2014/9/30

拾翠亭はお公家さんの別荘/1F  建築

 木立を抜けて到着しました!

 「拾翠」の名は、緑の草花を拾い集めるという意味。平安時代に、貴族がのどかな春の日に野辺に出て草花を摘んで楽しんだ、という慣わしに因み名づけられました。また「翠」という字は、みどりの美しい鳥のカワセミという意味も。かつては九條池に、多くのカワセミが飛来したことから名づけられたとも言われます。

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 この杖をつくひとは私ではありません。杖はついてないし、もうちょっと?若いです。

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 扉をくぐって、

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 最後尾で進んで行きます。

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 先ずは一階で案内を聞きました。拾翠亭は「数寄屋風書院造り」という希少で貴重な文化遺産です。外回りには縁高欄と言われる手すりが施されています。

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 鴨の行列が水の上を横切っていきます。

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 少し引いてみると、上には簾(すだれ)、下には手すりが見えます。

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 ここでガイドさんの説明を聞きながらも、まったり。

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 これは、西陣の織屋さんに宛てた手紙がそのまま掛け軸になったもの↓

 千少庵(千利休の娘婿で千家2代目)筆 書状 井関妙持宛 京都西陣の織屋・井関妙持に宛てたもので画家俵屋宗達の茶会へ同行しようと誘っています。

(釈文)
来る二十一日の昼 俵屋宗達
振舞ひ之有る可き由 御とも申す可き候
かしく (花押)五月十八日少庵より
〆妙持老参る  とのこと・・・

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 この独特な障子の貼り方は、紙の継ぎ目を故意にずらした「石垣貼り」というらしいです。御所や茶室などに使われる高度な技術を必要とする貼り方だそう↓

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 くつろげるわ〜! ここの廊下の角もシャープに継がれています。

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 ガイドさんの説明が終われば、移動しまあす〜。次なる物件へ。

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 HPをみたら、なんと拾翠亭は、茶会、俳句・和歌・短歌の会、読書会、謡曲会(素謡)、歴史研究会、漢詩研究会(吟詠)などの行事に限り、半日(2時間半)6千円でお借りすることができるそうだ。すごいね、京都! 
 気候のいいときに、こんな場所で読書会ってステキかも。テキストはやっぱり古典かな。

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 百日紅が翠の池面に映えて、晩夏の風情にうっとりする。

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 お茶室には入れなかったけど、鬱蒼と暗い部屋の土壁から浮き出た錆が、初夏の夜に発光するホタルのように見えるので、「ほたる壁」というらしいです。

 ところで、夏の特別公開が終わっても、拾翠亭は見学できます。3月1日〜12月27日の毎週金曜、土曜、そして葵祭、時代祭、春・秋の御所一般公開日には、100円の料金で、入らせていただけます。開館時間は、午前9時半〜午後3時半。クローズが少し早いので、その点はお気をつけて。
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2014/9/29

御所から九条邸跡まで  建築

 建物はレンガ作りでモダンな近代建築なのに、外側は和風な同志社大学の前を通り過ぎると、向かいは御所。

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 しかし、御所は広い。そして入口もいっぱいある。

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 今回は堺町御門より入場。

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 御所の中より、丸太町通りを垣間みる。次元が異なるような風景。

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 かつては御所の周囲に、お公家さんのお屋敷が並んでいたとか。明治維新後は、冷泉家を除いてお公家さんたちは、帝と共に東京に行ってしまった。

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 五摂家のひとつ、摂政になれる由緒正しいお公家さんだった九条邸も、本宅は跡地だけである。

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 本日訪問するのは、九条家の別荘だ。主に和歌を詠んだりお茶会をする別邸。「拾翠亭(しゅうすいてい)」と呼ばれている。ここは幸いにも残ったのだ。

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 池にかかる橋を渡る。折りしも、白無垢姿の花嫁さんがしずしずと橋を渡って来られ、すれ違う。京都のフィールドで花嫁姿って、流行なのか?

