2016/3/11

昨日の新聞、今日の新聞  新聞/雑誌

 やっとブログの日付がリアルに追いつけたので、今日はこんな写真を撮ってみた。

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 昨日の新聞と今日の新聞の1面。

 ついに四捨五入すれば還暦になる本日、ここ1週間ばかりの新聞記事は、けっこういろんなことを考えさせてくれる。

 いままでさんざんテレビでも新聞でも雑誌でもとりあげられた「保育園待機児童」問題が、問題提起に留まり、何の解決へも向かなかったのに、個人の怒り心頭なネット上の言葉「保育園落ちた、日本死ね」が、国会で取り上げられたし。

 もしかしたら今、時代は少しずつ今までと違う方向に動いているのかも?
 

 

 
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2015/11/29

起死回生の聴竹居  新聞/雑誌

 今日はブログ記事を書くため、ウェブ上であちこち調べている時に、たまたま発見した新聞記事の話。今でこそ建築の素人にも知られるようになった聴竹居だが、ほんの少し前までは、竹中工務店の社員ですら知らない物件だったらしい。しかも老朽化が激しく、解体の危機に瀕していたのだ。

 という記事を2015年10月30日の日経新聞のウェブ版から見つけ出した↓
http://www.nikkei.com/article/DGXLASHC15HA6_Z21C15A0AA2P00/

 発端は、竹中工務店の一人のサラリーマンが阪神大震災を機に社史を調べ、87年前にOBが手がけた重要文化財級の私邸がひそかに現存していることを知った。取り壊しを防ぐためボランティアで管理し、地域住民の協力を得て保存活動に取り組む。日本の住宅史に欠かせない貴重な建物をよみがえらせる――。

 ボランティアで保存活動に乗り出したのは、竹中工務店社員の松隈章さん(57)。「阪神大震災の翌96年に初めて聴竹居を見学し、不思議な魅力を感じた。藤井の発想の奥深さに引き込まれた」と振り返る。


 藤井の子孫が貸家にして第三者が住み続けていた2008年、転機が訪れる。親交を深めていた子孫から「残していきたいが、老朽化で維持管理が心配だ」と相談を受けた松隈さんが、自ら借家人になったのだ。

 「維持費を捻出するため有料で一般見学に対応する体制にしたらどうか」と大山崎町職員から提案を受けた松隈さんは、紹介された地元有志6人とともに、維持管理をするボランティア組織をつくった。見学ガイドも運営。貴重な古民家を内覧できると評判を呼び、今や年3000人以上の見学者が訪れる。 2013年には天皇皇后両陛下が視察にみえたことで、一気に有名になったらしい。

 松隈さんは「20年前は竹中工務店の社内で聴竹居を知る人は少なかった。それが今では新入社員の皆が『学生時代に見学に行きました』と言ってくれる」と目を細める。地元ボランティアの荻野和雄さん(71)は「ガイドの仕事は生きがいになった。町おこしにつながった」と話す。


 しかしむろん、そう着々とコトは進まなかったはずだ。松隈さんが聴竹居にであってから20年の歳月が流れている。老朽化した建物の修復には、並大抵ではない金額と人手が必要なのだから。

 たぶん松隈さんは、恋に落ちたのだと思う。聴竹居という満身創痍の建物に。それとも藤井さんの思いが乗り移ったのかも(そして後押しもしてくださったのかも)。

 でももちろん一人でやりとげられる仕事ではない。彼の熱意に人々が巻き込まれていき、先般私たちがうっとりしたような、かつての姿に戻されたのだ。(まだ「お茶室」は手を付けられていなかったが)。松隈さんをはじめとして、ボランティアの方々や、地域の方々に深く感謝したい。

 (緑字は新聞記事よりの引用)

 






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2014/3/26

ついに「きたぁぁぁぁぁ!」  新聞/雑誌

 久しぶりに京都新聞(全国のローカル紙)で連載中の五木寛之『親鸞』話題。いや正確には、山口晃画伯が描いている、その挿絵話題なのだが。

 まもなく連載が終了するようなので、話は(たぶん)終盤近く。法然、親鸞が広めた「念仏を唱えるだけで救われる」という「専修念仏」の広まりを阻止すべく、暗躍する僧侶・覚連坊 ー という話を竜夫人(りゅうぷにん)がひそかな手下の老人・常吉にする、というのが、本日の話のメインになっている。

