2014/5/30

5月に猛暑!?  自然

 まだ五月だというのに、この暑さ! 信号待ちで見上げた空には入道雲が!

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 おかげで5月30〜6月1日まで、しっかり寝込むほどダウンしてしまいました。ご心配をおかけしてすみません。カラダ中がシーズン1ヶ月遅れのストライキに入ってしまいました(苦笑) 

 現在は回復途上にあります。本日からはゆっくりながら、平常運転できそうです。

 皆様も、この暑さですので、どうぞおからだにはお気をつけてくださいね。
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2014/5/27

目玉に栄養を。  お買い物

 この日はオフだけど、自由時間は2時間ばかり。

 それでもかねてからの予定通り、近江八幡の尾賀商店さんへ行く事にする。期間限定で開催された色束さんの草木染めのお洋服や小物を集めた初個展(&販売)がメイン(すでに終了しました。次回は京都伊勢丹にて開催予定だそうです)。ここには他にも、雑貨売り場やカフェもある、落ち着いたおしゃれな一角なので、同じ敷地内でお店のハシゴができる、楽しいスポットだ。

 美しいグラデーションやぼかしの、草木染めの和やかな色みにため息をつきつつ、2Fの展示もみようと上がってみる。

 そこで思いもしなかった人に出会う。

 れんくみさんっ!!

 思いもしなかったとはいえ、ここでの接近遭遇や入れ違いは経験済みなので、まんざらまったくの偶然でもないのかもしれない。それも二人とも来た途端に出会ってしまうなんて! 運命?(笑)

 その後、場所を変えて、ふたりで自由に器やカードなどの雑貨を物色する。

 お互い持ち時間が限られており、とくにお茶するわけでもなく別れた後、私はれんくみさんからちらと出た話に導かれるように、アンティークショップの一角を覗いてみた。

 なにげなく立ち寄ったのに、クオリティがハンパなかった。というか、私の琴線に触れまくりのあれこれが手招きしているではないか! キケンだ! ここは危険区域だ! 

 限られたスペースなのに、ほどよい空間間隔で並べられたアンティークの洋物スペースと和物スペース。入口付近にあるガラスと木彫り細工がコラボした扉付きの棚が、魅力的な姿態で誘惑することすること!(とっても手は出せないけど。というかこわくで値段きけず・笑)

 ここで、長年探していた韓国のスプーンを発見! 「やっと会えたね♡」という科白が、自然に頭をよぎる。

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 真鍮ついでに水鳥のペーパーウェイトも、連れて帰る事にする。

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 最も心惹かれた「祈る手の形のオーナメント」?は、静かな祈りの魂が籠っていた。「どうぞ売れないで、ときどき見にこさせて!」と思わず拝んでしまいそうなくらい心打たれる(笑) 高額商品なので、おいそれとは売れないかもしれないが、あれを毎日見られるなら、清水の舞台から飛び降りちゃおうと思う人がいても不思議じゃないかも。買い付けに行ってゲットした洋ものアンティーク担当のオーナーさんも「いいでしょ! いいでしょ?」と和物アンティーク担当の方に、テンション高く見せびらかしたらしいけど・・・それ、わかるわー!(でもきっと少数派?) 

 ああ、せめて写真に収めてポストカードにしちゃえばいいのに。それなら買うよ、私、ぜったい! ・・・ポストカードのほうね。残念ながら。

 と目玉に栄養を与えるべく趣いたのに、物欲の化身となって、大急ぎで帰ってきたのでした(汗)
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2014/5/26

長年の念願を果たす。  おでかけ

 リアル&FB友達のしいばさんから教えていただいた、新規オープンのカフェに先日行ってみた。

 ここは昔から知っている。どころか30年来、「一度は泊まってみたいユースホステル(YH)」だったのだ。独身の頃から気になっていた場所。近江八幡の円山町という風光明媚な場所にある「勧修寺ユースホステル」。現在は「近江八幡ユースホステル」と名前が変わっていた。

 山の麓にあり湖岸道路に出る道の手前、あるいは長命寺や国民休暇村に行く途中に「ちら」と見えるYHの佇まいが、タダモノではない。蛇行する道の樹々が一瞬消えて、視界の開けた明るい場所に、そこだけ異次元のような不思議な空間が現れるよう。
 
