2012/8/31

さよなら夏休み  季節

 Kちゃんの高校3年生の夏休みは、すでに終了しているが、この夏休みは私にとっても、最後の夏休みだった。

 子どもがいるからこそ、人生で複数回夏休みを体験することができた。自分の夏休みと、子どもたちの夏休み。

 大学生も夏休みはあるけれど、もうさすがに「子ども」ではないので、親にとっては「夏休み」ではないだろう。

 もちろん自由研究や図画工作に親が悩む(そして「手伝う」というより「のめりこむ」)宿題があった小学生時代の夏休みが、一番苦労が多い分、濃厚ではあった。作品も、思い出も、多々ある。

 最後の夏休みは、Kちゃんと広島までオープンキャンパスに行き、空振りで帰って来たが楽しかった。

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 長浜まで鮎の店に行ったもののUターンして帰ったり、遠くまでラーメンを食べに行って定休日だったり、空振り率も高かった(笑)

 H氏と念願の比叡山へ行ったし、軽トラ販売の西瓜も買った。

 畑はなかなかの豊作で、貧しい(?)暮らしの支えになってくれた。
 
 そんな最後の夏休みは、午前中のかんかん照りと、午後からの夕立のうちに終了だ。

 あ、雷も鳴り出したので、本日はこれにて。

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2012/8/30

『戦争がはじまる』  読書

 いつも読みかけで感想を書いてしまい面目ないのだが、いつ読み終えるのか、そもそも読み終えることができるのかもわからないので。

 3日前に福島菊次郎さんのフォトルポルタージュ『戦争がはじまる』を、元職場へ借りに行った。やはり誰も借りていない。マイナーな人だからな。

 駐車場に止めた車に乗るやいなや、エンジンもかけず、待ちきれなくて極暑の車内で早速ぱらりと適当に開いてみる。モノクロームの雑然とした世界が続く。

 いきなりヒロシマだ。国から見捨てられ極貧を生きる被爆者一家の写真たちだ。

 ・・・ヘビーすぎる。

 痩せた子どもたち。裸で横たわる被爆した苦しむお父さんは病の床で働けない。かさむ薬代。被爆してぼろぼろになったあげく亡くなったお母さんを弔う金すらない。実験用に解体される献体によって得た金で、やっと野辺送りをする。

 戦災孤児たちの施設は、厳しい規則に縛られているので、息をひそめるように暮らす子どもたち。それでも春がくれば彼らの表情はみちがえるように明るくなり、外で同じ施設の子たちと遊び回る。おもちゃは石だ。

 就職して施設を出たお兄さんがみやげ話を持って訪ねてくれば、子どもたちの表情に笑顔が咲き始める。でも施設の子らが貧困から逃れるため自発的に選ぶ就職先は自衛隊だ。貧困から抜け出すために。戦争によって親も財産も失った子どもたちが、ふたたび戦争のサイクルに組み込まれるのは、古今東西共通なのかも。

 貧しさのなかで、祭の浴衣を買ってもらい大喜びする少女など、ほっとするような写真もあるが、被爆して破壊された顔のアップや、被爆後広島で生まれて死んだ、まるで人類を告発するような怒りの表情の奇形の赤ちゃんとか、心臓が凍りそうになる写真だってある。
 怒りと絶望の間を、たまさか息をつきながら右往左往して頁をめくることになる。

 正直、ちょっと見ただけでも、かなりぐったりくる。「泣ける本」では泣かない私があっさり泣いてしまった。見た後は全くブログを書く気が失せてしまうほどに。こんなに酷いことがまかりとおっているのに、何をのうのうとしているんだろうと、ガックリくるのだ。

 でもフクシマ以降だからこそ、目を背けてはいけないと見続けることができる。それ以前なら、たぶん無理だった。

 「何もできなかったのなら、できないのなら、せめて『見ろ』!」という福島菊次郎さんの声が聞こえる気がした。
 あれもこれも素通りし、見て見ぬ振りをし、もしくは見ようとすらせず、見捨ててしまった幾多の犠牲者たち。その出来事のつらなりが、「今」に至ってしまったのだと。

