2014/6/30

達磨図をみて妄想する。  神社仏閣/教会

 天龍寺は室町時代初頭、奈良の吉野にて崩御された後醍醐天皇の冥福を祈るため、足利尊氏が発願し、名僧・夢窓国師を開山として建立された。京都五山の第1位の格式高い寺院だった。
 しかし、度重なる大火により焼失した。最後の大火は「蛤御門の変」で、明治30年に現在の伽藍となったそうだ。

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 これは法堂(はっとう)。

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 元治元年(1864)の兵火にて焼失、明治になり江戸後期建立の雲居庵禅堂(選佛場)を移築し、禅宗七堂伽藍のひとつとする。法堂とは説法堂の意であり、住持が説法する場所。

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 笑う鬼瓦。むしろこれ自身がワルモノにみえるが・・・!? もしかすると禅寺ならではの、謎に満ちたシニカルな意匠なのか?

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 「選佛堂」とはシビアな名前の扁額だ。悟っているか、悟れないか、それが問題だ。

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 ↑明治32年(1899)に建立。「庫裏」は七堂伽藍の一つで、台所兼寺務所の機能を持つ。方丈や客殿と棟続きで、切妻造の屋根下の大きな三角形の壁を正面に見せる。白壁を縦横に区切ったり、曲線の梁を用いたりして装飾性を出した建物で、天龍寺の象徴ともなっている。

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 棟続きの客殿の前には、枯山水が。
 
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 横から見ると、こんな感じ。

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 玄関に入った正面には、大衝立の達磨図。かなりのインパクトだ。前管長である平田精耕老師の筆によるもので、方丈の床の間にも、同じ達磨図が見られる。達磨宗である禅を象徴し、天龍寺の顔ともいわれるそうだが。

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 達磨図ってたいてい、一筋縄でいかない、偏屈で気難しく、どこかとぼけた風貌で、なんかいい。効率とかスピードとか金儲けとか表向きの優しさをはねとばすパワーがありそう。詐欺師を撃退するには、もってこいのキャラだと思うので、詐欺師撃退ソフトには、「達磨さん」と名付けたい。たぶん、まず禅問答で対応が始まるので、詐欺師はやってられないはず。
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2014/6/29

渡月橋界隈と天龍寺の蓮池  

 ちょっとプレイバックして、渡月橋界隈に戻ります。

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 修学旅行生、外国人観光客、シニアツアー客で、かなりの賑わい方だった。清水寺に並ぶ京都観光のメッカ。

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 大型観光バスが、途切れなく走っていく。

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 「嵐」というバックプリントのTシャツは人力車部隊の、屈強かつイケメンかつ屈託なくおしゃべりするお兄さん達のユニフォームだ。人力車を引くには、結構条件が厳しいのだ(きっと)。

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 東山の人力車はなかなか乗ってもらえないみたいだけど、嵐山の人力車は繁昌していた。ちゃんと観光案内もしてらっしゃったし。ということは、記憶力も必要ですね。

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 七夕飾りと雅びな街灯のツーショット。

 さて、手ぬぐいのお店を出て、暫く歩いたが、賑やかな通りが続き、それらしいものが出て来ないので、段々不安になり、つい配りモノをしている女性に「天龍寺はどこですか?」と訊くと、「あ、すぐそこです」と指差してくださった。訊くまでもないくらいすぐそこ(恥)・・・しかも、ちゃんと看板出てるやん。

 お寺の入口は大賑わいだったこともあり、写真は撮らずじまい。帰りに・・・と思ってたけど、その日はここに戻る事はなかった。

 そしていきなり右手に蓮池があり、少しずつ開花していた。

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 でも、蓮はツボミの方がだんぜんきれいだ。

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 神聖で荘厳で清らかな花、さすが観音様の持ち物のひとつだ。

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 姉妹の天女のような蕾みに、心が洗われるよう。

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 後にいた老婦人がともだちに、「これがホンマの仏花(ほとけばな)やな」とおっしゃっていたが、まさに!

