2015/5/3

山下清展 放浪編  アート

山下清という名前を知ったのはいつだったろうか?

 新聞を読むようになった子どもの頃だから10歳くらいか。芦屋雁之助版/山下清役のドラマ「裸の大将放浪記」をテレビで見たのが先だったか、新聞で彼の豪華本の広告がしつこいくらい何度も掲載されていて、「高っけえ〜!!」と驚愕したのが先だったか。

 テレビドラマでは「裸の大将」というタイトルになっているが、実際にはちゃんと着物を着て、今ならさしずめ「一澤帆布ブランドのリュック」といっても違和感のないようなしっかりしたリュックと、レトロな(当時はニューモデルかもしれないが)水筒を持って、線路沿いを放浪したという。子どもの頃、広告の中に山下清の筆跡で文章も乗っていて、「線路沿いを歩けば、行きたい場所にいける」というのを読んで、「かしこいひとだなあ〜」と感心したのを覚えている。

 施設を脱走して、放浪の旅を始めた直接のきっかけは、徴兵検査が恐ろしかったから。もし甲種合格だったら、戦争に行ってさんざん殴られ、恐い思いをして、敵の弾に当たって死ぬのがおっかなかったから。この想像力はシンプルだけど、このシンプルさが大切なこと。
 けれど彼は、母親にムリヤリ徴兵検査に連れて行かれてしまった。結果は不合格。それによって兵役免除という皮肉かつラッキーな結末で、再び自由の身になれたのだった。

 もうひとつの理由は、施設にいることが「飽きた」から。ああっ、これ、わかるわ〜!! 季節は巡るし、家にいたってそれなりに自然の変化をダイナミックに見るという感動はあるけれど、いやいや、もっとなんか「わああ〜♡」というものに出会いたいじゃありませんか。

 未知との遭遇。奇妙な物体。へんてこな物件。ひととの出会い。うれしくなる食べ物。彼はアーティストの魂を持っているから、よけい「わああ〜♡」が必要だったはず。

 でも彼は絵のモチーフを探したり、テーマを追求するために放浪の旅をしたかったのではない。実際のところ、ドラマとは違い、彼は放浪している間は絵を描いていない。学園に帰ってから、脳内写真機で撮ったものを現像するかのように、正確にはり絵にしていたという。素晴らしい記憶力の持ち主だったのだ。

 彼が求めたのは、ただの自由な時間。それも、旅人がしがちなガツガツした観光ではなく、なにもしない「ぼやっとする」時間。

 おお〜、なんという贅沢! これって究極の贅沢かもしれない。
1

2014/4/24

「手から手へ展」  アート

 「手から手へ」展に行って来た。副タイトルは、「絵本作家から子どもたちへ 3.11後のメッセージ」だ。もう少し詳しい内容は、京都国際万がミュージアムのHPから引用↓

 日本の絵本作家たちが「3.11後の世界から私たちの未来を考える」というテーマで国内外の仲間たちに呼びかけて作品を募った展覧会です。2012年3月、イタリアのボローニャを皮切りにヨーロッパ5ヶ国を巡回し、2013年新たな呼びかけに応えてさらに多くの絵本作家が参加。総勢7か国110人の描き下ろし原画作品を展示し、未来を生きる子どもたちへの想いを伝えます。 

 3.11後の「世界」から! 日本じゃなくて、「世界」。スケールが大きい。  

 とはいえ、これは描き手の人たちからすると、ものすごくハードルが高い出品ではなかったかと。ことに日本の作家さんたちが、悩みに悩んだ苦悩が伝わってくるようだった。原発の問題を見つめないわけにはいかないから。

 というのも、現実を直視すればするほど、知れば知るほど、過酷で絶望的状況に沈んでしまう。未来を生きる子どもたちに、こんな状況を作ってしまったという苦悩。けれど、現実を知らなければ、いま自分たちのいる位置はわからない。知る事なしにスタートはできない。状況を把握したところがスタート地点になり、そこから解決のとば口をみつけなければならないからだ。

 目を背けずに見る事は苦しい。地理的に離れていることで、まるで当事者でないかのように、一見普通に「暮らし」を続けているけれど、実はオールジャパンな影響があることは、薄々みんな知っているはず。いや、オール・オーバー・ザ・ワールドなことかも(知らないだけで。海も大気も国境を越えますから)

 そんななかで奮闘していたのは、長野ヒデ子さんの「せとうちたいこ」さんのコママンガだった。地に足をつけて、いつものマイペース主婦(鯛の)たいこさんがいて、ホッとする。当然海を汚された「怒り」もあるが、たいこさんらしい、一点の曇りも無い健康的な怒りだ。どんなときでも笑ったり、のほほんとしたり、日常を生きることを最優先にする大切さを、あらためて思い知らされる。

 同時に長野ヒデ子さんがタダモノでないこと、もしくは桁違いの「ふつうの主婦」であることに恐れ入った。『クレヨンしんちゃん』の映画で「日本の主婦を甘く見るなよ!」と母・ミサエがよく口にしていたが、長野さん級の主婦がいっぱいいることが、日本の希望だと思いたい。

 そしてこの展覧会の中で、ことさら心に残ったのは、降矢奈々さんとアーサー・ビナードさんの絵と詩だ。降矢さんはチェコスロバキア在住の絵本画家さんだし、アーサー・ビナードさんはアメリカ生まれのアメリカ育ち。
 絵と詩というジャンルは違えど、ふたりに共通するのは、しっかりと現実を受け止める器の大きさと、冷静だけど深い怒りと悲しみ。

 「しっかりと現実を受け止める」のを、無意識にせよ、意識するにせよ、たぶん多くのはためらっているのかも、ということに、いまさらながら気づかされた。当事者である人たちを傷つけるのではないか、とか、生活の糧を奪う事になるのではないか、とか。その結果、自分の立っている場所がどんなところなのかわからないまま、どこに向かっているのかもわからないまま、対策がなされないまま、時間が流れている。その無責任な放置ぶりへの怒りと、その先にある未来への悲しみが、ふたりの絵と詩に流れていた。

 もちろん長谷川義史さんや、スズキコージさん、飯野和好さん、片山健さん、いわむらかずおさん、いとうひろしさん、村上康成さん、きたやまようこさん、酒井駒子さん、ささめやゆきさん、武田美穂さん、どいかやさん、などのビッグネームな力作も。ミヒャエル・ゾーヴァさんが描く、美しい色彩の悲しい絵もあります。

 ミュージアムのエレベーターを「手から手へ展」がジャック!

