2016/6/15

医王寺  神社仏閣/教会

どこまで書いたか自分でもわからなくなるくらい間があいてしまい、申し訳ないです。気を取り直して、つづきを。

 バスが医王寺の前まで来たところまでだった。木曽路ではないが、医王寺も山の中にある。道からすこしあがったところに、まずは3体のお地蔵さまがお出迎えだ。

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 ここにおまつりされているのは、国の重要文化財、木像十一面観音立像だ。穏やかな表情で、故・井上靖氏が「乙女の観音」と名付けられたとか。クスノキを使った一木造り。10世紀から11世紀頃にかけての作らしい。

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 気さくで陽気なお世話係のおじ(い)さんが、フランクに説明をしてくださった。この地には65歳以上の人ばかりだそうだが、彼はそのなかでも、「若者」の部類である。この日にお会いしたお世話係の方々は、みな素朴であたたかい人柄だったが、この方はひときわそうだったかもしれない。

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 実はこの観音様、もともとこの地にいらっしゃったわけではないのだ。明治の初め、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる120年前、医王寺の住職が、たまたま古物商でみかけ、この観音様に一目惚れし、購入されたのが最初だとか。彼は身長152センチ(私よりわずかに高い!)で内ぐりのない、重い木像の観音様を、村人とともに、えっちらおっちらとお連れしたそうだ。

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 世話役さんのすすめで、順次、観音様を間近で拝見する。6月半ばからは、東京芸大の美術館へ出張されるそうなので、タイムリーだった。

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 お参りをしてから外に出ると、古代めいた石の社のなかに、お地蔵様が。古式ゆかしいかんじが、ちょっと謎めいていてミステリアスだ。

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 谷川がながれる、山深い場所だ。風もさわやかで心地いい。

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 ここでみなさん集合して、記念写真を撮ることに。和気あいあいとした賑わいとともに、お世話役さんに写真を撮ってもらう。その後も立ち去るのが、名残惜しい気持ち。

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 こんな鄙びた山奥の、乙女のような観音様がいらっしゃる地から見えるのは、原発がつくった電気を運ぶ送電線(山の上にあるもの)らしい。苦いアイロニーを覚える。

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 ちょっとフクザツな気持ちを抱えつつ、バスに戻り次の場所へ。
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2016/6/14

ランチのあとで  おでかけ

 おなかもいっぱいになったし、梅干しとか「蕎麦の実入りナメコ」などをお土産に買ったし、バスへと移動する。うわ、私がラストじゃないか!

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 ラストなのに、あれこれ見てしまう、そして写真を撮ってしまうサガ(汗)

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 これはなに? なんて書いてある??

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 ぎょええええ〜っ!! 「マムシはとびかかってくる」っていうじゃないですか! 覗き込むのも危険きわまりないし! 

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 こちらは石器時代の史跡らしいです。でも詳細はわからず(汗)

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 これのこと? 製鉄の炉跡で、6世紀から7世紀にかけてのチョーレアものらしい。

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 ゆるやかなカーブの坂道の先にバスがおまちかね。牧歌的な駐車場には、アカツメグサも咲いていた。みなさん、おまたせしてすみません!!

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 昨年の曇天とはうってかわった、宝石のように輝く風景だ。

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 谷川と山とが織りなす景色を見つつ、次の観音ポイントへ。

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 ちいさな無住の庵、「医王寺」に到着。
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2016/6/13

山をのぼると。  おでかけ

ここでも階段がついているとはいえ、「山登り」は希望制だった。足腰に不安があるのなら、別ルートも用意されていたので、二手に分かれてランチの場所までの移動だったのだ。たぶん、子どもの頃から山で遊んでいたので、昔取った杵柄でなんとかなるとタカをくくっていたのだろう。

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 あまりの美しい景色と気持ちのいい空気に、自分のトシとヒザへの負担をわすれていたのかもしれない。山の中の石段は、どんどん険しくなってくる。ギブアップしたくても、ときはお寿司、いや遅し。たぶん私よりはるかに年長の方と一緒にのぼる。息をあがらせ弱音を吐きつつ、同じペースで。

 やっと視界がひらける場所に到着。掛け値なしにうれしーー!!