 入口はお風呂屋さん、全体は昔の小学校のような木造建築。明治42年蒲生郡勧業館として建築され、昭和39年に現在地に移築された由緒あるもの。昭和41年からユースホステルとして旅行者の宿となる。れっきとした国の有形文化財に登録されている。

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 YHはそのままで、1Fの一部がカフェとして改装されオープンしたのだろう。名前は「HAKO TE AKO」。気になる意味はカフェのスタッフさんに聞くのを忘れてしまった。次回は忘れないようにしないと。

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 りっぱな唐破風に気圧(けお)され、ちょっとばかり躊躇しつつ「こんにちはぁ〜」。

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 1名様は、しばらくおまちくださいませ。椅子に座って待っていると、張り子の招き猫さんたちが、愛想をふりまく。

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 この階段箪笥で2Fに行くのは、至難の業だろうなあ。つま先立ちして上がらないと(汗)

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 ガラスケースの中は、おみやげ用のパンやスイーツやコーヒー豆。ここにスタッフの方がいらっしゃったら、すぐさま買っていたかも。周りはセピア色なのに、ここだけ平成↓

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 入口近くのガラスケースには、和のアンティークたち。

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 ここは土足厳禁。どこか懐かしい言葉だ。

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 お待ちの1名様、奥へどうぞ〜!

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 窓辺のカウンタ―でいただくダージリンは、ティープレスでサーブ。

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 カップにゆうに3杯はありました。

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 みどりを眺めつつ、1杯。

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 天井や灯りを見上げつつ、1杯。

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 窓のお洒落な格子を見ながら、1杯。

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 そして、読書がはかどること。

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 耳をすませば、携帯に「いま、隠れ家にいます♡」と話しかけるサラリーマンや、「子どもを出産するとき一時死の渕を彷徨い、そこで死んだおじいちゃんに会うと怖い顔で追い返されたため息を吹き返した」、というママ友グループの不思議な話が聞こえてくる。

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 帰りは、「近江米の米俵を積んだ船が水郷を行くの図」を象った橋を渡り、湖岸道路でバカンス気分を味わいながら、家路を急いだ。
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2014/5/25

陶房、そして理想の縁側。  博物館

 椅子が沢山ある休憩室から、入室はできないけれど陶房に陳列してある作品や彼のデザインを眺める事ができる。

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 一貫して館内に流れるトーンは同じ。懐かしくて温かくて優しい。

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 試験用陶片は、釉薬や彩色する絵の具の配合を事細かに試しては記録し、モノにする努力を惜しまない寛次郎らしい。いや、もしかすると、そんな根気づよさは、実験そのものが好きだった彼のマニアックさの現れなのかも?

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 テストを繰り返す寛次郎って、かなりの理系なのかも。

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 さりげなく置いてある道具入れなんかも、あなどれない品々だったりして。

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 寛次郎にとってのサンクチュアリ。仕事の場は、祈りの場でもあったのだろう。生活も労働も祈りも同じ土俵なのだ。

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 休憩室にも寛次郎の作品は展示されているのだが、それより気になったのが、天井からぶら下がっているコレ↓

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 見た事あるな、これ。漁師さんや漁船とセットで。いやもっと最近見た。『あまちゃん』の喫茶&スナック「リアス」で照明器具になってたっけ!

 調べてみると、「浮き玉」という漁具で、漁網を浮かせる目的や目印として使われていたが、最近ではプラスチック製のオレンジ色の玉に替わっていったらしい。『あまちゃん』のスタジオセット(の一部)の元祖が「河井寛次郎記念館」にあったとは!

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 休憩室を出ると、向かいに見える縁側。これがツアーの全員一致で「理想の縁側賞」に輝く。(3名だが)

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 ひなたぼっこには持ってこいだ。

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 今にも縁の下からネコが顔を覗かせそう。

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 せっかく、すのこを歩いて中庭を突っ切って、受付のある場所にもどったのに、ここに座ってこなかったのが、ちょっと悔やまれる。

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2014/5/24

茶室、展示室、のぼり窯。  博物館

 中庭にあった丸い石。ほんとにまんまる。しかして、その正体は?

