2014/1/31

六時堂  神社仏閣/教会

 英霊堂の前から振り返ると、六時堂が見える。

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 屋根のてっぺんには、大量のハトがくつろいでいる。

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 側面に回ってみよう。

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 六時堂は境内中央に位置するお堂で、昼夜6回にわたって諸礼讃をするところから六時礼讃堂の名がある。六時開店だからではないらしい。

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 薬師如来・四天王等をお祀りしており、回向(供養)、納骨等を行う中心道場でもある。

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 修正会・聖霊会などの大法要は、この鬼瓦が睨みをきかせているお堂にて行われる。当然、重要文化財だ。

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 でも薬師如来や四天王を見た記憶が無い。暗かったからか、奥にいらっしゃったからか。そのかわり表では、ふたたびあいまみえることのできたお二人と、親交を深めることが出来た。

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 ここの入口にも、賓頭盧(びんずる)尊者像とおもかる地蔵さまが祀られている。今度は2度目なので、遠慮なく、「おもかるさま」を持ち上げてみる。

 ほら、やっぱり重い!(ラッキー)

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 大きな香炉の後からの眺め。

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 重要文化財・石舞台の背景は、中心伽藍の講堂、金堂、五重塔。そして、あべのハルカス。石舞台の両サイドは橋のようになっているが、ふたつの「亀の池」に挟まれているのだ。

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 重要文化財の上にいたのは、縞模様の亀ではなく、忘れ去られたらしき手袋。

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 石舞台の向こう側からのぞむ六時堂。

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 亀の池を渡り、右手に見える北鐘堂方面に歩を進めたら、四天王寺メインの中心伽藍や極楽門をじっくり見ることができたはずだった。

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 ところが左手、太鼓楼から亀井堂に回ったため、大きく迂回することになってしまったのだ。そして極楽門ではなく、極楽浄土の庭にたどり着いてしまったのである。

 (つづく)
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2014/1/30

大黒堂と英霊堂  神社仏閣/教会

 えっ!? 
 
 大黒堂の紋は二股大根のぶっちがい!?

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 調べてみると、二股大根は大黒天に供える縁起物らしい。

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 なんだかユーモラスで、どこかかわいい紋だ。

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 そして英霊堂。明治39年、聖徳太子の遺徳を奉賛するため鐘楼として建立された。戦後は英霊を祀るお堂として改名される。

 もともとは世界一の大梵鐘を収めた鐘楼だったのだが、戦争の金属供出によって、せっかくの「世界一の大梵鐘」は失われてしまった。

 普通の梵鐘をつくるのだって、なかなか難しく大変な職人仕事なのに、世界一の大きさなら、並大抵の苦労じゃないだろうし、技術的にも二度とできないものかもしれないのに。
 そもそも梵鐘を人殺しの道具にするなんて、バチアタリだと思う。長浜市の木之本地蔵のように、供出を止める方がいらっしゃらなかったのが残念だ。まあ確かに、かなりの立場の人でなきゃ無理だったろうけど。

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 左右の石柱にあるのは、百済の賢人・日羅が聖徳太子を礼賛する言葉だ。古代文字で彫られているそうだ。

 右の意味「救世観世音の生まれ変わりであり、仏法の法脈を伝える東方日本の王である聖徳太子に敬って礼拝します。」

 左の意味「西方より生まれ変わり(→聖徳太子の前世はインドの勝鬘夫人、中国の南岳慧思であったとされている)、日本仏法開租である聖徳太子が、人々に尊い仏教の教えをおしひろめ、導かれた」

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 大梵鐘、見たかったなあ。戦争ってホント、「もったいない」の極みだ。

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 きな臭い人は、とてもロマンチストらしく、戦争を語る時のワードに「平和」や「愛」という言葉がよく使われる。もう、すっかり「平和」という言葉の反語的意味に、アラーム反射してしまう今日この頃。
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2014/1/29

