2012/11/30

織物世界に耽溺(作品群篇)  博物館

 さて、お次は織機にかかった織り途中のと、別の大きな完成品が展示されたコーナーへと歩を進める。世界の織物巡りだ。

 画像がないので全然伝わらないとも思うけど、とりあえずは備忘録として記録する。

 つい昨日のことのようなのに、もう7年以上たつ「愛・地球博」でみたウズベキスタンやアゼルバイジャンの民族衣装やタペストリーは、いまも脳内をうっとりさせる記憶だ。
 薄い青緑や枯れた黄色、ほんのりした赤などが、心地いいバランスで配置されていたし、植物などをモチーフにした優しい図案も日本人のDNAに馴染むものなのに、とてもエキゾチックだった。

 今回はウズベキスタンの繻子(しゅす)織りの絣(かすり)や平織りの縦絣を見ることができ、そんなことを思い出した。もう少し点数があればうれしかったのだけど、やはりシルクロード中心地の感性は、妖精的で素敵だった。

 更紗で有名なインドネシアの薄く繊細な布は、やはり今回も私の「ほしいほしい〜〜」という心の声を最大ボリュームにした逸品だった。シルクっぽかったので、バティックシルクというものか。

 コーナーを回ったところで、強烈な織りを発見した。ボリビアの赤地に黒のフリーデザインだ。
 普通は図案が繰り返されるパターンで布地が成り立つのだけど、この布は織り手の自由な感興に任せたかの用な天衣無縫さ!不思議な生き物たちと、影か棒のようなヒトガタが、びっしりと織り込まれているのだ。こんなヤツらである↓

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 あんまり面白かったので、スケッチ(にしてはヘタクソ!)してきた。これはダイナミックな絵本作家である、スズキコージの絵のようだ。

 続くペルーの敷物(あるいはタペストリー)は、淡いパステルカラーながら、図案は大胆。まるで曼荼羅のように、四方の端にぐるりと小さなコマ絵がある。そして中心にも不思議な絵があり、なにか物語を表しているように思える。中心にいたのは、熊の耳とパンダの目をもつ巨大ツチノコ様のいきもの!! こんなヤツだ↓

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 絵ではなく「織り」だけでこんなに自由自在にデザインできるなんて、驚異の世界だ。材質は羊毛と木綿。

 自由奔放なのはどうやら中南米の特徴のようで、そこだけ熱気が違うようだ。まるで別世界である。本館の常設展示だって、中南米ゾーンは異様にテンションが高まる場所である。まるで空気中にマジックマッシュルームが気化されているみたいだ。年中リオのカーニバルな空気なのだ。

 有名どころの織物もしっかり見て来た。高級カーテンや壁に貼るクロスのような、ゴージャス感あふれるジャガード織りはイタリアのフィレンツェのもの。インドのカシミール織りは、羽衣のようにふんわりだった。

 和物の民芸品も「織物」のカテゴリーに入っていた。香川県で作られた馬の尾の毛でつくられた篩(ふるい)や、アイヌのひとたちが作ったガマとシナノキの敷物とか、群馬県の植物素材でつくられた籠やカバンなど。いかにも頑丈そうで、ぬくもりの感じられる品々。忘れ物を見つけた気分だ。しみじみと懐かしい気持ちになるコーナーだった。
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2012/11/29

織物世界を耽溺(素材篇)  博物館

 「みんぱく」での布物展示を見るのは初めてではない。ずっと前に「大風呂敷展」という企画展にいったことがある。風呂敷といっても、カラダを包む、頭を包むなどといった多方面に渡るアプローチを見せていただいた。もちろん、伝統的な風呂敷の数々も、洒落た柄や、機知に富んだもの、贅の限りを尽くしたもの、商家や婚礼用などを大変楽しく拝見した。

 今回の「織物展」は布物だけではなく、織り機もメインになるので、ちょっと私の興味のテリトリーから外れた物もあった。

 織り機という道具以前に「からだ機」という、手足、腰などからだの複数の部位を使って、タテ糸の張力とそれを制御するしくみなども、スーモくん(古くはモリゾー)のようなマネキンを使って、立体的、具体的に説明されていた。ただし、残念ながら私の理解や興味は(織りの)過程よりも結果(モノ)に。