 表向きは材木問屋で働く老人・常吉は、寝ても覚めても竜夫人に首ったけで、毎夜彼女の夢を見るくらい、中学生のようなぞっこんの老いらくの恋。夫人のお役に立てるのならば、といそいそと彼女の命じるまま、忍者のようなスパイのようなハードな夜勤に励んでいたのだ。

 覚連坊の悪巧みを話終えた夫人が疲れた様子だったので、常吉が、「肩をもみましょうか?」とたずねると、肩を差し出す夫人。そこで、内心ときめきまくる常吉は・・・。

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 常吉の恋が実るという、まさかの最終回になるのか、『親鸞』(汗)

 いろんな意味で、明日の朝刊が楽しみだ。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

付記:このつづきは、すでに翌日の話で、主に「その年で朝帰りとは」と呆れられるところから始まりました。つまり夫人の肩に手を伸ばすところで、カット&場面ワープです。(残念)
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2013/12/29

『親鸞』のベストパートナー  新聞/雑誌

 五木寛之先生の新聞小説『親鸞』完結編が、佳境に入っている。ここんとこ、親鸞上人は、毎日の様に登場され、弟子や東国からの念仏者の問いに応える日々なのだ。

 生涯にわたって加筆修正されたと言われている彼の思想の集大成『教行信証』の争奪戦が繰り広げられた後、ここに至って静かに凡夫たちの様々な疑問をほぐして行く親鸞の言葉や心象がシンプルに綴られている。

 そしてその挿絵が、ひときわ鋭い。

 「弥陀の本願」という掛け軸?がかかり、「(それ以外に)秘密などない」と親鸞の断言が書き足されている。しかしその掛け軸をなおも裏返して覗き見る人が! 裏はもちろん白紙なのだが。おお、何と鋭い。それが昨日の挿絵。

 本日は「念仏以外になにか秘密の奥義があるのでは。それを教えてください」と、命懸けではるばる東国からやってきた、熱心で真摯な三人の男達。その三人が、なんと3Dメガネをかけているではないか!

 挿絵が、こんなに思想の理解を助けてくれるとは。

 以心伝心とはこのこと。五木&山口コンビは、最強のタッグを組んでいたのだった。

 

 
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2013/12/9

つぶさに新聞を読む。  新聞/雑誌

 珍しく早めに夜家事が終わったので、いつもよりはつぶさに新聞を読んでみた。

 三面記事の下方で、いまいましい事件を起こしたヤツがいたので、心で舌打ちしながら読んでいると、薮から棒な発見があり、一転、犯人に同情してしまった。

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 名前負けにもほどがある。というか、親はこんな名前を子どもにつけたら可哀想だとは思わなかったのだろうか。不憫である。

 そして、本日の新聞小説『親鸞』の挿絵である。親鸞が書きものをしていたら、体ががたがたになったので「年をとるとはこういうことか」と思う、という場面。

 ええっ!? 誰やコレ? このメガネのおっさんは、だれ?

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 ・・・作者、五木寛之先生じゃないのか! お、お、おそれおおくも、親鸞の身代わりに五木寛之先生に登場いただくとは! 山口画伯の、おそるべきナックルボールだ。
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2013/11/6

山口画伯、暴走中(笑)  新聞/雑誌

 いやー、7月から京都新聞に替えて、本当に毎日の新聞小説が楽しみだ。いや、五木寛之先生の本文もさることながら、山口晃画伯の挿絵が、ここんところ暴走が止まらない勢いなのだ(笑)

 例によって山口画伯の、「疾走する妄想力」が冴え渡っている。

これは親鸞が、念仏道場が雨後の筍のように巷のそこここに出て来て、さまざまな形で人心を捉えようとしていることに懸念を現している、という話の挿絵↓

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(写真をクリックすると拡大されます)

 ・・・「サークル名」って!! そして「南無!アミーゴ!!」、「へい!浄土」という会名称って(絶句) 「ひとこと」欄もじっくり読めば、なかなかの曲者だし。
 山口画伯の妄想力、とめどなし!

