2016/8/31

美観地区をぶらぶら その2  路上観察

 一旦、アイビースクエアに戻り、館内の少しお高いレストランに入るかどうか、ちょっと迷った。でもせっかく素泊まりにしたのに、結局ここで食べると「負ける気がした」ので、負け惜しみに外へ出る事にする。

 この選択、後悔したり喜んだりと起伏に富んだ「その後」がある。これも知らない土地でのアクシデントという醍醐味。

すでに空腹にも関わらず、さっきの「蔵路地」にも迷い込んでみた。

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 「神々の世界」に迷い込んだりはしなかったけれど、夕暮れの空気感で、なんともノスタルジックな気分になる。心は、子ども時代だ。

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 青春な白シャツの若者たち。バックの明治の洋館とあいまって、雰囲気抜群。

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 私も向こう岸に渡ってみよう。

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 期せずして「倉敷民芸館」の前を通りかかる。明日行きたい場所なので、ちょうどよかった。

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 とうに閉館時間を過ぎているので、門は閉ざされている。5時には閉まるが、ちょっと早い時間、9時にはオープンする。

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 今は夏らしく、「ざるとかご」の企画展。うれしい、ザルもカゴも大好きなのだ。

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 たそがれている倉敷もせつなくて、いい。

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 と、のんびりとそぞろ歩きを楽しんでいたら、ばたばたと店じまいが始まっている!

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 えっ!? 6時に食べ物屋さんが店じまい?? かきいれ時なのに?? 

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 美観地区は伊達ではない。町並み保存のため、コンビニもないのだ。どーする!?
 
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 と内心パニックになりつつも、沢山の張り紙にひかれて骨董品屋さんの前で立ち止まる私(笑) 今日は月曜日。夏休み中は、大原美術館も無休で月曜もオープンしていたのだ。
 しかし、お店は大原美術館にあわせ、ただでさえ月曜休みのところが多いのに、6時で閉店になるとは(汗) この骨董品屋さんも「ちょっと一休み」してはどうかといい、あまつさえトイレまで勧めているのに、お店は閉まっていた。

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 そういうわけで、このお店での「出会い」も残念ながら皆無だった(悲)

 でも、そこを通り過ぎた角に、「一品料理」の文字が! う〜ん、酒房なので、お酒を飲まないといけないのか? いや、旅先で酔っぱらってる暇はない!(「この意見には個人差があります」) でも腹が減ってはイクサができないともいう。ここは真正面から正攻法で挑んでみた。

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 のれんをくぐり、粋で元気な板前さんの「らっしゃい!」という声に答えて、「すみません、お酒はのまなくて、ゴハンだけなんですけど、大丈夫ですか?」と言ってみたら、逆に恐縮されて「定食屋さんじゃないから、割高になりますが、それでよければ」と、おかみさんの返事。ああ、もう、ゼンゼン!! ゴハンにさえ、ありつければ! それにしても、まるでドラマに出て来るような、威勢もカッコもいいお店のひとたちだ。

 こうして、私の初「ひとり居酒屋」の火ぶたは切って落とされた。とてもこざっぱりとしたお店で、おじいさん、おじさん、おばさんの三人が、アットホームに明るくおしゃべりしてくださった。おじいさんは寡黙な人だったが、彼はもうひとりの客であるお馴染みさんと、ぽつりぽつりと語らっていらした。

 青春18キップで5時間かけて滋賀県から来ました、滋賀県は鮒寿司だね、とか様々に話をして、かなり美味しかった突き出しのあと、「滋賀県には、こんな新鮮な魚はないでしょう♪」と板前のおじさんが自慢げに、珍しい「サワラの刺身」が混じった注文の刺身の盛り合わせと、揚げ出し豆腐をだしてくださった。

 おばさんは、サービスの冷たい赤紫蘇ジュースと、たっぶりのおしゃべりを、おじさんがラストに、皮も食べられる高級マスカットを二粒、デザートにおまけで出してくださった。忘れていたけど、お味噌汁もサービスで。

 そこで私がありついたのは、おいしいゴハンと岡山の人情だろう。アルコール抜きのゴキゲンなディナータイムを、豊かに過ごす事ができたのである。

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 魚料理のおいしい「八重」さんです。倉敷に来られた時には、是非ご贔屓に。
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2016/8/30

美観地区をぶらぶら その1  路上観察

 本町通りから美観地区へ。

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 このスタイリッシュな建物は、「倉敷公民館」! 