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 そして、今度もやはり「のぞき」見るお堂だった。

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 残念ながら詳細は覚えていない。きっと酸欠で脳に血液が回っていなかったらしい。

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 くだりはなだらかで、足にやさしい。なにより素晴らしいパノラマだ。映画「サウンド・オブ・ミュージック」の冒頭のようである。

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 気分はジュリー・アンドリュースだ。

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 一足早い避暑地のよう♪

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 みなさんとは、ずいぶん遅れて緑を満喫。

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 木漏れ日の射す森林を見上げる。

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 あ、おなかがなった(汗)

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 本日のお食事処、「己高庵」に到着♡

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 入口を入れば、お土産物がずらりと並び、レディスの興味津々なまなざしがこまかく物色する。私も例外なくひととおり品物を見た後、村人のてづくりらしい梅干しと、瓶詰めのナメタケ(蕎麦の実いり)を購入した。

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 シンプルながら海老フライもポテトサラダも茶碗蒸しも、かなり美味しかった。おいしい空気の中、よく歩いたせいもあるのだろう。
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2016/6/12

与志漏神社  神社仏閣/教会

さて与志漏神社である。

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 一見なんてことない、普通の神社である。

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 由来をみれば由緒正しき古社のうえ、古代から氏族の祖として崇拝され親しまれてきたとか。

 近江の人のご先祖さまなら、お参りしとかなくちゃ。

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 こちらも神主さんではなく、村人さんたちがお守りしているのだろうか? 庭箒が置いてあるのも雰囲気があるよねえ?

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 と狛犬さんに語りかけるも、彼の返事は?みたいだった。

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 この石集団は、五輪塔や宝篋印塔ではないですか!

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 ということは、墓地ですかっ!? よく見れば石仏もいらっしゃる。

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 神社に墓地? いやいや神仏習合か? ということは、寺院があったということになる。

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 これですね。「戸岩寺」の鎮守社が与志漏神社だったから、廃仏毀釈の折りに廃寺になって与志漏神社に組み入れられたとか?

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 そして与志漏神社をあとにして、このあと、この日一番のハードな山登りをすることになるのであった。


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2016/6/11

薬師堂・大日堂  神社仏閣/教会

 「与志漏神社」の境内には、他に「薬師堂」と「大日堂」があり、中には仏像が沢山収蔵されている。

 それらへと向かう途中、木の洞に若木の生えた不思議な木があった。

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 まずは薬師堂。

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 ちいさな格子のすきまから、ガラス越しにのぞく。なかなか奥行きのあるお堂なので遠いし、ずらりと仏様たちがいらしゃるのはわかるんだけど、狭い格子から覗くため片目のうえ乱視なので、詳細は不明。ぐやじ〜!!

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 でも「どうやらスゴイらしい」ということはわかる。なおさらグヤジー!! 

 ネットをちゃかちゃかと検索したら、しっかり拝観したうえ、写真まで撮られている方のブログがあるので、参考にさせていただく↓

 「中央には厨子入りの薬師如来坐像が、左右には日光・月光菩薩、左右に6体づつの十二神将が控え、四天王の内の2体もあるようだ。遠くからなのでよく分からないが、彩色も確かな仏像がひしめいている。

後でパンフレットで知ったことだが、この薬師堂の本来の本尊は、先程拝観した世代閣に安置されていた旧戸岩寺の薬師如来立像だということだ」

 なるほどなるほど。でもこのお薬師さま、大日如来のような印を結んでおられるような。

 さて次は、「大日堂」。こちらもかなり小さなお堂。そしてまたしても昭和の乙女たちが「のぞき」を繰り広げることに(汗) こんな風にしか見れないなんて、つらいのう(悲)

