2015/1/31

ダイエットの発見  

 健康上の理由からダイエットを始めて4ヶ月。1ヶ月1キログラム減という、ゆるゆるな目標で出発した。おまけに「運動なし、食事制限なし、記録のみ付ける」という恐るべき方法だ。それでも3ヶ月までは順調に、グラフはゆるやかな下降線を描いた。

 しかし、4ヶ月目の壁、という言葉があるように(私がきのう作った)、リバウンドはしないけど、平行線のまま目標に歩み寄らずで1月は終了しそうである。

 何が問題だったのか? 例によって、ひとり反省会議を開いてみる。

 まず、「ダイエット」というものがどういうものかが、実践してみてよくわかった。イメージしていた禁欲的なこととは違う。そもそも運動はムリだし、「食べない」というプレッシャーは「食べたい」という欲望に変換されるので、リバウンドの恐れがある。ゆえにゆるゆるな戦略に打って出たのだが、発見もあった。

 なんと「自分を顧みられる」という哲学的な場所に身を置けたのだ。

 3ヶ月やってみてわかったのは、「空腹だから食べる」のではなく、「退屈だから」「手持ち無沙汰だから」、あるいは「腹立ちまぎれに」、ときに「さみしさゆえに」、そしてもちろん「美味しいから」という理由で食べることが多い。よって「食べ過ぎる」。

 「食べ過ぎた」という感覚を掴めると、「適量」で押さえることが可能になる。

 ところが、1月に突如バランスが崩れ出したのだ。なんでか。理由は「クロワッサン」のBNのダイエット特集だ。このメソッドを取り入れてしまったのだ。

 ダイエットは多分にパーソナルなものだから、「メソッド」というのに頼りすぎてはいけなかった。しかも「これはしてもいいですよ」という安心ワードに摺りより禁止事項に関してはスルーするという、とんでもないトラップに掛かってしまったのである。

 もう一度、初心に返らなくては。オーソリティーの囁きに耳を貸すことなく、自分のからだに問いながら、3ヶ月かけて発見した自分の方法でやっていこう。

 明日は2月。初心に返るには遅くない。だって旧暦の正月は立春なのだから。
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2015/1/27

神の恩寵を知る。  読書

 1月のヤング読書会の課題本は、児童書で150ページ余だったので、二日前から集中して読んでみた。課題本は、国松 俊英/著「ここが世界の中心です―日本を愛した伝道者メレル・ヴォーリズ」(PHP研究所/刊)だ。「ヴォーリズ建築」で有名な建築家にして実業家。建築会社のほかにも、薬品会社、病院、学校を経営された。現在の近江兄弟社を創設したアメリカ人、ウイリアム・メレル・ヴォーリズ氏を、「キリスト教の伝道者」という視点で描いた児童向けの伝記だ。

 1998年の刊行だけど、残念ながら新刊では入手不可能らしい。アマゾンでの価格を見て仰天する。定価の倍近い2200円。

 児童書なので、きちんと読んだうえ、メモ書きも所定ページに挟んでいたので、今回は全部感想を言えたな・・・と思っていた。なのに、やはり帰宅後に怒濤の感想があたらしくこみ上げて来るという(苦笑)。


 私が生まれてしばらくして、入れ違いくらいに天に召された方なので、同じ町に住んでたとはいえ、リアルにお会いしたことはない。しかし、彼の妻である一柳満喜子先生が園長としていらっしゃる幼稚園に在籍していたので、そうそう他人とも思えない(いやいや思いっきり他人ですが・笑)

 子どもたちも同様の学園でお世話になっていたので、彼らのエピソードや生涯はひんぱんに耳にする機会があり、おおよそ知っているつもりだった。

 もちろんご夫妻とも、敬虔なクリスチャンでキリストの教えを固く守っていたことも知っていたし、なにより建学の精神精神は「イエス・キリストを模範とする人間教育」だったので、耳タコなくらい承知していたつもりだった。

 しかしまあ「イエス・キリストを模範とする」ことを、子どもたちが卒業してからやっと思い知るとは。自分を敵視し暴力を振るう人間をかばい、その上「おまもりください」と心から神に祈るとは。

 建築をはじめ、いろんな業績を残した人だけど、「汝の敵を愛せよ」を真摯に実践したところが、なにげに一番スゴイことだった。まさに「キリストを身近におきつつ、教えを忠実に実践した人」で、しかもチャーミングなカリスマ。

