2016/6/30

舟廊下と観音堂  神社仏閣/教会

 とはいえ、本殿の彫り物の素晴らしさは、さすが太閤さまの遺構の桃山デザインだけのことはある。 

 でも回廊好きの私が一番見たかったのは、じつはこれ↓

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 舟廊下ですよ! 朝鮮出兵の折りに使われた豊臣秀吉の御座船の用材を利用したという伝承から、「舟廊下」と呼ばれているそうだ。

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 この屋根といい、

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 ほんのりとカーブする桟の上枠といい、

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 ほどよく光をいれる桟といい・・・そう、この桟がなかなかに曲者。

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 菱形に嵌め込まれているのです。まるで安土桃山時代のブラインド。

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 桟のスキマから見上げれば、屋根の金具にも、すてきな花と唐草模様が。

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 あまりに廊下が好きすぎて、どきどきしながら渡る舟廊下。

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 渡りきった場所から入口を振り返る。舟廊下から奥は、観音堂へと続くやや暗い廊下。途中には授与品やお土産販売所も。

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 見上げれば、こんな彫刻も。

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 見下ろせば、こんな彫刻も。

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 天井にはよく彩色が残っていて、いかにも秀吉っぽい、桃山のゴージャスなポップさを目の当たりに。

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 観音堂(重文)も工事中なので、足場と獅子とのコラボ。出口は、秀吉を葬った京都豊国廟の極楽門を「唐門」(国宝)として移築している。こちらも豪華絢爛。

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 観音堂のご本尊の千手観音さまは33年に一度の御開帳なので、扉は閉ざされていた。そのまえには、びんずる尊者(おびんずるさま)がいらしたので、各自、よりよくしたい身体の部分をなでさせていただく。

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 そしてここで、帰りの舟を1本見送る時間に。

 ということは、もう、焦ること無く、ゆっくりじっくりと、残りの行程を過ごせばいいということで。出航の汽笛を聴きつつ、次の目的地まで階段を登る一行であった。
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2016/6/29

人間が神仏を交代させた。  神社仏閣/教会

龍神拝所では、もちろん「かわらけ投げ」もしましたよ。

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 手のひらに乗る大きさの素焼きの小皿「かわらけ」を購入。

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 鳥居を目指すも、

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 2枚とも届かず(汗・予想通りだが)

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 小中のスポーツテストで、「ボール投げ」の距離が極端に短かった記憶が甦る。

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 でもまあ、ここに来たらこれをしなきゃね。経験だけで満足。

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 絵馬は、大は龍と弁天さま、小は白蛇さまのかわいい絵柄。

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 向いにある竹生島神社(正式名:都久夫須麻神社)の本殿は国宝。慶長七年(1602年)に、太閤の遺命により、秀頼が豊国廟より桃山時代の代表的遺稿である観音堂や唐門などを移築させているから、豪華絢爛。当然、内部は撮影禁止。

 なのに、せめてもの外観からの写真を撮るのを失念(汗) 

 交通安全・開運厄除の神様と言われている゛市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)”や、五穀豊穣・商売繁盛の神様として広く信仰を集めている”宇賀福神(うがふくじん)”など四柱の神様を御祀りしているそう。

 そもそも竹生島「宝厳寺」は、神亀元年(724年)聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、僧・行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まり。ビッグネームが関わる寺院だったのだ。(緑字は竹生島宝厳寺HPより引用、参照)

 ところが明治時代、この島は大きく変化し、当山より都久夫須麻神社(竹生島神社)が分かれた。古来、現在の神社本殿を当山は本堂とし、本尊大弁才天を安置していたが、明治元年(1868年)に発布された『神仏分離令』により大津県庁から、当山を廃寺とし神社に改めよという命令が下ったのだ。

 しかし、全国数多くの信者さんたちの強い要望により廃寺は免れ、本堂の建物のみを神社に引き渡すことに。本堂のないまま仮安置の大弁才天も、昭和17年、現在の本堂が再建された、ということだ。
つまり、もともとは寺院だったわけで、ここにも廃仏毀釈の嵐が。