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 とても「公民館」とは思えないお洒落な佇まいだ。

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 なんだかジブリのアニメに出て来そうな、もしくは「いいちこ」のCMに出て来そうな風景。あのトンネルを車で通り抜けたら、「千と千尋の物語」の世界に迷い込んでてしまいそう。トンネルは「鶴形山隧道」。大きなハニワが二つ並ぶお店は、たぶん備前焼の竹宝堂さん。

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 この重厚な洋館は、旧倉敷銀行。中程のアーチ型の窓には、虹色のステンドグラスが嵌め込まれている。贅沢なつくりだ。むろん作ったのは大原孫次郎とその父だ。今では中国銀行の支店となっているが、倉敷ではここを「本店」と呼ぶ人も、まだいるとか。

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 この建物の際を通ると、有隣荘や大原美術館へとつづく。

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 小径の入口も素敵。街灯も松も、すんなり絵になる。

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 小径から見る隧道もまた、なんとも趣がある。

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 横手には、誘い込むような蔵の路地。まるで別世界。アンノン族の昔から、倉敷が多くの観光客のハートを鷲掴みにするのも、大いに納得。アンノン族から30年以上経っているので、「それなに?」という方も多いかも。

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 「ディスカバー・ジャパン」という旅行のキャンペーンを国鉄(現在のJR)が打ち出し、山口百恵の「いい日旅立ち」がキャンペーンソングとなった。その頃創刊された、若い女性をターゲットにした雑誌「アンアン」と「ノンノ」が、シックなまちをセレクトした旅の特集を組んでいた。それを読んだ若い女性が、シックな観光地にグループ旅行をするのを、世間は「アンノン族」と呼んでいたのだ。遠い、70年代の話である。

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 はい、ここからは蔵と川と柳の三点セット、お馴染みの「倉敷らしい」風景になります。この景色を見て初めて、「倉敷に来ました!」と思えるので、春の私の旅はまだ、「倉敷に来た、みたい」どまりだったのかもしれない。

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 柳ごし、川越しの有隣荘。

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 立派な石橋も入れ込んでみました。

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 有隣荘の門。やはり孫三郎さんは、独特の美意識だわー。

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 うっとりと川に沿って歩いていると、

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 明治時代のポストに遭遇! しかも現役!!

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 「デイリーポータルZ」の調査によれば、この「書状集箱」、なんと倉敷まで行かずとも、滋賀県の愛知川にも(少なくとも2009年までは)あるらしいです。もしお近くの方がいらしたら、確認してみてください。

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2016/8/29

阿智神社を目指す。  神社仏閣/教会

 さきほど雨宿りしたアーケードから見た阿智神社が、なんとはなしに気になる。

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 すっかり晴れ渡った今も、誰もいないけど、思い切って階段をあがってみる。

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 大岩のご神体?の前に、ちいさな社が。なになに、御祭神は「八意志兼神(やごころおもいかねのかみ)」さま。初めて知る神様かも。

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 八百万の神のなかで、最も思慮深く、知恵と知識を兼ね備えた、企画開発の神。御神徳のなかに、「痴呆除」の文字が私の中でひときわ燦然と輝き出す。これはお参りしとかなくては! 将来ではなく、いますぐ必要!

 でも登っても登っても、どんどん寂しくなるばかり。残念だけど、夕方だし諦めてお寺の方向へ右折。

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 りっぱな鐘楼を仰いで、その由来などを読む。

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 別院というのはよく聞くけれど、別格本山というのは初めて。

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 別格本山「観龍寺」。以下の説明はウィキペディアより。

 寛和元年(985年)尭勢津師により現在の倉敷市西岡に慈照院(西安寺)の塔頭として開創。当時は北斗山宝積院と称していた。

室町時代に鶴形山の麓、現在の駐車場の場所に移転し、寛永元年(1624年)現在の地に再移転し、同年に宝寿山観龍寺と改称された。江戸時代中期の1740年代に2度にわたり伽藍が焼失、本堂は寛延2年(1749年)に再建以降時代に整備し現在に至る。再建された本堂の屋根瓦は古い物で約250年前のものとされ、三つ巴やリンドウ、菊などの紋が刻まれている。


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 同じ鶴形山の妙見宮(現在の阿智神社)は室町時代末期に倉敷村の鎮守として現在の観龍寺の場所に祀られ、文禄3年(1594年)に現在地に移転した。寛永元年(1624年)に観龍寺が妙見宮別当となったが、明治2年(1869年)神仏分離令により妙見宮は分離され阿智神社に改称している。

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 阿智神社については、神社のHPを参照してみよう。

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 応神朝に朝鮮半島より渡ってきた漢の霊帝の曾孫、阿知使主(あちのおみ)一族。彼等は「製鉄」「機織」「土木」等の先進文化を担う技術集団として、吉備国の繁栄の礎を築き、当時、島(内亀島)であったこの鶴形山に神々の天降られる斎庭として、日本最古の蓬莱様式の古代庭園を造ったと伝えられている。

 社伝によると神功皇后がこの付近を航行の折、嵐に遭い祈願されたところ、三振の剣が天空より明るく輝いてこの山に天下ったため、「明剣宮」として、宗像三女神をお祀りしたとされている。

 中世、神道が仏教と習合し、明治までは「妙見宮」と称され、旧倉敷総鎮守の宮として近郷近在の人々の尊崇を集めてきた。
祭神の宗像三女神は皇祖神、天照大御神と素盞鳴尊の娘神で、海の守護神であり、交通交易、財宝、芸術、美の神でもある。その他、応神天皇を始め、約三十柱の神々をお祀りしている。
また山には神々をお祀りする磐坐(いわくら)が点在し、古代から神の島として崇められてきたと思われる。