 次は、親鸞が息子・善鸞に、自分が深く尊敬している法然門下の高弟・聖覚の書いた「唯信鈔」を何度も写し、ひとにも勧めていたという話が、こんな挿絵に↓

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 ↑新聞のBOOkS紹介欄か!? 実は『親鸞』は新聞の6面で連載されているので、挿絵にも「(6)」とさりげなくある。

 こちらは、もはや馬飼いの時代になり、すっかり勢力が衰えてしまった牛飼いの白河印地党が、敵方の幹部だった覚連坊と手を結んで、再び勢いを取り戻そうという話の挿絵だが↓

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 まさかのドリンクを出してくるとは!! ちなみに弥七というのは、印地党の高齢(ぼけぼけでお飾り状態)の頭。

 最近の極めつけが、これ! 唱導(浄土真宗を広めるためノリのいい節を付けた説法の歌)で民衆に説法をする親鸞の長男、善鸞の勇姿! 

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 ええっ!! まさかのラップ!?

 唱導(浄土真宗を広めるためノリのいい節を付けた説法の歌)が、ラップに!? しかも「挿画はイメージです」・・・って! コマ割りして、作詞して、山口画伯、どんだけ時間かけて挿絵かいてるんや!

 他にも、善鸞が夜遅く帰って来たとき、手みやげの折り詰めは、なにげに「いいわけ」包装紙に包まれているし↓

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 善鸞の妻・涼(すず)が、カラダ目当ての金貸しを手玉にとって、さっさと立ち去るときの捨て台詞?が「蛇〜ネ」(じゃ〜ね)だったり↓

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 そして昨日。出ましたっ! 体の各部位独立パーソンズ! もうこれ、シリーズ化してるし!

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 ああ、今日はなにやらかしてくれはるんやろ、山口画伯・・・と、朝刊を開くのが楽しみで(笑)
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2013/9/15

五木先生、誤解していました(謝)  新聞/雑誌

さて、ローカルで展開されている新聞小説、五木寛之先生の『親鸞』である。

 晩年の親鸞の、信仰上の苦悩に満ちた日々が描かれるのかと思いきや、つい最近までは、それぞれに人間離れした頭目を掲げた戦い、それも終盤は化け物馬×巨大牛の争いとなり、あっさりと牛チームが逆転勝利を収めた。

 その後は、豪商で働く老人のひたむきな恋心が描かれ、挿絵に爆笑した。だって、挿絵の上方に「UKI UKI」と白ヌキで入り、鏡台で身だしなみをチェックしている老人がファンシーイラスト風に描かれ、こっそり鏡台にプリクラ(もちろん憧れの竜夫人)のようなものが貼られ、天眼鏡で見ると「竜・命」と書かれていたんだもん。

 そんな挿絵のあとで、こんどは腐女子にとって聞き捨てならない昔話が続く。

 親鸞を陥れようとする覚連坊という才色兼備な老僧(♂)がいるのだが、実は彼は比叡山での若き学僧だった頃、少し年上の親鸞に憧れ告白したらしい。が、あっけなく拒否られた、という過去があるというのだ。可愛さ余って憎さ百倍となり、親鸞を陥れる策を繰り出しているが、実は未だに彼を愛しているからこその所業だと。50年も続く愛憎てんこもりのボーイズラブ(いまやもうふたりとも高齢者だけど)、というのが本日の話だった。

 ええと。五木先生ー! と担当さんは思わないのだろうか。いやいやこれはもう、最初からこんな感じだったので、いまさら驚きもしないのだろうか。ノリノリの先生の機嫌をそこねて原稿がもらえないと一大事なので、とにかく原稿さえあがれば御の字なのだろうか。

 でも私は見直した! 五木先生、すごいわ! 山口晃さんの作画起用も、もとより確信犯だったのね。『親鸞』というタイトルなのに、完結編が始まってから、まだちょびっとしか本人出て来てないけど、五木先生の筆の走り具合がすばらしい。山口晃さんとのコンビは絶妙なのだった。

 で、今日の挿絵は、あごから下しか見えないけれど、詰め襟の(!!)紅顔の美少年が、悩ましくため息をついている少女マンガタッチの挿絵なのでした。絵だけみたら、絶対『親鸞』の挿絵とは思わないっ!

 五木×山口の『親鸞』対談の掲載、連載が終わったら、ぜひお願いします!
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2013/7/23

動揺を隠しきれない。  新聞/雑誌

 代休を取った夫が「伊吹山、いこか!」というので、この暑い中タフだなあ?と思いつつも、歩けるスタイルで乗車した。

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 いつものように琵琶湖に沿うように北へ、北へ。田んぼには白鷺が。

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 能登川、彦根と通り過ぎ、米原へ。

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 琵琶湖にはカイツブリが浮かび、カモメのような鳥がたくさん飛び交っていた。あれはユリカモメ? 

