2013/10/10

サプライズのオプション付き  学校

 「有終館」は、もと「書籍館」と呼ばれた同志社最初の図書館だ。

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 D.C.グリーンの設計により1887年11月に竣工した。側面から見たらわからないが、上から俯瞰すると十字架の形の建物らしい。

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 凝ったレンガ積みが美しい。ちなみにこの建物の裏手には、お文庫の蔵を守るため、京都に唯一残った公家屋敷の冷泉家がある。

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「有終」といいながら、100年以上の歳月を見ているのだ。

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 「致遠館」は、1916年3月に竣工した建物で、W.M.ヴォーリーズの設計と言われている。館名は、新島襄の生徒だった徳富蘇峰が、諸葛孔明の言葉「寧静に非ずんば以って遠きを到むるなし」から命名した。

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 建物の入口に掲げられた蘇峰による扁額↑ 建物の全体像がなくて、すみません(汗)

 同志社建学の精神が彫られた「良心碑」↓

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 「良心の全身に充満したる丈夫(ますらお)の起り来(きた)らん事を」 (良心が全身に充満した青年が現れることを)望んでやまない、と一生徒への手紙にしたためていた。これを建学の精神とし、「良心碑」として正門近くに設置されている。

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 同志社の正門を出ると、今出川御門が向かいにある。

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 角を曲がったとき、向こうからやって来た蝶ネクタイに口髭の、いかにも上品な紳士とすれ違う。蝶ネクタイを締めても違和感がないのは、岩倉具視くらいだと思っていたが、そうでもないようだ。パリッとした出で立ちの紳士が少し距離を取ったとき、見計らったように小嶋先生が小声で「いまのは、同志社の村田学長です。まだ40代で、法学部からの大抜擢です」
 偶然のサプライズに一同がざわめき、不審げに振り向く学長。なんと、学長にまでお会い出来るとは! 
 
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 今度は外から同志社を見る。この優美な建物は、ヴォーリズ建築「アーモスト館」。登録有形文化財だ。

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 こちらも同じく登録有形文化財の「啓明館」。同じくヴォーリズの手に寄って建てられた。

 写真はないが、京都大学の時計台記念館で知られる武田五一が設計した、同志社のシンボル的存在である「栄光館」で、新島八重の葬儀がとり行われた。奇しくも彼女が亡くなったのと同じ昭和7年に竣工されたので、彼女は新築の「栄光館」に見送られていったのだ。正面中央に印象的な八角形の塔がある。先頃リニューアルされたばかりだ。現在は入学式や卒業式といったセレモニーに利用されている。

おまけ:ネットの写真とリアル学長を思い出しながら似顔絵を描いてみました↓
(「似てない似顔絵」というアンビバレンツなシロモノかも)

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2013/10/9

同志社の建築群は文化財。  学校

 ハリス理化学館も重要文化財だ。

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 B.W.クラーク夫妻からの寄付によって建てられた「クラーク記念館」。

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 先頃修理が終わったばかりだが、古いレンガを再度ひとつひとつ積み直し、屋根部分だけは新しくふき替えられたそうだ。それは新しいものを作る以上の労力であり、繊細な仕事だ。見習いたい事だ。
 これからはたぶんこういうことが大切になる時代だと思うけど、やはり先立つものがなければ新材での再建はおろか、更地になってしまうだけ、ということも。

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 ごく日常的にも、古いものを手間をかけて修理したりメンテナンスしたり、というのがいつのまにか疎かになってしまった。便利で手軽で安い。それはそれでありがたいんだけど。不便で手間がかかって割高。手編みのセーターみたいなもの。・・・などと、高い空にそびえる西洋建築の塔を見ながら考える。

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 どちらかといえばこのアーチ型はイスラム風とも思えたが、ドイツ風ネオゴシック、あるいはドイツ風ロマネスクだとか。
 この素晴らしい建物の前でしばし撮影大会になり、シャッター音があちこちから。

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 次の目的地へ移動する途中に、場違いなツノの折れた牛!? そばの石碑には「大日如来」の文字が。どう見ても神社仏閣にあるたぐいのものだ。後で先生に質問したところ、やはり相国寺関連の忘れ物らしいとか。

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 新島襄が生存中は洋風を暮らしに取り入れていた八重も、夫の死後は和風に戻り、看護士として活躍した後、茶人として後半生を生きたそうだ。大木の裏にひっそりと佇むのは茶室「寒梅軒」。いまも同志社茶道部の部室として使われている。