元三大師堂  神社仏閣/教会

 元三大師堂・・・なつかしい響きだ。

 以前、比叡山へH氏といったときにも、おみくじの始祖である大師堂があった。さすがおみくじの本家本元だけあり、そのおみくじは、お坊さんによるカウンセリングと読経つき、作法も真剣さも時間もお金も必要という、大掛かりなものだった。

 ということは、こちらのおみくじも・・・? とドキドキしながら正面にまわった。
 お堂の入口にあったのは、100円投入口つきの貯金箱のような無人おみくじ箱。始祖がみたら愕然とするような、手動がちゃぽんおみくじだった。おみくじを開いた途端、そんなおちゃらける人間には、末吉で充分じゃわい!という、元三大師の声が一瞬きこえたような気がした。

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 お堂の正面には茅の輪があり、その輪をくぐってお百度をする女性がふたり。邪魔にならないよう、そそくさと退散し、側面にまわる。

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 そこには「びんずる尊者」さまと「おもかる文殊」さまがいらっしゃった。びんずるさまの頭をなでて、自分のおでこに当てると知恵を分けていただけるということなので、そのようにしてみる。びんずるさまは、あちこちでお出会いし、気心も知れているので気軽に触れることができるが、「おもかるさま」は初対面なので、気後れしてしまった。

 「おもかる文殊さまを持ち上げて、重ければ知恵が授かります」という説明があったので、最近は買物でのトイレットペーパーですら、持ってよろける非力の私には、相当知恵が授かったはず。惜しいことをしてしまった。

 ところで、元三大師堂の周りは霊園になっており、医大で献体された方への慰霊碑などとならび、水戸脱藩浪士・高橋多一郎とその息子・庄左衛門の墓がある。
 「安政の大獄」で反幕府勢力を弾圧した井伊直弼を討つ「桜田門外の変」の主犯格の墓だ。事件後、父子は幕府からの追っ手から逃走し、四天王寺に逃げ込むが、もはやこれまでと寺内で切腹したのだ。

 実は多一郎は四天王寺の茶店で切腹を開始したのだが、茶店の主人に「ここではちょっと・・・」といわれ、仕方なく腹に刀を突き立てた状態で、寺侍・小川を紹介してもらい、大黒堂隣に住む小川宅の一室を借り受け、後始末代として金子も渡し、自分の血で辞世の句まで襖に書いたそうだ。壮絶だけど「なんだかなあ」という気もする。
 映画にもなったそうだが、そのときの多一郎役は生瀬勝久さんらしい。なんか、わかるわ〜。だって、「腹に刀を突き立てながら」あれこれするのって、コメディできる俳優さんしか無理でしょう。私の脳内多一郎は、さらに一歩すすんで、「志村けん」キャスティングになって困っている。

 で、高橋父子の碑や墓は、大きなものも小さなものも複数あり、一角をなしていた。
 そのなかで最もインパクトがあるのが、小さな石の四角柱で「怨霊消滅」と彫り込まれたもの(怖) 現存するものは2代目の新しいものだが、オリジナルは、高橋父から金子を渡された寺侍・小川が作ったものだったそうだ。かわいそうに、生涯の巨大なトラウマになってしまったのだろう。いらぬ引導を渡した茶店の主人のことも、ずいぶん恨めしく思ったことだろう。お気の毒な小川さんに思いを馳せつつ、小川宅の隣にあったという大黒堂へ。

(つづく)
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2014/1/28

四天王寺はあなどれない。  神社仏閣/教会

 行ってきましたよ、大阪の古刹、四天王寺。いや、本当は、行ってきたとは言えないかもしれない。

 だって四天王寺に行って、中心伽藍をすっぽり見残してきたんですから。まさかのメインぬき。

 3時には四天王寺を後にしなければならなかったのに(実は、それでも間に合わなかったのだが)、あまりにもじっくりと各箇所を味わってしまったからだ。庭園や宝物展までしゃぶりつくしたのに、中心伽藍を見なかったなんて。かつてない大チョンボだった。もちろん中心伽藍から見るべきだったのだ。

 そもそもの間違いは入口からだったような気がする。わざわざJRから谷町線に乗り換えて(ここでも迷ってさんざん人に訊いた)、4番出口から地上に出て、順路としては正解だったのだ。

