2011/12/31

あんなに楽しみにしていたのに!  テレビ/ラジオ

 年末のお昼からはおせちを作りながらラジオを聴く、というのが私の恒例行事で、時間通りに進行しているか焦りつつも、楽しい時間なのだった。今年は特に、毎週土曜日に愛聴している『ラジオマンジャック』略してRMJが、なんとお昼から翌元旦深夜1時までのスペシャル番組として延々と流れる。こんな贅沢な年末がまたとあろうか!

 なのだったが。

 朝から前日の掃除疲れが残っているな〜とうっすら思いつつも、いやでも前日にすでにクワイの煮含めやカズノコはできあがっていたりするので楽勝だろうと、うっかり「『カーネーション』の疑問にお答えします」なんていうNHKの戦略にまんまと乗せられ見入ってしまったりしていた。

 油断した。

 まさか、午後にあんなことになろうとは。

 あんなに楽しみにしていたRMJが始まる頃、すっかり体調がダウンしてしまい、しばし寝ては起き上がり、年越しの準備とおせちづくりをし、またもやダウンして横になる、というはかどらないことおびただしい年末になってしまったのだ。

 寝ないと回復しないので、当然その間ラジオリスニングはとんでしまう。

 そして当然おせちの手作り部分は大幅カットせざるをえなかった。今回久々に復活するはずだった「きんとん」、毎年大人気の「出汁巻き卵」「とりの照り焼き」、縁起物の代表である「焼き小鯛」は、泣く泣くカットした。それでも実家に持っていくおせちはギリギリ22時に完成し、ウチの分はその30分後に詰め終わった。

 そんな状態の私の参加が危ぶまれた、恒例の実家での除夜の鐘突きもなんとか参加でき、でも恒例の初詣はパス。年明けしてからの帰宅後はラストのRMJを聴きながら台所の片付けなどだった。当然就寝は2時を回った。

 ああ、あんなに楽しみにしていたRMJ! ファンの中には120分テープを探しまわって購入し、ダビングのスタンバイをしていた人もいるというのに! なんらかのリスクヘッジをしておくべきだった!!

 とはいえ、たまさか聴くRMJに、ずいぶん励まされたことも事実。私の大好きな『狂言好きな夫、怪しい店に行ったことが妻にバレるの巻』のネタとか『ヘンなしゃべりで機能のいまいちさを誤摩化す按摩機』のネタとか『赤坂さんVS熊倉一雄さん』の声優トークとか、いろいろ聴けたことも確か。

 来年の年末もぜひぜひ、RMJ年末SPをよろしくお願いします!!
 
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2011/12/30

妓王寺(ぎおうじ)  神社仏閣/教会

 妓王寺はわが家からそう遠くない場所にある浄土宗のちいさなお寺だ。何年か前には高齢の尼さんが一人暮らしをされていた。いまは無人になり、村人が守っている。滋賀県のHPよりひもとけば↓

 「平家物語」で知られる白拍子(しらびょうし)の妓王(ぎおう)・妓女(ぎじょ)姉妹とその母と佛御前の菩提を弔うために建てられた小寺と伝えられている。彼女らの生家が、どうもこの地にあったらしいのだ。

 妓王・妓女姉妹は京の都で白拍子となり、妓王は平清盛の寵愛を一身に集めた。水利りの悪さに苦しんでいる故郷のために、清盛にお願いして野洲川からの引水の難工事を完成させたという。のちに妓王は若い白拍子に寵を奪われ、清盛に追放されて京都山嵯峨野に隠れ住んだが、地元では、「祇王井川」で故郷の村人を助けた偉大な女性として敬われている。


 ということで、実は有名なのは清盛の元を追われてから庵を結んだ京都・嵯峨野の『祇王寺』(漢字が違う)の方なのだ。が、なんのこちらだって縁(ゆかり)の地、ということで野洲市観光物産協会さんはめっきり力を入れているようだ。 だって追われて住んだ場所より、生まれ育った場所の方がやや古いし、意味深いじゃないですか!(ということなのか?) 人生ゲーム的には「ビッグチャンス到来!」だ。ここで存分に動かなければ、いつ動くというものだ。

 ということで、協会のHPのトップから寺の写真がバーンとアップされている。

 駐車場対策も万全だ。いつの間にか、こういう看板が林立していた↓
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 幟(のぼり)も用意されている。こちらはまだまだ少数派↓
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 観光物産協会さんの意気揚々さが判ろうというものである。

