2013/10/16

西本願寺と伝道院  神社仏閣/教会

 レティシア書店に行った後、京都駅まで地下鉄で戻り、市バスで西本願寺前で下車。

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 とりあえず、西本願寺の阿弥陀堂門をくぐる。

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 引き返して、写真を撮る。

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 平成の大修理が終わってから4年ほどしか経ってないので、金がピカピカ。

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 菊の透かし彫りがカッコイイ。考えてみれば、堀川通ってあんまり来た事がなく、なんと西本願寺は初めて。

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 帰宅後、『日本建築集中講義』(藤森照信×山口晃)を読んで知ったけど、西本願寺って、なんと世界遺産で、お宝がワンサカあり、建物自体もすごいものが目白押しで・・・うわ〜、これはまた来なくちゃね。ただし見られないところも多数あるみたい。事前予約をすれば、素敵な案内付きで見学できるそうなので、考えておこう。写真だけでも、のけぞりました。

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 堀川通越しに見た太鼓楼。本願寺の東北角にある重層の楼閣で、内部に残る大きな太鼓は、江戸時代には時刻を告げる合図となっていたそう。 幕末、本願寺を一時的に屯所としていた新撰組による刀傷が、今も残っていると伝えられえている。
 京の夏の旅でお昼ゴハンをいただいた伏見の魚三楼さんの柵にも、鳥羽伏見の戦いの弾痕跡があって、ここの売りになっていたっけな。戦いの傷跡は、あちこちで名所と化している模様。どんなものでも名所?と化すんだから、近藤さん土方さんも、びっくりだな。

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 なんと堀川通を隔てて、西本願寺の総門がある。門の向こうは門前町商店街だ。仏具やお数珠やお香のお店が目白押し。その向こうに見える洋館は。

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 旧銀行? 旧役場? いえいえこのモダン建築は。

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 もとは真宗信徒生命保険株式会社の社屋として建てられ、現在は西本願寺伝道院。設計者は伊東忠太。聞いた事ある人だと思ったら、京の夏の旅で出かけた祇園閣を建てた人じゃないか。小さな旅でもリンクしていくから面白い。

 さてこの伊東氏は妖怪好きな人で、祇園閣の中にも洋風の魔物が電球を抱える意匠があった。こちらは、もっとハデハデしく、思う存分妖怪跋扈を楽しまれたとみえる。

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 柵の支柱にご注目・・・といっても小さすぎて見えないですね。

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 「やあやあ、よくいらっしゃいましたなあ!」。実はこの支柱トップの石像、みんなそれぞれ違うんです。

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 入口にも狛犬よろしく阿吽の2匹。しかもむこうの口をあけているヤツは、あっかんべーと舌を垂らしてました。これが来客へのお・も・て・な・し!

 伊東忠太って、すごい! そしてそれを許す西本願寺、えらい!


☆付記*東京の築地本願寺は、伊東忠太の傑作です。
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2013/10/15

御池にハマった?  おでかけ

 もうすぐ龍大ミュージアムで開催中の「極楽へのいざない」展が終わってしまう、という事に気づき、そそくさとチケットを調達して、いざ京都へ。

 「極楽へのいざない」は、仏教の行事「お練り」のあれこれをみせていただける展覧会。お練りは、ご臨終のとき極楽からのお迎えを再現!?する行事で、仏教の妄想力の結晶だ。なんでかわからないけど、昔から「お練り」にスゴく興味があり、2年くらい前にやっと即成院で実物を見て圧倒され、ますます好きになってしまった。いろんなお寺のお練りを紹介されているだろうと期待は高まる。

 行った事は無いけど龍大ミュージアムは西本願寺の近くだから、駅から近い。なら御池のレティシア書店に寄り道できると踏んで、先にそちらに行こうと地下鉄に乗る。

 が。

 レティシア書店はオープンが12時だったことを、書店の扉の前で思い出す。がーん。

 仕方が無い、お昼ゴハンが先だ。でたらめに小路を歩くも烏丸通の東側では、めぼしいお店に行き当たらない。そうだ、おいしいお店は烏丸通を渡って西側にあったような記憶が。

 でたらめに歩いた御池には、個性的なお花屋さんが点在していた。さすが池坊のお膝元だ。アレンジメントのおしゃれなお店や、カラスウリや野の草木の鉢植などがある渋く懐かしいお店、和物の植物が店の内外にぎっしりとあるお店も↓

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 そしてなぜかは不明だが、漢方薬のお店もあちこちに。

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 いずれの漢方のお店も、店主は魔女なのか?と問いたくなるような濃厚なディスプレイだった。アルマジロの剥製?ディスプレイが強烈だ。もしかすると全国の漢方薬店主から「マスター」と呼ばれている方なのかもしれない。「漢方、極めました」感が炸裂だ。

