2012/12/30

形勢不利に逆転する。  季節

「いつになくスムーズな年末・・・」と鼻歌まじりで書いたのはいつだったろう?と愕然としている。遠い昔の話のような気がするが、昨日のことだったのだ。

 今日は終日休み無く働いたというのに、本日終了するはずだったあんな仕事やこんな仕事を積み残してしまい、PCの前でうとうとしている間に、31日に突入してしまった!

 敗因は判っている。つい仕事を「掘り下げてしまう」という私の悪癖のために、仏間の掃除に2時間も費やしてしまったからだ。

 いや、「分類する」という長年の図書館司書体質が、つい出てしまったのだ。忙しい年末に、なぜ悠長に薬箱の整理をしたがる?!と、自分にツッコんでしまった。
 おまけに、ふとカーペットなども敷いてみたくなって、押し入れから引きずり出してきたりとか。

 明日はたぶん、おせちに全力を注ぐので、掃除する余力はあまりないだろう。昨日あんなに「楽勝」に思えた年末進行が、いまや暗雲垂れ込めている。

 そしてそんな私の心象風景そのままに、大晦日は寒波が大暴れする荒れ模様のお天気らしい。思わず瞑目。
 せめてものなぐさめは、試食した「かぶら寿司」がまずまずの出来だったことと、クワイの含め煮が今日の内に出来たことだろう。

 まけるな。がんばれ、私! と自らを励ましつつ、よろよろとお風呂に向かうのであった。
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2012/12/29

カレンダーをつくる年末。  季節

 はからずも昨日(正確にはおととい)はブログ記事アップをとばしてしまったが、本格的に年末進行の家事が始まったためとTくんの帰省で家族が増えたため、仕事が押せ押せになったからだ。さあ、ブログをしようかという状態になったのが夜中の1時半なので、あきらめた。

 ブログをあきらめたのに、あきらめきれないことを、夜中の1時半から始めてしまった。懸案の「来年のカレンダー作り」だ。現在は目につく所に池田澄子さんの俳句があれば、毎日が楽しいという中学生のようにテンションの高い心境なので、手作り『池田澄子カレンダー』限定一部を作成したいと思っていたのだ。

 手作りとはいえ、日付の部分はいただきもののカレンダーを利用し、写真もしくは絵の部分を池田さんの俳句を書いた紙を張り込むという、バリバリの手の抜きようだ。

 とはいえ、あと2,3日で来年になってしまう。とりあえず1月だけでも・・・と真夜中、眠くないのをいいことにカレンダーづくりにいそしんでしまった。

 しかしさすがはバリバリの手抜きなので、30分もあれば俳句を5句筆ペンで書き、ちっちゃいイラストも賑やかしで入れてみて、1月分は出来上がる。句のセレクトだけは事前に大体できているので軽快にはかどるのだ。(ただし、季語と季節月があっているかどうかはこころもとない)

 そして多分、2月分の『池田澄子カレンダー』は1月末にバタバタと作成するだろうことは、私の中では火を見るより明らかとなった。

 今日は昨日と同じく1時半前より、ブログ記事を書いている。夜は子どもたちの迎えやブリの粕漬けを作ったりしていた。ラストのお風呂は日付を越えたが、待ち時間はしっかり爆睡したので、眠くはないのである。

 今年は年賀状も取りかかりが12月中旬だったにも関わらず、すでに今日すべて投函できた。玄関の外回り掃除も、今日の暑いくらいな(いや、本当。ジャケットを脱いでセーターだけでも厚着過ぎるくらいだった)うちにやってしまえ!と自分に檄をとばしてやり終えた。買物も午前中の比較的空いている時間に行けた。いつになくスムーズな年末なのである。
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2012/12/27

千切りをつくる。  家事・畑仕事

 H氏のカブラ畑が大成功を収めたので、カブラ寿司を2回つくっても消費しきれないことが判明したらしく、H氏が「カブラの千切りを作る!」と宣言した。

 彼が宣言したということは、よほどの強硬な反対をしない限り、速やかに遂行されるということだ。そのために彼が準備したものは、干物用の三段網が三つ。そして、千切り用木製カッター。