クリックすると元のサイズで表示します

 作家さんたちが無償で「手」を描かれた「ててんてぬぐい」を購入。

クリックすると元のサイズで表示します

 かわいいし、色は渋いし、肌触りもやさしいです。色違いで紺色も。

クリックすると元のサイズで表示します 

 期間: 2014年3月1日(土)〜5月18日(日)

◇午前10時〜午後6時(最終入館は午後5時30分)
◇休館日:毎週水曜日 ※4/30を除く
会場 京都国際マンガミュージアム 2階 ギャラリー1・2・3

この展示の料金は無料ですが、入館料(大人800円)は必要です。
1

2014/3/3

悲母観音に新解釈??  アート

 珍しく9時前に起きてきたKちゃんと一緒に、Eテレの『日曜美術館』を見た。

 本日の副タイトルは「自ら学び 革新せよ 〜日本画家たちの戦い〜」(再放送はパラリンピック放送のため3月23日 Eテレ、20:00〜)。明治になり洋画が流入するが、新しい日本画を模索する画家たちの、暗中模索や奮闘努力のざっくりとした流れ。ゲストはゆる〜いコメントをくれる山口晃さん♡だ。

 地元、滋賀県立美術館の学芸員さんが登場し、所蔵している速水御舟の初期の傑作「比叡山」の習作をお見せしたり、常設展にある小倉遊亀さんが越路吹雪さんを描いた「コーちゃんの休日」の番組での解説があったりして、地元愛の針が大きく振れる。滋賀県出身の小倉さんの作品は常設展示室にあるので、行くといつでも見られるのだ。うれしい。

 翻って現代の日本画が紹介され、そのラストはウルトラマンを日本画で描いた村上裕二さん。まんまウルトラマンなので、「え、これって、アリ?」と驚く。でも贔屓の「ダダ」が描かれていたりするので、ちょっと喜ぶ。

 Kちゃんは半分しか見なかったが、冒頭部分で登場する狩野派出身、狩野芳崖の「悲母観音」では、大いにツッコんでくれた。洋画に負けない新しい日本画を切り開く開拓者の芳崖は、苦心の末、傑作『悲母観音』を描いた、という壮絶なナレーションが入っていたはずだが、ほぼKちゃんのツッコミがツボってしまったので、すみません、ほとんど耳に入っていませんでした。

 で、『悲母観音』はこんな絵です↓
http://artscape.jp/study/art-achive/10056639_1984.html

 まず観音さまのお顔(アップ)について。
「お笑い芸人の顔やな。特にあのヒゲは、お笑い以外のなにものでもないわ」

 観音さまの下絵(顔アップ)について。
「劇場にいる、売れてへん芸人やな。まだまだ芸人とはいえんな」

 観音さまを見上げる子ども(顔アップ)について。
「『マジっすかぁ!?』っていう顔やな」

 「マジっすかぁ!?」!! ビンゴだ! 「吹き出し」が子どもの口から出て「マジっすかぁ?!」と書かれているのが、ありありと見えるようだ。

 こんな真摯な絵を、こんな解説付きでみてしまったら、もう後戻りはできない。
 今後『悲母観音』をみるたびに、「マジっすかぁ!?」という幻の声をきくことになるだろう。必死に笑いをこらえながら。







2

2014/1/23

あたたかく、やさしく。  アート

 煉瓦作りの重厚な建物が、京都文化博物館。 別館は日銀や東京駅を設計した辰野金吾が設計した。もともと、この建物も日銀京都支店だったのだ。

 会場は入口から遠く、京都らしい物品やちょっと素敵なお土産物のお店や「仏像がちゃぽん」などのコーナーを通り抜けてから、やっとエレベーターに到着する。ここから3Fへ。その前に、荷物はコインロッカーへ。

 ここも京都国立博物館同様、ミュージアムショップが充実していて好きだった。最近リニューアルされ、ショップの充実ぶりが変化した。以前の「こんなものがあるの!?」という雑然とした面白さから、いかにも「アンケートとって市場調査して焦点を定めてレイアウトもすっきりさせました感」が、逆にガッカリだ。ソフィストケイトされているけど、ななめにザッと見やり、エレベーターで3Fで開催されている『佐藤太清展』の会場へ。

 自然を描き続けた日本画家・佐藤太清は、新文展に「かすみ網」で初入選。自然が持つ美しさに精神性を与え、花鳥風景画という新分野を確立した。
 福知山が生んだ文化勲章受章者の画伯は、故郷の自然に触れ心打たれたことがきっかけとなり、画家を目指す。郷土の誉れである佐藤太清画伯の生誕100年に、彼の画業70年を回顧する展覧会だ。

 という入口の説明はさておき。もともと昨年のNHK日曜美術館内の「アートシーン」で紹介されたのを見て「わああ・・・」と思い、京都に巡回するのを待っていたのだ。実は単なるきれいな花鳥風月の人、というだけでは収まりきらない画家なのだ。

 この「わああ」をなんと翻訳したものか。
「なんか、この人の気持ち、わかるわあ」「この絵を描こう!と思ったときの、(対象への)驚きとか感動、わかるわあ」「その驚きと感動を、絵画に正確に忠実に翻訳されているのが、すごいわあ」とでも、いおうか。結論として「好きや、この人」に集約される。