 仏さまは住まいを奪われ、神様は豪華だけど仕様の違う家に住むことになり、どちらにとっても迷惑な話だと思う。

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 6月は、「茅の輪くぐり」ができてちょっとお得感も♡

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2016/6/28

琵琶湖を拝む場所。  神社仏閣/教会

 国宝の渡り廊下の近くには、
 
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カラーの招福弁財天。お守りなどもあります。

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 そして風通しのよさげな、レイクビューの絶景、龍神拝所。弁天、龍とくれば・・・。

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 白蛇さまを祀る「白己大神」さまも(きゃー!)

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 金運アップといわれても、本能的にヘビはちょっと、ちょっとちょっと。

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 軒先が重なり合うように並ぶ龍神拝所と、白己大神の社。

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 湖それ自体が神とあがめる場所なのだろう。素晴らしい心地よさ。もちろん眺めも一級品。
 
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 かわらけ投げは、ここからできる。一枚は願い事、一枚は名前を書いて、この鳥居をくぐらせたら、願いは叶うという。鳥居のまわりは、かわらけだらけだ。

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 別の場所からは、松の緑が湖のさざ波に映える。まるで生き物のようにダイナミックな琵琶湖の波立ちをみていると、たしかに神秘的な気分になる。

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 竹生島から観る琵琶湖は、湖岸から見る琵琶湖とはまるで違うのだ。

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2016/6/27

のぼる!されど只今工事中。  神社仏閣/教会

 自販機で拝観券を買い、受付のおばちゃんに日付スタンプを押してもらい、石段をあがる。

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 けっこうな勾配だ(汗) 

 すぐさま息切れ。

 そんなことでどうする!

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 おお! この自然石でできたカーブの石段は、ぐっとくるほど味があるぞ!

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 このまままっすぐ本堂まで石段をのぼるという順路もあるみたいだが、

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 一般的には右手に折れるみたいだ。

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 国宝のあれこれも、こっちにある。カワラケ投げもね。

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 そしてこの高台からの風景が、

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 こちらです↓

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 瓦屋根と船と湖が、郷愁をさそう絶景。

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 赤い鳥居と琵琶湖、

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 擬宝珠と船と琵琶湖のセットもすてき。

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 しかし、上を見上げれば、工事中(汗)

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 鳥居をくぐると小さな社を発見!

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 黒龍・・・なんだか「偉大なる、しゅららぼん」を思い出させるなあ。

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 彦根とともに、竹生島も重要な舞台だったしなあ。

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 黒龍のヨリシロであるご神木↓

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 鬱蒼としているようで、あんがい明るいのだ。

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 唐門と観音堂は、完全に工事中。いや、それはそれで貴重な外観かも、とポジティブシンキング。

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 見たかった渡り廊下(舟廊下)は、修復済みみたいだし。(と、やせがまんと強がりを、繰り出してみる)

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 この石垣といい、

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 渡り廊下を支える木造の脚といい、

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 みどころ満載ではありませんか! これって見飽きないよね。(誰に振っているんだ!?)

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 それにしても、渡り廊下の窓の桟って、なんだかブラインドのような、不思議なハマり方だ。これは実際に内部に行って、その構造が明らかになったのだが、それはまた後日に。

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 ここにも、平経正の逸話が。というか、もしかして彼が琵琶の秘曲を弾いたのは、ここですか?? 

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2016/6/26

土産物屋にキュン♡  神社仏閣/教会

 上陸してまず目につくのは、新しめの石碑。波を象った土台の石組みの上に、「琵琶湖周航の歌」の歌詞が掘られている。

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 「平家物語」には、琵琶の名手でもある平経正の竹生島詣の章があり、醍醐天皇の臣下が主人公の別の話になるが、謡曲「竹生島」というものもある。どちらも明るくめでたい内容らしい。

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そして「琵琶湖八景」のひとつでもある。「深緑 竹生島の沈影 (しんりょく ちくぶしま-の-ちんえい)」= 琵琶湖に濃い影を落とす、緑豊かな竹生島。

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 ロングに引いてみました。うん、たしかに深緑だ!
  
