2012/5/31

黒門から北門まで  神社仏閣/教会

 古門からまっすぐ、ゆるやかな上り坂をあがると、知恩院・黒門へのなだらかな石段に続く。たしかに黒い門だ↓

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 松や苔など緑が目にやさしい。

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 屋根付き白壁がつづく塀と石垣と。

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 「たのも〜う! ごかいも〜ん!」 

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 ・・・あいてるがな。

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 幅広でなだらかで、きちんと整備された石段は、寄る年波でも登りやすく疲れにくい。ありがたい。

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 しかし、この苔むす石垣。

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 この鋭角。

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 まるで城郭のよう。

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 知恩院は徳川将軍家が、代々厚い庇護を与えた寺院だ。そのため、万一、二条城で何かあれば、京都における城のスペア(軍事要塞)として考えられていたのでは・・・?という伝説もある。知恩院=二条城への抜け道があるのでは・・・という伝説だってあるくらいだ(「プリンセス・トヨトミ」みたい)。
 ちなみに作家の浅田次郎氏も、「知恩院=城」説に賛同している。

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 そうこう言っているうちに、あの角を曲がれば北門だ。

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 京都市内が一望できる。絶景、かな? 曇って霞んでるけど。

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 思えば遠くへ北門だ。
 
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 モミジがきれい〜♪

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 知恩院、入門〜! いよいよ知恩院の境内に潜入だ。
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2012/5/30

一本橋と古門  神社仏閣/教会

 白川に架かるゆるやかな石の太鼓橋か、石の一本橋か、どちらを渡るかで迷う私たちだったが、古川商店街を通り抜けた直後で、ややテンションが高くなっていたのだろう、最年少者の提案により、一本橋を渡る。

 丸太や木の板でなく石の橋なのだが、幅は30センチあまりだったろうか。自転車で渡るのは躊躇される。それは曲芸の域だろうが、慣れた地元民なら可能かもしれない。

 すっかりバランス感覚が衰えたとはいえ、子どもの頃は木切れや丸太の橋を渡りまくっていたのだ。昔取った杵柄を支えにして無事渡り終える(笑)

 今のいままで知らなかったが、『土曜ワイド劇場』とか『クローズド・ノート』とか『木曜ミステリー 京都地検の女』とか、様々なロケ地になっていたらしい。確かにロケ地にはうってつけの、古門前の風景だ。

 ところで、この一本橋は、調べてみたら由緒あるものだということが判明した。
「一本橋(通称:行者橋)は、 比叡山の阿闍梨修行で千日回峰行を終えた行者が粟田口の元三大師に報告した後、 京の町に入るときに最初に渡る橋で、阿闍梨橋とも言われる。」
 という案内プレートが橋の袂にあったのだが、古川商店街の余韻醒めやらない私たちには、目に入らず。でもキケンを冒して渡ってよかった。気分は行者さまだ(って、そのときは知らなかったが)。

 古門前にて写真タイム。白川と石橋の風情や、古門前の落ち着いた佇まいに、しばしひたる年季の入った女子トリオ。

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 この門の中の学校に通っていた高校生の頃、定期テスト最終日は、この門を通って友達と河原町に繰り出し、三条のマクドナルドで腹ごしらえをし、ブックストアのハシゴをしたっけ。まだ本のテーマパークのような駸々堂書店も、喫茶カウンタ―があり舶来文具がおしゃれな丸善も健在だった。まさかそれらが消える日が来るなど、思いもよらなかった。

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 ツノの折れた鬼瓦↑

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 古門のサイドより↑

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 キミは覚えているかしら?

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 門柱も歴史がある。

 古門は京都市の指定文化財。
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2012/5/29

知恩院へ  神社仏閣/教会

 春の特別公開も終盤となる5月も末、知恩院の三門に登ることが出来た。相棒は東寺でコンビを組んだ読書会仲間のNさんと、例によってれんくみさんのトリオだ。

 私は知恩院配下の女子校に通っていたので、懐かしの通学路を通って行ってみた。裏街道ルートである。というか、逆に一般的な表門からのルートがよく分からなかったりする。

 女子高生の頃は、JR山科から京阪電車に乗り換え、東山三条で下車し、細いアーケードがある古川商店街を通り抜け、石の橋を渡って白川を越え、細い路地から地下(だったように思う。あやふやな遠い記憶)の下駄箱にたどりついた。

 登校時には、商店街で7時台よりオープンしているパン屋さんで昼食を確保したこともある。下校時には、路地の民家の柿の木の下で、スズメバチに刺されて再度学校の保健室に舞い戻り、手当してもらったこともある。あれもこれも懐かしい思い出だ。

 今や、路面を走る京阪電車は消え、山科駅から乗った市営地下鉄の東山駅で下車する。古川商店街は健在だが、当然お店は様変わりしている。八百屋さんや魚屋さんや荒物屋さんなどは、いまもあるが、お好み焼きやさんやパン屋さんはない。かわりに町家のお宿とか今風のお店が新興勢力となって点在していた。

 それでも細いアーケード付き商店街はレアな存在らしく、なかなかウケた。アーケードのトンネルを抜けると、白川に出る。浅瀬の川だ。川底の石がハッキリ見えるほど、透明な水が流れている。