 この木製カッターは、刺身のケンをつくったり、細い千切りを作ったりする家庭用のカッターの大親分のように威厳があり、なによりでかい。倍ぐらいはあろうか。H氏はとぼけているが、絶対高級品に違いない。あの八日市のレトロ荒物屋さんで見つけたらしい。まったく油断ならない。

 それでも「道具あるし、やっといて」ではなく、自分でするという点はあっぱれだ。漬け物用の大きなプラ樽に3杯分を、苦手な単純作業を休みなく続け、ひたすらカブラを千に切っていく。たぬき亭のなかに、甘く瑞々しいカブラの香りが充満した。カブラがこんなに甘い香りだなんて、初めて知った。これは完成が楽しみである。

 インフォメーション:

MARUZEN&ジュンク堂書店・梅田店で開催中の「年末ジャンボ 長谷川義史」が好評のため、会期延長になったそうです。今年いっぱいの予定が1月12日まで延長。場所は7階 salon de 7にて。いや〜、助かった〜。私、明日とんぼ返りで行こうかと思っていたんです。これで年末仕事を犠牲にしなくてもよくなった。

 ちなみに時間は10時から22時まで、12月中は無休で1月は1日のみ定休で、2日から通常営業だそうです。
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2012/12/26

拝復!!  読書

 「小躍り」、という言葉を今日、文字通り体現してしまった。
 また「有頂天」、という言葉も体験してしまった。
 四字熟語でいえば、「欣喜雀躍」である。「狂喜乱舞」も似てはいるが、ニュアンスとしてはあてはまらない。

 この師も走るという時期に、何がそんなにうれしいのか。

 お昼過ぎに郵便受けを見に行ったら、ダイレクトメールではなく、私宛の私信が来ていたのだ。それだけで、充分うれしい。知り合いからの私信は、しばらく飾っておきたいほどうれしい。

 でもそれは、ただの私信ではなかった。
 まさに、

「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!」

 と表現したくなる出来事だったのだ。

 そう、来たのである。先日ファンレターを出した俳人・池田澄子さんからの、「拝復」で始まる達筆のお葉書が! 私が最初にやられてしまった彼女の最新句集が、まさに『拝復』というタイトルなのである。だからもう、「拝復」という文字をみただけで「池田さんの生文字の『拝復』が〜〜!!」とさっそく小躍りしてしまうのも、ムリはなかろう。 

 それも単なる礼状ではなく、実にフランクで、いかにも池田さんらしい柔軟な精神と、お茶目な心と、女学生のような瑞々しさが、小さな四角いハガキに踊っていた。

 こんな田舎の名もなき一ファンに、なんとありがたや〜と心は感涙にむせび、おもわず『平清盛』の最終回の盛国のように「もったいのうございます!!」と満面の笑みで平服したくなりましたよ。

 ウキウキしていたらH氏に、「ところであんた、本買って読んだんか?」というご指摘が飛んで来た。 

 えっ?

 「この人に印税いれてあげなあかんやろ」

 ううっ・・・痛い所を。・・・しかし確か、2冊は買った! 
 あ・・・でも絶版だったし1冊は古本で買ったんや。あと句集2冊は、手書きで図書館の本を半分くらい写し取ったし(いつの時代や!?)
 ・・・すみませんでした。来年は必ず買って、手元に置いて読みますね。
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2012/12/25

クリスマス本番  季節

 クリスマスだ。晴れてはいるが、恐ろしく寒い。それでも日中は、厚着をすればストーブなしで過ごせたから、夕方から急激に冷えて来たのだろう。

 クリスマスといっても、普通の1日を過ごす。庭の落ち葉などを拾って外掃除を少々、レギュラーな家事をしたり、畑に出向いて必要なものを引いて来たり。あまりに寒いので買物に行く気持ちが萎えてしまったのだ。