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2013/10/8

同志社大学にて  学校

 そそくさとお昼を食べ地下鉄で2駅くらいの今出川まで行き、集合場所の改札前へ。

 ツアーには平均年齢60オーバーくらいの参加者が終結。ほぼ2年ぶりに案内人の小嶋一郎先生を間近に見る。相変わらず若々しいが、ぐっと頭に白いものが増えていた。2年の間にあれこれご苦労もあったことだろう。

 初めて先生のツアーに参加して、私は寺院仏閣巡りの面白さに開眼したのだった。ツアー以前の私が2次元の神社仏閣しか知らなかったとしたら、ツアー以降は3次元で味わえるようになったと断言出来る。それくらい大幅な開眼だ。たいへんな恩師、である。

 今出川の駅を上がれば、すぐに同志社だ。同志社の北門には相国寺があり、南門のあたりには、かつては公家屋敷があったそうだ。

 キャンパス内にも相国寺の塔頭があったそうだ。最新の建物である良心館は、そんな塔頭のひとつ、鹿苑寺の遺構の上に立てられている。寺院の遺構のうえに、プロテスタントの学校があるなんて、ちょっと不思議。

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 同志社で一番新しい良心館↑

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 良心館内部の廊下が一部シースルーになっており、遺構を見る事が出来る↑

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 キャンパス内で一番古い建物であり、草創期に最も近いと言われている「彰栄館」。さすがの威風堂々ぶり↓

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 プロテスタント系では、日本で一番古いと言われているチャペル(礼拝堂)↓同級生がここで結婚式をあげたのがうらやましかった、という小嶋先生の懐かしい個人的な回想が差し挟まれる

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 小嶋先生も、学生の間はその存在を知らなかったというマイナーモニュメント。

 大正時代の留学生、鄭芝溶(チョンジョン)の鴨川を歌った詩碑。韓国に帰国してからは、「韓国現代詩の父」といわれるほどの方だったらしい。

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 やはり韓国の国民的詩人、尹(ユン)東柱(ドンジュ)の詩碑。1942年から2年間同志社に留学したが、ハングルで作詩をおこなったため、治安維持法にひっかかり逮捕され、刑務所内で死亡。「死ぬ日まで天を仰ぎ一点の恥なきことを」で始まる詩は、韓国人は誰もが知っているそうだ。

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2013/3/1

卒業式  学校

 Kちゃんの卒業式のため、夫婦で京都へ。

 本人は答辞リハがあるため、最後の日というのに5時起き6時出発という強行軍だ。それにつきあう先生方も大変。

 自動的に強制早起きをした私は、彼女を送ったあと、ふとした気のゆるみでマンガ『草子ブックガイド』の2巻をウチで立ち読み。ペラッと開いたページは『銀河鉄道の夜』のブックガイドだ。言わずとしれた宮沢賢治の名作で、草子の解釈に感動のあまり泣きそうに。

 いやいや泣きそうになるのは、早いって。

 「体育館は冷蔵庫みたいに極寒の地」というKちゃんの言に従って、ずいぶんな厚着をし黒い雪だるまのような格好だったが、意外にも温かい。そういや天気予報も「春の嵐」って言ってたっけ。

 答辞は例によって堂々のしゃべくり。笑いもボケもツッコミもあり、関西弁満載で、体言止め過多。文章にうるさい真面目な教師には不評だろうが、娘曰く「校長が目頭を熱くしてはった」。でもまさか、親への感謝を卒業式の答辞で聞かされるとは。私も危なかったよ。

 最後の子どもが高校を卒業すると、「子育て卒業」を神様から言い渡された気分になり、肩の荷が降りたというか脱力したというか。まぁ「ケアする」という責任の部分だけで、経済的にはまだまだ厳しいんだけどね(苦笑) それでも「塾」がなくなるので、ずいぶんラクにはなるんだけど。

 式のあと、制服のボタンはすべて、後輩女子たちにもらわれたそうだ。希望者過多によりじゃんけんで(笑) 浮いたウワサはないけど、Kちゃんは今流行のハンサムウーマンか?? 新島八重を越えてはばたけ、Kちゃん!

