2016/8/28

美術と工芸を観る。  展覧会

 大原美術館で、まずお出迎えしてくれたのが、この絵↓
 
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 児島虎次郎の《和服を着たベルギーの少女》。あまりの素晴らしさに、すっかり虎ちゃんのファンになってしまった。これを見られただけでも、大原美術館に来た甲斐があったというもの。

 最初の方に、コローの風景画があった。フランスの自然主義的な田園風景画や農民画を描くバビルゾン派のひとり。バビルゾン派で有名な人は「落ち穂ひろい」のミレーだけど。そうそう、中学生の頃コローが好きで、複製画を買って飾っていたっけ。けっこう荒れてた公立の中学校だったけど、名画の複製画を廉価(中学生の小遣いでも何点か買えるくらい)で販売する日があって、シャレたところもあったのだ。コローの絵の前では、しばし「美術鑑賞」の原点に帰ってしまった。

 もちろんモネやエル=グレコやゴーギャン、ピカソやコローやルノワール、セザンヌ、ロダン、ロートレックなど、綺羅星のごとく巨匠の作品が目白押しだ。日本人だって、青木繁、岸田劉生、熊谷守一、佐伯祐三と明治以降のビッグネームが並んでいる。すごい美術館だと知っていたつもりなのに、心の準備が足りなかったのかも。あまりにビッグネームすぎる人たちの作品がつづくので、あっというまに私の中では飽和状態に(汗) ラストの現代美術にいたっては、ほぼスルー。カンディンスキーやクレーの抽象画は大好きだけど、現代美術はほぼスルー。ウォーホールですら、じっくり見たいと思わない。 

 でも「民芸」を中心に集めた「工芸品」の建物に移ると、めっきり人の数が減り、ゆっくりと鑑賞できた。おかげで河井寛次郎やバーナード・リーチ、富本憲吉、芹沢けい介など、じっくり見たい作品たちと向き合うことができた。

 「民芸」を陳列している建物自体も民芸っぽい和風建築で、土壁や竹の使い方も心和む。最近はぐぐっと民芸路線に舵をきっている私には、ストライクゾーンな環境である。というわけでJさんとは作品以外にも、建物に関する話題が多かった。

 混み合っていたミュージアムショップには、残念ながら「これ」とハートを鷲掴みにされるものはなかったので、残念ながら何も買わずに大原美術館を出る。

 美観地区のお店で、暑くて桃のシャーベット(ジェラートだった?)を買って(主観的には女子高生のように?笑)、ふたりで食べる。昔、友達との別れ際にかき氷を食べる、みたいな俳句を読んだ事があったけど、ちょっとそんな感じで主観的には叙情だ。客観的にはスリムで背の高いJさんはともかく、私は暑苦しいオバサンがアイスにむしゃぶりつくの図なんだけど(汗)

 Jさんを倉敷駅まで送って、私はふたたび「えびす商店街」を抜ける。
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2016/8/27

大原美術館にて  展覧会

 蔦の絡まるかわいい入口から敷地内に入ると、向こうに若い人たちの長蛇の列!!

 えっ、大原美術館って、いま、そんなに人気だっけ? それとも地元学生の夏休みの宿題になっている??

 と、一瞬パニック。

 でも実は私も密かに参加したいと思っていた井上涼さんのトークイベントがこの日の夕方に開催されるのだが、それが美術館入場券をお持ちの方、先着100名さままでが参加できるのだ。井上涼ファンが1時間以上前から列を作っていたのだった。
 すでに50人ほど並んでいたので、私が美術館出る頃には定員に達しているんだろうな、と早々に諦める。(実際、美術館を出た時には予想以上にビックリな長蛇の列だった。しかも、ほぼ若者・汗)

 ちなみに私は井上涼さんの存在を、 世界の「びじゅつ」を紹介する番組「びじゅチューン!」(NHK Eテレ)の、作詞、作曲、アニメ、歌のすべてをこなしていることで知った次第。。

 (以下の大原美術館の写真は、閉館後に撮ったので、門が閉まっています)

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 この蔦の這わせ方は、なかなかいいですよね。

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 大原孫三郎って、まれにみるセンスの良い金持ちだったみたい。

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 そもそも大原美術館は、実業家・大原孫三郎と画家の児島虎次郎の出会いから始まっているのだ。

 大原家はこの地でも屈指の地主であり、孫三郎の父孝四郎は、1887(明治20)年に倉敷紡績を立ち上げた実業家だった。
 若い頃は放蕩者だった孫三郎だったが、「広く社会に意義あることを」と会社の利益を還元すべく、様々な社会事業にも取り組むようになる。

 一方、児島虎次郎は、1902(明治35)年、東京美術学校西洋画科へ入学することとなり、孫三郎が立ち上げた大原奨学会からの支援を得るために大原家を訪ねる。虎次郎は大原孫三郎に見込まれ、奨学生になることができた。以来一歳違いの二人は、画家とパトロンという間柄を越え、生涯の親友となる。

 その後、虎次郎は、優秀な成績により飛び級し、二年で美術学校を卒業。更に研究科(大学院)に学び、東京府勧業博覧会の美術展で 《なさけの庭》が一等賞に。孫三郎のすすめで、虎次郎は海外に留学し、さまざまな作品に出会い、孫三郎に美術作品の収集活動を願い出る。

 最初は躊躇していた孫三郎も、意を決してこれを承諾。虎次郎が買い付けた作品を携えて帰国したその翌月、倉敷市内の小学校を会場に、作品を公開することに。すると、倉敷駅から会場まで長蛇の列ができ、全国から多くの観客が押し寄せた。この様子を見た孫三郎は作品収集の意義を確信する。