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 水滴を玉にする葉っぱも、不思議な形の実も、おいしいレンコンも、なにもかも素晴らしい。

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 いきなり極楽の入口のような蓮池で、大感激。有頂天になって写真とりまくってしまいました。
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2014/6/28

妖怪につかまる。  お買い物

 道端に建ち並ぶ飲食店やお土産物屋さんには、めもくれず、といいたいところだが、チラ見しつつ先を急いだ。

 ところが、なんとしたこと、素敵な手ぬぐい屋さんが目に入った。しかもデザインに見覚えがある。昨年大阪梅田ロフトの特設売り場に置いてあった「にじゆら」さんではないか!? そのときにも、非常に心惹かれる物品がいくつもあり、苦渋の選択をした覚えがある。キケンな匂いを感じつつ、抗いがたい企画とデザインに吸い寄せられるように店内に入ってしまう。

 昨年手ぬぐいは買ったが、あのときよりさらにバージョンアップした品揃えで、胸が高まる。パルピテーションの嵐の到来を予感させる。しかし、それは手ぬぐいではなく、別の部門にて発揮された。

 まさかのワッペンだ!

 しかも、まさかの「百鬼夜行絵巻」の妖怪デザインを忠実に再現したもの。もう嵐の渦中にいるしかない。

 そして向かいの壁には、なんと国芳猫の東海道53次姿態のワッペンが!!

 いや、国芳猫は制御可能だ。問題は百鬼夜行の方。しかも店員さんがおっしゃるには、「暗くすると光りますよ。夜光塗料の糸を使ってるんです。これがなかなかの迫力で」。 こうなるともう、すべての制御レバーがきいてくれない。妖怪につかまってしまった。店員さんの思う壷である。

 百鬼夜行なのだけど、99種類とか。いや99もあれば大したもんだと思いますよ。百にしちゃうと、百物語みたいに、やばいことになってはいけないという、社長さんの配慮かと。

 ということで、買ってしまいましたよ。

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 「傘化け」「下々落々(ぶらぶら)」=オバケ提灯 「襖の大顔(おおかお)」「豆腐小憎」(左上より時計回りに)。ほかにもマニアックなのがいっぱいあったけど、泣く泣く絞り込んで。しかし、誰が「大顔」をワッペンにしようとか思う? 「豆腐小憎」にするか「茶運び小憎」にするかかは、随分悩んだよ。結局、茶を運んでるただの小憎にしかみえないだろうということで、妖怪としてはメジャーな方の豆腐小憎に決めた。

 その勢いを買って、手ぬぐいもオバケバージョンのを。

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 いきなりの出費だったけど、割高な観光地なのでお昼を食いっぱぐれてもフォローできるよう、一応京都駅で非常食のパンを買ってあるからいいとしよう。
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2014/6/27

「茅の輪」を潜りに。  おでかけ

 そうだ、京都へ行こう、もう6月の終わりだし、「茅の輪(ちのわ)」をくぐりに。

 と、思い立ったのは昨夜。いや、今夜かもしれない。たぶん0時前後だ。

 「茅の輪(ちのわ)くぐり」とは「夏越祓(なごしのはらえ)」ともいわれる、6月末の神社の行事だ。「茅の輪」をくぐる事によって、半年間の穢れを祓い清めて無病息災を祈願する。

 本番は6月30日に行われるが、茅の輪は6月の下旬には設置されているので、参拝者は自由にくぐることが出来るのだ。神社によっては紙の人形(ひとがた)に自分の氏名を記し、穢れを移して神職の方に祓っていただく、というものもある。

 さて、ではどの神社に行くか? たいていの神社で「茅の輪」は設置されている。市内の神社でも見かけるくらいだ。
 せっかくだから、行った事の無い場所にしよう。そういえば、「黒木の鳥居」という珍しい鳥居のある神社があったっけ。ええと・・・そうそう「野の宮神社」だ。「源氏物語」にも登場する由緒ある神社で、嵐山にあるらしい。ということで、行き先は決定した。

 翌朝確認したら、「野の宮神社」の近くに、「天龍寺」という世界遺産のお寺があるそうなので、これでルートを組もう。

 だったのだが。持って行くはずだった雑誌の切り抜きも、京都の観光ガイドもすっかりカバンに入れ忘れて、ばたばたとバスに乗ってしまった。まあいいや、それは。なんとかなる。現金と読書会の課題本さえ持ってきてれば大丈夫。
 お出かけの大きな目的のひとつは、課題本の読了だったからね。家にいるとやることが次々に浮かんで来て、じっとしてるとお尻が落ち着かないのだ。