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 ホントは5分くらいで行けるのだけど、道すがらカーテン生地屋さんで足を止めてしまい、ワゴンの格安カーテン生地を買ったりしたので、3倍くらいの時間をかけて四天王寺に到着。

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 到着したのは、極楽門(西大門)はおろか、東大門でも南大門でもなく、一番ちいさな中之門。

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 シンプルです。

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 木陰がすずやかで、鳥の声が賑やか。

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 右手には「地蔵山」があり、お地蔵さん密集地帯になっている。半跏思惟しているお地蔵さま。

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 朝ドラ『ごちそうさん』の主要人物、竹元教授(ムロツヨシ)のように、ふんぞりかえるお地蔵さま。

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 「元三大師堂」の前で、くつろぐ鳩たちを

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 それとなく狙っているのかもしれない白黒斑ノラ猫も、しばし、のほほん気分。

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 お地蔵様地帯の向かいは墓石と石仏のピラミッドがあり、その奥は霊園になっている。霊園で、ひときわ高い場所にいらっしゃる石仏の大日如来さまが黙想中。

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 「ビルとほとけさま」、という組み合わせは田舎ではありえないので、あまりにシュールな光景を見て、衝撃を受ける。

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 そんな衝撃も醒めやらぬまま、おみくじの始祖であり、比叡山延暦寺の中興の祖として知られる大18代天台座主の、本名「良源」、通称「元三大師」、諡号「慈恵大師(じえだいし)」のお堂へ。

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(つづく)
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2014/1/27

大阪の寺院に目覚める。  神社仏閣/教会

 昨年、初めて大阪の葛井寺(藤井寺)に行き、大阪の寺院の面白さに目覚めてしまった。縁日には露店が出て、紙芝居のおじさんがいて、お坊さんも気さくな感じ。京都や奈良とはまたひと味違う。

 ということで、今年計画したものの一度行きそびれた四天王寺に、明日再チャレンジ。

 四天王寺は「日本仏法最初の官寺」。聖徳太子によって1400年以上前に建立されたという。
 そんな老舗のお寺は、近年になりさまざまな苦難の道のりを歩む。明治の廃仏毀釈や神仏分離令によって厳しい状況に陥るも、信者の方々の篤い信仰によって支えられたらしい。

 その後も室戸台風や空襲により、多くが焼失してしまったが、やはり人々の尽力により、不死鳥のように甦った。現在の建物は創建当時(飛鳥時代)の様式を忠実に再現しており、古代の建築様式が今も残っているという。

 私の四天王寺とのファーストコンタクトは、須賀敦子さんのエッセイに、四天王寺の西大門(極楽門)から見るお彼岸の夕日に極楽浄土を見る「日観想」のことが書かれていたからだ。
 四天王寺の西門石鳥居が、古来より極楽浄土の東門に通じる入り口と信じられ、民衆の信仰を集めていた。そのことから、平安時代末期から行われるようになった、落陽の光景に西方極楽浄土を観想する修行が「日想観」である。

 これを読んでから、いつかは行きたい!と思っていたのだ。

 ということで、明日やっと決行予定。まだ予定なので、決行できるかは明日判明する。今度は、たぶん大丈夫とは思うけど(汗) 
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2014/1/26

半日こたつでアナログデイ  ファミリー

 今日は「たぬき亭」は、朝9時よりH氏のお客さんがみえていたので、お昼はKちゃんとパスタランチにいき、午後からはふたりで「こたつ三昧」な一日。

 Kちゃんは明日のテストに備えての勉強で、ノートPCとプリントに首っ引き。調べものや暗記も必要。

 私は次回の読書会に備えての読書のコマをすすめ、依頼原稿の案を練る。

 その間も、おしゃべりなKちゃんと会話するときもあり、先日テレビの「アメトーク」という番組でみた『ガラスの仮面』ネタにはまっているKちゃんは、「白目」や「おそろしい子」をナイスに応用して使用していた。ときに彼女のツッコミにツボってしまい、何度か腸捻転になりそうなほど笑った。それなのに、それをひとつも覚えていない悲しさよ。やはり、メモは必要だ。