 ところで私が初めて自主的に観た大河ドラマは『新・平家物語』だった。およそ40年ばかり前だ。と、書いて自分で驚く。小学5年生くらいだった。歴史の面白さにも目覚める年頃だったのである。

 『新・平家物語』で平清盛を演じたのは仲代達矢さんだった。子どもの頃の吸収力はすごい。「平清盛」といえば、即座に坊主頭の仲代達矢さんの顔が浮かぶ。これに上書きして松ケン清盛に更新するのは、やや時間がかかるかもしれない。

 でも、いかんせん私は松山ケンイチはわりに好きな俳優さんなので、意外に40年間培ってきた!?平清盛像はあっけなくくつがえされてしまうかもしれない。

 さあ、野洲市観光物産協会さんのためにも、私の平清盛イメージを更新するためにも、がんばれNHK大河ドラマ、『平清盛』!
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2011/12/28

想定外!  季節

 H氏の出勤前の活躍によりプリントができあがり、あとは手仕事分の年賀状に一日かかりっきりだったが、無事Kちゃんの年賀状は投函された。私の分も少なくとも2/3は投函された。うれしい想定外。

 まもなく始まるNHKの大河ドラマは『平清盛』だ。今年の『江』ではずいぶん湖北の長浜あたりが潤ったが、来年の平家ゆかりの地は、ずいぶん盛り上がっていることだろう。

 って、それ、他人事だとおもっていたのに。

 年賀状を投函するため、自転車で郵便局まで走っていたとき、想定外の観光のぼりと頻繁に出没する駐車場案内看板を発見する。

 えっ、ちょっと、それって、まさか、こんなご近所で『平清盛』効果を見越して盛り上がっているなんて!?

 その証拠物件については、また後日採取するとして。

 気になって市内の平家ゆかりの地を検索したら、なんということ、ほかにも『平家終焉の地』の石碑までが、ひっそりとながら存在することを知る。終焉の地という重大な場所なのに、地元民も知らないマイナーさだ。どこや、それ?
(→ここです)

 来年は市内が一気に賑わうのだろうか? 家から歩いていけるような寂しい古いお寺(しかも無人)も、駐車場があちこちに必要なくらいな人出になるのだろうか?

 もしそうなら。

 いまのうちに、ゆかりの人形焼きでも考案して特許申請しておこうかなあ・・・と密かにほくそ笑んでいる紙魚子であった。

(あ、いま19999アクセスだ。深夜に2万アクセスを誰か踏むな。踏んだひと、どうもおめでとうざんす♪)
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2011/12/27

おわび決定  季節

 昨日までの身を切るような寒さが通り過ぎ、雪も「ちら舞」はしたが積もることなく、おとといと昨日の『生徒会2年生のクリスマスパーティ、一部お泊まり付き』も無事終了した。

 さすがに気が抜けて彼女らを送り出した後は爆睡(昼間)、そして今朝も寝坊という失態を繰り広げることになる。

 しかーし! 気を抜いている場合ではなかった! 年末だよ、年末! それも最終週だ!

 H氏が担当の年賀状プリントは大幅に滞り、いまだ一枚も出来ていない。12月の中頃、昨年の年賀状データの入ったPCを4月にお兄ちゃんが持っていっていたことに気づいたからだ。そしてそれを覚えていたのがH氏だけだったのだ。

 昨年買ったソフトはウチにあるが機種が違うので使えない。あらたに購入し、現在は入力作業が終わったばかりだ。裏面印刷があと少しで終了、というところで「インク残量わずか」の文字が出現した。

 万事急須。お茶でも飲んで気分転換だ。

 Kちゃんは「裏さえ印刷できたら、手書きの方が早いかも」と私にささやいているくらいだ。もっとも、その彼女も冬休みは友達のお誘いが目白押しで、おでかけの日々である。肝心のH氏も、仕事ばかりかオフでも飲み会続きだ。

 今年こそ元旦に年賀状を届けよう!という(わたしひとりの)野心もむなしく、残念ながら例年どおり「今年中に投函できれば大出来」ということなってしまった。

 関係者各位のみなみなさま、申し訳ありませんが、どうぞお汲み取りのほどを。
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2011/12/26