 乗り換え時間もギリチョンながらスムーズに連絡し、11時前には嵯峨嵐山駅に到着した。矢印案内を見ながら道をゆく。なるほど、線路沿いに行けばいいんだ。楽勝だよ。

 七夕飾りのひるがえる、ほのぼのした商店街を通り、

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 昭和の匂いの床屋さんに感激し、

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 線路を横切り、

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 嵯峨野の竹やぶや竹細工を模したらしい商店街の灯りを見上げ、

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 大切に可愛がられているらしき「ぽっちゃん」の睡眠をシャッター音で妨げたあげく、突き当たりに出た。

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 あれ!? 道沿いに神社があるはずじゃなかったっけ?

 ・・・あ! さっき踏切渡っちゃったよ!! 線路沿いに行くべきなのに! 

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 桂川に行き当たり、渡月橋を遠くに見て、途方に暮れた。徒歩の人は誰もいない。近くの新聞店の年配女性に道を聞き、反対方向なのを知る。とりあえず渡月橋まで戻り、橋の反対方向に行けば天龍寺に行ける、という情報はゲットできたので、渡月橋まで歩く。到着早々やらかしてしまった。

 渡月橋が近くなると、観光バスがひしめくように停まり、お土産スポットが軒を並べ、老若男女が溢れかえっていた。とても平日の昼間とは思えない賑わいだ。

 しかし私は時間と体力のロスを取り戻すべく、先を急ぐ。少しだけ脇目をふりながら。
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2014/6/26

アンティークショップと古道具屋  お買い物

 夫婦でおでかけ。近江八幡でお買い物。

 先に行ったのは、観光地にある、ちいさくてお洒落度の高いアンティークショップ。最近店主の女性と仲よくなったので、2週間に一度はお邪魔している。

 買ったのはこれ。

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 ボイルドエッグ・カッターだ。使ってみたい!という一念だけで購入。メイド・イン・イングランド。店主いはく「さすがはサンドウィッチの国!」

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 これはアンティークではなく、作家さんのお遊び小物。メモキーパー。

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 次に夫婦で行ったのは、夫行きつけの古道具屋さん。「古い家からこないだ搬出してきました〜そのまま並べてみました〜」的なホコリだらけの物品が雑然と並ぶ、お洒落とはほど遠いお店だ。ほぼ「古いお屋敷の未整理な蔵の中」状態。それはそれで、かなり楽しい。

 こちらの店主と夫とは顔見知りで、必ず何か購入する気前のいいお得意さんなので商売気なしの、こちらもお友達感覚。必ずオマケしてくださるのもうれしい。

 ここで私が買ったのはジャンクに等しいもの(笑) 夫がでかい(我家基準で)買物をしたので、これらのジャンク(!?)は、ほぼオマケ。

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 どことなく東郷青児を思わせるケーキ皿をあるだけの4枚。そんなこと思ってるのは私だけか(汗)

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 アルマイトのお弁当箱は、ヒジョーに私の弱点なのです。アニメやキャラクターものが多いなか、この昔話のほのぼの感にヤラレました。
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2014/6/25

後半はスイーツ・パラダイス♬  おでかけ

 天井の双龍図を見て、建仁寺を後にする。

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 花見小路を四条通りに向かって、ゆっくり歩く。さすがに観光客が途切れなく行き交い、お茶屋さんや風情のあるはんなりしたお店の前で、写真を撮られていた。去年の夏に行った、「祇園甲部歌舞練場」の前も通り過ぎる。舞子はんには遭遇しなかったが、駐禁コーンが茶色だったことに感心した。

 四条通りに出てすぐ、信号待ちをして横断歩道を渡れば、そこは「鍵善良房」さん。ちょっとランクの高い老舗の甘味処さんに、たぶん25年ぶりくらいに入ってみた。

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 「鍵善」、といえば「くずきり」が有名だけど、先日「たねや」さんで生菓子を振られたので、ここはどうしても生菓子で押して行く。暑いけど、くずきりではなく、生菓子。親の仇のように生菓子と抹茶を注文する。

 が、いくつも種類があるようで、サンプルを持ってきていただいて、そこからのセレクトになった。「くずやき」というものも興味深かったけど、涼しげなお菓子が抗しがたく、これにした↓