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 そうそう、目の前にある「まんがミュージアム」に行ってみようと思いつく。一度行っておいた方がよさそうだし、という軽い気持ちで入り、未読の桐島いつみ先生のマンガを読みふけって時間をつぶした。館内は外国の方と日本の方、半々くらい。天井まで届くほどの棚マンガが読み放題だ。
 竹宮恵子先生の「地球(テラ)へ」のカラー原画もあり、感慨深い。とはいえ私の高校時代は萩尾望都先生、竹宮恵子先生が大人気だったが、私は竹宮恵子先生のマンガは、社会現象なほど流行ったのに、どういうわけか1冊も読んでいない。きっと萩尾望都先生が好きすぎたからだろう。

 12時もまわったので、腹ごしらえしてからレティシア書店に行こうと、まんがミュージアムを出て左手に歩き、適当に角を曲がり細い小路に入る。すると小さなイタリアンのお店があり、ランチ1000〜とあったので、カジュアルなお店だろうと入ってみた。

 照明が暗くてとてもキレイで本格的。水はもちろんワイングラスで来る、たいへんお洒落なお店だった。しかもお料理も本格的に美味しい!! サツマイモを裏ごししたポタージュや、ちょっぴりだけど生ハムなどのリッチな食材が添えられたサラダ、ムール貝と舞茸のパスタと温めたパンに大感動! 夢ではないかと思うほどに素晴らしすぎる。接客のジェントルなお兄さんも、厨房の渋い上品なシェフも、ランチ1000円のお店とは思えないほど、グレードの高いスタッフさんだった。

 お店は小さいけど、中はゆったり。ムードもあり上品で、そのくせシンプル。磨き上げたような店内だけど寛げる場所。やみくもに飛び込んだけど、大当たりだった。ムール貝の美味しさに、ただただ感動。「サルティンバンコ」というお店です。ご贔屓に。

 う〜ん、御池って本当に面白い場所だ。御池にハマってさあ大変♪・・・って、わたしゃ、どんぐりか! 
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2013/10/14

10月のカレンダー  季節

 10月の池田澄子カレンダー。個人的には林檎の句が好き。でも鰯雲も林檎も季語はどうも9月みたいで。

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2013/10/13

まだまだ京都御苑。  建築

猿が辻から次の辻までの間で、「迎賓館」の説明を聞く。海外からの首相など、VIP来賓をもてなす館だ。一方、迎賓館の向かいにある大宮御所は、天皇、皇后、皇太子、および皇太子妃の行幸啓の際に宿泊される場所だ。ここはむろん、鋼鉄のセキュリティーだ。

 京都御所の角近くまで来る。ここにあるのは建春門だ。「建春門」は皇后陛下や皇太子殿下が通る門になるらしい。通る場所まで決められているなんて、不便でめんどくさいねえ。

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 建春門院は、後白河天皇の寵愛を一身に受けた后、平滋子の後の名だ。滋子は美しく聡明で気丈な女性だったので、平家と後白河天皇をバランスよく結びつける絆になった。彼女亡き後、両者は敵対関係になってしまう。
 大河ドラマ『平清盛』では鳴海璃子が演じた。ちなみに後白河天皇役は松田翔太だ。美しくかっこいい滋子にぴったりな、キュートな門だ。

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 次の辻で左折し、迎賓館と大宮御所の間を歩く。

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 御所内の自転車道は真ん中にある↑ 
 もちろん一列でしか走れない↓

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 中ほどまで来ると、正面に大文字山が見える。

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 小嶋先生によれば、ここは五山の送り火を見る絶景ポイント。しかも案外穴場で、それほど混み合ってもいないらしい。

 突き当たり左側には、鬱蒼とした「梨木神社(なしのきじんじゃ)」がある。
Wikipedeiaによれば、

 明治維新に大きく貢献した三條實萬(さねつむ)・三條實美(さねとみ)父子を祭神とする。境内の井戸の水は「染井の水」と呼ばれ、京都三名水の一つとされる。京都三名水(醒ヶ井・県井・染井)のうち、現存するのはここだけ。 また境内には約500株の萩が植えられており、別名「萩の宮」とも呼ばれている。

 小嶋先生によると、比叡山から大山崎へと貫く「おいしい水」の地下水脈があり、それがこのポイントで豊かな名水になっているのでは、ということだった。出町柳にもおいしい水の井戸がたくさんあるので、必然的においしい食べ物屋さんが多い、という話をテレビで見たが、同じ水脈なのかも。

 梨木神社を右手に折れ、雑草の茂る小径を歩く。御所では雑草までが、なにかしら床しい。可憐な花をつけた名も知らない植物なども見かけた。

 ほどなく寺町通に抜け出せる、寺町御門に到着する。

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 ここで京都御苑とは、さようなら。道路を渡り、再び歩き出す。ほどなく新島襄の旧邸に到着。
 
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 外観はいわゆるコロニアルスタイルのめいっぱいな洋風建築なのに、造りの基本は和風寄棟住宅という不思議さ。

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 台所はシステムキッチンで、かまどや木製シンクが一列に並んでいる。それも八重の身長に合わせてつくられたとか。きわめつけが洗い場の横に、室内井戸が!! 水を汲むのに外に行かなくて済むよう、配慮が行き届いている。まさしく㐮の愛ですね。