 才能豊かで人脈に恵まれた彼も、何度も何度も苦難や絶望の渕に立った。貧苦に喘いだり、病で命を落としそうになったり、さまざまな偏見や妨害にあい石もて追われたり。でも、不思議にそのつど救いの手がのべられ、寄付が申し出られ、新しい道をみつけるキッカケにもなるのだ。

 彼は、若い頃、生涯の礎となるような体験をした。
 ひとつは、法で決められたことを破りながら、警察や新聞社さえもがぐるになり、理不尽な不正がまかりとおる社会への怒り。
 もうひとつは、社会通念や学説として、不可能と「いわれている」ことさえ、忍耐と努力で道が開けることも、身を以て知ったのだ。

 そのうえ、最初、伝道にはまったく行くつもりがなかった彼が、まさに突如神の啓示に打たれ、近江八幡に来たことも不思議だ。 彼は子どもの頃から商才があり、彼の手にかかればモノが飛ぶように売れたそうだが、そんな彼が「近江商人」のまちに来たのも、できすぎているくらいの偶然だ。

 本のタイトル「ここが世界の中心です」の「ここ」とは、近江八幡市のことで、彼はこの田舎の小さな町を愛し、帰化して、ここに根を降ろしたのである。

 あらためて、彼と近江八幡市の不思議な縁を感じた次第だ。やはり、神様に愛された人なのだろう。あらためて神の恩寵というものがあることを知る。
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2015/1/25

「マッサン」は意外に身近。  

H氏が、仕事で市内の大手企業の工場長と話をしたときのこと。

 彼が忘れ物をして職場の工場に戻ると、トイレで「エリー」に出会ったそうだ。

 「エリー」というのは、NHKの朝ドラ「マッサン」のヒロインの名前で、本名はシャーロット・ケイト・フォックスさんだけど。

 どうもその工場が、「マッサン」のロケ地になったらしいのだ。倉庫にポットスチールや樽を運び込んでの撮影だったらしい。知らんかったわー。

 Kちゃんに教えたら、「野洲駅にも〈『マッサン』撮影中〉って張り紙してあったわ」、とすでに知っていた。

 灯台下暗し。意外と身近な朝ドラなのだった。
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2015/1/24

ロックな先生  ファミリー

 Kちゃんの大学のテスト期間が近づいて来ている。レポート提出も目白押しらしい。

 彼女がいうところの「ロックな先生」のレポート課題は「どうして若者は洋楽を聴かなくなったのか?」というお題だ。

 「どうしてやと思う?」と親に聞きに来るところが、かわいらしいじゃあーりませんか。

 それはやっぱりラジオを聴かなくなったからじゃないかな。

 「自分の聴きたいもの」だけを選択して聴ける世の中だから、逆に幅広く「知らないもの」「興味のないもの」が入ってきづらくなったから、というのもある。昔は「深夜放送」もあったし、LPレコードを両面丸丸かけてくれた、洋楽のラジオ番組すらあった。

 これは音楽に限らず、そもそもニュースだって、新聞とか雑誌でアラカルトにパッケージされた情報でなく、自分の知りたいことだけをピンポイントでしか拾わないから、どんどん「自分の世界」が狭くなっているような気もするし。

 というようなことを言ったら「なるほど」と納得してレポートに取りかかった。

 H氏にも念のため訊いたら、おおよそ同様の答えだった。その上、彼は「そんな面白い課題を出す先生、ウチに連れてこい、ゆーといて」という気に入りぶり(笑)

 ちなみにその先生は、授業の最後に「See you」と言って去っていくのだそうだ。
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2015/1/23

プロの案内人に遭遇す。  神社仏閣/教会

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 もともと養源院は、豊臣秀吉の側室・淀殿が、父・浅井長政の追善供養のため、21回忌法要の時(文禄3年・1594年)に創建した。

 一度は焼失したが、淀殿の妹で、徳川秀忠の正妻であったお江(おごう)の方(後の崇源院)の願いにより、元和7年(1621年)に伏見城の遺構を移築して再興された。以降、徳川家の菩提所となり、2代秀忠から15代慶喜まで徳川幕府歴代将軍の位牌が祀られている。 


 すごいお寺やんか〜!!