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 「みなものひかり」というお菓子だそう。水面を飛び交う蛍の光を表したお菓子だとか。さすがは老舗、雅びだ。

 主菓子の前に、塗りの菓子盆に乗ったお干菓子が登場し、予想外の展開に思わず顔がほころぶ。この「菊寿糖」というお干菓子は、能楽にもなっている中国の故事「菊慈童」にちなみ菊を象っている。阿波和三盆を使用した高級品だ。

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「くずきり」と並ぶ「鍵善」の名物らしい。あら、うれしや。

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 そんな雅びなセットを、もったいなくもそそくさといただいて、歴史的老舗の「鍵善」を後にする。

 しばし、河原町方面に四条通を歩くと、「ひとくち水無月」という張り紙のあるのが目に飛び込む。「福栄堂」というカジュアルな和菓子屋さんで、思わず足を止め、抹茶とノーマルの2種類二切れずつのセットを購入。300円なり。これは、おばあちゃんと山分けだ。6月は水無月を食べなきゃね。

 下は福栄堂さんの包装紙。お店界隈のイラストマップになっていて、その世界の中心は、もちろん福栄堂さんであることは、いわずもがな。しかも赤丸囲み!

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 そこから角を曲がって三条に向かう。まもなくお誕生日の娘のために、彼女のマイ・スイーツ・ブームである「キルフェボン」で、フルーツタルトを買ってあげるのも、本日の予定に組み込まれていたのだ。

 まずは三条京阪を目指し、三条大橋を渡る。

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 メディアのインタビューを受けるサラリーマンを横目に、木屋町方面へ。

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 さすがにこの暑さでは、京都名物の等間隔鴨川べりカップルも見当たらない。

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 珍しく待ち時間無しの「キルフェボン」で、フルーツタルトとイチジクとブルーベリーの夏のタルトを購入。

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 そんなスイーツ・パラダイスなおでかけ後半でした。

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 遅く帰宅したKちゃんが喜んだ事は、言うに及ばず。
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2014/6/24

方丈、法堂  神社仏閣/教会

 緑の美しさにうっとりしながら、方丈の回廊を歩いた突き当たりに

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 女子トイレ! 雨が降り込まないように、屋根に板が乗せてある。

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 建仁寺特注丸瓦付き、豪華和風女子用手洗い。 

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  方丈(ほうじょう)は、室町時代の建物(禅宗方丈建築)で、1599年(慶長4年)に安国寺恵瓊(あんこくじ えけい、毛利氏の外交僧)が、安芸の安国寺(現 不動院(広島市))から建仁寺に移築した建物。国の重要文化財だ。内部には東福門院寄進の本尊、十一面観音菩薩像がいらっしゃる。

 最初に書いたように、方丈の襖絵と障壁画は緻密なデジタル複写となって甦った。

 「雲龍図」の反対側にあるのは、安土桃山時代に活躍した海北友松の襖絵、「琴棋書画図」。

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 デジタルで複製したものとはいえ、なんら遜色無し。しかも写真可。

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 方丈の前庭。枯山水様式の石庭「大雄苑(だいおうえん)」

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 「大雄苑」のバックには勅使門がある。天皇の使者のみが利用出来る門だ。
 
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 勅使門は、俗に「矢の根門」と呼ばれ、切妻造、銅板葺の鎌倉時代後期の唐様建築。お風呂屋さんの入口にも、唐破風(からはふ)っていう似たようなのがあったっけ。

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 そんな勅使門の向こうにそびえるのは、次の見学場所、「法堂」の大屋根。「法堂」は、明和2年(1765)上棟。仏殿を兼ねた建物で「拈華堂」(ねんげどう)と呼ばれている。正面須弥壇には、本尊釈迦如来像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が祀られているのだが、そんな大屋根の上で、

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 ランデブーか!?