ゆるい希望がいい。  テレビ/ラジオ

 専業主婦になって初めての12月。だから先生も走る(これは現代の超多忙な先生に対して失礼では?と思うのだけど)といわれるほど忙しい12月に、やはり気は急くけれど、いつものような切羽詰まった崖っぷち感はない。

 この気持ちにぴったりの歌があったなあ。遥か昔に聞いた歌だ。歌っている人はドン・ガバチョ。あるいは藤村有弘。私にとってドン・ガバチョは彼以外にいない。インチキ外国語をしゃべる人は、タモリ以前に彼がいたのだ。

 検索してみたら、それが『ドン・ガバチョの未来を信ずる歌』(from『ひょっこりっひょうたん島』)だということを知る。歌詞は以下のとうり↓

 ♪今日がだめなら明日にしましょ、明日がだめならあさってにしましょ、明後日がだめならしあさってにしましょ、どこまでいっても明日がある♪

 これよ、これ! 私の家事予定変更時のテーマソングになりつつある。以前は今日はコレをして・・・と計画し、遂行できない時はけっこう凹んだんだけど。
 
 ♪どこまでいっても明日が、ある♪

 ああ、そうだった! 明日があるじゃない!

 これって、どんどん仕事がはかどらなくなり、スピードダウンし、からだが動かなくなる老齢期に向かっている私に、明星のような輝きを与えてくれる歌でもあるのだ。

 いいなあ、ドン・ガバチョ。そして藤村有弘。私にとっては『希望』ってマジメに語るより、肩のチカラを抜いたゆるいところにあるのかも。
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2011/12/25

クリスマスイブには  ファミリー

 子どもたちが小さい頃には、12月に入るとオーナメントを飾り、ツリーを点灯し明滅させ、クリスマスケーキを予約し、手羽元チキンを揚げたりした。

 今年はといえば、クリスマスのクも考えていない。というかKちゃんが25日に同級生の生徒会メンバーを呼び寄せ、クリスマスパーティをするので、そのことで頭がいっぱいだったのだ。総勢8名。

 とりあえず「場所貸し」だけでいいから気にせず、というけれど頭数が多いので予想できないことも起こりそう。どきどき。

 おまけに天気予報では大荒れの雪だそうで、すでに京都/湖西では降り始めている。北よりの湖西などは除雪車が出ているそうだ。(ほんまか?)行きはともかく帰りが心配。

 しかし、おとといからお兄ちゃんが帰ってきているので、やはり彼にはクリスマス恒例の思い入れとかもあるらしく、手羽元のチキンはかろうじて作った。あとは大根煮とか塩ジャケとか(笑)

 ケーキは時間切れでやめようかと思ったが、お兄ちゃんのリクエストにより、夜家事終了後、30分でできるケーキづくりにとりかかる。

 材料は準備していた。いちご。生クリーム。ケーキ台。しめて千円あまり。安い!

 イチゴを半パック分洗いスライスする。生クリームをぶんぶんホイップする。角が立つまで混ぜる混ぜる。ホイップクリームができたら、すでに横スライスされている下部ケーキ台の上部にクリームを塗る。スライスイチゴを乗せる。クリームを塗る。上部ケーキ台を乗せる。クリームを塗る。イチゴを乗せる。完了。

 安いといっても、生クリームのメーカーは「タカナシ」だ。スーパーでは一番の高級品だ。しかもホイップしたてのクリームは美味しいし、砂糖も少なめにいれたので、夜の10時に3人であっさり完食した。イブにはケーキを!と所望していた本人は、5号台とはいえ半ホール食べた。クリスマスケーキではなく、ふつうのイチゴケーキだけどね。

 とはいえ洋菓子の本場、神戸のケーキを食べ慣れているお兄ちゃんにも満足していただけ、安心してイブの眠りに就く。

(余ったクリームは、翌朝おしゃれにウインナーコーヒーとなった。これで生クリームも完食)
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2011/12/24

土人形コレクション  おでかけ

 昨日はH氏に、近江八幡の骨董品屋さんで見かけた天秤をみせてあげたり、新幹線の高架下のバラックでこっそり営業しているH氏懇意の骨董屋さんに、柚子をもっていったりした。
 
 ずいぶん懇意にしているので、イスを勧めてくださり、コーヒーをいれてくださったり、ペットボトルのお茶を温めてくださったり。アラジン型の石油ストーブで暖をとっておられたけれど、なにせバラックだから寒い寒い。コーヒーを飲む横の棚には、なぜか理科実験容器が並んでいた。丸いフラスコ、三角フラスコ、ビーカーなどで、パイレックスというメーカー品であることを、おそれおおくも店主さんたちに蘊蓄をたれてみた。なぜか理科実験器具の型抜きがついた定規もいっぱいあって・・・あ、これ買い忘れていた!