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 しか〜し! 今回の仏様たちは、さっきよりも大きいので、のぞきで片目で乱視で老眼でも、はるかに拝観しやすい。左右に2体の仏さまがあり、頭と背中の両方に丸い光背がある。その二つの円がだるま形になり、それぞれの円から2、3本ずつ放射光がでているのが、ものすごくバランスがよくて素敵。あまり見たことがないので、レアなお得!?感すらおぼえた。しかも金箔の残り方もいい感じに荘厳で、みとれてしまう。

 中央の小さな厨子の中には、阿弥陀如来さまが静かに立っていらっしゃる。向かって右手には丈六の大日如来坐像が、左には阿弥陀如来坐像がおごそかにいらっしゃった。建物は小屋めいているけど、中はちょっと贅沢な極楽だ。

 己高閣・世代閣だけでなく、ぜひ薬師堂や大日堂もお見逃しなく! お寺のお内陣ではないけれど、地元の方たちが親しみ、大切にお守りされている仏さまが、湖北の観音さまたちの醍醐味なのだ。ということが、徐々にわかってきた。

 それにしても「のぞき」ではなく、もうすこしお近くでお会いしたかったなあ。
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2016/6/10

世代閤(よしろかく)  神社仏閣/教会

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 もうひとつの収蔵庫、平成元年に開館した世代閤には、さらにたくさんのお像や屏風、古文書が並ぶ。壁際にある4面のガラスケースには、お宝がぎっしりずらりと。

 ここに展示されている薬師如来(天平時代 重要文化財)は、行基が開いたこの地のお寺・戸岩寺(といわじ)のご本尊だったものだ。がっしりとした体格で、いかにも病気知らずなビジュアルは、さすがお薬師さまである。(下の写真左側)

 見逃せないのが、魚籃観音(ぎょらんかんのん)のお像。これ、見たかった!(下の写真右側)

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 その名のとおり、右手には観音様らしく蓮の花をお持ちだが、左手に魚のはいった籠をさげていらっしゃる。しかもサザエさんの買い物カゴからネギが出るごとく、魚籠からは魚のシッポが見えている。そしてなんと上半身はもろ肌脱いだセミヌードだ! かつての海女さんのようでもあるが、「観音が誘惑してどーする!」と、観音界が炎上しそうな由々しき事態である。魚籃観音さま、攻めの姿勢ハンパなし!

 いや、でもしかし「日本霊異記」には、観音様が男の夢の中で誘惑する?話もあったような・・・。

 魚を持つ観音様の由来は、中国、唐の時代に、観音さまが、魚をあつかう美女に姿を変えて、法華経をひろめられたという言い伝えによるものだそうだ。もろ肌ぬいだのも、布教に効果的だったから? と、つい下世話な詮索をしてしまった。

 その他、世代閣には、薬師如来の守り神である十二神将像(うち三躰は重要文化財)や十社権現、日光・月光菩薩像など、いくつかの貴重なお像や宝物類がおさめられている。

 十二神将像は細かで繊細な造りで、干支の十二支それぞれに対応している。どなたがどの干支かは、像の頭部にちゃんと干支をかたどったものが付いているので、一目瞭然だ。自分の干支の大将さまにご贔屓にしていただけるよう、念入りにお参りするといいらしい。

 とくに卯年の安底羅大将(あんちらたいしょう)は、本体は「いかつい」のに、幼稚園児のお遊戯のときにかぶるような兎面がキュートで、そのアンバランスが面白い。「あんちら」というお名前も、「ちんちら」「あんごら」などの兎の名前にも似ていて興味深い(そこ!?)