 晩ご飯だって、大根の煮物と肉じゃがと鳥ササミのチーズはさみフライ、レタスとタマネギのサラダと日野菜の即席漬け他、朝ご飯と昨夜の残り物少々がプラスαされるくらい。米と調味料と肉以外は自給自足できているかもしれない。

 クリスマス 清き魂 召されゆく

 夕刻、ご近所のおじさんが亡くなった、という訃報を聞いて。
 H氏も絶賛の、まれにみる善良で人の良い明るいおじさんだった。水道の職人さんで、我家でも大変お世話になったのだ。あの方なら、きっと天界では天使か菩薩に位置されるだろう。ご冥福をお祈り致します。
 
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2012/12/24

ハッピークリスマス  季節

 H氏は友人とクリスマスを過ごし、Tくんは早めの晩ご飯の後、そそくさと神戸に戻り、Kちゃんはいつものように冬期講習で遅い帰宅。

 子どもたちに、ちょっといいディナーとして、分厚いミニッツステーキを奮発してあげる。レアの好きなTくんは、猛獣のように半生肉を引きちぎって食べ、時間差で遅い晩餐ながら、Kちゃんは大喜びしながら、感動とともに味わって食してくれた。

 え? クリスマスなのに、なぜチキンじゃないのかって?

 もちろんお買い得だったからです!

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 今年は、いやにジョン・レノンの「ハッピークリスマス」が、切なく心に刺さるアドベント期間だった。来年もこの歌を普通に聞いたり歌ったりできますようにと、こっそり祈る。

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冬ごもり 賀状づくりの クリスマス
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2012/12/23

『平清盛』最終回  テレビ/ラジオ

 大河ドラマ『平清盛』の最終回を見て、脱力中。しばらくヌケガラ状態になりそう。

 旅の僧に死者を対峙(憑依)させるという、能楽でよく使われる手法(?)を余す所なく利用した回。西行が運んで来た清盛の遺言は、平家一門、家人に至るまで情を尽くしたものだった。あ、清盛は盛国のこと、絶対「鱸丸(すずきまる)」と呼ぶぞ!と思ったら、まさにそうきた。
 かつての大河ドラマ『新選組!』で、土方歳三が近藤勇のことを「かっちゃん!」(二人は幼なじみだったので、子どもの時の呼び名)と呼んだときと似た感動だった。

 平家一門のそれぞれの末路がナレーションで語られる間、各人の回想シーンとかぶる斬新な演出。頼盛の「裏切り」の意味づけ(その素晴らしい演技!)。最後の最後までサイコロを振っていた後白河さん(笑)。予想もしなかった頼朝の義経追討場面が、平家の「一蓮托生」を際立たせる。そしてなんと、最後に笑うのは兎丸をめぐる人たちだったとは!

 意表を突きまくる最終回だった。

 そしてラストにまさかの「カーテンコール」が! なんというサービス精神! 「海の底の都」というのは承知の上ですが、気持ちとしては、これはもうカーテンコール。

 サービス精神といえば、(たぶん)当時の琵琶法師スタイルを考証しつつ、「平家物語」を(たぶん)正調で語ってもらえるというのも、贅沢だった。(この琵琶法師は、なんとあの「禿(かむろ)」のリーダー、羅刹だとか。見てはいけない物を多く見すぎてしまった為の顛末だそうです)
 ドラマの中でも今まで舞楽とか、歌合わせとか、今様とか、さまざまな役者さんにも視聴者にとっても高いハードル(!)が用意されていたっけ。これを「わからない」から退屈と一蹴するのは、もったいなさすぎる! 私も全然わからないけど、平安時代にはこういうことをしていたんだ、こんな感じのものだったんだ、と贅沢に作り込んだドラマづくりに敬服しまくり。

 これぞ大河!という歴史そのものが主人公みたいなスケールの大きいドラマだったので、味わい方が難しかった面があったとは思う。視聴率の低さをいい意味で取り込みつつ、それでもファンの心配を他所に、レベルを落とすどころかぐんぐん上げて行ってくださったスタッフやキャストの皆さんの努力と熱意には、いくら感謝しても足りないかも。