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 聖域であることを示す、こんな石碑も。

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 ロングに引いてみました。・・・ううん? 遮音幕に足場が組まれている?
つまり「工事中」(汗) 

 なんと平成30年度までの予定で、修理や調査が行われているのだ。場所は、唐門・観音堂の屋根(檜皮)葺替(今年度までで約8割を完了予定)。それから、唐門・観音堂の彩色・塗装の調査、ということです。

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 ではちょっとしばらくは俗世に留まって、2軒のお土産屋さんを物色スタート。私の大好きな昭和レトロなお土産物屋さんの風情に、思わずふらふらと。

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 こちらは今回パスして(帰りにじっくり)、

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 となりのお店で「名物草餅」を発見。お昼前でもあるし、いまのうちに何かおなかに入れておかねば!
 各自ひとつ購入して、お店の前のベンチで食べていたら、おばさんが、お茶を入れてくださった(感謝)

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 雰囲気のある品揃えに感心しながらみていると、私の心をワシヅカミにした物件が! バックは物件に合わせ、京都駅の雑貨屋さんで購入した「忍者手ぬぐい」。

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 これです! 掌に乗るちいさな「バク転忍者」、金400円也! ネジを巻くとバク転してくれます。なぜ竹生島で忍者?という質問は、「なし」でお願いします。
 
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 あんまりかわいいので、忍者好きの友達の分も♡ (後日「がちゃぽん」のケースに入れて郵送しました)

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 草餅でおなかを満たし、おもわぬ収穫にすっかり気を良くして、いざ、拝観券発売所へ! ・・・自販機ですが。

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2016/6/25

船中にて  おでかけ

 テトラポットのある波止場を歩く釣り人。絵になる。

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 先端の白いこれ、なんだかわからないけど、かっちょいい。

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 別アングルでもう一枚。

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 船内用のおやつに持って来たのは、野洲駅前の「梅元老舗」で買った「夏のお干菓子」。ぶたの蚊取り線香をチョイスしたれんくみさん、さすが♡(だから、ないのです)
 
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 追い込み漁の仕掛けで、竹を矢印形に囲い込んだ、琵琶湖独自の漁法「えり」がみえる。

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 デッキの後尾でみると、迫力の白い波が湖上に残って行く。

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 雲がこんなに立体的に見えるのは、湖上だから? 

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 かっこよすぎ!

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 船旅の30分はあっという間で、みるみる竹生島に近づいてゆく。

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 島というものの迫力に、おもわず息をのむ。

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 うわー、見飽きないっ!!

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 鳥居がっ、鳥居がっ!!

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 ついに到着しましたっ!

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 そして上陸しましたっ!

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 湖も広々とかっこいいけど、この雲の、空の、大パノラマに圧倒されて、大興奮だ。

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2016/6/24

舟に乗る。  おでかけ

大河ドラマで戦国時代ものがあるときには、かならず湖北地域でみかける幟(のぼり)。いや実は、数年先の大河にむけての幟があることも(汗) つまりほぼ年中大河ドラマ関連の幟があるのだ。

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 おおっ! 片桐且元さんメインですか! 渋いなあ〜♪

 「新選組!」のとき大人気だった「源さん」こと「井上源三郎」役(新選組でだれからも慕われた賄い係で「おふくろ的」!存在)だった小林隆さんは、今回は片桐且元役だ。秀吉に叱られ続ける豊臣家の中間管理職的官僚で、いつもなにかの板挟みでコミカルに困惑している。彼に注目している私としては、うれしいかぎり。

 いや、まてよ。その向こうの幟は「MEET三成展」だし、さらに向こうには大谷吉継の名前も。なあんだ豊臣関連の登場人物を網羅してるだけなのか。どうりで(ちょっとがっかり)。

 はい、乗り場に到着! 

