪れる、オールスターメンバーのサイコーに豪華な来迎をビジュアライズした法要なのだ。

 本堂から地蔵堂へは3往復のお渡りがある。本堂は浄土、地蔵堂は娑婆。そこを往復する山伏、僧侶、お稚児さんなのだが、そのうち菩薩さまが登場するのは3回目の往復に入ってからだ。

 キンピカのお顔の観音様は、この世のものとは思えないビジュアルだが、しかし聴覚に関しても、たいへんに面白い仏教イベントなのだ。

 まず先頭のお坊様のお持ちになる「鈴(?)」が、あの世からのお迎えを告げるミステリアスで物悲しい ♪チーン・・・という音を響かせる。
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 山伏部隊の法螺貝の響きは、ヨーロッパのクリスマスイブで奏でられる小編成のブラスのような、哀愁のある深い音だった。しかも私の記念すべき初法螺貝生視聴だ。

 ご詠歌部隊の方が地蔵堂から本堂に戻られるときに、手にはベルのようなものをお持ちで、和讃を歌いながら1本ハンドベルのようなものを小さなハンマーみたいなもので打ち叩く。
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 僧侶のひとりは小型シンバルのようなものを両胸に当ててお越しになった。地蔵堂へ向かう角で立ち止まり、呪文のような歌を歌い始め、シンバルを打ち鳴らす。これがなんでかわからないけど、とても面白かった(不謹慎)

 ついに大地蔵菩薩さまの登場! ・・・なんだけど。
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 なんだかお元気がなさそう。うつむき加減で付き添いの女性に頼り切っているような。尋常じゃない、しょげ方では・・・。
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 お地蔵様!? いったい浄土で何があった!?
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 それに引き換え、蓮華台を持つ観音菩薩さま(すくい仏)↓
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と合掌する勢至菩薩さま(拝み仏)↓
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の思い切りのいいダンスでの歩行は、おもわず見とれてしまった。

 それでも地蔵堂から本堂に戻るときの大地蔵菩薩さまは、別人の様に堂々とされていた。お地蔵様のホームは、やはり地蔵堂である娑婆なのかも。
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 よくよく考えれば、これは昔の人が「来迎は、こんなにまばゆくありがたいものでは」という想像をビジュアル化したものだ。なんといっても死ぬ時の「お迎え」なのである。それがこんなにも晴れやかでまばゆいものなら、死という概念が一変するに違いない。というか個人的には一変した、ような気もする。

 もっとも仏教でいう「九品」という徳の最高ランクである「上品上生」の人でなきゃ、浄土の菩薩オーケストラ、フル編成はありえないんだけどね。だからこそ、「これからでも徳を積まなくちゃ!」とうっかり決意しちゃったりするのである。

 目でも耳でも、そしてホンモノ(の来迎)は匂いでも、最高のお迎えを受けられるというのが、こうも分かりやすく理解できるとは。ほぼ2時間にわたる「お練り供養」は予想以上に面白く、まったく退屈しなかった。
 というか、菩薩様が登場されるとテンションが上がってしまい、不必要に写真撮りまくりで、次のお寺の写真が電池切れで取れなかった・・・というほど。

 こうなると「お練り」発祥の、奈良の當麻寺の『聖衆来迎練供養会式』も見てみたい。来年の5月、新しい手帖に予定として入れておこう(鬼の笑い声が聴こえる)
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