 八重は㐮の愛を一身に受けたけど、他のひとたちには性格的にあまり好かれなかったようで、養子にも、お姑さんにも、家政婦さんとも疎遠になり離れて行った。八重は日清・日露戦争のときに、従軍看護婦(従軍といっても国内での仕事)のリーダーとして活躍した。実は若い女性が兵士と接触すると、兵士の風紀を乱す可能性があるため、従軍看護婦には「年寄りで、美人で無い者」が選ばれたらしい。
 というネタを披露する、八重にはちょっとイジワルな小嶋先生。 

 ここで現地解散となり、各々が帰途へと三々五々散ってゆく。私は京阪の神宮丸太町駅へ。駅までの道中にみた鴨川が、切ない美しさだった。

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2013/10/12

まだ京都御苑。  建築

土塀沿いに玉砂利を踏んで歩く。すでに結構な距離を歩いて疲れ始め、私は少し遅れを取りつつあった。なんでみんな、そんなに健脚なの? というより、私が運動不足すぎ? 

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 門だけでなく、塀の瓦もやっぱり菊だ。

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 とことん、菊だ。お菊ちゃんがいっぱい。

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 監視カメラもそこここに。
 実は塀にはセンサーもついていて、塀に近づくだけで警報が鳴るらしい。小嶋先生によれば、しょっちゅう鳴っているそうだ。今日は一回も聞かないけど、こんなことは珍しいくらいだそう。

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 やっと御所の角まできた。ここは北東(艮=うしとら)の方角なので、鬼門にあたる。だから築地塀の角を欠いて、日吉山王社の神のお使いの猿を祀ってある。金網が貼ってあるので見えにくいけど、烏帽子をかぶり、御幣(ちゃんと半紙が付いている)をかついだ木彫りの猿だ。

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 この猿が 夜な夜なぬけだしては通行人にいたずらするため、金網で封じ込めたと伝えられているそうだ。

 幕末には、尊皇攘夷派の姉小路公知が何者かに襲われた「猿が辻の変」はこのあたりで起こった事件。三億円事件同様、いまだに犯人がわからない未解決事件だ。

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 警報は鳴らないが、皇宮警察本部の車が走り、徒歩の警備員もいらっしゃった。日々万全の警備。


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 さて、猿が辻を折れてしばらく後に、学習院跡があり説明を聞く。

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 江戸時代も終わりに近づく頃、公家、および御所の役人たちとその子弟の教育機関として出来た。公家の公家による教育振興に取り組んでから7、80年もかかって、やっと幕府のお許しが出たようだ。

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 新しい御苑の名所、「ど根性桜」。枯れた松の幹から桜が成長しているのだ。「学習院横の桜松」、と呼ばれているらしい↓

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2013/10/11

緑の京都御苑へ  建築

 次の新島邸までの通路でもある京都御苑は、京都の住人にとっては憩いの場だ。散歩するには絶好で、雅びな塀伝いを歩くもよし、しだれ桜の名所、美しい松の姿、絶好の大文字ポイントと季節の自然を愛でながら、のんびりとぶらぶらできる。

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 同志社を出て、大通りを渡って今出川御門をくぐれば、もう御苑。

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 入った途端に緑の匂いとしっとりと冷たい湿気を含んだ空気になり、森のような小径に入って行く。

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 由緒ある五摂家(ごせっけ)のひとつ、近衛邸跡。

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 有名な「近衛の糸桜」は3月下旬から4月上旬に咲くらしい。

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 そもそも「近衛の糸桜」なるものも知らなかった。またひとつ、京都の桜の名所を知る。

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 聳えるような大木の松を通り抜け、視界が開ける玉砂利の部分に出る。

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 玉砂利がよけられ地肌が見えている一本道は、細いけれど自転車道(笑) だから、ここは歩行者立ち入り禁止。

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 桧皮葺の屋根は、「朔平門」。

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 透かし彫りが端正で美しい。

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 小さくて分かりにくいけど、丸瓦も菊、端の飾りも鬼瓦でなく菊。さすが天皇のご実家、御所だ。

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 松の緑が、はっとするほど鮮やかだった。
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2013/10/10

サプライズのオプション付き  学校

 「有終館」は、もと「書籍館」と呼ばれた同志社最初の図書館だ。

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 D.C.グリーンの設計により1887年11月に竣工した。側面から見たらわからないが、上から俯瞰すると十字架の形の建物らしい。

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 凝ったレンガ積みが美しい。ちなみにこの建物の裏手には、お文庫の蔵を守るため、京都に唯一残った公家屋敷の冷泉家がある。

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「有終」といいながら、100年以上の歳月を見ているのだ。

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 「致遠館」は、1916年3月に竣工した建物で、W.M.ヴォーリーズの設計と言われている。館名は、新島襄の生徒だった徳富蘇峰が、諸葛孔明の言葉「寧静に非ずんば以って遠きを到むるなし」から命名した。

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 建物の入口に掲げられた蘇峰による扁額↑ 建物の全体像がなくて、すみません(汗)