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 1割引でチケットを買って舟が到着するのを待っていると、滋賀県の子どもたちが5年生の学校行事として必ず乗船する、学習船「うみのこ」が入港。

 びわ湖フローティングスクールと言われるものだ。
 いくつかの小学校が合同で乗り合わせ、混合チームをつくり、交流と体験学習、環境学習などを行うことになっている。1泊2日の日程。

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 私は見なかったが、子どもたちは手を振りながら出航していったそうだ。かわいい。

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 この行事は私たちの子どもたちは参加したが、私たちの時代にはまだなかったので、私自身は実際に体験していない。

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 陸地側には不穏な雲がかかっているが、沖は美しく晴れてきた。ついに私たちが乗船する、その名も「べんてん号」が到着!

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 竹生島からのお客さんたちを降ろして、しばしチェックをされたあと、はい乗船OK!

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子どものように喜んで2階席へ。

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 きれいな座席が並んでいる。もちろん後ほどデッキに行くつもりだ。

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 波止場とか埠頭とか呼ばれるものらしい。ほとんど見たことが無いものをみると、胸がときめく。

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 琵琶湖は凪いでいて、いい航海になりそう。

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 出航の合図だ。船が回り込んで動き出す。乗船場でスタッフの方が、手をふってお見送りしてくださった。

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2016/6/23

竹生島へ!!  おでかけ

 ながいながい読書会の「観音巡りツアー紀行」が終わったと思ったら、なんと次の日付は、奇しくも長年の憧れの地だった竹生島についに上陸した日になっていた! いつものようにノープランで書いていたのに。まったくの偶然なのだけど、引き続き「竹生島紀行」へと流れます。
(でも実際に書いているのは、ほぼ1ヶ月後・汗)

 遠い昔、春になったら竹生島へ行く約束をしていたが、ついにかなうことはなかった。当時、冬季は舟が出なかったので、数ヶ月待っている間に幻の約束となってしまったが、かなわない約束もロマンチックな思い出になるものだと知った。以降、県内なのに竹生島には行った事が無い。

 今回の竹生島行きは、5月に出かけた「水 〜神秘のかたち〜」展から派生した、いもづる式のツアーである。竹生島関係の展示品がいくつか出品されていたのだ。だからメンバーもそのときと一緒で、れんくみさん、Nさん、私というトリオだ。

 前日の天気予報では、荒れる雨の日ということで心配だったが、「いや、れんくみさんの晴れ女パワーなら、大丈夫」と、彼女の力を信じることにした。信じるものは救われる(はず)。

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 曇天ではあったが、幸い雨は降らず(降ってもささやかだった)長浜駅に到着した。

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 古くはないが、長浜駅は歴史がある場所らしい、雰囲気のあるレトロ風建築。

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 まずは駅並びの観光案内所にすべりこみ、フェリーのパンフなどをゲット。これで舟賃が1割引になる。

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 駅から少し離れた場所には、旧長浜駅舎↓がある。裏手からの外観。

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 おっと、長浜のマンホールも採取しとかなきゃ↓ 秀吉ゆかりの地なので、千成瓢箪のデザイン。

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 旧長浜駅舎の近くには、明治天皇昭憲皇太后の行幸啓のために建てられた長浜の迎賓館・「慶雲館」もある。ここは初代総理大臣の伊藤博文の命名した建物で、盆梅展の会場としても有名。その近くの戸外には、湖国に春を告げる盆梅展用の梅が、青々とした葉を茂らせていた。

 盆梅展は一度行ったことがあるけど、花はもちろん、その香りの馥郁たることといったら! むしろ香りに魅せられてリピーターになってしまうのかも。

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 ここで、盆梅展の見事な梅の木を管理していたのか。

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 途中からは梅じゃない木に変っていた。

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 反対側の駅方面を見れば、長浜城。昭和58年に復元され、内部は歴史博物館として公開されていて、さらに平成28年2月27日にリニューアルオープンした新築だ。

