2012/10/16

おにのかくらん  

 実に久しぶりに風邪ひきになり、しかも私にしては高熱。38・5℃。半日静かに寝て過ごしました。

 今年前半に、熱はないけどもんどりうつ苦しい状態を経験したので、比較するとまだましかも。それでも大事をとって、しばしお休みします。では、おやすみなさい。皆さんも風邪にはお気をつけて。

 午前中に、チョー面白いものを見たのですが、それについてはいずれ報告しますね。
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2012/10/15

ここはどこ?  

 秋の日本。田んぼの稲架(はさ)。野焼き。

 家からさほど遠くない、というか歩いてもいける距離の田舎道を車で走ると、野焼きの煙と藁の焼ける匂いがするこの頃。先週も、立ち上る煙に、日本の秋を激写とばかり、車を停めてシャッターを切った。日本の秋を切り取るのだ。

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 バックミラーには、道を横切る煙がかすかに映る。

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 う〜〜〜ん・・・。

 あまりに広大であまりに空が青いので、日本じゃないみたいだ。北アメリカの原住民(インディアン)が、アリゾナで狼煙を上げているようにしか見えない。

 私はこういうところに住んでいるんだ・・・と改めて自覚しました。インディアン、ウソ、ツカナイ。
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2012/10/14

胸すく早朝  テレビ/ラジオ

 もう一週間前のテレビで恐縮だけど、10月8日のNHK総合で午前6時30〜53分の『ホリデーインタビュー』という番組を偶然見た。

 頭の方をみていないので、「やまざきさん」「やまざきさん」と呼ばれている女性が誰か、最初はわからなかった、どうもヤマザキマリらしいと推測していたら、これがビンゴ! イタリア在住で、阿部寛の主演で映画化もされた風呂マンガ、あの爆発的にヒットした『テルマエ・ロマエ』の原作者だ。わぁ、なんて運がいいんだろう!

 なにしろ朝なので、家事が目白押しだったのだけど、いや、今日は急いで出かける人は誰もいないことだし、見ちゃえっ!!

 彼女は元々は東京に住んでいた。だが、ヴィオラ奏者のお母さんが、北海道の交響楽団に入団するため小学生の頃、母と姉妹の3人で東京から北海道に引っ越したそうだ。

 広大な自然のなかで、虫や魚を友とする。「虫や魚の世界って、人間の世界からみたら、もう『外国』じゃないですか? 虫に興味が出たときが、初めての外国体験だったんです」「もっと虫のことが知りたくて、昆虫図鑑は必携でした」「北海道の自然が私の原点ですね。なんの縁もゆかりもない北海道へ東京から引っ越してくれた母には、ほんとに感謝してます」

 おおお〜! そんな風に考えたことなかったが、たしかにそうかも。じゃ、小学生の頃「昆虫図鑑」と「植物図鑑」を愛読していた私も、外国体験していたんだ〜(笑)

 そして母の友人である画家の指導のもと、幼少から絵を習い始めるマリさん。その頃の絵が映し出されるが・・・う、うまい! 小学生の頃、初めて描いた石膏像とかも見ることが出来た。

 で、彼女は10代なかばでイタリアに絵画留学したのだけど、なんでそんなに早くに!?というずっと抱いていた疑問が、このインタビューで氷解した。氷解したが、ぶっとんだ。

 「レプリカの石膏像を模写したってだめ、ホンモノを見ないと。ホンモノにはホンモノだけが持つ、すごいパワーがありますから」

 ホンモノのパワー!! わかる。それは、わかる。

 しかし、単身でイタリア語もできないのに、絵画留学とは。しかもビンボーで苦学を余儀なくしたり、ルームシェアした男性と恋愛し子どもが出来るも、結局別れて、一人赤子をかかえて困窮してしまった。

 どうしようか・・・と、どん底の生活のなか、たまたま近くにいたオタクのイタリア男性から、「マンガを描いたらいいじゃない? マリは日本人なんだから、どうしてマンガ描かないの? そっちの方が不思議」と、なにげに話されて、じゃあ、と生活のためマンガを描くに至ったということだ。