 とうにクランクアップしたけれど、関係者の皆様、たいへんお疲れさまでした。1年間濃い時間を、ありがとうございました!
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2012/12/22

拝啓、池田澄子さま。  読書

 友達には楽しく何枚も書けるのに、特別に好きな人に初めて出す手紙はとても緊張する。しかも筆が進まず、何度も書き損じを重ねる。まして目上の方には、マナー違反がないかどうか、「手紙の書き方」を参照しつつ、それも何パターンかある場合には「この場合、どうなのか?」と悩みつつ。

 今年中、ずーーーっと書きたかった手紙があったが、そんな訳でなかなか投函には至らなかった。しかし、いや今年中には決着をつけたいと、この二日ほど実は悪戦苦闘して、やっとさっき投函したところ。今週の頭に、和風シックでありながら愉快なクリスマスカードもみつけたので、同封した。偉い方なのに、いいのか?とも思ったが、あの方のお茶目なところが大好きで、ファンレターを書こうと決心をしたのだから、いいだろう。

 およそ40年ぶりのファンレターを勢いで書き、後で読み直したらゼッタイ恥ずかしくてしょうがないのでコピーもとらず、エイヤッと投函する。初めてのファンレターは中学生の頃に書いた北杜夫さんへのもの。律儀な方で、サイン入りのお返事もいただいた♪宝物である。

 土曜日なので、郵便局はお休み。ポストの集配時間も今日の分は終わっているので、市内の中央郵便局まで車で走る。中央郵便局もやはりクローズだったが、その前のポストは1時間後に回収されるので、ひと安心。

 中央郵便局の利用率は高く、入れ替わり駐車場に車が入って来て、みなさんクローズドした扉を見て、気落ちし、あるいはあきらめきれず、開いている扉を探したりされていた。郵便局のカーテンは閉まっているけど、灯りはついているので「もしかしたら」という気持ちも痛いほどわかる。

 帰りには肩の荷を降ろしたような、読んでいただくのがうれしいようなこわいような想像をしつつ、ドキドキわくわく楽しい気持ちでケーキ屋さんに寄り道する。クリスマス返上で勉学に励むKちゃんと、超多忙を極めた連続出勤を終え帰宅したTくんのために、一足早いお疲れさまクリスマスケーキだ。

 ということで、今年の課題だった俳人、池田澄子さまへのファンレターは完結した。どうぞ長生きして、素敵な俳句やエッセイをこれからも世に届けてくださいませ。
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2012/12/21

冬至  季節

 出勤前にH氏がもいでくれた山盛りの柚子を小袋に入れて、ご近所さんに配るのが、毎年のお仕事。今日は9時半くらいの早いうちから回り始めたので、在宅率高し。整骨院にも柚子を持って行き、午前中は終了。

 午後は洗濯物を取り入れてから、お歳暮を届けに隣町の実家まで。ついでに柚子も入れておく。

 白あんに柚子が入った最中を買って食べ、カボチャを煮て食べ、ラジオでレシピを聞きつけたチキンの柚子ワイン煮を作り、柚子湯に入る。ラジオのレシピは実は「オレンジ煮」だったけど、ウチにあった柚子で代用したのだ。およそ真っ当な冬至の過ごし方だ。

 明日より3連休なので、久しぶりにお兄ちゃんのTくんが帰って来た。リクエストに応じて、ビーフシチューを作成済み。ちょっと冬至の王道から外れるけれどね。

 さて、明日からまた、少しずつ1日が長くなって行く。と考えると、ちょっとうれしい。
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2012/12/20

行ってみたい、かもしれない。  博物館

 かなり以前に、偶然ネットでみつけた朝日新聞デジタルの記事で、たいへん面白いものがあった。関西のオモロイ場所をみつけるワザは、さすが「勝手に関西世界遺産」を連載していただけのことはある。