 現在、これら宝物館のある場所は、與志漏(よしろ)神社とよばれる神社の境内で、世代閣という名前もここからきているのだ。

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2016/6/9

己高閣(ここうかく)  神社仏閣/教会

 ものすごい気さくな本日担当のおじさんが誘導してくださり、己高閣に入る。テープで説明を聴き、各々がじっくりと拝見する。

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 己高閣は、昭和38年(1963年)に、鶏足寺の宝物館として建てられた。
中には、本尊の十一面観音菩薩像や七仏薬師像などのお像が納められている。(写真は観光看板より↓)

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 十一面観音像は、平安時代前期の作とされ、木肌の見える素朴な風情がいい。装飾がほどんどないのが、「自分のことより他人が大事」的で安心して頼れそうだ。人々の苦しみを救い、あまねく願いをかえてあげようという「悩みも願いもどんと来い!」的なお力を感じる。

 脇に並んでいる七仏薬師のお像は、六地蔵のように同じではなく、それぞれにお顔がちがって、ユニークだ。なかにひとり、「へうげもの」がいたように記憶している。(写真は観光看板より)

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 この七仏薬師は、かつて鶏足寺の別院だった法華寺のご本尊だったものらしい。7体そろっていらっしゃるのは、他に千葉のお寺にあるだけとか。

 これらは類例が少なく、平安後期の作という稀少なお宝なのに、県の指定文化財止まりなのが不思議だった。お世話役のおじさんによれば、地元の方が知らずにピカピカに磨いたから重要文化財指定から外れた、という悲喜劇に見舞われたとか。いや〜、平安後期とは思えないキレイさだったのは、そのせいですか! ここでも「きれいにするほど、文化財としての箔は落ちる」という見本が。村人の篤い信仰心や献身的なお世話が、文化財としてのランクを下げるとはね。皮肉なもんです。なんとなく「肩書きなんてくだらねえ」という手塚治虫の「ブラックジャック」を思い出した。

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 ところで「法華寺」といえば、関ヶ原の戦いで敗れた西軍の総大将、石田三成が幼いころ、お小姓をしていた寺院だ。そこで秀吉に出会った三献の茶の話も有名。三成は、寺に立ち寄った秀吉に、最初はぬるめのたっぷりのお茶をさし出した。そして二番目は少し熱く、最後は熱々のお茶を出して、秀吉を感心させた、という話だ。

 己高閣には、他にも不動明王、多聞天などのお像がお祀りしてあり、ここでもベルトのバックルみたいな「獅嚙(ししがみ)」を見た。

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2016/6/8

アップダウンの自然観察  おでかけ

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 この風景の美しさ、色彩の鮮やかさは、ふと「テクニカラー」や「総天然色」という言葉を思い出すほどだ。

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 ちいさな湿原に遭遇。私は行ってないが、他の会員の方は、以前文学散歩で行かれた、やはり湖北の「山門湿原の森」を思い出されていた。寒地のブナと暖地のアカガシが混成している珍しい山林で、その中にある湿原は貴重な湿原植物の宝庫で、数多くの昆虫がが生息しているそうだ。今の季節なら、ササユリがみられるそうだ。

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 そこで水たまりの上の枝に泡で包まれたモリアオガエルの卵があったそうで、ここでもそれを発見された。実年齢はともかく、心は瑞々しい乙女の好奇心と探究心を持つ諸先輩方に敬服。

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 まるで日本初のカラー映画「カルメン、故郷に帰る」のワンシーンのような光景だ。

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 山の中らしい、しっとりした場所には、こんな可憐な花が。エキスパートのように昆虫や植物に詳しい方が、即座に名前を教えてくださったのに、失念。残念。やはりメモが必要だった。

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 見た感じアジサイの原種みたいで、コアジサイのよう。白はよく見るけど、この仄かな青紫は珍しいとおっしゃっていた。山の妖精のように可憐。

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 下り坂が終わり、平地に出る。湖北の水田は、やはり湖南より一足遅い風景が見られる。まだ水面もみえて、田んぼに空が映る素敵な季節が巻き戻したようで、わくわくする。

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 平地からまたしても上り坂(汗)

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 でも、ほどなく到着(ほっ)

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2016/6/7

信州のようなハイキング  おでかけ

 またもや登りの道で、必死に足を持ち上げながら、石段をぜいぜいしながら上がって行く。でも、緑が感動的にうつくしい。まさに目に青葉。やはり徒歩にして正解だ。山の中の道を抜けると、明るく視界がひろがる場所に出る。