 社伝では4世紀頃に開創とか。古い! 由緒ある神社なのだ。
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2016/8/28

美術と工芸を観る。  展覧会

 大原美術館で、まずお出迎えしてくれたのが、この絵↓
 
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 児島虎次郎の《和服を着たベルギーの少女》。あまりの素晴らしさに、すっかり虎ちゃんのファンになってしまった。これを見られただけでも、大原美術館に来た甲斐があったというもの。

 最初の方に、コローの風景画があった。フランスの自然主義的な田園風景画や農民画を描くバビルゾン派のひとり。バビルゾン派で有名な人は「落ち穂ひろい」のミレーだけど。そうそう、中学生の頃コローが好きで、複製画を買って飾っていたっけ。けっこう荒れてた公立の中学校だったけど、名画の複製画を廉価(中学生の小遣いでも何点か買えるくらい)で販売する日があって、シャレたところもあったのだ。コローの絵の前では、しばし「美術鑑賞」の原点に帰ってしまった。

 もちろんモネやエル=グレコやゴーギャン、ピカソやコローやルノワール、セザンヌ、ロダン、ロートレックなど、綺羅星のごとく巨匠の作品が目白押しだ。日本人だって、青木繁、岸田劉生、熊谷守一、佐伯祐三と明治以降のビッグネームが並んでいる。すごい美術館だと知っていたつもりなのに、心の準備が足りなかったのかも。あまりにビッグネームすぎる人たちの作品がつづくので、あっというまに私の中では飽和状態に(汗) ラストの現代美術にいたっては、ほぼスルー。カンディンスキーやクレーの抽象画は大好きだけど、現代美術はほぼスルー。ウォーホールですら、じっくり見たいと思わない。 

 でも「民芸」を中心に集めた「工芸品」の建物に移ると、めっきり人の数が減り、ゆっくりと鑑賞できた。おかげで河井寛次郎やバーナード・リーチ、富本憲吉、芹沢けい介など、じっくり見たい作品たちと向き合うことができた。

 「民芸」を陳列している建物自体も民芸っぽい和風建築で、土壁や竹の使い方も心和む。最近はぐぐっと民芸路線に舵をきっている私には、ストライクゾーンな環境である。というわけでJさんとは作品以外にも、建物に関する話題が多かった。

 混み合っていたミュージアムショップには、残念ながら「これ」とハートを鷲掴みにされるものはなかったので、残念ながら何も買わずに大原美術館を出る。

 美観地区のお店で、暑くて桃のシャーベット(ジェラートだった?)を買って(主観的には女子高生のように?笑)、ふたりで食べる。昔、友達との別れ際にかき氷を食べる、みたいな俳句を読んだ事があったけど、ちょっとそんな感じで主観的には叙情だ。客観的にはスリムで背の高いJさんはともかく、私は暑苦しいオバサンがアイスにむしゃぶりつくの図なんだけど(汗)

 Jさんを倉敷駅まで送って、私はふたたび「えびす商店街」を抜ける。
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2016/8/27

大原美術館にて  展覧会

 蔦の絡まるかわいい入口から敷地内に入ると、向こうに若い人たちの長蛇の列!!

 えっ、大原美術館って、いま、そんなに人気だっけ? それとも地元学生の夏休みの宿題になっている??

 と、一瞬パニック。

 でも実は私も密かに参加したいと思っていた井上涼さんのトークイベントがこの日の夕方に開催されるのだが、それが美術館入場券をお持ちの方、先着100名さままでが参加できるのだ。井上涼ファンが1時間以上前から列を作っていたのだった。
 すでに50人ほど並んでいたので、私が美術館出る頃には定員に達しているんだろうな、と早々に諦める。(実際、美術館を出た時には予想以上にビックリな長蛇の列だった。しかも、ほぼ若者・汗)

 ちなみに私は井上涼さんの存在を、 世界の「びじゅつ」を紹介する番組「びじゅチューン!」(NHK Eテレ)の、作詞、作曲、アニメ、歌のすべてをこなしていることで知った次第。。

 (以下の大原美術館の写真は、閉館後に撮ったので、門が閉まっています)

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 この蔦の這わせ方は、なかなかいいですよね。

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 大原孫三郎って、まれにみるセンスの良い金持ちだったみたい。

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 そもそも大原美術館は、実業家・大原孫三郎と画家の児島虎次郎の出会いから始まっているのだ。

 大原家はこの地でも屈指の地主であり、孫三郎の父孝四郎は、1887(明治20)年に倉敷紡績を立ち上げた実業家だった。
 若い頃は放蕩者だった孫三郎だったが、「広く社会に意義あることを」と会社の利益を還元すべく、様々な社会事業にも取り組むようになる。

 一方、児島虎次郎は、1902(明治35)年、東京美術学校西洋画科へ入学することとなり、孫三郎が立ち上げた大原奨学会からの支援を得るために大原家を訪ねる。虎次郎は大原孫三郎に見込まれ、奨学生になることができた。以来一歳違いの二人は、画家とパトロンという間柄を越え、生涯の親友となる。