 店主の息子さんのコレクションである、非売品の土人形が陳列してあるのを発見して、親御さんの了解のもと写真を撮らせていただく。

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 愉快な坊さまトリオ。

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 のんき達磨。

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 どろぼうねこ。

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 恵比寿さんがとって喰われないか心配な、迫力満点の鯛。

 ゆるキャラ土人形たちを、思う存分見せていただいて、幸福感に溢れて帰宅した。
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2011/12/23

ころんでも只では起きない  おでかけ

 昨日の午前中は、たぬき亭水回りの片付けに費やし、午後は隣町まで複数件の用事をするため出向いた。

 ところが午後の用事が2件空振りに終わる。知り合いのお店に柚子を届けるも休業中だったし、来年のお札を買いに御沢神社まで出向くも、社務所はぴっちり閉まっているし。

 神社内では、見知らぬ人同士でも挨拶を交わすのが暗黙の了解なので、神社で出会った初対面のおばさんが、親切にも「宮司さんのお身内に不幸があったので、年内は(社務所は)閉めるそうですよ」と教えてくださった。

 とはいえ、「ころんでも只では起きない」を座右の銘としている私は、すごすご帰る訳にはいかない。こんなこともあろうかと、空のペットボトルを2本持ってきていたので、お参りをしてから人気の湧き水をいただいた。

 知り合いのお店は、もしかしたら遅れて開くのかも、と昨年できたばかりのベーグルのお店へ行き時間をつぶそうとしたら、そこも定休日だった。かなりがっかりしたが、やけくそでもう一足伸ばし、日牟礼八幡宮の前のクラブハリエにパンっぽいものを求めていく。

 ほぼ半世紀にわたって目にしてきたはずの、日牟礼八幡宮の木造明神鳥居(県重要文化財)に屋根がついていることを、この日初めて知る。なんとなくみていても、いかに「見ていない」かがわかろうというものだ。

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 今日の収穫はこればかりではない。やけくそで出向いたクラブハリエだったが、そこで購入したガトーフロマージュ(チーズケーキ)は、ケーキにしては日持ちがするし(5日間)小振りながら食べごたえのあるお値打ちなケーキだった。帰省したお兄ちゃんにも食べさせられたし。

 クラブハリエを出て屋根付きの鳥居をくぐり、大きい通りを横断して子どもの時に図書館通いをした商店街の閑静な小径に入る。いまやちょっとした観光地で、町並みの静けさを保ちつつ、こぎれいに様変わりしているが、変わらないお店もあった。時計屋さんとか洋品店とか骨董屋さんとか。

 骨董屋さんは観光バスを連ねて訪れる観光客が増えたため、かつてより潤っているらしく充実したショウウインドウだった。
 古びた薩摩琵琶に、思わず吸い寄せられる。値段は不明だが、もし私が小金持だったらふらりと立ち寄り買ったかも知れない。同じお店のウインドウには昔の天秤ばかりもあり、いかにも近江商人のホームグラウンドらしい。これはH氏が興味を示しそうだったので、写真を撮らせていただくことにした。(買わせるわけにはいかないが)

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 ということで、予定していた計画は遂行されなかったが、新しい発見や珍しいものを見られた、ということでプラマイゼロとする。
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2011/12/22

サンタより愛をこめて。  季節

 きのうの記事を書くに当たって、クリスマスのことを調べていると、面白いことがいくつも浮上してきた。

日本にクリスマスの文化が入って来たのは、1549年(天文18年)にフランシスコ・ザビエルがキリスト教を布教するため日本にやって来たのがきっかけだ。

 そして1568年(永禄16年)には、堺で戦をしていた織田信長と松永久秀に対し、両陣営にキリシタンがいることを知ったイエズス会士のルイス・フロイスの呼びかけによって、「クリスマス休戦」が行われたとのこと。堺の貿易商の邸宅に両陣営の武士およそ70人が集まり、ミサをした後、互いに持ち寄った料理を食べながらクリスマスを祝ったそうだ。
(日本のクリスマスの歴史(年表)|日本クリスマス博物館より)

 戦国時代に『戦場のメリークリスマス』があったなんて驚きだ! しかも宗教なんぞくそくらえの織田信長の戦でである。フロイスとは、仏教に敵対する者としての同士意識が働いたのかもしれない。

 それでは、日本で最初に『サンタクロース』が登場したのはいつなのか?