 そこで最初の知恩院の門、古門にたどり着く。

(明日に続く)
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2012/5/28

セロリよ、永遠なれ  家事・畑仕事

 とにかくH氏一人の収入で暮らしを維持している昨年からは、リサイクルとか節約に命懸けである。ついでに断捨離とまではいかないが、不要品の整理とか機能的な暮らしとかにもからだを張っている。いや、命懸けは大袈裟だな。趣味のひとつとして、と言った方が正しい。

 ということで、畑の野菜や家にある植物を最大限に活用するというのが、そのひとつ。

 最近のブームはセロリ風呂だ。柚子はとうに終わってしまい、入浴剤に頼る日々になってしまったのをなんとかしたいと、ネットでハーブなど天然由来の入浴剤を調べてみたら、見つけてしまった。

 畑のセロリは春先、とても重宝した。スティックサラダとしてはもちろん、高かったキュウリのかわりにポテトサラダに入れたり、漬け物にしたりと大活躍だった。4月初めにはさわやかに若々しく美味しかったセロリが、どんどん筋張って堅くトウが立ってしまい、5月には食料としては無理になってしまった。枝分かれして、株が増えて、花が咲くほど成長しているのにである。

 ムダに畑を占拠していると思われたセロリが、活用できるのである。これはうれしい。入浴剤コストが節約できる上、堅くなったセロリをムダにすることなく利用できるのだ。

 作り方は、例によって大雑把だ。お茶袋の大に、2センチ幅くらいに切ったセロリを入れていき、これを3袋作る。お風呂に浮かべる。これだけだ。

 効能効果は、

・血行や新陳代謝の促進
・風邪の予防
・疲労回復効果
・冷え性の予防、改善
・精神安定、リラックス効果
・安眠、快眠効果(不眠症の改善)
・美肌効果

 らしいが、この中で如実な効果は「血行の促進」「冷え性の改善」だ。私が深夜に入る頃には、ぬるいお湯になり、いつもなら追い炊きが必要になるが、セロリをいれると、たとえぬるくとも不思議に血行がよくなるので、追い炊きはしなくても大丈夫。よって、光熱費も節約できる。なんと素晴らしい。

 セロリ、バンザイ! 究極の「いい子」野菜である。 
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2012/5/27

山場、きたー。  テレビ/ラジオ

 視聴率の低迷が囁かれている『平清盛』ではあるが、私の周囲ではうれしいことに、好評価の声を聞いている。でも確かになにか『つかみ』のような物には欠けるかもしれないな・・・とは思っていたのだ。大河のダイナミックさよりは、むしろ心理劇のような面白さにウエイトがあったから。

 そしてついにやってきました、(たぶん)物語の最初の大きな山場になる『保元の乱』が。そしてあっちからもこっちからもやってきましたよ、『つかみ』が。

 さまざまな事情により、王家(貴族)も武家(源平に代表される武士)も、肉親同士が争うことになった保元の乱なので、当然ドラマチックな場面が繰り広げられる。天皇の血を引く者同士、貴族の名門.藤原家の血を引く者同士、源氏の血を分けた親子、平家の血こそ分けてはいないが叔父・甥が、それぞれ敵味方に分かれて戦うのだから、面白くないわけがない。なかでも源氏の家臣、鎌田父子の前回から続く愛情物語には、泣かされる。

 それに決戦前日での、それぞれの陣営で繰り広げられる戦略会議の対比が素敵すぎる! どちらも提案されたのは「夜討ち」。それを、当代きっての切れ者二人が、同じ中国の文献からの引用をするんだけど、結論がまるで逆、というのが鮮やか。崇徳上皇側の藤原頼長が「そんな下衆で卑怯な手が使えるか」、後白河天皇側の信西が「ぐずぐずせずに、いますぐ戦にかかれ」という採決。
 ここ、もう一回観たい!というくらいの名場面だった。

 豪傑、鎮西八郎源為朝(ためとも)の活躍とか、平頼盛の屈辱とか、最愛の家臣、鎌田通清の死に遭い、悲しみのあまり戦の場に飛び込む源為義とか、見せ場の連続。

 なんだけど、政治の場から閉め出された左大臣、藤原頼長の転落ぶりとか動揺ぶりとかが、ひときわすばらしい(笑)
 それまでやりたい放題の権力者で、知識も知恵も品格も家柄も金品だってあるけど、性格は底なしに「いやらしい」というキャラクターが、ころがりおちていき、身近にいたひとたちから突き放されるのをみるのは、恐ろしくドラマチックでおもしろい。それに山本くん、うますぎ!