 その後、虎次郎は、優秀な成績により飛び級し、二年で美術学校を卒業。更に研究科(大学院)に学び、東京府勧業博覧会の美術展で 《なさけの庭》が一等賞に。孫三郎のすすめで、虎次郎は海外に留学し、さまざまな作品に出会い、孫三郎に美術作品の収集活動を願い出る。

 最初は躊躇していた孫三郎も、意を決してこれを承諾。虎次郎が買い付けた作品を携えて帰国したその翌月、倉敷市内の小学校を会場に、作品を公開することに。すると、倉敷駅から会場まで長蛇の列ができ、全国から多くの観客が押し寄せた。この様子を見た孫三郎は作品収集の意義を確信する。

 その後、作品収集のために、虎次郎を三度目のヨーロッパへ旅立たせ、その際エル・グレコ《受胎告知》、ゴーギャン《かぐわしき大地》、セガンティーニ《アルプスの真昼》などの美術館のメインとなる作品たちが収集されることになった。

 しかし、残念なことに虎次郎は、1929(昭和4)年、47歳という若さで亡くなってしまった。
 この早すぎる死を悼んだ孫三郎は、虎次郎が収集した作品、そして虎次郎が画家として描いた作品を公開するために、美術館建設を決意する。 日本全体が不況にあえぎ、自身が社長を務める倉敷紡績の経営も順調でなかった中で、1930(昭和5)年に大原美術館が開館した。

 それは、虎次郎との友情を記念するものであり、また「広く社会に意義あること」つまりは「今を生きる人々にとって意義あること」を願うものだったのだ。

 この2人の友情については、井上涼さんの「びじゅチューン」のアニメ、「とらとらまごまご」で垣間みることができる。私たちも美術館2階の奥の小部屋で(正確には小部屋に入りきれなかったので)、外から「とらとらまごまご」のアニメを見る事ができた。

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2016/8/26

大原美術館へ  展覧会

 大原美術館に行く前に、まずは重くなってしまった荷物を置きに、宿泊する「アイビースクエア」でチェックイン。

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 建物は素敵だけど、宿泊する室内は、ほぼビジネスホテル。格安プランですから〜(笑) でもひとり旅だし、お部屋はフツーで充分。

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それでも、大浴場があるのがうれしい。個室のお風呂はちょっと苦手。

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 アイビースクエアは、ホテル内の入口やレストラン、フロントに続く廊下やロビーなどは、昭和レトロな雰囲気が漂っている、ちょっとロマンチックな建物だ。

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 たどり着くまでの敷地内には、天領倉敷(幕府)代官所跡の石碑が。

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 関ヶ原の戦い以降、この地は徳川幕府の直領である「天領」になった。江戸時代の終わり頃には、代官所の北側に教諭所がつくられ、明倫館と名付けられる。以来このあたりは文教の中心地となった。

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 幕末の不穏な情勢の折り、代官所は灰燼に帰したが、明治21年に地元の先覚者たちにより、代官所跡に倉敷紡績所ができる。倉敷紡績の隆盛は、倉敷の発展に寄与することになる。

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 「アイビースクエア」フロントまでのアプローチには、いくつかの記念館や体験教室などもあり、和洋の古い建物にきょろきょろ。

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 身軽になったところで、風情のある川沿いの道を歩き、少し離れた大原美術館へ。

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 アイビースクエアも大原美術館も、「美観地区」と呼ばれている場所にあるので、どこを見ても絵になる場所ばかり。

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 川もあり、蔵もあり、石橋もある。

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 旧倉敷銀行の重厚な西洋建築と、長く立派な土壁とのコラボ。

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 クラクラするような向かい合う蔵の路地。

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 ひときわ目を惹くオレンジの壁土と、松模様の凝った丸瓦を載せた「有隣荘」の土塀。壁の色は、松の緑との補色関係も計算済み?!さすがは大原孫三郎の別邸! 彼は病弱な妻のための住居として、「有隣荘」を作ったのだとか。

 通常は一般公開はされていないが、年に2回春と秋に特別公開されるそうだ。

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 こまかいですが、瓦自体の色も素晴らしいんです!! グラデーションのある織部グリーン! 思わず食いついてしまう私。道草ばかりでごめんなさい、Jさん!

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 もう目的地の大原美術館は、目の前に見えているのに!