 でもすっかりガックリした後には、しゃきっと背筋が伸びて気合いは入る。あの「元気をもらう」とか「がんばろう」とか前向き言葉オンパレードなメディアの、なんともいえない気色悪さと対極にあるものだったから。

 福島菊次郎さん撮ったドキュメンタリー映画『ニッポンの嘘』の予習のために写真を見とかなくちゃと思ったけど、これは受け取る方もかなり腰を落として気合いをいれとかないと、受け止めきれないかもしれない。ようし。

 私はこれからもずっとヘナチョコなままだろうけど、せめて「見ること」からだけは逃げないでおこう。
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2012/8/29

神のお赦しを。  路上観察

 2ヶ月ほど前に、よく通る道で気になる「聖書の言葉看板」を見つけたのだが、さっと車で通り過ぎたので、そのときにはアバウトな位置と、アバウトな色彩と、「聖書」という文字しか確認できなかった。

「聖書の言葉看板」とは私が勝手に名付けたが、東近江市ではよく見かけた。近江八幡では珍しい。黒地に黄色と白抜き文字が映える、なんとも不思議な佇まいの看板だ。

 その後、何回かその近江八幡市内の道は通ったのだが、生憎見逃していた。

 今日は時間に余裕もあり、すこしゆっくり目に運転して走ってみた。

 確かこの辺。小さなガソリンスタンドを通り過ぎ、ナショナルのお家壁面看板?を通り過ぎ・・・あった!!

 みつけた!

 細い道で幅寄せもできず、一度は通り過ぎてからUターンして引き返した。邪魔にならぬよう道端に寄せて車を停め、シャッターを切るとすぐ、そそくさと車に戻ったので、そのときには写真に何が写っているか判っていなかった。

 帰ってパソコンに写真を落とし、開いて見る。

 え!?

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 「この写真をいつかきっと撮ってブログネタに!」とよくわからないままずっと思い詰めていた私の勘って!
 やはり長年ブログをしていると、嗅覚が発達するのだろうか?

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 いやはや、神様、どうかカネがらみのもろもろの罪をお許しください!


 カネは罪 なれど買いたし 宝くじ



 (補足)
この看板は聖書配布協力会の通称「キリスト看板」といわれているものだそうです。「キリスト看板」コレクターによると、金融関係の看板とのコラボ(!?)も定番みたいです。
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2012/8/28

過ぎ行く夏  季節

 8月に仏壇に備えるのは、例の派手に着色した蓮だの菊だののお干菓子だ。お盆だからと「前例に従った」のだ。あるいは「皆と同じに」無難にまとめたというか。「前例」って自分で作ったんだけどね。

 でも、のちのち食べる気にはならないし、安っぽいし、ホントはずっと好きではなかったのだ。

 今年は思い切って、老舗お菓子司「たねや」の「季節のお干菓子」にしてみた。

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 水面と枝豆と金魚のお菓子。実は複雑な金魚より、シンプルな枝豆の方が、型作りに苦心されたのではないだろうか。水茎焼きの銘々皿には、たまたまだけど、うちの家紋である「桔梗」が描かれている。
 たべるのが勿体ないくらい、きれいな夏の風物詩だ。来年からも、これでいってみよう。

 口の中 金魚がとろけ 夏がゆく
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2012/8/27

ゲバラ、おります。  映画/ドラマ

 いつもチェックしているエンタメノンフィクション作家の高野秀行さんのブログに、見過ごせない映画評が載っていた。記事のタイトルは『日本のゲバラ、ここにあり』
 映画は長谷川三郎監督のドキュメンタリー映画『ニッポンの嘘』。今年で90歳になるという現役の(!)報道写真家・福島菊次郎を描いたものだ。

 福島菊次郎・・・聞いたことあるなぁ。

 調べてみたら彼の『戦争がはじまる』(現在絶版)というフォトルポルタージュを、仕事で発注した覚えが。なんかインパクトのあるレビューだったので、これは購入しとかなくちゃ!と思ったのだ。