 その後、作品収集のために、虎次郎を三度目のヨーロッパへ旅立たせ、その際エル・グレコ《受胎告知》、ゴーギャン《かぐわしき大地》、セガンティーニ《アルプスの真昼》などの美術館のメインとなる作品たちが収集されることになった。

 しかし、残念なことに虎次郎は、1929(昭和4)年、47歳という若さで亡くなってしまった。
 この早すぎる死を悼んだ孫三郎は、虎次郎が収集した作品、そして虎次郎が画家として描いた作品を公開するために、美術館建設を決意する。 日本全体が不況にあえぎ、自身が社長を務める倉敷紡績の経営も順調でなかった中で、1930(昭和5)年に大原美術館が開館した。

 それは、虎次郎との友情を記念するものであり、また「広く社会に意義あること」つまりは「今を生きる人々にとって意義あること」を願うものだったのだ。

 この2人の友情については、井上涼さんの「びじゅチューン」のアニメ、「とらとらまごまご」で垣間みることができる。私たちも美術館2階の奥の小部屋で(正確には小部屋に入りきれなかったので)、外から「とらとらまごまご」のアニメを見る事ができた。

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2016/8/26

大原美術館へ  展覧会

 大原美術館に行く前に、まずは重くなってしまった荷物を置きに、宿泊する「アイビースクエア」でチェックイン。

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 建物は素敵だけど、宿泊する室内は、ほぼビジネスホテル。格安プランですから〜(笑) でもひとり旅だし、お部屋はフツーで充分。

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それでも、大浴場があるのがうれしい。個室のお風呂はちょっと苦手。

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 アイビースクエアは、ホテル内の入口やレストラン、フロントに続く廊下やロビーなどは、昭和レトロな雰囲気が漂っている、ちょっとロマンチックな建物だ。

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 たどり着くまでの敷地内には、天領倉敷(幕府)代官所跡の石碑が。

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 関ヶ原の戦い以降、この地は徳川幕府の直領である「天領」になった。江戸時代の終わり頃には、代官所の北側に教諭所がつくられ、明倫館と名付けられる。以来このあたりは文教の中心地となった。

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 幕末の不穏な情勢の折り、代官所は灰燼に帰したが、明治21年に地元の先覚者たちにより、代官所跡に倉敷紡績所ができる。倉敷紡績の隆盛は、倉敷の発展に寄与することになる。

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 「アイビースクエア」フロントまでのアプローチには、いくつかの記念館や体験教室などもあり、和洋の古い建物にきょろきょろ。

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 身軽になったところで、風情のある川沿いの道を歩き、少し離れた大原美術館へ。

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 アイビースクエアも大原美術館も、「美観地区」と呼ばれている場所にあるので、どこを見ても絵になる場所ばかり。

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 川もあり、蔵もあり、石橋もある。

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 旧倉敷銀行の重厚な西洋建築と、長く立派な土壁とのコラボ。

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 クラクラするような向かい合う蔵の路地。

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 ひときわ目を惹くオレンジの壁土と、松模様の凝った丸瓦を載せた「有隣荘」の土塀。壁の色は、松の緑との補色関係も計算済み?!さすがは大原孫三郎の別邸! 彼は病弱な妻のための住居として、「有隣荘」を作ったのだとか。

 通常は一般公開はされていないが、年に2回春と秋に特別公開されるそうだ。

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 こまかいですが、瓦自体の色も素晴らしいんです!! グラデーションのある織部グリーン! 思わず食いついてしまう私。道草ばかりでごめんなさい、Jさん!

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 もう目的地の大原美術館は、目の前に見えているのに!

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 龍の模様の石橋を渡れば、蔦の絡まる石積塀の、ゴージャス極まりない美術館だ。

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 ギリシア・ローマの神殿建築風。石造りではなく、セメントを使った人造石仕上げ。イオニア式柱の上には、三角ペディメント。当時の美術館建築の流行、アメリカンルネッサンス様式らしい。

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 設計は、薬師寺主計(やくしじ かずえ)さん。彼は、画家・児島虎次郎と同じく、大原の援助を受けてヨーロッパへ留学している。恩人・大原孫三郎のために、全力で理想の美術館を設計したのだろう。

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2016/7/10

安西水丸展  展覧会

遡って7月7日。「安西水丸展」を見に、京都「駅美術館」へ。

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 レアな「俳画カレンダー」も展示してあり、内心「持ってる♪」とほくそえむ。

 ポスターもよかった。「時代と並走する」感じがすごい。お茶目なレイアウト、空間のバランス、笑えるコピーも楽しい。

 作品ももちろんステキで、じっくりしっかり時間をかけて見たんだけど、写真パネルになっていた水丸さんのご自宅の自室がまた、かわいい小物がいっぱいで、きゅんきゅん!! 好みが私とまるかぶりなので、小物たちにもうっとり。

 水丸さんの絵って「ささっ」と描いた感じだけど、製作過程なんかも展示してあって、実は事前にしっかり考えられて、じっくり練られていたものだということもわかる。

 その後は、ほぼ駅近のみを徘徊。伊勢丹でひら天や生麩、和菓子コーナーも見て食品のみ購入。

 駅のBGMは祇園囃子の「こんちきちん」。

 京都滞在時間は2時間ばかり。展示を見たあと当然のように(「水丸さんとカレー」の展示部分があったので)、無性にカレーが食べたくなったけど、家まで我慢してレトルトで。それでも大満足!

