2011/11/30

日々悩む  たべもの

 このあいだ某育児雑誌を読んでいてびっくりした。著名な小児科医の先生が文章で「関西の人は食品の放射能に対する関心は低いだろうけど」みたいなことをおっしゃっていたからだ。

 スーパーはむろんのこと、JAの野菜売り場も道の駅でさえ、キャベツや白菜は、北関東や東北産ですが。

 魚に関していうなら、加工されてしまったら産地さえも、もはやわからない。ちくわやがんもどきを始めとする練り製品全般ね。こうなればもう、関東も関西も東北も関係ない。

 こんなときに、かつて不二家のケーキが消費期限切れの材料を使ったとか、伊勢名物の『赤福』が消費期限の改ざんで大問題になったことを思い出すと、いまや笑ってしまうな。あんな牧歌的なことで、あれだけ騒ぎ立てて、ずいぶんかわいそうなことをしたと思ってしまうくらいだ。

 買い物にいくたびに悩むけれど、生きるためには食べなければならない。無頓着や無謀は避けつつ、でも長期戦になるのに、いまからキュウキュウしていたら「持続可能な」生活は無理だ。

 逆に「遠くない未来には、もはや食べられない」ことになってしまうものだってあるかもしれないし、その辺も悩ましい。

 どうも5年後くらいには、いろんな結果が出ているらしいので、少なくとも数年後の私たちに対しては、自分たちで責任を持てるように暮らしたいけど、なんせ手探りだからなあ。きっと知ったらショックすぎることが多すぎて、とても発表できませんという政府の親心なんだろう。
 とはいえ「私たちはだまされていた」という言い訳だけは、第二次世界大戦直後までとしたい。
 
 ヒロシマ、ナガサキ、ミナマタ、フクシマ。

 カタカナや横文字で地名が呼ばれる大災厄は、調べれば調べるほど、不思議なほど共通点があって、人は歴史からなにも学ぶことが出来ないと、痛烈に思い知らされる昨今だ。
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2011/11/29

秋の京都フォト補遺  おでかけ

 11月3日の哲学のみちにて。
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 赤い実をたわわにつけているのは、南天。こんなりっぱな豊作南天を見たのは初めて。

 11月20日の知恩院の門。秋晴れに映える。
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『華頂山』と金字の額が掲げてある。
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2011/11/28

大河の最終回?  テレビ/ラジオ

 昨日はさんざんNHKを持ち上げてしまったが、今日はそういうわけにはいかない。昨夜の大河ドラマ『江』の最終回をみて、洒落ではないが「え?」とのけぞった。

 昨日のETV特集の「海のホットスポットを追う」をみて、海底にお住まいの値段は高いがおいしい生き物や、サカナの内蔵(白子やタラコやイクラ)について躊躇する事態になったから、逆ギレした訳ではない。
 たぶんレイチェル・カーソンの『沈黙の春』(もしくは有吉佐和子さんの『複合汚染』)を読んだことがある人なら、海洋汚染については(原発の知識はなくても)おおよその予測はしていただろう。とはいえ岡野先生(ご高齢なのに、毎回手作りの線量計機を持参されるカッコイイ博士だ)から具体的な放射線量の数値を示され、大落胆には違いないのだが。

 いや、今日はそう言う話ではなく。大河ドラマの『江』の最終回だ。

 「隠し子」を巡っての夫婦の諍い(浮気をめぐる痴話げんか)は、なんだか妙にリアリティがあった。あのとげとげしくも取りつく島のない妻の言葉に(女の側からみたら当然の仕打ちだが)、「『あるある!!』感」極まって、秀忠に同情を禁じ得なかった殿方が多数いらっしゃるに違いない。それほどまでに現実に肉薄するシーンだけど、なにしろ「大河の最終回」だ。浮気をめぐる諍いが契機となり、大奥ができました〜という筋立ては、なんだか最終回としては納まりが悪い気がする。

 それから江の秀忠に対するベタベタ感と、いままでの江というさばさばしたキャラとが、ものすごくアンバランス。
 もしかして経年によりキャラが変化したのか?とも思ったが、江はラストでさばさばと馬を駆っている。まるで暴れん坊将軍のオープニングのように。それもなぜか死んだ母、お市の方も一緒に馬を駆っているという不思議なラストだ。個人的には、突っ込みどころ満載で、やぶれかぶれ感あふれる「大河の最終回」だったな。