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 龍の模様の石橋を渡れば、蔦の絡まる石積塀の、ゴージャス極まりない美術館だ。

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 ギリシア・ローマの神殿建築風。石造りではなく、セメントを使った人造石仕上げ。イオニア式柱の上には、三角ペディメント。当時の美術館建築の流行、アメリカンルネッサンス様式らしい。

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 設計は、薬師寺主計(やくしじ かずえ)さん。彼は、画家・児島虎次郎と同じく、大原の援助を受けてヨーロッパへ留学している。恩人・大原孫三郎のために、全力で理想の美術館を設計したのだろう。

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2016/8/25

蟲文庫さん  本・書店・出版

 本町通りには、やはり春にたまたま前を通りかかった古本屋「蟲文庫」さんがある。そしてやはり時間切れで、短時間しか滞在できず後ろ髪を引かれていたのだ。

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 お店の前にあるのは、店主・田中美穂さんの愛車だろうか? 彼女は自転車通勤なのだ。

 私たちに続いて、猫が扉を手であけて(!)勝手に入って来た。「うちの(猫)じゃないんですけど、自分で戸をあけてよく入って来るんです」と、ちょっと困ったような、でもややコミカルな、静か、かつチャーミングな口調でおっしゃった。5人も入れば「ひしめく」という感じになるほど、ちいさな古書店だ。私たちの他、あとでひとりずつ入店された2、3名のおじさまが、寡黙に本を選んでらした。

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 行きの車中で、「私の小さな古本屋」を読了したばかり。気持ちは、ややオーバーヒートぎみなくらいだ。
 作家・木山捷平さんのことが書かれた部分に、じんわりと共感する。なかでも木山氏も田中さんも3月の早生まれで、小さい時にはクラスメイトがなんなくできることがなかなかできずに苦労されているらしい。これにも大共感。何を隠そう彼等より若干早いとはいえ、私も3月生まれなのだ。

 それに昨日、田中美穂さんのブログをチェックもしている。

 ここで気の効いた読書人がチェックしているらしい(恥ずかしながら私は夫に教えてもらった・汗)「松岡正剛の千夜千冊」というブックレビューで、彼女の著書『苔とあるく』が取り上げられた話を読んでいたので、田中さんの喜びを分かち合えた。「松岡正剛の千夜千冊」に取り上げてもらえるって、ちょっとした殿堂入りだもん、すごいことなのだ。

 しかし気持ちが前のめりになっていたらしく、ご著書に出てきたペット?の亀の存在や、店内の古いポスター、販売品の手づくりヌイグルミのチェックも怠ってしまった・・・。すっかり舞い上がっていたのだ。私のバカ、バカ!

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 とはいえ友部正人さんのこと、ムカデを忌避するにはドクダミが有効な話などをして、店主さんとは和やかにお話できた。念願の店内の棚をチェック。格安になっている書籍や絵葉書を少し購入。蟲文庫なので、虫つながりの絵葉書。

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 赤瀬川原平さんの本は古書店で目についたら、なるたけ買うようにしている。山伏は常に気になる存在。メディア関連の人は、もしかするとKちゃんの卒論の資料になるかもしれない。バカリズムは完全にKちゃんへのお土産(「これ、買おかな〜と思ってたねん!」と、たいへん喜んでもらえた)。

 しかし旅人なのに、なんでこんなに重い本を買うのだろうな、私は(汗)
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2016/8/24

えびす商店街から倉敷本町通りへ  おでかけ

 さて、お店を出ようとすると、「白壁」の女性スタッフの方が出口までお見送りくださり、エレベーターを使う事を勧めてくださった。
「表通りから行くと日向になって暑すぎるので」と、親切にも裏通りのアーケードのある「えびす商店街」を通る事を提案してくださった。

 なるほど平日なのでひっそりしているが、アーケードがあるので日差しが遮られる。ありがたい。道々にさっそくカラーマンホールを見つけて、採取。

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 私のような方向音痴にとって、心強い味方になってくれるこんな路上案内も。

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道を隔てた「美観地区」にある観光のメイン、「大原美術館」の主力絵画を商店街で案内されていた。

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 エル=グレコの「受胎告知」↑

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 セザンヌ?と思いきや、ヴマンクの「サン・ドニ風景」でした↑

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 あ、これはカフェバー?の窓に張られていた、レトロなポスターです↑

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 こちらもお店の看板の横にあったもの。NHK衛星放送のウルトラシリーズのポスター。「人類を見すてるわけにはいきません」。

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 旅の途中なのに、つい気になってしまう展覧会のポスター。行けないっていうのに(汗)

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 商店街をのんびり歩いていたら、どんどん暗くなって、雷鳴と稲光と土砂降り。

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 屋根のあるところにいて、助かった。しばし待ったけれど、なかなか止む気配無し。商店街出口近くの雑貨屋さんに入って、雨が止むのを待つ。出口から見えた「阿智神社」の入口と石段。

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 それでも15分ほどで雨があがり、ふたたび青空に。翌日撮った写真だけど、商店街の出口はこんなかんじで、建物がやや蔵めいて「倉敷」っぽい↓

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 こちらは「民芸品」のお店。倉敷は民芸品の町でもあるのだ↓

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 倉敷民芸館があるのは、伊達じゃない。

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 「えびす商店街」を抜ければ、本町通りに入る。本町郵便局で、風景印をいただいたり、荒物屋さんで、蔓のカバンや竹で編んだもの入れにうっとり。手頃なお値段で、丁度探していたタイプのものがあったので、サンドイッチケースとして購入する。Jさんは私の大プッシュで蔓のカバンを購入される。
 実は私も前回お店の前を通りかかったとき、よほど買おうかと思ったのだが、今回は他に買う予定のものがあるので、泣く泣くスルー。

 泣く泣くスルーしたのに、「互茶」という手拭とお茶のお店の前で、はたと立ち止まってしまう。「カブトガニの手ぬぐいあります」という文字に、秒速で魂を奪われたのだ。カブトガニ・・・H氏の大好物ではないか!!