 しかし、バリエーションに富む素材は、大変興味深く面白かった。織物といっても、布とは限らない。ムシロや籠やザルのようなものも縦横で交差する細長いものなら「織物」の範疇に入っていたからだ。

 たとえばアンデルセンの物語に出てきたイラクサ。これがちゃんと糸にされていたんですよねえ! 同行者のれんくみさんと、盛り上がったことといったら(笑)
「ほんまにあったんや!イラクサの糸!(これでチョッキを編んだら悪い魔法がとけるかも!)」でも、たしかイラクサには刺があるから、糸にするまでに手が血だらけになるって書いてあったっけ。糸にするだけでも、大変な苦労が忍ばれる。

 それからアイヌの人たちが服やゴザを作る時に利用するのが、ガマとシナノキ。シナノキはベージュでガマは黒いので、ちょっとした模様になる。

 アフリカではナツメヤシが活躍し、フィリピンではパイナップルが登場して、固いオーガンジー様の妖精っぽい布に変身していた。日本のもので変わった物はショウガがあり、沖縄特産の絶滅危惧布の超高級品、ちいさな芭蕉布も。

 動物性のものだって、なかなかのラインナップだ。

 お馴染みの蚕繭だが、変わり種の高級種「クリキュラ」の繭を初めて見た。これについてすでにご存知だったれんくみさんにレクチャーをうける。クリキュラは繭の時から金色で、これを糸にして織ると金の布ができあがるそうだ。

 イランやイスラム圏では駱駝毛を利用するらしいので、「駱駝のパッチって、もしかしてキャメルの純毛だからあたたかい?」と冗談を言ったり。

 日本にもすごいのがあった。山での遭遇が恐れられているツキノワグマだ。でもどのようにして、何にするのかは展示されてなくて不明。

 それから日本でもとれるタイラギ(カラス貝のでかい版。高級料亭で出される刺身や寿司ネタになる美味な貝で、超高級品)という貝がある。しかしこれのどれが糸に??
 帰宅後調べると、貝の中に「足糸」という細く黒い繊維の束があり、これを洗って処理すると美しい糸になるらしい。西洋で手袋(貴婦人用?)などに製品化されていたとか。という説明は、現地で欲しかった!

 しかし一番の驚愕原料は、カナダのヤマアラシだ!それも針毛!? なぜ??
 これも帰宅後調べてみたら、北米ネイティブアメリカンの人たちが、白人との交易でビーズを入手する以前には、ヤマアラシの針毛を染色して装飾品にしていたらしい。これはクイル細工といって、ラコタ・ビーズ・クラフトの原型ということだ。装飾品とはいっても、現地の人たちにとっては神聖侵すべからずなものなので、相当の覚悟を持って身につけるのが礼儀だという。軽々しく身につけることは許されない。
 ということも、できれば展示品のところで説明がほしいところ。というか、これが織物??の原料というのが、そもそもすでに怪しい。
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2012/11/28

織物展  博物館

 最終日になってしまったが、国立民族博物館、通称「みんぱく」の「世界の織り機と織物展」にセーフで滑り込んだ。

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 太陽の塔の裏側を見ながら、博物館に向かう。JR茨木駅で下車し、2時間に1本しかない「みんぱく」に一番近い停留所で下車できるバスに乗る。本数の多いバスもあるが、それは3倍(以上?)の距離を歩かないといけないので。

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 入口付近には、大掛かりな「作品」が展示されていた。

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 白いビニールロープで編まれたトンネル!! もちろん、くぐってみましたとも!

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 樹木や博物館の建物に、両端がくくり付けられている。

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 いつも変わること無くお出迎えしてくれるトーテムポールさん。「みんぱく」のシンボルだ。

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 トーテムポール上部にみえるクエスチョンマークのようなものは、くり抜かれた部分の影だ。単なる偶然ともいえるけど、「みんぱく」はセンス・オブ・ワンダーに溢れているから、クエスチョンマーク(?)やエクスクラメーションマーク(!)は、「みんぱく」のキーワードでもありえる。

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 個人的には、子どもの頃の夏休みに琵琶湖近くの親戚に行くと、水泳場やキャンプ場の入口にYMCAの人たちの手によるカラフルなトーテムポールが設置されていた。トーテムポールは、馴染みのある懐かしいものでもあるのだ。