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 さあ、着いた!と思いきや、伊吹山ドライブウェイには入って行かず、車は下界でうろうろと彷徨う。

 H氏の目的地は、実は伊吹山ではなく伊吹蕎麦の店だった。http://www.biwako-visitors.jp/search/spot_svnr_14832.html『伊吹野』さん。蕎麦ランチを企てていたのだ。

 ・・・だよね〜。出かけにPC使っていたのは、伊吹山へのルート確認ではなく、伊吹蕎麦のお店を探していたことが、遅ればせながら判明した。

 まあ、ピーカンのドライブ日和だったし。しかも私はたぶん半分以上寝ていましたので。

 お店では、なにが特選なのか訳も分からず注文した「特選そば」は、甘味があって美味しかった。H氏は、昨年に三井寺の前の人気蕎麦屋・『開運そば』で食べ損ねた天ざるがトラウマとなっていたのか、迷わず天ざるの大盛り。すごく美味しそうな天ぷらだったな。カラッと揚げたてで、さくさくで。

 お蕎麦屋さんは道の駅の敷地内にあって、道の駅の入口には、こんなものが。

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 しげしげと覗き込むH氏。あおむけになってもがいているカブトムシがいたので、救済してあげていた。

 ここまで来たら、ついでに木之本に寄ろうということで、岩根醤油醸造店までお醤油を買いに行った。ここの商店街で買物をするとポイントがもらえるという「ZIZO(地蔵)カード」をいただく。大胆にお地蔵様がデザインされた、すごいシュールなポイントカードだった。ポイントはなかなか付きそうもないので、お守りにしておこう。

 帰りは竜王かがみの里に寄って、桃とアワビ茸とブルーベリーと水なすのお漬け物を買って帰宅。竜王町の道の駅でしか買えない竜王町の桃は、枝で完熟させてあるので、たいへんジューシーで芳香がうっとりするほど。流通経路が最短だからこそ、できるワザだ。もうスーパーでは桃は買えません。

 今日はショックな出来事も。昨日の話の続きだが、山口晃さんの挿絵の『親鸞』は、全国のローカル紙に掲載されている。
 今日、お蕎麦屋さんでH氏が読んでいた中日新聞にも、当然掲載されている。そこで、挿絵を見た私は、動揺を隠しきれなかった。

 挿絵がカラーだったのだ!! ずるいぞ、中日新聞!
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2013/7/22

山口晃さんを追いかけて。  新聞/雑誌

 さて、山口晃さんの挿絵目的で、7月からローカル新聞に掲載されている五木寛之先生の連載小説『親鸞』が、どうなっているのか。知りたい方も多かろうと思う。いくつかの発見があったので、報告してみよう。

 まず、五木寛之先生のことなのだが、しごく真面目な小説『親鸞』に、しごく不真面目な挿絵を描かれて、どうお考えなのか。お怒りではないのだろうか。

 という心配は、当然のことながら杞憂であった。二人がタッグを組んだ連載は3回目なのだから、お怒りなわけがない。どころか、きっと誰よりも山口さんの挿絵を楽しみにされている節も、垣間見える気がする。

 むろん山口画伯も絶好調である。真面目な挿絵のときですら、「もしかすると、どこか細かいところで遊んでおられるのでは??」と、詳細にチェックしてしまったりするほどだ。

 山口画伯の画のタッチは変幻自在だ。ペン画のような細密描写。昔話の挿絵のようなほのぼのタッチ。きっちりと丁寧に描かれたごちゃごちゃ感、きっちりと丁寧に描かれたすっきりシンプル感。絵巻のような楽しい筆致。

 たとえば、夕餉の用意を整えていたのに客人が不要と言った部分を挿絵にしてしまう。こんな些末な部分をこんな丁寧に描くか? というほど描き込んでいたり。「めし不要」というのを炊事場に伝える下男が、「オレたちひょうきん族」で神様に扮したグレート義太夫のように、腕でバツを作っているのが可笑しい。

 親鸞に心酔する大店の主人が、使用人にいかに親鸞が素晴らしいお方かを熱っぽく語る部分では、親鸞ファンの主人は鼻息も荒く、どう見ても五木寛之/著『親鸞』の上下巻を持っている。おお、出たね、山口晃節!