 そんな母娘の半日こたつDAY。アナログなこたつライフもまた、善き哉。

          ☆☆☆追記☆☆☆

 ひとつ思い出しました、Kちゃんの「ききまつがい」。

 テレビで、紛争で夫を殺された女性が自爆テロリストになったのを「黒い未亡人」と称され、彼女らがソチに潜入している、というのを耳だけで聴いたKちゃん、

「あれやね、♪子どもたちは〜空にむかい〜、両手をひ〜ろげ〜♪」

「それは『未亡人』やのうて、『異邦人』!」
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2014/1/25

不調から回復へ  ファミリー

 頭痛と肩こりに憂鬱な気分で目覚めた朝は、まだベッドの中で半分眠りたい〜♪と思いつつも、土曜もH氏は仕事なので、6時半には起きなければ。

 それでもNHK-FMのピーター・バラカンさんの番組「ウイークエンド・サンシャイン」(7:15〜)が、「大瀧詠一特集」だったので、台所仕事が楽しい楽しい。彼の番組だけに、『ロング・バケイション』に入っているようなお馴染みの曲ではなく、プレスリーのパロディやビートルズの曲名が歌詞になっている曲など、練りに練られたふざけた曲が数珠つなぎでかけてもらえ、すっかり気をよくする。

 そうして真面目に家事をこなすうちに、少しずつゆるやかに回復してゆく。

 ああ、そういえば、今年になってからずっと、「体幹の体操」をなんにもやってなかった。すごく効くのはわかってるのに、ついつい怠け癖がついてしまっていたのだ。

 「体幹の体操」は、四つん這いになって、右腕と左足で体を支えて10数える、次にチェンジして左腕と右足で支えて10数える。そのとき宙に浮いている方の手足は、まっすぐ床と平行に伸ばす。これを10回繰り返すだけの簡単体操だ。

 昨年体の不調と、ヘタに運動すると足をいためる旨を訴えると、社会人3年生の息子Tくんに、この体操を教えてもらったのだ。彼は健康体操のインストラクター有資格者でもある。仕事で必要な為、就職後、取得したのだ。

 私は5回したらへばってしまうが、それでも随分体が軽くなる。どんよりとしたしんどさが晴れて行く。

 Tくん、ありがとう。そして、お誕生日おめでとう。
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2014/1/24

雪だるま、ファイナル  季節

 さて、波瀾万丈な人生(雪生?)を送っている、雪だるま氏のその後である。

 昨日は頭の部分が随分やせて、目も取れて地面にころがっていた。
 そのかたちをみたH氏は、「『W3』のカモみたいや! やっぱり宇宙人やったんや!」といい、私たち世代(昭和30年代生まれ)には懐かしい、まだ白黒時代のテレビアニメを思い出させてくれた。
 ちなみにここでの『W3』とは、手塚治虫のマンガを虫プロがテレビアニメにしたもので、戦争を繰り返す野蛮な地球人にあきれる宇宙人達が、地球を生かしておくべきか否か1年間調査するために派遣された宇宙人3人と人間との交流のSFである。地球での宇宙人は、ウサギ、カモ、馬に姿を変えているので、H氏はカモのブッコのことを言ったのだ。

 そして本日、いよいよやせ細ってきた雪だるま氏の姿は、ついにカモではなくなる。

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 かなり薄汚れてはいるが、これは・・・

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 白鳥!? 