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 実は寛次郎の故郷、島根の安来の知人たちが、石灯籠を寄贈したいと申し出たのだけど、それが彼の美意識に合わず、丸石にしてもらったそう。

 石灯籠より、まんまるの石! なんかわかるわー! このひとらしいわー。石灯籠より丸い石の方が、ここの中庭にはよく似合うし、なによりインパクトがハンパない。小気味いい話だ。

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 茶室も寛次郎にかかるとこんな感じに↓

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 なんとなく、夏の別荘として使いたくなるような小部屋だ。

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 天井にも竹素材がふんだんに! というか100%竹。純竹100%の天井。

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 休憩室の前にも、いろんなバリエーションで椅子が並ぶ。

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 そしてどれも座り心地がいい。

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 入口前には、寛次郎招き猫の石バージョンがお出迎え。なぜか頭に小銭を乗せている。

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 濡れ縁や、水まき用らしき柄杓入れがさりげなく、いい感じ。

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 休憩室の中にも、もちろん椅子、そして椅子。

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 お好きな椅子にどうぞお座りください。

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 ちいさな休憩室を通り過ぎると、のぼり窯が、どどんと勇姿をみせてくれる。

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 近くでみると、かなりの迫力。

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 こんなところにも餅花が。石灯籠は無用だが、餅花は大切。by河井寛次郎、というところか。

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重厚で上品な(もしくは成金趣味な)高級品より、庶民の素朴な祈りや信仰を好んだ人なのだ。やはり土とともに生きたひとは、わかってらっしゃるんだな。若くして技術を極め努力を重ねた結果、早々に才能を認められ名声も得たけれど、「それじゃない」と気づいて悩んだ寛次郎さんらしいわ。
 
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 作品も素晴らしいけれど、作品が生み出された現場というのも強く感化されるものがある。のぼり窯の近くを徘徊するだけでも、不思議な感動を覚える。

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 炎で作品を作るのと同時に、のぼり窯自体も創られてゆくという、創造と成長の場でもあるのだ。
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2014/5/23

二階の居間と一階廊下  博物館

 居間では、かなり自由にくつろげるが、となりの上段の間は立ち入り禁止なのでズーム撮影。大きな机が置いてある部屋だ。

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 中央にある独自な「寛次郎招き猫」が、実にかわいい。

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 これは横側の書斎から撮影。

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 襖にオブジェ。不思議な調和。

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 藤好きの私には、竹の調度品のかずかずも、垂涎の的でした!

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 あちこちにさりげなく生けられた花たちも、静かだけど楽しげ。

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 窓の外は、みどりがいっぱい! いい感じの風も緑色。

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 大きく切り取られた吹抜けは、うっかりすると転げ落ちそうになるので要注意。とくにちいさなお子様には、お気をつけください。ちいさなお子様でなくても、約1名、落ちかけました(汗)

 しっかりくつろいだ後で、ふたたび階下に戻った。廊下の途中にこんな場所が!

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 まるで小さな寮か簡易宿泊所の洗面所のよう(イメージ)。そういえば、この鏡のフレームと似たような黒板が、ウチの玄関にあったな。(別棟「たぬき亭」に来たことのある方はご存知かも)
 廊下の先にあるのは、河井寛次郎の作品達がガラスケースに並んでいる。

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 目地を掃除するのが大変だけど、やっぱり水場にタイルは憧れる。タイルという素材が、年々好きになってきているのだ。冬場は冷えてつめたい、というのは承知の上だけど。

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 この「オールバンブー」な棚がここにも! 魅了しまくられです! 軽くて通気性抜群で、エキゾチックでリゾートっぽくて。たぶん「あけびのつる」とかも大好きなんだろうな。高価すぎてお目にかかれないけど。

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2014/5/22

だれもがくつろぐ場所。  博物館

 書斎には、河井寛次郎氏が使った椅子と机がそのままあり、

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氏になりきって、机に向かいぼおっとしてみる。

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 この机であくせく受験勉強とかしたくないな。そういう机じゃないみたい。

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 その隣には、こんなあたたかで重厚なセットが。臼をリサイクルしたようなシンプルなテーブル面は、書き物をしたり物を置いたりするのに不都合がないよう、凹みやキズのある部分には、金属(真鍮?)が流し込まれてなめらかに。

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 窓からの光が明るい。奥の写真は河井寛次郎さん。

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 しっかり書斎でくつろいでから、居間にいるふたりと合流するべく、足をふみいれてびっくり。

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 まるで夏休みに田舎の親戚の家に遊びに来た小学生の少女のように、ふたりそろって、くつろぎまくっていたからだ。

