2015/7/31

もうしわけございません(平伏)  

 7月分は、現在下書き中です。8月中に順次アップしていく予定(汗)

クリックすると元のサイズで表示します
1

2015/7/9

京都和菓子ミニツアー  おでかけ

 今日は降水確率100%のなか、ささっと京都へ。期日間近のJR回数券を消費するため、さっと行ってさっと帰れる企画って・・・と考えたら、「市営地下鉄烏丸線沿い/京都和菓子の老舗を訊ねるショートトリップ」に決定。

 目的地は「末富」&「亀末廣」に決定。

クリックすると元のサイズで表示します

 まずは御池で下車して2分の「亀末廣」さん。新風館の向かいの角という、わかりやすさ。

クリックすると元のサイズで表示します

 HPもなくFBもなくデパート販売も通販すらなく、店頭販売のみらしい「亀末廣」さん。しかも日祝は休業。

クリックすると元のサイズで表示します

 これだけでもう、興味津々じゃないですか! 京都の老舗の面目躍如たるお店。

クリックすると元のサイズで表示します

 金儲けゆうても、そんなもんなんぼのもんどすえ。細う長ごうが一番どす・・・と沈黙の中で語っているかのよう。清々しいわー!

クリックすると元のサイズで表示します


 いかにも老舗の店構えだけど、意外に店内は小さくて、町内の田舎の駄菓子屋さんほどの広さ。手に馴染み飴色に風合いが出た、カーブの優しいカウンタ―も昔懐かしい感じ。あまりに好きなテイストすぎて、内心では叫びまくりでした(笑)

クリックすると元のサイズで表示します

 少なくとも昼間は灯りは自然光のみ。雨降りなのでお店に入ったら薄暗くてびっくりしつつ、すごく懐かしかったのは、子どもの頃、隣のウチに遊びにいったときのことが、瞬時に思い出されたから。もしかすれば京都人の「始末」ということかもしれない。

 出てきた職人さん(らしき方)は、一見さんの私にわりあいクールな対応(でも不親切ではない)だったけれど、あとに出て見えた奥様はすごく気さくでかねてからの知り合いのようにあたたかく接してくださった。とても素敵な生け花について語り合う。


 狙いの「京の土」がなかったのが残念だったけど、ここに来たら必須の「京のよすが」のミニ亀甲箱(一番安いバージョン)と、涼菓「婦くみづ」は買う事ができた。

クリックすると元のサイズで表示します

 この瓢箪(ひさご)形の生菓子の餡は、白餡とも黄身餡とも違う上品なあじわいだった。口当たりも経験したことのない(餡なのに!)さっくり感。生菓子なのでお値段はなかなかだったが、それに見合うやんごとなき味。1個しか買えなかったのに、紙箱入りで包んでくださった。

クリックすると元のサイズで表示します

 夏の定番菓子「婦くみず」。細く流れる山間の清流に手を浸したような、目にも涼しく爽やかなお菓子。わずかに入ったペパーミントの絶妙な味わいが、格別。

クリックすると元のサイズで表示します

 見た目よりは堅めで、こう言っては身も蓋もないのだけど、駄菓子の袋入りゼリーくらいな堅さ。けれどこの堅さなので、切ったとき鋭角に飛び散るカケラも涼しげだ。それも計算どおりということか。
 
クリックすると元のサイズで表示します

 「京のよすが」ミニバージョン、亀甲箱入り。中身は、当然季節で変化する。

クリックすると元のサイズで表示します

 箱の模様も、かけられる紙紐の色も、シーズンで変わります。
1

2015/7/7

七夕に水無月。  たべもの

 七夕だったので、七夕っぽい和菓子を探しに駅前の「梅元老舗」へ。

 ここは季節の生菓子が常備されているので、たまに行く。七夕の生菓子はあったけど、今回は食べたい感じの種類ではなかったので悩みつつもパス。結局、買ったのは「水無月」(7月だけど)で、1個100円以上って高いなあ・・・と思いつつも一番少ない3個入りをお買い上げ。プレーンと抹茶と黒糖の三種各1個入り。