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 「血天井」は、養源院の廊下の天井だが、もとは伏見城の廊下だったものを、そのまま寺の廊下の天井として貼ったもの。つまり、お城の廊下をそのまま天井にしたわけだから、寺院の造りではないそうだ。お城の建て方の寺院なのだとか。

 なぜわざわざそんなことを、という説明をしてくださったのが、柴田理恵をきれいめにしたおばちゃんだ。

 慶長5年(1600年)8月1日に伏見城の廊下で自刃した200名を越える徳川家の家臣を供養するためとして、徳川秀忠の正室・お江が豊臣の寺を再興したのだ。
 死屍累々で徳川の家臣たちの血に染まった廊下は、伏見城で石田三成の軍勢を足止めし、関ヶ原の戦いを徳川の勝利に導いた勇猛果敢な家臣たちを顕彰するものでもあるのかもしれない。

 浅井三姉妹の父を供養するために建てられた寺が、豊徳合体をも体現する寺となったのである。

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 ところで、案内をしてくださったおばちゃまは(といっても同年代くらい)、声に張りがあり、気さくで明るい語り口だった。「血天井」の説明をするときも、「はい、壁にぴったりくっつくと判りやすいですよ!」と、鑑賞のアングルまでフレンドリーに教えてくださった。

 「ここがちょんまげ、ここが右手、こっちが左手で、この足は曲がっているけど、こっちはまっすぐ。」と長い棒をつかって天井を差しながら、これでもかという丁寧さで説明してくださった。倒れている侍の姿が、ありありと見えて来るようだった。

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 途中で若い住職(息子さんか?)さんにバトンタッチ。お二人で参拝者を案内されているのだ。俵屋宗達の「松図」が、いまだ現役の襖としてむき出しで保存されているのは、ここだけ、ということだった。若松から年月を経て老い松になるまでを、ぐるりと描いてあるそうだ。

 本堂の廊下はうぐいす張りで、静かに歩くほど音がするんだとか。そのため天下の大泥棒、石川五右衛門もお縄にされてしまい、南禅寺で油の入った釜に入れられた、と。
 えっ!? 油?? じゃあ「釜茹での刑」ではなく「カラアゲの刑」だったの?? うわ、みたくないよ、それは。

 それにしても、どちらの方の案内にも、惰性や事務的な感じはなく、「養源院」に誇りと愛情をもっている口調が好もしい。説明も詳しく熱が入っていて、楽しい。

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 帰り際に「いかがでした?」とちょっと心配そうに、おばちゃまが訪ねられたので、「よかったですよ。テレビの『ぶらぶら美術館』のお正月京都スペシャルを見てきたんです」と応えたら、とてもうれしそうだった。『ぶらぶら美術館』の収録は、好印象だったらしい。

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 帰りかける後ろ姿に、「あの、もしまだでお時間があれば、お江さんのお墓にもお参りされませんか?」と、おばちゃまから声がかかる。あ、それは行かなくちゃね。さすがアフターケアも行き届いている。

 私的には後半ぐだぐだ感がいなめなかったけど、大河ドラマ『江』を見ていてよかった! こんなところで役立つとは。少なくともあの時代の人間関係は、あれで学習できた。

 お江の母、お市の方(信長の妹)の供養塔。ビジュアルは鈴木保奈美イメージ。

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 お江さんの墓。ビジュアルは上野樹里イメージ。

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 イメージはアレだけど(アレって?)、それなりの感慨をもって、お二人にお参りできたのだった。
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2015/1/22

養源院の外で  神社仏閣/教会

 もと来た智積院の壁づたいに引き返す。まだ2時を回ったところだから、養源院にも行けそうだ。

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 さっき渡った横断歩道を、もう一度渡る。

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 京博向かいの三十三間堂まで戻り、手前の小路を曲がる。救急車が並ぶ献血センターの前を歩く。「献センター」が養源院への布石になっていたとは、このときには知る由もなかった。

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 まだかな、まだかな?と歩いていたら、門がみえてきました。門の前に大書してある文字は、

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 「天井」!!!