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 名残の百日紅が美しい。

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 あれに見えるのが、拾翠亭。絵になる。

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 九条邸の鎮守だった厳島神社も、池のほとりに残っている。

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 橋を渡りきると、ひんやりとした森に出る。

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 老い松が、いにしえへと誘ってくれる。

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 この厳島神社は、広島・安芸の厳島神社の分社の一つで、平清盛が母・祇園女御のため、現在の神戸に勧請して祀ったのが始まり。その社を九条家の邸宅内に遷座し、九条家の鎮守社となったらしい。

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 唐破風形の鳥居は「京都三珍鳥居」の ひとつ。唐破風(からはふ)とは中央部分を弓形に盛り上げ、左右になだらかなに流れる曲線をもった屋根の切妻部分に付いている装飾板の事。老舗のお風呂屋さんで玄関屋根になっている、あれです。あ、「千と千尋の神隠し」の湯屋の入口、とした方がわかりやすいか。

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 鴨がたくさん優雅に泳いでいたが、鳴き声はトリが締められる時のように、ギャウン!!という大声で、思わず振り向いた程だ。

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2014/9/28

急ぎ足でお茶室を見る。  建築

 茶花園でツルコケモモを購入したあと、れんくみさんとはぐれてしまっていた。でも単独行動はいつものことだし、帰り道を急げば追いつけるだろう。

 しょうざんの庭園には、京都各地から移築した茶室や屋敷が点在している。

 創設者の松山氏は、京都の老朽化した名建築をこちらに移築し改修した功績がある。移築してきた茶室が3つあり、大徳寺からのものが聴松庵(ちょうしょうあん)と玉庵(ぎょくあん)。

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 聴松庵は裏千家・玄々斎の設計による茶室で、明治維新後、大徳寺から何度も場所を変え、ここに移築された。出入口の横が床の間になっている下座床(げざどこ、しもざどこ)の様式で、突き上げ式の窓がある。

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 こちらは玉庵の外観↓

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 玉庵は、現在も使われているそうだ。

 これは酒樽から作った酒樽茶室↓ ほとんど秘密基地だ。金に糸目をつけない豪華建築だけでなく、こんな素敵物件も、よくぞ移築してくださった! 松山氏、えらいぞ!

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 かつて西陣の豪商の山荘にあったものを移築されたもの。

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 酒樽茶室から目を西に向けると、鷲ヶ峰三山(鷹ヶ峰 鷲ヶ峰 天ヶ峰)があり、庭園の借景となっている。

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 山水が流れる小川のせせらぎを聴きつつ、

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 ちょっと急ぎ足。れんくみさんに追いつかなきゃ。

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 モネの絵のように睡蓮が夢見ている! そういえばモネは日本庭園を真似て、自分の庭を造ったんだっけ。

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 夏には涼を呼びそうな風景もあり、

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 秋の風情にしっとりと佇む風景もある。

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 目に緑が染込むような、美しい苔だ。

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 水辺の社は、やはり弁天さまだった。

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 となりに静かにいらっしゃるのは、石地蔵にお顔を描かれた化粧地蔵さまだ。頭が黒いのが、なんだかかわいい。お花の容れ物がマグカップというのも、微笑ましい。

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 れんくみさんにはぐれたまま、出口に来てしまった。出口の岩には彼岸花が三本。

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 思い切って出るも出会えず途方にくれる。とはいえ、お土産の買えるホールがあったので、そちらに入って物色する。たぶん彼女はまもなくここに来るはず。ほどなく、れんくみさんが追いついてくれた。安堵。安堵したので、物色した物件を購入する。

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 ペーパーナプキンに目がないのです! 北斎の浮世絵をプリントしたものと、和風賽子(さいころ)プリント。

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 たぶん京都国立博物館で今秋開催される『鳥獣戯画展』で販売されるだろうなあ・・・と思いつつ、先取り。
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2014/9/27

茶花園!!  おでかけ

 今回の旅では、わりに自由時間が取られているので、さほど忙しくない。とはいえ、がめつく見たい私(たち)は、常にバスへ戻るラストランナー(走れないけど)だ。「しょうざん」は峰玉亭とともに庭園が主役みたいなものだから、さあ、ゴハンが済んだらダラダラせずにお庭を散策だ! 

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 どうせ時間が足りず見られないだろうと思い、予習不足で何があるのかを把握してなかったのが残念だが、帰り道にあるものだけでも見ていこう。

 と思っていたのに!