 で、見つけた物件とは「東洋民族博物館」だ。「あやめ池遊園地」の一角にある古い洋館。「あやめ池遊園地」が閉鎖された現在も、どうやら引き続き営業されているらしい。1928年にオープンされ、初代館長である故・九十九黄人(つくもおうじん)(本名・豊勝)さんが集めたコレクションのほんの一部が展示されているという。

 とにかくレポートする記者の神田剛さんが、ノリノリの筆致で可笑しい。筆が走る走る(笑) とにかく初代館長が、チョー個性的で強烈なお方だったらしく、博物館の展示品以上に、その人柄にのけぞってしまう。見た目は水木しげる先生の「悪魔くん」に登場する有名キャラ、メフィストを陽気なおじいさんにした感じ。いや、ほんとにほんとに(笑) 上記のリンク先の記事に初代館長の写真があるので、ご覧あれ。 

 さてこの博物館の中にある、故・九十九黄人氏のコレクションとは!? 記事より引用↓

 アジア各地の仏像や南洋の石の貨幣、中国の纏足(てんそく)の靴、離婚成就や性病治癒の願掛けをした絵馬、果てはペルーの男性ミイラの大事な部分まで。珍品奇品のオンパレードだ。

 早大生だった20世紀初頭、人類学者フレデリック・スタールの通訳として各地を歩いた。日本のお札やアイヌ研究で有名な米国人学者との行脚が、民俗学への関心と生来の収集癖を加速。ポスターから箸袋まで、切手と刀剣以外は何でも集めた。研究者も驚く中国の版画もある。

 博物館に、一見さんお断りの秘密の部屋がある。その名も「森羅万象窟(しんらばんしょうくつ)」。民俗学の中でも、とりわけ性崇拝に関心が高かった九十九さんがセレクトした、良い子はダメよの性関連グッズ……失敬、研究資料がどっさり。春画の浮世絵や、各地の女性に協力を得た体毛コレクションなどが棚を埋める。
 

 うーん・・・「博物館」というよりは、「秘宝館」では(汗)  しかし、神田さんは優しく九十九さんを弁護する。

 そもそもお色気系グッズは、大正時代の好事家のれっきとした収集の一分野だった。何ともデモクラシーの時代を感じさせる話ではないか。

 そうそう忘れていたけど大正時代って、マニアの黄金時代だった。大津市歴史博物館の「道楽絵はがき展」で、かの時代のマニアたちが跋扈するさまを、存分に見たではないか。ソフィストケートされたレベルの高いマニアの存在に、なんて文化度の高い時代なんだろうと驚嘆したっけ。
 ちなみに、九十九さんも大正時代に結成された日本最大の趣味人グループ「我楽他宗(がらくたしゅう)」の一員だ。
 
 でもそんなマニアたちも、軍国主義の時代に入れば世間を恐れ、収集品を処分し、マニアを返上する。近年東京都の条例に反対し、オタクや腐女子や漫画家さんたちが決起したように、軍靴の響きはマニアとは水と油なのだ。

 それでも筋金入りの九十九さんは、収集品を持ち続けた。反骨精神? それは違う、と思う。単にとことん、お好きなだけ(笑) おかげで警察に引っ張られ、留置所にいくはめに。神田さんの文章を引用すると、
 留置場で会った左翼の男性に「お前アカか。わしゃピンクや」と相手も脱力のユーモア精神で切り抜けた。

 戦後の解放感で、一気にエロチック街道まっしぐら。粗悪印刷のエロ本「カストリ雑誌」を集めまくったそうだ。その後もみうらじゅん師を彷彿とさせるような活躍ぶり。

 齢(よわい)100に近づいた90年代はテレビにしばしば登場し、「きんさんぎんさんより宮沢りえがタイプやわ」とお茶の間をのけぞらせた。その九十九さんも、98年に筆談で「good bye」と書き残し、103歳の大往生を遂げた。