 過去を振り返れば、トヨエツの信長はカッコ良かったし、柴田勝家の夫ぶり父ぶりはやたら人間味溢れていた。秀吉にツッコむ江も、嫌みな(実はツンデレ)な秀忠にツッコむ江も悪くなかった。
 でも後半はなぜか向井理が主役めいて、肝心のヒロイン、江はといえば泣いているか、「そんな・・・」とつぶやいているかという陰鬱な印象しかない(ので、とびとびにしか見ていない)。そんな訳で、盛り上がるべきはずの終盤で、すっかり気持ちは失速してしまった。

 「大河ドラマ」の「最終回」なのに、なんだかなあ。シリアスにしたいのか、コメディに打って出るのか、その辺も中途半端だったし。

 ま、とりあえず大団円で終わった最終回の話はここまで。個人的にテンションの上がるニュースを昨日発見したので、うきうきとアナウンスします。

 新潮社のHPより↓

村上春樹さんが聞き手となり小澤征爾さんにインタビューした注目の書、『小澤征爾さんと、音楽について話をする』が11月30日に刊行されます。
http://www.shinchosha.co.jp/news/blog/2011/10/25_2.html
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2011/11/27

RMJで年越しだ!  テレビ/ラジオ

 MJQはモダン・ジャズ・カルテット。BGMはバック・グラウンド・ミュージック。では、質問。RMJは?

 そう。土曜の午後4時から6時まで、NHK-FMにて絶賛放送中、なおかつ現在もそのファンを広げつつある生放送のラジオ番組、『ラジオマンジャック』の略だ。

 これが昨日の放送で、

 『ラジオマンジャック』が、12月31日(土)後2:00〜年を越して翌前1:00までの一挙11時間流れます、というメールが読まれたのだ。

 メガトン爆弾級のアナウンスである。最初は、だれしも「またまたぁ〜(笑)」なんて、冗談でしょと流してしまったのではないだろうか。いや、私は「もう、そんなはずないでしょ〜(笑)」な受信状態だったのだ。

 ところが。

 現実は小説より奇なり。真実だった。NHKの年末年始にある特番のラインナップにも、今年のトリとして記載されている。

 なんということだ。素晴らし過ぎる。

 NHKが震災後の「心の復興」に向けて動いているのは、朝の『カーネーション』の勢いを見ればわかるが、ラジオでも総力をあげて取り組んでおられたのだ。

 シリアスなところではテレビですが、今夜22時〜23時に「ETV特集」にて
『ネットワークでつくる放射能汚染地図 第4弾 海のホットスポットを追う』

もあります。
 原発事故後の風向きが海方向だったから、その意味では陸以上に汚染されているはず。海は広いから希釈される、とは言われているけれど。
 心配されるところです。

 
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2011/11/26

コロッケをつくる。  たべもの

 前回揚げ物をした時に、俵型のコロッケをつくったら異様においしかったので、再度つくることにした。

 とはいえコロッケというものは、なかなか手間がかかる。午前中に中身だけを作成する。前回人気だったので、材料は多めにした。ジャガイモ大3個、人参小1本、タマネギ大1個、ミンチはまとめたら野球のボール大くらい? グラム数見るの忘れてた。ま、だいたいこんなとこです。

 合い挽きミンチとタマネギのみじん切りを炒める。人参と男爵芋を茹でてつぶす。(人参/ジャガイモのマッシュは1/3の分量を別にとりわけて、こちらはポテトサラダに流用する)
 塩こしょう、粉末ローリエ、砂糖もしくはハチミツを加え、総ての材料を混ぜ合わす。

 以上がコロッケの中身だ。これを俵型にして、小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶして揚げればコロッケができる。20個作って、15個消費した。コロッケを食べるのは実質3名。そして翌日には完売だ。ソースは、普通のウスターソースで充分だ。(前回はビーフシチューの残りにケチャップやソースを混ぜて高級仕様に)

 Kちゃんは「この滑らかさとコクはタダモノやないと思ってたら、ハチミツが入っていたのか〜」
 「滑らか」ではなく、じつはジャガイモを茹ですぎた結果で、水気を切ってから火にかけるも、粉ふきいも状態に持っていけなかったという怪我の功名!?だ。柔らかすぎて、混ぜるだけでマッシュ状になった。ジャガイモをつぶす作業は省けたが、粉を付ける作業で大苦戦を強いられた。つまり、結果オーライだったということ。