 ラストが白鳥ということは、「みにくいあひるの子」だ。とりあえずは、めでたしめでたし、ということなのだろうか。

 こうしてベートーベンやクレーマーから始まった雪だるま氏の人(雪?)生は、アンデルセンで幕をおろしつつある。さまざまな物語を彷徨いながら、ブログ記事を4本も書かせてくれた雪だるま氏に感謝しつつ。

 さらば、また雪の日まで。 
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2014/1/23

あたたかく、やさしく。  アート

 煉瓦作りの重厚な建物が、京都文化博物館。 別館は日銀や東京駅を設計した辰野金吾が設計した。もともと、この建物も日銀京都支店だったのだ。

 会場は入口から遠く、京都らしい物品やちょっと素敵なお土産物のお店や「仏像がちゃぽん」などのコーナーを通り抜けてから、やっとエレベーターに到着する。ここから3Fへ。その前に、荷物はコインロッカーへ。

 ここも京都国立博物館同様、ミュージアムショップが充実していて好きだった。最近リニューアルされ、ショップの充実ぶりが変化した。以前の「こんなものがあるの!?」という雑然とした面白さから、いかにも「アンケートとって市場調査して焦点を定めてレイアウトもすっきりさせました感」が、逆にガッカリだ。ソフィストケイトされているけど、ななめにザッと見やり、エレベーターで3Fで開催されている『佐藤太清展』の会場へ。

 自然を描き続けた日本画家・佐藤太清は、新文展に「かすみ網」で初入選。自然が持つ美しさに精神性を与え、花鳥風景画という新分野を確立した。
 福知山が生んだ文化勲章受章者の画伯は、故郷の自然に触れ心打たれたことがきっかけとなり、画家を目指す。郷土の誉れである佐藤太清画伯の生誕100年に、彼の画業70年を回顧する展覧会だ。

 という入口の説明はさておき。もともと昨年のNHK日曜美術館内の「アートシーン」で紹介されたのを見て「わああ・・・」と思い、京都に巡回するのを待っていたのだ。実は単なるきれいな花鳥風月の人、というだけでは収まりきらない画家なのだ。

 この「わああ」をなんと翻訳したものか。
「なんか、この人の気持ち、わかるわあ」「この絵を描こう!と思ったときの、(対象への)驚きとか感動、わかるわあ」「その驚きと感動を、絵画に正確に忠実に翻訳されているのが、すごいわあ」とでも、いおうか。結論として「好きや、この人」に集約される。

 そして会場を一巡して思ったこと。「この人となら、お友達になれそう」。繊細で自然への感覚が開いていて、寂しがりやで穏やかでお茶目な人を感じた。 

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 「漁村」のリリカルな色彩ややわらかな造形に、おもわず微笑んで心が和んでしまう。ゆったりと流れる時間のなかで、人々の暮らしは美しい。
 一方、昆虫図鑑のように精緻な虫たちは、どこかノスタルジックであたたかな気配を漂わせている。

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 夜の闇の中に、はっとするような気配を漂わせた満開の梅?の木は、散り始めでもある。木の「いきもの」としての存在感に、佐藤画伯は打たれたのではないだろうか。
 洪水の中で川を流れる満開の泰山木には、よく見ると虫たちがしがみついている。これを発見した時の画伯の驚きや感動が、如実に伝わってくる。

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 夜に街灯の光をうけて、ぼおっと浮かび上がる降りしきる雪の、しんしんとした連続に、意識が吸い込まれそうになる「あの感じ」が、写真ではとうてい捉えられない繊細さで写し取られている。その感性に、びっくりだ。

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 晩年に思いつかれただろう画伯の愉快な企みが素敵な、作品群の内のひとつ。「国宝級の有名な器に、ウチの庭の花を生けたら?」という思いつきが、愉快すぎる。いまの技術ではとうてい作り得ないらしい、正倉院の美しいブルーのゴブレット。

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 おもわず絵葉書や一筆戔を買わずにはいられない、あたたかくやさしい、佐藤太清展なのでした。2月9日まで。
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2014/1/22

着物と美術展の合間に  たべもの

 だいぶ記事的にはとんでしまったが、着物をレンタルしたその後の話。

 Kちゃんの着物の一件が終了したら、まもなく2時という時間になっていた。娘は午後の授業に向かうため途中退座した。その後は、私ひとりであれこれな説明を聴くことになったのだ。