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しかし、それこそが、河井寛次郎記念館なのだ。

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2014/5/21

階段がいざなう場所は  博物館

 2階へは切れた大きな数珠のようにぶら下がったものに少し頼りながら、階段箪笥をあがる。1本しか無いのに、ちょうど必要な位置から下がっていて、その1本で事足りるのに感心する。

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 上がりきった場所からみると、

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 真ん中に四角い吹抜けが! 家の中の明るさは、こんなところからも。

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 道路に面した小部屋は質素で薄暗い。

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 土壁のちいさな床の間には、花が生けられていた。

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 丸いテーブルも、わずかな装飾が生きている。

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 どことなく、韓国風?

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 火災報知機が、多少残念なことになっているが、致し方ない。

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 ここで私は書斎へ、ほかのふたりは中庭に面した明るいお座敷(居間)へ。
(こちらの突き当たりが、居間です↓)
 
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 重厚な収納棚になっている壁際を眺めつつ、黒光りする床を踏んで書斎に。

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 いいなあ、壁面に作り付けの木工収納棚。
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2014/5/20

「用の美」に酔う。  博物館

 受付までの細長い三和土を歩き、すのこが置かれた上がり口の受付で入館料900円を支払い、館内写真撮影の許可を得て(住所氏名をノートに記入するだけ)、1階の生活空間に佇む。

囲炉裏が四角く切ってあるが、いい具合に段差をつけて、座れるようにもなっている。立ち座りが大変になる高齢者には、ありがたい仕様だ。

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 (きっと)こだわりの鉄瓶の上に垂れ下がった餅花は、本物の餅が付いていた。餅花とは、正月や小正月に、一年の五穀豊穣を祈願するものだそう。また、さりげなく置かれた河井寛次郎の作品が贅沢だ。

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 真鍮のストーブ? としたら、カッコよすぎる。というか、宮崎駿の世界みたいだ。テーブルの上の丸いものは、お鍋のようだった。冬はここで二人鍋がつつけるのだろうか? 

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 注連縄などもあちこちにかかり、注意深く神様を祀っている様子は、ちょっとした民俗館のようでもある。

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 調度や置き物のひとつひとつが場に馴染み、時間がゆるやかに流れている。

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 中庭の光溢れる緑を背景に、テーブルの花が微笑んでいるかのよう。

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 ちょっとした意匠なのに、障子が心憎いようなデザインになっている。シンプルだから掃除もしやすい。

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 中庭が日本庭園でなく、小石が敷かれているだけなのは、裏手の登り窯で焼き上がった作品を並べる為だろうか。それでも端に連なるこんもりした緑が、眼にやさしい。しかも典型的な日本家屋なのに、とても明るい。

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 使い込まれた椅子は、座る面がおしりの形に凹みが作ってある。民藝運動の一員であったバーナード・リーチ氏より贈られたもの。

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 れんくみさんが「ヴォーリスさんの建築を和にしたような」と感じられたのは、この家も、きっと住む人がどれだけ居心地よく、毎日の生活が楽しく機能的であるように考え抜かれたものだからだろう。まさに「用の美」。

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 次は、階段箪笥を登って2階へ。
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2014/5/19

美術館から記念館へ  博物館

 展示室を出た後は、お決まりのミュージアムショップでお買い物。(この手の美術番組で、ここまでをフォローしてくれるBS日テレの「ぶらぶら美術館・博物館」はえらい)

 今回図録はパスして、神童寺の絵葉書のみ。これで、「ぽっちゃりお不動さん」と「スナフキン月光菩薩さん」をまとめて入手できた。あとは二つ折りのパンフレットに、たっぷり掲載されているのだ。、しかもカラーグラビア。

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 「古寺巡礼」は、もちろん若いお坊さまたちも必見だ。

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 まだ5月なのに日傘が必要な日差しの中、せっかくなので噴水前にあるロダンの「考える人」にも会わなくちゃ。

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 次はバスで2駅の馬町は、小路をはいった場所にある河井寛次郎記念館へ。

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 一見、なんでもない犬矢来のある京町屋なんだけど。

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 京町屋の常で、実は見た目より広い。「ウナギの寝床」と言われるように、奥行きがあるのだ。
 
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 何気ない中に、よく見ればこんな意匠も。

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 なにしろご本人が自分の思うように作ったご自宅なので、思い入れと趣味が行き届いている。しかも、「あくまで居心地第一」がコンセプト。