 こんな異様に美味しい(そして作る都度、どこかが違う)コロッケは、ちょっと他では食べられません、たぶん。
 看板あげられるかも(自信ありすぎ/笑)。 俵型のコロッケだから屋号は「俵屋」か?・・・いやダメ、柔らかすぎて指の跡が↓
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2011/11/25

今日はお掃除日和  家事・畑仕事

 お天気はいいけど、寒い日。今日はフルにお掃除をする。とはいえ掃除というものは、ほんとに微々として進まず、お昼抜きで励むも、台所以外の埃をなんとかできた程度。そして台所は手つかず(悲)

 それでもお歳暮のセレクトが半分でき、擦り切れた畳の補修もし、居間にある、本棚からはみ出した書類の整理と廃棄も出来た。

 掃除以外には、信楽のMIHOミュージアムへのアクセスを調べた。あっと、驚愕する。信楽高原鉄道に乗り、信楽駅からバスだろうと思い込んでいたら、なんと信楽駅からはタクシーだ! それ以外にはJR石山駅まで行き、そこからバスで50分らしい!! バス代が片道800円!! バスだけで往復2時間かかり、しかも1600円!!

 やはり滋賀県では車が必要不可欠ということか(いや、MIHOにさえ行かなければきっとなくて済むのだが??)。
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2011/11/24

勤労感謝の日は  

勤労していない私の勤労感謝の日は、ほぼダウン。前日、日吉大社の複雑なあれこれに接して、脳が許容量をオーバーしたらしい。

 あれ? なんだか腰が、関節が・・・と痛みだし、おまけに咳まで出始めたので、ベッドに避難する。

 お昼前から夕方近くまで、昏々と眠り、その後復活す。

 混沌とした日吉大社情報で混乱した頭を整理すべく、ネットで検索しながら22日のブログを完成させた。

 ところで日吉大社の重要なシンボルが北斗七星なのが、展示を見ている間、すごく気になった。神輿に、宮司の重要な祭司のときに着用する衣類に、北斗七星が燦然とある。あとから調べたら、天台宗の教義では、北斗七星を重視し、山王七社の神々が「北斗七星の神」だから、ということはわかったのだけど。

 なんでこんなに気になったのかというと、諸星大二郎の『暗黒神話』に北斗七星ってあったよなぁ・・・ということで。でもこれを読んだのははるか30年前だ。ついでにいえば、カシオペアも展示品のなかで1カ所だけだけど言及されてた。・・・あ、『暗黒神話』に出てくるのはオリオンだった。

 という連想につぐ連想で、『暗黒神話』が無性に読みたくなってしまったのでした。(but 所持せず)
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2011/11/23

日吉の神と祭  神社仏閣/教会

 昨日は「神仏います近江」の企画展示シリーズ第2弾「日吉の神と祭」を見に、れんくみさんの車に便乗して共に大津歴史博物館へ(いつも、ごめん)。

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 『神仏います近江』の大津歴史博物館での企画展紹介ページより↓

日吉の神々は、比叡山延暦寺の守護神として崇敬をうけ、神と仏が融合した独特の世界を形作ってきた社として知られており、その姿は、山王曼荼羅図 をはじめとするさまざまな神仏習合の美術作品として残されています。また、この神々を祭る「山王祭」は、湖国を代表する勇壮な春祭りとして著名で、神々が里に幸いをもたらすべく、1ヶ月半に及ぶ行事が展開します。その姿は、湖と山々が織り成す景観とあいまって人々を魅了し、絵画の画題にも取り上げられてきました。本展では、日吉社にまつわる神道美術の数々や、山王祭にかかわる作品を展示し、人々が日吉の神々に捧げてきた祈りの歴史を紹介します。

 というように、今回は仏像ではなく神様だ。いつもは神社の奥深くにいらっしゃる木彫りの神像や山王総本家である日吉大社の山王祭を中心にした展示なので、予備知識がないだけに新鮮だった。

 もっとも「知らない」上に「本地垂迹説」とか「神仏習合」とか、仏教と神道が複雑にミックスしているので、理解するのに時間がかかった。って、本地垂迹説ってなんだっけ?というところからスタートなので、詳細なキャプションで丁寧に説明されているのに、まだピンときていないかも。いつものようにウィキに助けてもらおう↓

本地垂迹(ほんじすいじゃく)とは、仏教が興隆した時代に表れた神仏習合思想の一つで、日本の八百万の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考えである。
 