 きっとみうらさんも、ご長寿なのではなかろうか。そんな気がする。

 ところで推定数万点の資料は、彼の四男の九十九弓彦さんが現在も整理中とか。死んでなお、九十九さんのエピソードは続く。

 荒れ放題の館内を片づけ、ジャングル状態の裏庭で草を刈ったら、九十九さん手製の「大魔羅(おおまら)神社」なる祠(ほこら)が出てきてズッコケた。反面教師だったが、マイウエーを貫いた生き方は誇りでもある。父よあなたはスゴかった。

 こういう強烈な業を持った人ってば、ほんとに興味が尽きない。でもせっかくのコレクションなのに、分類して整理するのは興味なかったのね。学芸員さんの食指、動きまくるだろうなあ。・・・あ、でも分類しても「秘宝館」に限りなく近くなるのを覚悟の上でしなくちゃね。

     ◇

メモ:東洋民俗博物館(要予約というか電話にて開館日確認0742・51・3618)は奈良市あやめ池にあります。近鉄菖蒲池(あやめいけ)駅北口から徒歩約7分。入館料500円。

     ◇

 この博物館の推薦人は、なんと滋賀県在住の郷土玩具研究家・藤野さんというお方。滋賀県人、やってくれます!
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2012/12/19

オンド・マルトノ  テレビ/ラジオ

 昨日の朝、ラジオからクラシックが流れて来た。現代音楽では有名なフランスの作曲家、メシアン(1908年12月10日 - 1992年4月27日)の曲である。

 それは彼の代表作である「トゥランガリーラ交響曲」なのだが、この曲には電子楽器、オンド・マルトノが使用されていて、この録音でオンド・マルトノを演奏した日本人奏者のインタビューが、曲に先立って流れた。

 でも、オンド・マルトノって?

 オンド・マルトノ (Ondes Martenot) とは、フランス人電気技師モーリス・マルトノによって1928年に発明された、電気楽器および電子楽器の一種である。音の感じはダイナミックなテルミンだ。基本的には単音のみの発音しかできないらしい。本来は三極真空管を用いた発振回路で音を得るが、第7世代以降は集積回路を用いたモデルも製造された。

 オンド・マルトノの奏者のことをオンディストと呼ぶそうだ。パリ音楽院では1947年よりオンド・マルトノ科が開設され、現在も若い演奏家たちを育てている。
 インタビューされたオンディストは原田節(たかし)。彼はパリ国立高等音楽院のオンド・マルトノ科を首席で卒業されたそうである。この曲を演奏するにあたって、面白いことをおっしゃっていた。

 オンド・マルトノは、一般の人たちはもちろん、オーケストラの人たちにも馴染みのない楽器だ。だから、なんだか端っこで「よろしくお願いしまーす」みたいに遠慮がちに演奏しがちなのだが、その頃はまだ存命中だった作曲者メシアンに、「この曲の主役はオンド・マルトノだ! 思いっきり弾いてくれ!」というアドバイスがあったそうだ。

 その「思いっきりなオンド・マルトノ演奏」の部分を、インタビュー直後に切り取ってラジオから流してくださったが、たしかに! 自由奔放というか、放送の入らないラジオのチューニングみたいで、とても面白かった。

 オンド・マルトノと日本との関係も興味深い。

 発明者のモーリス・マルトノは1931年2月に来日し、この楽器を初めて日本に紹介した。また宮中にも招かれ、皇族や貴族の御前で演奏したほか、皇女の一人が強く興味を示してオンド・マルトノを試演したとも日記に書いている。
 日本国内の文献によると、当時の日本の新聞では「音波ピアノ」と紹介されており、何らかの形で鍵盤に似た構造が備え付けられていたのかもしれない。

 戦後では、小澤征爾が1962年7月4日にメシアンのトゥランガリーラ交響曲を日本初演した演奏会が、日本の聴衆にこの楽器の大きな印象を与えた最初であるらしい。

 映画音楽での使用例として、「ゴーストバスターズ」(1984年、エルマー・バーンスタイン)ときけば、「ああ、あれね」と思われるだろう。
 テレビ番組の音楽としては、 NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」同じく「八代将軍吉宗」(いずれもテーマ音楽作曲は池辺晋一郎)、 NHK特集「未来への遺産」(テーマ音楽作曲:武満徹) 、そして有名どころでは、刑事コロンボのテーマ(テーマ音楽作曲:ヘンリー・マンシーニ)だろう。
 私は「刑事コロンボのテーマ」が大好きだったのだけど、あの曲が麻薬的に耳に残るのはオンド・マルトノのせいだったのね。