 同志社建学の精神が彫られた「良心碑」↓

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 「良心の全身に充満したる丈夫(ますらお)の起り来(きた)らん事を」 (良心が全身に充満した青年が現れることを)望んでやまない、と一生徒への手紙にしたためていた。これを建学の精神とし、「良心碑」として正門近くに設置されている。

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 同志社の正門を出ると、今出川御門が向かいにある。

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 角を曲がったとき、向こうからやって来た蝶ネクタイに口髭の、いかにも上品な紳士とすれ違う。蝶ネクタイを締めても違和感がないのは、岩倉具視くらいだと思っていたが、そうでもないようだ。パリッとした出で立ちの紳士が少し距離を取ったとき、見計らったように小嶋先生が小声で「いまのは、同志社の村田学長です。まだ40代で、法学部からの大抜擢です」
 偶然のサプライズに一同がざわめき、不審げに振り向く学長。なんと、学長にまでお会い出来るとは! 
 
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 今度は外から同志社を見る。この優美な建物は、ヴォーリズ建築「アーモスト館」。登録有形文化財だ。

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 こちらも同じく登録有形文化財の「啓明館」。同じくヴォーリズの手に寄って建てられた。

 写真はないが、京都大学の時計台記念館で知られる武田五一が設計した、同志社のシンボル的存在である「栄光館」で、新島八重の葬儀がとり行われた。奇しくも彼女が亡くなったのと同じ昭和7年に竣工されたので、彼女は新築の「栄光館」に見送られていったのだ。正面中央に印象的な八角形の塔がある。先頃リニューアルされたばかりだ。現在は入学式や卒業式といったセレモニーに利用されている。

おまけ:ネットの写真とリアル学長を思い出しながら似顔絵を描いてみました↓
(「似てない似顔絵」というアンビバレンツなシロモノかも)

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2013/10/9

同志社の建築群は文化財。  学校

 ハリス理化学館も重要文化財だ。

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 B.W.クラーク夫妻からの寄付によって建てられた「クラーク記念館」。

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 先頃修理が終わったばかりだが、古いレンガを再度ひとつひとつ積み直し、屋根部分だけは新しくふき替えられたそうだ。それは新しいものを作る以上の労力であり、繊細な仕事だ。見習いたい事だ。
 これからはたぶんこういうことが大切になる時代だと思うけど、やはり先立つものがなければ新材での再建はおろか、更地になってしまうだけ、ということも。

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 ごく日常的にも、古いものを手間をかけて修理したりメンテナンスしたり、というのがいつのまにか疎かになってしまった。便利で手軽で安い。それはそれでありがたいんだけど。不便で手間がかかって割高。手編みのセーターみたいなもの。・・・などと、高い空にそびえる西洋建築の塔を見ながら考える。

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 どちらかといえばこのアーチ型はイスラム風とも思えたが、ドイツ風ネオゴシック、あるいはドイツ風ロマネスクだとか。
 この素晴らしい建物の前でしばし撮影大会になり、シャッター音があちこちから。

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 次の目的地へ移動する途中に、場違いなツノの折れた牛!? そばの石碑には「大日如来」の文字が。どう見ても神社仏閣にあるたぐいのものだ。後で先生に質問したところ、やはり相国寺関連の忘れ物らしいとか。

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 新島襄が生存中は洋風を暮らしに取り入れていた八重も、夫の死後は和風に戻り、看護士として活躍した後、茶人として後半生を生きたそうだ。大木の裏にひっそりと佇むのは茶室「寒梅軒」。いまも同志社茶道部の部室として使われている。

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2013/10/8

同志社大学にて  学校

 そそくさとお昼を食べ地下鉄で2駅くらいの今出川まで行き、集合場所の改札前へ。

 ツアーには平均年齢60オーバーくらいの参加者が終結。ほぼ2年ぶりに案内人の小嶋一郎先生を間近に見る。相変わらず若々しいが、ぐっと頭に白いものが増えていた。2年の間にあれこれご苦労もあったことだろう。

 初めて先生のツアーに参加して、私は寺院仏閣巡りの面白さに開眼したのだった。ツアー以前の私が2次元の神社仏閣しか知らなかったとしたら、ツアー以降は3次元で味わえるようになったと断言出来る。それくらい大幅な開眼だ。たいへんな恩師、である。

 今出川の駅を上がれば、すぐに同志社だ。同志社の北門には相国寺があり、南門のあたりには、かつては公家屋敷があったそうだ。

 キャンパス内にも相国寺の塔頭があったそうだ。最新の建物である良心館は、そんな塔頭のひとつ、鹿苑寺の遺構の上に立てられている。寺院の遺構のうえに、プロテスタントの学校があるなんて、ちょっと不思議。

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 同志社で一番新しい良心館↑

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 良心館内部の廊下が一部シースルーになっており、遺構を見る事が出来る↑

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 キャンパス内で一番古い建物であり、草創期に最も近いと言われている「彰栄館」。さすがの威風堂々ぶり↓

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 プロテスタント系では、日本で一番古いと言われているチャペル(礼拝堂)↓同級生がここで結婚式をあげたのがうらやましかった、という小嶋先生の懐かしい個人的な回想が差し挟まれる