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 見ない振り、見ない振り。ふたたび視線は石庭に。

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 「方丈」の扁額は、シンプルな文字だけに、ダイナミックでかっこいい。装飾も皆無で、いかにも禅宗らしく簡素だ。

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 扁額の下、石庭を見下ろす部屋には、海北友松が制作した「竹林七賢図」がある。上のは向かって左側↑


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 中央↑

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 向かって右側↑

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 心落ち着く石庭を、名残惜しく眺めながら

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 法堂への通路に向かう。

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 建仁寺のスリッパを貸していただき、行きずりの人たちとともに法堂へ。

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 法堂の天井画「双龍図」は平成14年(2002)、建仁寺開創800年を記念して日本画家小泉淳作氏によって描かれたものなので、はっきりくっきり。天井画って、どうやって描いたんだろうって、いつも気になる。腕がだるくなるし、それ以上に高いところがダメな絵描きさんには、卒倒ものの仕事だろう。

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2014/6/23

建仁寺内部へ  神社仏閣/教会

 では本坊から入ります。

 受付や売店の前を通って突き当たりが方丈。 雄大な「雲龍」の襖絵がある。
精巧ながら複製なので、これに限らず写真は寺内すべてでオーケーだ。

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 帰ってから知ったのだが、小書院の手前にはシンプルで小振りな「◯△□乃庭」というのがあったらしいが、記憶も定かでなく、もちろん写真も撮ってない。ちゃんとパンフを読んどけよ!てなもんであるが、「いつでもいけるし〜♫」というアクセスのいい場所なので、脇がゆるゆるだった。

 この庭を表した掛け軸のある小書院。小、といってもなかなか広い。

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 一目見て気に入る。レプリカ作りたい(最近、ハマってるのか? でも表具ができないしなー)。

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 禅宗の四大思想(地水火風)を象徴したものだそう。□は地、水は○、火は△らしい。

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 建仁寺の寺紋は「二引の桐文」なので、銀箔(たぶん)桐紋の襖。

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 引手もカッコイイ。

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 だるまさん、だるまさん、にーらめっこ、しましょ♬ この達磨さんの軸もいいなあ。
 
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 禅寺といえば、丸窓。丸窓好きとしては、はずせない。

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 丸窓の中に芭蕉。ぱっと見、バナナのよう。調べてみると、どうやら芭蕉の木は、夏には葉を茂らせるが、冬になると無残な姿になるのが、人生のあり様を教訓的に示すとして、江戸時代以前から、寺院に盛んに植えられたようである。その逆が松の木といえそう。変わりなくいつも緑。

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 坪庭には芭蕉と栄西禅師の石像が、セットである。今年は栄西禅師八百年大遠諱の年なので、それを記念して石像が作られたらしい。どおりで、まっさらの栄西禅師。

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 さらに奥へ進むと、緑の美しい石庭に出る。

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 「潮音庭」だ。おちつく〜〜。

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 樹木の佇まいも、石の配置も、苔のありようも、すべてがおちつく〜。この石は三尊石。

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 つぎの部屋にも「なにしにきた〜?」的な達磨さまの絵が。ぎょろりと睨まれても、いやな気がしない。どころか、なごむ。

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 付書院の火燈窓(上枠が花形になっている窓)。島原の角屋の「網代の間」で見たっけ。もちろんこちらの方が、ずっとシンプル。

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 うつくしい石庭を見ながら、長時間瞑想にふける若者。悩み多き青春の時代を乗り切ってください。

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 床の間に唐子が!

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 田村月樵(たむら げっしょう)の襖絵「唐子遊戯図」。

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 飄々として、かわいい。

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 禅寺の襖絵は、こうでなきゃね。・・・っていうか、もはや襖じゃないし! 壁画!!

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 遥か向こうに「◯△□乃庭」の軸を観る。

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 書院から方丈を回り込んでいく。

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 シンプルで質素だけど、娘が言っていたとおり、たしかに幸せな気分になる場所なのかも。

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2014/6/22

我家の三面記事  季節

 そろそろシーズンだな、とヤツの登場をおまちかねでブログを読まれている方もいらっしゃるかもしれない。そう、ム印またはム型とも呼ばれる「地獄からの使者」のシーズンである。
 そんなご期待を裏切る事無く、よりにもよって夏至になった瞬間、6月21日の真夜中0時過ぎ、そやつは「たぬき亭」玄関外を身をかるく蛇行させながら、急ぎ足に横切って行った。

 この身の毛もよだつような恐るべき体験をFBにアップしたところ、いつになく反響が大きかったので、転載してみます。

       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 6月21日の0時すぎ、たぬき亭と母屋の間で、出会い頭の事故があった。外に出るため、つっかけを履こうとした主婦(52)が、体長20センチの巨大ムカデが横切って行くのを発見した。