 私は2度目だけど、初体験のふたりの反応が楽しみだ。
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2014/5/18

笑う仏像展  博物館

以前、3月にある涅槃会(ねはんえ)に公開される「涅槃図めぐり」を、れんくみさんとしたことがある。「めぐり」といっても「東福寺」と「泉涌寺」の巨大な2幅だが。その後すっかり涅槃図に見入られた私は、「本法寺」へ長谷川等伯・筆の涅槃図を見た後、「真如堂」の涅槃図も見に行くという「おひとりさまツアー」も敢行した。どの涅槃図も巨大で精緻で生き物達がいっぱいの見応えのあるものだった。それだけみたら、いっぱしの「涅槃図」ツウにもなろうというものだ(笑) 

 ということで、会場にあった常念寺の「仏涅槃図」(鎌倉時代13〜14世紀)も、じっくりと見せていただいた。どんな生き物が描かれているかというのが、涅槃図の醍醐味なのである。白象、駱駝、蛇・・・そして白象の近くにムカデまでも! ところが後ほど見る事になる酬恩庵の「仏涅槃図」(南北朝時代14世紀)にも、やはり白象の近くでムカデが、ブッダの死を嘆き悲しんでいた。涅槃図にムカデは、お約束なのか? 今後の課題である。

 ところで今回の私の中で、見たい仏像のメイン・ナンバー1は、この方である。

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 寿宝寺の千手観音立像(平安時代)。当然のように重文だが、国宝でもおかしくないようなステキ仏。千手といっても愚直に千本ある仏様はめったにないけれど、これがまさにそんなレアものの、正真正銘の千手観音様だ。つくる手が千本もあれば、仕事も雑になりがちだと思われるのに、手の表情もゆたかに表現されている。お顔も「なんせ千本手があるから、ヨユ〜で救いまっせ〜」というようなおおらかさとゆったり感がある。
 調べてみたら愚直なレア千手は、大阪の葛井寺(なんと昨年見ました!)、奈良の唐招提寺にもあるそうで、この三つは千手観音三大傑作とされているそうだ。

 寿宝寺はその他にも異形仏の宝庫で、降三世明王立像(平安時代12世紀)や金剛夜叉明王立像が、複数の腕をアクティブに四方に動かしていた(イメージ)。

 個人的には、お手手のたくさんある仏さまって好きなんです。寿宝寺の仏様達にうっとりしたあとに、見た事の無いお方に出会う。6本の腕を持つ神童寺の愛染明王さま(平安時代12世紀/重文)だ。

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 愛染明王の弓は、普通、左右真ん中の腕で弓と矢を持っているものが一般的なものらしい。ところがこのお方は、上の手で上に向けて、矢を射るしぐさまでしていらっしゃる。こういう愛染明王を「天弓愛染」というそうだ。重文指定の「天弓愛染」は全国でも、高野山の金剛峯寺、山梨の放光寺、そしてこの神童寺の三躰のみ。
 千手観音に続いて「天弓愛染」も日本三大仏だったとは。「マツコ&有吉の怒り新党」の名物コーナー「新・3大〇〇調査会」に応募したいところだ。(・・・って、とっくに3本の指に収まってるって)

 そして他にも神童寺に所蔵されている仏様たちは、実は私たちのツボにハマった。まずいきなり、このお方とご対面したときには、そのあまりの顔の造りの中央寄り具合に、笑いを噛み殺す事ができなかった。 

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 不動明王立像(平安時代 12世紀)といえば、マッチョで怒りの表情をイメージするのだが、このお方は、マッチョというよりは「ぽっちゃり」、怒りというより「ドヤ顔」に近い。怖いというより微笑ましい。というか可笑しい。実物はこんなもん(絵葉書)じゃないです。声を殺してノンストップに笑ってしまいましたよ。

 そして不動明王様のお近くにいらっしゃったこの方々も、私たちを笑いの坩堝に落とし込んでしまった。

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 右から日光・月光菩薩さまです。

 見た人それぞれの思惑があるのだけど、私は月光菩薩さまの、スナフキンみたいな眼にヤラレました。

 ともに平安時代の作だけど、日光さんが10世紀、月光さんが12世紀と、別々につくられたもの。セットの作品ではない。それをどういうわけか後年コンビを組まれて、のほほんとした楽しい空気を醸し出してくださることになった。凄腕のコーディネーターがいたものである。