 そして会場を一巡して思ったこと。「この人となら、お友達になれそう」。繊細で自然への感覚が開いていて、寂しがりやで穏やかでお茶目な人を感じた。 

クリックすると元のサイズで表示します

 「漁村」のリリカルな色彩ややわらかな造形に、おもわず微笑んで心が和んでしまう。ゆったりと流れる時間のなかで、人々の暮らしは美しい。
 一方、昆虫図鑑のように精緻な虫たちは、どこかノスタルジックであたたかな気配を漂わせている。

クリックすると元のサイズで表示します

 夜の闇の中に、はっとするような気配を漂わせた満開の梅?の木は、散り始めでもある。木の「いきもの」としての存在感に、佐藤画伯は打たれたのではないだろうか。
 洪水の中で川を流れる満開の泰山木には、よく見ると虫たちがしがみついている。これを発見した時の画伯の驚きや感動が、如実に伝わってくる。

クリックすると元のサイズで表示します

 夜に街灯の光をうけて、ぼおっと浮かび上がる降りしきる雪の、しんしんとした連続に、意識が吸い込まれそうになる「あの感じ」が、写真ではとうてい捉えられない繊細さで写し取られている。その感性に、びっくりだ。

クリックすると元のサイズで表示します

 晩年に思いつかれただろう画伯の愉快な企みが素敵な、作品群の内のひとつ。「国宝級の有名な器に、ウチの庭の花を生けたら?」という思いつきが、愉快すぎる。いまの技術ではとうてい作り得ないらしい、正倉院の美しいブルーのゴブレット。

クリックすると元のサイズで表示します

 おもわず絵葉書や一筆戔を買わずにはいられない、あたたかくやさしい、佐藤太清展なのでした。2月9日まで。
2

2013/11/24

竹内栖鳳展  アート

 この展覧会のキャッチコピーは、「その筆は、極限を超える」。まったくそのとおりだ。

クリックすると元のサイズで表示します

 シロウト目にも、鳥肌が立つほど巧いことがわかる。緊張感もエネルギッシュなパワーも、びんびん伝わってくる。動物の息づかいや匂いまでが感じられそうなほどだ。
 よく「あまりに生きているような絵なので、夜な夜な絵から抜け出してしまう」という逸話があるが、そんな話もありえそうなくらいだ。

クリックすると元のサイズで表示します

 この「班猫」という絵なんか「日本画史上、一番有名な猫」と言われているらしい。ほとんど魔性のような美しさだ。

クリックすると元のサイズで表示します

 彼のテクニックにかかれば、こんな絵本のようにメルヘンな熊だって。

 クリックすると元のサイズで表示します

 大津絵のモチーフだって、お茶の子さいさいだ。

クリックすると元のサイズで表示します

 詩情あふれる蛙も、

クリックすると元のサイズで表示します

 しんしんと冷え込んだ雪の中で、物思いにふける烏も、どんな絵だって描けそうだし、貪欲にいろんな画風にチャレンジされていた。だから見飽きない。それにキレイで巧いのだ。

 めったにないような、どきどきするほど素晴らしい絵たち。ところが、私にはなんだか響かなかった。たぶん私が舞い上がってしまうようなある種のテイストがなかっただけなのだろう。クールすぎるというか。きれいに磨かれてつるつるすべって、とっかかりがないとでもいうか。どの絵もいいのに「これは!」というエキサイティングな気分にはなれなかった気がする。人が多すぎたからかもしれない。

 帰り道で、大好きな手頃な老舗京菓子司「平安殿」本店に立ち寄り、「栗きんとん」と、定番の柚子風味白あんのおまんじゅう「平安殿」を買う。本店ではバラ売りもされているので、いろんなものをアラカルトで購入できるのも魅力。

 それから某お寿司屋さんで「京都水族館のパスポートで割引致します」とあったのも、なんだか可笑しい。たしかに魚つながりではあるんだけど。そういえば、美術館でも「水族館のパスポートをお持ちですか?」って訊かれたっけ。水族館の新興勢力、おそるべし。
0

2013/11/23

皇室のお宝  アート

 「大阪のお宝」に引き続き「皇室のお宝」を拝見しに、平安神宮前のバス停を降りて目の前にある京都国立近代美術館へ。http://k-meihin.exhn.jp/「皇室の名品 ー近代日本美術の粋ー」を開催中なのだ。

 最初の方には、明治初期の工芸品がどどんと展示されているのだが・・・。

 なんというのか・・・ゴージャス×ゴージャス。

クリックすると元のサイズで表示します

 パンフの表紙はまだしも。裏面のこれみよがしな菊花模様がちょっと・・・。

クリックすると元のサイズで表示します

 肩のチカラが入りまくった「これでもかっ!!」な工芸品の数々に、正直引きまくる↓
http://k-meihin.exhn.jp/contents/index02.html
http://k-meihin.exhn.jp/contents/index03.html

 工芸的には技術の粋を集めた極上品かもしれないが、個人的見解で申し訳ないけれど、今回の私的ワーストアイテム↓

クリックすると元のサイズで表示します

 もしかして、江戸幕府から権力をもぎ取った鼻息で舞い上がってる!?と、勘ぐりたくなるようなキラキラごてごてで、胸焼けしそう。これはもう、権威付けとしかいいようのない成金趣味では。もはや皇室のとりまきの人たちの趣味で、決して皇室のお方の趣味ではないと思いたい。というか、もはやこういうものに囲まれて暮らすのは、何事にも動じない強靭な精神でないとムリじゃないかと。お気の毒としか思えない。

 とりあえず、ささっと流して行こう。第一章、第二章はそんな感じで足早にチラ見した。

 ところが、第三章の「皇室と官展」、大正・昭和に官展に出品された美術品のお買い上げ作品からは一変、ぐっとグレードアップする。工芸品も「月日貝を上下にあしらった香合」とか「ザボン(本物の柑橘のザボンの乾燥皮!)と蒔絵をコラボさせた菓子器」とか、斬新で面白いものが出てくる→http://k-meihin.exhn.jp/contents/index04.html