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 煙突とツーショットのお城。城好きのNさんには大顰蹙だ。この煙突は旧カネボウ長浜工場、現KBセーレンらしい。

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 そしてヨットハーバーを横手に観ながら琵琶湖に向かって歩く。

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 しかしここからは港には行けず引き返す(汗) でも時間の余裕は見てあるから(迷子と道草はお手の物・汗)、乗船時間はまだゆっくりだ。

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 今度こそ、観光船乗り場へ!
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2016/6/22

帰途  おでかけ

 西野水道を最後に湖北とはさようなら。

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 湖周道路を通って、右手は彦根あたりまで、ずうっと琵琶湖だ。

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 ずうっと琵琶湖だから、飽き飽きしてしまいそうなのに、なぜか飽きないのが琵琶湖の琵琶湖たる由縁だ。

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 さすがは古代湖。密かに10万年の歴史を誇っている。子どもの頃から見ているのに、いまだに見飽きないのは、その永い歴史のせいか。

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 湖北とはサヨナラしたはずなのに、湖北の道の駅にて、しばしお買い物。私も熱心に物色しがた、めぼしい物件には出会えず。「びわ湖サイダー」を買った記憶もあるが、道の駅の定番商品なので、県内では珍しくはない。

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 メンバーのなかでも最年少と思われる若い方が、いちはやくストロベリーのソフトクリームを入手されていて、「若いっていいな、いい感じに一匹狼っていうのもかっこいいな」と感心する。

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 ふたたびバスに乗り込み、風の強くなった琵琶湖を鑑賞。

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 白波が立っていると思ったら、旗が千切れそうにはためいている。

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 平日で渋滞する時間より少しばかり早かったため、渋滞することも無く、すいすいとバスは走り、

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 行き同様2時間かからずホテルに到着し、解散。素晴らしいお天気に恵まれた、またとないツアーをありがとうございました!

 七夕さまのように、年に一度くらいしかお会いしないけれど、皆様どうぞ息災で! (といいつつ、その後も、職場でときたまお会いする方もいらっしゃいます)
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2016/6/21

西野水道  おでかけ

 ラストは「西野水道」という史跡。田んぼの中の史跡公園だ。

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 「西野水道」は、余呉川がたびたび氾濫するので、琵琶湖に放水路をつくらねば、と在所の僧・恵荘が天保11年(1840年)に掘削しはじめた。難工事だったが、村人たちと力を合わせ、1845年(弘化2年)9月1日に完成した。

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 団体だからいいものの、ひとりで来るには、ちょっと身のキケンを感じるような寂しい場所だ。

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 近くの小屋にヘルメットと長靴、そして懐中電灯があるので、自由に借りて水道内を歩いていくことができる。

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 私を含め数人はパスしたが、意外にも多くの方々が挑戦したようだ。

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 故・児玉清さん風にいえば「果敢にアタックされる」方々に拍手。

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 下は新しく作られた水道。どちらも琵琶湖に出るそうだ。古い方と新しい方は平行に抜いてあり、往復する先でトンネルを変え、両方を通られた方もおられる。

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 私はムカデ(もしかするとヘビとかも)のいそうな感じと、「トンネル」という場所にあまりいいイメージがないので、迷うこと無くパスよ、パス!

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 「掘削」というイメージではないが、ちょっと垢抜けたモニュメントが目立っていた。

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 「豊かなむらづくり農林水産大臣賞」を受賞した記念に、ポストプライズ事業により、『西野ほりぬき公園』のメインシンボルとして、この象を建立した」

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 むしろ、やや地味なこちらの方が「掘削」をストレートにあらわしている。

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 トンネルを抜けないと、ずいぶんヒマなので、片っ端から看板を読む。

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 年譜も。

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 周辺地形図や水道の概要も。

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 そうそう、「大臣賞」で作られたモニュメントに近づくと、「西野水道のうた」が流れていた。