 つまり日本の神様は仏教の仏が姿を変えて、日本に出現したものであるという考え方らしい。逆に反本地垂迹説というのもあるそうで、これは日本の神様が本来で、仏が権現(仮の姿)という考え方。どちらかをとことん支持して戦ったりせず(飛鳥時代には物部氏と蘇我氏の神対仏の戦いはあったけれど)、いかにも日本人の鷹揚さがよい方向に出た、神仏共存できる懐のひろい考え方だ。

 『日吉の神と祭』最初の部屋では、近江のいろんな神社から集められた神像がいらっしゃる。素朴でかわいい方々だ。男神はむっつりと怒り顔だけど、雑作が素朴なので意外に可愛かったりする。男女の神が対になっている(らしい)夫婦?もの、団体様ご一行でいらっしゃるもの、おひとりさまとそれぞれだ。

 ご神体はご神木から彫り出されたものなので、わざと彫りをあらくしたり、顔面を彫らなかったりして、「ご神木」たるを残すようにされたものもあり、興味深い。

 次の山王祭展示は、祭に使われるあれこれの他、祭のようすを描いた屏風、巻物、などが展示されている。祭自体が7基の神輿があり、それも京都の神社に出向いたり、琵琶湖にこぎ出したり、湖上での行事があったりと、多岐に渡っているので、全容を理解するのがこれまた時間がかかってしまった(苦笑)

 ラストは祭の時間軸に沿った写真が、パネルにしてあり、とてもわかりやすかった。それにしても1ヶ月の準備期間があり、最初は「榊山」から巨大な(七夕の竹より大きそうな)「榊」を切り出し、それを地面につけないように運ぶところからスタートする、というのもいかにも古式ゆかしい。民俗学とかやってる人には大好物なお祭りかもしれない。

 面白いのが4月14日の例祭に、天台宗総本山比叡山延暦寺より天台座主が参拝され、ご神前に五色の奉幣、般若心経の読経を奉納されること。神仏習合が目前で繰り広げられるのだ。

 あまりに面白かったので勢いづき、帰りに日吉大社に駆け足ではあるけど立ち寄る。帰って日吉大社のHPをみたら、行ったのは大社の一部なので、できたら次回は山登りを含む奥社までコンプリートしてみたい。

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鳥居の上に△が乗った山王鳥居。全国でもここだけ。
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 天台宗の教義では北斗七星を重視している、というのを「日吉の神と祭」にて学習した。山王七社の神々が「北斗七星の神」とされていることから、ここの狛犬も7つの尾っぽを持っているそうだ。
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 ちょっと剽軽な吽形の狛犬。かわいい♪
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 阿形の狛犬は凛々しい。
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2011/11/22

虹を見た日  季節

 さっと時雨れる季節には、つかのま虹が出る。

 昨日、運転中に虹の左側を見つけ、一気にテンションがあがる。

 カメラ、カメラ! 写真、写真!

 コンビニの駐車場に入って、急いでシャッターを

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 ・・・消えていた。


 だけど、右側にはくっきりとした虹が残っている! 神はわれを見放してはいなかった。

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 写真より目で見た方がくっきり、かつ近いんだけどな。よし、ズーム!

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 虹の足下って、どうなっているんだろう。
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 調べてみたら、吉野弘という詩人が、「虹の足」という詩をつくっていた。その一部↓

そんなこともあるのだろう
他人には見えて
自分には見えない幸福の中で
格別驚きもせず
幸福に生きていることが――。


虹から離れている人には、虹は見えるけれど、虹の足元にいる人には、虹は見えない。
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2011/11/21

気まぐれに醍醐。  神社仏閣/教会

 昨日の日曜日は、京都の円山公園にて「私学フェスティバル」なるものがあった。PTAの役員で、恒例のたこ焼き屋をされるのでお昼からの要員として割り当てられた。

 懐かしい母校の高校への通学路だった商店街を通り抜けるルートで行って見る。商店街の中に、小さな「京町家のお宿」が数件あってビックリ! ヤンチャ娘たちが授業を抜けて集ったお好み焼きの店や、早朝から開いていたお世話になったパン屋さんは見つからなかった。

 たこ焼き屋さんは近隣テントの別私学校のお母様たちの購買協力もあり、時間ギリギリになんとか完売。
 「新幹線で食べるから」とビニール袋を所望されたり、遠くはシンガポールからお見えのお嬢様方にも買っていただいた。格安のたこ焼きだったので、完売したにもかかわらずトントンくらいか。とはいえ、それなりに有意義な一日だったが、すべて終了したのが15時だ。