 なんとなく、鄙びていい感じの入口をくぐってしまったら。そこでれんくみさんと二人して鷲掴みにされてしまい、テンションマックス!! 京都ゆかりの茶花や山野草を展示販売している茶花園に、足を踏み入れてしまったのだ。

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 まずは入口にあった「美男葛(びなんかづら)」の、まだ青い実にぞっこんだ。子どもの頃、近所の家の生け垣に混じっていて、大好きだったのだ。
 れんくみさんも覗き込んで「きゃー、これなにー、かわいい〜!」と、初対面の美男葛に一目惚れ状態。やはり類は友を呼ぶらしい。体温が上がるくらいテンションが高くなる対象物が、マイナー物件なのに被ることが多いみたい。

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 山中にひっそりと宝物のようにありそうな草や実が、かわいらしく陳列してある! 若い清楚な女子たちにときめくオジサンの気持ちが、よくわかる気がする(汗)

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 美男葛に引き続きドギュン!!とされるは、苔玉に植えられたツルコケモモ!ノックアウトだ。しかも税込み千円だ。

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 ピンポン球くらいの実がなっている盆栽の柿もキュート! ここまでの大物になると、さすがに「買う〜!!」とは思わない。

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 これはコナラ? ブナ? 盆栽なので、小型に成形されているのかも。

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 あ〜! 柏だ! これがあれば、ウチで柏餅がつくれるぞ!(いや、餅とアンコがなければ、ムリムリ〜)

 すっかり気持ちが盛り上がった茶花亭は、もしかしたら、迎賓館・峰玉亭より興奮したかもしれない(汗)

 さんざん悩んだあげく、ツルコケモモを購入しました♡

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2014/9/26

峰玉亭の贅沢  建築

 なにげなく廊下にあるこの筒は、遠目から見て「まさかのスツール?」と首を傾げていたが、なんと消火器収納箱だった。

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 廊下は栃の木の床だった。栃の木肌は裸足で歩くと、とても気持ちがいいですよ! と案内のおじさんがおっしゃったので、「生涯に栃の廊下を歩くのはこれきりかも」と、列の最後尾につき、靴下を踵まで脱ぎ踵を出して歩いてみた。なるほどまるほど、確かにちょっとない心地よさ。すべるでもなく吸い付くでもなく、足離れよくて着地したらスッと足裏が馴染む。冷たくもなく、ほどよい柔らかな感触。「いいね!」と指を立てたい。

 廊下の天井も、やはり竹で案の定凝りまくり。

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 廊下の収納棚扉は、網代に編んである。

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 伊藤若冲か?とも言われているらしい鶏の絵。

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 うーん、たしかに「らしい」けど、若冲にしてはまっとうすぎるのでは。

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 写真ではわかりづらいけど、障子の桟が「面とり」してある。驚愕!

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 施主のお気に入りの窓。入口で見たのがこれだったのだ。

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 欅の一枚板の床板など、全国から選りすぐりの材を集めてある。欅の一枚板でも格別に美しいと言われる「玉杢模様」も浮かび上がっている。

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 薄暗い廊下の突き当たりに、例の花頭窓があり、その向こうには吊り下げ式の花入れ、もしくは香炉が? 絶妙なポジションにいる。

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 なんとも不思議な生き物。そしてやっとここで、茶目っ気のある洒落たものに出会えた。

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 峰玉亭を出て、敷地内にある近くの「紙屋川別館/湧泉閣」さんで、おまちかねのお昼ごはん。

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 玄関ではお花のお出迎え。

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 上がりかまちも、民芸風に凝っている。

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 畳に座ることが出来ないので、事前に電話で高座椅子を所望し、用意していただいた。当日に、お仲間が数人いらしたことを知る。
 お食事は上品だけど、満腹になった。黄色いお皿の赤い丸い実は、巨大なヤマモモ(たぶん)で、珍しい。 またオクラや湯葉と付け合わされた赤いものは、梅の甘煮?と予想していたら、完全にはずれで。湯ムキしたプチトマトでした。
 
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2014/9/25

峰玉亭にて  建築

 峰玉亭は庭園の中に建ち、しょうざんの創始者・松山政雄氏が1955(昭和30)年に建てられた迎賓館で、数寄屋造の名建築だ。松山氏が大工に細かく指示をして作り上げたが、完成直前に施主は病に倒れ、できあがった峰玉亭を見ずにこの世を去った。宮大工によって釘を一本も使わず建てられた屋敷は、完成まで3年を要したのだ。