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 楽譜付きなので、一緒に歌えということかもしれない。

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 なんどもこのモニュメントを見上げては、珍しくひまを持て余し気味だったので、いろんなアングルから写真を撮ってみた。このアングルからなら、全員の存在感が感じられた。(どんだけヒマやったんや!)
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2016/6/20

ほとけさまに出会う。  

 実は西野薬師堂の薬師如来さまと十一面観音さまは、今回対面した多くの仏さまの中で、私にとってはスペシャルな方々だった。

 なみなみならぬライブ感を漂わせておられたのだ。これは国宝とか重文とかの区分けとは、まったく別のもので、直に対面するまでわからない。

 そしてそれは、人によっても違ったりするのかもしれない。たまたま個人的に波長があったからなのか、誰にでも感じられるものなのかもわからない。

 単なる「仏像」ではなく、いきいきとした波動や、力強いパワーを肌で感じるほとけさまは、たしかに稀だけれどもいらっしゃる。

 今回の西野薬師堂のほとけさまたちは、そういう意味で、とてもスペシャルな方々だった。

 そしてなんと、7月5日から8月7日まで、湖北のほとけさまたちが団体で「東京藝術大学大学美術館」に長期出張なさるのだ。

 題して「観音の里の祈りとくらし展U−びわ湖・長浜のホトケたち−」

 東京方面の方は、この千載一遇のチャンスをお見逃しなきよう。

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2016/6/19

西野薬師堂  神社仏閣/教会

 というわけで、ラストの地は高月町西野。まずは西野薬師堂から。
 
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 なんだけど・・・。

 正妙寺の「十一面千手千足観音」をプッシュする必死さのあまり、ここでそれが観られる、と間違った認識をされる方多数(汗)

 たしかに私も「テレビ見仏記」で「十一面千手千足観音」をみたとき、のけぞったくらいインパクトのある観音さまだったから、プッシュはうなづけるんだけど。

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 かつてこの地には、天台宗の「泉明寺」という寺があり、延暦年間(奈良時代後期)に伝教大師により、薬師如来、十一面観音、十二神将が納められた。十二神将は残念ながら十体焼失し、2体が残るのみ。

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 その後、戦乱により荒廃し、1518年には浅井氏の兵火により堂宇は焼失。しかし村人によって救い出された仏像は現在まで守られており、ここに安置されている。

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 お堂には、象や龍の見事な彫り物細工が施されていた。

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 お堂に入る。木の扉の内側に、白いカーテンが引かれている。お世話係の方がボタンひとつでカーテンを左右にあけられる。その演劇的な演出!?に、思わず歓声と拍手!がわき起こる。

 お馴染みのテープによる説明を聞く。その後、お世話係の方の補足説明もある。

 ここにおさめられている仏像のうち、薬師如来と十一面観音は、大正時代には国宝に、昭和25年には国の重要文化財に指定された。

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 もうひとつのお堂にも、厨子に収められた薬師如来坐像がいらっしゃるそうだ。

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 境内には他にもこんな石もある。
 
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西野丹波の守家澄が、1518年にこの力石を7回も胸まで持ち上げ、武運を氏仏さまに祈願したと伝えられている。石の重さは92キログラム! それを7回も!?

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 琵琶湖岸に連なる西野山で発掘されたもの。古墳群に関係するものか、境界石なのか「謎の珠石」と言われている。古墳が多い場所らしい。

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 今回のツアーで、最後の覗き。最初はまったく見えなかったけど、ふとした拍子に、お地蔵さまがアップで判別できるようになるのが不思議。

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 薬師堂の境内を出て、左手に行けば「十一面千手千足観音さま」にお会いできるが、今回は旅程の都合上、パス。

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 私は観音展で一度お会いして、しっかりと瞼に焼き付けましたとも。ちょっと「観音さまイメージ」とはかけ離れた、こんな「荒ぶった(©みうらじゅん)」お方です↓