 手近にあった武器/キンチョールを1分程度ムカデに噴射したが、もがきつつもムカデは夜の闇に紛れて逃走した。
 翌朝ムカデの死体を捜索するも見つからず、生存の可能性が有るため、両家の住人に注意を喚起した。主婦はより強力な武器を早急に設置する予定。

 主婦の談話。「長靴さえ履いていれば踏みつけて確実にトドメを刺せたのに!!」と肩をおとした。 
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2014/6/20

ちょっとひといき。  お買い物

 いよいよ建仁寺にイン!というところを書こうと意気込んだものの、睡魔が押し寄せてきたので、到底ムリなことが判明した。

 だから今日の出来事を軽くいきます***

 行きつけのスーパーに行くと、こんなものが山積みだった。

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 富士山炭酸飲料三兄弟だ。

 真ん中のブルーのサイダーは、以前ここで買って飲んだことがある。それが、今回は姉妹品が加わっての、豪華ラインナップだ。山梨産葡萄入りの「赤富士サイダー」と濁り酒のような「富士山コーラ」。価格は各150円だった。

 もちろん3本とも買う、躊躇なく(笑)

 ところで「静岡限定」、しかもモンドセレクション金賞受の名水「富士山萬年水」で仕込んだこだわりのサイダーが、なぜにこんな近江の片田舎の激安スーパーに?

 世界遺産効果を狙って、大量生産したものの思いのほか売り上げが伸びず、商品がだぶついてしまったのか? それとも逆に世界遺産を機に、販路開拓を目論んだのだろうか? いずれにせよ販売元の木村飲料株式会社の資金繰りに、自然と思いを馳せてしまうのであった。

 まあ売上金の一部を、地元での青少年及びスポーツ等の育成や振興のための活動に利用しているらしいから、3本分は静岡の青少年育成に役立ってくれそうだ。

 ところで、富士山と琵琶湖には深い関係があるらしい。「古事記」の富士山伝説によると、神様が土を掘り、その土で作られたのが富士山であり、掘った後にできたのが琵琶湖なのだとか。

 そういえば私が小学生になった頃、その伝説がキッカケ?で、地元・近江八幡市が富士宮市と夫婦(めおと)都市になり、各小学校の代表が富士宮市の小学生と交流するようなこともあった。姉妹都市ではなく夫婦都市。なぜ小学生までもが交流することになったのかはわからないが、珍しい都市交流だ。

 そんな浅からぬ縁のあるパートナーに思いを馳せつつ、あしたは富士山コーラから制覇してみよう。

 軽く・・・といいつつも思いのほか時間がかかってしまった。あれこれ調べ出すとキリがないので、この辺で切り上げとこうっと。
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2014/6/19

建仁寺境内をうろうろ。  神社仏閣/教会

 まずはざっと歩いてみる。

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 建仁寺「本坊」。修学旅行生、グループ旅行の一行、海外からの団体客などが賑やかに出てきた。

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 見どころの雲龍と双龍の案内。

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 法堂。仏殿兼用の「拈華堂(ねんげどう)」と言われる場所だ。双龍の天井画が見どころ。

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 松やモミジの落ち着いた緑の木立の向こうには、

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 三門がどっしりと聳える。

 西来院への参道をあるけば、そこは花の道。

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 ひときわ目を惹くブルーの紫陽花。左手は紫陽花が続く。

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 右手石垣の溝には、花菖蒲が少しだけ咲いていた。

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 水色あじさい。

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 ガクアジサイ。

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 木の洞(ほら)と紫陽花。

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 紫陽花と、可憐な薔薇色のツツジ。

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 クチナシのむこうに紫陽花。

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 生け垣の向こうに、こっそりと紫陽花。

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 寄らば大樹の影な、紫陽花。

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 海老蔵みたいな若き修行僧とすれ違う。禅僧は気迫がある。

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 「陀羅尼(だらに)の鐘」。修行僧が寝につく亥の刻(午後10時)過ぎ、観音慈救陀羅尼を一万返唱しながらつくことから、この名がある。

 一万辺!? 除夜の鐘すら数えるのがおぼつかないのに? 間違えないのだろうか??