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 小嶋先生も、学生の間はその存在を知らなかったというマイナーモニュメント。

 大正時代の留学生、鄭芝溶(チョンジョン)の鴨川を歌った詩碑。韓国に帰国してからは、「韓国現代詩の父」といわれるほどの方だったらしい。

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 やはり韓国の国民的詩人、尹(ユン)東柱(ドンジュ)の詩碑。1942年から2年間同志社に留学したが、ハングルで作詩をおこなったため、治安維持法にひっかかり逮捕され、刑務所内で死亡。「死ぬ日まで天を仰ぎ一点の恥なきことを」で始まる詩は、韓国人は誰もが知っているそうだ。

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2013/10/7

まずは六角堂  神社仏閣/教会

 京の夏の旅バスツアーから3日後に、またまた京都に来た、同じメンバーの二人連れ。

 今回は私たちのアイドル(笑!)、京都おもてなし大使であり「宣京師」の異名をとる小嶋一郎先生の案内で、「八重の桜」プチウォークツアーだ。人気の先生なので、申し込んだ時にはすでに40人キャンセル待ちということもあったが、今回はセーフで滑り込めた。同志社大学のキャンパス内を見学した後、京都御苑を先生の案内解説付きで通り抜け、新島夫妻の邸宅を見るという行程。

 集合時間より少し早く京都につき御池で途中下車して、しばし六角堂に寄り道。

 六角堂は聖徳太子が創建した由緒正しいお寺。聖徳太子の護持仏と伝えられる『如意輪観音菩薩』を本尊として全国から信仰を集め、全国各地からの巡礼が絶えない霊場でもある。

 そういえば、六角堂に来るまでの間、巡礼姿のご婦人方とすれ違った。巡礼姿だけなら都会のど真ん中ではあるけど、そう珍しくはない。巡礼のお一人が白い帽子を被っておられたが、漢字の羅列が印刷してある。興味津々ですれ違い様しげしげ見たら、般若心経が白い帽子に印刷されていた!(いや、もともとは布地に印刷だろうけど) すごいインパクトだったので、テンション上がってしまいましたよ。

 さて、メインストリート烏丸通の角を曲がれば、すぐに六角堂だ。

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 ビルの谷間にあるので、境内で写真を撮るとほぼビルも写り込む。

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 右手の大きな柳の枝先には、ぎっしりとおみくじが結んである。

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 丸瓦は六角堂印。京都の得意技、特注品だ。

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 扁額はいにしえの風を漂わせ、ちょっとエキゾチック。

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 六角堂の屋根は複雑! これを設計施工した人って、どんな人なんだろう!

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 六角堂下部には、巨大な六角の石畳。

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 ご本尊は聖徳太子持仏の如意輪観音で、当然のように秘仏で厨子の中である。お堂の前面にいらっしゃる如意輪観音像はお前立ち(ご本尊の似姿)、つまりレプリカだ。

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 中にいらっしゃるほとけさまたちの名札一覧か?

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 比叡山をくだった親鸞が六角堂に百日参籠して、如意輪観音より夢で「法然の元に行け」とお告げをもらい、そのまま法然の弟子になったことは有名。

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 その後も自身の思想を確立する重要なお告げをいただいたという話が伝えられている。六角堂がなければ、浄土真宗が存在しなかったかも。

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 そんな六角堂で、都会の鳩もくつろぐ。

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 太子が沐浴されたと伝えられる池跡。白鳥もくつろぐ。

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 この池のほとりに小野妹子を始祖と伝える僧侶の住坊があったので、「池坊」と呼ばれていた。池坊の祖先は朝夕仏前に花を供え、次第にいけばなの名手として知られるようになり、いけばな発祥の地となった。

 現在は、華道家元池坊総務所や財団法人池坊華道会となっている。

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2013/10/6

「あまちゃん」はおわらない。  テレビ/ラジオ

 毎日ガツガツと見ていた「あまちゃん」が終わってしまった。10月からは「あまちゃん」のない日々が始まってしまったが、意外なほど「あまロス」には陥らなかった。一日三回見て、やっと満足するくらい「あまジャンキー」だったのに。しゃぶりつくした、ということなのか。いえいえとんでもない。あんな密度の高いドラマ、よほど博識でマニアックでなければ、とても味わい尽くせませんよ。

 なんていうか、終わった気がしないのだ。普通はスゴいクオリティの朝ドラ(大河でも同様)が終わると、脱力がハンパなくヌケガラになるけど、今回「ああ〜、おわってしまったぁ〜」という実感があんまりない。

 相変わらず、「どこかで」アキちゃんは何かに向かって走っているだろうし、魔性を後ろ手にしつつユイちゃんは「リアス」でバイトしている。夏さんはゆっくりと老いていきながら、生きている忠兵衛さんの写真に手を合わせている。春子さんは、パワフルなマイウェイぶりで正宗さんを振り回し、プロフェッショナルな鈴鹿さんは、プライベートでは相変わらずめんどくさいけど可愛い。そして、それぞれにカッコイイ。