 いくつかの大河で絶妙な使い方で演出を盛り上げる「鸚鵡「おうむ)」も、今回は頼長のペットとして最大の演技力を発揮してくれました! 彼のナルシスティックな自信、地位の落差、悲劇的な人生を象徴してくれる。

 悲しさや切なさだけではない。敵方の門から入場する元・海賊の棟梁、兎丸の「戦、大好き!」な満面の笑みとか、叔父・忠正が清盛を「その、もののけの血を!」というのに呼応して「(『もののけ』ではない、)『もののふ』だ!」と叫ぶ清盛とか、シリアス場面なのに、ちょっとした抜け感が面白い。

 土曜日の再放送でしっかり復習して、次回の敗者、上皇側の悲劇に臨まなくては。未視聴の方は、「お値打ち」な土曜の再放送を観て、受信料の元を取り戻しましょう。
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2012/5/26

濃すぎます!  読書

 図書館に行って必要な本以外に、うっかり池田澄子さんの『あさがや草紙』も借りてしまう。これは句集ではない。とても短いエッセイ集だ。

 3p読んだ時点で息切れがした。酸欠ではない。逆に酸素が濃過ぎるのだ。ひとつひとつのごく短いエッセイが、極上の濃茶のようで、ひとつ読み終えるたびに「ほうぅ」とため息をついてしまう。池田澄子さん、奇跡の人だ。俳句もくらくらするくらい大好きだが、エッセイも「紙魚子好み」が濃厚すぎる。池田さん本人から、全力で体当たりされたように衝撃的だ。

 ものすごい内容だから、ではない。池田さんの視点とか、感性とか、考え方が、面白いくらいユニークで個性的なのだ。昔の佐野洋子さんのエッセイを読んだときと同じくらい、うれしい衝撃だった。

 めちゃめちゃ素晴らしい!!! これは買わねば、と密かに思う。H氏のボーナスが出て一息ついたら、注文出して買わなくちゃ。

 こんな時代に、こんなに好きな人ができて、本当にうれしい。好きな人やモノは、ぞっこん人をシアワセにするから。私は、好きな人やモノやコトがいっぱいあって、なんてシアワセなんだろうと、つくづくする。

 と共に、こんな素晴らしい本が、書店に無かったり、なかなか読者までたどり着けないなんて、もったいないなあ・・・と悔しい気持ちも。広告も出ないし、書評を読むことも無かった。残念。

 だって、読むとあまりにうれしくて、叫びたい気持ちになったりする本。ものすごくカユイところを、ちょうどいい加減で優しく掻いてもらっているような、そんな本。池田澄子さんのエッセイは、句集と並んで、惜しげなく絶賛、です。
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2012/5/25

おひとりさま梅香堂  たべもの

 思いのほか楽しめた新熊野神社だったが、でも実は新熊野神社は、たまたま通り道だったので立ち寄っただけなのだ。本命は別にあった。

 3月の涅槃図ツアーで、実は予定に組み込んでいた休憩を兼ねたおやつの時間。でも時間が余るどころか、タイムアウトしてしまったので、かすりもしなかった。
 予定していたのは、今熊野商店街のはずれにある甘味処「梅香堂(ばいこうどう)」だ。あれから2ヶ月が経つ。そろそろ、ここを攻略する好機とみた。いざ出陣!というわけだ。

 新熊野神社から歩いて歩いて、その存在を疑うほど心細くなった頃、やっと見つけた。あやうく見逃してしまいそうなほど、こじんまりとした普通の小さな間口のお店だった。

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 普通? ・・・もう一度、よく見てみよう。

 店頭で和菓子も販売しているし、巨大ソフトクリームのオブジェもある。カフェみたいに、黒板に手書きメニューがかわいらしくぎっしりと書かれ、イーゼルに立てかけてある。書ききれなかったメニューは、もう一枚の黒板にやはりぎっしり書かれて、路上に立てかけてある。一方扉の上には、梅をかたどった中に店名をほどこした和風の暖簾が架かっていた。

 この和洋折衷加減が、ふつう? やはりタダモノではないのでは。

 しかし私は、やっとお店をみつけた安堵感と、ちょっとした疲労感と、そして空腹から、玄関口を観察する余裕無く、がらがらと扉を開けて店内に入った。何の心の準備もなしに。無防備だった。不覚。

 店内は高齢の女子たちが、甘味を食べたり、甘味がやってくるのを心待ちにしておしゃべりに興じていたりした。平均年齢が高い甘味どころなのか、そもそも甘味どころという場所が、ハイレベルの平均年齢なのかは不明。

 間口も小さいが、店内もそのまま細長い。15人ほども入れば、ぎっしりになりそう。しかもゆったり空間ではないので、隣の気配がすぐそこに感じられる。

 私の隣には、アラウンド・セブンティ(以下、「アラセブ」という)と思われる女子が、だらだらとおしゃべりをしながら、注文の品がやってくるのを待っている。私はお昼ゴハン代わりにするつもりで、重めの、というか、カロリー高めの注文をした。470円のクリームホットケーキ。

 注文をききにきたバイトの子が、はっとするほど初々しく可愛らしい。大学生なら間違いなく一回生だ。私がうら若き男子だったら、うろたえそうなくらい(笑)

 注文されてからの手作りらしく、すこしばかり待ち時間が長い。となりのアラセブの品も、なかなかやってこないようだ。私が読書に没頭し始めた頃、やっとアラセブ女子たちの注文したバターホットケーキがやってきた。一番シンプルなホットケーキだ。彼女たちの声が、少し華やいだようだった。

 それに続いて、「おまたしせしました、クリームホットケーキです」と、可愛らしい声とともに、私の注文の品もやってきた。
 その品がテーブルに置かれた直後、隣のアラセブ席が、しん、とした。なんというか、「息をのんだ」という、沈黙。

 ノックアウトされたのだ、彼女らも私も。そのボリュームとクリームの尋常じゃない量に!
 ほぼ全面に、それもてんこもりに冷たく甘いクリームが!!