 金銀蒔絵螺鈿の絢爛豪華さより、貝殻や植物の方がほっとするよ。これって庶民感覚なのか。

 絵画でも明治、大正期の大家のたくさんの方々の作品を見ることができた、充実の章(部屋)だった。土田麦僊の「罌粟(こくりこ)」、竹内栖鳳の「虎」、上村松園の「雪月花」など、名作揃い。堂本印象や富岡鉄斎、橋本関雪、河井寛次郎もあった。 

クリックすると元のサイズで表示します

 ↑第6章の部屋にあった、竹内栖鳳、野口小蘋、山元春挙、川合玉堂の手になる大作「悠紀・主基地方風俗歌屏風」は紺碧の雲が強くて、私にはちょっと辛かった。洛中洛外図では金色に流れる雲の色だが、これだけ豪勢な巨匠を集めて描かれたのに、なんだかもったいない。

クリックすると元のサイズで表示します

 前後するけど第5章の部屋は、オール横山大観。何度か大観はみたことがあるけど、この日初めて大観のよさを味わうことができた。彼の雲龍図は、おしゃれでスマートで、意外にもなおかつお茶目だった。ごつくない雲龍図って珍しい。

 「皇室の名品」以外に、この美術館所蔵品の「コレクション・ギャラリー」というのも開催されていて、これもなかなか面白かった。特に大量の河井寛次郎の焼き物が、「民芸」が醸し出す素朴であたたかい空気を放って、和やかな気配に包まれる。知らなかった須田国太郎の洋画もよかった。

 あと、写真も。有名ネームがずらり。キャパ、アンセル・アダムス、ブレッソン、ユージン・スミスなど。
 イモジェン・カニンガムのユニークな発想や視点の写真、ユサフ・カーシュの有名人(ヘミングウェイやピカソ)のポートレイトたち、久々にマーガレット・パーク=ホワイトも一枚見られてうれしかった。

 京都国立近代美術館は、常時ミュージアムショップが充実しているのでうれしい。展示室を出てからもお楽しみが待っている。竹下夢二グッズがずらりとあり、迷う迷う。結局ドクダミの花の付箋と、銀杏のクリアファイルに決定。

クリックすると元のサイズで表示します

 さあ、次は混雑覚悟の大人気企画展、道を渡った向かい側にある京都市立美術館の「竹内栖鳳展」だ。
0

2013/11/18

お宝ざくざく。  アート

 入口に近かったのでいきなりメインの「国宝 油滴天目茶碗」に遭遇した。

クリックすると元のサイズで表示します

 吸い込まれるような虹色の油滴は、宇宙に誘われるよう。これを見ると、とても不思議な気持ちになる。安宅コレクションの、まさに至宝。

 その後に有名な中国の名窯「景徳鎮」の名品が続く。素晴らしいものだろうけど、「ほしい!」とは思わないな(絶対、もらえないが)。

 しかし! 「豆彩 瑞果文鉢」の艶やかな彩色に目を奪われた。(→ここに画像があります)

・・・これ、見覚えある!! うちのお正月用の「たち吉」の九谷焼の取り皿に、この桃のデザインあったやん! ん〜〜(絶句)。そんな高級デザインのものがウチにあったなんて。本日の収穫!

 中国は後漢時代の金属のヒトガタ、「青銅鍍金銀 仙人」。1世紀という太古の品。悠久の時間の流れにくらくらしそう。

クリックすると元のサイズで表示します

 とはいえ「仙人」というよりは、「宇宙人」の方がずっとふさわしい風貌。もしかしたら中国では、「宇宙人」のことを「仙人」と呼んでいたとか!? ありえないこともないかも。

 ところで、なぜか滋賀県のお宝も紛れていた。

 聖衆来迎寺の「国宝 六道図」のうち「天道図」と「優婆塞戒経説話図」、それに神照寺の「国宝 金銀鍍透彫 華籠(けこ)」。金銀の見事な透かし彫りになった浅い籠の「華籠」は違う展覧会で何度か見た。ライトの当て方で随分違ってみえる。「ミホ.ミュージアム」でみたときには、神秘的な陰影があり、えらく感動した。そのときには、ちょっと前に「お練り」で散華するとき、実際に「華籠」(もちろんこの国宝ではない)を使用されているのを見ていたので、よけい感動したのかも。

 そして藤田美術館からは、「交趾大亀香合(こうちおおがめこうごう)」が!

クリックすると元のサイズで表示します

 藤田伝三郎が亡くなる直前に、当時の落札価格の記録を破る9万円(現在の貨幣価値で9億円)という破格の値段で入手したという、いわく付きの逸品。
 ・・・なのだけど、私にはその価値がわからず(悲) たしかにまるっとしたかわいらしいフォルムと鮮やかなのに上品な色彩は、「ほしい〜♪」と思わせる逸品ではあるが、まさか9億とは。たぶん本人(亀)も、「いやぁ・・・それほどでもぉ・・・」と困惑している気がする。 

 「日曜美術館」で「これはっ!」とぜひ実物を見たかった豊臣秀吉の着用したものとされる「富士御神火文黒黄羅紗陣羽織」! 

クリックすると元のサイズで表示します

 安土桃山って、なんてアバンギャルド! 黒と黄の大胆な色使いといい、首と脇のフリルといい、裾の大きな水玉といい、富士山がのほほんと煙を吐く様子といい・・・「へうげもの」の世界が一気に現実味を帯びてくる。ニューカルチャー&ファッションリーダーだった信長の衣類も、残っていたら見たいなあ!

 江戸時代の上田公長/画「蟹子復讐之図」も、ほのぼの感溢れて大好き。「さるかに合戦」の蟹の子どもが栗やハサミや臼にきびだんごをあげて、仲間に引き入れる図なのだけど・・・。きびだんご? それ、桃太郎やんけ!とゲラゲラつっこみたくなる脱力な絵柄やそれぞれのキャラの表情がとぼけていて、ほんとに面白かった。なんで、こういうのを絵葉書にしないのかなあ! 絶対複数枚買うのに!