 高野さんの受け売りで紹介するが、彼は反骨のジャーナリストで、広島の極貧の被爆者、全共闘運動、成田空港建設の三里塚闘争、公害問題、原発問題など戦後日本の恥部をひたすら撮り続けてきた、おそるべきジイさんである。
 自衛隊を隠し撮りしたときには、国家権力に付け狙われたあげく、暴漢に襲われ重症を負い、家も焼かれた。でも相手は「国家」なので、警察に行っても見て見ぬ振り。

 それでも自分を曲げない。90歳の現在、彼は生活費にも事欠く有様なのに、飯舘村まで取材に行き、必要とあらば、地面に寝っ転がってシャッターを切っている。(でもなかなか立ち上がれないそうだ)

 高野さんによれば「一人反政府ゲリラ」だ。そして声を大にしたい高野さんの菊次郎評。

「ふつう、こういう過激なじいさんやおっさんは、尊大で、自己中だと思うのだが、この福島さんはちがう。
 誰に対しても言葉遣いや態度は丁寧で、背筋がピンと伸びてジーンズやワッチキャップがよく似合い、ちょっとかわいくて、かっこいい」

 そうそう、そこんとこ、かなり大事ですよね。

 この映画の高野さんの紹介記事がとても素敵なので、上のリンクから是非読んでみてください。そのあとは映画館に直行ですね。
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2012/8/26

河童祭、終了。  家事・畑仕事

 最盛時には、お漬け物にしてさえ、ほとんど食べきれず配って歩いたキュウリもシーズンが終わり、先週H氏が抜いてくれた。

 ウチではKちゃんしか食べないトマトも、珍しく今年は大豊作で、巨大な実を日々つけてくれた。私は今年ふいにトマトが食べられない人になってしまい非常に残念だが、トマト大好き!なKちゃんが朝晩食べていたトマトも、H氏はそろそろ潮時かと、ついでに抜いてくれた。トマトはナマ以外にも応用がきくので、使い手があった。

 現在はほぼ毎日、枝豆の日々だ。食べ飽きないし、みんなが競って食べるので大変重宝している。インゲン豆もほぼ毎日収穫できるが、これは料理にバリエーションをつけられるので、便利な野菜だ。

 そんなわけで「トマト・フェスタ」や「かっぱ祭」が終了し、畑ではひとあし早く夏の終焉を見たのである。

 

 胡瓜撤収 河童祭は 終わりけり
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2012/8/25

すいかの味  たべもの

先日H氏に「奥目の八ちゃんの西瓜はうまかったか?」というメールが届いたらしい。ちなみに「奥目の八ちゃん」とは往年の吉本新喜劇の看板スターだった故・岡八郎のことである。

 一応彼にも結論は伝えたが、彼は「あまいもの」一切を食べないので、実際に西瓜を食べた私とKちゃんの意見を述べたいと思う。

 結論。

 思ったほどにはおいしくなかった。でも「たねなし西瓜」としては、美味しいのかもしれない。

 確かにタネがないので面倒くさくなく、食べやすかった。タネ嫌いの人や、タネを飲み込んで盲腸になったら困るという方や、子どもがタネを飲み込んで盲腸になったらと心配で、いてもたってもいられない子煩悩な方には、ベターな西瓜だと思う。

 でも、実は西瓜の一番美味しい場所は、タネ周りなのである!ということに、食べてから気づいたのだ。

 あのタネ付近のとろっとして甘味の強い場所が、当然のことながらタネなし西瓜にはない。利便性・効率性をとるか、旨さをとるかという選択になる。ほとんど社会問題と同じだ。

 ということで、普通にタネのある西瓜のほうが美味しい。利便性、効率性は味気ない、という普遍の事実に母娘で同時に気づいた昨今である。 
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2012/8/24

しろくろにゃー  

 お盆で帰省したら、猫たちがお出迎えしてくれた。実家は猫屋敷なので、少ない時でも3匹はいる。

 故・桂枝雀は「笑い」で大切なものは

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 緊張と

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 緩和だといっていたが、

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 これは緩和というより、弛緩だな。

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 お出迎えしてくれたわりには眠り猫だったが、H氏はよろこんでくれた。そして久しぶりに聞いた(いやいや聞いたことはなかったかも、読んだことはあっても)単語を発語してくれた。