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2016/5/26

久々のミュージアムツアー、テーマは水。  展覧会

 今日は読書会友達Nさんとれんくみさんの3名で、西本願寺ちかくの龍大ミュージアムへ。

 龍大ミュージアムは基本仏教美術のミュージアムなので、興味のあるなしでどうかなと思ったけれど、リアルに出会ったNさんは即決で参加。れんくみさんは時間さえあれば(実はなくても・汗)いつものレギュラーで参加。私がツアコンできるのは2名様までかもな。基本私は、引率どころか「はみ出しヤロー」で、当然団体行動が苦手な「おひとりさま」だし。

 京都駅から西本願寺前にある龍大ミュージアムまでは、徒歩。西に向かう七条通りには、ちょっとレトロなビルや昭和な外観のお店などもぽつぽつとあり、建築観察も楽しめた。カメラを持っていたら、何度も立ち止まって画像採取していただろうけど、ただ今故障中のためカメラは自宅待機中だ。だから今回は目でシャッターを切っていたのみ(笑) いつもよりスムーズな行動だったのは、そのせいかも。カメラ無しで出かけるのも、いっそ潔くていい、と思えるのは、私の「過剰適応」たる由縁かも。

 堀川通に出たので右折。西本願寺が道を隔てた向いに見える。ほどなくして目的地に到着。四角い大きな建物が、巨大な簾で半分がた覆われているのが「龍大ミュージアム」だ。ここにくるまでに、「龍大ミュージアムまであと◯◯メートル」という貼り紙が続いているので、安心して歩いて来れた。

 ということで、なんとか会期中に「水 〜神秘のかたち〜」に滑り込めた。「神仏の信仰と水」をテーマに繰り広げられる、仏像や道具や衣装の文様が展示されていた。今まで行ったいろんなもの、いろんな場所ともリンクして楽しめた。たとえば琵琶湖の流木から掘り出されたという長谷寺の観音様のくだりでは、何年か前に行った「長谷寺ツアー」を懐かしく思い出した。
 またおなじみ「波兎」の文様は、謡曲「竹生島」が由縁となっていることも新たに知った。波兎の兎はただの兎ではなく、「月の兎」であるということも。
 しかし滋賀県民なのに竹生島はまだ未踏の地なのだ(汗) 自力で歩けるうちに行かなくちゃ!とあらためて思う。(展示は5月29日まで)

 ミュージアムを出てからは、外観だけしかみられないけど、ごく近くの「本願寺伝道院」へ向かう。みなさんに、ぜひ見ていただきたかった物件なので、オマケの強制連行(笑) 
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2016/5/12

おひとりさまMIHOミュージアム  展覧会

 サンライズ出版のフリーペーパー「DUET」に、MIHOミュージアムで開催中の「かざり」展の特集が組まれていて、これを読んでしまったからにはいかねばならなくなった。

 普通なら車で、ということになるが、おでかけは読書タイムを兼ねるので、電車で石山まで行き、そこからバスでミホまで。電車は20分ほどだけどバスは50分かかるので、たっぷり読書の時間はとれそうだ。もっとも、車とはちがう高さからの風景は目新しくて、つい車窓に目が行く。山間では桐や藤など青紫系の花が飛び去っていった。

 甲賀市信楽町にあるMIHO MUSEUM(ミホミュージアム)では、古代の仏教美術から江戸時代の曳山(山車)を飾る工芸品まで、日本に花開いた信仰の中の「かざり」の世界を見渡す特別展が開催されています。
 滋賀県内の社寺や自治会が所蔵する作品が数多く出展されている点も本展の特徴のひとつ。


 残念ながら伊藤若冲の絵は軒並み終了していたが、海北友賢筆の「大涅槃図」(江戸時代)は面白かった。以前、京都の真如堂で見た涅槃図に似ているなあと思ったら、やはり作者が同一人物。普通は涅槃図には描かれない、タコやクラゲなど、海の生き物までが集結している。というか、海そのものまでが仏陀の近くまでやってきたとしか思えないファンキーさ。地形までも動かすことになってしまった涅槃図(汗)

 「阿弥陀三尊来迎図」(南北朝時代)も端正で美しく上品だった。でもこんなに観音菩薩さまが腰を屈めて蓮花座を差し出し、いままさにお迎え完了という場面はめったにない。臨終した人のこれから蓮花座にのせようとする片足が見えてもおかしくない瞬間だ。そういう意味でも貴重なものかも。

 涅槃図も来迎図も、仏教美術のなかではかなり好きなジャンルなので、ゆっくりと拝見した。考えてみたら前者は仏陀の死、後者は人間の死を描いたものなのだな。ドラマチックで永遠の謎で、誰もが体験する普遍的なテーマだ。

 日本民芸館の「木造地蔵菩薩像 木喰仏」にも、ほぼ半年ぶりにお会いでき、うれしかった。あの微笑みは、いつ見てもうれしくなる。

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 近江八景の欄間や、日吉大社、竹生島の祭礼図などもたくさん見ることが出来た。美しく上品なミホらしい展示品だった。

 何度も来ているのに、ミホミュージアムの建物が、盛り土によって入口部分しか見えず、ちいさな祠みたいな感じなのに初めて気づく。いま山から生まれようとしているかのようなミュージアムだったのだ。盛り土部分は瑞々しい苔に覆われ、いまはサツキかツツジの花盛り。

 いつもは電気自動車でアプローチを横断するのだけど、この日は往復徒歩で。橋の袂を覗いて渓谷を眺めたり、苔から花の蕾がたくさん出ているのをみたり、枝振りのよい松を発見したり、やわらかな栗の新緑に感動したりと、見どころ満載。シルバ―のトンネルで、ひんやりしっとりとした空気を感じる。

 いつも満員で順番待ちのレストランで入店を待っていたら、隣の席の若い男子が、「こんなど田舎で、しかも平日やのに、なんでこんなに混んでるの!?」と驚いていた。
 残念ながら蕎麦は売り切れだったので、きつねうどんを注文。お食事はいずれも割高なのだが、感動的に美味しい。レストラン前の売り場のパンも、おそろしく美味しい。ミホに来ると、首から上は感動のるつぼなのだ。私はいつもクロワッサンを買うのだが、クリームドーナツも、ほんのりした甘さのパン生地とクリームのベストマッチで、驚愕するほど美味しかった。