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 気になったのが、なんとなく「みんぱく」に以前のような元気がないように思えたこと。気のせい?ならいいんだけど。奈良国立博物館や大津歴史民俗博物館みたいに、マイナーなテーマでも学芸員さんのマニアックな情熱溢れる気配が若干薄いように感じたから。今回は時間が足らなくて常設展に行けなかったから、よけいそう感じたのかも。

 たぶん今回の特別展は、マニアックというより学術的に深かったのかもしれない。あと「織り機」というメカニック構造に対して、私のメーターの針があまり振れなかったからだろう。

 それでも世界中の織物の様々な材料や、糸、織り物や、縦糸横糸を使った工芸品を見るのは楽しいものだった。さらに「この織り機にかかった織り途中の作品は、どこから?」と調達先がたいへん気になるものとかもあって。
 うっとりしたり、驚いたり、感心したり、「ウワサには聞いていたけど」的なものを間近で見られたりした詳細は、次回また。 
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2012/11/27

松ぼっくりがあったとさ♪  季節

 信楽に行ったのは、晴れ渡った午前中だった。

 午後からは、松ぼっくりを拾いにいこう、ということで意見の一致をみて、世間の人たちが京都などへ紅葉狩りに行っている頃、私たちは琵琶湖岸へ松ぼっくり狩りに行って来た。

 松ぼっくりは薪ストーブの焚き付けとして、たいへん役立つので、定番の場所へ出かけ、H氏は大きな背負い籠、私は大きな袋を持ち、怪しげなコンビは誰もいない湖岸の松林に降りて行く。

 落ちた松ぼっくりたちが、砂地で群れをなしてお待ちかねである。
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 私はクリスマス用の飾りになるよう、大きな物、形のきれいな物を選び、袋にポイポイ入れて行く。H氏はなんでもかんでもウェルカムで、籠にポイポイ入れて行く。

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 ほんの一時で、袋も背負い籠も満杯。欲深いH氏は、重くて持て余すほどの松ぼっくりをかき集めた。

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 それでも松林の下には、ありあまる松ぼっくりたちが、静かに湖の波音を聞いているのだった。
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2012/11/26

信楽たぬきの里帰り  おでかけ

 先週、あまりにもお天気がよかったので、例によってH氏が「どっかいこ」と言い出して信楽にドライブにでかけた。

 いや、目的は私の発案で「たぬきの里帰り」だ。信楽伝統産業会館主催のイベントで、マイたぬきを持参すると、「里帰り証明書」を発行してもらえる。それだけのために、わざわざ信楽まで出かけてしまう、相も変わらない阿呆夫婦だ。

 信楽伝統産業会館のページより引用↓

 おうちの信楽たぬきと、信楽に里帰りしませんか?持参(大きなものは写真でもOKです)された方に「里帰り証書」を発行いたします。あなたの狸さんの生まれた信楽へ一緒に遊びに来てください。

 お庭に佇む、私たちのお気に入りの小振りタヌキちゃんを、赤ん坊のように膝掛けにくるんで大事に車に乗せる。H氏が子どもの頃にご両親が購入された。彼が40年以上一緒に暮らした、年代ものの貴重な物件だ。

 信楽伝統産業会館の里帰りタヌキ受付嬢は、渡辺直美タイプの明るい方だった。我家のタヌキを一目みるなり、テンションあがるあがる!
 「私も沢山信楽のタヌキをみてきましたけど、これは!! いいお顔ですねえ!!! 今のかわいいタヌキと違って、古いタヌキは味がありますよね。これは逸品です!」

 私の了解を得てから、写真をいろんな角度から撮っていかれる。通りかかった観光客にも、ウチの狸を見せびらかしてらした(それ、ウチのですから〜・笑)
 「ほら、おへそが数学のπ(パイ)みたいな形でしょう? これは古いタイプの信楽のタヌキということなんですよ」というような蘊蓄もきかせていただいた。

 一方、事務手続きはすべて私まかせのH氏は、のんびりと別室で会館に展示された焼き物作品を鑑賞していた。その中の古狸があまりにも彼好みで、ぞっこん惚れ込んでいた。悪巧みで頭の中が一杯だけど、どっか抜けてるという、ギャグアニメのヒール役を思わせる狸なのだ。写真撮影はできなかったので、残念ながらお見せすることはできないが。