 ところでインタビューを受けるヤマザキさんは、迷いも澱みもなく打てば響くかしこさで、独立独歩、地に足が着いていて。イメージとしては、まさに大地にがっしと両足で立ち、超かっこいい。

 ガツガツと貪欲ではなく、つまらない遠慮もなく、さわやかに等身大。「おいおいそれは!」と、ときに突っ込みたくなるような質問をするインタビュアーをクール、シンプル、クレバーにさばかされる。胸がすくような、という形容がぴたりとはまる女性である。

 今回はインタビュイーの方が、2枚も3枚もうわてだったかも。「今回は」って、この日初めてみたから、他の回は知らないんだけどね。
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2012/10/13

地泉廻遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)  神社仏閣/教会

 受付の方にお庭への小径に入る柵の鍵を開けてもらう。まるで「秘密の庭園」だ。

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 細長い池、中の島、紅葉が始まらんとする樹々たち、石橋、庭石たち。

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 クスノキも高く高く梢をそびえており、でっかいゴイサギが悠々と翼をひろげて飛んでいた。

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苔がきれいだ。その先にみえるのが、東屋(あずまや)。

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 今回の発見は、このあずまや。最初はなんということなく、写真も撮らず見過ごしていたが、同行のNさんが、あの天辺にある鉢は何!?とつぶやいたため、初めて気づく。あまりにも鉢が屋根に馴染んでいたので、違和感無くスルーしてしまったのだ。

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 ほんまや!! なんやあれ?

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 帰宅後調べてみたら、茶室や東屋によくある円形の茅葺き屋根の天辺には、雨避け(「水仕舞」というらしい)のために大きなすり鉢を被せるらしい。。円形の茅葺屋根は、茅の先端が集まる頂点の仕上げが難しく、鉢を乗せて雨漏りがしないようにするのだ。

 庭では蚊の残党の攻撃を受けつつも、季節外れの蚊は毒が薄いからか、さしたる被害も無く神社を出る。

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 楼門を出て鳥居をくぐり、駐車場に戻るとこんな看板が。

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 鮒寿司(ふなずし)祭?? 一体どんな祭なのか? 

 一疑問去って、また一疑問。兵主大社への興味は尽きない。
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2012/10/12

兵主大社、ふたたび。  神社仏閣/教会

 読書会仲間のNさんが、用事でたぬき亭まで来てくださったので、ついでに本の話をしたあと、近くの神社「兵主大社」までご案内した。2年前にH氏と訪れたときには紅葉の季節だったが、まだシーズンではないので貸し切り状態だ。(青字下線部分をクリックすると、2年前のてなもんや夫婦の紅葉狩り参拝が読めます)

 奈良時代に創建された古社である。社伝によれば、琵琶湖の対岸、穴太に社地が設けられ、欽明天皇の時代に琵琶湖を渡って現地に遷され、社殿が造営されたらしい。

 その際、琵琶湖では亀に乗り、陸地では鹿に乗ってこの地に神様がやっきたので「鹿と亀の神社」というのがキャッチフレーズの神社である。手水舎には大きな亀がいるが、鹿はいずこ?

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 のどかに水を吐く亀。

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 かなり地味な参道脇に鹿のレリーフ発見。場所も地味だったが、レリーフ自体も地味なので、前回は見逃していたかも。実は本殿・玉垣の中に鹿の像があったが、サイドへ回り込まないと見られない。なぜか鹿の扱いは控えめに押さえてある。そのくせ瓦には兎を使っている。なぜに兎?

 とはいえ、おみやげ品の「兵主せんべい」(800円)は鹿と亀がイーブンに焼き付けられていた。
(こちらで兵主大社の解説とせんべいの画像がみられます↓)  http://shigamania2.shiga-saku.net/e72756.html

 本殿の横にあった旧護摩堂には、いかにも古そうな陶器の狛犬さんたち。

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 狛犬というよりは、シーサーか?