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 下男の男が酒を振る舞われて「五臓六腑に沁みわたる」という部分をとりあげ、なぜかその男が落語の舞台で「五臓六腑にしみわたる」と言っている絵になっていたり。

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 親鸞と縁のある商人が恩のある僧に、親鸞の書きものを一晩入手したいのだが、と頼まれ、商人が「それは盗み出すということですか?」と問うと「一晩拝借するだけだ」と返されるシーンは、なんとテスト用紙になっていた。

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 とまあ、こんな調子で、山口画伯は絶好調にスタートを切った。そして晩年になればなるほど、教団や家族間の悩みが膨らんで行く親鸞を描きたい、と連載前に語っていた五木先生の親鸞像も、やはり楽しみになってきた。
 『親鸞』の裏もたいてい広告なので、気兼ねすることも無くさっさと切り抜けるから、スクラップも滞ること無くスムーズだ。

 わざわざ京都新聞に替えた甲斐があった、というものである。現段階では、すべて順調にとりおこなわれています。
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2013/6/12

新聞交代。  新聞/雑誌

 結婚前からウチで購読していた新聞を、7月からローカル紙に変更した。

 新聞を替えるのは、思想的にどうこうとか、紙面が低下したとか、記者がけしからんことをしでかした、いま現在購読している新聞に不満があるからだろう、と一般には思われる。

 しかし、そんな高邁な理由ではない。いたってシンプルな理由だ。

 7月から各ローカル紙で連載新聞小説、五木寛之先生の「親鸞」が完結編をスタートさせるのである!

 いや、別に五木先生のファンでも、親鸞商人、あわわ親鸞上人のおっかけでもない。

 ご存知の方も多かろうとは思うが、すでに各ローカル紙で「親鸞」は何度か連載されて、すでに書籍にもまとめられている。第1部、第2部「激動篇」だ。

 そのとき、五木先生にぴったりと寄り添う伴走者がいた。そしてまさに、私が新聞を替えようと思い詰めるほどの原因は、その伴走者、挿絵を描かれた山口晃氏なのである! 次回の完結編でも、もちろん彼が五木先生の伴走者だ。(五木先生、なんてお心が広いのだろう・・・もしくは洒落がわかるのだろう)

 昨年の11月に、京都の「えき美術館」で開催された『山口晃展』では、「親鸞」に添えられた山口画伯の原画の数々を見た。(下線部の文をクリックすると、そのときのブログが読めます) それはもちろん単独でも爆笑なのだが、ある程度親鸞上人の人生を知らないと、「??」な部分もあるし、やはり絵だけでは面白さ半減だろうと想像される。五木先生の生真面目な原文あってこそ、山口画伯の絵の面白さは倍増するのではないか。(いや、もちろんほとんどは真面目な挿絵なのだろうが)

 そのときは、つくづく「事前に知っていれば、ローカル紙を購読していたのに!!」とほぞを噛んだ次第だ。それくらい面白い。「あまちゃん」に匹敵するくらい、といってもいい。毎日楽しいことがあるのは、幸せだ。

 そしてついに、来月1日よりスタートする「完結篇」。おお!神はわれを見捨てなかった! このラストチャンスをいかさねば!!

 という事の次第で、来月からは京都新聞です。ああ、楽しみ。たぶん全国で私みたいな山口ファンは少なからず存在するだろう。一気にローカル紙購読者が増えたりしてね。
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2012/12/15

新聞バッグ!  新聞/雑誌

 昨日本屋さんチェックをしていたら、『ソトコト』の1月号を1冊だけ発見。私はさほどロハスな人ではないので、ぱらぱらと立ち読みしていたが、「四万十川新聞バッグ」というものを発見し、速攻レジへ。

 新聞紙でつくったバッグが、やたらカッコいいのだ。新聞を折り畳んでトートバッグ様のエコバッグをつくるというワザを試してみたくなったのだ。簡単な作り方も載っていた。

 でもちゃんとネット上にも「しまんと新聞ばっぐ」のサイトはあるので、そちらの方が詳しいことは詳しい。なにしろ本家だからね。それでも作り方はちょっとだけ企業秘密(かな?笑)。ワークショップかインストラクター養成講座に参加しないとわからない。もっともフリースタイルなものなので、自由に作ったらいいみたいだけどね。
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2012/9/11

観音さまに黙祷  新聞/雑誌

最近は新聞もオチオチ読めてないくらい、情報量が少なくなってしまったが、この日は珍しく詳細に新聞を眺めていた。

 え? なになに? 湖北で仏像展?