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2016/6/18

赤後寺の鐘楼  神社仏閣/教会

 ここではお二人のお世話役の方が、授与物販売とともに説明もしてくださった。その中で、パンフレットには書かれていない、面白い話がある。

 昔、この寺には33体の観音様がいらっしゃったそうだ。村人が病気やお産のときに、それぞれの家庭が観音様をお借りし、快癒後、産後にはお寺にお返しする、というシステムがあったそうだ。
 観音様の貸出し!! 素晴らしいシステムである。「観音の里」というのは伊達じゃない! で、その観音様たちがどうなったのか、どうしてそれが廃れてしまったのか・・・という話は聞きそびれてしまった。

 お堂の隣には鐘楼があった。

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 えっ!!

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 この遠目からもわかる細工の素晴らしさは、一体!?

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 お世話役の方に聞くと、「すばらしいでしょう?」と我が子を褒められた父親のように、顔をほころばせてらした。村人自慢の鐘楼なのだ。

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 しかもおことわりすれば、自由に撞かせてもくださる。あとで読書会有志の方々が、列をなして撞かれていた。さすが好奇心旺盛な昭和の乙女たちだ。

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 気になる彫り物のモチーフは「猿」。日吉神社の中のお寺だからだろう。

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 なんだか西遊記に登場する「蟠桃園」で、桃を食べ荒らす孫悟空と仲間たちのようにも見える。

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 鐘楼は江戸時代に作られ、土台の石垣は崩れ始めたため、近年造り直されたもの。しかし、一部分は残されているので、往時を偲ぶことが出来る。

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 その前では思わず立ち止まり、誰もが見上げてしまう杉の巨木。

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 日吉神社のご神木だろう。

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 こちらが社殿。

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 お参りをして、石段をくだる。

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 鳥居をくぐり、駐車場の近くでトイレタイム。

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 その間、私はトイレ以外にも、寺院があることを発見する。

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 「真宗大谷派 冨永山 長照寺」

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 その佇まいに惹かれ、思わず足を踏み入れる。

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 写真を拡大しないとわらからないけど、壁面の彫り込みが細かい!

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 どこがどうというのではないけど、バランスの取れた見好い感じが素敵。なにげに作り込んでいる建物なのかも。専門家ではないのでわからないけど。

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 バスの時間が来て、次のポイントへ出発!
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2016/6/17

赤後寺  神社仏閣/教会

 さてお次は赤後寺(しゃくごじ)に向かう。

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 バスの中でも「町並みが独特ですてき」という声が聴こえたが、家のつくりも雪深い湖北ならではで、雪の重みに負けないようしっかりしている。この辺りの気候は北陸なのだ。

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 参道でおうちウォッチングだ。雪で家が埋もれても、2階から出入りできるよう、窓が大きく取ってある。

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 昔の道具もディスプレイ?されていた。瓦なんかもね。

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 こちらの飛び出しくんは、既製品だけど初めて見るもの。

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 りっぱなおうちの藁葺きの門。

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 新しめの蔵も現役で活躍。

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 ここにも水の流れる風景がある。

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 細い道の突き当たりが日吉神社。その境内にあるのが赤後寺。やはり神仏習合なのだ。

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 太古からの樹木が、太い幹を伸ばしている。歴史を感じる場所だ。こちらのお寺も無住なので、村の方が交代で世話役になっている。

 ここに安置されている聖観音立像と千手観音立像は、平安前期の作といわれているから、千年以上前からの場所なのだ。賤ヶ岳の戦いなど戦火にも見舞われたため、村人が土の中や水の中にお像をお入れして、守り抜いたそうだ。その際、腕や足が欠けてしまい、痛々しいお姿になってしまわれた。

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 しかもこの2体の仏像は、創建以来秘仏として守られていたのに、昭和になってから国の重文指定をうけて公開されたのだとか。もちろんそう簡単に決められるものではないので、15年の間議論が続いたそうだ。

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 御利益は、安産、眼病、転利(厄を利に変え私利を衆利に変える/開運)だったのだが、いつからか「転利」がコロリに転じて天寿を全うし、コロリと極楽往生できるという風に変化していったそうだ。