 本殿の横では苔の上に玉垣の影が落ちていた。

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 せっかくだから、今回は庭園にも参戦することにした。庭園は、平安時代の作で、大規模な地泉廻遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)。池に中の島を浮かべて出島を作り、護岸(ごがん)の石組みや築山の三尊(さんぞう)石組みなどがある。

 硬貨で一番高額の一枚をお支払いし、お庭への鍵を開けてもらう。開け、護摩! (明日につづく)
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2012/10/11

石山寺縁起絵巻  アート

 昨日は滋賀県立美術館で開催中の「石山寺縁起絵巻の全貌」を見に行った。あまりにも石山寺およびこの絵巻については全く知らないので、基礎知識を押さえておこうという、まれにみる殊勝な心で出かけてみた。

 いや、行ってよかった。江戸時代の人たちがお伊勢詣りをするように、草木が佐渡へとなびくように、中世の人々は、石山寺の観音様にお祈りして願いを叶えてもらっているのだ。ということが理解出来た。着色した絵の具もきれいに残っている。

 またこれは同一絵師もしくは同一絵師集団らが一気に描いたものではなく、鎌倉時代から江戸時代にかけて、480年の歳月を経て書き継がれたリレー絵巻なのだった。

 内容も、石山寺の建立時に良弁が比良明神の託宣を受ける逸話や、紫式部が寺から湖水に映る月を眺め源氏物語の構想を得たとされる場面、「更級日記」の作者・菅原孝標女や「蜻蛉日記」の作者、藤原道綱母など、古典の教科書の有名どころも出てくるので、なんだかわくわくする。

 おまけに滋賀県最古の仏像とか、インドや朝鮮半島を思わせる造りの古い仏像なども見ることができた。銅鐸や古瓦(白鳳時代!!)とかもね。

 いまやすっかり全国区で有名になってしまった大津市。そこにある西国巡礼十三番札所で紫式部ゆかりの古刹・石山寺(いしやまでら)の草創と本尊の霊験譚を描いたのが、重要文化財・石山寺縁起絵巻だ。これはアートとしてだけでなく、生活史、あるいは交通史など、当時を伝える宝庫の資料なのだ。

 今回の展覧会は、重要文化財本七巻を全巻一挙に公開する初の試みで、現在実施中の「模本」などの資料調査研究の途中報告として、各種の模本や関連資料も公開している。

 絵巻展示は2段に分かれている。下段には鑑賞者から近い斜面台の上に、絵巻の実物がすっかり広げられた状態で展示されている。上段にはその複製図版と詞書(ことばがき)の読み下し文・意訳が展示されている。私のような素人衆には大助かりだ。

 個人的には、一人一人の表情がゆたかで楽しい1〜2巻がお気に入りだ。貴族の行列でも下っ端のひとたちが、あくびをしたり、となりの人とおしゃべりしたり、仕事のやる気のなさが溢れている所なんか、今も昔も人間のやることは一緒、と可笑しくなる。

 それから模本で着色前の下書きに、色指定がしてあるのを見たり、同一人物を時間軸に沿った動きで並列に描くことで、時間経過を示す絵巻独特の手法も、絵巻がマンガであることを再認識できた。そうそう、槍を振り回しているときの残像モノトーンで円形になった分身の術みたいな槍の表現なんて、まんまマンガだし。千年の歴史が日本のマンガにはあるんだもの、そりゃ洗練されているはずだ。

 ということはダンスと歌が一体化している今様は、さしずめヒップホップになるのか。絵巻がマンガだとすれば、後白河さんは、ヒップホップ狂いでマンガマニアの権力者ということになる。でも麻生さんとだけは一緒にしないでほしい。

 この展覧会は11月25日まで(絵巻全巻公開は10月6〜14日と11月13〜25日)。950円。ギリギリ3桁金額でみられます。 
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2012/10/10