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 青空、白い雲、羊歯の土手、風にそよぐ紅葉の木。おまけに空気は爽やかで、風はひんやりと心地よい。

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 道しるべをたどっていく。

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 ゆるやかな坂道を、列になってのぼる昭和の乙女たち。左手には茶畑。茶畑にでは、お寺の建物がなくなったのに、どこを見るの?ということになってしまいそうだけれど、ご安心詳しいOさんが、なぜかお茶は山の上の、開けた斜面でないとうまく育たないと教えてくださった。

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 空気の澄み方が高原のよう。そういえば、この風の爽やかさは、信州に似ている。

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 いや、もはや景色すら信州めいている。バスで1時間半の「なんちゃって信州」だ。

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 と思っていたら、観光看板に遭遇。いやいや、ここは「湖北の観音の里」であることを、思い出させてくれた。

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 青紅葉が見事な「鶏足寺跡」に到着。不思議な寺名の由来は、話せばちょっと長くなる。

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 奈良時代、東大寺の建立に貢献した行基と泰澄の二僧が、近江の鬼門にあたる己高山(こだかみやま)に十一面観音をまつり、「常楽寺」というお寺を草建したのが始まり。

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 時を経て、延暦寺を開いた伝教大師・最澄が、行基菩薩の聖跡を慕って、このあたりまで来られ、不思議な鳥の声とその足あとに導かれて進むうち、すっかり朽ち果てていたお寺の跡に、十一面観音のお像を見つけたのだそう。

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 その後、鶏足寺は、室町時代には僧坊百二十宇と記録されるほどの大伽藍(がらん)持った大寺院になるも、その後は衰退。現在は昭和八年に焼失してしまった本堂を含め、己高山の山中に、いくつかの建物跡や墓地庭園などの「跡」を残すだけだ。飯福寺は鶏足寺別院のひとつ。

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 「鶏足寺」で有名なのが、ご本尊の十一面観音像(重要文化財)。この観音様を含め、かつて鶏足寺にあったお像は、現在、己高閣(ここうかく)、世代閣(よしろかく)という宝物館に納められている。それらを目指して、なおも進む一行であった。

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2016/6/6

石道寺  神社仏閣/教会

 石道寺は奈良時代の開基で、平安初期、最長の中興と伝えられている。当初は天台修練の道場として栄えたが、現在は無住で観音堂のみが残る。

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 もとは山間部にあった真言寺院だったが、仏様を世話できるよう、大正3年に現在の麓の里へと、村人たちが観音堂を移した。

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 無住なので、村人が交代でお世話をされている。観音堂に入ると、カセットテープのボタンが押され、説明が流れる。村人の方は複数おられたが、「すみません、わたしら素人ですので、難しい質問には答えられません」と事前にフェイントをかけられる(笑)

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 本尊の十一面観音さまは、ケヤキの一木造りで、平安中期の作。唇の彩色が鮮やかに残っていて、荘厳というより身近なおねえさんといった風情だ。金色の流水のような光背も面白い。

 村の方が、「もっと前の近い所でご覧ください」と、勧めてくださる。そして、こんなことはめったにないが、村の方が懐中電灯を貸してくださった。「これを当てると、よく見えますよ」と。おかげで彩色の具合や表情が、はっきりと見て取れた。大助かりである。皆さん、大変よろこんでおられた。

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 井上靖の「星と祭」の中では、「村の娘のよう」と書かれているらしい(読んでなくてごめんなさい!)

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 両側には四天王のうちのふたりの天部、持国天と多聞天がいらっしゃる。鎌倉時代の作。四天王のベルトにあたる部分には、鬼のような顔がついている。「これはなんでしょうね?」と不思議に思った方、続出。

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 帰宅後調べてみたら、「獅嚙(ししがみ)」というものだった。文字通り獅子が(綱/帯)を噛んでいるデザインだ。関西に多い図柄らしく、魔除けになるらしい。また「獅嚙文」という正倉院裂の代表的な文様もあるそうだ。正倉院ということは、奈良時代!? そんないにしえより受け継がれている日本の伝統的な文様なのか〜!?