 江戸時代の鍋島焼が気に入り、「木村蒹葭(けんか)堂日記」で江戸時代の荒俣宏みたいな人物の存在を知る。
 象牙彫根付の精緻さにも驚く。「蘇東坡(そとうば)」(中国北宋代の政治家・詩人・書家)「白蔵主」(キツネの妖怪)などの、小さな象牙に細かくなめらかに彫り込まれた不気味な造形に見ほれた。

クリックすると元のサイズで表示します

 お厨子に入った平安時代の「聖観音菩薩立像」が神秘的でシンプル。国宝ではないけど、おもわず手を合わせてしまうような神々しさ(仏世界の人だけど)。
 そういえば観音菩薩さまのなかでは、聖観音さまに一番持って行かれるんだった、私。20代の頃も、薬師寺の聖観音さまにずいぶん救っていただいたっけ。ついでに言っちゃえば、最近の注目株は如意輪観音さま。個人的には醍醐寺の宝物館にいらっしゃるお方に首ったけ。左手の人差し指を立てて法輪を乗っけてる感じが好き。ツンデレでセクシーなところも(あくまでイメージです)。

 ほかにも大好きな仙崖義梵和尚の脱力しきった「寒山拾得図」にも再会できた。大好きといえば、与謝蕪村も2点、逸翁美術館から出展されていて、ほのぼの。彼の俳句も中学生のころから好きだった。芭蕉よりほのぼのした蕪村が好きなんです。放浪脱力系男子が好きなのかも。今なら宮田珠己さんとか。

 というように、「大阪のお宝」というざっくりとした括りなので求心力はないけれど、意外にあれこれと、没頭出来るお宝に巡り会えてうれしかった。
1

2013/11/17

お宝へのアプローチ。  アート

 天王寺公園前で美術館のチケットを購入し、公園から小径に入る。15年ほど前に、美術館でフェルメール展が開催されたのを記念して「フェルメールの小径」と命名されたが、フェルメールを起想されるものは見当たらない。

 しかし、このロマンチックな名前の小径をしばし歩いた右手の森は、とても素敵な日本庭園「慶沢園」だ。
 初夏にれんくみさんと初めて庭園に入って四阿で休んだが、その自然で趣味のいい緑の趣に感動した。作庭は「無隣庵」で有名な名匠・小川治兵衛さん。私は「無隣庵」より、こっちの方が好きだなあ。

 今は秋の風情がまた、素晴らしい。横からの門扉が開かれ、菊花があしらわれている。それもこれ見よがしの大輪ではなく、小振りながら庭園のテイストにふさわしい情緒のある菊。

クリックすると元のサイズで表示します

 左側には丁字菊。

クリックすると元のサイズで表示します

 雨にぬれた風情がしっとりと。

クリックすると元のサイズで表示します

 人なつこい子犬のように、愛らしく首をもたげていた。

クリックすると元のサイズで表示します

 丁字菊は花の中央が盛り上がり、花弁が筒状になっている古典菊の一種。

クリックすると元のサイズで表示します

 丁字菊は江戸時代につくられたそうだけど、「伊勢菊」は平安時代からのものらしい。もちろんこちらも古典菊だ。

クリックすると元のサイズで表示します

 伊勢菊は花弁が垂れ下がり、伊勢の国司や伊勢神宮との関わりで栽培されたもの。

クリックすると元のサイズで表示します

 自然ののびやかさも存分に活かした、慶沢園のサイドからの入口。

クリックすると元のサイズで表示します

 ああ、入りたい! けど、今日は急ぐ旅なので、がまんがまん。

クリックすると元のサイズで表示します

 紅葉に埋もれる通天閣。

クリックすると元のサイズで表示します

 こちらが慶沢園の正門。

クリックすると元のサイズで表示します

 門の横には菊人形ならぬ、巨大扇に作った菊が! 鳩たちものんびりと散歩していた。

クリックすると元のサイズで表示します

 横目に慶沢園を見つつスルーして、大阪市立美術館へ急ぐ。

クリックすると元のサイズで表示します

 さあ、大阪のお宝を拝見だ!

クリックすると元のサイズで表示します
0

2013/8/18

佐川美術館へ  アート

 H氏に佐川美術館へ連れて行ってもらう。「安野光雅展 ーあんのさんのしごとー」が開催中で、チケットもいただいたのがあったので、軽い気持ちでのおでかけだった。つまり、絶対見なくちゃ!という固い意思ではなかったのだ。

クリックすると元のサイズで表示します

 『ふしぎなえ』をはじめとする(安野さんにいわせると)トポロジー的な、エッシャーみたいな絵から始まり、森の絵に動物が隠れているなぞなぞみたいな絵、『旅の絵本(日本編)』の原画、ヨーロッパの風景の水彩やデッサン、野の花や本の装丁画など。

 ものすごく熱心に見たのは、明治、大正の有名作家の本の表紙絵。「ちくま日本文学」の装丁らしい。

 幸田露伴の五重塔は素敵だった。五重塔自体が、いつも見とれるものすごいシロモノだからな。ほんとは違う門を描いた芥川龍之介の『羅生門』もイメージ通り。宮沢賢治はメルヘンぽいけど、結構ブラックな話を絵にしてある。

 素敵なのは太宰治の秋の田舎に続く単線のカーブする線路。太宰治を読んでる時のテイストを思い出してしまうくらい、ピッタリきた。

永井荷風のアメリカの納屋みたいなのもいいなあ。

夢野久作のは黒地にダイヤの白ヌキがあり、その白ヌキの中に、三角帽子の顔、顔、顔。一見、かわいい絵なので「え?夢野久作?」と思ったのだが、「合わせ鏡」をイメージしたそうで、なるほどなあ、だった。江戸川乱歩といえば「人間椅子」。でもこの椅子に人間が入るのはムリそうな気も。背もたれの「ゴールデンバット」がお茶目。