 1874年(明治7年)、東京・銀座で女学校を経営する原胤昭によって開かれたクリスマスパーティーが最初らしい。「キリスト教家庭新聞」に記載された彼の回想録によると、その時のサンタクロースは裃や刀、大森かつら(シュロを加工した安物のカツラ)をつけた殿様風のいでたちだったという。
 『とのさまサンタ』は、絵本の中の話だけではなく、史実だったなんて。裃に刀のサンタ、見てみたい気もする。

 サンタといえば、当時のプレゼントも気になる所だ。プレゼントといえば、オモチャ屋さんのかきいれ時と思いきや、いやいや知恵者はいろんな会社に棲息している。オモチャ屋さんだけに儲けさせてなるものか、とばかりに各社が知恵をしぼったことと想像される。

 なにしろプレゼントを買うのはオトナである。サンタが自分の嗜好を押し付ける人であることも、昨日書いたばかりだ。

 サンタがプレゼントをあげたい子どもは、どんな子か?

ということに着眼したのが、『株式会社ライオン』だ。さすが「おはようからおやすみまで暮らしに夢をひろげる」と広言するだけのことはある。24時間すみずみまで商機をうかがっている会社なのだ。ライオンはクリスマスの広告戦略を画期的な宣伝で展開した↓

「毎日歯を磨く子は良い子で、良い子にはサンタクロースがプレゼントを持ってくる!」

 というわけで、明治時代クリスマス・プレゼントの人気商品は歯磨粉だったのだ!!

 良い子になるようなプレゼントを与えるとは! 親にとっては願ってもないプレゼントであるが、子どもにとっては、ショックだったかも。そもそも「歯を磨く良い子」は、子どもにとってはプレゼントをもらう「手段」にすぎないのだ。本末転倒である。もっとオモチャを!

 明治時代のサンタは、子どもにとってはサタンのように悪知恵を働かす、企業戦略の手先だったかもしれない。
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2011/12/21

クリスマスブーツの思い出  季節

 明日は冬至なので、これから柚子を収穫して配布しなければならない。H氏の命では予定数は100個。おもわず小草若©『ちりとてちん』を思い出す。我家の年中行事のひとつだ。今年は「なり年」なので、すずなり状態だから、確かに100個は無理ではないな。

 しかし気分は冬至を通り越してクリスマスだ。最近は寄る年波で、子どもの頃のことをよく思い出す。

 近江兄弟社を起こし、アットホームでお茶目な建築家であるW・メリル・ヴォーリズさんは、近江八幡がホームグラウンドだ。同郷であるばかりか、彼の妻が創立者である幼稚園に通っていた私には、クリスマスはめまいがするほど心ときめくイベントだった。ヴォーリズさんはまた、敬虔なクリスチャンでありキリスト教の布教につとめただけあって、近江八幡は田舎ながら、商店街ではクリスマスグッズなども販売されていた。

 そんななか、ひときわ子供心をときめかせたのは、銀色のクリスマスブーツだ。ブーツに入りきらなくて上部が網になり、お菓子が溢れている魅惑の季節限定詰め合わせである。

 調べてみれば、なんとクリスマスブーツのルーツは季節商品容器製造業の近商物産(滋賀県草津市)にあるという。戦後まもなく初代社長が「クリスマス用に銀紙を巻いた紙のブーツに菓子を入れたら売れるのではないか」と発案し、大手菓子メーカーを回ったのが始まりらしいのだ。

 さすがは近江商人!! おそるべき商才だ。各メーカーは在庫商品も盛り込めるとあってこのブーツに自社菓子を詰めて売り出したら大ヒットしたらしい。いまもなお近商物産は、さまざまなバリエーションのクリスマスブーツを売り出している。

 その頃のクリスマスブーツは、今みたいにかわいい意匠ではなく、赤い帽子をかぶり白い定番のひげをはやしこそすれ、目つきが怪しいサンタの顔が小さくついているのだ。思い出すと、いまでもそこに痺れる。あの「プレゼント? そんなものはやれん!」とフキゲンにそっぽを向きそうな気難しいサンタ。あのサンタにどうやれば認めてもらえ、プレゼントをいただけるのかよくわからなかったが、とりあえずクリスマスプレゼントはサンタさんからではなく、父親からもらっていたので、それは別にどうでもよかった。