 素朴な仏様とあたたかなおもてなしにほっこりしつつ、石道寺を後にする。次はちょっと歩くので、足に自信のない方はバス移動のバス組へ。私はがんばって徒歩組に参入してみた。「とほほ組」にならないよう、こころして。

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2016/6/5

木之本・石道寺へ  神社仏閣/教会

 そそくさと旧高月を出たあとは、旧木之本を目指す。石道寺は、以前H氏と行ったことがある。山の中にあるお寺なので、バスから降りて、いくぶんか歩かなくてはならない。こちらの十一面観音は、素朴で唇に紅があるような愛らしい仏様だ。

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 道の脇には石垣があり、山水が流れる細い水路がある。

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 流れる水は、清らかで冷たそうだ。手入れもよくなされていて、和やかな気持ちになる。

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 マンホール発見! 旧木之本町の町の花である「こぶし」と、町内の3つの川、高時川、杉野川、余呉川を組み合わせたものだ。これは旧高月町より、いくぶんかわかりやすい。少なくとも「花と川」であることくらいは理解できる。

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 途中に、石段が古めかしい神社を発見! 思わず立ち止まって見入ってしまう人続出。古代めいているのに、きちんときれいに石が並んで高さも整っている。扁額をみれば、「神前神社」というらしい。

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 どんどん坂道をのぼり、野の草花が咲き乱れている場所を発見! シロツメグサと野アザミだ。

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 観光駐車場の横には、巨石がごろんと。

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 マーガレットの上には、ヒツジ雲。

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 サツキと青紅葉のなかを歩く一行。風はすこしひんやりして、空気は澄んで爽やか。とにかく気持ちがいい!

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 すこし息を切らしながら、のぼってのぼって。高みからの景色は、「ここはどこ!?」と問いかけたくなる美事さ。

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 あともう、ひといき!

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 到着しました、石道寺。お堂のような、ちいさなお寺である。

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2016/6/4

トップ・オブ・ザ仏像  神社仏閣/教会

 仁王門には、珍しい法輪付きの鬼瓦が。

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 お堂に上がらせていただき、回廊を通って仏様のお部屋へ集合し、ご住職の説明を拝聴する。

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 ご住職の話によれば、奈良から平安時代にかけて十一面観音信仰が一大ブームだったそう。湖北に十一面観音が多数残っているのは、その名残だとか。何といういにしえからのものが、脈々と! 恐るべし、湖北。

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(観音様の写真は「国宝への旅 1」/ NHK出版 より)

 この観音様は、2メートル弱の檜材の一木彫だ。つまり檜材そのものが、かなりの巨木で、樹齢も千年を越えるものらしい。そして仏像は平安時代初期に作られたもの。そんなに古いのに、保存状態は素晴らしい。

 その秘密は背面から内刳(うちぐり)を行っているから。そのため気温差による木の伸縮を自在にし、ひび割れが起こりにくいのだ。もともとは彩色や金箔もあったらしいのだが、度重なる戦火により村人が土中に埋めたため、すっかり剥がれ落ちて黒い観音様になったという話だ。なんとはなく、スペインの黒いマリア像を思い出した。

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 ガラスケース越しではなく、近くまで寄って拝観することができる。リアルご対面だ。しかも光背もないので、観音様本体が360度から拝見できる。この観音様にお会いするのは、3回目だろうか。近々には3年前に、れんくみさんと一緒に見ているのが最後。

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 360度から拝見できるおかげで、さらに光背もないため、真後ろの「暴悪大笑面」という顔もじっくりと見られる。初めて見たときは、驚愕しましたよ。だって、真後ろとはいえ、観音様にこんな顔がついているなんて! 