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 こわいよう。

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 鬼瓦が、さらにホラー感を盛り上げる。

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 境内に貼ってあった京都観光のポスター。

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 この象さんたちこそが、俵屋宗達が杉戸に描いた有名な象さんなのだ。それがここ、養源院にある。

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 この間口から廊下と二部屋ほどの、ちいさなお寺だが、お宝はすごいものがある(「血天井」含む)。
 俵屋宗達が描いた襖絵「松図」や、白象、唐獅子、麒麟を描いた杉戸絵(重要文化財)たちだ。
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2015/1/21

金堂と明王堂  神社仏閣/教会

 金堂に辿り着くと、修行僧さんたちが、お正月のお供えなどを搬出しているところだった。お寺も、日常業務に戻るということか。

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 屋根の端に乗る獅子が、凛々しい。

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 屋根の下にいる象が、不気味に笑う(汗)

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 中にいらっしゃるのは大日如来さま。

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 昭和につくられたものだから、ごく新しい。

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 しかし、京都の神社仏閣を知り尽くす、人呼んで「宣京師」の小嶋一郎先生がイチオシの、大日如来さまだ。ありがたや、ありがたや。

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 金堂の階段のめだたない横手に、並んで座って沈黙を守っていた若いカップルが。なんとなく別れの気配を感じたのは、気のせいか。身じろぎもせず、ひと言もなく。

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 カラフルな暖簾?の掛かる金堂を離れて、明王堂へ。不動明王がいらっしゃる模様。

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 鉦を打つと、思いのほか大きな音なので、ビクッとする。

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 上がらせていただこうと、ふと下を見ると、

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 こんなところにも、桔梗の寺紋が! そこまでするのは奇矯なのでは(ああ、オヤジギャグが)。

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 意外に高台だ。

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 段々を降りようとすると、目に飛び込む象。こちらは木肌の黒さながら、

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 輝く瞳! ダンボのように、いまにも飛び立ちそうだ。

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 獅子の瓦も、大空への飛翔を応援している(ように見えた)。

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 そして、あのカップルのその後が気になる。
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2015/1/20

講堂をひとまわり  神社仏閣/教会

 高名な画伯が描かれたらしい大きな襖絵が何枚もある講堂を、ひとまわりする。植物や風景が薄墨で影絵のように描かれたもの。私にはあまり興味がなかったものだけど。

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 南側の入口に面した廊下に回り込む。

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 (たぶん)行事の開始の合図となる鐘。上に掛けてある木槌のようなもので叩く。

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 広い縁側?と、暖簾?と影のコントラストが、ほのぼのする。

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 細長い手水鉢には、太い竹を渡してある。初めてみた。

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 暖簾?越しに見る庭も、いい感じ。

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 ああ、のんびりゆったり。

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 一部開いている講堂の扉。こんな場所に、装飾が。

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 心放たれるような、静謐で広い縁をゆっくり歩く。

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 先程のマンツーマンで案内されていた方に追いつくと、「いろんな部屋を巡って、私らが一番気にする場所は、『電灯が切れてないか』ということですわ」。職員はつらいよ。

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 お寺の縁側って、ほんまにくつろげる。もうちょっと暖かかったら、いうことないんやけど。

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 門を出て、さらに境内を散策する。

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 「仏足石(ぶっそくせき)」があったので、とりあえず写真を撮っておく。新しいし、別に遺跡とか貴重なものじゃないけど、案外みかけないからね。

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2015/1/19

奥の院で襖絵三昧。  神社仏閣/教会

 ささやかな枯れ山水を眺めながら、奥の院へ。

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 あまり見たことの無いような葺き方の瓦屋根。もしかしたら、高度な職人業を駆使しているのかも。

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 ささやかだけど、非の打ちどころの無いほど手入れされたお庭だ。

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 無心に泳ぐ亀のようにも見える。

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 渡り廊下フェチとしては、うれしい。わくわく。

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 向こうには、古そうなガラス戸がついた廻り廊下。この風情が好き。

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 入口にも木枠のついたガラスの扉。すてきだ。普段は非公開の場所「宸殿(しんでん)」は、貴賓室のある建物で、特別なお客様をもてなすお部屋がある。貴重な襖絵や屏風もある建物だ。普段は関係者すら入れず、「特別なお客様」がみえた時に、そとからちらりと覗くのが精一杯だとか(となりで知り合いの僧侶を案内されていた智積院の職員さんが話されていた。寺院の職員さんだから、むろん彼も僧侶である。淡々とした語り口がユニークな方だった)。

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 ところで智積院の「京の冬の旅」のチケットがこれ↓

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 堂本印象画伯の襖絵だ。タイトルは、『婦女喫茶図』。椅子とテーブルだが、こういう茶の湯の方式もあるのだ。「立礼(りゅうれい)」と呼ばれる。

 しかし、こういう弾けきった絵を襖に描くなんて、さすがは堂本印象画伯だ。アバンギャルド!