 またこの鐘は、開山在世のとき、鴨川の七条の下流、釜ヶ淵に沈んでいた源融(みなもとのとおる)の旧物を「えいさい」「ようさい」と、開山の名を呼びながら引き上げたという伝説があるらしい。栄西(「えいさい」とも読むけど、正しくは「ようさい」というらしい)って、なんか『ボルガの舟歌』みたい。
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2014/6/18

両足院でチョンボ。  神社仏閣/教会

 毘沙門天堂の前には、授与品売り場がある。おみくじをひいてみることにした。ここのおみくじは、キュートな虎型の容れ物に入ったものと、可愛過ぎる毘沙門天さまの容れ物との二種類あり、それは迷った。

 でもウチには寅年の人もいないし、寅より毘沙門天さまの方が、容れ物としてはレアものかも・・・ということで、毘沙門天さまに決定! たくさんの毘沙門天さまのなかで、ひときわ輝いているようにみえるおひとりをつまみ出す。それが、これ↓

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 さすが内から輝きを放っていたのは、大吉だったからだね! 

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 久しぶりの大吉がうれしい。でも祇園で580円のランチに出会うことが、そもそも大吉なので・・・今日の運は使い切ったかも。

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 いやいや24時間は、「大吉」は有効かもしれない。それにしても「いかつい」もしくは「りりしい」毘沙門天さまが、大黒様か恵比寿様のように福福しい。足元に邪鬼が欲しいところだが、この福福しさではムリがありすぎ、デザイン的に却下されたのかも。

 さて、両足院の入口で靴を脱ぐ。 本堂で、案内を受ける。室中に二重格天井を備え内陣には、本尊「阿弥陀如来立像」を安置する。

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 庭園は、苔に青松が美しい唐門前庭。みどりが素晴らしく美しい。

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 まず建仁寺について。建仁2年(1202年)将軍源頼家が寺域を寄進し中国で禅を学んだ栄西(ようさい)禅師を開山として宋国百丈山を模して建立された。師は在宋中、茶を喫しその効用と作法を研究、茶種を持ち帰り栽培し、「喫茶養生記(きっさようじょうき)」を著すなどして普及と奨励に勤め、「日本の茶祖」として尊崇されている。

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 その塔頭である両足院は、建仁寺を開山した明庵栄西(みんなんようさい)禅師の法脈を受け継ぐ龍山徳見(りゅうざんとっけん)禅師が開山した。臨済宗の寺院である。

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 徳見禅師は40年以上の長きにわたり元で学問を修め、中国に途絶えそうになっていた臨済宗黄龍派を再興し、中興の祖となったほどの人物だ。室町幕府を創設した足利尊氏・直義兄弟の招きにより、徳見もようやく帰国の途につく。この帰国の際に、徳見を慕って日本に渡海したのが林浄因(りんじょういん)。

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 浄因は、日本に「饅頭」を伝え、その末裔が老舗「塩瀬」をおこすなど食文化に重要な功績を残している。

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 茶に饅頭といえば、次に来るのは茶道だろう。茶道流派のひとつ薮内家とも深い縁のある寺院であるらしい。

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 これが半夏生。夏至を過ぎた頃に、穂状花序を葉の付けねにつける。また、花のすぐ下に位置する葉の表面が白く変化し、花弁の役目を果たすのが特徴である。

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 葉の片面(表面)だけが白くなることから古くはカタシログサ(片白草)とも呼ばれている。ドクダミ科の植物なので、開花期には独特の匂いを放つそうだ。

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 放つそうだ、と書いたのは、お庭に降りなかったから。本堂に設けられた受付でお茶席券を購入すると、お庭に降りて「水月亭」にてお茶をいただけるのだ。
なんとなく、場違いな気がして遠慮したのだが、「水月亭」って、何かひっかかってはいたのだ。

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 実は「水月亭」は、織田有楽斎好みの「如庵」の写し。腰張には中国の暦があり、その下には部屋を広く見せる仕掛けの三角の鱗板が嵌められている。外光をとりいれる工夫がされた有楽囲いの窓もある。
 
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 そうだ、「如庵」の写しが建仁寺にある、という話は、昨年夏に祇園歌舞練場のお庭を見た時に、説明していただいたんだった。あああ、スルーしちゃったよ。

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 でもまあ、書院から眺めるお庭は格別だったし、半夏生の群生もみられたし、よしとしよう。