 この観音像は元々、都に疱瘡が大流行して死者が相次いだため、聖武天皇の勅願で制作されたもので、白山信仰の祖である泰澄大師によるものらしい。

 その後は泰澄が開いた、慈雲山光眼寺というお寺が所有してが、戦国時代に織田信長と浅井長政による姉川の戦いで、堂宇は焼失してしまった。しかし、観音様だけは、住職と門徒たちに土に埋められて守られたのだ。寺はなくとも仏は残る。信仰とはそういうものなのか。

 しかしこの美仏に、実は一部欠損があることは余り知られていないのかもしれない。ご住職の話。
「明治33年の写真には、左手にお持ちの水瓶(すいびょう)から蓮の花がでているのですが、今はございません。どなたかが、記念に持ち帰られたようです」。
 ご住職はさらりとおっしゃったが、これは怒りやクヤシさを滲ませるよりも、よけいに伝わるものがあった。読書会のみなさんも、いたく心を痛められた様子で、帰りの回廊に蓮の花があった頃の観音様の写真を、足を止めてしげしげと眺めておられた。

 「記念に持って帰られた蓮の花」は、セパレートされ無意味なものになってしまったのでは。そんなこんなの人間の愚行をも、真後ろのお顔は笑っているのかもしれない。

 読書会の方々は、好奇心旺盛で説明への反応もいいため、ご住職も気分よくお話できたのではないだろうか。めいめいお礼を述べながら、爽やかな晴天の下、バスへと戻る。

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2016/6/3

向源寺の仁王さま  神社仏閣/教会

 ツアーの最初は、いきなりトップ・オフ・ザ仏像の登場だ。観音界はおろか仏像界でも屈指の美しさを誇り、日本彫刻史上の最高傑作といわれている、「渡岸寺観音堂(向源寺)」の十一面観音さまだ。白洲正子が、みうらじゅんが、そして仏像にさして興味がないH氏すらも絶賛した仏像である。言うまでもなく国宝である。

 「渡岸寺」は地名で、寺院の名前が「向源寺」。

 その「向源寺」にむかう途中に採取した、旧高月町(現在は合併して長浜市)のマンホール・デザイン↓ 右下「土」、右上「緑」、左下「水」、左上「新風」をデザインしたマンホールらしいけど、説明をみないと全くわからない(汗)

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 いくつか角を曲がったら、向源寺に到着。

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 斜めに伸びた松がアクセント。

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 結界をむすぶ石橋を渡れば、仁王門。

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 りりしく、動きのある仁王様もいらっしゃいます。平安時代初期のもので、痛みがひどかったため修繕されたとか。

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 のちほどお話をきいたご住職によれば、修繕すると文化財としてのランクが下がるので、現在では滋賀県指定有形文化財だとか(以前は国の重文だったかと。うろおぼえですが)。
 
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 あ、だから百済寺の仁王様はあんなに虫食いだらけで放置されていたのかも??なんだか釈然としないなあ。きれいに補修された仁王様は、心穏やかに鑑賞できるのに。

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 金網がいささかしっかりしているので、金網越しに写真を撮ると蜂の巣ごしに仁王様を見るようだ(汗) それでも彼等の力強さや、衣の流れるような動きが伝わって来る。

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 もちろん私の仁王様鑑賞ポイントのおみ足も、確認済み。

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2016/6/2

「湖北の観音めぐり」へ!  おでかけ

行くか、行かざるべきか、それが問題だ。とさんざん悩んだ今年の読書会の文学散歩。メニューは「湖北の観音めぐり」だから、申し分ない。大変魅力的な内容だ。

 問題は8時集合、18時解散という時間。H氏と共に家を出て、H氏の帰りにはもしかすると間に合わないタイトなスケジュールなのだ。もちろんH氏はなんとも思わないだろうが、自分の中でひっかかっていたのだ。前回や前々回ほどには、正直「ぜひとも!」という気持ちがなかったからだろうとも思う。

 でも何かで読んだ記憶がある「医王寺」には、行ってみたい気持ちがあった。どこがいいのかは、すっかり忘れてしまったが、「医王寺」という名前だけは、なぜか覚えていたのだ。山口百恵さんの「いい日旅立ち」のように、「私を待ってる人(ほとけさま)がいる〜♪」という勘なのかもしれない。ちなみにH氏は私のことを「勘とラッキーだけで生きている」と評している。(そしてある意味、それは当たっている・汗)

 しかし、「よし、行くぞ!」と決意したときには、すでに締め切り日を過ぎていた(大汗!)