 写真は撮れなかったけど(後がつかえていたので)、六曜舎のタイルを小振りにして、さらに渋くしたような玄関に敷き詰められたタイルは「織部焼き」だとか。一枚一枚が微妙に違うところが、いかにも手づくり。大変珍しいものだそうで、渋い緑のグラデーションが美しかった。

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 上品な平安朝の掛け軸が、玄関でもてなしてくれた。

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 大きな変形花頭窓のある書院風の棚は、帯や着物を広げて商談をするためのもの。

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 へりに使われている杉は「さび丸太」といい、わざとカビを生やして、それを落とした痕を模様として楽しむという手のかかった?逸品だ。間違っても「タケノコの皮みたい」とか言わないように。

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 戸袋の瀟洒な絵は、今宮神社の「やすらい祭」の様子らしい。 

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 天井はすべて竹が使われている。胡麻竹や煤竹などの高級品だ。煤竹は民家で使われて煤がついたのものを解体した、高級リサイクル品。以前に使っていたとき紐などで縛られていたなごりの、煤がついていない箇所が模様となっており、その模様を楽しむのがツウらしい。

 細く敷き詰められているのは、びわ湖の葦。

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 この部屋は、京都を愛した文人の歌が掛けられているので「吉井勇の間」と呼ばれている。

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 次は「栖鳳の間」。竹内栖鳳による掛け軸↓

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 むちゃくちゃうまい人だけど、茶目っ気がないのが惜しい(そこか!?)

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 江戸期の狩野派の襖絵は、元々屏風だったものを襖絵にしたものだそうだが。

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 開くと胴がまっぷたつに!

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 こちらはお母さん鳥の、首が、くびがあぁー!

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 く、くちばし、くちばしが、こんなことにー!! ・・・というオソロシイ事態が巻き起こっていた。

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 それらを、静かに見下ろす霧島杉天井。

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 やはり、屏風のまま、そっとしておいてあげた方が・・・(こっそり)
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2014/9/24

リゾート地に足跡を記す。  おでかけ

 街中から、だんだんと山に向かって行き、蛇行する山道に入り、まるで理想郷のような地へ。ドヴォルザークの『新世界へ』が脳内に流れるような別天地。そりゃそうだ、「リゾート」なんて縁の無い人生だったもんな(笑)
 あまりに衝撃が大きすぎ、このへんの写真を撮りそびれた(笑) そして、パリッとした制服を着込んだお出迎えのおじさんが、退屈そうな顔で出迎えてくれた。これも、リゾートなのか?

 門をくぐり、広大な庭園を歩く。翡翠のような苔がびっしりと敷き詰められ、

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涼しげな青紅葉が枝を広げ、山水から引いたような小川が流れ、

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威風堂々な庭石が点在する。

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どうだね、明智君?という自信満々な二十面相の声が聞こえてきそうだ(そらみみ)。

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 むろん植栽の中心は、紅葉もさることながら北山杉。

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 しかし、春には花粉症の方にとっては、むずかしい場所になるかもしれない(汗)

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 岩の間からは、ど根性のある彼岸花が、すっくと咲いていた。

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 ひんやりとした、森のような空気は、盛夏には一息つける心地になっただろう。なるほど、「夏の旅」には打ってつけの場所だ。

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 ふうんそうか、北山杉って御所や離宮に使った「朝廷御用木」なんだ。

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 一分の隙もない端正な美しさなんだけど、もうちょっと「雑然」が好きな私には、ちょっと面白みに欠けるなあ。まあ、こっちが庶民だから仕方ない。

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 と、退屈気味なところに、狛犬登場(笑) やはり狛犬さんも正統派だった。

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 端から赤みがさし始めている紅葉。さすがに山の中だけあって、季節が少し早いみたいだ。

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 というようなアプローチの末、やっと峰玉亭に到着する。横長の変形花頭窓がお出迎え。この形の窓は、創設者のお気に入りだったことが、このあと判明する。