修行僧、あるいはガキ  読書

 『垂直の記憶』は何の期待も無く、課題本という義務感だけで読み始めた。ところがこれが、思わぬホームランに。

 「のぼる」ためだけに生きる人、山野井泰史さん(と妻、妙子さん含む)の7編の記録。ソロクライマーで、ほぼ単独で酸素ボンベなしに、超難易度の高い山や絶壁に登ことが唯一の欲で生き甲斐のひと。

 なのに2002年、ギャチュン・カン北壁の登攀後、嵐と雪崩に巻き込まれるも奇跡の生還を果たす。そのとき重度の凍傷で手足の指10本を切断する重傷を負ったため、再起不能かと思われたが、できることから再び徐々に登り始める。

 淡々と書かれた山や絶壁に登る記録なのに、私はクライミングにもクライマーにも山登りにもトレッキングにも全く興味がない、呆れた読者だ。

 それでも子どもの頃は山の上がり口に住み、裏山が遊び場だったので山育ちといえなくもない。ティーンの頃は、たぶん常軌を少しだけ逸しているほど自然が好きで、山(20分で山頂に着く裏山に限る)や田んぼや河原に入り浸っていた。その頃の自然はおしなべておそろしくキレイだったのだ。毎日見てるのに、いちいち感動していた(笑)
 というような、自分の過去のちょっと恥ずかしいくらいの自然愛を思い出してしまうくらい、山野井さんも自然ぞっこんな人なのだ。そこで共感。

 それから山野井さんの淡々とした文章は、もちろん冷たいのではなく個として確立しているがゆえ。わがままだけど、憎めないヤツだ。なんていうか悪い意味のコダワリがない。というか山でこだわっていたら、生還できないだろうし。そんなところが、村上春樹の小説の主人公たちのテイストに、なんだか似ている気がする。

 なにがなんでも山に崖に雪と氷の世界にいきたい!という狂おしいほどの思いは、もう「業」だろう。「業」なので、もう善悪とかは関係ない。彼の人生そのものだから。彼の人生は、彼が納得出来るように生きるしかない。人の役に立つとか、世の中のためになる、とかいう理由付けを超えている。

 彼にとって山に登ることは、なにがしかの修行でもあるのかも。大金を集め(そして消費し)、寒さを乗り越え、ハードワークをこなし、凍傷になり、空腹に耐え、薄い空気を呼吸し、睡眠を削る。それを求めてするということ自体、私には理解不能だけど否定はしない。

 彼のブログ『山野井通信』を読んでいると、またちょっと違ったお茶目で悪戯少年みたいな面が垣間見えて面白い。ブログのプロフィールフォトで彼はやっぱりガキの目をしている。次になにをしでかすんだろう、こいつは! と思わせる目なのだ。きっとまた、なにかやらかしてくれるんだろうな、山野井さん。
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2012/10/9

くもとくも  

 読書会も終わり『垂直の記憶』について書こうと思ったけど、すでに睡魔に浸食されつつあるので、今日のところはおやすみなさい。

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 雲と蜘蛛という言葉遊び。蜘蛛嫌いの方、ごめんなさい。

 追記:
 氣志團と倶楽部破璃絵のコラボ『罵憂夢喰変』は、盛り上がりのうちに食後(おべんとう)のデザートとして、Kちゃんの昼食グループの女子高生たちに供された。オマケについていた缶バッジは、ブレザーのボタンがとれた子に譲渡されたらしい。ボタンホールと大きさがぴったりなので、彼女はグラサン&リーゼント&学ランの綾小路翔を制服のボタン代わりにしたそうだ。
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2012/10/8

「たねや」に完敗。  お買い物

 「たねや」の期間限定のお菓子のラインナップをみたくて、「たねや」のHPを拝見した。とにかくこの季節はクリ! なんといってもクリ!!