 他のお母様方とは帰宅方向が反対なので、ひとり地下鉄の東山駅に向かい、切符を買う段になって、突如「もう一声!」という空耳がきこえた。「せっかく交通費払って来たんだから、このまま帰っちゃもったいない」と。

 そこで、もよりJRの駅までではなく、もう30円プラスして醍醐まで行くことにした。醍醐寺に一度行きたかったことを思い出したのだ。それに宇治で調査員バイトの終盤で気さくに応えてくださった方が醍醐の方で、「いいところよ〜」とおっしゃっていた。「醍醐寺、行きたいと思ってたんです。ぜひ近々行きます」と一期一会の方ではあるが約束もしている。今日行かなければ、いつ行けるかわからないじゃないか。

 と、律儀に地下鉄で醍醐まで行くと、その律儀さに神様も感銘を受けたのか、バス停にはジャストタイミングでバスが入って来た。あとから知ったのだが、休日には10分おきに醍醐寺直通のミニバスがあるらしい。醍醐寺が、そんなに人気者だとは知らなかった。・・・え!世界遺産でしたか!? こりゃまた、失礼しました。
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 が、到着したのは4時だ。霊宝館の受付で2館共通券を所望したところ「もう4時ですから、ひとつしか見る時間はないです」と気の毒そうに宣言されたので、仕方なく霊宝館のチケットのみ購入する。醍醐寺の宝物を所蔵/展示する霊宝館は春秋一定期間の特別公開しか見られないらしいので、こちらをチョイス。
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 いつもながら真言密教の仏像は異形で不思議で、とても面白い。顔がいっぱい、腕がいっぱい、おまけにカラフルなので、浄土系の仏像とまったく違った面白さがある。平安時代に作られた仏像もハイクオリティな完成度で、みていてため息が出るほど美しいお方も多数いらっしゃった。如意輪観音坐像などは、思わず「ブロマイドを!」と思ったくらいだったが、残念ながら、お土産物売り場は、私が門をくぐって暫く後シャッターを閉められていた。

 他にも大威徳明王が乗っている牛なんかは、もう絶対H氏に見せたい!!と切望した。漫画「よつばと」のびっくり目みたいな牛で、面白過ぎる! 別のブログでは「『ワンピース』のチョッパーに似ている」というご意見もあり、画像とともに比較対比されてあった。確かにね。

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 扇のような形の不思議な松。だけど扇形の松だなんて、おめでたすぎる。
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 大満足で霊宝館の仏像や襖絵や屏風絵を堪能したあとは、仁王門まで歩く。私が間近までくるやいなや、門番さんが無情にも仁王門を閉鎖していかれ、私は仁王さまの写真のみ撮影。
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 引き返して門を出てバス停に着くとすぐ、醍醐駅までの直通バスが来てくれた。時間足らずではあったけど、見事なしだれ桜の大木が数本あったので、この続きはまた、桜の時期に来ようということで。
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 ↑『妖怪人間ベム』に出て来そうな不気味な姿の老木だが、春には見事な花を咲かすしだれ桜だ。
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2011/11/20

こんにちは江國香織さま  読書

 江國香織さんの『抱擁、あるいはライスには塩を』をやっと読み始めた。

 実は江國香織さんは、なんとも読まず嫌いで、今回は読書会の課題本になったればこその、初・江國香織体験だ。

 なんで読まず嫌いだったかというと・・・彼女のオシャレでスタイリッシュな感じがどうにもとっつけなかったらしい。装丁とかタイトルとかジャンルとかイメージとかにすぎないんだけどね。なんというか「とりつくしまがない」感じ。入口がわからないというか。

 しかし「読まず嫌い」というのは、読んだためしがないから、実は嫌いかどうかすらわからないのだ。読んでみて初めて「ああ、大丈夫!」と安堵した。「意外に面白い」とも思った。おそれていた「女子が憧れるロマンティックな世界」が展開するのだろうという予感は見事に当たり、そして外れた。

 古い洋館の豪邸に住む一家。そこに居心地のいい図書室がある、というシーンから始まるので、いきなり「連れ込まれてしまった」のだ。図書室がある旅館、というだけの点で「俵屋旅館」に憧れてしまう私は、こうして赤子の手を捻るより簡単に籠絡されてしまった。