「あー! しろくろショーや!」

周りに人(両親とか)がいなくて、よかった。

 母親にふたり、いや2匹の関係を聞いたところ、カップルではなく仲の良い兄弟猫らしい。



 遠雷に 翻弄される 主婦ひとり
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2012/8/23

ビジュアルKATAGAMI  アート

「カタガミ・スタイル」展の案内チラシ(京都展)↓

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 図録は表紙が鯉、裏表紙が乱菊、メタリックな水色が涼しげ↓

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 京都展は終了したけれど、次は三重県立美術館に巡回し、8月28日〜10月14日まで開催されます。滋賀県からなら日帰りできる場所なので、興味のある方はぜひ。

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 さすが伊勢型紙の故郷である三重県、パンフも二つ折りで超豪華。

 さて、日本オリジナルの型紙は、こんなかんじ↓

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 「菊にすすき」

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 「早蕨に霞」

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 「糸菊」

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 「渦巻きに海星」

 などなど。ああ素敵!
 図録でもカタガミについては、なにがなんだか、というくらい細かい模様もあり、改めて別頁で拡大してあったり。ほとんどマンガを描くときに使うスクリーントーンの世界だ。それを手作業で! それくらい精緻にして精密。

 日本のデザインに恋したのは、ウィリアム・モリスとか↓
 
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 マッキントッシュとか↓
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 ビアズリーとか↓
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 多岐に渡ります。

 今回の目玉のひとつ、ランプ「たんぽぽ」(ドーム兄弟、ルイ・マジョレル)↓
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 ちなみに似て非なるものだけど、綿毛をイメージした「たんぽぽランプ」という照明がIKEAで販売されているそう。

 ひとめ惚れしたエミール・ガレの小鉢はこれ↓
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 同じくガレの花器。妖し過ぎる〜!!
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 図録を見直したら、ラリックもなかなかよかった! ごめん、ガレの隣にあったのが、たまたま私の好みから遠かっただけ。以下の作品はすべてラリック。ためいきものです↓

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 「マーガレット畑」と名付けられたショールの刺繍が、超絶技巧でリアルに浮き上がっていた。

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 「松かさ」と名付けられた脚付杯。松がこんなにもセクシーで妖しくなるとは!

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 「白鷺」をデザインしたガラス器。なんて上品!

 日本の小粋で斬新で洒落っ気あるデザインが、海を渡って「ジャポニズム」になると、不思議なことに妖艶でエキゾチズム溢れたデザインに変身することも。反対に「シンプル・きりり」とした力強いデザインにもなるし、バリエーションの広さは幾通りだってある。
 これじゃ確かに「世界が恋して」しまうんだろうな、日本のデザイン力! 
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2012/8/22

KATAGAMI(カタガミ)!  おでかけ

 そして、またぞろ小径に入って行く。♪知らない道を歩いてみたい♪

 これは業だな。

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 お寺の裏手の路地。いかにも京都だ。

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 宝珠のついた屋根。色のあせた古瓦。魅力的な姿に抗えず、吸い込まれるように路地に迷い込む。

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 ちょっとマンガチックな「へうげ鬼瓦」。

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 京町家の石畳を、自転車のお姉さんが、風のように駆け抜けてゆく。さまになる風景だった。

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 路地を抜け、平安神宮に向かう神宮道に折れる。平安神宮の手前には図書館や美術館、ホールや勧業館や動物園など、重要文化施設が目白押しだ。
本日の目的地は京都国立近代美術館。「KATAGAMI(型紙)Style 世界が恋した日本のデザイン もうひとつのジャポニズム」展だ。企画展のHPより抜粋して展示品の紹介引用↓

 浮世絵や日本の美術工芸品が、印象派に影響を与えたこと有名だが、工芸においてのジャポニズムの影響については、技法の多様さから紹介されることがなかった。
 19世紀後半、万国博覧会などで日本の美術工芸品を見た西洋の人々を大いに驚かせた。とりわけ芸術家たちは、その斬新な構図やデザイン、緻密な技に注目。作品を制作する上での大きなヒントとなったようだ。