 たしかにクリームは所望していた。でも希望していたのは、この半量くらいなんです〜。
 しかも食べてから気づいたが、ホイップクリームではなく、ソフトクリームだった! コーンの上に乗った部分を、そのままのっけました!という豪快っぷり!
 極めつけは、ソフトクリームの頂点は潰れていて、それはクリームの真ん中に、バニラアイスがででん!と、のっていたから! ダブルのクリームじゃないか!? ・・・なら、メニューにあった同じ値段の「ダブルクリームホットケーキ」って、なにが出てくるんだ!?

 ホットケーキも直径は15センチ強くらいと小振りとはいえ、2センチほどの厚みがある2枚重ね。丸いホットケーキ枠(?)から薄く広くはみ出した生地もかなりの面積で、手作り感とオマケ感が満載だ。あ、忘れていたが、ホットケーキには定番のメイプルシロップも付いていた。

 これは確かに「おやつ」ではない。甘党の食事だ。さしもの私も満腹だ。そして美味しいことは美味しいのだが、甘味処詣でをするほどには甘党でない私にとっては、アマアマ地獄だ。この地獄から救われる道はただひとつ。コーヒーに逃避!

 ここで私はまたしても、驚愕の事態を知る。甘味どころのホスピタリティなのだろうか、それとも梅香堂独自のサービスなのかは、よくわからないが、スティックシュガーが、2本もついているのだ!! 

 いらん! 一本でもいらんくらいや!! もうすでに、充分甘いわい!

 とはいえ、甘党には嬉しすぎるボリュームと、低価格と、サービスだろう。店員さんはかわいいし、店内は居心地のいいシンプルさでアットホーム。一生懸命お客さんに喜んでもらおうとするホスピタリティは他に類をみない。特に甘党男子には、ぜひおすすめしたいお店である。

PS:ホットケーキは梅香堂の季節メニューらしいので、秋冬春の品になります。夏はかき氷になるみたいです(ネット上の未確認情報ですが)。 
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2012/5/24

新熊野神社  神社仏閣/教会

 先日のKちゃんのクラス懇談会にいったついでに、新熊野(いまくまの)神社で参拝する。大河ドラマ『平清盛』のメインキャストが関わる神社だ。

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 熊野信仰の盛んな平安時代末期、永暦元年(1160年)、後白河法皇による創建だ。

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 後白河法王は退位後も院政を敷き、現在三十三間堂の東側にある法住寺に住まわれた。当時は「法住寺殿」と呼ばれ、鎮守社として新熊野神社が、鎮守寺として三十三間堂が創建される。その造営に当たったのが法皇の命を受けた平清盛・重盛父子だ。

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 法皇は一生のうちに34回熊野に参詣したが、当時の都人にとって熊野に参詣することは大変なことだった。そこで、熊野の新宮・別宮として創建されたのが新熊野神社だ。「新熊野」と書いて「いまくまの」と読むのは、紀州の古い熊野に対する京の新しい熊野、紀州の昔の熊野に対する京の今の熊野という当時の都人の認識が、その由来となっている。

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 その後350年間、京の熊野信仰の中心地として繁栄を極めたが、応仁の乱以降、度々の戦火に見舞われ、一時は廃絶同様の状態になってしまった。それを再建されたのが、江戸時代初期、後水尾天皇の中宮東福門院(3代将軍徳川家光の妹)で、現在の本殿は寛文13年(1663年)聖護院宮道寛親王(後水尾上皇の皇子)によって修復されたもの。

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 熊野神社は八咫烏が御神鳥なので、ここも当然、三本足のカラスが至る所にデザインされている。社殿の暖簾(!?)の八咫烏がくわえているのは梛(なぎ)の枝。

 新熊野神社はお腹の病にご利益があるということで、ここの健康長寿のお守りはお腹にヘルプが欲しい方が求められるとか。

 そして新熊野神社は、なんと能楽発祥の地でもある。

 能楽の大成者である世阿弥が3代将軍、足利義満と出会った場所なのだ。義満は美少年だった世阿弥の絶大なるパトロンになり、そのおかげで世阿弥は猿楽を能楽に高めることができた。というわけで、能面をバックに少年と高貴なお方との出会いをシルエットで描いたお守りもあり、当然ご利益は「芸能上達」と思いきや。

 えんむすび!?