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 そして引き手が、飲み物の容れ物のようにも見える。狙ったのか、堂本先生? 智積院の寺紋・桔梗の図柄を傘に入れるところなんかも、お茶目。

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 こちらは「松桜柳の図」↑ いかにも日本的な主題なのに、大迫力だ。さすがの堂本先生の、「芸術は爆発」ぶりに大満足。
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2015/1/18

名勝庭園は調査中。  神社仏閣/教会

 門をくぐって、

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 色とりどりの暖簾??が翻る講堂を回り込む。

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 途中にお茶室の脇を通る。講堂自体が平成に出来たものなので、お茶室も新しそうだ。

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 順路の矢印どおりに行けば、大書院に辿り着く。ここが「名勝庭園」を拝見出来る場所だ。

 「名勝庭園」は座ってみるものなのだけど、残念ながら昨年来、座ること能わずな身になってしまった。せめて椅子があれば。ちょっと自信なさげな初老の男性が庭園の説明をしてくださる。

 おおきな築山の半分は、豊臣秀吉公が建立した祥雲禅寺(しょううんぜんじ・智積院の前身のお寺)時代に作られている。

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 バチ状の植栽がある向かって右側部分がもとからのもので、左半分は智積院になってから、中国の盧山をかたどって作られたものらしい。

パンフに掲載されている、増築された左半分の写真↓

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 「利休好みの庭」と伝えられているが、どのへんが彼の好みなのかは不明。まさかバチ状の植栽!? 東山随一の庭ともいわれていたらしい。そしてなぜバチ状なのかは、案内担当のオジサンにも不明だった。(あまりに気になったので、わざわざ後で引き返して質問したのだ)

 もともと国宝の障壁画は、かつてはここ大書院に飾られていた。それから庭園の池が、書院の縁の下に入り込んでいる。ということなのだが。

 残念! その池は現在調査中で水が抜かれてぬかるみに・・・。ヘルメットを被った調査員の方も、庭を徘徊されていたし。

 ということで、「名勝」としてのテンションはさがるさがる(悲) 写真を撮る意欲わかず。

 まあ、そんな中、拝観停止にもせず、築山だけでも拝見できたのだし、よしとするか、と気を取り直し。

 それに私の真の目的は、「京の冬の旅」で特別公開される、その奥の院なのだから。
 
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2015/1/17

智積院で襖絵三昧。  神社仏閣/教会

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 京博から山手に上がって行くと、すぐこの門に行き当たるけど、ここからは入れない。石垣の上の白壁に沿って、暫く南へ歩く。

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 智山派の「総本山」、というからには境内は広いのかも。それでも天龍寺ほどには、歩き回らなくてもよかった。

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 寺紋の桔梗をあしらった丸瓦と、吉祥の桃の瓦が載った入口。

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 お出迎えはこの方。ズームにしてみよう。

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 ちょっとエキゾチックな狛犬さんだ。ということは、手前にも吽(うん)形が?

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 いました! 牙がジャマなほど長い、まるで渡来してきたかのような、異形の方だ。

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 神社の鳥居のようなものが。結界か?

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 横手の道を見れば、不思議な光景が見えた。

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 閑静な石畳と松と小さな山門のむこうには、長いクレーン。

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 別の石畳を歩くと、木々の間を風が渡る。今時分の京都にしては、寒さが厳しくなくて助かる。

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 中空に紅葉のタネが、枝先で舞っていた。

 拝観料を払って、おみくじも買い、収蔵庫に入った国宝の長谷川等伯の障壁画を見る。桃山時代の防火のためとはいえ、明るくて見やすいとはいえ、ちょっと味気ない。

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 長谷川等伯といえば、本法寺の「涅槃図」が巨大で見応えあったな。愛弟子であり愛息子の久蔵をこれから、という時に亡くした悲しみがひしひしと伝わって来たっけ。ここでも等伯は、息子を失った悲しみを楓の絵に託していた。

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 パンフの写真の部分にはないが、「楓図」の徐々に紅葉していく葉っぱの様子が、さすがにきれいだった。ちなみに息子の久蔵は豪華絢爛な「桜図」を描いている。

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 それが永遠の眠りに就く一年前の遺作というのも、哀れを誘う。 

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 収蔵庫から出て、次は「名勝庭園」へ。
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2015/1/16