 このドラマではカッコイイっていうのが、最優先だった。アキちゃんのエンジンは「かっけぇ」をエネルギーにして疾走する。最初から最終回まで。彼女がユイちゃんと親友なのは、彼女にとってユイちゃんが「かっけぇ」から。夏ばっばを初めてみたときから、彼女の「かっけぇ!!」はどんどん増えて行き、その分、アキちゃんは正比例してパワフルになる。

 太巻さんが、アキちゃんと会って間もない頃、「マメリン(アメ女のセンター)も、奈落にいた頃はキラキラしてたんだけどねぇ」とつぶやいていたことと、最終近くにユイちゃんが「私はここで、アキちゃんとふたりでやっていきます!」と宣言したとき、「・・・カッコいいね」と答えたことは、なにかしらの重要なフックになっているはずだし、彼自身が「少年の心と商売人の心を持っている」ことも興味深い。

 「あまちゃん」が喝采を浴びたのは、息苦しく生きにくい世の中の空気に、こっそりアンチを言い続けてくれたからのような気がする。

「これダメ、あれダメ。こうしなきゃ、こうでなきゃ。ゼッタイこうだから。世の中そんな甘くないよ。もっとがんばらなきゃ。つぎはもっと。効率よくムダ無く。」 そういうことたちからの解放。

 マニアックなギャグを一身に受けて立った花巻さんは宣言する。「分かるヤツだけ分かればいい」と。「そんなマニアックなギャグ、だれがわかるのよ!?」と突っ込まれるのを知っているけど、マニアックさこそが彼女の存在意義だから、ハッキリというのだ「分かるヤツだけわかればいい」と。私は私の生きたい様に生きると。

 そしてもちろんその自由な生き方は、一人では出来ない。つながってる人がいてこその豊かな自由なのであり、孤独の中で自由は負のベクトルを持ってしまう。それを具現するのが、足立家の奥様よしえさんだが、家出から戻って許しを乞い、かつ枝さんを「めがねめがね会計ばばあ」と言ったと同時に北三陸の住人になるのだった。

 「あまちゃん」は、現代の人々に必要ないろんなものを、ほとんど言葉にせずに「こっそりと」、でも心の奥底まで届けてくれたニューウエイブなドラマだった。「あまちゃん」に関わった人たちすべてに、ありがとうといいたい。ブラボー、「あまちゃん」!!
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2013/10/5

ラストは世俗的に。  神社仏閣/教会

大覚寺は、リピーターになりたい神社だったが、それも慌ただしく後にして、残る一つは二条城近くにある「御金(みかね)神社」だ。

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 バスの窓から見た二条城↑

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 「御金神社」は、いままで見た中で、一番小さな神社かもしれない。鉱山や鉱山資源の金属全般をつかさどる「金山毘古命(かなやまひこのみこと)」がご祭神だが、後に「天照大神」(太陽)と「月読神」(月/夜)も祭神として加わった。扁額の文字は金色。これくらいはあると思います。

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 鳥居も金色。これはない。さすがに、ない。なんと金箔が貼られているそうだ。

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 鈴緒も金色。これも見た事が無い。

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 丸瓦にも「金」の文字。しかも金色。ここまで徹底していると、「ノリ」を感じてしまう。「金が欲しい」と純粋に願う事は、ストレートで正直だからか、清々しいほど。

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 丸金の幟(のぼり)。絵馬はご神木にあやかってイチョウの葉っぱ。ストレートで具体的なお願い事がいっぱいだ(笑) あまりのストレートさが、いっそ潔い。

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 ビルの谷間の住宅街にある、ごくごく小さな神社だけれど、お金に関する御利益が絶大らしいとウワサがウワサをよび、大人気のパワースポットになっているらしい。

 行く前はいかがわしさ満載の神社では、と内心戦々恐々だったが、行って見れば非常にコンパクトで、シンプルなパワー炸裂の神社だった。シンプルで「わかりやすい」って、以外に重要なことなのかも。
 お昼過ぎには売り切れます、というバスガイドさんのあおり文句に乗せられ、宝くじを入れたら当たるという評判の福財布、まんまと買ってしまいましたよ。

 1万円札を入れて、「増やしてください!」と、毎日お願いしています(笑)
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2013/10/4

大覚寺に酔いしれる。  神社仏閣/教会

 しかし心経宝塔を出てからが、大覚寺の魅力炸裂なのだった。まず、昨日アップした写真のように、境内の景色の素晴らしさったら! また秋の始まりの、太陽がゆっくりと下降していく時間の、光の斜め加減といったらもう!

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 石仏然り、

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 護摩堂然り、

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 池の端然り、

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 蓮池然り、

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 石垣や有栖川然り、どこを向いてもちょっとした感動体験だ。

 いよいよ大覚寺の内部へ。迷路のような(私がたんなる方向音痴なだけ?)回廊を巡って、宸殿へ。一気にタイムスリップし、『源氏物語』の雅びの世界。なにしろ平安時代の天皇がお住まいだった場所ですからね。

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 回廊の手すり?の意匠も凝ったものだった。

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 これが古典を読むと出てくる「蔀(しとみ)戸」というものだろうか?