 湖北かあ〜。木之本の参道とか、懐かしいなあ。Kちゃんを蒸気機関車に乗せてあげに行ったんだったっけ。蒸気機関車に乗った終点の駅が、たまたま木之本駅で、帰り(蒸気機関車の復路)まで時間があるから降りたんだ。そしたら木之本地蔵さんのお祭りをしていて、参道沿いの露店で「あてもん」(くじびき)したら、自分と同じくらいの背丈があるフェリックスのビニール人形を当ててしまい、駅で必死に空気抜いて、大苦労して持って帰ったなあ。

あ、思い出に浸っている場合じゃない。湖北の仏像展が開催される話だった。タイトルは「湖北の観音」展。湖北は観音の里でもあり、湖北観音ツアーなるパックもあるくらいだからね。しかもリピーター率高し。
 読売新聞9月11日の情報によると↓

 重要文化財や県、長浜、米原両市の文化財に指定された観音像など仏像計51件81体が集められたが、うち半分は寺院以外では初公開となる「秘仏」。同じ観音さまでも様々な姿や形をしていることが詳しく学べる。

 湖北地方は、奈良時代や平安時代、「近江国の鬼門」と位置付けられ、己高山(こだかみやま)を中心に、独自の仏教文化が育まれた。

 室町期に浄土真宗や曹洞宗といった新仏教が勢力を伸ばすと、伝統的な天台寺院では無住職、廃寺の道をたどるところが多かったが、残された仏像は宗派の枠組みを超え、民衆が地域の信仰の象徴として、戦乱にあっても身を挺(てい)して守り、こうした仏像は今も「観音さん」と、親しみを込めて呼ばれ続けている。

 会場はふたつに分かれるのでご注意を。長浜会場と高月会場だ。
 
 長浜会場は「長浜城歴史博物館」で、こちらのタイトルは「信仰文化の底流をさぐる」と、ややアカデミック。
 一方、「高月観音の里歴史民俗資料館」では「観音の里のホトケたち」といくぶん民衆寄り。カタカナで「ホトケ」とあるのがクセモノっぽい。学芸員さんの仕掛けを感じるね。
 長浜会場にキレイどころを持って行かれた感があるけど、観音といえば高月、負けちゃいない。

 だってね、正妙寺(高月町西野)にある、ものすごいレア仏像「木造千手千足観音立像」が展示品としてあるんだから! これは仏像マニアには外せない逸品だ。やるな、高月(ニヤリ)。

 みうらじゅん氏といとうせいこう氏の『見仏記』(ビデオ)にも登場し、あのツワモノふたりをして一瞬絶句させた造形(上記の新聞記事に写真があります)の上、辺鄙な山の中まで行かねばならず、しかも要予約で「お堂当番」(!)の村人の手を煩わせるなど、見仏に至るまでもハードルが高い仏様でもあるのだ。これはチャンス到来といいたい。

 長浜会場は、会期が9月7日(金曜日)から10月14日(日曜日)まで、高月会場は、9月12日(水)から10月21日(日)まで。微妙に期間が違うので、このあたりもご注意を。

 おりしも今日は9・11(米)で、東日本大震災より1年半の日だ。観音さまに黙祷しよう。
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2012/7/15

さまよえる日本人  新聞/雑誌

 もう10日も前のことだが、朝日新聞で藤原新也さんの記事を読んだ。すでにネット上では多くの方々がブログにアップされているので今さらなのだけど、原発事故で日本は「国土を失った」というショッキングかつ嚆矢を得た記事だ。

 水俣と福島は双生児のように似ているが、その決定的な違いは
この国は有史以来初めて、自ら国土を失い∞民を失った≠フだな
ということだ。

 大竹まことさんが自らのラジオ番組で、その記事をアナウンサーの方に全文朗読していただいているのが、YouTubeでアップされている。(←リンクを貼りましたのでクリックすると聞けます)

 一部引用すれば、

 石原都知事が守ろうとしている尖閣諸島・魚釣島の面積は3・8平方キロ。福島の原発事故で失った国土は飯舘村だけでも230平方キロ。総計はゆうに尖閣諸島の百倍にも及ぶだろう。