 ものすごい秋晴れ(冬うららか、と言った方がいいのだろうか?)のもと、狸の「里帰り証明書」をいただいて、家路に向かったのだった。証明書が貰える狸の里帰りイベントは11月30日まで。ポンポコ。
 
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2012/11/25

母娘『平清盛』感想会  テレビ/ラジオ

 大河ドラマ『平清盛』第46回『頼朝挙兵』を、役者さんたちの迫真の演技力に鳥肌を立て、魂を抜かれたかのごとく呆然と見ていた。今回の主役はメインの清盛。なんか、すごいことになっているじゃないか松ケン。途中から高3の娘、Kちゃんも帰宅して参戦。

 もはやドラマは佳境に入り、登りつめた清盛は世の頂きに立つも、すでに平家滅亡への準備は整い、カウントダウンが始まっていた。

 世の頂きからの眺めはなんと漆黒の闇で、人間の耐え得る場所ではなかった、というのはすでに前々より暗示されていた。が、今回ついにそれが他でもない清盛自身の口からカミングアウトされ、西行(友人)、頼盛(義理の弟)、盛国(忠臣)が、清盛のあまりの哀れさを見聞きし涙目に!

 その前に流された効果音が、まさに物の怪の声のように不気味だった!

 ドラマの後で母娘で語り合う。

「清盛のバックで物の怪の声の効果音があったやん? 不気味やったねえ! 清盛、モノノケ化してはったんやな」
「せっかくその場に来てたのに、西行、友達のためにお経あげたれよ〜!(崇徳院が生き霊になったときみたいに)」
 いやいや、今回は怨念に取り憑かれた訳ではないから・・・。

「頼朝が挙兵して最初にやられたのが山木さんやったけど、この人かわいそうやね。北条政子がお嫁にいくはずの人やったのに。祝言チャラにされ嫁さんとられたあげく、命まで」

「それはあんまり可哀想過ぎる!!」
 と木山さんに激しく同情するKちゃんであった。

 せっかくの超弩級シリアスドラマなのに、どうしてもいつもの「てなもんやツッコミ」になってしまう母娘感想会だった。
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2012/11/23

ウェルカム、宮田さん♡  読書

ネット上にある「廣済堂よみものWeb」というページの連載よみもの、「日本全国もっと津々うりゃうりゃ」の更新を楽しみにしている。

 「うりゃうりゃ」といえばもう、作者は宮田珠己さんに決まってる。どんなよみものかといえば、タイトルの下の説明を引用すると

ナイスな観光地を求めて、日本全土を東へ西へ。
マジメに探求するほど、右ナナメ25°にズレていく。
誰にも迷走を止められない、脱力系旅エッセイ。


 なのだ。

 愛する宮田さんの更新を、ブックマークしてチェックしているのだが、本日更新されているのを発見し、動悸が走る。どきどき。

 なぜなら彼が、やっとやっと滋賀県に足を踏み入れてくださったことが判明したからだ!! しかもかなりの好感触!!

 彼が東近江市の八日市にある天狗の伝説を持つ太郎坊宮がお気に入りだということは、すでに読んでいた。よかった、気に入っていただけて!

 今回は琵琶湖に浮かぶ聖なる島、竹生島プラスαを探訪されている。なんと地元民である私の未踏の地である。しかも20歳くらいから、ずーーーっと「行きたい行きたい」と言い続けている場所なのに。

 どうも「舟に乗る」というのがネックになっているらしい。しかし船酔いをするからではない。

 伊勢でクルーズ船に乗ってはしゃぎ、県のイベントでKちゃんと一緒に1日クルーズ船に乗せてもらってはしゃぎ、独身の頃は、呉服屋さんのご招待でクルーズ船に乗り込み、夕涼み&コース料理を食べシャンパンを飲んだりもした。船酔い、どこ吹く風である。

 たぶん港まで行くのがおっくうなのと、船賃が高価だからかと思われる。それから舟には乗り馴れていないから、不自然に敷居が高いのかも。かなり思い切らないと決行できないのだろう。「ひとりで」乗ったことがない、というのも敷居を上げるのに一役かっていそうだ。
 ちなみに飛行機の敷居はもっと高い。まだひとりで飛行機に乗ったことが無いからだ(夫と一緒、家族と一緒ならありますが)。高所恐怖症とか飛行機恐怖症ではないです。カミングアウトすれば、新婚旅行で初めて飛行機に乗った時は、夫が戸惑うほどに(笑!)はしゃぎました。