 Jさんに「ゴメン!! ちょっと入っていいかな?」といいながら、すでに入店する私。是が非でもゲットせねば!と意気込んでしまったのだ。

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 すっきりとしたいい感じの手拭が並ぶなか、力のこもったカラフルな手拭を発見。熊本とのコラボ商品で熊本の支援も兼ねられるならと、かえすカタナで、熊本手ぬぐいまで買ってしまう。

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 しかし帰ってひろげてみれば、これはなかなかクオリティが高かった。もし目にする機会があれば、是非、とおススメ。

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 ちなみにカブトガニは、たいへん夫婦仲がよいらしく、生息地の笠岡市では、砂浜を夫婦のカブトガニが、連れ立ってのそのそ散歩しているところが見られるらしい。2億年も同じ形状で棲息している、というのも素晴らしい。

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2016/8/23

まずはランチを。  おでかけ

 倉敷駅で、このときが初対面だったけど、Jさんとはすぐに落ち合えた。さあ、1時だし、とにかくお昼ご飯だー! 

 メインの観光地「大原美術館」は普段月曜休館なんだけど、8月は無休でがんばってくださっている。

 大原美術館を最終目的地にして本町通りを歩くんだけど、そのまえに、余りの暑さで、目についた和食のお店「白壁」に躊躇なく入る。いや実は、「ちょっと敷居が高そうかなあ」と一瞬躊躇したことを白状しておこう。でもメニューを見て安心。お昼のお得な定食をいただくことにする。茶碗蒸し、天ぷら、お刺身その他諸々が付いても千円しない。こんなに豪華なのに! 感激だ。倉敷ばんざい!

 初めて食べた冷たい煮物「そうめんうり(糸瓜)」は、Jさんによれば、この地方(少なくとも岡山とその周辺)では普通にスーパーで売っている野菜だとか。実を茹でると自然とウリの繊維質が糸状になってくるらしい。そうそう、こういうものを食べてみたいのよ〜、私は。って、写真撮るの、忘れてるよ〜(汗)

 そうそう、ゴハンを待っている間、一足先にお店をでようとお会計をしていた一家の小さな女の子が、いけすで横向けに寝ている?魚を見て、「やすらかにおやすみなさってるの〜?」と親御さんに訊いている。店内に、ひかえめでやさしい笑い声が満る瞬間だった。
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2016/8/22

リベンジの倉敷へ!  おでかけ

 今年の春、さんざん道に迷った末、1時間も遅刻してしまい、滞在時間が3分くらいしかなかった「つづきの絵本屋」さん。このリベンジは夏に必ず!と店主さんとの約束を果たすべく、またもや青春18キップで倉敷へ。

 一泊して2回使っても普通運賃の半額。今回は移動時間が半日がかりでも、一泊するので、まえよりは時間に余裕がある。分不相応だと思っていた、蔦の絡まるスクエアガーデンに、ネットで素泊まりの格安プランを見つけられて、ちょっと有頂天。

 1日目は広島のペンフレンドのJさんと倉敷駅で待ち合わせ、本町通りをブラブラ歩き、その中に蟲文庫さんの再訪を組み込む。というシンプルなプラン。

 ところがJRの事故で、結局1時間ばかり遅延が生じた。電車も行き先が変更になったり、新快速が快速になったりと、てんやわんやだ。

 とりあえずはなんとか姫路まで。

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 ちらりと見えた姫路城。

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 車窓からの風景ものんびりと。

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 ダイヤが乱れたおかげで、網干駅のホームで次の電車を待つ間、駅前の去年から気になっていた、ポスト型郵便局の写真を撮る事ができた。怪我の功名。

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 ときたま風は吹くけど、やはりホームは暑い。中途半端な待ち時間なので、改札をくぐって駅前を探検する(具体的には、その郵便局で風景印をいただく)こともできず、残念。

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 次は上郡まで運ばれる。ここも初めて降りる駅。

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 さすが岡山との県境だ! 中国地方でのカープ熱ポスターに、ニヤニヤ。

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 まるで近江鉄道のように小さな駅だけど、特急も泊まる分岐点な駅。

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 広島方面に向かう山陽と鳥取や島根に向かう山陰との分岐点なのだ。

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 滋賀県で言えば東海道と北陸の分岐点、JR米原みたいなものか。

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 次の乗るべき電車を訊いたら、交代した運転手さんと車掌さんが親切に教えてくださった。

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 改札の上では、風鈴が風に舞っていた。

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 特急の次に岡山行きの電車が到着。

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 のどかな車窓風景に見入る。岡山では、初めて同じホームでの乗り継ぎだったので、前のように階段の昇り降りでぜいぜいいうこともなく、楽勝。うれしい。