 「笠置寺縁起絵巻」(3巻/室町時代15世紀 /笠置寺)について記しておくのを忘れていた。奈良絵のように素朴で、カワイイ系の絵巻だ。奈良絵本に通じるものかもしれない。巻上の展示はすでに終わっていて、私たちが見たのは「巻中」の部分。これは6月1日まで。巻下は6月3日〜15日の期間に見られるそうだ。

 この後には一休宗純和尚の貴重な遺品や直筆の文章など、一休マニア(いるのか?)垂涎の展示があった。私は坂口尚の漫画「あっかんべえ一休」で、一応彼の生涯はアバウトに把握しているので、なかなか興味深かった。
 しかし玄人はだしの腕だったという愛用の尺八のキャプションには、度肝をぬかれる。彼の趣味が羅列してあったのだ。遊女、男色、尺八。さすが風狂の僧だ。

 ついでながら一休宗純和尚と浄土真宗の蓮如上人とのエピソードを(歴史秘話ヒストリア風に)。

 親交のあった本願寺門主蓮如の留守中に居室に上がりこみ、蓮如の持念仏の阿弥陀如来像を枕に昼寝をした。その時に帰宅した蓮如は「俺の商売道具に何をする」と言って、ふたりで大笑いしたという。
(Weblio辞書「一休宗純」より→http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E4%B8%80%E4%BC%91%E5%AE%97%E7%B4%94_%E4%B8%80%E4%BC%91%E5%AE%97%E7%B4%94%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81
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2014/5/17

平安時代の仏像たち  博物館

最初は銅鏡とか寺院跡の証拠である丸瓦など、白鳳時代の発掘物が並んでいた。

 次は「瓶原(みかのはら)」にある海住山寺の仏像など。「みかの原 わきて流るる 泉川 いつ見きとてか 恋しかるらむ」の歌に登場する場所だ。海住山寺は、天平時代の創建と伝えられている。聖武天皇の時代に、しばらく恭仁京(くにきょう)が置かれていた。

 「十一面観音立像」(平安時代)は、さすが重文の貫禄。

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 「四天王像」(鎌倉時代)も、彩色が残り見事な出来映え。4体のうち2体が踏んづけた邪鬼が、どこ吹く風と飄々とした表情で、そのとぼけて具合がよかった。珍しく邪鬼にも玉眼が入っていたので、よけい表情豊かだった。
 う〜ん、似たようなのを奈良博で見たなあ・・・と思っていたら、昨年の「みほとけのこころ」展で展示されていたものと、同じものだった。奈良博に海住山寺の四天王像が収蔵されているのだ。そのためお寺でもめったと見ることができないらしい。小さいながら迫力があり、精緻な造形に目をこらしてよく見る。

 重文ではないが、「貞慶(解脱上人)像」(掛け軸になっている)の味のある剽軽な表情も、かなりよかった。細長い顔、八の字眉毛、たれ目、おちょぼ口。ちょっと「ほしい・・・」と思ったくらい(笑)

 京都府と奈良県の境に近い当尾の里は、丘陵がつらなる静かな山里。この地には、奈良時代の創建と伝える岩船寺がある。かすかに色の残る普賢菩薩騎象像(平安時代初期)は、あくまで穏やか。

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 同じく「当尾の里」には浄土信仰のもと、平安時代後期に造営された浄瑠璃寺が存在する。こちらは珍しい座像の十一面観音様(平安時代後期)。神秘的でクールな美しさに魅了される。

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 古寺の平安時代から残る古仏たちは、まだまだ続きます。
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2014/5/16

インドアで古寺巡礼  博物館

 京都国立博物館で開催中の「南山城の古寺巡礼」を見に行く。今回は「ともだちツアー」を組んで3名で。れんくみさんとNさんの、元・読書会メンバーだ。


 山城という地域には詳しくないが、どうやら奈良と京都の境目にあるらしい。しかもお寺へのアクセスは難しそうかつ、山登りを伴うらしいので、おいそれとは探訪できそうもないみたいだ。