 それに幼稚園主催のクリスマスイベントに現れたサンタさんは、陽気で元気で楽しげなおじいさん?だったが、いただいたプレゼントは「イエス・キリストの生涯をモチーフにしたカルタ」だったので、ずいぶんガッカリしたのだ(いまならカルタコレクションが増えて逆にうれしいが)。この一件で、サンタは子どもの嗜好より自分の嗜好を押し付ける人らしいことが判明した。それよりは『オバケのQ太郎』の分厚い漫画の方がいい(安価な漫画雑誌の装丁だったが)。

 サンタさんに媚びることはなかったが、母親には違った。クリスマスブーツが欲しくて欲しくて、普段さほどおねだりしない大人しい子どもだったにも関わらず、このときばかりは控えめながら、ねだりまくった。「ねだりまくった」といっても、「こうてーな」「こうてほしいねん」と3度ばかり口にするくらいだけど。それくらい欲しかった。

 それほどまでに欲しかったブーツの中身は、見たことのないパッケージの、さほど美味しくないお菓子だった。弱小菓子会社の売れ残りがありありとわかるような有様だったけれど、それでも翌年には、やはり欲しくて欲しくて。あれがなければクリスマスは来ない!とでも思い詰めていたのかもしれない。

 もし今でも見かけたら買ってしまうかも。目つきのワルいサンタの顔が付いていて、見たことのない菓子会社のお菓子がつまった銀色のクリスマスブーツを。
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2011/12/20

吉祥天ににている。  ファミリー

 おとといの話。

 晩ごはんのときテレビを見ていたら、デパートの高額商品に吉祥天の像があった。1600万円ばかりしていた。デパートって、すごい! こんなもんまで売ってるんや!
 デパ地下くらいしか行かないので、デパート事情は未知の世界だ。一度探検に行くと面白いものを発見するかもしれないな。

 しかしKちゃんは、「こんなん夜みたら、めちゃめちゃ怖いだけやん。ただでもいらんわ!」と、酷評していた。

 うーん、夜くらがりで鉢合わせしたら、たしかに怖いな。

 しかし吉祥天で思い出したことが。

「おかーさんな、高校生のとき、友達から吉祥天に似てるっていわれたねん」

 とたんに吹きそうになったKちゃん。お笑いの沸点が高いひとなので、めったに笑わせることはできないのに。
 H氏までが「ほんまや。似てるわ」と、いつになくウケている。まさかそんなにウケるとは。ふたりで「似てる似てる!」と盛り上がっている。Kちゃんなどは「これは使える!」とにんまり。・・・何に使うねん!?

 って、いやしくも吉祥天に似てたら、笑うんじゃなくて、感心するとか伏し拝むとか、別のリアクションがありそうなんだけど。
 なんでふたりして笑う!

 しかも私が似てるっていわれた吉祥天は、三十三間堂に鎮座ましましている、きれいどころなんだから! 1600万といえどデパートで売られてるのとは、訳が違うんやで! どうだ、恐れ入ったか。

 そして夜にくらがりでお母さんと鉢合わせして、震え上がりなさい。
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2011/12/19

心憎いやりくち!  テレビ/ラジオ

 もう小林薫さんの「善作おとうちゃん」が見られないのかと思うと、寂しい限り。

 お骨になって我家に戻った「おとうちゃん」と、横からタックルのように奪い取った白い箱を抱きしめ号泣する「おかあちゃん」。全力でお葬式を出す糸子は、いかに「おとうちゃん」が世間で優しいひとだったかを、しみじみと知る、という回だった。

 ここで、一回限りでは?と思われた神宮司さんのお嬢さんが、弔問に来る。おとうちゃんが「あの、ごっついべっぴんさんの」と形容した、ジャイ子のようなお嬢さんだ。神宮司さんが娘の嫁入り支度を注文した際に、一度だけ登場された。
 「小原のおっちゃんには、子どものときから『べっぴんさん』『べっぴんさん』ていうてもろて、『お世辞に決まってる』って子供心に思っていてもうれしいて、おっちゃんが来るのが楽しみやった」と、お嬢さんは糸子に語るのだ。