 場所は烏丸四条と御池の間だったので、かねての計画どおり徒歩で御池に向かう。京都文化博物館で開催中の『佐藤太清展』を見るというプランだったのだ。

 でもそのまえに、お昼を食べなきゃ。はらぺこだもん。すこし時雨(しぐ)れており、道も濡れて光っている。時雨れるときには、なんだか蕎麦かうどんの気分に盛り上がる。と考えながら歩いていたら、おあつらえ向きにお蕎麦屋さんを発見したので、迷わず入店して、蕎麦定食を注文し、まったりと過ごす。お客は多からず少なからず、お店も高級すぎず庶民的すぎず、唯一のフロア担当のお姉さんも朴訥ないい感じで、時雨にあって迷い込むにはぴったりだった。『尾張屋』さんという。静かでくつろげて、美術鑑賞前の一服には最適。

 お蕎麦屋さんを出てしばらく歩くと、ひっそりとした小さなパン屋さんに遭遇する。でも荷物になるからなあ・・・と一旦は通り過ぎるけれど、やっぱり気になりすぎて引き返す。ものすごくパリっぽいパン屋さんだったから。

 その戸外の玄関先には傘立てのようなアミアミが置いてあり、その中にバゲットやバタールなどの、棒状のパンが「裸で」無造作に立てかけてある。それがあまりにも清潔志向の日本人ぽくないので、感心したのだ。

 しかも店内を歩けば数歩しかないような店舗の左右のパン棚には、バラエティに富むパン達がひしめいていた。デニッシュ系多し。クロワッサンもおいしそう!目移り目移り! お値段的にもそんなに高くない。明日の朝ご飯として、私とKちゃんの分を悩みながら購入した。店名は『フルール・ド・ファリーヌ (FLEUR DE FARINE)』というが、もはや私には『FデF』としか覚えられない。それにしてもこの日は、まことに身の丈にあったお店にビンゴした日だった。

 そして肝心の『佐藤太清展』については、日付が変わってしまって眠いので、明日に持ち越し、ということで。おやすみなさいませ。  
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2014/1/21

悟りはスタート地点にすぎない。  季節

 せっかくいい感じに雪だるま氏の話を進めることが出来たのに、残念ながら続きがある。

 涅槃の境地に至り、どこまでも穏やかな眼差しだった彼の目が、失われてしまった。雪が溶けて、いい加減に取り付けた目(葉っぱ)が流れ去ってしまったのだ。

 目の失われた雪だるま。それはもはやヌケガラのようだった。そう、まるで宇宙人によって、人間の本質が連れ去られてしまったかのように。

 そこで今度は丸い目を調達しようと、名前も知らぬ柑橘系のちいさな実をとりつけてみた。

 あわわ!

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 これは宇宙人から、からくも生還した、カルトな教祖さまでは。

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 そして彼は夕方近くまで、浮遊感漂う説法を繰り広げるのだった。

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 悟りを得るのはスタート地点にすぎない。そこからが人間としての勝負なのかも。いや、彼は雪だるまですが。

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2014/1/21

逆境はひとを丸くする。  季節

 昨夜は冷たい雨が降りしきり、雪だるま氏の安否が気遣われた。

 一夜明けて、すこし彫りが深い姿になった氏を、急いで写真に収めた。

 朝家事が終わって落ち着いてから、写真をPCに落として大きな画面でじっくり眺めると。

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 あれ?

 昨夕の、クレーマーのように不平不満をガンガンわめき散らすような風情はどこへやら。あくまで静謐な表情をたたえており、まるで牧師さまのよう。一夜にして人格豹変する雪だるま氏に驚愕する。

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 雨ニモ負ケズ。

 宮沢賢治の有名な詩を地でいく雪だるま氏。賢治が生きていれば、見せてあげたかった!
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2014/1/20

孤独な道祖神みたいな  季節

 地面の雪は大方溶けてきたが、屋根からドサドサ落ちる雪が、こんもりと積もっていたので、雪だるまを作ってみた。溶けかかった水分の多い雪なので、雪玉を転がして作る方式はムリ。シャベルでガンガンペタペタしていく方式。