 とはいえ、そんな山寺だからこそ古寺が残り、立派な仏像が守られてきたという側面がある。そんな仏像達のうわさも、ちらちらと読んだり見たりしていた。

 今回は南山城から野に降り一同に会された仏像を、一網打尽にみる千載一遇の機会だ。これは逃してはならない。ということで、「いつものメンバー」に招集をかけてみた。ラッキーなことに日程がうまくまとまり、「では来週に」という迅速なツアーが組まれた。

 東山七条にある京都国立博物館の立地はすばらしく、向かいには三十三間堂、少し歩けば智積院、もう少し歩けば清水寺、祇園、建仁寺、その反対方向なら泉涌寺、東福寺がある。その他、キラ星のごとく観光ポイントが点在し、観光ツアーにはうってつけの場所だ。

 今回は、このシーズンならではの「河井寛次郎記念館」とセットにした。歩いて行けるくらい近いし、博物館って意外に疲れるので、のんびりできる場所がいいかと考えた。駅からも施設同士もわりあい近いが、今回は時間節約のため市バスの一日乗車券を利用し、移動はバス。

 気候もよく、お天気も日差しが強いくらいの晴天。風が少し強い。電車の中では、Nさんが最近行った當麻寺や「お練り」つながりで即成院の話など。バスは平日であろうが関係なく長蛇の列で1本見送る。満員で乗れなかったのだ。

 博物館に到着し、チケットは買わずに国立博物館で共通に利用出来るパスポートを購入する。3千円で奈良と京都(行くのが可能なら東京と九州も!)の国立博物館に入れる。期間は1年。京都の他の博物館や美術館の割引があり、京博限定だがショップで割引もある。

 お昼前だがまずは腹ごしらえ。チケット売り場のそばにあるカフェ「からふね屋」でランチ。すっかりくつろいでしまう。わりあいボリュームがあったので、完食したのは私だけだった(笑) 

 ・・・12時もすっかりまわったので、そろそろ行動しなくちゃ。

 今回は行列も無く、すんなりと入れた。いつ見ても京博の建物はカッコイイ。
設計者は宮廷建築家・片山東熊(とうくま)。

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 玄関の上にある三角形の破風には、仏教世界の美術工芸の神とされる毘首羯磨(びしゅかつま)と技芸天の彫刻がある。この建物自体も重要文化財だ。

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 今日みるのは、これです↑

 では、なかに入ってみます。
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2014/5/15

キリスト祭に驚く。  読書

 歴史上人気のある人物には、その死後にもロマンあふれる伝説が広がる事がある。たとえば、モンゴルでチンギス・カンになって大活躍したという源義経伝説。

 逆に、外国から日本にやってきた有名人がいる、という伝説だってある。有名な(たぶん)「青森キリストの墓」伝説だ。先日図書館で借りた『聖地巡礼ツーリズム』(弘文堂)という本にあった物件だ。

 「キリストの墓」が発見されたのは、1935年。発見されて100年経っていない、わりに新しめの伝説だ。茨城県の神社の管長・竹内巨麿氏の家に伝わる古文書が「キリストの遺言」だった、というところから始まる。

 その古文書を頼りに現地調査をしたら、青森県にある当時の戸来(へらい)村の丘の上に、キリストとその弟の墓(!)があったそうだ。そういえば「戸来(へらい)村」という村名は「ヘブライ」に由来するという説もあるそうだ。

 その真偽のほどはともかくとして話題にしたいのは、その地で行われる「キリスト祭」という一大イベントだ。2013年には記念すべき50回目の祭が、賑々しく行われたそうだ。この祭は、全国各地からツーリストを集めるため、当日は特設駐車場が設営され、シャトルバスが運行されるほどだとか。

 「キリスト祭」は一応「キリスト慰霊祭」として行われている。

 なのに! 

 来賓祝辞は「本日は誠におめでとうございます」と締めくくられるそうだ。いや、そのまえに「慰霊祭」に「祝辞」って! 