 しかし今回宮田さんの竹生島レポートを読み、かなり思い切っちゃおうと決心した。
「桃源郷に3000円ちょっとで行ってきたと思えば、安いものである。」という彼の言葉に背中を押されたのである。しかも彼の琴線にふれるものが三つもあるというのだ。彼の琴線に触れるのなら、まちがいなく私の琴線にも触れるはずだ(確信)。

 折しも来年は巳年。そして宝厳寺のご本尊は秘仏ではあるが弁財天さまだ。弁財天さまの琵琶を抱えた天女のような風貌は仮のお姿。彼女の正体は実は蛇なのである。まさに来年行くにはうってつけの神社仏閣なのだ。

 ただし冬期は船便がお休みになるので、来年は3月半ばからしか竹生島には行けない。
 
 ところでプラスアルファの場所は湖北の余呉駅、そして余呉湖だ。
 ここは行ったことあるぞ! 余呉湖の周りを徒歩で一周して帰った記憶がある。たしかに宮田さんの言うとおり、なんの変哲もない寂しい場所だった。もっとも私が行ったのは30年前だけどね。

 ・・・あ、忘れてた! 

 私が余呉にいった後、「ウッディパル余呉」というレジャー施設ができたんだっけ。キャンプができ、コテージがあり、アスレチックや体験教室、冬は雪遊びのできる場所だってある。余呉は県内随一の積雪量なのだ。グラウンドゴルフやこどもミュージアム、それにレストランだってあるぞ! 変哲、ありすぎ! 

 いや、宮田さんのよれば、いまどき「なにもない寂しい場所」の方が、「変哲ありすぎ」なんだから、もはや本当に「変哲の無い」場所になってしまったのかも?

 宮田さんに教えてあげないと。いや夢幻が消えないよう、そっとしてあげておいた方がいいのか?

 ともかくも「滋賀県はみどころ満載!」と高評価していただき、ありがとうございました、宮田さん。 
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2012/11/22

白山神社  神社仏閣/教会

 長寿寺の手水舎には、お寺の奥様の愛が溢れている。こんなに血の通ったあたたかな手水舎は、初めて見るかも。9月の暑い季節に見たら、ほっとするような涼を感じた。

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 石の組み方、石の隙間から生えるシダなんかが、抜きん出ている。
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 そしてこれが、奥様の天敵である織田信長によって安土城に持って行かれた三重塔、跡。

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 神社仏閣には付き物の大木。たいへんな古刹故、あちこちに見上げるような大木があった。

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 長寿寺の山門をくぐったら、参道が二手に分かれていて、一方は長寿寺、もう一方は「白山神社」へと続く。白山神社は長寿寺の鎮守社なのだ。例によって神仏習合である。

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 神社の手水舎。こちらは普通。

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 ん?

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 わなげか?

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 参道の終わり、拝殿前の鳥居。

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 拝殿の由緒。室町時代後期の作。創建は奈良時代らしい。県の重要文化財だ。

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 拝殿は修理中なのか(?)ビニールに覆われていた。

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 本殿
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 黄色の紅葉も青紅葉とマッチしてキレイだ。青空とも映える。

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 もと来た道を戻る。鳥居を内側より。

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2012/11/21

一生に一度のお願い。  神社仏閣/教会

 長寿寺について、もう一度、おさらいをしておく。滋賀県公式観光サイトよりの引用↓

 阿星山の北東麓にあり、常楽寺の西寺に対して東寺と呼ばれる天台宗の古刹。
 奈良時代後期、聖武(しょうむ)天皇の勅願によって良弁が創建したと伝えられている。平安時代初めに中興されたのち、一時衰え、鎌倉時代初期には源頼朝(よりとも)が、室町時代には足利(あしかが)将軍家が祈願所として諸堂を造改修したといわれている。


 参道を行くと、最初にみえるのは右手にある石造多宝塔。どことなく渡来文化の香りがする。

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 前方には、姿のすぐれた国宝の本堂がある。

 なにしろ50年に一度という、一世一代の宗教行事だ。白木の標が立ち、段段にはレッドカーペットを敷いたスロープの橋がかかり、レッドが終わる場所には、グリーンが敷き詰められていた。