 素敵な装丁ばかりだったが、一等好きなのは尾崎翠の「ふきのとう」。すでに花が咲いて食べられない状態だけど、もしかしたらバラより美しいと安野さんが讃えている。

 やっぱり私が安野さんに求めているのは、お茶目な機知や遊び心だったらしい。隠し絵やだまし絵ではなく、きれいな風景画ではなく。『旅の絵本・日本編』には、安野さんの個人的な思い出やお茶目さもあって、たぶんこのシリーズでは一番好きかもしれない。

 彼が絵本を描くようになったきっかけが、福音館書店の松井直さんの息子さんと安野さんのお子さんが同級生だったことから知り合いになり、松井さんに「絵本を描きませんか?」と頼まれ、字もなくへんてこで画期的な「ふしぎなえ」ができた、というのもスゴイ話だ。

 半分以上は流してみたけど、すごく集中してじっくりみたのもあったから、またもやH氏をずいぶん待たせてしまった。いっつも、ごめん。
1

2013/8/14

佐々木マキ大全集!  アート

クリックすると元のサイズで表示します

 この看板の「佐々木マキ」は、絵本でおなじみの佐々木マキだが、彼が驚愕のバリエーションを持っていることを今回初めて知ることになる。その点でも、大収穫だった。

クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
 海外の達者な絵本風テイストから、シュールな版画風まで。


クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します

 宇野亜喜良テイストから、ブリューゲルのエッチング風まで。




クリックすると元のサイズで表示します

 雑誌の表紙であろうが、時代考証に基づいた絵であろうが、子どもの本の挿絵であろうが、村上春樹の表紙であろうが、自由自在の人。その存在自体も自由自在。もちろん個性も絵の力量も技術もありあまるほど。


クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します

 とても同一人物が描いたとは思えないくらい。これはもはや、「職人ワザ」。






クリックすると元のサイズで表示します

ということで、これを見た以上は「図録」を買わない訳には。画像は図録よりの部分。

クリックすると元のサイズで表示します

絵本『クイクイちゃん』のキュートさにべた惚れになり、『うみべのまち』の無尽蔵なアイディアに溢れる、シュールなマンガに圧倒されたけど、これは本屋さんで。


1

2013/8/13

佐々木マキ見本帖  アート

 滋賀県立美術館で開催中の『佐々木マキ見本帖』を見に行く。なにしろあの「佐々木マキ」氏であるから、わくわくするほど期待大で、館内で発酵しそうなほどじっくりと見た。
 やはり期待どおり、いや期待以上の素晴らしさだ。

 佐々木マキさんのガロ時代のマンガ(’66年デビュー!)、絵本、イラスト、本業ではない写真やちいさな立体作品などまで、彼の仕事を幅広く見渡せる展示になっている。もちろん、彼は今も現役最前線だ。

 キャプションはほとんどないけれど、彼の作品の場合、クリアで鮮明でセンスよすぎるカッコよさだけで充分だろう。ナンセンスだったりバカバカしかったりシュールだったりのマキさんに、キャプションは逆にジャマかもしれない。

 白黒のコマ割りされたマンガは、意味不明で遊び心いっぱいで、楽しげで残酷でおしゃれ。一気にサイケでロックな空気が漂っていた、70年代の小学生時代にタイムスリップ! マンガの中には、ビートルズを描いたワンカットもあって、アニメ『イエローサブマリン』のようにカッコイイ。もしかしたら、70年代のCMのカッコいい動くイラストは彼が描いていたのかも、とすら思ってしまう。

 そして、そんなに昔から活躍されていたのにいまだ現役で、相変わらずシュールな絵本を描き続けてらっしゃるのが素晴らしい。

 ちなみに私が好きなのは「まじょのかんづめ」などの「まじょシリーズ」、モノクロの大作絵本だったので、読み聞かせるのに疲れた「ピンクのぞうをしらないか?」

 モノトーンの画も白黒のバランスが素晴らしくて、俯瞰してみても美しい。水彩だって、曖昧な色味なのにパキッとクリアな線のせいか、隣同士の色のバランス均衡が絶妙なのか、とてもきれい。パステルカラーの絵本は愛らしいだけでなく、ポップで軽やかで鮮明。マキさんのパステルカラーは甘くない、いろんな意味でクールだ。つまり、全ての絵が、なんていうのか、超絶に上手くて見飽きない。ますます好きになってしまうし、むしろ尊敬すらしてしまう。

 それからこの、おかしくてこわくて、シュールでジョークで、ポップでキュートだけどパキッとドライな感じは、なるほど村上春樹さんにぴったりだと、今更ながらに感心する。このふたりの組み合わせは最強だ。

 今後村上春樹さんの小説を読む時には、脳内ビジュアルは佐々木マキさんの絵が流れそう。というか、いま丁度読んでいるところなので、マキ・タッチでしっかり流れてます。

 ところで、いつものように展示場入口の右手から入っていき、ガロ時代のコマ割りしたマンガから見たが、なにかがおかしい。なにかがおかしいと思いつつも、そのまま最後の部屋まで行ってやっと気づいた。出口から入って、入口からでようとしていることに。

 気づくの遅っ!と自分に突っ込んだが、いやいや、こまかい絵を最初にみてよかった。作新数が多かった上、じっくりと眺めたので、最後の部屋にたどり着いた頃には、けっこう疲れて休みたいくらいだったのだ。ケガの功名、ということにしておこう。

 明日はこの日の写真大会ということで、続きます。 
2

2013/6/6

ボストン、ありがとう。  アート

 今回、仏像や絵巻物の超一品も展示されていたのだが、悲しいかな展示替えがあり、終了した前期にそれらが展示されていたらしい。

 しかし図録を見返せば、京都国立博物館で20代前半に見た覚えがある「如意輪観音菩薩像」(前期展示)などもあるではないか。やはり35年も美術館や博物館に足を運んでいれば、複数回見る機会は巡ってくるらしい。