 実は朝家事でバタバタしているうちに、「トゥランガリーラ交響曲」は終わっていて、結局聞けずじまいだったので、気になってしょうがないオンド・マルトノという楽器について調べてみたのでした。マイナーな楽器だから、ウィキでの記述はチョットだろうとタカをくくっていたら、あまりの膨大な記述に呆然だったのでした。ビジュアルもなかなかです。
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2012/12/18

今日の失敗。  家事・畑仕事

せんだってカブラ寿司を作ったときには、ものすごくぞんざいな当て推量で仕事を進めた。最終的に漬けてみたら、カブラ、ブリ、麹の量的バランスがぴたりと納まり、ビバ!アバウト!と喜んでいた。

 だから、今回すし飯を作る時もレシピがあったにも関わらず、アバウトに調味料を合わせて煮ていた。まさに酢飯をつくろうと火から調味料を降ろそうとした、そのとき!

 ケアマネさん、来(きた)る。すぐ戻ろうと火を弱めていたのが、敗因だった。ちょっと話が長くなってしまい、酢の酸味が飛んでしまったのだ。うかつ!!

 それでも久々のにぎり寿司(ネタのチョイスはセルフ)晩餐だった。ネタのグレード(鮮度)は高かったので、すし飯に関しては許してほしいでおじゃるよ〜(気分は藤原経宗。ハクション大魔王にあらず)。

 と、もうすっかり大河ドラマ『平清盛』の影響著しい。あと1回で終わってしまうので、ドラマのネタで盛り上がれなくなってしまい、残念だ。大好きキャラの面々にも、もうお会い出来ないかと思うと(悲)
 たぶん総集編を見たら、いかにたくさんのキャラ(俳優さんたち)を好きになったかを、思い知るんだろうな。あと、通しでみた「清盛」を、そのつど(若いときから晩年まで)全力で演じてくださった松ケンの素晴らしさとかも、あらためてね。
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2012/12/17

ご飯茶碗を買いに。  お買い物

 H氏が自分のご飯茶碗を割ってしまったので、ちょうど明日がお誕生日ということもあり、ちょっとだけいいのを買ってプレゼントしようと決定。

 午前中は近江八幡SATYの2番館に行ってみる。

 すっかり忘れていたのだが、ここんとこ、ほとんどスーパーの食品売り場と激安衣料品店「しまむら」を拠点に買い物をする暮らしをしている。

 それが、突如クリスマス前のきらびやかな雑貨店に久しぶりに出かけたのである。これはもう、ネギをしょったカモに等しい。すべての物品が輝いて見える。たぶん血圧も心拍数も上がっていただろう。紅潮すらしていたかもしれない。こころなしか「暑い」くらいだった。「私は清盛か?」と自分にツッコんでしまった。(前回の大河ドラマ『平清盛』で、主人公は、いよいよ熱病に苦しみ最後のときを迎えようとしているのだ、というところで、「次回に続く」だった)

 それでも「滞在時間は1時間」とタイムリミットを設けていたので、財布を空にすることは免れた。薄々予想はしていたが、これという茶碗は見つからず。(自分の買物&ウインドウショッピングに夢中だったという説も・・・)

 帰宅後、お昼を食べ洗濯物を取り込んだあとに、今度は逆方向に電車で向かう。草津の近鉄百貨店に行けば、こういうことは早々に解決するはずだ。

 案の定、テーブルウェアの売り場に行って、ほどなくプレゼントは決定した。高すぎず安すぎず、ネットで下調べしたとき「こんなかんじ」と思い描いていたスタイルのものが丁度あったのだ。