 岡山からの車窓では、倉敷っぽい「なまこ壁(の意匠?)」が時折垣間見えたりもして、「ついに来ました! まもなく倉敷!」感で、わくわく。予想通り倉敷到着は、ジャスト1時間の遅刻だった。
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2016/8/17

ミュージックプラザな夏休み♡  テレビ/ラジオ

 今年の春、ラジオの番組改編で、リスナーにものすごく惜しまれながら終了してしまった、NHK-FMの「ミュージックプラザ」が4日間限定ながら帰って来てくれた♡♡♡ 10年続いた人気番組で、すっかり定着して安心しきっていたから、番組の消失には、日替わりのDJさんたちだけでなく、リスナーも現実をうまく飲み込めないまま、半年が過ぎた。

 リクエストやお便りには、いまだに番組終了を惜しむ声が続出。復活は無理でも、こんなかんじで特番としてスポットで復活してくれたら、と強く希望している。
  
 私にしても、すでに生活の一部といっていい番組だったから、終わった時の喪失感はんぱなく、4日間だけとはいえ、復活がうれしくてうれしくて。

 残念ながら、月曜担当だった「つのだ☆ひろ」さんは途中から少ししか聴けなかったけど、木曜担当だった矢口清治さんの番組は必死で聴きましたよ。また矢口さんの語りは、スマートでお茶目で朗らか。ラストには「来週まで、必ずお元気で」と付け加えてくださるのもグッとくる。

 おまけに、矢口さんの番組のゲストは、水曜担当だった鈴木真由香さん♡彼女自身もうれしすぎてハメがはずれてしまう感じが、ラジオから伝わって来た(笑) 私だって、彼女の選曲センスやおしゃべりの背骨がとおった感じが大好きで、うれしすぎて、リクエストしちゃったよ!! 

 ☆リクエストはかからなかったけど、メールは矢口さんに読んでいただけた。ありがたきしあわせ!!!
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タグ: テレビ ラジオ

2016/8/15

「みっちゃん」へ。  たべもの

Kちゃんの近況。

 お盆シーズンにバイトのピンチヒッターで、友達のお母さんが経営している、ものすごく美味しい料理の出る居酒屋「みっちゃん」で、請われてバイトを2、3日することになった。

 「酒飲み放題、賄い付き、可愛がってもらえるし、パラダイス♡」!と本人はご満悦。 唯一の悩みは、美味しすぎて食べ過ぎて太りそう・・・だとか。

 近江八幡の以前ダイエーだった平和堂の駐車場裏のお店。人気店なので、予約しないとむずかしいそう。

 で、今日の夕方、まだお店が混雑する前にうかがってみる。和風スパイシーというか、山椒の使い方が絶妙。それに和風だしが美味し過ぎる! いくら味わってみても、家で再現不能で降伏。

 浅利の酒蒸しやうどんや揚げ出し豆腐、焼き鳥の盛り合わせをいただきましたが、すべて絶品揃いだった。店内もシンプルで清潔で居心地のいい空間なので、そりゃ常に満席だろう。

 そこに素人っぽい娘たちの接客が、不思議にはまっていたりして。「みっちゃん」、おそるべし!
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2016/8/14

風景印を求めてほぼ迷子。  おでかけ

 せっかく京都シネマにきたのだから、またしても歩いて京都駅まで帰る事にした。いえ、烏丸四条から京都駅まで、郵便局のハシゴをしつつ、風景印ゲットが目的なのだ。京都駅周辺に、未採集の物件があるはずだ。

 こんな暑い日に物好きな・・・と言うなかれ。京都の路地は神社仏閣に負けず劣らず面白いのだ。路上観察もでき、一石二鳥だ。

 ということで、京都シネマのある烏丸四条からスタート。銀行やデパート、大型書店もある、都会のど真ん中だ。

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 ホテルの入口には、グリーン・ウエディングドレスのディスプレイ。

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 この目抜き通りを一筋入れば一転、炎天下なので人通りもほとんどない、路地裏のめくるめく世界に(笑)

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 イタリアンレストランのとなり、古めかしい看板のお店は、まさかのネイルサロンでした!!↓

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「書道揮毫所」。

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「字を書く専門店」という「ふりがな」あり。

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ちょっと昭和な珈琲店。「豆堂」。

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おなじく豆を扱う豆腐店。

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看板も年代物で読むのもやっと(汗)

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蔦の絡まる♪のはロマンチック・・・と思うのは大間違い(汗)

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 東本願寺近くの「中珠数屋町郵便局」で、風景印の一つ目を入手する。ここまでは、迷わず来られた。郵便局を出て駅に向かって歩くと、なんとも懐かしい一角が出現する。

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おなじみ東本願寺。

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 東本願寺前よりのぞむ、京都駅前のシンボル「京都タワー」。街灯とセットで。

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 でもまだ帰らない。塩小路通りに曲がる。

 しかし、土地勘がないので、地図があるのに迷うが、大きなマンションの前に郵便局のオレンジの看板らしきものが見え、がんばって歩くも、

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 なんと、お稲荷さんの鳥居だったとは!!(がっくり!) 地図ではこの辺なのに・・・。