 いや、能面だけのお守りもあって、それはたしかに「芸能上達」だったが、それとは別に、二人の出会いを描いたお守りのご利益が「えんむすび」。ボーイ・ミーツ・ボーイのシルエットで「えんむすび」。・・・確かあの二人は男・・・いやいや、あまり考えない方が。現在、大河ドラマ『平清盛』で、まもなく悲劇的な最期を遂げる予定の腐女子ツボ押さえまくりキャラ、藤原頼長で手一杯であろう人たちには秘密にしておこう。

 入口鳥居の横手には、巨大なクスノキがあり、ご神体になっている。

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 吹き抜けて行く皐月の風にざわめいて、ひんやりさわやかな樹下だった。
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2012/5/23

金魚を求めて  季節

 今日の朝日新聞の天声人語は五重塔とスカイツリーをリンクさせた話だった。昨日の私のブログとのニアミス加減にちょっと鳥肌。

 でも考えてみれば、日本でタワーといえば、やっぱり五重塔につながってしまうんでしょうね。それに幸田露伴の『五重塔』だし。放火心中事件により、今はなき谷中五重塔の話ね。

 畑仕事も野菜苗の植え付けが終わり、豆の収穫はピークも過ぎ、タマネギの収穫を待っているところだ。H氏は朝夕の水やりをがんばっているが、B型血液のうまみ成分のせいか、血中アルコール度数のせいか、早くも蚊の襲来に悩まされている。

 清少納言も「憎いもの」のなかに蚊をあげており、これでもかというくらい憎しみをぶちまけている。

「ねぶたしと思ひて伏したるに、蚊(か)の細声にわびしげに名のりて、顔のほどに飛びありく」
なんて、名文である。そして、笑っちゃう。

 そうだ、羽が生えてしまってからでは遅いのだ。羽が生える前に、手を打たねばなるまい。

 蚊の元凶と思われる雨水貯水桶に金魚を放ち、ボウフラを食べ尽くしてもらわねば。

 老舗の和菓子店「たねや」のポイントカードが月末で終了になる前に、ポイントを使い切るため近江八幡へ行く。そのついでに、ホームセンターへ行き、金魚を買おうと夫婦会議で決定した。

 しかし改めてネットで調べると、金魚よりも水温上昇に強いアカヒレというメダカ様の魚がいることを知る。おまけにボウフラが大好物らしい。よし! これも買うぞ!

 と、はりきってしまい、姉金(小金の育ったやつ)4匹、アカヒレ4匹、ゴールデンアカヒレ2匹をお買い上げ。千円未満で切り抜ける。
 姉金様の金魚が一匹だけ、昨年夏からの生き残りがまだいるので、それと姉金を同居させて5匹で活躍してもらおう。

 帰宅して、アカヒレ樽と姉金樽に分ける。アカヒレは環境が変わったにも関わらず、2、3時間後にはメダカのようにスイスイ泳いでいた。姉金は沈み、生き残りの一匹は上方で所在なげにしていたが、夕方見ると、仲良く泳いで馴染んでいた(ように見えた)

 ちなみに「たねや」では、少し日持ちのするものを、ということで、「たねや寒天」「のどごし一番本生水羊羹」を購入し、ポイントを使い切る。冷蔵庫で冷やして、暑い日のおやつにしよう。ああ、楽しみ。 
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2012/5/22

雨の東寺 ファイナル  神社仏閣/教会

 レギュラーで見られる講堂や金堂で、見応えとしてはこれだけでも充分満足なのだけど、今回は、五重塔初層(塔の1F部分)と観智院も春期特別公開期間なので、見ることが出来る。

 五重塔は国宝で、木造では日本一高い建築物だ。まさしく歴史的スカイツリーである。しかし高い建物の宿命とはいえ、何度も落雷による火災で焼失している。それでも、その時代時代の僧侶たちが奔走して再建したのだ。「あきらめない」の具現である。現在ある塔は、なんと五代目で、江戸時代につくられたもの。

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 内部は極彩色の密教空間(リンクを貼ったページの下方に内部のカラー写真があります)。心柱(しんばしら)は大日如来で、その周りを四尊の如来、八尊の菩薩が囲んでいる。壁にはインド〜中国〜日本の空海に続く真言宗の始祖8人が描かれている。

 内部にいらっしゃったスタッフに質問したとき知ったのだが、真言初代の始祖であるインドの僧・龍猛(りゅうみょう)は、浄土真宗では、やはり初代始祖として龍樹(りゅうじゅ)菩薩とよばれている。仏教の新しい知識だ(すぐ忘れること必須だが・汗)。本日の私的収穫。

 神社仏閣にいらっしゃる高齢男性のスタッフ(ボランティアガイドさん?)の方は、質問すると大変うれしそうに、かつ、丁寧に答えてくださる。もっとも、うれしすぎて、途切れること無く話し続けられることだってあり得るので、切り上げるタイミングも見計らわないと。

 今回の方は、質問された嬉しさをポーカーフェイスでひた隠しにするツンデレガイドさんだった。ちょっと気難しい表情ながら、彼の持てる知識をフル活用できることが、内心うれしくてしょうがないように感じられた。ツンデレながら、的確で詳しい説明が適度な長さでまとめられ、なかなかハイレベルな方だった。

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 北大門を出て、平安時代以来そのままの幅で残っている櫛笥(くしげ)小路の東側に観智院がある。
 観智院の役割は、真言宗の研究所といったところ。研究所に相応しく、知恵の仏である五大虚空蔵菩薩がご本尊だ。獅子、象、馬、孔雀、迦楼羅(かるら)の上の蓮台に結跏趺坐した仏たちは、とてもクールでシャープ。