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 御開帳の法要が12時まで行われた。丁度お坊樣方がレッドカーペットのスロープを踏みつつ、退出されるところ。50年に一度の重みは、アカデミー賞の比ではないかも。

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 本堂の中には御詠歌をうたう、ここぞとばかりに留袖らしきものを着た、年配のご婦人方が本堂の半分を占拠されていた。9月には固く閉ざされていた厨子の扉がおもむろに開かれ、御開帳が開催されていたのだが。

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 なんと厨子の中はとても暗く、首から上が暗闇のなかに! つまりご尊顔がまったく見えない! 

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 なんというシャイなホトケ様であることか! 今回はともかく、お願い事をかなえてもらおうとはるばるやってきたので、ご尊顔を拝することはあきらめ、御開帳以外のホトケ様たちにも、ご協力をお願いする。こちらの釈迦如来様や阿弥陀如来様も、相当素晴らしいのだ。

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 桧皮葺で曲線を描く屋根に圧倒される。てっぺんで睨みをきかす鬼瓦も、かっこいい。

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 本堂前にある弁天堂は、小池の中島に立っている。

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 シンプルながら美しい佇まいだ。

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 後日、願い事がしっかりと叶えられたのを知る。やはり50年間蓄えられたあらたかな霊験の威力であろう。長い眠りから目覚めた地蔵菩薩さまに感謝。
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2012/11/20

長寿寺へ  神社仏閣/教会

 16日の金曜日に、9月にH氏と出かけた湖南三山のひとつ長寿寺の、秘仏・子安地蔵菩薩様の御開帳が始まった。

 お地蔵様も、57年ぶりに厨子の扉を開けてもらい、さぞかしわくわくだろう。凡夫の願い事を聴くのが新鮮なうちなら、地蔵菩薩さまも、あっさりかなえてくださりそうな気がしたのだ。

 草津駅で東海道本線から、草津線に乗り換える。

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 のどかな風景の草津線は好き。ただし二つ目の石部駅なので、すぐさま下車だ。
 そこから、余裕のある10分の乗り継ぎで、コミュニティバスに乗る。バス停から、ゆるい上り坂を登って行くと、ほどなく長寿寺に到着。

 前回はカメラが電池切れだったので撮れなかった山門も、ぱちり。
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 青紅葉に黄色や赤の紅葉が混じって、燃えるような赤一色よりも複雑で美しい。

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 その名の通り、もともと長寿と子宝に的をしぼった勅願時、願い寺だ。
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 子宝パワースポット(!!)にある石は、映倫にはばまれ、ぼんやりと。

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 お坊さんご一家の住居である庫裏は、イチョウで埋もれ気味。

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 奥様の手作り感に溢れたホスピタリティのスペース、「おもてなし処」
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 「こもれびの席」!! 解脱ファンシーとでもいうのか。
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2012/11/19

ベンチ猫  路上観察

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 木枯らしに 目をつぶりたる ベンチ猫


 寒空に 固く腕組み ベンチ猫
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2012/11/18

石道寺(しゃくどうじ)の観音さまたち  神社仏閣/教会

 道々これだけ画像を採取したのに、目的地の石道寺のは、なぜかひとつもない。山裾にひっそりと佇んでいる素朴な観音堂だ。

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 三々五々と来る観光客たちをさばき、拝観料の受付をするおっさんは、ちょっとがさつなビジネスマンだ。

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 拝観料を払ってパンフをいただきお堂に入ると、穏やかに背を丸めたおばあさんが、静かに正座されていた。

 客がとぎれると、
「それでは、観音堂の説明をさせていただきます」と言ったかと思うと、おもむろにカセットテープのスイッチが押された。

 少し伸びたテープから、女性の声で観音様の説明が流れて行く。おばあさんは、表情を変えず穏やかなまま、じっと畳の上のなにかをみつめておられる(汗)

 私はテープの説明はもう上の空で、ひたすらおばあさんを見ていた。観音様がケヤキの一木造であること、持国天、多聞天を脇侍としていること、平安時代の作であることなどは、帰宅後に知ったような気がする。

 説明が終了して自動的にテープが止まり、カシャッと音がする。しばらく沈黙が流れる。

 えっと、おばあさん、次は? だれもが静止して沈黙する堂内だが、おばあさん以外は、内心だれもが戸惑っていたはず。

 しかし、眠りから覚めたようなタイミングで、おばあさんが沈黙を破った。「どうぞご自由にごらんください」

 あの長い間合いの後、それだけ??