 今後もさらなる原発事故(福島第一原発4号機の倒壊など)で国土消失は広がりをみせる可能性はあるのに、無人の島に熱くなるのも、むなしすぎる。

【朝日新聞朝刊7月4日】藤原新也「私たちは国土と民を失った」より
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2012/2/25

ローカル紙を先まわり  新聞/雑誌

 昨日の話の続きで、天五中崎通商店街の話を書くつもりだったけど、思わぬ出来事があったので、そちらを先に。

 思わぬ出来事のひとつは、半分書いた今日の記事がクラッシュしちゃったので、すっかり凹んじゃったということがひとつ。

 もうひとつは、先日書いたばかりの『逆転裁判』のロケ地、滋賀県庁・地下通路についての記事が、京都新聞に載っていたこと。ローカル紙とはいえ、京都市内で50%、滋賀県内でも15.8%のシェアを誇っている新聞である。
 偶然とはいえ、先回りして同じ物件の記事が書けたことは、ちょっとうれしい。

 ところでこの「地下通路」は、すでに 今後もドラマ撮影が予定されているそうだ。ロケの名所となりそうな予感も。

 地下通路は平日午前7時〜午後6時なら誰でも通行できるので、興味のある方は、一度見学されても。もっとも夜間はちょっとコワそうかも。
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2012/2/1

大学に参上。  新聞/雑誌

 H氏より「あんたの好きそうな記事あるで」と見せてもらった今日2月1日付け朝刊の朝日新聞の見出し↓

「ニンジャ教授参上 甲賀流『免許皆伝』三重大特任に就任」

 ラストサムライならぬ「最後の忍者」と愛好家の人たちに呼ばれている川上仁一さん(62)が、三重大学の社会連携特任教授に就任されたというのだ。研究テーマは「忍者学」。「忍者学」とは、忍者の情報収集・分析や情報活動の在り方をビジネスなどの場面に生かせるような研究で、合わせて忍者の実像を明らかにしていくことも(川上さんご本人はこちらが眼目だろう)目的らしい。

 川上さんについてもう少し知りたかったので、検索してみたところ、2月1日付けの「日刊スポーツ」には、より詳細な記事が。

 川上さんは約500年前から伝わる甲賀流忍術の継承者で、「最後の忍者」と呼ばれる。滋賀県甲賀市から若狭町に働きに来ていた先代に6歳のころから手ほどきを受け、手裏剣や鎖鎌など道具を使った武術、侵入法や変装法、火薬や毒薬の調合など数百に上る技を会得。18歳の時に、門外不出の秘伝書を継承した。

 10年前には自宅に道場「忍之伝研修所」を設立。最強の技を身につけようと、ボディーガードや警察官らも道場の門をたたくといい、弟子は国内外で150人を超える。甲賀流と伊賀流では忍術の違いはほとんどないことから、三重県伊賀市にある「伊賀流忍者博物館」の名誉館長も務めている。


 三重大での研究を通じて忍者文化を国内外に発信し、忍者の里として知られる三重県伊賀地方などの地域振興にも力を入れる。川上さんは「忍術はサバイバル知識の集大成。今の平和な時代には合わない部分もあるが、さまざまな環境に適応する強靱(きょうじん)な精神力や知恵など、現代社会にも生かせるような形にまとめたい」と意気込みを語った。研究内容は講演などで発表するという。
 
 6歳から忍術修行を始め、現在62歳の川上さん。ラスト忍者ではなく、大学の忍術同好会では、後進の指導にもあたっていただかなくては。・・・あ、もしかしたらそれも川上さんの秘めたる目的だったのでは?(大学生ではちょっと遅いか?)

 「光あるところに影がある」というナレーションで始まったのは70年代の忍者アニメ『サスケ』である。ナレーションはこう続く。

まこと栄光の影に数知れぬ忍者の姿があった
命をかけて歴史をつくった影の男たち
だが人よ 名を問うなかれ
闇にうまれ 闇に消える 
それが忍者のさだめなのだ


 時代は変わった。時とともに「忍者のさだめ」も変わる。写真入り経歴つきで新聞に名前が載り、白昼堂々と教壇にたち、学生たちに忍者学を教える。21世紀の忍者は光あるところに参上だ。ビジネスにも、サバイバルにも、忍術は役立つのである。

朝日新聞 2012.2.1付け↓
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