 登場人物の装いや洋館のしつらえ、荒唐無稽なほどの豪奢だけど上品な暮らし。たとえば欧州貴族のようなオヤツや食事や教育などは、女子が憧れるロマンティックな世界だ。が、それはかなり骨太なロマンティックさだった。

 しかし大いなる計算ミスが発覚する! 分厚い本だからかなり頑張らないと読了できないとは覚悟していたのだが・・・。読み始めて指の感触で、ページがえらく薄いのに気付いた。できれば気付きたくなかった、恐ろしい事態だ。

 まさか、まさか、600ページもあるなんて!!! 唯一の救いは「読みやすい文章」と世界観が確立しているので、ページが順調に繰れていくこと。

 自分自身の健闘をおおいに祈っている(幵 (入 ̄;) 願!)。
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2011/11/18

祈りの国、近江の仏像  アート

 がっかりしすぎて一日とびました。ってうそです(笑)

 昨日はフルに働いた。なぜなら今日はお出かけ予定だから。

 ということで、今日1週間前に行けなかった滋賀県立美術館の『3館連携特別展 神仏います近江 「祈りの国、近江の仏像−古代から中世へ−」』へ出かけた。

 ミホ・ミュージアム&大津歴史博物館との3館連携シリーズの一つ。ほぼ同時進行で開催されている企画展だ。3館共通チケットは持っているのに、最終日が明後日の県立近代美術館から制覇することになった。実は他のも来週中にいかないとヤバい状況なので、すべて駆け込みだ。

 今回諸般の事情があり、会場までは車ではなくバス〜JR〜バスというアクセス。結婚後は、H氏に車で連れて行ってもらっているので、逆に新鮮。不便は意外に楽しい。

 実は何の期待もせずに行ったのだ。県立の企画展で、テンションあがるのって、最近経験していなかったから。

 ところが、これがもう、おなかいっぱいになるくらいの満足感だった。近江の仏像を一堂(3カ所だが)に並べるって、悪くない!

 たとえば、ごくご近所のお寺の地蔵菩薩像とかも出品されていたのだけど、これがなんと会場一暗いお顔の地蔵さまだということを知ったり。市内にあるお寺の「重要文化財」らしいという、噂ではきいていた仏像を「ああ、これが、あの・・・」としっかり拝めたりしたり。大津市にある九品寺とか聖衆来迎寺とか、行ってみたい!!と見仏意欲をかき立てられたり。とっても郷土愛に満ちたアットホームな展示なのだ。

 それからなにより、平安〜鎌倉期の仏像が展示されていたのだけど、これがなんというか、「大丈夫、だいじょうぶ♪」と安心させてくださる表情なのだ。「大船に乗ったつもりでいらっしゃい」というかね。
 あるいは、もしかして試作品??・・・というような笑えるくらいユルいお顔の仏様がいらっしゃったり。それも結構な大きさだったりしてすごい存在感かつ、そのユルさが逆に目が離せなくなる魅力だったりする。そんな、なんともいえない安心感をおぼえて他力本願ですべておまかせします、と心底ラクになれそうな仏さまが多数いらっしゃったのが、大収穫。

 レアな仏様方もいらっしゃって、その点でも面白かった。

 一般的には地蔵菩薩像ってとてもシンプルだ。質素なみなりで頭もスキンヘッドというシンプルさ。
 それが観音様のようにゴージャスな飾り物を身につけたり、レースのように繊細な光背をしょわれたりするお地蔵様がいらっしゃった。デコラティブな地蔵菩薩がいたっていいじゃないか!という岡本太郎さんの声が聞こえてきそうだ。

 そうそう、今年後半私が学習した来迎される阿弥陀如来と観音&勢至菩薩トリオもいらっしゃった。これが見たことも無いユニークさ! 
 まず衣が模様入り! これは本当に初めて! 金地の上にさらに濃い金でブランド品のような不思議な模様が描かれ、とってもおしゃれだ。
 おまけに阿弥陀如来さまは前のめりだし、観音菩薩さまに至っては、いままさに両腕で抱きとめんばかりのお姿で、こんなありがたいお姿は、またとないかも。もっとも抱きとめられたら、その場でご臨終なんだけどね。ありがたいのか躊躇するのか迷う所かもしれないけど。