 上生菓子「晩秋」・・・めくるめくような美しさと秋情緒にあふれた職人芸だ。ああ〜おいしそう〜。でも〜お値段がね〜・・・とつぶやいても、テレビショッピングのように「今なら端数切り捨てで、なんと300円!」というわけにもいかず。

 それでも『栗月下』という棹菓子のコピーには、「素材を超えたおいしさ」とあって、ということは「栗よりも栗」ということになる。「栗よりうまい十八里(さつまいも)」とはいうけれど、「クリよりうまいクリ」というのは、どんなのか?

 「近江八幡日牟禮ヴィレッジたねや」に立ち寄ったとき、好奇心を抑えきれず、高価なので一番小さいサイズを購入した。ふつうの羊羹の1/3くらいかな。でもお値段は羊羹1本分。

 一口大に切って口に入れてみる。たしかに栗より栗や!! Kちゃんにいわせると、「ホクホクすぎて口の中の水分が全部吸収されてしまう! 口の中、サハラ砂漠や!」ということだった。まさにそのとおり。そして150%栗だった。

 栗を濃縮。栗を満喫。栗を飽食。ものすごく素朴な味なのに、おそろしく贅沢。 

 ああ。この分だったら上生菓子にも手をだしてしまうかも。自制自制。

 と用心深く「たねや」のHPをチェックしていたのに、奥座敷に用意された、老舗の和菓子屋(分家の洋菓子部門だけど)とも思えない意表を突く商品と出会い頭事故を起こす。「まさか」というやつだ。

 「まさか、あの『たねや』が、そんなものを!」という、ミスマッチ感に溢れる商品。

 『罵憂夢喰変』だ! 老舗菓子屋とリーゼントのツッパリとのコラボ商品だ。

 以下はこの商品の頁より引用↓

 2012 年2月19日、NHKホールでの氣志團結成15周年記念GIGの日に設けられた先輩席(限定160席)のお客様へのお土産の為だけに作られた≪氣志團×CLUB HARIEバームクーヘン≫。

 このコラボ商品の発端は氣志團公演の「おみやげ」から始まり、次いでご要望にお応えして数量限定で販売され完売に。そしてついに今春より、オンラインショップのみ追加販売がされることになった。

 中身は普通の「たねやのバームクーヘン」なのだが、箱と包装紙が氣志團魂に溢れている。包装紙は相撲の番付表をイメージし、6人の出身地を東西に分けて配置。箱は氣志團メンバーのイメージカラーを歌舞伎の緞帳風にデザイン。(上記の『罵憂夢喰変』にリンクが貼ってますので、クリックすると見られます↑↓)

 仕掛人は、(たぶん)自他?ともに認めるバームクーヘンマニアである氣志團の綾小路翔くんだ。彼のアツい「たねやバーム」への想い溢れる、押し推しの文章もアップされている。「見た目も味も半端じゃないです!!」

 嗚呼、たしかに!!

 う〜ん、こういうの、弱いんだよね。
 その心意気いいね! その洒落っ気にご祝儀だ!とばかりに、気持ちがお祭り気分に浮かれ出す。
 えーい、ネタで学友とスイーツタイムにしてくれ、Kちゃん!
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2012/10/7

川端誠原画展!  アート

 もと同僚の方に、お便りでお誘いいただいたので、能登川図書館の「川端誠原画展」&「川端誠講演会」に行って来た。そしてぶっとんだ。昨日の話だ。

 私にとって川端誠は「落語絵本の人」というイメージだった。今回の展覧会の絵本は初期作品である『鳥の島』『森の木』『ぴかぴかぶつん』。それぞれ哲学的ともいえる深いテーマを持った三部作だ。進化というものが幾多の命懸けのチャレンジ(と失敗)の上になりたっていくこと、自然を畏怖しつつも自然に感謝し調和する暮らし方、それを破壊する人間の傲慢さ、富や力を持った人間の欲深い愚かさなどなど。

 でもすごいのはテーマ以上に、手間ひまかけたひとつひとつの絵だ。いや、これを「絵」と呼ぶのか?