 角の果物屋さんのおじさんおばさんに助けてもらう。どうやら一筋まちがえたらしい。しかもたどりつくと、そこの郵便局には風景印はなかった(悲)

 気を取り直して、もう一度京都駅とは逆に、東大路通り方向へ。地図に不安があったので、路上の郵便配達のお兄さんに訊いて「大仏郵便局」にたどり着く。

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 かつて豊臣秀吉が作った方広寺の大仏があった場所の近辺だ。大仏の4代目が昭和48年まであったそうだが、惜しくも焼失したらしい。方広寺は徳川家康が因縁をつけた「国家安康」の銘の梵鐘があった場所だ。大仏郵便局の風景印は、その梵鐘が図柄になっていた。大仏郵便局で、近くに風景印のある郵便局の所在を教えてもらい、そちらに移動する。

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 大仏殿の正面にあったことから「正面通り」と呼ばれる通りを歩く。後ろにあるのは、豊臣秀吉を祀る豊国神社。

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 七条大橋は何度も渡ったが、同じ鴨川に架かる「正面橋」を渡るのは初めて。渡りきってから左折し、次なる「七条米浜郵便局」に到着し、本日3つ目をゲットだぜ! さあ、京都駅へ帰ろう。

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 一見、民家かと思ったが、「博物館」の看板に気づく。

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 げげっ、外科医療器具の博物館ですか・・・。

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 字体も、こころなしかコワい。

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 京都駅前に到着しました。

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 本日の収穫です♪
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2016/8/13

映画「団地」  映画/ドラマ

 リアル11日は、京都シネマへ「団地」を観に行く。

 事前に予備知識がなく知らなかったので偶然だけど、「若くして死ぬ」と中身がセットになっていたのを、見終わって知り、ちょっと興奮した。「若くして死ぬ」は「逝ってしまった人」の、「団地」は「残された人」の話。しかも藤山直美というドメスティックなドラマの人が主役なのに、ラストは「壮大」!(笑)

 当然、藤山直美さん演じる「ヒナ子」さんに自在に心をあやつられました。さすが! もちろんそのパートナーである岸部さんの飄々ぶりも♡ そして斎藤工さん・・・ヨカッタ☆ シリアスでありながら、のほほんとした不思議な映画。

 私が好きなのは、藤山直美ことヒナ子さんが、ボーダーのシャツの腕をバーコードに見立て、「ぴっ」「お客さん◯◯ですか?」などとひとり言をいいながら、コンビニのレジ打ちの練習??をするところ。

 その前に年若の店長に「あんた、どんくさいねん!」と罵倒されまくってるのに、めげてないところが、ほのぼの。

 ラストで私の隣の女性が「えっ!?」と声をあげていたっけ。突然思わせぶりなシルエットで終わっちゃうから。これは現実? それとも?って感じかな。
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2016/8/12

京菓子資料館  博物館

 まるで先程のおさらいのように、辻子か小路を通って、郵便局へ風景印をいただきにいく。老舗の京菓子店「俵屋吉富」さんの近くだ。せっかくここまで来たのだから、通り道にあった「京菓子資料館」に行くことに決定。

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 「俵屋吉富」の社用車も俵の黄色が塗られている。もちろんトレードマークである俵の絵もサイドにございます。

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 お勝手口のしゃりっとした暖簾も俵の意匠。

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 家紋のかわりに、俵のこて絵が!!

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 こちらは本店ではなく、裏手の支店。

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 いかにも京都らしい和の小径の角に、芙蓉がカジュアルに咲いていた。

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 きれいどころを撮ってみました。いいね! いいよ!

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 烏丸(からすま)店の隣が、俵屋吉富さん私設の「京菓子資料館」。 

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 和菓子のあゆみを分かりやすく展示されている。唐菓子(からがし)の模型や、古くから伝わる資料の公開をはじめ、国内でも希少な糖芸菓子の常設展示を行っている。唐菓子といえば、大河ドラマ「平清盛」を思い出す。神饌という神様にお供えするお菓子もあったっけ。米粉を団子にして、捻ったりY字型にしたり8の字型にしたりして、揚げたものだ。そんなところから繙いてあった。

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 門に隔てられたアプローチの敷石はきっと・・・俵!

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 なにげにデザイン力の高い石畳。さすがは老舗「俵屋吉富」だ。
 
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 それにしてもエレベーターの扉にまで俵の意匠は、ちょっと(汗)

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 五山の送り火に先立つ日にちだったので、「送り火」と名付けられた銘菓も。

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 私は味見ができる「山椒餅」の爽やかさにうっとりして、一箱購入。パッケージも山椒の葉の模様でかわいい。

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 もちろん定番商品である俵形の「たわらもなか」も、バラで二つ購入。写真はないが、金魚のパッケージに入ってひとまとまりになった「わらびもち」も、日持ちがするのでお供え用に購入した。その後、揃って帰途につき、長いウォークツアーが終了したのであった。
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