 帰りのバス停は長蛇の列で、こんどこそ座るのは無理と思われたが、現れたバスは、大型観光バスだった! 50人ほどの乗客はしっかりみんな着席して石山駅まで帰れた。めでたしめでたし。
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2016/4/30

「国宝 信貴山縁起絵巻」  展覧会

 さて、いよいよ目的地に到着! オレンジと黄色の看板がハデハデしいが、絵巻自体の色味はあっさり。

 しかし絵巻の内容は平安時代のSFだ。日本の最古の物語が、月の世界の住人が竹から生まれて月に戻るという「竹取物語」だから、平安の絵巻がSFだって、ちっともおかしくはない。むしろ正統かも。

 今回拝見するのは、「国宝 信貴山縁起絵巻」で、「山崎長者巻」、「延喜加持巻」、「尼公巻」の全三巻。これらの一部は京都の「大絵巻展」などで見たことはあるけど、三巻一挙公開は初めての試みだったので、とても楽しみだった。

「毘沙門天王の聖地として聖徳太子により創建されたと伝えられる信貴山朝護孫子寺(しぎさんちょうごそんしじ)。その篤い信仰のもとに制作された国宝 信貴山縁起絵巻は、日本三大絵巻の一つに数えられる平安絵画の名品として知られています」(奈良博HPより)

 ちなみに三大絵巻のあとふたつは、『伴大納言(ばんだいなごん)絵巻』、『源氏物語絵巻』。それに『鳥獣人物戯画』を加えて四大絵巻といわれることもあるそうだ。

 「山崎長者巻」では、托鉢にきた命蓮を邪見にあつかい、なにも施さなかった長者が、神通力を持つ命蓮に、托鉢の鉢に乗せて蔵ごと米を持って行かれる話。蔵や米俵が空を飛ぶという、痛快な絵柄がわくわくする。その後、詫びを入れた長者に、米俵だけ返すのだが、空飛ぶ蔵や米俵に驚くひとびとの表情がまた楽しい。

 その奇想天外さを体感してもらおうと、奈良博の入口にも「空飛ぶ(宙に浮く)米俵」がディスプレイしてあった。

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 「山崎長者巻」については、室町時代までは荏胡麻油で大儲けした長者が山崎にいた、という話を昨年、山崎ウォーク建築ツアーで詳しく聴いていたので、より深く味わえたかもしれない。油を搾る器具の模型まで見せてもらっていたのだ。それも絵巻には描き込まれていた。

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 という風に、ビジュアル的に「山崎長者巻」が、もっともインパクトがあるのだけど、あとのもよかったよ〜!!

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 「延喜加持巻」は、醍醐病気の天皇を治す祈祷をしてほしいとやってきた従者に命蓮は、「自分は行く事はできないが、ここで祈祷をする、祈祷をした証拠に剣の御法を天皇のもとに使わす」と約束した。ある夜、剣を纏った童子が訊ねて来る夢をみた天皇の目が覚めると病が癒えていた、という話。

 その御法童子のかっこいい事ったら! 雲に乗り風を切り、剣の衣をなびかせて。回る法輪、スピ―ディな雲の表現は、まさに現代のマンガにリアルに続く表現法で、平安時代からこの表現が!?と驚くこと請け合い。

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 『尼公巻』は、行方知れずになった弟・命蓮を探して三千里?を旅する姉の尼公の話。話は地味だけど、画面は地味じゃない。とくに大仏の前で複数の尼公を描いて時間経過を表現しているのなんて、素晴らしい。なにより尼公の表情がいいのなんのって! ついに姉弟が出会った!という場面は、感動的な大仰さはないけれど、その淡々さのなかにジンと来る温かさがしっかりと伝わって来る名品だ。そしてこの巻にも、あの「長者の蔵」の一部が見え隠れするという場面があり、お茶目な演出がなされている。

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 その他、異色・出色の絵巻『地獄草紙』も何点か拝見でき、グロいのに、どこか可愛げやユーモアのある絵に釘付け。糞尿の池で針口という虫に食われる亡者たち、とかね。この「針口」が愛嬌があってお茶目だ。お目にかかりたくも食われたくもないけど。


 その他、毘沙門天像のいろいろや、聖徳太子にまつわる品々、絵巻のコレクターだった後白河法皇など、絵巻から広がる世界が展開されていた。さすがは奈良博。

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2016/3/7

春画展にも行った!  展覧会

 2月26日に行った画期的な展覧会のことも書いておかねば。

 思い立って、ほとんどお昼前の11時頃に京都へ出かける。細見美術館の「春画展」へ。内容よりは、むしろ展覧会全体についての興味に後押しされて。なぜ大英博物館が、せっかく日本の美術館に巡回展をオファーしてるのに、だれも手を挙げなかったのか。なぜ公共の美術館が沈黙しているのか。そんなに美術館に相応しくないものなのか。という興味。

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 なので、会場に入った時には、正直、「ええっ!?」という感じだったのだけど、2部屋ほど通過すると目や脳が慣れて来て(笑) まわりを見回す余裕すら生まれて来る。 

 なぜかおばさん、若い女性、おばあさん、おじいさん率高し!! おじいさんたちはしげしげと局部を、おばさまたちはあっけらかんと。一番正しい見方は、若い女子たちが「ウケる〜♪」と友達とはしゃぎながら見てるのかな。とても微笑ましい。逆に蘊蓄を語るのは興ざめ。たしかに類をみない展覧会なので、知識が有った方がいいとは知りつつも。春画の前で知性をひけらかすのって、どうも似合わない。