アバウトに旅立つ?  おでかけ

 丁度16日までの京都までの回数券が、1枚だけ余っていたので「使わねば」、と京都に旅立つ(大袈裟)。

 どこに行こうか?と少し悩んだ。いつもの当日発案なので、無計画である。行きたい場所は複数あるが、消去法で考えてみた。

 西本願寺は、予約が必要な部分がみたいので無理。去年行った清涼寺リベンジは、宝物館オープンが春か秋なのでダメだ。

 千本釈迦堂は、京都駅より離れているのと、予習した方がよさそうな場所なので、却下。萬福寺も行きたいが、これもストレンジャーな場所なので、黄檗方面の予習が必要と思われる(ランチの)。

 六波羅蜜寺に行くか・・・? せっかくのパスポートがあるので京博に立ち寄ってから。いや、六波羅蜜寺と京博は、ちょっと距離があったんじゃなかったっけ。

 それなら京博をちょっと流してから、智積院へ行って、時間があれば養源院に立ち寄るというコースが至近距離だし、いいのでは。と、でかける10分前に結論を出した。

 智積院は、かねてから行きたいお寺のひとつだった。堂本印象美術館で、ここに彼の襖絵があるという情報をキャッチしてからの悲願。でも京博と至近距離という行きやすい場所だけに、いつでも行けるわーとたかを括っていたので、逆に何年も保留状態だった。
 養源院に関しては、テレビでお正月の「ぶらぶら美術館」という番組の「京都スペシャル」をやっていたときに登場した場所のひとつだ。
 俵屋宗達の襖絵や杉戸絵がなかなか面白かったのだ。アクセスも三十三間堂の向かいだということが判明しているし、バッチリのコース完成。というところまでは、脳内計画が成立している。

 とりあえず、さくさくと行動するため、京都駅の「はしたて」さんで早いお昼(お正月あけなのでちょっと豪華に。お昼のお得なランチで)。その後、バスで京博に行く。大きな企画展がある明治古都館(本館)は4月までお休みなので、平成知新館での常設展の仏像と、着物、漆器などをぶらぶらと眺めて、のんびりする。

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 気持ちが落ち着いたところで、徒歩数分の智積院へ向かう。

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智積院は、「京の冬の旅」にも参戦されているので、日頃非公開の襖絵なども拝謁願えるのだ。よし、いざ!

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2015/1/15

たねや博物館  お買い物

 和菓子ラインに相対する壁面には、まるでレリーフのように、押し菓子の木型がずらりと! これはっ!!と、ひそかに大興奮! 清算までの間、近くのに見入ってしまう。

 清算する時に、写真を撮ってもいいかどうか訪ねたところ、「店内撮影できますので、ぜひ沢山撮ってください」と、非常にウェルカムな返答が返って来た。

 ということで、採集開始だ!

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 こんな風に、ずら〜〜〜っと。壮観でしょ? おめでたい鯛、エビ、鶴に、富士山、恵比寿さん、シッポがふさふさの長寿のシンボルの亀の姿も見える。仏事用の蓮の花やつぼみなども。
 藁葺きのお茶室やイカなんていう、珍しい型も見受けられて、面白い。

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 木型そのものも、長方形のものが多いが、羽子板型のものもあり、職人さんの使い勝手やスピードなどにも配慮されているのかも。
 
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 こちらの鯛はさっきのより古くて、よりリアル。鋭い歯をむき出しヒレも触ると痛そう。おめでたいもののシンボルというよりは、高価なホンモノの鯛のピンチヒッターなのかもしれない。

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 上方にいるこの鯛は、ちょっといじけて丸まっている感じが、可愛らしい。そして、下方には、シロクマ!? (黒いのかもしれないが)

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 ここにも「おめでたいもの」が集合。蕨の束が可愛い。

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 キノコの傘の裏のヒダヒダが、リアルっ! それがまた妙に美しい。このゾーンの極めつけは、飛行機ですな。用途が知りたい。子ども用?

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 オシドリがかわいい。伊勢エビがリアル。竹の表現がさまざまなのも面白い。

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 タケノコに栗の葉っぱ、玉手箱に、精緻な意匠のもの。観察力と職人業の融合だね・・・と感心しきりな私に、突然の不運が!

 デジカメに「電池切れです」の表示が(悲)

 あああ・・・もう一個、どうしても撮っておきたいものがあったのに!!

 茶聖・千利休(たぶん)のまわりを取り囲む茶道具たちの型があったのに・・・!!