 高貴なお方が入られる「上段の間」には、宮本武蔵筆の「鷲の図」と「竹林の図」がある。残念なことに経年とともに墨跡が薄れているのだが、これは文化的価値の箔付け(国宝とか重文とか)がないので補修もままならない、と案内人が嘆いておられた。

 建物は国宝なのだけど、それもまた難儀なもので、クギ一本抜けても勝手に直すことはできず、国に申請して後、しかるべき修理が出来る職人さんが、しかるべき材料を持ってきて直すのだそう。
 それなら、つい最近の2004年まで個人所有だった国宝・犬山城も固定資産税のみならず、維持管理が大変だったろう。

 そんな管理人さんを悩ます箔付けの混在した寺院であるが、上品でいかにも手入れが行き届いた感のある、ホスピタリティあふれた気持ちのいいお寺だった。そうだな、まるでお正月前日くらいの、きちんと感があった。

 観智院を出た後、滋賀県の東大・京大狙いの子どもたちが目標とするトップクラスの私学の進学校、うわさにはさんざん聞いたことがある洛南中学&高校を横に見ながら(初見)、雨の降り止まぬ京都を後にしたのだった。

 そうそう、もうひとつ。弘法大師さまのご利益か、ラッキーにも二人とも山科から座って帰れたのだ。いきなり霊験あらたかな東寺参拝ツアーだった。

   般若波羅蜜多 甘そう 涼しそう   池田澄子  

        (句集『拝復』より)


   般若腹見た 怖そう 暑苦しそう   紙魚子
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2012/5/21

雨の東寺 メインストリーム  神社仏閣/教会

 いよいよイケメンの帝釈天さまにお会いできる講堂へ。

 講堂は東寺の中心に位置している。

 室町時代の1486年に講堂は焼失したが、その5年後に再建を果たした。同時に焼けた金堂は桃山時代、南大門に至っては江戸時代にやっと再建されたのだから、講堂の再建がどれだけ最優先だったかがわかろうというものだ。

 東寺は両界曼荼羅などで有名だが、タペストリーのような平面だけではなく、立体曼荼羅というものだってある。如来、菩薩、明王、天部の21尊の仏様たちを、仏の王、大日如来を中心にレイアウトされている。それは密教の神髄をよりわかりやすく、という弘法大師のおもいやりだ。

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 なかでも私のお気に入りは帝釈天さまだ。静謐の中で、ひたすらにりりしい。

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 当然とはいえ私にはさっぱりなんだけど、その重々しさ、神秘的な荘厳さ、圧倒的な迫力は感じられる。講堂も金堂も、来る度に「すげえ」としかいいようがない。何回目でもやっぱり「すげえ」だ。慣れるとか飽きるとかいうことが、まずない。

 仏のひしめく講堂とはうってかわり、金堂のすごさは、日光・月光菩薩にはさまれた薬師如来の三体の仏様たちが、どかんどかんと存在感を放っていることだ。 

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 そこにあるだけで、なんて素晴らしい。言うべき言葉がみつからない。
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2012/5/20

雨の東寺 やっと本編  神社仏閣/教会

 やっと東寺の本編に入ります。

 カメ、もとい竜の子どもである贔屓をなでた後、弘法大師座像と、彼の念持仏だった不動明王座像がある大師堂(御影堂)にてお参り。

 両者とも国宝だ。

 東寺ではキリストが復活したように(?)、弘法大師様は生きていると考えられているので、一日3食をお供えされているらしい。そして後者は誰も見たことが無いという絶対秘仏。日本最古の不動明王のひとつといわれているため、誰も見ていなくても国宝指定なのだろう。しかもあの弘法大師さまの念持仏だもんね。

 今回の春の特別拝観のひとつ、宝物館では「法会(ほうえ)用具」を中心に展示をされていた。法会とは、仏法を説くための会合や集会で、つまり宗教行事に使う道具だ。

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 行道(ぎょうどう)につかわれたお面などは、少々破損はしているけれど、1200年の時を越えて色もきれいに残っている。千手観音の眷属である二十八部衆のお面たちだ。

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 中でもターバンのように蛇を頭に巻く摩護羅(まごら)さんのインパクト大だが、気の毒なことに蛇の鎌首はポッキリと折れている。「頭に蛇」というインパクトはあるが、表情は二十八部衆のなかでも剽軽で親しみやすい。なんで頭に蛇かというと、摩護羅(まごら)さんは蛇の化身だから。ちなみに彼は音楽の神様らしい。そういえば、弁天さまも白蛇の化身で音楽の神様だ。ご親戚?

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 異形の二十八部衆よりずっと不気味なのは、彼らの先導をつとめる獅子子(ししこ)さん。顔色は赤いし、髪は針のように逆立っているし、表情は黄金仮面みたいにホラーな笑い。ちょっと「ヤスさんのニコニコいちご」のカンバンを思い出させる。

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 密教法具も金色がピカピカだ。もしかして空海そのひとが使ったもの(ドキドキ)??