 そんなわけでたいへん見応えのある企画展だった。この土日で終了してしまうので、興味のある方はお急ぎください。11月20日まで。
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2011/11/16

失意の気づき  

 ふと気づいたんだけど。

 石鹸でシャンプーとか、柚子でリンスとかいっても、ヘアマニキュアとか白髪染めとかするのなら、あまり意味ないのでは?ということに。

 いや、レギュラーな日々には意味はあるのだけど、なんというか、コンプリートできていないことが、とっても悔しいのだ。

 気づいたときには、がっくりくるような敗北感をおぼえた。

 アニメならバックが黒から灰色のグラデーションで、縦線が入り、サヨナラホームランを打たれた高校球児のように、がっくりと膝をつく、あのポーズ。
 そう、まさに心がアスキーアートのorzのポーズ。失意体前屈である。
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2011/11/15

寒い日  季節

 『カーネーション』を見て、奈津ちゃんと一緒に号泣してしまった一日のはじまり。「このぉ、よっぱらいがっ!」という憎々しげな尾野真千子の着ボイスが、ちょっと欲しくなった一日のはじまり。安岡髪結い屋では、お客は坪庭?の竹などを眺めながら髪を結ってもらえるのだ、ハイセンスでおしゃれなお店なのだと気づいた一日のはじまり。

 そして今日は風が強くて晴れときどき曇りの、一日中寒い日だった。

 皮下脂肪たっぷりのくせに、寒いのがやたら苦手な私は、お昼前には、あろうことか2時間ばかり布団の中だった。コタツが出ているにも関わらず、だ。怠惰な半日を過ごしてしまった。ほとんど変温動物のような生活だ。

 今日は半日のんびりできる貴重なデイサービスの日なので、逆になんにもせず、無為に過ごした、ともいえる。これで「なんとなくしんどい」状態から脱却できたかもしれない。

 朝は元気にはしゃいでH氏を送り出したのだけどね。
「あぁ、妖怪アンテナが立ってる〜! 近くに妖怪いるで〜!」とか言いつつ。

 寒いの、いやだなあ。ストーブが入るまでの期間が、結局一番しのぎにくいのだろう。だからヤドカリのように、もぐり込むところがほしいのだ、きっと。
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2011/11/14

昔の話じゃない。  テレビ/ラジオ

 ふと気がつけば11月もなかば。

 ウキウキと『カーネーション』に夢中になっているうちに、いつしか月日は怒濤の様に年末へダッシュしていた。

 けど今日の『カーネーション』の話をすれば、つらいことばかりな奈津ちゃんに、子どもの頃から憧れていた男性から名前を呼んでもらうという心ときめく出来事があって、なんだか心がほんわりした。しかし子役の『太郎君』は、幼すぎてほとんど動物並みになんもわかってなかったな〜(笑)

 別の意味で(笑)なんもわかってない女性の洋服を小馬鹿にする「紳士服ロイヤル」の人たちに、糸子はムカムカするけどこういう展開のドラマでありがちな「異議申したて」をしない。ムカムカするけどスルーする。もっとも心中は怒りが爆発しているので、岸和田弁でなく標準語になっていた(笑)

「オ〜モ〜チャ〜〜〜!!??
 ドレスのこと、おもちゃっていいましたあぁ〜!!!???」

 彼女の性格なら男や上司とケンカするのなんかどうってことないのに、と思われそうなんだけど、これはやはり脚本家の作戦だろう。だいたい言ってわかるような利口で鋭敏な人たちなら、まずこんなこと(「ドレスはおもちゃ」発言)口にしないだろうし。

 15分とは思えないような濃縮されたドラマには、一見時間の無駄遣いみたいなディテールや笑いもしっかり入っているが、しょーもない男の偏見への抵抗なんて、しょーもないムダな場面として書くこと自体、カットされているのだろう。すごいアイロニーだ。前ドラマ『おひさま』と比較したらよくわかる。抜きん出ている脚本だ。

 それでいて専制君主の糸子の父は、愛情いっぱいで魅力的に描かれているんですよね。糸子の父は、なんもわかってへん、しょーもない男ではないからね。

 と密かに朝から(脚本家に)皮肉られている(であろうと思われる)「紳士服ロイヤル」にいるような人たちは、現代にもしっかりと日本の隅々にまで棲息されているので、なんだか「ふふふ」と笑いが漏れてしまう。おもわず「わかるかね? あけちくん」と心の中でつぶやいてしまったりしている(笑)
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