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 あまりの雅びさに声も出ない。ガイドさんの案内で、金の部分に蝉の装飾があることを知る。

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 それもあっちにもこっちにも!

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 なぜ蝉なのか? 諸説あるらしいが、蝉は樹液しか摂取しないので、清浄な生き物だという説、蝉は飛びながらおしっこをするので防火のお守りにという説、人の気配を察知すると鳴いて逃げるので防犯のお守りという説。
 まさか蝉のおしっこ程度で鎮火するとも思えないが、昔の人の洒落っ気は素敵だ。個人的な好みをいえば、もう少し年代ものの金になると、蝉もいい味になると思う。

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 回廊を廻る。こちらの装飾は時の洗礼を受け、落ち着いた風合いだ。

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 ひろく白砂を敷き詰め、帚目を付けた庭。美しさもさることながら、つい日々のお手入れが大変そうだ、という主婦目線になってしまう。ご苦労様です。

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 冷泉家でもそうだったが、こちらも橘と対になっているのは、桜ではなく梅。やんごとなきお方は、古式にのっとった中国様式なのか。より古い伝統をチョイスしているのだ。

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 威風堂々の唐門(勅使門)。

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 お庭の風情がなんとも寛げる。キレイに手入れされているが、ほのぼの感も漂っている。やんごとないお方は「やりすぎない」ということをご存知なのか。

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 大沢池が一望できる舞台が! 私の舞台好き心が、思わず浮き立つ素晴らしさだ。風光明媚ななかでの解放感とくつろぎ感、ハンパない! 時間があれば、ここでゆっくりと過ごしたいのだけれど、それはまたの機会に。

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 ちょっと変わった紅葉があったので。葉っぱがあかちゃんの手の様に、切れ込みが短く、丸みを帯びていてかわいい。
 せっかくの風情がぶちこわしだが、敢えて言う。この木の向こうにある建物はお手洗いだ。
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 その後、建具に描かれた絵などに感嘆し、私のお気に入りだったのは、正寝殿の腰障子に描かれた渡辺始興の「野兎図」。びっくりしたような目がユニークで、見た事の無いようなウサギに一目惚れ。

 最後にかけ込みで寄ったショップでは、もちろん野兎図グッズを購入した。
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2013/10/3

旧嵯峨御所大覚寺門跡  神社仏閣/教会

 御香宮(伏見)から大覚寺(嵐山)までは小1時間の移動になる。午睡もできるが、がんばってバスガイドさんの話も聞いた。嵐山方面は不案内なので、なかなかに興味深い。それでも1週間たたずに、ほぼ忘れているのが悲しい。メモしておくべきだった。写真をたよりに覚えている事だけ。

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 桂川の左岸、嵐山〜松尾橋間の堤を「罧原(ふしはら)堤」と呼ぶ。変わった字面だが、藤原氏ではなく秦氏によって作られた。

 この堤の原型は、平安京より前に秦氏が一帯を支配していた6世紀頃にさかのぼる。当時葛野川と呼ばれていた桂川は、頻繁に洪水を繰り返し、それを制御するために造られたそうだ。

 梅津の梅宮大社と松尾大社の近くを通りかかる。共に古社で酒造の神として有名だ(梅宮大社は安産の神社としても有名)。酒のあるところ美味しい水があるのは、伏見に見る通り。松尾大社には霊泉・亀の井があり、酒の元水、延命長寿の水として信仰されている。

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 嵐山に入る。先日の氾濫が嘘のように穏やかだ。それでも土をかぶった泥だらけの葉っぱや、川と平行に倒れている草木など、洪水の爪痕は残っている。とてものどかな場所でバスが駐車場に入り、大覚寺に到着。知らない場所、来た事のないお寺なので、修学旅行気分。

 大覚寺は、正式には「旧嵯峨御所大覚寺門跡」という。平安時代初期に、嵯峨天皇とご成婚された檀密、もとい檀林皇后との新居、離宮嵯峨院が大覚寺の前身だ。

大覚寺とは

弘法大師空海を宗祖と仰ぐ真言宗大覚寺派の本山。

 嵯峨院が大覚寺となったのは、皇孫を開山として開創した貞観18年(876年)から。その後、弘法大師空海のすすめにより嵯峨天皇が浄書された般若心経が勅封(60年に1度の開封)として奉安され、般若心経写経の根本道場として知られる。
明治時代初頭まで、代々天皇もしくは皇統の方が門跡(住職)を務めた格式高い門跡寺院であるほか、「いけばな嵯峨御流」の家元でもある。時代劇・各種ドラマのロケ地としても有名らしい。


 まずは、紅白の萩がお出迎え。

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 次いで、なだらかな山々と広がる空、それを映す湖のような蓮池に、シャッター音が続出。

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 石垣に水路に格子の入った透塀(すかしべい)、そして奥ゆかしい彼岸花。

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 あっ、池の桟橋に(たぶん?)カモが?! かわいい、かわいい、という声があちこちで。