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 元は食堂(じきどう)にあったという巨大な千手観音さまが圧巻。木造兜跋毘沙門天立像の足元にいるふたりのオニババがかわいい(そっちかい!?)。海を越えてやってきた唐の仏像にすっかり癒されて、おもわず連れて帰りたくなったので、1Fのお土産コーナーで絵葉書を購入。

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 勢いで東寺のイケメン帝釈天さまのブロマイド、もとい絵葉書も。絵葉書は全身像とアップの両方があったので、帝釈天さまの人気のほどが忍ばれる。ちょっとやそっとのイケメンには見向きもしない私が、ころっとやられてしまいましたからね(笑)

 食堂に移動して、展示販売されていた藍染めのあれこれを見たり、同行二人Tシャツなどの巡礼グッズを憧れを持って眺めたり。焼け残って炭化した仁王様たちが痛々しい。

 いよいよ降りしきる雨の中、講堂へと行くのだが、あまりに眠いので、また明日ね。

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2012/5/19

カネに糸目はつけず。  本・書店・出版

 昨日の話は、今日に続く。

 昨日お宝を「ぶっくる」にて、私がどっさり格安で購入してきたのを見たH氏は、速攻うらやましそうな顔で、
「それ(本のリサイクルショップのこと)、いつもやってはるの? そしたら、明日行こ!」

 早速、欲深心でいっぱいになったらしい。まるで昔話に出てくる「いいおじいさんの隣に住む悪いおじいさん」みたいだ(笑)

 ということで、本日の午後、ふたりで「ぶっくる」へ。私も昨日は棚1/4くらいしか見ていなかったので、しらみつぶしにチェック、チェック!
 全ての棚をふたりでチェックして、これは!という本は、(たぶん)ほぼお買い上げした(かも)。

 スーパーのお買い物用エコバッグが、本で満杯になり、肩を壊しそうになりつつも、非常に満足げなH氏と私。そんなに買っても700円弱だ。

 「この十年間の最も優れた書籍」とされている、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』の単行本(上下巻)をはじめとして、同朋舎の『ビジュアル博物館/古代エジプト』とか、『日本のデザイン史』(カラー図版多数)とか、マニアックなウルトラマン本とか、山下洋輔本(エッセイ)とかマッドアマノ本(パロディコラージュ)とか、雑誌の『BISES(ビズ)』『花時間』『趣味の園芸』とか、その他諸々、多岐にわたる。
 どんだけ買う!?

 金に糸目はつけねぇぜ状態で、お互いの趣味全開でセレクトでき、お買い物終了後はお互いの健闘をたたえ合い、そのセレクトに敬意を払い合う。どうしようもなく幸福な時間だった。
 この幸福のきっかけを作ってくださったK子さんに感謝しつつ。ありがとう。
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2012/5/18

いつになく濃い一日  おでかけ

 「雨の東寺」シリーズの途中ですが、今日のブログは今日の出来事をアップすることにします。

 今日は、おばあちゃんのお昼ゴハンを気にすることなくお出かけできるデイサービスの日なので、かねてから会いたかったもと同僚の方を訪ねようと、朝から永源寺図書館行きの予定を組んだ。

 ネットで場所を確認して、いつになく家事仕事をてきぱきと処理していく。

 デイのバスを待っていると、おしゃれな雑貨と洋服のお店、クレバービルのK子さんから電話が入る。八日市図書館2Fにある本のリサイクルショップ「ぶっくる」に行きませんか?というおさそい。

 地理的方向としては一緒なので、「ぶっくる」にて待ち合わせをすることに。永源寺まで迷子にならずたどり着ける自信がなかったので、待ち合わせの時間はアバウトに設定。本がいっぱいある場所での待ち合わせなら、むしろ遅れて来てもらえるくらいの方がいい、とまではいわないが(いや、私はそうかも)、待たせても多少罪悪感は薄れるから。

 ところが出発しようとする直前に、一転にわかにかき曇り、怪しい空模様に。急いでベランダに干した洗濯物を回収し、室内干しに変更した。あ、そうそう、お財布も硬貨しかなかった! 銀行に行かなくちゃ! そんなこんなで、どんどん時間が過ぎ行く。

 車で走るうち、憎らしいことに美しく晴れてくる。おいおい天気が変わりやすいなんて、秋の空かよ〜? 初夏なのに!

 永源寺図書館へ行くのは2回目なのに、2度車を降りて道を聞いた。最後のランドマークである中学校から、あと少しのところで、迷いに迷う。コンビニの似合わない(なかったかもしれない)、かなり牧歌的な地域なので、わざわざ道を聞くためにJA(旧・農協)の入口で客のおばさんをつかまえたり、よろずやさんに飛び込んだりの大冒険だった(笑)

 しかし迷いながらも、のほほんな気配を漂わせ、驚くべきことにそれぞれ表情が違う「飛び出し人形」があることや、交差点の角に自販機がずらりと並んだ、ものすごく間口の小さな簡易「よろずやさん」があることを知る。

 他にも、のどかなのに(だから?)ゲートボールは盛んらしく、なぜか会場入口付近には等身大の服を着た「ひとがた」だけど、顔はなぜか動物の人形が何体もあった。人形なのに、柄物の割烹着を着たおばあさんたちとファッションが同じなので、どれが人でどれが人形だか、車からは判別できないくらい精巧(!?)な出来映えだった。もしかして、カカシ置き場?