 なにか補足の説明とか、ちょっとしたねぎらいなどのリップサービスがあると思いきや。
 しかもおばあさんは、ずっと同じ姿勢のまま、やはり畳の上のなにかを、おだやかに見つめられていた。

 
リアルに見るホンモノの観音様
は、たしかにパワフルで美しく慈悲深かったのだけれど、私の心はすっかりおばあさんに持って行かれてしまった。

 ということで、石道寺の観音堂の印象は、カセットのボタンを押す、あくまでも穏やかなおばあさんに尽きる。付け加えれば、お堂の外の板1枚につき1匹乗っかっていたカメムシの多さかもしれない。

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 そういえば、あのおばあさん、ちょっと観音様に似ておられたかも。生き仏さまかもしれません。

 湖岸の夕暮れ↓

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2012/11/17

石道寺までのおうち群  路上観察

 観光案内所でいただいた地図をたよりに、やっと目的地の石道寺へ向かう。石道寺は山の中にあるので、山に向かっての上り坂。

 高時川に架かる井明神橋には、橋の親柱にあるモニュメントとして「釣り鐘」が4カ所設置されていた。車でささっと通り過ぎたため、映像は採取できず。

 橋を越えてまもなくの駐車場に車を停めた。そこからは細道になるので、車は難しいのだ(地元民は別だが)。徒歩にシフトチェンジ。

 この長閑で昭和な田舎風景を歩くのは、時空を超えた別世界をいくみたいに面白かった。

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↑このあたりの家は、なぜか屋根の下に△囲みで家紋が記されている家が数件あった。

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↑白壁と木造のコラボがきれい。ちょっとイギリスの古いパブのようでもある。

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↑石垣の上に建つ家のはるか下には、山からの清水が流れていた。

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 案内看板に従って、さらに山奥へ。

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 この土壁の感じは、もはや日本離れしているように感じた。なんとなく、メキシコ。

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 まじないのような模様と、U字のかたちに塗り込められた縄。

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 こちらにも、模様入り土壁が。

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 おおっ!!

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 ベンガラ(弁柄)の木材が、白壁をチェックに走る重厚なお家。いにしえよりの耐震構造か?ベンガラは防虫、防腐の効果があるらしい。
 調べてみたら、ベンガラの語源はインドのベンガル地方より伝来したことから。

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 やっと鳥居がみえてきた。
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2012/11/16

想定外!!  おでかけ

 駅前まで戻り、美味しそうなメニューの数々が貼り出された入口を開ける。つもりだったが、あれ? 開けられない??

 時計を見ても、まだ1時には数分ある。おかしいな、と扉を離れてガラス窓を覗くと、済まなそうな顔をしたおかみさんが、片手拝みをされていた。

 ええっ!? もうお昼の営業は終了??

 飢えを感じつつも(そのわりに写真撮りまくりだけど)、やっとたどり着いた食堂なのに。さあ、どうする? 先だっての中途半端に高い店に行く?

 実は駅前食堂に立ち寄る途中に、いかにも高級そうな和風の石畳のアプローチに茶花が品よく咲いているお寿司主体の料亭らしきところも覗いてみたのだが、あまりに場違いなので、そしてあまりに高価そうなので退散したのだ。

 そのあまりに場違いな店『すし慶』に「いってみよか」ということになった。背に腹は替えられないというところだ。いや「お腹と背中がくっつきそう」というところか。
 たまたまいつもよりは持ち合わせがあった(生活費だが)、という心強さも味方した。

 打ち水をした石畳の、ホトトギスやミズヒキがそっと植えられたアプローチをふたたび歩き、店内に入る。幸いなことに、ここは営業中だった。あのKちゃんとの広島の悪夢が再開されることはなかった。

 待合室は、かつて銀行だった蔵の中だ。しかし新しく改築されており、白壁と木材が明るく調和している。蔵の中という暗さや、乱歩的おどろおどろしさはない。
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 由緒ある塗りや蒔絵のお椀とか、歴史ある屏風絵とかが飾られる応接間で、どうやらメニューを選びお食事が出来上がってセッティングされるまで待つ場所らしい。