 着物その他の文様染に使われる日本古来の「型紙」は、この時期に西洋にもたらされ、その美しいデザインや高度な技術が高く評価されて、当時西洋各地で起きた美術工芸改革運動(後にアールヌーヴォー/モダン・デザインへと発展する)に大きな影響を与えた。  
 19世紀末から20世紀初頭にかけて西洋に渡った日本の美術工芸品の中でも特にこの「型紙」に注目し、「型紙」が西洋の芸術家たちにどのような影響を与えたのかを紹介する日本初の試みだ。

 日本で生まれた型紙が、染色という本来の用途を超えて自由に解釈され、アール・ヌーヴォーをはじめとする西洋の美術工芸改革運動の中で豊かな広がりを見せていった様相を、約400点の作品とともに俯瞰する展覧会。


 会場にはいつもよりずっと西洋人のひとたちが多かった。どうもジャポニズムは、昔も今も西洋人を魅了するようだ。

 展示品の骨子となる日本の「型紙」は、染めたい模様を切り抜いた紙に柿渋を塗り、頑丈にしたもの。仕様済みのものなのでほとんどが黒い。いってみれば和風ステンシルだ。残念ながら日本では「消耗品」として扱われたので、収集や保存の対象ではなかった。

 しかし大量に海外に流失した「型紙」は各国の博物館などに収蔵されたそうだ。この100年の間に大きな戦争もあったし、浮世絵も含め、もしかすると海外に流出してよかったのかも・・・とすら思う。

 さて、展示品を見ての感想だ。

 まずはその精緻さ、見るだけでも虫眼鏡が必要なほど細かい作業に、誇張でなく驚愕する。日本人ってどんだけ器用やねん(日本人でも私にはムリ)!! 

 可憐なひな菊や乱菊、菊唐草などの凝った模様も素晴らしいけど、菱形に十字、みたいなシンプルかつ細かい模様(小指のツメより小さいかも)も「これを手作業で!?」とびっくりする。

 それに菱形の中で空中に抜かれた十字はどうやって型紙になり得るのか、ちょっと知りたかった。あと難しいとは思うけど、型を使ってできた模様も並列で置いてもらえたら、わかりやすかったのにな。点数は多いけど、説明や案内がもう少しあれば、もっと理解しやすかったと思う。

 次いでジャポニズムの影響の広さに驚く。ええっ? ミュシャも? リバティプリントも?

 ジャポニズム作品群は、タンポポのランプとか、それなりに素敵でかわいかったけど、なんといっても私はガレ、エミール・ガレの完璧な素晴らしさにノックダウン。

 ガレって、すごい!!!

 他の作品は「やっぱりバターは入れなくちゃね」とか「ハーブは必要よね」とか西洋をひきずっているけど、ガレはなんていうか、「エミール・ガレ」本人のセンスと個性と日本のデザインを昇華・融合させていたように思う。

 彼のガラスの鉢を見て、「もうこれ欲しい〜!!」とガラスケースの前で悶絶した。「レプリカでいいですから〜」。
 茶色がかった赤い青海波の地に太い唐草が抜かれているの。形も水滴が落ちたクラウンのようで個性的。でもすっきりしていて主張しすぎていない。すばらしいバランス感覚!!
 隣のラリックがすっかり霞んでみえました(ラリックファンの皆さん、ごめんなさい)。

 ガレといえばガラスだけど、ほかに家具とかもあり、そのセンスたるやもう!!
 装飾され尽くしているけど、装飾過多でなくすっきりしており、凝っているのになぜかシンプルに見える。不思議だ。だれもガレのマネはできないだろう。

 そしてこの「型紙スタイル」のデザインは、21世紀の現在も引き継がれている。リバティプリント、英国の高級カーペット会社がシリーズとして出した「Katagami」デザインの絨毯、高田賢三や三宅一生のモード。

 この連綿と続くデザインの生命力が、今回の一番のみどころかもしれない。

 (明日は、できれば写真をアップします)
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2012/8/21