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 お寺の中に入ると、目の前には素晴らしい彫り物を施した厨子が! それもそのはず、日光の陽明門と同じ造りで、浜松から持って来たものなのだとか。安土桃山の作なので、作風も豪華絢爛だ(↓こちらのブログでお厨子の写真がみられます)
http://4travel.jp/travelogue/10782991
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2016/6/16

近江の天満宮  神社仏閣/教会

 バスの中から赤い鳥居が見えて来ました♪

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 天満宮跡? 菅山寺? つまり「菅」って、あの菅原道真の敬称である菅公のことですか?

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 車がやっと通れるくらいの道を、郵便配達人の赤いバイクの隙を縫って歩く、賑やかな一行。

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 青空や緑の山に映える鳥居の赤。

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 菅山寺の山号は「大箕山」らしい。もともとは大箕寺という名称だったそうだ。近くには余呉湖があるらしい。湖北もずいぶん奥の福井寄りだ。

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 余呉湖のちかくの村で生まれた菅原道真が、6歳の頃(850年)、菅山寺・信寂坊の阿闍梨、尊元和尚の弟子となり、道真の名を賜ったらしい。

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 その頃、都に菅原是善という有能な公家が、後継がいずに悩んでいたが、霊告をうけて道真を養子にした、ということから寺の由緒が始まる。

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 その後、朝廷の実力者になった菅公は、故郷の懐かしい寺を参詣し、再建復興されたときに「大箕山菅山寺」と改められたのだ。

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 余呉町のマンホールは、アジサイ。町の花がアジサイだから。かわいいデザインだ。

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 道端には清らかな山水の流れる細い水路があり、雑草の中に羊歯やユキノシタが混じっている。

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 昆虫や植物に詳しい読書会会員の方がいらっしゃり、この花の名前も教えていただいた。残念ながら私の記憶力では、ほどなく忘れてしまったが、今一度調べたら「ニゲラ」という花らしい。初夏に相応しい爽やかな花色だった。

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 梅鉢紋の弘善館へ。

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 菅山寺へは徒歩50分かかるので、かわりに寺宝の資料館でもあるここを訪門。お守りなども販売している。

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 看板には注連縄も。

 ん?? 天満宮は神社、菅山寺は寺院、注連縄は神社のものじゃなかったっけ? やはりこの辺りは、いまも神仏習合が色濃く残っているのだ。

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 弘善館の前には、梅林になっている。天満宮といえば梅ですからね。

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 さて、中へ入ってみましょう。菅公の像をはじめ、ゆかりの品々や不動明王や狛犬なども展示されているのだか・・・思わぬ場所で思わぬお方と再会してしまった! 4年前の秋に、れんくみさんと行った「湖北の観音展」で、数ある観音さまの中でも異彩を放つお方だった。その時の記事はこちら。(←青字をクリック)

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 この観音ばなれした「なんか用があんのか、われ〜」的なまなざしは、一度見たら忘れられない。

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 そんな感動の再会を果たした弘善館なのだった。

 ところで今年の冬、私は東京芝にある増上寺に行ったのだが、そこに徳川家康の命によって菅山寺より寄進された宝物がある。その、かつては菅山寺にあった「宋版一切経七千余巻」は、現在国の重要文化財になっている。東京大空襲で灰燼に帰すことなく済んでよかった。

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 次の場所へ行く途中に、有名な水飴屋さんに寄り道。ときならぬ団体さんのお客に、家族経営で販売されているらしい飴屋さんのレジはてんやわんやだ。

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 ここの水飴は、甘味が麦芽糖のみなので、ほんのりとしたやさしい甘さで、購入者続出だった。なお、水飴はちょっと・・・という私のようなものぐさにも、ふつうの粒になった黄金色の飴も用意されている。もちろん購入しましたとも。

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 お土産用に梅味のも。

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 現役の藁葺き屋根の家も健在だ。

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