 すごく好きな絵もあったのは、普通の展覧会と一緒。歌麿の粋(いき)と国芳のお茶目さは、春画においても発揮されていた。もちろん、北斎を忘れちゃいけません。あの有名なタコの絵の本物見られて、うれしかった〜。これ案外小さかったです、絵が。で、北斎は余白にびっしりと文字を書き込んでいるので、これを読めないクヤシさったら! タコの絵のはちゃんと現代語訳があったけど、ほかのにも訳をつけてほしかったなあ。

 一番のお気に入りは漁師さんとエイのツーショット(笑) エイの情けなさそうな顔と漁師さんのうれしそうな顔がもう(笑) ・・・って、私は異種格闘技が好きなのかも、という自分の嗜好を知ってしまった(汗・おいおい)

 そして、おもしろいのは、ショップの購入率がおそろしく低いこと。

 おばさんたちの会話。「この絵葉書こうて、誰に送るのよ」。ごもっとも! (いや、私は買ったぞ) 図録も和綴じで分厚くて高価なので、ほかの人気の展覧会のときより、ほんとに売れてなかった。入場者数はこの美術館としてはかなり多いのに。こんなにレジがひまそうな人気の展覧会って・・・春画展ならではですよね。

 細見美術館を出て、東山の文化ゾーン・岡崎に、いつのまにか蔦屋書店とスタバがロームシアター横にででんとあったのにも驚き。時代は流れる。

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2016/2/18

狩野一信の五百羅漢図を観る。  展覧会

宝物展示室のチケット売り場で、お得な「徳川将軍家墓所」と企画展がセットになったものを強力プッシュされたが、雨のうえ時間も限られるので企画展のみを見ることに。

 なんで私がこんなに増上寺の五百羅漢図に執着するかというと、2014年に行った京都は嵐山の浄土宗の寺院「清涼寺」で、狩野一信の『五百羅漢図』の下絵を見てぶっ飛んでしまったのが、そもそもの始まり。詳しく知りたい方は、こちらこちらの記事を読んでみてください。

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 そんな念願の五百羅漢図の後期展。作者は狩野一信。全100幅のうち、第41幅から60幅が展示されている。羅漢さんの日常生活と神通力を描いた場面だ。

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 たった20幅というなかれ。とにかく1幅がかなりの大きさで、こんなエネルギーに満ちた絵を100幅も描いた(一信はラスト4幅を描き残して死去しているが、それも妻や弟子が補筆して仕上げている)なんてことこそ信じがたいくらい。それもただならぬ実験精神と、とてつもないエネルギーでもって。幕末に西洋絵画の遠近法の技法なども、(成功しているとはいいがたいが)取り入れているのだ。

 江戸東京博物館で、2011年、東日本大震災直後の4月から7月まで、100幅が一挙大公開されているので、もしかするとご覧になった方もいらっしゃるかもしれない。しかし100幅をいっぺんに見るのは、見る方にもかなりのエネルギーを要するのでは・・・と今回実物を拝見して思ったりもした。1幅でも十分な大作なので見るのに時間をかけたし、1幅に注がれたエネルギーがとんでもないから、受け止める側だってそれなりに心の準備をしておかないと(笑)

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 神通力の場面が続く画面に、Mさんご夫婦は「あっ、これフォースだ!」と盛り上がっていた。彼らはつい最近「スター・ウォーズ」を見たばっかりなので、「スター・ウォーズ」ネタがマイブームなのだとか(笑) ストーリーに満ちあふれる羅漢さんたちのとんでもない超能力に、あきれるわ、驚くわで、ツッコミどころも満載。ほぼ貸し切り状態だったので、三人で自由にツッコませていただきました。

 ところで昨年は一信の生誕200年だとか。
 アメリカの大人気SF映画とリンクし、「200年のときを越えて、甦る伝説のフォースin五百羅漢図!」みたいな奇跡のスペクタクルだ。

 大蛇の口の中で修行する羅漢さんの絵には、「大迷惑じゃん(口を閉じられなくなったヘビにとって)!」と、Mさんのご主人はややオカンムリ。たぶん動物愛にあふれるウチの家族も、同意するだろうな。

 そんなこんなで、私が最も観たかった神通力の場面は彼らも気に入ってくれた様で、よかったよかった。 

 前期の「六道図」もスペクタクル全開だったらしいし、一信のエキセントリックな筆は、地獄絵図でも冴え渡っているんだろうなあ。いつの日か、全幅みてみたい。でも、いっぺんに100幅はちょっとご遠慮して、少しずつね。

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 こちらは3月13日までの会期なので、まだしばらく観られます。ご興味の有る方は、是非。
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2016/2/9

ギャラリー・ビブリオ後半  展覧会

 そしてどえらい企画はそれだけではなく、なんとつげ忠男さんが「今後描いてみたい幕末もの」のキャラクターを色紙に描かれていたのだ。未来のマンガの設定キャラを前倒しで見られるなんて、編集者でない限り、まずない。そして描きおろしイラストの展示販売まで!

 おまけに北冬書房、青林工藝舎、ワイズ出版、喇嘛舎による「品切絶版本蔵出し書店」も同時開催なのである! 4社の倉庫より発掘された、古本市場では高騰している希少本など約300冊が、なんとなんと当時の表示価格で販売されているのだ! この世知辛い世の中で、なんて太っ腹な!