 帰宅して抹茶味から食べてみたら、絶妙にひかえめな甘さと正真正銘な抹茶味にノックダウンされ、引き続き残り2個も完食してしまう。素材感がダイレクトに感じられて、感動的。これ、決して高価じゃなかったんだ、と納得。ちょっと小振りで、食べやすい、丁度いい大きさでした。

 という風に、そそくさと完食したので、写真はなし。まあ、味は写真じゃつたわらないから。どうも、あしからず。
 
0

2015/7/6

京都駅で和菓子。  おでかけ

 7月2日
 我家の初朝顔開花。

クリックすると元のサイズで表示します

 7月4日
 ちらっと立ち寄った京都駅は、コンチキチンで一気に祇園祭ムード。和菓子の祇園祭コーナーを物色してから、トンボ帰り。滞在時間30分くらい。構内には祇園祭の各山のチマキや手ぬぐいも展示されていました。

クリックすると元のサイズで表示します

 山鉾を描いた麩煎餅↑

 コンチキチンが流れる京都駅構内。改札の上には提灯も↓

クリックすると元のサイズで表示します

 7月6日
 FBともだちの高野さんに触発され、雑草扱いされているドクダミを引っこ抜いて乾燥させ、「どくだみ茶」をつくってみた。今朝初めて、おそるおそる飲んでみたら、ほのかにジャスミンティーのようで、意外に飲みやすくてびっくり!

クリックすると元のサイズで表示します
1

2015/7/5

日野を歩く。  おでかけ

 教えてもらった骨董店近くの観光案内所駐車場に車をとめ、歩いてみる。
 
クリックすると元のサイズで表示します

 老舗薬屋の看板を掲げた案内所。隣には蔵もある。

クリックすると元のサイズで表示します

 日野商人繁栄の素となった有力商品の説明↓

クリックすると元のサイズで表示します

 現在も伝統産業として続いている。

クリックすると元のサイズで表示します

 街灯も「てんびん」を模しているのか?

クリックすると元のサイズで表示します

 そもそも近江日野商人は、日常雑器として使われた椀の行商から始まったといわれている。

クリックすると元のサイズで表示します

 町並み拝見。

クリックすると元のサイズで表示します

 閉店ギリギリの骨董店には行ってみたけれど、ちょっと私たちにはグレードの高いお店だったので、小さなお皿を少しだけ購入。 

クリックすると元のサイズで表示します

 夕方近くなったので、本日はここまで。
 
クリックすると元のサイズで表示します
1

2015/7/4

日野町初探訪  おでかけ

 今日は、まずDIYへ行って板を買い、老朽化により沈む台所の床の上に敷いてとりあえずの処置。滋賀県のDIYには、こんなものも販売されている。

クリックすると元のサイズで表示します

 午後は、夫婦で磯料理の美味しい店「新鮮組」(近江八幡)に初参戦。読書会メンバーからの情報で行ってみたら、魚にうるさい夫も大満足。おいしい沈黙の中、完食。

クリックすると元のサイズで表示します

 その後、八日市図書館へ行きかけ、気まぐれに日野に行ってみよう!と変更したものの、例によって迷子に(笑) どんどん山の中に入ってゆき、電流の流れるイノシシ除けの策や、落石注意だらけの道に迷い込む。

クリックすると元のサイズで表示します

 引き返します。

クリックすると元のサイズで表示します

 歴史ある町並みの日野で、デッドストックのゲイラカイトや、板に絵柄の紙を貼付けた安物の羽子板や、昔懐かしいメンコやコマを販売している、半分おもちゃ屋半分駄菓子屋のレトロショップをのぞく。

クリックすると元のサイズで表示します

 滋賀県にはタイムスリップできるお店が出会い頭にあるので、行く先々でそれなりに楽しめる♫ 

クリックすると元のサイズで表示します

 一応、H氏情報では「日野に素敵な骨董店がある」ということなので、駅前の観光案内で聞いてみよう。オモチャ屋から少し歩くと駅まで行ける。

クリックすると元のサイズで表示します

 これでも駅前だ!! むろんJRではなく、近江鉄道。

クリックすると元のサイズで表示します

 無人だが、燕は複数、待合室を飛び交っていた。フン対策の新聞紙も、無造作に敷かれている。

クリックすると元のサイズで表示します

 それでも駅舎マニアなら、グッとくるかも。私もグッとした。

クリックすると元のサイズで表示します

 こんな改札とか、通ってみたい。隣の観光協会はずいぶんひまそうで、お昼過ぎという時間帯もあって、おばさんはうたたね。土曜のお昼過ぎにこれだけヒマって・・・。骨董店の場所もおぼつかなげだが、「たぶんここでしょう」という感じで教えてもらう。