腹ごしらえと腹ごなし  おでかけ

 「あゆ」を買った日のメインは、先の日曜日まで京都国立近代美術館で開催されていた「KATAGAMI Style 世界が恋した日本のデザイン」鑑賞。

 先日、友人のれんくみさんとお互いに「絶対、行きたい!!」と意気投合した企画展だったが、彼女の都合がどうしてもつかなかったため、チケットを託され「おひとりさま」で見に行った。彼女の分まで見ないと!と気合いが入る。

 着くのはお昼前だから、先にゴハンを食べておこう。イクサの前の腹ごしらえだ。

 東山近辺で、先日知恩院ツアーの候補に挙げていた「喫茶 六花」へいってランチにしよう。美術館と反対方向だけど、決意は固い。

 途中のちいさな御堂に、お地蔵さんがいらっしゃった。

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 思わぬ意匠に立ち止まる。

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 タイルで卍とは!! しかもモノクロで!!

 「六花」の場所は事前に調べてはいたけど、思っていたより遠くて、途中更地に立て替え工事なんかもあり、「もしかして、なくなった??」とヒヤヒヤしながら、京都の炎天下を歩いた。先頃半額で買った、小振りの新品日傘をさしながら。
 有名な京都の鞄屋さん、一澤新三郎帆布のお店のななめ向かいに「六花」発見。そもそも目印の、この鞄屋さんの場所を、私は甘く見ていたのだった。東山の駅から、こんなに遠かったんだ。

 涼しい室内にホッとしつつ、その日のランチをコーヒーつきで注文する。揚げたてのゴーヤ肉巻き天ぷらはおいしく、お茶碗に盛られたゴハンもおいしかった。キュウリのお味噌汁は、(私なら冷やすけれど)あったかくてもおいしかった。

 食後は、ホットのオオヤコーヒーだ。

 でも、「オオヤコーヒー」ってなんだ??

 ネットで調べるとなんだか「伝説の」とか「知る人ぞ知る」コーヒーみたいで、確かに普通のコーヒーとはちょっと違う。しかもカップにたっぷりだったので、ゆっくりと味わってみた。私はおいしいコーヒーは好きだが、ツウではないので残念ながらコーヒーのあれこれを語ることはできない。でも確かにおいしかったので、今度は「モーニング」で来てみたい。

 食後は目的地まで歩く、歩く。イクサの前の腹ごなしだ。

 古川商店街を横切り、白川沿いの細い道をのんびり歩く。たまに通るタクシーを避けつつ。なぜか普通の車より、小型のタクシーが多く通るのは、京都の道を知り尽くしている人が知る抜け道だから??

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 大通りに出て、三条通り沿いに歩く。

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2012/8/20

鮎と西瓜の不思議な関係  お買い物

 ということで、鮎を食べに行くはずが西瓜購入に至ったのだが、先週の金曜日に、実は鮎も買っていた。

 京都の美術館に行った帰り、私とベストマッチな和菓子司さん『平安殿』本店に立ち寄った。お目当ては、ずばり「あゆ」だ。

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 パッケージだけではわからないので、中身はこれ↓

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 夏になれば滋賀県の老舗和菓子屋さんの店頭にもある、わりにありふれたお菓子だ。求肥をカステラ生地で包み、鮎の姿を模した夏限定のお菓子。
 しか〜し。普通の「あゆ」もあるが、見たことの無い「あゆ」バージョンがここにはあるのだ。

 新鮮な鮎は西瓜の匂いがする、というところから、求肥に西瓜果汁の入った「あゆ」が!

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 これは食べてみなくちゃね。ということで、パクリ。

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 ん?? ・・・んんん・・・?? すいか???

 そういわれれば、そんな気もするようなしないような、あ、ほのかになんだかするような・・・。

 そうか、西瓜果汁100%のジュースを昔飲んだけど、味が薄くてよく分からなかったな。すいか香料とかなしで天然果汁オンリーなら、こんな感じなのかも。という感想でした。

 やはり新鮮な生の鮎の匂いの方が、西瓜っぽくてビックリする。アイディアはよかったんだけどなぁ〜!!