 とはいえ素人の悲しさ、私にはそんなお宝の価値はわからないし、そもそもそこに私のフックはない。もしかしたら貴重なのかもしれない本の前を素通りし、好きな作家さんの本を買うのみだ。

 ということで、近藤ようこさんの本を発見。「教説 小栗判官」。恐縮ながらシンパシーを感じる作家さん。しかも近年私がほのかに興味を持っている「説教節」がベースになっているなら、買うしかないだろう。

 蕃茄さんは「旅先で荷物になるのに買っていただいて・・・」と恐縮されていたが、いやいや実はその後、別の場所で1冊どころか5、6冊買うハメになってしまったのだ。そもそも本のあるところが目的地なら、買わない方がどうかしている(極私的意見)。もちろん重過ぎる荷物を持って最終日にウロウロできないので、どうせ荷物(衣類や購入したもの)は最終日の朝、自宅に送ることにしている。

 その他、予定通り絵葉書を数点買ったが、実は全種類買いたかったのを自制。銭湯絵の富士山絵葉書は、ビニールコーティングしてお風呂に貼ってやろうかしら、なんて内心目論んだりして楽しい。オマケの絵葉書をいただいたのもウレシイ。

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 特別に2階のお部屋にかかった、富士山の銭湯絵の本物も☆紗さんとともに見せていただけた。さらにウレシイ。

 で、ふっと思いついて「もしかして、マンガ描かれたこと、あります?」と☆紗さんに聞いてみた。するとなんと「高校時代、1年間だけ漫画の同好会にいました、友達につきあって」という答えが返って来た! 当てずっぽだったのにビンゴだったのか。でもその前に、1969年に果たしてスクリーントーンがあったかどうか、という話をしていたから、無意識的には「もしかして」という確信があったのかも。

 かくいう私も高校時代は、漫研の友達がいっぱいいたので、文化祭のとき片足突っ込むくらいの活動はしてたっけ(しかも高3なのに・汗) でも初めて漫画をGペンで描いたのは大学生になってから、それも4pだけ。筒井康隆の「わが良き狼(ウルフ)」を絵にしたいという野心を持ったものの、わずか4pで屯座でしたのだ。4pじゃあ肝心の狼(ウルフ)は、全く出番ないやんか!あの原稿、もうどっかにいったんだろうなあ。今も目に浮かぶくらいお気に入りだったけど。しかも4pだけど(いや4pだから、かも)

 なんてことまで思い出しながら、蕃茄さんにご挨拶して「ギャラリー・ビブリオ」を退出。「ガロ愛」もしくは「つげ忠男愛」にあふれたお客さんたちと対等に、いやたぶんそれ以上の愛と知識をもって、画廊主はお話のお相手をされていた。客が途切れなく、でも忙しすぎず、いい感じに賑わっていて、よかったよかった。

 そして、できればまた来たいぞ、ギャラリー・ビブリオ。もしかしたら、See you again!


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2016/2/8

「懐かしのメロディー」  展覧会

 外観はまさに「おうち」だったが、中はどうなのか。

 ・・・中だって畳敷きのふつうの「おうち」です! 壁面には原画のパネルが並び、販売されている蔵出し本が並び、ちゃっかりちゃぶ台まである。仕切りをはずしたニ間14畳は親戚の家か、友達の家に来たよう。鶴と松のりっぱな欄間も見どころ。

 目をひくのは最奥にあったビブリオの看板娘こと、真空管ステレオの「りんごほっぺ号」(←青字をクリックすると画像がみられます)。見た目はその名のとおりかわいい。働き者だが「ギャラリー」の建物とほぼ同じ年代なので、年季が入っている。そのためときたま息切れして、ぷつりと固まってしまうこともあるようだ。
 今回彼女は「懐かしのメロディ」のBGMとして、春日八郎、田端義夫、三波春夫、ディック・ミネをヘビロテで回しているそう。こういう蕃茄さんのアイディアは、ほんとに微笑ましい。

 ステレオを生まれてこのかた見たことがない小さな男の子が、興味津々でリンゴほっぺ号の前に座り込み、回るレコードを見つめ続けていた。彼にとっては展示よりはるかに興味深いものだったのだ。うーん、ウチのTくんが幼児の頃、科学館の「ボールの運動」(ピタゴラスイッチみたいなもの?)を1時間半眺めていたようなものなのだろうか。小さな男の子の、こういうものへの興味の強さは計り知れない。

 で、本題、つげ忠男さんの「懐かしのメロディ」という短編のオリジナル1969年版と、ストーリーは同じ内容で絵柄が変るリメイクされた2015年版の同時展示。これは素人目ながら、かなり面白かった。

 今回は、東京の乗り換え路線と格闘しているうちに日が経ったので、展示についての予習は皆無。いや、予習するほどの知識も持ってなかった。つげ忠男さんのマンガを読むのも展示で初めて。でもパネルで読み進めて、すっかりのめり込んでしまった。

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 ごく短いストーリーなのに、行間が信じがたいほど豊かなのだ。だから読み終わった後、なんだか呆然としてしまう。読み手の想像力を呼び覚ます気配が、画面から立ち上がっている。戦後の情感、埋められない空虚、癒せない心の傷跡、バラック、せつないやるせなさ、語り手のやさしさあたたかさが、怒濤のように伝わって来る。ネーム(科白やト書き)が僅かで、多くを言い尽くされていないからこそのひろがりと、濃厚な気配が漂っている。テレビドラマでは感じ得ないような、私が知らないはずの戦後の気配を感じさせてくれるのだ。それは、背景の丁寧な書き込みによるものかもしれない。これが1969年版。

 2015年版の方は、キャラクターのガタイが良くなり、顔つきもすさんで、おそろしくケンカが強く負けたことが無いという部分の説得力は格段にある。絵も整理されているような気がする。でも69年版の、戦争への封印された怨念のようにも思える陰影に、すっかり魅了されてしまったので、21世紀版を見た後、もう一度20世紀版を見てしまった。

 小説もマンガも間合いと行間に価値があると信じている私には、その後もちょっと心ここにあらず的な気分になってしまった。久しぶりにどえらいマンガを見たものである。

 そしてこの企画が、この「おうち」ギャラリーで行われたのは、幸福な出会いといわずしてなんと云おう。ふつうのギャラリーでは、この作品の持ち味をここまで活かしきれなかったろう。もし事前に書籍を読んでいても、こんな気分になったかどうか。場や空間というものの意味を、考えてしまう展示だった。