 弥勒菩薩立像とか地蔵菩薩座像とか「吉備大臣入唐絵巻」や「平治物語絵巻」とか見たかった。絵巻はやっぱり昔見た覚えがあるのだけど、やっぱり若い時には「見た」というだけで、入り込むものがなかったなあ。それにしても日本画の炎の美しさったらないな。

 今回は屏風絵や襖絵など、大画面のものが多数展示されていた。ひとつひとつが大きく、しかも屏風や襖はセットものなので、よけいにかさばるから、点数が少なく感じたのも仕方ない。その分、大画面の迫力は実物を見ないとわからないから、お得感はあるかな。色彩もそうだけど、大きさから感じるものは、図録とはまるで違う。

 お気に入りの作品は、当然いくつもあった。

 先だって見たばかりの狩野山雪の水墨画「十雪図屏風」。きっちりと丁寧な筆遣い、大自然のなかでちまちまと描き込まれた人物も、生き生きとした表情を持っている。さすが。雪景色で雪だるまを作ったり、屋根の雪下ろししているような水墨画は、初めて観た。
 なのにその、一番私が好きな場面が図録にないなんて、がっかりだ。

 一転、金屏風にカラーの「四季花鳥図屏風」は楽しかった。狩野永納の筆による。華麗な牡丹の隣、ダイナミックにうねる松の下には、すみれ、たんぽぽ、つくしが、素朴に可憐に佇んでいる。振り幅の大きいコントラストだ。

 同じく金屏風に咲き乱れる芥子の花という意匠の「芥子図屏風」は上品で、まるでいわさきちひろの描くチューリップのようにファンタジックだった。この素敵さも、図録ではまったく伝わらないな。

 展示品の目玉のひとつ、尾形光琳の「松島図屏風」は、金と緑と茶のバランスや色合い、波や島の造形が独特で絶妙。緑色の透明度のある美しさといったら! あの色は印刷ではムリ、絶対!

 私が一等好きなのは、伊藤若冲の「十六羅漢図」。これ、サイコーだった。4人しかいないんだけどね。残念ながら絵葉書がなかったから、これのために図録を買ったといっても過言ではない。それくらい好き。

クリックすると元のサイズで表示します

 大画面じゃないとわからないけど、それぞれの眼差しが「ハラにイチモツ」というか「一筋縄では行かない」というか、「海千山千」というか。よくマンガでよからぬ妄想をしているオジさんみたいな目つきだ。左から二人目の何か読んでいる羅漢さんなんて、ほとんどイタズラ好きの「チビのミィ」だ。羅漢さんなのにね。

 もちろんラストの曾我蕭白、ダイナミックでしたわ〜。自由奔放というコトバは、彼のためにあるんじゃないかと。『風仙図屏風』を見て「こんな力強い筆の運び、みたことない」とつぶやくれんくみさんは、さすがのプロだ。それに風の親分をを黒い太い渦巻きで描くなんて! この大胆な記号化は、マンガに近い。

 ポスターにもなっている『雲龍図』は、まずその巨大さに圧倒される。八面の水墨画の襖絵だ。でもその筆遣いは、水墨画とは思えない。なんだか、やっぱり「マンガ」。恐ろしく画力のあるガロ系っぽい。

 曾我蕭白の描く仙人たちも、不気味な子泣き爺、もしくは「へうげもの」に出てきた田舎暮らしのスゴイ数寄もの「へちかん」のそっくりさんで、おお、とのけぞってしまう。まさか山田芳裕さん、蕭白をパクった?!

 じつは『雲龍図』、襖から剥がされた状態で保管されており、放置されていたものを、キレイに修復されてやってきたらしい。
 廃仏毀釈や明治期の混乱で、日本美術品の多くが海外に流出してしまった。しかし、関東大震災、太平洋戦争を経てみると、むしろアメリカで保存されたことによって、これらの国宝級美術品が生き延びることができたともいえる。ボストン、彼らを守ってくれて、どうもありがとう。これからもときどきは里帰りさせてあげてください。夜露四苦!
1

2013/5/2

真剣!ドールハウス  アート

「ブルーメの丘 光と風の美術館」で開催中のドールハウス展。切れ目なくみえるお客さんたちの心をかっさらう、本物の迫力と圧倒的な吸引力で、展示室は「いいものをみました!」という幸せな空気で満ちていた。

 入口近くのトップバッッターは、二階建てプラス憧れの屋根裏部屋付きというアメリカンタイプで、屋根や壁はオープンになっている力作だ。ここでまず、歓声があがる。

クリックすると元のサイズで表示します

 夢いっぱいのパステルカラーな子供服ショップ。私は思わず、神戸の「ファミリア」に迷い込んだときのうっとり感を思い出してしまった。

クリックすると元のサイズで表示します

 完璧な世界観だ。

クリックすると元のサイズで表示します

 こちらは山のロッジ風喫茶店。ちいさな理想的な喫茶店だ。

クリックすると元のサイズで表示します

 寒い日に転がり込んで、ほっとする場所だ。

クリックすると元のサイズで表示します

 ドールハウスのイメージを覆す、渋い和のお家だってある。

クリックすると元のサイズで表示します

 露天風呂には新しいきれいなお湯が流れ込み、まっさらの手桶や椅子からは、檜の香りが漂って来そうだ。お風呂の底には、波の影が揺れている手の込み様! 日常の観察力が、ミニチュア世界にリアリティを肉付けしている。

クリックすると元のサイズで表示します

 まさかドールハウスという乙女チックな響きに、一升瓶が登場するとは(笑) ラベルは「大吟醸 大竹」! この手の和ドールハウスを熱心にみておられた年配の愉快で気さくな男性が「一升瓶がうれしいねえ!」と、楽しげに語りかけてくださった。