 新聞紙を何度も煮ては漉し潰しては煮るを繰り返し、手作りで紙粘土を作る。それだけでも充分な手間だ。

 それに着色し、糸状にしたり、ジグソーパズルのピースのように連続模様にしたり、ちいさく丸めたりとか。ちまちまと木や人や鳥をかたち作ったり。そのちまちましたものに、目を描いたり表情つけたり。

 そういう作業をサラリーマンしながら、週に2回徹夜して、平日も睡眠時間を削って、作業にあけくれて。

 やっと出来上がったワンシーンを戸外で乾かす為に置いておいたら、奥さんに踏まれてしまい「なんでこんなとこに置いとくの!」と逆に怒られたり。

 という、ものすごい苦労の末、出来上がった作品群。でも一時はすべて絶版に。現在はBL出版さんで購入可。私も講演後、思わず買ってしまいましたよ。

 あ、それから絵のテクニックについても。エッシャーの画法や先日私が見た「きりがみ」のような日本古来のデザインを詰め込んだアイディアが、絵の中や絵の枠にうまく使われている。蓄積されたインプットがあり、応用自在なアウトプットができる人なんだ。丁寧な手仕事とクールに計算が出来る人でもある。

 原画展だけでもぶっとんだけど、講演会もよかった。作者が自作を朗読してくださったり、子ども時代は本嫌いだったこと(でも図鑑少年。私ならこれは本好きと認定するのだけど)や絵本制作秘話なども語ってくださった。

 川端さんの言葉のはしばしから漏れるたぶん膨大で幅広い知識量や、鋭いアングルのクレバーさとかにも、心中「おお〜」と感嘆。

 だけど一番の感動は。

 この講演会や原画展、川端さん自身がお世話になった方々を、川端さん自身が紹介されたこと。
 聴衆のなかには、この原画展の企画者で、東京まで原画をとりに行ってくださったパワフルな「おはなしボランティア」の世話役の方、BL出版の社長さん、川端さんに貴重な出会いをたくさん作ってくださった元・図書館館長さん(九州から駆けつけてくださったそう。天声人語にも能登川図書館のエピソードが載ったこともある方だけど、すごくにこやかで気さくそうな方だった)がいらっしゃり、なんだかすごい場所に居合わせてしまった。

 この「ご縁の場」はそのまま、まさに川端誠さんの世界だった。いや〜すごいな、この感じ、どうもうまく言えないけど。「絆」って、こういうときに使う言葉なんだ。

 絵本を買った方にはサインします、ということだったけど、ひとりで留守番しているおばあちゃんが気になり、絵本を買いアンケート書いて、サインはパスし、いそいそと帰宅する。

 いや、帰る前に図書館にはいろんな催し物のチラシが置いてあって、もうこれが素晴らしい情報量! ちゃんとみられる置き方で。関東方面や遠方のでも興味深いものがあり、いくつかゲットした。やっぱりすごいわ、能登川図書館。

 原画展はあと11日から14日(日)までの4日間。もう二度と見られない(かもしれない)レアな展示なので、いそげいそげ。
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2012/10/6

アウトドア読書&ランチ  季節

 昨日の話。

 あんまり空気が煌めいて、空が青くて、気温もちょうどいい感じなので、ウチでお昼ゴハンを食べるのはもったいない! 

 デイでおばあちゃんもいなくて独りだし、車で7分ほどの希望ヶ丘にある花緑公園にいってみよう! 

 ということで、昨日のお昼は、きままにおひとりさまアウトドアランチだった。

 こどもたちが小さかった頃よく行った、お気に入りの場所だ。山の中にある整備された植物園のような場所。

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 まばらに薔薇が咲くバラ園の一角と、近江富士こと三上山。

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 雲の影が落ちる三上山。

 バラ園もあり、ドングリの木や松もいっぱいだ。喫茶店もあり石窯パンも販売されているので、家からコーヒーを淹れてあたたかいのを持って行き、パンを買って木陰のベンチで食べた。