 困っている人には親身に世話をし、お得意さんの子どもにだって心をかけていたおとうちゃんの優しさが立ち現れてくる。神宮司さんのお嬢さんの、ぴかぴかの二度目の登板だ。

 場面は前後するけど、「チチキトク」の電報を受けた雨の夜の次の場面では、白い雲の浮かぶ青空。その端の方に、鳶が一羽とんできて、すぐもう一羽が画面に入り、仲良く輪を描く。

 これは以前、弱り切って疥癬になった「お父ちゃん」をリヤカーで遠くの病院まで通院するとき、「お父ちゃん」がリヤカーでみていた親子の鳶だ。
 付き添っていた糸子は、どんなことをしても直しちゃる! もとのやかましい元気なお父ちゃんにしちゃる!と心の中で決意していた。そのときは鳶の絵はなく、ただ糸子が口で説明するだけだった。

 それが何の説明もなく今回の場面に挟まれ、しかも鳶は画面の端っこでちいさく映っているだけだ。

 小憎らしいくらいの映像と構成・・・泣けます。

 あ、電器屋の木之元の「なんかこわい」雰囲気の奥さんが、今回出色。彼女は無愛想でしゃべるのが苦手で、いつもひねた目をしているつっけんどんな人だ。出番はあるのにセリフが極端に少ないこのお方が、私は妙に気になって注目していたのだ。今回、彼女はその「武器」を存分に発揮した(笑)

 お葬式の手伝いにきた小原家に陰口をたたくおばはんたちに対抗し、隣の木岡履物店のおばさんとタッグを組み対決する。「なんかこわい」雰囲気といつも以上の切れ味鋭い三白眼で、容赦ない。恐ろしげな咳払い以外は無言だが、その無言とおおげさすぎる雌豹のような身のこなしが大迫力だ。西村亜矢子さん(木之元節子さんでない素のときには、けっこう美人さんなのに)、素晴らしい(笑)
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2011/12/18

落語を聴きに。  おでかけ

 ほぼ冬の行事と化した『文珍落語』を聴きにいく。一年に一度、ライブで落語を聴く貴重な機会だ。市内のホールでの、しかもお昼過ぎからの開演なので、本当に出やすく有り難い。

 とはいえ休日なので5人分のお昼ゴハンをつくり、Tくんを送り出してから、少し余裕をもって会場に行く。でもなんか、様子がへん。駐車場にやけに車が少ない。エントランスでは吹奏部らしき若人たちが練習をしている。???!

 今回は、例年のさざなみホールではなく、 駅前の文化ホールだったんだ!!

 大失態だ。しかし、こういうときこそ落ち着け。あわてて事故ったりしないように。すでに開演10分前だけど、まず今日の案内や注意のアナウンスがあって、次も前座さんだ。

 なんとか数分の遅刻で入場し、前座さんの落語は隅で聴かせていただく。すっきりと、そつなくうまい方だった。一席終了後、そそくさと指定席に潜り込む。

 文珍師匠の落語は何度か聴いているのに、創作落語はライブでは初めてかもしれない。お年寄りの表現力がすばらしい『憧れの養老院』。入れ歯の無い口をどうしたら表現できるのか、私も帰宅後真似てみたけど全然できなかった。(あたりまえだね)

 最初は例の『面白い恋人』事件から。

「わたしも東京に行く時、キオスクでおみやげに買いました、『面白い恋人』。いまではキオスクには売ってません。いまや幻のお菓子ですな」
「東京のひとはおみやげに『おもしろいな〜』ゆうてくれはりました。『白い恋人』の社長は『おもしろない』ゆーてはりますけど。わたしは『おかしーな』思てます」
「でもま、どーでもえーことちゃいますか。中国のこと考えたら。ほんま、なんでもありでっせ、中国は」
 
 たしかにそうかも。ミッキーマウスもどきも、ドラえもんもどきも、キティちゃんもどきも、よく似た別キャラは、山ほどいそうだし。

 その後は、一番弟子の楽珍さんの『半分垢』。前回よりはずっと面白かった。

 文珍師匠はこのあと『蔵丁稚』、休憩後『らくだ』。『らくだ』は、古典落語の名作の大ネタらしい。枕もなく、いきなり「金が欲しいのう」と話が始まったので、「こういうのもあるのか・・・」と認識する。『らくだ』というタイトルの落語があるということだけは知っていて、不思議なタイトルだなあ・・・と思っていたら、人の渾名だったとは。