 生臭そうな生の魚が、フルーツと合いそうな和菓子より、西瓜の匂いに満ちている、というのも面白い。自然って、不思議。

 (注)平安殿さんの「あゆ」は8月30日までの夏限定販売です。食べたい人は急げ!
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2012/8/19

西瓜売ります・続  季節

 昨日の日記のラストは「おそすぎる!!」だった。

 でも考えてみたら、いやまて、決して遅すぎない。まだ西瓜のシーズン真っ盛りじゃないか。お盆が明けたばかりである。折しも今日はあれから1週間後の日曜日だ。そうだ、西瓜を買いにいこう!

 ということで、またもやH氏をお誘いして、あの「大中の西瓜軽トラ店」に出かけた。同じ場所で、同じ角度で軽トラはとまっていて、同じ売人のおばさんが車にへばりつくように番をしていた。
 あっちを向いて座っていたおばさんは、車が入って来た音を聞きつけ、エプロンを直しながら、客かどうか見極めようとしていた。H氏が後でこっそり言うことには、「(吉本新喜劇の故・)岡八郎そっくりやな」。うんうん、確かに!!


 軽トラの荷台には、大中小の西瓜がゴロゴロしていた。「山積み」ではなく「平地」くらいか。少なくとも1/3、もしかしたら半分くらいは午前中に売れたのかもしれない。
 
 普通の緑の地に黒い縞の西瓜は巨大な3個くらいで、あとは黒い縞の目立たないくらい黒っぽい深緑の西瓜ばかりだ。
 聞いてみると、「タネがないんです。タネなし西瓜です。食べやすいですよ」とのこと。

 しゃべるとおばさんは見違えるように商売人だった。「重さで値段付いてますから、お好きなのを選んでください」。なるほど、それぞれの西瓜に値段のシールが貼ってある。

 H氏は「千円前後くらいの美味しそうなのを、おまかせしますからプロの目で選んでください」とおばさんにお願いし、1200円の中玉を購入。中玉だけど、持つと重い。「実がぎっしりつまってますからね」と自慢げなおばさん。

 ということで、めでたく「大中軽トラ西瓜」を購入出来た2012年の夏の出来事でした。 クリックすると元のサイズで表示します
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2012/8/18

西瓜売ります。  季節

 近江八幡市の大中は琵琶湖を埋め立てた干拓地で、私が子どもの時から「大中の西瓜」はブランドだった。

 いや、ブランドというより、夏の風物詩といった方が近い。

 軽トラに西瓜を山積みして、私の住んでいた市の端っこの山麓の村までやってきてくれた。まだスーパーマーケットもほとんどなかった頃の西瓜販売車は、安くはなかった大きな重い西瓜をさらに買いやすくした。それを井戸で冷やして食べるのが、40年前の夏だった。

 「大中の西瓜の販売です」とスピーカーで流しながら、ゆっくりと走る西瓜の軽トラを、単なるヤジ馬で追いかけるエキサイトした子どもたち、という風景も大人からみれば夏の風物詩だったかもしれない。

 そんなことを思い出したのは、先週の休日にH氏が「ネットで鮎の美味しい店見つけたし、長浜までいこ。鮎の刺身も食べられるみたいやで、あんた、鮎好きやし」といつものように、突如言い出したからだ。
 私は鮎が大好きだが、唯一同好の家族のTくんがいなくなり、一人分では晩ご飯に鮎というのも面倒で、ほとんどスーパーで買わなくなった。おことばに甘え、即決で連れて行ってもらうことにした。

 湖岸沿いの道に出るまでに大中を通る。大中では倉庫のような直売店があちこちにあり、西瓜はもちろんトマトやトウモロコシなども販売している。

 大中の入口の交差点横の空き地で、H氏は思わぬものを発見した。西瓜の軽トラ販売だ。それも売り歩くのではなく、じっと客を待つタイプのものだ。

 「なんか、さびしそう・・・」と感想をもらすH氏のみたものとは。

 炎天下なので軽トラの横に日除けの簾を立てかけ、屋根にビニールシートをかけ、荷台には巨大な西瓜がゴロゴロと山積みだ。その日陰の中で、地味な中年女性が雑誌を眺めていた。

 売る気、0.00%!?