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2014/9/23

バスの車窓より  おでかけ

 さて花街・島原はここまで。次は、ウールの着物を考案して財をなした故・松山政雄創設者が、「美しい着物をつくるには、美しい環境で」という哲学のもと、作り上げた一大リゾート地「しょうざんリゾート京都」へと北、鷹ケ峯へと向かう。

 西大路通を北へ進む。平日なのでかなりスムーズ。北野白梅町までくると、平野神社前のフルーツパーラー「クリケット」をみたおばさまがたが色めき立つ。とても美味しいと盛り上がる一角。「平野神社」や「わら天神」ではなく、フルーツパーラーなのか・・・(汗)

 もうこの辺は、金閣寺界隈だ。

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 ずんずん北へ北へ。大文字山が近づいてくる。

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 和とも洋ともつかないお庭は、いったい・・・?

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 教会でした! マリア像です。

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 京都は神社仏閣のみならず、すてきな教会も、たくさんありますよ。
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2014/9/22

松の間ふたたび  建築

「網代の間」(天井が網代模様になっている)で特筆すべき場所を書き落としていた。

 高いところにある窓にも障子が付いているが、角屋さんのビューポイントとして「障子」は要チェック。それぞれの障子の桟のデザインが、ファッショナブルなのだ。ここでは5本の桟が十字になっている。その下の桟は、2本セットのストライプに真ん中で2本の桟が横切る意匠。角屋さんは粋でモダンで、しかも居心地がいい。退屈しない。

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 松の間でガイドさんの説明を聞く。ここも障子の桟がちがうでしょ? 斜めに入って菱形なのと、2本セットの縦横。床の間の桟は、「松の間」だけに松葉模様。それを言い当てた、れんくみさんは、さすが。

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 今回の旅で注目した縁側様の回廊の継ぎ目。ここは大きな板を贅沢に使い、バシッと斜めに切ってつないである。材はやはり松だそう。木目がしっかりと凹凸があったから、巨木だったのだろう。

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 庇(ひさし)も角材や丸材を使って、凝った作りになっている。もちろん輪違屋さん同様、庭がすっきり見渡せるよう吊り下げ式だ。柱はない。

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 庭には3つお茶室がある。

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 縁の下の石も、松の間の桟に合わせて菱形。

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 白砂の向こうには、

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 オープンカフェならぬ壁のないお茶席、「曲木亭」。何回見ても斬新。古田織部が見たら、大喜びしそう(笑)

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 シンプルだけどシックな欄間。

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 豪華だけど落ち着いた襖絵。

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2014/9/21

角屋(すみや)ふたたび  建築

 角屋さんについては、今年の春におひとりさまで訪ねたとき、すでにじっくりと書かせていただいた。 日本に現在唯一残っている「揚げ屋建築」なのだ。

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 「揚げ屋」とは「お泊まり」が出来ず、広い台所、お庭、お茶室、宴会所の4カ所が必須の高級料亭だ。花街といっても、江戸の吉原とはまったく別物。政財界の大物が出入りしたし、文化サロンでもあったので、有名人の書画もたくさん残っている。

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 今回は団体さんの案内で短時間なため、説明されていないこともあったけれど、今回初耳なことも、いくつか拾うことが出来た。その部分を紹介したい。

 たとえば「西郷(隆盛)サンが産湯を使った(といわれている)木製タライ」が展示してあった理由とか。

 これは敗戦直前に空襲が激しくなってきたとき、火が回らないよう事前に建物を壊しなさい、という命令が軍から出たらしい。「西郷サンが使ったタライがでてきたんどすが」という角屋さんが差し出したタライを、本物かどうか当局が調査することになり、しばらく解体が保留になった。担当者が、この建物が明治維新のゆかりの遺構ということを理解した故である。その間に戦争が終わったので、角屋の建物を救ったタライとして、丁重に展示されているのだとか。

 台所とお座敷の間にある帳場は、お運びさんたちの戦場と化す。行灯や燭台を置くと倒れるキケンがあるので、「八方」という吊り下げ式の大きな灯りを用いたとか。

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 同様の理由で、つまづかないよう土間と畳の間は段差を無くしたバリアフリーになっていること。

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 後にある大きな飾り竈(かまど)は三宝荒神を祀る為のもので、竈としては使われない。