 しかし「ギャラリー・ビブリオ」は、もちろんこれだけでは終わらない。
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2016/2/7

ギャラリービブリオに到着。  展覧会

ギャラリー・ビブリオは立ち上げの準備段階から、蕃茄さんのブログでフォローしていたし、その企画すべても行く事は叶わないながら情報はキャッチしていたので、お初な襲撃(アバウトな来訪時間は連絡済みながら)にドキドキだった。

 なにしろ、打ち出す企画展はどれも魅力的なのだ。個人的には江戸川乱歩や夢野久作の作品世界を造形した石塚公昭さんの人形写真展にはうっとりだった。恒例夏の「うちわ市」も楽しい。絵本展はもとより、「盆石」という渋いものから、トルソーに着せたお洋服の展示までされている。最近の丸山清人さんの「銭湯絵」にも唸ってしまった。ジャンルはさまざまなのに、しっかりツボにはまってしまうもの多数。

 どうしてこんなに魅力的な企画展が次々できるのかといえば、もちろん画廊主の人脈や引き出しの多さ、積極的な自己研鑽もあるだろうけれど、何よりご自身が、本気で好きなものを打ち出しておられるからではないかと想像している。広範囲にわたるマニアックな嗜好は、バラエティに富んでいる企画に結実する。画廊主として、これほど強力な武器があろうか。

 とはいえいやいや、好きなだけではこうはいかない。好きなことを仕事にするのは、実は難しいことだったりする。趣味の範疇なら楽しいけど、仕事となるとまた、別の苦労があるはずだ。その辺のメリハリの付け方、線の引き方がストイックなのだろう。

 あとはサービス業の基本、「いかに来てくださったお客さんに楽しんでいただけ、喜んでお帰りいただけるか」というサービス精神を、ほとんど本能的(!!)に持っておられる。リアルに画廊主さんを知っておられる方は、たぶん頷いてくださると思う。

 チャーミングな数々の企画は、こんなごく普通の、まさに「おうち」ギャラリーで展開されていた。

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 嗚呼、この掲示板の前に立つ日が来るなんて!(感激)

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 現在開催中なのはこれ、「つげ忠男原画展『懐かしのメロディ 1969/2015』with 『品切絶版本蔵出し書店』」。昨年に引き続き、蕃茄さんがことさら熱心にチカラを込められる、つげ忠男さんの企画展第2弾だ。

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 もっとも私はつげ忠男さんには、まったくの白紙状態で臨んだのだ。企画そのものには、ズブの素人として向き合うことになる。むしろ蕃茄さんの入れ込み方に、思わず「行きたい!」と言ってしまったのかもしれない。今から思えば大胆不敵な態度だが、当時はなんの躊躇もなかった。

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 そして☆紗さんがドアをあけて、中に声をかけてくださる。蕃茄さんが顔をだされて、にこやかに「お久しぶりです」とご挨拶。わあ〜、本当にお久しぶり! お互いに見た目もすっかり変ってしまったくらいに(笑)

 そしていつも思うことだけど、ネット上でも充分に人となりはわかるんだけど、やっぱり人にはリアルに会わなくちゃなあ、としみじみうれしくなる。予想はついていたが、たいへんチャーミングな方だったのだ。画廊主としての最強の武器は、ご本人そのものだったのである。
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2015/10/28

「琳派」追補  展覧会

 書き落としたことがいくつかあったので、追補。

 光悦の書をみて、おもわず書道を習いたくなった。私に書の良し悪しは、ほぼわからないけど、こんなに楽しそうに筆を走らすことが出来たらいいなあ〜♪と思ったから。

 当然ながらだけど光琳のうまさに絶句。光琳がいなければ、やっぱり琳派はなかったかも。
 とくに気になったのは、尾形光琳の習作ノート(?)のフクロウの絵。ものすごく好きだったけど、当然そんなマイナーなのはカードにはならないし、もしかしたら図録にすらないかも。これから行く人は、私の分までしっかり見て来てくださいね(笑) 孔雀の絵の隣にありますから。

 彼の弟である乾山が一時隠遁生活(ひきこもり!?)をしていたことも知った。そういえば私も若い頃は、竹林の七賢人とか寒山拾得とか、「中国の世俗を捨てたひとたち」に憧れていたっけな。今後はマイナーイメージの「ひきこもり」を「隠遁生活」にすると、哲学的なニュアンスが出て来るのではないかしら?

 そして今回発見した酒井抱一の乙女ちっくさにドキドキ! 

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 彼と同時代の鈴木其一の際立つシャープな構図と線にも驚く。まさに好一対。

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 繰り返しになるけど、狩野派の身内に受け継がれる師匠から弟子へではなく、琳派のこういう「私淑」という形で、日本のデザインセンスが、脈々と受け継がれ進化していく様に感動する。ジャイアンではないけれど「心の師」、というやつですね。

 あ、ちなみに京博で買ったパスポートは3千円。「琳派」が1500円だから、あと2回企画展に行けば、完全にモトが取れる。これで京博と奈良博の1年分の企画展はフリーで見られるし、京都の他の美術館や博物館も、団体料金で見られるから、絶対お得。
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2015/10/27

「琳派」をみる。  展覧会

 ふと思い立って京都国立博物館へ。なんとなく今日行かなければ、行きそびれそうな気がして。

 午前中は京博のツイッターの混雑状況案内をみると、どうもえらく待ち時間に費やすことになりそうなので、わざと時間を遅らせて、いつもより1時間半ほど遅く出立。これでご飯を食べて現地に付いたら1時ぐらいになる。