 Kちゃんが帰宅後、アウトドアランチをしたと話すと「なんか小説とかマンガの主人公みたいやな〜」。へええ〜〜。

 そうそう、それから例会が迫っている読書会の課題本を持って行って読まなくちゃね。登山家、山野井泰史さんのエッセイ(というには重過ぎる)というか体験記(には軽過ぎるよう)というか、自らの登山の記録を7編綴った『垂直の記憶』を開く。

 これがもう、アウトドア読書にぴったりで、自然を感じながら読むとひとしおの感興がある。とても新鮮で静かな感動だった。なんだか初めての読書体験だったから。一番近い感じは哲学書かも。かつデジャヴュな気分もあって。この既視感がどこにつながるのかに思い至ったとき、自分でも驚いたのだけど・・・これについては、読書会が終了後に。

 アウトドアランチも気持ちいいけど、アウトドア読書も子どもの頃から大好きだ。(私のアウトドア読書歴はこちら

 花緑公園でひろった木の実などを盛ってみました。きみどりのびらびらした丸いのも、どうやら木の実みたい。オドロキ!

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2012/10/5

老人力の味方  

 高月から帰る電車の中で、れんくみさんと共感の嵐だった話が、PCは脳が軟化しつつある私たち(!?)にとって頼りがいのある味方だということ。

 主語が指示語になることが多くなってきた私たちにとって、PCの検索機能は救いの神である。
「ほら、あれよあれ」「あのほら、○○のついたやつ」「○○で有名なあれよ!」みたいな「あれ」。一体何なんだ、「あれ」って。ついについてきたか、老人力。

 最近の例ではたとえば、「ほら、あの富士山の麓の樹海で、迷い込んだら出られへんてゆう、あの、樹海の名前!」。

 これは「富士山」「麓」で検索したら、ばっちり出てきた。「青木ヶ原樹海」。そうそうそう、これこれこれなのよ〜! 開くのコワかったから、詳細はみなかったけどね。

 天魔の仕業というかトンマの計らいと言うか、脳にぽっかりとあいた「あの」「あれ」を、速やかに晴れ晴れと塞いでくれるPCの検索機能。重宝してます。
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2012/10/4

秋のそぞろ歩き  季節

 真っ青な秋晴れの下、駅までそぞろ歩き。高月駅までゆっくりと歩く。秋がてんこもりの風景を見た。

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 コスモス、ススキ、青柿、栗、青蜜柑、紫苑(しおん)。駅近くの道端で、おしゃれなベンチたちが対話していた。

 う〜〜ん、のんびり〜〜。

 高月は、時間的にも距離的にも大阪に行くほど離れている。滋賀県内なのに、ことばや習慣風俗や文化は、どちらかといえば北陸圏内かも。雪も多いし気温も低いし、湖東や湖南とはまた違う圏内になる。
 でいて米原まで来ると、どちらかといえば、岐阜っぽいしね。やっぱり北陸本線と東海道本線のちがいなのか。面白い。
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2012/10/3

十一面観音さまに会いに行く。  神社仏閣/教会

 ここまで来たからには、渡岸寺観音堂の十一面観音さまにお会いしなくてはね。

 私が初めてここに来たのは二十歳そこそこの頃で、雨のうら寂れた田舎のぬかるんだ道をあるいてたどりついた。薄暗いちいさなお堂で、圧倒的な迫力にひれ伏し、思わず大きなポスターまで買ってしまった。

 そして30年後。悩み多き青春の日はすでにはるかな過去になり、二人目の子どももまもなく大学生になる予定だ。しかも見事な秋晴れで、村はきれいに整備され、お寺ものどかながら、なんだかずいぶん見栄えがするようだ。

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 仁王門があったことなど、覚えていなかった。

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 醍醐寺に行ったとき、いままで見過ごしていた仁王さまの足の表現に感嘆して以来、仁王像の足元も覗き込んで足も激写してみた。力強い!