 もしも「ラ・コリーナ」にこれから行かれる方は、ぜひこの店内ミュージアムをご覧ください。とっても楽しいですよ。私もリベンジしなきゃ(「茶聖」を採取するために・汗 それと、次回はカレーパンも買わなきゃね)
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2015/1/14

まずは商品を物色。  お買い物

 入店して右側に行くと、バームクーヘン.コーナーになっている。いままでのラインナップを遥かに越えたバリエーションの多さに驚く。ごく小さなバームクーヘンも箱入りで販売しているし、いままで通販でしかなかった個包装のバームクーヘンも販売されていた。毎日がバームクーヘン祭のコーナーだ、わっしょい!

 でも今日はバームクーヘンには用事がないので、スルーして奥に行くと、地味に照明の落としてある一角に、ひっそりとパンが並んでいた。それが私の“クラブハリエ ジュブリルタン”との初対面だった。彦根の行列のできるパン屋さんだ。

 行列どころか、お客さんがだれもいないパンコーナーで、ゆったりと、よりどりみどりで、買う気満々。初めての場所では必ず買うクロワッサン、それにバタール、小さなドライフルーツ入り食パンを購入する。こんなにゆったりと買えるのは、もしかしたら開店間もない平日の、今だけかも?

 もう少し賑わっている場所に出ると、一部屋に和菓子のラインと洋菓子のラインがあり、和菓子のラインを物色する。駐車場にはあれだけ車が停まっているにもかかわらず、どの「たねや」の店より、ゆったりと物色できる。多分2階のカフェ?が人気なのだろう。

 シーズンの「椿餅」も魅力的だったが、ひとりで一箱は、ゼンゼン無理ではないが、一応ダイエッターとしては辞退すべきだろう。お正月バージョンのお干菓子の小箱にしておく。

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 昨年同様、一富士、二鷹、三茄子。それに大根と八幡まつり(の1日目の松明まつり)の松明が、新たに参加していた。

 そして、なにげなく後ろを振り返ったら、そこには「たねやミュージアム」とでも呼びたいような物件が。
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2015/1/13

ラ・コリーナ!  お買い物

 本日は、介護用品(子ども用補助便座)を探しに西松屋(!)へ。お目当てのものを購入後、実家に立ち寄る予定だが、その前にちょっと寄り道をしたい。さてどこへ。選択肢はいくつでもあるが。

 そうそう、近江が誇る全国区なお菓子屋さん「たねや」が、自然と人間との共生をはかるという壮大なテーマで作った新店舗「ラ・コリーナ」に行ってみようか。この9日にオープンしたばかりだし、野次馬根性で覗いてみよう。

 しかも建築と内装は、なんと藤森照信氏のデザインなので、これは興味津々だよね。

 場所はかつてプールや宿泊施設、宴会のできるレストランがあった元・厚生年金会館。スライダーのあったプールは幼稚園児のKちゃんも大喜びだった。お兄ちゃんの幼稚園の卒園祝賀会もここでやったっけ。時間つぶしにカフェに立ち寄ったり、読書会後のランチに出かけたりもしたっけ。近江八幡市ゆかりの人なら想い出のある施設だったが、「ラ・コリーナ」は、そこを更地にして、一から作り上げたらしい。

 やはりオープンまもない話題のお店なので、入口には交通整理のオジサンが2名。入口からの道は舗装されているけれど、ラインの替わりに細長い石が埋め込まれて、ガタガタする。あえて、わざわざそうしてあるみたいだ。

 広大な駐車場に車を停める。広々としているのに、殺風景ではない。向こうに山の連なりが見えるからか。

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 駐車場からのアプローチが長い。でも面倒くさくない。なんだか不思議にワクワクするアプローチ。

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 このキノコのようなもののてっぺんから覗いているのは、柿の木!

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 ものすごく木のいい香りがしたので、しばしキノコの傘の下に佇む。うっとり。

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 足元を良く見れば、アプローチに練り込まれているのは藁だ。アプローチのあちこちにある緑は、笹みたいだ。なんとも不思議な感覚の空間だ。ちょっとした異次元。でも心地いい。

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 そういえば、駐車場のラインは芝だったっけ。テーマは自然との共生。

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 屋根の下に並ぶ柱もいびつな形で、木の皮を取ったままのように見える。面白い!

 じゃ、ドキドキで店舗に入ります〜♪
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