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 前栽にある井戸の滑車は陶器で出来ており、これが「織部焼き」なのだとか。なるほど緑の釉薬が掛かっている。角屋ならではの、小粋でお洒落でハイセンスだ。

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 網代の間から松の間へ行く廊下にあった衝立。岸良筆の「布袋図」。

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絵柄はホテイさんだけど、その周りが螺鈿細工になってる! 400年前の琉球王朝で作られた琉球螺鈿らしい。

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2014/9/20

輪違屋  建築

 レトロな街灯のガラス面に描かれた「知恵の輪」みたいな模様が、店名にもなっている「輪違屋」のシンボル。創業は元禄元年(1688年)、置屋として始まる。現在も現役の置屋兼お茶屋だ。もちろん日本唯一の置屋。10年ぶりの公開だそう。

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 建物自体は明治4年に建てられたもの。京都市の指定・登録文化財になっている。

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 現在は太夫のみを抱え、太夫の教育の場であり、また、宴席の場として営まれている。表にある「観覧謝絶」の札は、いわゆる「一見さんおことわり」の店であることを示している。

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 2階が見どころだけど(だから?)、写真は禁止。旅のしおりの写真より↓

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 太夫道中に使われる傘を襖に貼り込んだ「傘の間」、本物の紅葉を使って型取りしたうえに彩色した壁が使われた「紅葉の間」が特徴的である。いずれも、もとは当主の部屋だった。

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 階段をあがると、「ぎやまんボール」というものが下がっている。これは客同士で会いたくない人と鉢合わせすることを回避するためのものだとか。なるほど、新撰組と尊王攘夷派志士が、ここに居合わせても不思議はないもんな。

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 ところで置屋は、才色兼備な「太夫」を育てる場でもあるとか。最高の女性をつくるためには、普段から「いいもの」を見ていないとダメなので、凝ったお部屋や調度があるのだとか。いまはさすがに住み込みの太夫はいないけれど、通いの太夫が若干名いらっしゃるとか。

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 太夫は美貌以外にも、日本舞踊やお茶やお花はいうに及ばず、香道、和歌、古楽器(邦楽)演奏、書道なども、師範級の腕前がなければいけないらしい。まさしくスーパーレディ。それだけに、客を選ぶことが出来る。大金持ちでも、高い教養を持った紳士でなければ相手にされない。

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 歴代の太夫の中でのナンバー1は、幕末から明治にかけて活躍した桜木太夫(さくらぎたゆう)だ。「維新の名花」「幕末の名妓」と呼ばれ、輪違屋においては現代に至っても、その源氏名は「永久欠番」扱いとなっている。

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 当初は桂小五郎の深い馴染みであったが、のちに伊藤博文の愛妾となる。伊藤がハルビンの 駅にて暗殺された後は、尼となり、京都市北区西賀茂にて隠棲したという。

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 さて、この長い庇には支えとなる柱がない。庭を柱で遮ること無くみられるよう、屋根裏からテコの原理でつり下げた跳ね上げ式になっているそうだ。この技術は現在に伝わっておらず、作り替えることは出来ないそうである。

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 そんな庇の下の廊下の曲がり角は、こんな風に組まれている。

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 継ぎ方はこんなかんじ。ギザギザとしてるのが、珍しい。

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 室内に入ると矢絣のように、リボンの端のようにV字型に継いである。

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 1階には、近藤勇の書を屏風にしたものがあった。実は山のように近藤勇の書いたものはあったそうなのだが、この屏風をのこして、すべて古紙回収になってしまったとか。ほかのところなら、襖の下張りになっているそうだ。京都では、新撰組はあまり人気がなかったもんなあ。

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 太夫の手紙を屏風にしたものもあった。こちらは営業のお手紙で「またお座敷に呼んでおくれやす」「近々来ておくれやす」みたいな内容だけど、風流に和歌で詠まれているそうだ。「手」もきれい(なはず)。

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 さて、輪違屋さんを出たら、「島原西門」をみたり「きんせ旅館」さんの前をとおったりして、次の目的地である揚屋さんの「角屋(すみや)」さんへ。私はここは2回目。数ヶ月前にしっかり堪能した場所だ。
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2014/9/19