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 クチナシの香りがそこはかと漂い、6月を満喫する。

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 両足院の境内はこちらからも垣間見えます。
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2014/6/17

祇園祭には行かないけれど。  たべもの

 ちょっと早いけれど、祇園祭話題。

 7月には京都は祇園祭シーズンになる。京都駅構内では、コンチキチンのゆるやかな鉦の音が流れ、蒸し暑い京都の夏の到来を告げ始める。

 浴衣の人波と山鉾を見にいくために、わざわざ祇園祭には行かないが、このシーズンならではのお菓子があることに気づいた。たった1日限定のもの、予約が必要なもの、中身はいつものアレだけど、パッケージと焼き印だけ祇園祭仕様なもの(そして名前まで「こんちきちん」に変更!)など、様々。

 気分だけでも祇園祭を味わいたいときには、こちらをご参考までに。
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2014/6/16

毘沙門天堂にて  神社仏閣/教会

 石垣と白壁に沿って両足院に向かう。

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 特別拝観初日なので、三々五々と両足院に向かう人がいる。

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 お城のような白壁の塀の切れ目が見えてきた。

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 看板の案内にしたがって中に入ると、

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 受付の向かい側には、

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 毘沙門天堂がある。

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 関が原の戦いに黒田長政が関東方として出陣する際、この尊像を内兜に収めて奮戦し、勝利を収めたといわれている。

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 尊像は代々黒田家で信仰されたが、維新の変革で明治10年ごろ両足院に寄進された。

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 毘沙門天の狛犬は寅なのだとか。スマートかつキュート。

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 香炉にも寅。

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 小虎のように、無邪気でかわいい。

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 そして毘沙門天のお使いといえば、ムカデ。

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 三葉虫にあらず。
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2014/6/15

祇園でランチ  たべもの

 しばらく歩くと、やや物々しい門を発見する。

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 なんだろうと見上げると、こんな看板が↓

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 固く閉ざされた門なので、当然スルーしよう。その角を曲がった場所には、もっと魅力的な建物があった。

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 先頃、絶滅危惧種に認定されてしまった「うなぎや」さんだ。

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 なにげないけど、梅型窓の抜き方とか桟の入れ方とか細かいところが凝っている。

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 建物は好きだけど、今日のランチは低予算を希望しているので、やはりスルー。そのうち、建仁寺に至る大きな通りに戻る。いくつかのお店を素通りしたあと、ちいさい地味なお店の前に「天ぷら定食580円」という目玉商品の看板を見つけ、迷わずガラガラと戸を開ける。

 ご夫婦でやってらっしゃるお店らしいが、二人揃ってヒマそうに新聞を熟読中。思わぬ客の闖入に、あわてて「いらっしゃいませ〜!」とガサガサ新聞を片付け、スタンバイ。もちろん現在のところ、客は私一人だ。

 奥さんがウォーターポットとコップを持ってきてくださり、私が注文する先に「天ぷら定食ですね!」と先制攻撃にあう。もちろん異議はない。すなおに「はい」と返事する。

 天ぷらを揚げる音を聞きつつ、壁に貼られた詳細な文書をチェックする。

 「当店の串カツは2度づけ禁止です」「足りなかったソースは、キャベツですくってつけてください」「最初のキャベツはサービスですが、2枚目からは有料です」「当店では天ぷらに塩とカレー粉をつけることをおススメします」「食後30分以上のおしゃべりはご遠慮ください。30分以上になるときには、お飲物をご注文ください」などの、お願いやお勧めや禁止事項などをつぶさに読んでしまう。まさに注文の多い料理店だ。

 読み終えて暫くの後、熱々の揚げたて天ぷらの盛り合わせが、ちいさな籠に入っての登場。いか1、えび2、ちくわ1、さつまいも1、たまねぎ1、かぼちゃ1、ごはん、みそ汁、漬け物、以上580円(税込み)ナリ。激安!しかも祇園なのに。

 揚げたての天ぷらなんて、主婦はまず(つまみ食いを除いて)食べられないから、とても豊かな気分になる。そのあと入店してきた若い女性3人組も、あついあついと言いながら大喜びで食べてらした。

 お店は「串かつ 串や」さん。思わぬ出会い頭のラッキーなランチに、大満足でそそくさと食べ終わり、店を出れば、ほどなく建仁寺の門に到着。

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