 時事を織り込まれる文珍師匠だが、今回3・11の件には、ほとんど触れられなかった。
 でも緞帳が下がってきたとき、手で「上げて上げて」と合図をされ、東北で落語をしたとき、なぜか前倒しで笑いが起こるという話をされた。つらいときには「思いっきり笑おう」という意欲が満々で、笑いに対して「前のめり」になってしまうとか。
 「滋賀県の人は・・・普通でした。ふつうがいちばん。息災でなによりということですな」

 とてもマジメで真剣に、そして全力で心をこめた文珍師匠の落語だった。帰宅後は余韻に浸る間もなく、慌ただしい家事だの介助だのに突入。でも、とてもリフレッシュできたので、少々アクシデントがあっても、身も心もいつもより楽々だった。

 上等な落語を聴き、ウィットに富んだ笑いに触れ、日常ではありえないくらい笑った。頭の中を大きく変換してもらった気分だ。混乱したシノプスが整理されて回路をつくったというか。
 そしてまた全力で心をこめて何かをすることは、こんなにもひとを力づけるのかと、あらためて教えられたのだった。ありがとう、文珍師匠。
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2011/12/17

T、帰る。  ファミリー

 ということで、かぶら寿司作りは午前中かかって完了した。もっとも各地で様々なトラブルが発生し、事態は困難を極めた。

 麹発酵準備過程で不備があり、かなり固めとなる。ブリに至っては、かぶらの量に対して絶対量が足りないという事態が発生するも、かぶらも結局2/3しか使えなかったため、なんとかケチケチと使って対処した。もはや美味しくできるかどうかというレベルではなく、果たして食べられるモノができるのか、という危惧にまで転がり落ちている。お正月から、ロシアンルーレットだ。

 Tくんが昨夜年末に先駆けて帰宅した。月一は帰ってくる男だ。ウチが大好きなひとなのだ。もっともウチの家族は彼に限らずみんなそうだけど。日曜にはまた神戸に戻るが、多忙な日々にわずかな癒しを求めての帰宅だ。

 あまりの忙しさに愚痴っぽくなるのはいつものことだけど、それでも仕事自体は向いているらしいので、そこが救いだという。人間関係と共に、それ、一番肝心なところだから。というか、今の彼の仕事くらいしか、彼に向いている仕事、他にないでしょ(笑)

 職場が医療機関の関係からか、「最近葬儀屋さんと仲良くなった」ということで、葬儀の心得や旅支度(「エンディングノート」を書いておくように、など)についても語ってくれるので拝聴する。こういうことは、いつ起こるか確かに誰にもわからない。

 「クリスマスプレゼントに『エンディングノート』あげるし。」と、相変わらずな奴だった。「あ、おかーさんの分だけでいいしな!」とひとこと言っておいた。楽しみに待っていよう(笑)
 
 しかし彼は大学入試のときにも「受験生のひとと仲良くなった」とかよく言っていた。一期一会のひとと仲良くなれるなんて、ちょっと楽しい人生だ。
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2011/12/16

虹と雪のバラード  季節

 今年一番の寒さで、日差しは暖かなのに風が冷たい。午前中は湖岸を車で走る。お歳暮のあれこれもおおむね完了し、お正月にむけて本格的に始動する。

 琵琶湖対岸湖西地域の比良山系は、雪雲ですっぽり包まれていた。その麓には虹の端きれが色濃くみえた。画像が無くて残念。湖(うみ)も荒れて緑がかった青に、波頭が立つ。かいつぶりを始めとした水鳥たちが、ぷかぷかと漂っていた。

 晴れ時々くもりのこちら湖南地域も、夜には強い風が吹き雪がちらつく。

 今年は金沢名物、かぶら寿司づくりに初のひとり作成での(おばあちゃんの指導での共同作業は10年はしたかも)チャレンジ中だけど、なんせ数年のブランクがあるので、うろ覚えの身には荷が重い。

 かぶらの下漬け、ブリの塩漬けの段階で、すでに暗雲垂れ込める事態があり、はたして食べられるものができるのか、大いに不安。今日はいよいよかぶら寿司づくりのキモとなる麹の発酵開始だが、はたしてどうなることやら。明日は最終段階に突入の本漬け込み。緊張感に満ちた日々だ。忙しいぞ〜。

 もっともかぶら寿司作りには冬の寒さが欠かせないので、グッドタイミングな冬将軍到来だ。自分のために健闘を祈ろう。
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