京の夏の旅、リベンジ。  おでかけ

 当日になるまで、本当にいけるのだろうかと半信半疑だった『京の夏の旅 お屋敷巡りコース』、ちょうどいい曇天の中、めでたく決行できた。

 実のところ「明日のことは明日にならなければわからない」状態ではあったけれど、とりあえず予約しておいて、ムリなら、いさぎよく撤退することにしようと思っていた。

 前回の7月はドクターストップがかかり前日に撤退したけれど、むしろ涼しくなって動きやすくなったから撤退は好転だったかも。結果オーライ。とはいえ、前回のキャンセルはガッカリ度が大きかった。
 
 今回再度キャンセルなら、さらにハンパ無くガッカリしそうだったので、前夜になるまで気持ちにガードをかけていた(笑) 当日の朝、自分が家を出て初めて実感する。いやいや、窓口でチケットを買った時かも(笑) 

 ただし、まだ足は万全ではないので、ゆっくりと。バスの乗り降りも手すりを最大限に活用。たぶん昼食は和食だから「お座敷」だろうと踏んで、事前に業者さんに連絡を取り、高座椅子を準備していただいた。

 まさかのドタキャンも、当日の不「手」際、いや不「足」際といっていいような、「多々ご迷惑をおかけいたします的事態」も予想されるが、それらも許容していただけるものとして、れんくみさんにご同行いただいた。すみませんねえ。

 バス待ちをしているときに、最近お披露目されたばかりの「京都おもてなしラッピングバス」芸妓号、舞妓号、太夫号のうち、太夫号を目撃。最近ニュースで見たばっかりだったから、記念写真を撮っておく。

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 あとでバスガイドさんが、この件について詳しくお話してくださったが、花街の花見小路はシマ(管轄地域)が違うので、太夫号は入れないとのこと(笑) なるほど〜。

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 さてバスが発車。駅前の道、鏡のようなガラスのビルの前に、石碑が見えた。

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 そういえば今日訪問する角屋さんも、新撰組とは縁が深い場所だ。

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 西本願寺方面に向かって左折。西本願寺は新撰組が屯所とした場所だ。西本願寺側はいやいやだったらしいが。ここも予約者のみ公開していただける国宝の数々を、観に行きたい場所なんだけどな。

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 今春に降り立った丹波口駅近くの、卸売り市場前の高架下がバスの駐車場。そりゃあんな花街の細い道、バスは入れないよな。

 このあたりは「島原」と呼ばれているが、これは愛称。東山にあった花街を秀吉が1年以内にこちらの西方に移動せよとしたので、それが近年にあった島原の乱のように大騒動だったから、「島原」と呼ばれるようになったとか。

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 石畳の道を歩いて、まずは普段非公開の輪違屋さんへ。

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2014/9/18

ガラスのマント  季節

 ガラスのマントを纏った風の又三郎がやってきたような、冷たい風の日だった。爽やかな秋の到来。

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 昨日までは晩夏らしく緑の実だったハナミズキが、今朝は一気に色づいている。

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 柿の葉っぱは、補色のグラデーションだ。

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 空に向かうナツメの梢。以前は大木があったが、今はない。でもちゃあんと子孫を残していたのだ。

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 小さい実だけど、半分茶色く熟れてくると食べられる。さくっとしたリンゴのような歯ごたえ。

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 去年は台風で、半分枝がポッキリ折れてしまった柘榴だったが、今年もこんなに実をつけた。笑ったようにパックリと割れると、ルビーのような深紅の実がぎっしりと見える。こうなると食べ頃。

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 カラスが遊びでずいぶん、ちいさな実を落としてしまった。これは幸運にも残った、貴重な柿の実。渋柿だけど。

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 こんな風に目に見えるような足取りで、秋がお目見え。
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2014/9/17

はつものです。  たべもの

 まだ秋口だというのに、スーパーに行ったら、小振りながら生のズワイガニが。しかもパックの中で、ちょっと動いていたりする。気になるお値段は、なんと1杯298円! 喫茶店でコーヒー飲むより安いじゃないか!