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 待っている間、さんざん陳列されたお宝を見たあげく、二階にも遠征する、落ち着きの無い冒険好きな夫婦だった。いいトシをしてもまるで子どもである。

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 私は駅弁大会で食べたことがあり、かつての朝ドラ『ちりとてちん』に思いを馳せつつ「焼きサバの押し寿司」(ハーフサイズ)に決定。H氏は鯖棒寿司を1本注文した。

 鯖の棒寿司、たしかに美味しいけど!
「それ、ムリちがう? 多過ぎる!」
と、ハーフサイズにするよう反旗を翻す私に
「あんたがいるから大丈夫や」と、そのまま押し通すH氏だった。

 仲居さん?がお食事の準備が整いましたので、と呼びに来てくださり、和風のお庭をみつつ畳敷きのテーブル席につく。あまりの豪華さにドキドキする。

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 幅広の昆布のおおきいこと! お寿司に飾られた柿の葉が、あまりに効果的に美味しさを倍増させること! さすがは料亭だ。
 この後しばらく私もお料理に柿の葉を乗せるという業を、飽きるまでやることになる。

 感激するほど美味しかったし、ゴージャスなお昼ゴハンだった。お寿司はもちろんだが、お吸い物の美味しさたるや、うっとりだった。お値段的にも大阪で(場所柄格安とはいえ)お寿司を食べるのと、さほど変わらなかった。でもやはり私たちには上品すぎて、場違い感は否めない。25年分の結婚記念日をしたと思うことにした。

 すっかり豪遊気分に拍車がかかり、「すし慶」を出た後、近くの「山路酒造」にも立ち寄る。桑酒(というものがある。桑の葉の甘口リキュール)で有名な店らしい。

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 ここで対応してくださったのは上品なお婆さんだが、彼女の口から「ベースになっているのは」という言葉がでたので、ふたりとも驚愕した。「あのお年で『ベース』という言葉がでるなんて!」とお店を出てから、盛り上がってしまった。現在彼が凝っている生酒と桑酒を購入する。

 一升瓶を入れた細長いビニール袋を両手に一個ずつぶら下げるH氏の後ろ姿は、なかなかに爆笑ものだった。酒飲みの正体、暴露!

 あ、書き忘れたけど、お昼ゴハンはもちろん完食です。私のヘルプによるところが大、らしい。クリックすると元のサイズで表示します
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2012/11/15

すてきお家に目移り。  路上観察

 ふたたび、木之本夫婦旅に戻って。

 地蔵院内にはシンプルな佇まいながら、見ていて気持ちのいい建物がいくつもあったが、
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 瓦職人、ここにあり↓
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 入れ子細工のような景色が素敵。
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 手水舎だけで大興奮し写真を撮りまくってしまい、テンションがあがりすぎて、肝心の本堂を撮り忘れた(汗) でも本堂上がり口の細かい場所は撮っているのが、いかにも私だ。

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 鳳凰、牡丹、菊、そして青い目の象。

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 象? いや、鼻は長いし牙もあるが、タテガミがあって前足には鋭いツメが? なんなんだ、こいつは。 霊獣か?

 しびれをきらして先に行ったH氏を追いかけるも、次々に目に飛び込んでくるお家群に思わず立ち止まり、ますます遅れを取ることに(汗)

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 大きな扉、大きな窓、格子。シンプルだけど絶妙なバランス。
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 これは本屋さんです!
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 なにげない木の看板が、白壁に映える。
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 一階部分は新しいけど、ニ階の黒壁と、
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 窓枠のデザインが粋!

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 次の土壁の家の上には、大黒さまが。

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 室町時代から昭和の初期まで毎年2回、街道の民家を宿として牛馬市が開かれていたそうだ。

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 馬宿「平四郎」跡↑。山内一豊もここで名馬を買ったとか。

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 全面波板の家ですらステキにみえる。錆具合が渋い!

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 やはり北陸の気候に近いからか、日光を取り込めるように、窓が大きく、扉も大きいお家ばかり。先人の知恵ですなあ。

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 空腹も限界に近づき、駅前への道に折れ、空腹をかかえて駅前大衆食堂へ。

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 しかし、そこで衝撃の事実を知ることに。
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