 クリックすると元のサイズで表示します

 観光駐車場の近くでは、こんなにがんばっているのだが。蒲生氏郷が大河のメインキャラか・・・ややムリな感じは否めないが。

 でも戦国武将としては、たしかに有名人。ええと、どんな人だっけ?

 最初は信長の人質で、後の武功により信長の娘と結婚し、信長を手本として、行政/経済改革で日野を繁栄させ町おこしを大成功に導いた。文化面でも和歌をたしなみ、利休七哲のひとりであるほどの茶人だし、宣教師を家臣にむかえるほど熱心なキリシタン大名。晩年は会津の大名になり鶴ケ城を作るも、病により40歳で早世する。

 おおお〜、もしかしていけるかも、大河。逸話も多そう。
 愛妻家で側室を置かなかったらしいし、家臣思いで、そのくせ規律や人の道に反するときびしく罰したひとだし。なかなか複雑なキャラだったかも。ネタには事欠かないから、脚本家さんにとっては魅力的かもしれない。

 日野、思った以上に奥深そう。

クリックすると元のサイズで表示します
1

2015/7/3

ドリーム発酵対談!  イベント

 6月28日、近江八幡市の金田教会で夕方からのイベント、手づくりパン屋さん「タルマーリー」のオーナーシェフで『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』の著者である渡邉格さんと、詩人で翻訳家のアーサー・ビナードさんによる対談があった。FB友達のチェックで知ったが、まるで夢のような対談じゃないですか! こりゃ何が何でも行かないと!

「あの」アーサー・ビナードさんが、全く新しい「経済(というか正しい循環)システム」を提唱している、発酵の専門家でもある渡邉さんと、「はっこう」について縦横無尽に語るという。渡邉さんについては、いつもチェックしている京都のおしゃれ古書店「レティシア書房」の店長日記で知った。現在の経済システムの行き詰まりをどうやったら打破できるのか?と考えているひとは、ここにもいたようだ。

 実はかなりムリムリの時間帯だったけど、なんとか出られた(出る直前まで働き詰めだったけど・汗) ビナードさん、渡邊さん、それぞれおひとりでも聞きたいのに、セットで聴けるなんて、まさかのドリーム企画! 

 そして予想どおり刺激的なトークセッション。

 ビナードさんの現代社会への鋭い批判炸裂! かたや彼のユーモアセンスや豊穣な知識にうっとり。日本在住のアメリカ人だけど、日本人より日本に詳しいかも。九州の「夜神楽」や、安土桃山時代の鍼灸の書「針聞書(はりききがき)」のハラノムシを知ってる日本人って、そう多くは無いと思う。

 100年前と同じく空気中に自然にいる酵母菌を使ってパンを作っている(その後ビールも!)、発酵については専門家の渡邊さんの話も、当然面白い。とことん自然と向き合っているからこそ見つけられる発見も、深い。

「菌は最短距離でものを土に還す働きをする。だからまず腐らせる。腐りにくいものについては発酵させて旨いものにして、食わせてしまう」
「タンパク質は腐りやすいから、(動物のフンなど)有機肥料を使った食品は腐りやすい。腐葉土みたいな植物系の肥料を使ったものが腐りにくい」

 とか、「へええ」な話が次々に。蛇足ながら同じ場所にいらしていた彼の奥様は、ナチュラルだけどスリムな美人さんで、それも「へええ」でした。

 儲けだけを考えている大企業が作り出しているものが、いかに地球や人間を損なっているかを知り、よりよいことがみんなに循環する経済システムにシフトチェンジする必要性を、あらためて感じたひととき。