 足が取れていないか、一番足が太いヤツは誰だ?と、入念にチェックを入れて2杯をカゴに入れる。

 一応おばあちゃんに蟹の茹で方は教わっているが、塩加減をメモっておくのを忘れていたので、ネットでちゃちゃっと確認する。

 下は茹でる前の蟹↓

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 で、これは茹で上げて冷まして解体した蟹。
 
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 おいしかったです〜〜♪
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2014/9/16

修行かバトルか・・・  おでかけ

 鮮魚屋さんが軒を連ねていたが、パックなんかじゃなく、緑のプラスチック皿か、台に直に乗せてある。昭和40年代の風景だ。最前列が「昼網」の蛸さんたち。
 そして横の赤い柵は・・・。

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 「厳嶋弁財天」さまへと続く入口。ほとんど店と店との隙間に聖域がある。これは行ってみなくちゃね!

 でもその前に、「かなり美味しい」とネットで評判の、隣の「たこ磯」さんで行列についてみる。せっかくなので、明石焼きも食べようという魂胆(どんだけ〜・古!) 「みつぼし」さんでランチセットにせず単品で注文したのは、こういう計画もあったからなんだけど・・・予想に反し、15個も出て来たぞ(汗) 10個なら、とタカをくくっていたのだけど、まさか15個とは。 

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 ほとんど修行かフードバトルのような気持ち。こころして取りかかる。なにしろ味も食感も単調なので、最初は美味しくても口が飽きて来てしまうのだ。たこ焼きより、よほど淡白だし。実はそもそも、私は「明石焼き」というものに対して、特別な感情をもっていなかったのかもしれない。失礼しました、ごめんなさいと明石焼きに対して謝りつつ、なんのかんのと淡々と完食(完食かよ?)

 あとは、満員の客をこなしていくだけの殺伐さにも、興を削がれたのかも。いや、私側の勝手なチョイスミスなので、味を追求しているお店の責任ではない。とはいえ、行列と満員の客をさばいている大阪のお寿司屋さんは、もっと和やかだった気もする。なにが違うのだろう。

 気を取り直して、弁天さまにお参りしとこう。早く足が治りますように・・・って、これ、弁天様の管轄じゃなかったな(苦笑)

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 突き当たりに、とてもちいさな祠があって、その手前で工事をしてるお兄ちゃんが二人。見かけはいかついけど、礼儀正しく親切に、道をあけてくださった。
下は祠側からみた通路↓

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 明石のマンホールには「しごせんのまち 135°」と書かれてある。日本列島と共に描かれているのは、「明石天文科学館」だ。次回はアタックしてみたい。

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 さて、商店街を駅に向かう方向に歩いて、そろそろナマモノを購入しようか。スミヌキをしてある生のタコの一番小さいのを購入。持ち歩くのに軽いから、というシンプルな事情なのだが、当然一番安いので(500円)、千円のをプッシュしていたお店のおばちゃんは、すっかりゴキゲン斜めで包んでくださった(汗) 家でタコを下処理して茹でたてを食べたら、いままで食べていたタコって一体?というくらい美味しかった。次回は「昼網」のだな。

 勢いに乗って「焼き穴子」も購入。こちらは2匹で1500円。我が家の女子たち(おばあちゃん含む)は穴子好きなのだ。

 こちらのおばさんは、わりあい愛嬌のあるひとだった。なるほど、いままでなんだかお買い物気分が盛り上がらないなあと思っていたのは、ホスピタリティ(おもてなし)とかサービス精神とかウィットやユーモアのある言動を感じなかったからなんだな。惜しい。

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 商店街を抜けて大通りに面したお店の暖簾。さすがは明石のお店だ。タイがかっこいい。

 明石焼きを待つ間に、地元で入手したイラストマップを眺めていたら、駅前のバスロータリーに「カリヨン」があると書いてあった!

 「カリヨン」! 定時になると、音階別についた鐘がメロディーを奏でる鐘楼みたいなものだ。ずっと前テレビで見て以来、憧れの物件なので、これは見に行かないと。あわよくば音を聴かないと! ということで、必死で歩く歩く。

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 ありました! 丸い穴にベルが収まっている。残念ながら「調整中」。

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 音はこんな風らしいです→https://www.youtube.com/watch?v=9K9mk4q3CKk

 駅中地下スーパーでめぼしい食材を買ってからエレベーターにのり、ふたたびホームの人に。さようなら、明石、そしてタイさん。

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 車窓からのオーシャンビュー。残念ながら曇っていたけど、明石海峡大橋もタンカーなどの大型船も見られました。
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