 そんな珍しくも買物三昧の一日を終える。きのうはカブラ寿司のラスト行程を終えたし、とホッとするも、「あ、年賀状つくるの忘れてた!」。

 そうこうするうちに日付を越えてしまった。ハッピバースディ、H氏♪
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2012/12/16

青空書房が全国区。  テレビ/ラジオ

 去る12月7日(再放送8日)にNHK(関西のみ)で大阪天神橋筋にある小さな古書店「青空書房」の店主、90歳の坂本健一さんへのインタビューが「かんさい熱視線」という番組で放映された。 再放送が8日にあったのに、両方とも見逃して悔しい思いをしていた。

 番組の内容は以下のとおり↓

 「大阪・北区の天五中崎通商店街にある古本屋を紹介。休みを知らせる張り紙にはご主人からの励ましの言葉があり、それを見に人が集まってくる。

 89歳(収録当時)の坂本健一さんは天五中崎通商店街にある店内の手書き張り紙が話題の古本屋のご主人。65年前から店を営んでいる。お客さんの身の上話を聞き、人生のアドバイスをすることもある。本を読めば読むほど人生の助けになると信じてきた。
 坂本さんは戦後間もなく結婚して青空書房を開き、半世紀に渡って年中無休で働いた。ところが9年前に脳梗塞で倒れ、毎週日曜日を定休日とした。けれど、せっかくお客さんが訪ねてくれたのに、話せなくて申し訳ないという気持ちからメッセージ付きのポスターを貼るようになった。
 坂本さんは2年前に妻を亡くしたが、入院していた妻・和美さんのために毎日絵手紙を送った。坂本さんがポスターに書いている激励の言葉は、自分へ送ったものだった。
 冨上朝世さんがブログで坂本さんのポスターを紹介している。義理の母親の介護と仕事の両立に悩んでいたときに、坂本さんのメッセージが心に響いたのだ。
 89歳の坂本さんは病院で毎日点滴を受けている。体力の衰えを感じ、定休日を1日増やした。坂本さんのもとには体調を気遣う人たちが集まっている。
 先月上旬、坂本さんのポスターの展覧会が開かれた。訪れた人には笑顔と涙が見られた。
 坂本健一さんのポスターは、自分への励ましのメッセージだった。人は優しさに支えられてこそ大きな苦しみを乗り越えることができる。そのことが人々に伝わるから、多くの人を惹きつけているのではないだろうか。


 どうも関西地区では大反響だったらしく、坂本さんのささやかなブログに「感動しました!」のアツい感想コメントが押し寄せたらしい。そしてたぶんNHKさんにも、そのどよめきは届いたようで、番組の再々放送が決まったらしいのだ。ああ、よかった!

 放送は12月24日(月)、クリスマスイブだ。時間は午前4時30分 〜 午前4時55分。眠り真っ最中の時間帯だから、タイマー録画かけておかなくちゃ!

 リアルタイムでは早朝の視聴しにくい時間帯だけど、なんと今回は全国放送だ。NHKさんよりの、ビッグなクリスマスプレゼントである。

 坂本さんのブログはこちら。玄人はだしの素敵な「本日休ませて戴きます」ポスターが見られます。
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2012/12/15

新聞バッグ!  新聞/雑誌

 昨日本屋さんチェックをしていたら、『ソトコト』の1月号を1冊だけ発見。私はさほどロハスな人ではないので、ぱらぱらと立ち読みしていたが、「四万十川新聞バッグ」というものを発見し、速攻レジへ。

 新聞紙でつくったバッグが、やたらカッコいいのだ。新聞を折り畳んでトートバッグ様のエコバッグをつくるというワザを試してみたくなったのだ。簡単な作り方も載っていた。

 でもちゃんとネット上にも「しまんと新聞ばっぐ」のサイトはあるので、そちらの方が詳しいことは詳しい。なにしろ本家だからね。それでも作り方はちょっとだけ企業秘密(かな?笑)。ワークショップかインストラクター養成講座に参加しないとわからない。もっともフリースタイルなものなので、自由に作ったらいいみたいだけどね。
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