 なぜか「神主」による、キリストの名を含んだ(!!)祝詞奏上や玉串奉納があるらしい! 日本人の宗教的に太っ腹なところ全開だ。しかしまあ、日本人は「神仏習合」で宗教ミックスは昔から慣れっこだろうし、逆にいえば対立するよりずっといい。なにしろ「本地垂迹説=日本の八百万の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考え」なんていうのを編み出すんだものね。

 十字架の前には花立と賽銭(!)があるらしい。クライマックスは十字架をかこんでの盆踊り(!!)「ナニャドヤラ」が奉納されるのだ。

 もちろん祇園祭や葵祭などの伝統的な祭とは、来る側も迎える側も心持ちが違う。ツーリストはB級観光地の奇妙なイベント、みうらじゅん風にいえば「とんまつり」な風味を求めてやってきたはずであり、迎える側は観光戦略を明言してもいるが、一方で、全くキリスト教とは無関係と思える民族芸能、「獅子舞」や伝統的な盆踊り「ナニャドヤラ」を披露する重要な場としても捉えているらしい。

 日本全国からツーリストを集め、それどころか外国人だって参加しているそうだ。これをみたら、宗教的な対立を繰り返している地域の人は、腰砕けになって脱力しちゃうのではないだろうか。その当事者なら「オレたちって、いったい・・・」と相当なカルチャーショックをうけるかもしれない。

 「青森キリストの墓」の岡本亮介先生渾身の4p分のレポートは、こう結ばれている。

「キリストの墓は単なる観光客誘致のためのフェイクではなく、地域アイデンティティと直結するツーリズム・アトラクションといえるのではないだろうか」

 日本って、なんだか底知れない凄みがある。なんというか、日本人の吸収力と融合力がハンパない。まだまだ私の知らない日本は、いっぱいあるのだ。

 「ディスカバー・ジャパン」に蒙を啓かれる思いである。
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2014/5/13

読書会に臨む。  読書

 読書会の前日は、いつも「修羅場」である(笑)

 明日までに課題本を「読了」しないといけないからだ。残り何ページかが、その日の晩ご飯レベルの命運を決する。

 読書会は火曜に行われるので、修羅場をくぐるのは主に月曜日。というわけで、月曜日には午前中に買物をすませ、午後はちゃっちゃと家事を片付けた後、晩ご飯作成ギリギリまでの時間で「読了」を目指す。

 しかし、たいていは読み残しをかかえる結果になる。今回は100p残してしまったので、1時間のリーディングタイムは80pでタイムアウトになった。残りは10時以降の夜の自由時間と、翌日の出かけるギリギリまでの30分。

 今回はなんとか前日夜の自由時間に読み終えて、読書会に臨む事が出来た。ただし、「まとめ」ができてないから、出たとこ勝負の発表になる。最近アウトプットと記憶力がめきめきと退化しているので、準備無しの発言は、はなはだこころもとない。しかもしっかりチコクだ。

 とはいえ、司会の方の配慮によりラストの発言者にしていただけた。その間、他の方の意見を聞けるので、内容のあれこれを思い出せるとともに、思索の時間も与えていただけた。おかげで、予想外に言いたかったことをすべて発言出来、いつも以上にスッキリできた。
(帰宅後、けっこう大切な事を言い忘れていて、臍を噛む事おおし・汗)

 課題本は北村薫さんの『ひとがた流し』。

 素晴らし過ぎる男性キャラに対する「こんないい男、ありえへん(笑)」発言に大いに同意し、描写力の素敵さに絶賛の嵐、女の友情についての諸先輩方のほろっとする体験談を聞いたり、お目当ての女性へアタックすることを彼女の友達から猛プッシュされる男性の気持ちについての意見のあれこれだとか、好きなキャラについてアツく語るとか、「生活の中のちいさな喜び」の大切さとか、わかちあう人がいることのかけがえのなさだとかを、全力で聴いて語った貴重な2時間を過ごす事ができた。

 もちろん個人の事情も時間制限もあるから、読了まで至らなくても、誰にもとがめられないし、その辺はかなりの大人(!)なので個人の裁量にお任せだ。私も分厚いミステリーを、中100p飛ばしてラスト50p読んだというとんでもない離れ業(笑)をしでかしたことがある。
 しかし「読了」まで辿り着かなければ、この充足感は味わえない。

 次回も懲りずにギリギリまで読まないんだろうな。でも読了はするぞ。

 追記:

 ランチの2次会では、戦中・戦後を知る方々のリアルな話を聞くという、貴重な機会に恵まれる。静かに小さな声で、けれどきっぱり「日本は二度と戦争してはいけない」と。その後、「ちょっと安倍サンを読書会に呼んで、説教してあげんと。あのひとは戦争体験してないから知らはらへんねん」と大笑い。読書会の諸先輩方の話は、実に面白くて、笑い疲れて帰宅した。その夜は、珍しく早々に就寝して、ぐっすりでした。
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