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 さて大覚寺の今回のメイン、心経宝塔に入っていくだが。

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 基壇内部に「如意宝珠」を納めた真珠の小塔を安置する。真珠の塔にお願いすれば、なんでも願いがかなうとか。真珠の塔が、霊感商法で登場する壷みたいに見えた、とんでもなくバチアタリな私には、願いは叶えられそうにないだろう。

 その前に、弘法大師空海ゆかりの札所である四国八十八ヶ所霊場の、お砂踏みをする。とりあえず、この夏(9月末まで)だけ?のスペシャルイベント。
 各霊場ごとのご本尊を描いた軸がかかり、その前にはその場所からはるばるやってきた砂の入った座布団がある。座布団を踏んでお参りしたら、一巡すると八十八カ所のお遍路さんと同じ御利益があるとか。

 んんん〜。なんかおいしすぎる話だ。さほど気は進まないながらも座布団を踏みつつ、軸に手を合わせる。
 いやいや、おいしすぎるとは言ったが、実際にやってみると、なかなか修行めいている。決して楽ではなかった。途中リタイアしようかと思ったくらいだ。うそだけど。地道に四国へ進撃されている巡礼の方々には申し訳ないくらい、さっさと八十八カ所まわってしまった。楽だけど、退屈だった。やはり愚直に現地訪問する方がありがたい(そして面白い)に決っている。
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2013/10/2

御香宮神社  神社仏閣/教会

 やっと中に入れました。

 御香宮は創建年不詳。

 HPによれば、平安時代貞観四年(八六二)九月九日に、この境内から「香」の良い水が涌き出たので、 清和天皇よりその奇端によって、『御香宮』の名を賜った。ということだ。もとの名は『御諸神社』。名前が変わらなければ、お笑い芸人の篤い信仰が得られたかも。水で有名だが、御利益は安産だ。もはやまったく縁が無い案件だ。

 その後、豊臣秀吉が伏見築城に際して、城内に鬼門除けの神として勧請したが、徳川家康が元の地に本殿を造営したとか。なるほど、だから伏見城の大手門を寄進したのか。

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 こんな灯籠が両脇にずらり。

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 門なのに屋根が豪華! しかし、ここには入れず。

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 拝殿に到着。

 おお!

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 おおお!

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 ここは日光東照宮か!?といいたいような、絢爛豪華な極彩色だ。これは平成になって、ほぼ400年ぶりに復元されたものらしい。

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 テーマは真ん中の「龍」。向かって右は『鯉の瀧のぼり』を彫刻し、左はこれに応して、琴高仙人(きんこうせんにん)が鯉に跨って瀧の中ほどまで昇っている光景を写している。「滝を登りきった鯉は龍になる」という伝説が、中国にはあるのだ。

 『日本建築集中講義』での藤森照信さんの言によれば、安土桃山時代のセンスは、日光東照宮みたいなサイケな極彩色だったらしい。しかし江戸時代にはいってまもなく、財政的な理由から「カネのことは考えるな的これでもか!」な装飾が消えて行くので、現存するものはあまりないらしいんだけど。

 家康が本殿を建立し、江戸時代に修復が必要になったら、徳川御三家、ときには幕府直々に御寄進を仰いだらしい。有力者がバックにいると違うね。

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 てっぺんの丸瓦や懸魚(破風板の下に取り付けられた装飾用の材)にも三葉葵が燦然と輝いている。スポンサーは大事にしないとね。

 伏見の七名水の一つ「石井の御香水」をちいさなペットボトルに分けていただき、少し飲んでみる。まろやか。

 その後、パンフレットにあった「名水百選」のひとつ、伏見の名水「御香水(ごこうすい)」で淹れた冷茶と、伏見の老舗「富英堂(とみえいどう)」の銘菓「酒まんじゅう」を、小堀遠州(こぼりえんしゅう)ゆかりの石庭を眺めながら召し上がるのを楽しみにしていたのだが・・・。

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 宮司さんのお話が終わるまで自主的に「おあずけ」していたが、なかなか終わらない。だが時間が迫るので、こっそりぱくぱく。お話が終わった頃には、私たちのテーブル以外の方々は、銘菓「酒まんじゅう」も名水の冷茶も、すでに腹中、一斉に境内へと退出さた。私たちは給食後の休み時間みたいに取り残される悪夢が甦るのだった(汗)

 お庭を見つつ、静かにゆっくりといただくつもりだった礼儀正しいれんくみさんは、大急ぎでお腹へ収めてらした。私はお庭を見つつ、名水の冷茶を味わおうと思っていたのが、急遽ゴクゴクと。それでも「こんな美味しい冷茶は初めてじゃわい」と大感動だった。
 茶の湯の本には「名水のお茶はさほどおいしくない」ってあったので、期待してなかったのに、見事、うれしい裏切りにあった。

 そのまま、安土桃山の極彩色の意匠に感嘆している内に時は過ぎ、その建物が一体何かわからないまま、集合場所へと急いだ。

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 で、今現在、大チョンボをしでかしたことに気づき、愕然としている。

 本殿見るの忘れてたー! 仁和寺の和尚ではないか・・・
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