 一応「西瓜売ってますので、よろしく」的な販促のぼりと、ぶら下げられ、たまさか風に揺れる西瓜模様のビーチボールが、かろうじて控えめに通行人の目を誘うのみだ。

 こんな絶好の被写体を、カメラを探している内に、信号が青に変わってしまい、撮り逃がしてしまった。残念!!

 かわりにスケッチした↓

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 ところで、わざわざ遠路はるばる長浜まで行った鮎専門店「鮎茶屋かわせ」だが。

 「いらっしゃいませ、ご予約はどのようになっておりますか?」
と、受付の女性に問わる。1時間前くらいに思いついて出かけたから、もちろんアポ無しだ。「少々お待ちください」と奥に入った女性は、「すみません、予約で一杯で申し訳ありませんが」という結末になった。

 駐車場の車はナンバープレートをみると、県外から来ているひとたちが多かったので、嫌な予感はしていたのだ。そのまま、すごすごと家に帰ることにする。こういうところでケンカにもならず、「ずちなし」とあっさり諦めるところが、気分よく生活する秘訣なのかもしれない、とたった今、気づいた。(おそい!)
 
 帰りの大中では、ちゃんとカメラをスタンバイしていたので、なんとか西瓜販売車を記録することができた。

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 驚くべきは、あれだけ山積みされていた西瓜が、あれだけ売る気が見えなかったにも関わらず、少なくとも山積み状態ではなくなっていることだった。ちゃんと売れていたのだ。

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 そして私もこれを書いている途中に初めて、「あ、帰りに西瓜、買えばよかった!!」と気づいたのだった。(おそすぎる!!)
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2012/8/17

広島で買ったもの。  お買い物

 今回の旅では、スーパー、コンビニ、キオスクという場所でお土産を買った。「お手軽三冠王」かもしれない。もともと日帰りの上、観光旅行ではなかったので、ふさわしいといえば相応しい。

 旅先のスーパーはかなり楽しい。地域性が出て意外なものが売っていたりする。

 たとえばこんな物↓

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 福岡県久留米市の豚骨ラーメンだ。

 広島のお土産とちがうやんけ!!

 もしかすると滋賀県が、京都や大阪をフォローできる通学通勤圏内であるように、広島では、意外に福岡まで生活圏内なのかもしれない、とそこはかとなく感じられる。(間違ってたらごめんなさい。もしご存知の方は、コメント欄にご一報を)

 そしてたとえばこんな物↓

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 吉本興行が北海道のお土産の定番である「白い恋人」をパクって「面白い恋人」を作り訴えられたが、その後、どうなったのだろうか?
 現在近畿のあらゆる地域で「○○(地域名を入れる)の恋人」土産が大手を振って売られている。
 舞子さんと神社仏閣が描かれた「京都の恋人」は「えろう好きどすえ♡」と、「大阪の恋人」は通天閣と大阪城が描かれ「めっちゃ好きやねん」と、「奈良の恋人」はI♡NARAときて「せんとくん」が描かれている。

 関西だけではない。ナマハゲが描かれた「秋田の恋人」や三つ葉葵がでかでかと存在を主張する「茨城の恋人」、首振り赤ベコがついた「福島の恋人」だって。もうなにが「恋人」だかほとんど意味不明だ。

 結局「白い恋人」販売元の石屋製菓にショバ代(ライセンス料)を払えばどんな恋人だってまかり通ることになったのだろうか?(もし詳細をご存知の方は、やはりコメント欄にご一報ください)

 定番の「もみじまんじゅう」や日本酒「賀茂鶴」も購入したが、キオスクにて、最近大変気になっている(マイブームといえるかもしれない)「ご当地学習帳」、もとい「ご当地楽習帳」を発見したので、思わず2パターンとも買ってしまった↓

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 左側が広島県の地図と市名と名物と観光地を網羅(??)した意匠、右側が「平氏にあらずんば、人にあらず」の平清盛/宮島篇だ。

 東広島駅スタンプもゲットした。Kちゃんの工作も「旅の思い出」としてわが家にて展示中だ↓

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