 おやおやおや!! 

 悩んだり考えたり、日頃し慣れないことをするからこんなことに・・・と思いつつ、おそるおそる担当のOさんに、参加可能かどうか電話してみた。するとまだ席があるので大丈夫とのこと。
 ラッキー! H氏の紙魚子評は、こりゃまたバッチリ当たっていたのである。
 
 結果をいえば、お天気だけをとっても最高の行楽日和だったし、いままで思いもしなかった観音さまを巡る旅になったのだ。一人で、またはH氏とふたりで行ったとしても、発見できなかっただろう奥琵琶湖の旅だったのだ。あるいは観光会社の湖北の観音ツアーに参加してさえも、味わえなかったかもしれない、なんとも得難い旅になった。読書会の文学散歩は不思議な醍醐味を味わえる旅なのかもしれない。

 まず集合時間に遅れないか心配していたけど、道中渋滞もせず、すいすいと来られたおかげで、余裕で集合場所のホテルのロビーに到着。受付を済ませ、マイクロバスに乗り、同じグループの方と同席させていただく。近江八幡のヨシの美しい西の湖を通り、琵琶湖岸を一路走る。

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 風が強いので、琵琶湖には白波が立っているけれど、まぶしいほどのお天気だ。バスの中でお世話係の方から、今日のスケジュールと、行く場所の説明をしていただけたので、しっかりと頭に入れることが出来、あとあと現地でとても役にたった。

 彦根、長浜を通り過ぎ、1時間30分もかからずに、すいすいとバスは高月に到着。観音めぐりのスタートである。
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2016/6/1

5月の終わり6月のはじめ  家事・畑仕事

5月の終わりと6月のはじめの1週間は、やたら忙しかった。

 まず蛍を見なくては! 

 と思い立って娘をむかえに行くついでに、まず5月の末に蛍スポットに佇んで見るも、空振りに終わる。6月にはいってから2度目を見に行ったら、橋の付近を3匹だけ点滅しているのを確認できた。

 それから火星の大接近だ。5月の末か6月のはじめの夜空を見上げたとき、ハッキリと確認できた。赤く光る星が、仏様の光背のように、光の筋を放って輝いていたのには驚きだ。

 5月中、わが家の食費における家計を助けてくれただけでなく、あちこちにお裾分けできるくらい稔ってくれたスナップエンドウも終焉をむかえつつある。毎日、収穫と豆の筋取りにいそしんだ日々も、これで終わることになる。キャベツの虫チェックも欠かせない。サクランボの収穫チェックも大切な仕事だ。もっとも収穫量は20個に満たないが(汗) 6月に入れば、茄子とミニトマトの収穫チェックがはじまることになる。まもなくタマネギの収穫も一日がかりでしなければならない。

 お天気のいい風のある日を狙って、久しぶりにたぬき亭のワックスがけもしてみた。やはり歩く所はワックスどころか、床板が磨り減って白くなっているので着色も一緒に。残念ながら全部はできなかったので、後半分は今月中にできればいいのだけれど。

 そして6月2日は、近江八幡の読書会の有志が集う文学散歩のバスツアーがある。今年は「湖北の観音めぐり」。
 ただし「文学散歩」の元ネタである井上靖の『星と祭』は読む余力なし(汗) 例会の課題本だけで手一杯なのです〜(汗) 今年度、課題本になったとき読みます〜(汗) 白洲正子さんの『十一面観音巡礼』は、遥か昔、マイブームが白洲正子さんだった頃、読んだような気も・・・?

 ということで、明日からは「湖北の観音めぐり」ツアーレポートです。このために急遽カメラを買うくらい、気合いを入れて行って来ました!(気合い入れてるなら、本も読めよな!) 
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