 有りもので作ってみたら、孤高の道祖神みたいなひとができあがった。

 エントリーナンバー1:証明写真

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 エントリーナンバー2:ベートーベン

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 エントリーナンバー3:クレーマー

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 クレーマーをつくってどうする! といわれそうだが、なに、明日には消える運命ですので。
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2014/1/19

着物でGO!  お買い物

今年の夏に、レンタル着物店の「振り袖モニター」のバイトをしたKちゃん。むろんこれは、市場調査を兼ねた販路獲得の手段に違いないのだが、まさかKちゃんが「着物を着たがる」などと露ほども予想せず、それ以前に「成人式に出席する」ことすら怪しいだろうと、私もH氏も考えていた。

 しかし私たちは重大なミスを冒していたのだ。Kちゃんが、我家で唯一ともいえるほどの常識人であり、誰よりもきめ細かく人間関係を大切にし、そのための横並びを尊ぶ人だったということを、すっかり忘れていたのだった。

 そのため「成人式には着物を着る」と言われた時には、心の準備もお金の準備もしておらず、至急、心の準備から開始した。どんどん送られていた着物カタログに目を通し、そこに書いてある数字を目を丸くして眺め、カタログから目をあげて遠い目をするのだった。

 成人式は1年後とはいえ、今年の成人式が済んですぐ、来年の成人式のレンタルを開始ということで、昨年末早々に予約を入れることになってしまった。ということで、京都の店舗まで母娘で出向き、たいへん感じのよいスタッフさんのお出迎えを受け、あらかじめカタログでチョイスしたものを見てもらい、方向性や嗜好を理解してもらう。

 この準備の怠り無さが幸いしたのか、的確なスタッフさんのチョイスと、明確なイメージを持ち、似合うかどうかを直感的に判断する母娘があいまって、予想以上にスムーズに決定していった。振り袖の海に溺れ、どんだけ時間がかかるかという危惧は杞憂に終わった。
 
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 が!!

 着物のおそろしいところは、小物がたんまりとひかえているところだ(だからこそ、面白いともいえるのだが)。帯や帯締めまでは的確に判断を下していたKちゃんだったが、なれない着物の重さに疲れ、立ちっ放しにも疲れたあげく、セレクトすることにも疲れが見え始めた。それでも最後の力を振り絞り、なんとか「つまみ細工の髪飾り」までたどり着いた。この間、ほぼ3時間。お疲れ〜!

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 担当スタッフさんのチョイスの正しさや、予算内に収めることに力を注いでくださったおかげで、予想以上にリーズナブルにまとめることが出来、その点でも安堵した。身の丈にあった成人式準備ができ、第1段階は、めでたしめでたし。
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2014/1/18

祝!直木賞!!  読書

 姫野カオルコさんが、やっと直木賞を受賞された。なんとさい先の良い2014年のスタートだろうか。

 私は彼女の小説はさほど読んではいないので恐縮しつつ書くのだが、『リアル・シンデレラ』は名作だと思う。どちらかと言えば、エッセイを読んで共感の嵐だったのだ。映画『プリティウーマン』へのアンチとして『リアル・シンデレラ』を書かれたという話には、ふかく頷く。

 アクティブな笑いで攻めていくので、一見脱力派かとも思えるが、堅固な自分だけの信念や自由な発想が素晴らしい。出る杭タイプみたいなのでずいぶん打たれたかと思えるけれど、打たれるとますます元気に出てくる杭かもしれない。ちなみに岸本佐知子さんも、なにげにこのタイプだ。

 「こんな大きな賞をとってプレッシャーになるのでは」と心配する向きもあるみたいだけど、受賞会見にジャージで来るような無敵でステキな人に、無用な心配だと思う。

 滋賀県出身の作家さんなので、受賞作『昭和の犬』は県下の本屋さんでは品薄、もしくは品切れ状態らしい。できれば一時のバカ売れでなく、過去の作品を含めて郷土の誇りとし、息長く売れ続けて欲しいものである。ああ、ほんとに姫野さんが滋賀県人でよかった。同郷人なのが、実にうれしい。
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