 のどかな風景とは裏腹な、油断できない土地である。でもどなたも親切に道を教えてくださった。奥の深い素敵な土地柄だ。

 東近江市内の永源寺図書館には、同じ市内の八日市図書館での同僚だった方が多数いらっしゃって再会を喜び合う。たいへんな歓迎ぶりで恐縮するくらいだけど、とてもうれしかった。迷子になったため、時間が押してしまい、ほんのしばらくしかいられなかったけど、また、そのうちに。

 だって永源寺には、のほほんで手作り感溢れる飛び出し人形や、動物の顔なのに人かと見まごうゲートボール会場人形を、デジカメで、いずれぜひ採取しにいかなければ。

 八日市図書館への道も少し行き過ぎてしまい、後戻りするというアクシデントもあったけれど、12時前には「ぶっくる」に到着。「ブックオフ」なんて目じゃないくらい古本の穴場だ。文庫本は一冊も無いのに9冊買って210円。なんてシアワセ。

 1時頃に近江八幡にあるK子さんの家で、かるくお昼をご馳走になる。チーズや紅茶のおみやげもいただく。私が持ってきたお土産は、いつものごとくサヤエンドウだ。

 幸せな午前中を過ごしてお昼過ぎに解散し、日常のルーティンワークに戻る。買い物をして洗濯物を取り入れて一息ついたら、お客さんの声が。

 元職場でボランティアをしてくださっていたMさんが、明日のイベントに必要な、業務スーパーでの大量な買い物ついでに立ち寄ってくださったのだ。あれやこれやの話の後、畑に出てやはり豆を取りお土産にしてもらう。

 ああ、豆ってなんていいヤツなんだ。

 そして永源寺は、なんて面白いところなんだ。なんとも懐かしい人たちにいっぱい会えた、ちょっと不思議な、そしてお得で幸せな一日だった。

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 今回の「ぶっくる」でのお買い上げは、日本美術&軽い本祭。最近「久々にみたいな〜」と思っていた小川芋銭特集あり、日曜美術館で特集されていた村上華岳あり、すでにもっているのに大好きなあまり複本で買ってしまった池田遥邨あり。やや狂喜する。

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 「とにかく笑いたい!」というときのためのストックとして故・ナンシー関師匠、大槻ケンヂ、原田宗典をピックアップ。一冊でも新しい発見があるかも、とブックガイドも購入。「ブック・イン・ピンク」は、柄にもなく乙女古本ガイド。エロ本ガイドにあらず。でも、その紛らわしいタイトルが好き。

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2012/5/17

雨の東寺 スピンオフ篇  神社仏閣/教会

 金堂や講堂を右に見て歩いていたが、左側にも物件はあった。

 たとえば「小子坊」。
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 一目見ればわかるとおり、天皇家ゆかりの建物だ。勅使門をズームしてみる。菊の透かし彫りがステキだ。このシャープな感じは、昭和9年のデザイン性なのかもしれない。このシャープさは、しかし雨で無情にも、ソフトフォーカスされてしまった。

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 残念ながら、ここは普段は入れない。「京都冬の旅、非公開文化財特別公開期間」に、こっそり公開されていることがあるようなので、次回から要チェックだな。

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 だって堂本印象の襖絵、見たいじゃないですか!

 ネットを流してみたら、動植物がモチーフで極彩色のもの、墨絵のもの、たいへん魅力的な数々が見られます。

 東寺にふさわしい、上品で風格も歴史もありそうな事務所(寺務所?)。白砂が敷き詰められた仕事場って・・・(ためいき)。 もちろんここで足止め。KEEP OFFだ。

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 さらに奥にすすめば、こんな物件が! 

 カメ!?

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 もちろん興味津々で近寄り、詳細に観察を開始。まずは石碑から。

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 ・・・え? この碑に書いてあるのは何か、依然不明。それではYahoo!辞書にて調べてみましょう。
 まず尊勝陀羅尼って?

 尊勝陀羅尼(そんしょうだらに) 
尊勝仏頂の悟りや功徳(くどく)を説いた陀羅尼。八七句から成り、読誦(どくじゅ)、または書写すると罪障消滅や除災・延寿の功徳があるとされる。自他を極楽往生させるなどの功徳があるという。仏頂尊勝陀羅尼。


 なんと素晴らしい功徳が!!

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 しかし・・・読むのは無理です。書き写すのも難しそう(悲) せめて書き下し文にしてください。

 と思ったのだが、「陀羅尼」というものが、そもそも仏教において用いられる比較的長い呪文の一種で、通常は訳さないらしい。サンスクリット語原文を漢字に音写したものを唱え、雑念を払い、無念無想の境地になるためのものだからだ。
 あ、でもこの音読は、やっぱり無理だよ。

 さて、問題のカメであるが、これはカメではなかった。

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 龍の子どもの「贔屓(ひいき)」というものらしい。万病平癒のご利益があるらしいので、こっそりこの人を撫でてから、自分の同じ個所を撫でてみた。

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 たしかに重いものを背負って、たいへん満足そうな表情だ。すっかりお気に入りです。
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