クリックすると元のサイズで表示します

 和のハウスは、「着物の洗い張り」などの昔懐かしい小道具などもあり、年配の方の心を鷲掴みにしていたようだ。

クリックすると元のサイズで表示します

 手芸店のロマンチックな統一感と、ハサミや針に至るまでの小さな小物が、収まるべきところにぴったり収まるセンスに、ただただ脱帽する。

クリックすると元のサイズで表示します

 ピアノとハープのある音楽室。ロマンチックな洋館の扉。ソファーの柔らかな質感で、空間が大物で占められているにも関わらず、圧迫感が緩和されている。照明がなんとも美しい。

クリックすると元のサイズで表示します

 インド料理店というタイトルに、深く頷いてしまうインテリアと色合いだ。

クリックすると元のサイズで表示します

 たぶん、カレー色のテーブルクロスのせいだ(笑) なんだかカレーが食べたくなる。

クリックすると元のサイズで表示します

 昭和レトロな皐月の時間が、凍結されたかのような空間だ。

クリックすると元のサイズで表示します

 お座敷の床の間には5月人形の兜が飾られ、菖蒲も生けてある。卓には紙のカブトも。

クリックすると元のサイズで表示します

 居間には懐かしい型のテレビや黒電話、昭和40年代にはよく見かけた、縁にヒダヒダをとった白い座布団カバーなんて、涙出そうに懐かしい〜。

クリックすると元のサイズで表示します

 ドールハウスに必須なのは丁寧な仕事ぶりや、神経のゆきとどいた清潔感だけではない。作り手のイメージする確固とした世界観、日常の観察力と想像力がいかに必要かを思い知らされた。そしてもちろん理想を求める夢見る力も。

クリックすると元のサイズで表示します

 ところで、展示室の一番人気は、なんと! 寂しくないようディスプレイ用に置かれた、優しい館長の私物「オズの魔法使い」の飛び出す絵本!! その場所では、かならず歓声やテンションの高いおしゃべりが聞こえ、その滞在時間も展示物見るより長い場合も。 こちらはやさしくゆっくり扱っていただければ、ページをめくって読むことも可です。まさかの想定外でした。
2

2013/4/30

「ギターふぐ」  アート

 いやげ物についての情報をいただきましたので、報告いたします。

クリックすると元のサイズで表示します

 この麦わらとウクレレのファンキーなふぐは、東京タワーに水族館があった頃にお土産として売店で売られていた「ギターふぐ」では? というコメントをいただきました。ありがとうございます。

 残念ながら「ギターふぐ」はすでにとうに製造中止で、購入は不可のようです。さだまさしさんの「セイヤング」で、リスナーの投稿からいっとき、かなり話題になったようです。

 昨年の夏、さださんがNHKの総合で、「山口→ふぐ」という連想から、「ギターふぐ」についてもコメントされていたとか。そのためネット上でも「ギターふぐ」って!?と、話題にのぼったみたいです。

 日本各地に散らばって、古い人形棚で眠る多数の東京みやげ「ギターふぐ」。そのなかでも、みうらさんの「ギターふぐ」は「いやげ物」に無関心な人の心にすら届くような秀逸さだろうと確信する。

 今後みうらさんをこっそり「いやげ物マスター」と呼ぼう。なにしろ「いやげ物」というジャンルの創始者だからね。
2

2013/4/29

私も寝るぞ!  アート

 ついに「いやげ物展」の出口付近まで(省略しながら)やってきた。こちらでは「うっかり昼寝をしている小坊主がモチーフのフィギュア」だ。みうらさんの命名は「甘えた坊主」。

クリックすると元のサイズで表示します

 これが「甘えた坊主」基本形。木魚に寄りかかり、ネズミのやりたい放題で、ブルーのアイシャドウ、セクシー睫毛、赤い唇の眠る小坊主。

クリックすると元のサイズで表示します

 こちらは進化系(!?)の「甘えた坊主」。「甘えた」というより黄色い衣を着て、修行中どころか坊さんにしてもありえないエラそーさ、栄養状態の良さだ。しかも子ども??のくせに酒とっくりを腰に、ふてぶてしいポーズで眠ることよ!
 気になってテキスト(「いやげ物」/ちくま文庫)を参照したら、酒徳利は韓国、右の黄色いふて寝は台湾の子。進化系ではなく、日本以外のアジアの国々だった。アジアに広がる「甘えた坊主」の輪!(古いっ!) って、みうらさんにとっては世界中がマイブーム・フィールドワークの場なんや!

クリックすると元のサイズで表示します

 肩に小鳥なんて、ほとんどアッシジの聖フランチェスコじゃないか。しかも見た目から小坊主離れをしている。・・・まさかの「隠れキリシタン」の変形聖像!? あるいはキリスト教とのコラボ?

クリックすると元のサイズで表示します

 出口だ。
 なんとなくいかがわしい、ビラビラのビニールカーテンを越えると、そこはみうらさんプロデュースの「リアルいやげ物ワールド」。嬉々として「いやげ物土産」をゲットする。いやげ物目利きとしては(笑)、やっぱり「オリジナル・チロルチョコ」だ。

クリックすると元のサイズで表示します

 会場からもはみだす「みうらじゅんの世界」。すでに出口の外なのに。出口付近には「勝手に観光協会」の関西各地のポスターや、飛び出し人形も。

クリックすると元のサイズで表示します

 んー、さすが奈良! 神々しい! と光のアワをよくみれば、せんとくんの顔、顔、顔!

クリックすると元のサイズで表示します

 この頃には、すっかり毒気がまわり、フロア続きにある輸入雑貨をみても、一部「これって、いやげもの?」と変換されてしまう。おそるべし、みうらじゅん式脳内変換。

 でも輸入雑貨コーナーで買った「脱力かわいい鳥柄」のエプロンやリボンは、Kちゃんに「ええな! これええな!」と大好評だった。

 何度も寝落ちながらここまで書いたが、私も寝るぞ! 「甘えた坊主」にまけないように。
1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