 まずは京都駅の「SUVACO」でお昼ご飯。量は少なめで美味しいもの、といえば「はしたて」さんかなあ? でもジャストお昼時なので、順番待ち。その隣のイタリアンのお店で、限定15食のワンプレートランチが、高級感あるのに格安だったので、そちらに移動。パスタが少量とサラダ、小さなパテもケーキの小片もあり、いろんなものが少しずつ。食後のコーヒーもつき、味に変化があって大満足。おなかも適度にいっぱい。

 展示品を見るために脚力を温存するため、以前のように「駅から歩いて」は控え、バスで京博まで行く。ホントは歩いて行く方が、和菓子屋さんを横目で見たり(たまにはお店に入って買ったり)や、七条大橋を渡る気分の良さなども捨てがたいのだけど、この日はバスで行ったのは大正解。
 まずはチケット売り場で1年間有効のパスポートを購入。

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 明治古都館は、工事のため当分休館中。しばらくは企画展も、新しく出来た平成知新館で行われる。

 平成知新館の入口を入ると、展示室に入るまで40分待ちの大行列。その間、読書タイムとして有効利用したけど、展示室に入る時には、すでにやや疲れ気味(汗) まずはエレベーターに乗り、3階からスタートだ。

 時代を追って行く流れなので、琳派の祖と言われる本阿弥光悦関連の作品から。高村光雲作の光悦像、国宝の有名な「舟橋蒔絵硯箱」、黒楽茶碗「雨雲」など、いきなりドカンとビッグな物件が続く。光悦と同時代を生きた俵屋宗達につながっていくのだが、彼と光悦のコラボ「鶴下絵三十六歌仙巻絵」は圧巻。しかもこれは京博の所蔵品! 

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 他にも2人のコラボは何点かある。そもそも光悦が宗達を見いだしたと言われているからね。

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 春に狩野派の展示をみたけど、琳派は狩野派とは全然違う。

 まずそのシステム。琳派は個人的に私淑するという形なのだ。たとえ同時代に生きていなくても、直接に弟子ではなくても、「リスペクトする」という形で受け継がれて行く流れがある。だから琳派は、それぞれに際立って個性的だ。

 琳派を見るに先立って「古田織部」展をみたのも、光悦関連の歴史探訪ウォークをしたのも、その源流を感じられて、順番としてとてもよかった。
 なにしろ琳派の源流は本阿弥光悦で、彼の師と仰ぐ人が古田織部だったから。古織の大胆でユーモラスな面や可愛らしさが時代が下るに従い、どんどん花開いて行くようにも思えた。

 江戸時代後期の酒井抱一まで来ると、そのキレイで可憐な乙女ぶりにキュンキュンする(笑) ここから大正・昭和初期の乙女たちを熱中させたロマンチックで繊細な挿絵の数々へとつながって行くのかも。鈴木其一のパキッ、スキッとした構成や色使いも素晴らしい。

 事前には全然知らなかったが、なんと本日より展示替えで「風神雷神図」が三ついっぺんに見られるようになったらしい。俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一それぞれが描いた「風神雷神図」である。競いあうというよりは、光琳のからは宗達への、抱一のからは光琳への、それぞれの敬愛が感じられて微笑ましい。

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 予期した以上に点数があり、3階、2階、1階と琳派のハシゴだ。絵画、書のほか、陶芸、漆芸、染色などの工芸品もおなかいっぱい見られます。(コチラの企画展のチラシで、展示品のごく一部が見られます)

 大混雑のミュージアムショップで少しお買い物をして平成知新館を出たら、すでに陽は傾き始めて、写真を撮るにはいい感じの陰影が付いてきた。
 
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 さすがに3時半にもなれば、待ち時間ゼロだ(11月に入ってからは来館者が増えたようで、そうでもないみたいですが・汗)
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2015/10/26

企画展「比叡山〜みほとけの山」  展覧会

25日の日曜日に、H氏が「行きたいとこ、ある?」と訊いたから、「大津の歴博に行きたい」と。「企画展 比叡山〜みほとけの山」が開催中なのだ。それにここに行くと裏切られることがない。いつも歴博の学芸員さんの実力と遊び心にワクワクするのだ。

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 大津市歴史博物館は三井寺の近くの高台にあるので、琵琶湖が見えるロケーションもバツグンの場所だ。

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 滋賀県内の比叡山関係の仏像、神像を山のように観る。仏像好きには、外せない展示だ。(以下の写真は、図録よりお借りしました)

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 ダンサブルな四天王と素朴な邪鬼、


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 福助似のものすごく大きな地蔵菩薩さま、

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 頭の化仏が素朴でかわいい十一面観音さま、

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 完成度が高くてうっとりするくらい美しいのに、キャプションに「技巧に走りすぎている」と書かれている阿弥陀如来さま、

 高速級で「お迎え」にみえた観音さまのキャッチコピーは、「すっとんで『お迎え』にきました!」、

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お迎えされる人が、すでに台座に乗ってるという珍しい絵では「準備万端、整いました」のコピーが!

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 日吉大社でメインをはる(いっぱい狛犬さんがいらっしゃる神社なので)巨大で迫力満点の木造狛犬の存在感も格別! しかも狛犬で玉眼!

 いつもはすっとばす古文書関係も、キャプションやコピーがわかりやすいうえに面白過ぎて、じっくり見るハメに。おかげで信長の比叡山焼き討ちのあと、どんなに多くの人たちが大変な努力をして比叡山の復興を果たしたのか、よくわかった。

 相変わらず、いっぱい待たせてゴメン!!とH氏にあやまりつつ、いつものように三井寺の前の「開運そば」で、おやつ代わりの蕎麦をいただく。

 夕方には、柿の木を前景として、十三夜の夕月をみた。

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