 参道には井上靖の石碑が。

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 彼の小説「星と祭」に、ここの観音様が登場するそう。井上靖から白洲正子を経てみうらじゅんまで、ファン層が幅広い。

 さすがは国宝、しかも観音界ではトップアイドルの十一面観音さまなので、火災や盗難避けのため、別棟の広くきれいな収蔵庫に保管されていた。お一人ではなく、大日如来座像や、もともとは普賢菩薩や文殊菩薩の乗り物だったと伝わる象や獅子がアウトラインを残していた。菩薩様たちは残っていない。

 観音様は、参拝者がじっくり観察できるように360度から見ることが出来る。一番の見どころは後側の「暴悪大笑面」なので、あらゆる角度から見なければ、なのだ。ライトもしっかり当たっている。ちょっと明る過ぎるくらい。参拝者には至れリつくせりなのだが、当の観音様にはちょっとダメージが大きいかもしれない。

 観音様の説明を聞いた後で、ゆっくり見せていただいた。やはり、すさまじいオーラと、美しさ精緻さだ。

 帰りの電車までたっぷり時間はあるので、ゆっくりと見たあとは、のんびり境内散策だ。

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 萩もきれい。

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 彼岸花も、そこここに咲いていた。

 お堂から山門をみる。静寂とくつろぎ感がいい。聞こえるのは風の音だけ。

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 境内には遊具もあるが、子どもの姿はない。

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 山門近くの背の高い松が、秋空の下、風を渡らせていた。

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 と、ロマンチックな秋の日差しに、微かなメランコリーも感じつつ門をでたら、左手にクローズドのお店があった。

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 気になるのは、その店名だ。「十一面堂」って。「怪人二十面相」に近似値のようなネーミングでは。・・・一体何を商っているのだろう。非常に気になる。
 帰宅後調べたら、(レトロな!?)喫茶店とかお土産物屋さんっぽいけど、「数年前に閉店」という情報が。ちょっと行ってみたかったような、入るのに勇気がいるような。
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2012/10/2

高月会場のホトケさま その2  アート

 いきなり、私が「おっさん仏」または「まいど仏」と勝手に命名した薬師如来さまのお出迎えを受ける。はいったとたんに「まいど!」とは。高月の学芸員さん、できる!

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 「寝起きの香取慎吾くんみたいな仏像」とか、
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 「怪しげ、かつ、うさんくさい感満載な仏像」(普通は別仕立ての金具で作る装飾品なども、なんと金の絵具で胸に描かれているのだ!)
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などの個性的な面々に挟まれた「清水式」千手観音様は、華奢な素敵仏だった。

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 ちなみに「清水式」とは両手で頭上にちいさな仏さまを掲げるお姿から。清水寺の秘仏である千手観音様が、このようなお姿であるらしい。

 ザ・ピーナッツのような日光菩薩と月光菩薩も、静寂に包まれた仏像だ。れんくみさん曰く、「『まちがい探し』みたい」。なるほど〜↓
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 個性的な面々に囲まれていると、だんだん自信をなくしてしまったかのような仏像もいらっしゃる。「わしら、こんなフツーでええんやろか・・・」という表情が、逆にここでは個性的だったりして。
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 まーそりゃ、歌舞伎の見栄をきるような毘沙門天さまたちや
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 この上ないおとぼけぶりの、しかも腹に一物なホホエミの薬師如来さまとか
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もはや意味不明な地蔵菩薩さまたちと
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一堂に会してしまったら、自信がなくなっても仕方ないのかもしれない。

 そしてやはり千手千足観音様に至っては、そんな中でさえも別格で、ひとり用のガラスケースに入って、比類なき異形ぶりを発揮されていた。
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 ほんま、なんともいえないお姿だ。

 それでも2F展示室は、不思議なハーモニーを奏でていた。ちゃんと調和が取れているので、見応えありあり。
 これほどの面々を集めた高月の学芸員のみなさまに、感謝感激。さすがは観音の里で百戦錬磨の仏教美術展示をされて来たであろう皆様だ。たぶん少数精鋭でしょうが、仏像愛に溢れた展示でございました。
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