 アンテナを張り巡らす博識なビナードさんが教えてくださった、栗東の「菌(くさびら)神社」にも、ぜひ行ってみたいな。
0

2015/7/2

「熊川宿」踏破♪  おでかけ

 というわけで、「まがり」までやってきた。

クリックすると元のサイズで表示します

 「かわと」でくるくる回っているのは、小芋洗い&皮むき。このなかに小芋を入れておくと、川の水力で回り、きれいに皮がむけるそうだ。

クリックすると元のサイズで表示します

 街道沿いの家や

クリックすると元のサイズで表示します

 蔵を見つつ、

クリックすると元のサイズで表示します

 街道を行くと、

クリックすると元のサイズで表示します

 レトロなレアもの物件を発見。

クリックすると元のサイズで表示します

 手づくりの看板が楽しい。

クリックすると元のサイズで表示します

 古い民家の美容室♡ 

クリックすると元のサイズで表示します

 内部も気になりますよね。

クリックすると元のサイズで表示します

 ついに「熊川宿」踏破! 

クリックすると元のサイズで表示します

 ここから再度バスに乗り、琵琶湖を見つつ、一路近江八幡へ帰還。

クリックすると元のサイズで表示します

 おっと、途中(米プラザだったかな?)で、お土産購入とトイレ休憩がありましたっけ。

 今回も、白洲正子さんの近江(朽木方面)への思い入れを、存分に味わい尽くした。企画と準備と当日のお世話くださった方々に、深々と一礼! 
 ありがとうございました。
1

2015/7/1

熊川宿の神社仏閣。  おでかけ

 いくつかの資料館はスルーしても流してくださったボランティアガイドさんだったが、ここ得法寺は強引に境内まで引率される。きっと信心深い門徒さんなんだ。

クリックすると元のサイズで表示します

 元亀元年(1570)4月、秀吉と家康を従えた織田信長は、越前の朝倉義景を攻めるため京都から敦賀へ向かう際、熊川で一泊した。得法寺に泊った家康は、翌朝出発に際し、「土地は熊川、寺は徳法寺、余は徳川、因縁あるかな」と云ったとか。

クリックすると元のサイズで表示します

 その時境内の松に腰を掛けたといういわれを持つ松の木が境内東隅にあり「家康腰掛けの松」と呼ばれていた。

クリックすると元のサイズで表示します

 残念ながら松食い虫の被害に遭い、現在は根元だけ。
 
クリックすると元のサイズで表示します

 かつて北川を往来した舟運の米がこの路地を通り、松木神社境内にあった蔵屋敷に至ったことからこの名がついたそう。

クリックすると元のサイズで表示します

 レトロな看板が散りばめられた懐かしい風情。

クリックすると元のサイズで表示します

 なんとなく馬肉を思わせる色合いの看板。

クリックすると元のサイズで表示します

 街道は続くよ、どこまでも。という気分。

クリックすると元のサイズで表示します

 もうここから出られなくなったのではと、ふと思う、不思議な場所。どことなくちぐはぐな感じがするのだ。時空の歪みを感じるSFな場所。

クリックすると元のサイズで表示します

 若狭の義民・松木庄左衛門が祀られている松木神社。

クリックすると元のサイズで表示します

 松木庄左衛門は、苦しみにあえぐ若狭の農民を救うため、一命を投げうって大豆年貢の引き下げを実現した。時に庄左衛門はまだ28歳。 

クリックすると元のサイズで表示します

 松木神社は昭和8年に建てられたもので、境内には庄左衛門の遺徳を顕彰するため、昭和10年に建てられた義民館もある。

クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します

 塗込めや土戸といった防火機能のある問屋建築、倉見屋(くらみや)荻野八左衛門家住宅。

クリックすると元のサイズで表示します

 平成26年に国の重要文化財に指定された。ほやほやの重文。

クリックすると元のサイズで表示します

 下ノ町と中ノ町の境まで来た。ここは、いわゆる「ます形」の矩折れになっており、熊川では「まがり」と呼んでいる。

クリックすると元のサイズで表示します

 昔、敵の突進を防ぐために作られたであろう曲がり角で、藩の規則や命令などを掲示する高札場(こうさつば)にもなっていたようだ。
1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