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2013/2/28

泣くな、先生  学校

 今日はKちゃんは答辞の最終練習で学校へ。同級生が帰宅した午後より、明日の式場でリハーサルをしていると、密かに練習を見に来ていた先生ふたり。

 いずれもKちゃんと仲良しで、会えば軽口を叩き合うような関係のオッサン、いや先生なのだ。

 答辞が終わるまで、書面に目がいっていたので、彼らの存在に気づかなかったKちゃん。読み終えて顔を上げると、先生のうち一人が、

「おい! 泣いてしもたやけ〜!!」とクレーム?をひとこと。

 もう一人の先生はクレームどころでなく、しくしくと退散されたとか。

 Kちゃんは「み〜〜!」と笑顔で先生の泣きまねをして、「わーい、泣いてる〜♪」と優越感に浸っていたらしい。これなら、答辞としては大成功だ。

 明日は卒業式本番。個性的な先生方の話をKちゃんから聞くのが楽しみだった日々も終了だ。無事元気に登校して、つつがなく式が終えられますように。

 
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2012/9/21

学園祭の余波さめやらず。  学校

 H氏が仕事から帰ったお風呂上がりに、Kちゃんの高校生活最後の体育祭で、所属する組が感動的な逆転優勝したことのあれこれを報告する。

 実行委員でも役員でも活躍した人でもないのに、なぜか優勝旗を受け取った男子からKちゃんに旗がバトンタッチされ、グラウンドを練り歩き(?)、手を振り旗を振りして、皆の歓声を受けたらしい。

 「あれ、だれ?」「(学園祭で)U.F.O(または金色の宇宙人)した人やん!」「ああ、あのひと〜!(納得)」
 彼女の名前を知らない人でも、学園祭に披露したパフォーマンスは深いインパクトを残しているのだ。

 それは生徒だけに留まらず、保護者の方々にまで波及していたらしい。体育祭を見に来ていた誰かのお母さんに「学園祭で金色の全身タイツ着てた子やね!」と、声をかけていただいたとか。

 先日、体育の時間にサッカーボールがKちゃんのみぞおちに決まってしまい、痛くてこけてしまったとき。半笑いしてしまった先生に「ちょっとは心配してくださいよ〜」とKちゃんが半分ネタで訴えると「おまえは宇宙人やから大丈夫!」と返って来た。

 世界史の時間に当てられたけど、ど忘れしてしまい答えられなかったときには「ばかもん!! ・・・星にかえれ!」といわれたとか。

 どうやら見た人すべてに、ディープインパクトを残したらしいKちゃんの金色宇宙人。これは来年の年賀状(巳年)のネタに組み込まないと(笑)
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2012/9/14

おわらい人生すごろく  学校

 爆発した学園祭後の脱力感のさなかに、夏休み明けの模試の結果がかえってきたKちゃん。あんなに勉強したのに、衝撃的な結果だったらしい。

 珍しくたいへん落ち込んで、いろんな先生たちに相談しまくった。進路指導の一番えらい(?)先生とか、塾の先生とか。結果、「夏の学習成果が出るのは10月。落ち込んでいる時間がもったいない。今回の結果はスルーして10月に再度考えよう」という結論に。

 なるべくラクして大学に行きたい、という風潮に背を向ける反骨の人なので、指定校推薦は論外、渋々承諾して推薦でも受けるが、それだって倍率は高いから合格は難しい。

「Kちゃんは山にのぼるとき、みんなケーブル乗るのに、歩いて登る人やからなあ」と私が言うと、

「なにゆーてるの! ウチは足なんてラクなもん使わへんで。両手で逆立ちして登るんや!」

 そんな谷底状態で、家庭科の時間にライフプランを書きましょう、という課題が出たらしい。あらゆる分野に興味のある(しかし恋愛には無関心で、恋バナ好きの女子と話が合わない)Kちゃんは、「さっぱりわからへん」ので自分の人生プランを「ネタ」にしてしまった。せっかく詳しい話を聞いたのに、残念ながら笑いすぎて忘れてしまった。

 なんか40代で神になり、50代で天地創造し、80代で施設に入ってDJをする、みたいな感じだったと思う。

 それを見た周りのクラスメイトは、自分もさっぱりわからへんし、書いて〜とKちゃんにリクエストする。頼まれたら断らないのがKちゃんだ。よっしゃよっしゃと書いてあげたそうだ。

 そのなかのベストワークを聞き、夜中に爆笑。この才能、どっかで活かせそうなもんだけどなあ。あんまりおもしろいので、メモしておいた↓

 20代 シジミになる
 30代 アサリになる
 40代 ハマグリになる
 50代 オウム貝になる(リアルな絵付き)
 60代 ホタテになる
 70代 「私は貝になりたい」といい人生を終える。

 家庭科の先生、職員室で爆笑したのではないでしょうか。バカな娘ですみませんねえ。 
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2012/9/9

全力で青春!  学校

 長寿寺の奥様のことは、もう少し書きたい気もするが、クールな人には「暑苦しい」と思われそうなくらいに「ホスピタリティ命」な、私心のない天衣無縫な働き者であると絶賛して筆を置きたい。

 話は変わってKちゃんの「高校生活最後の学園祭」が、先日終わった。彼女にとっては、初めてのクラスの出し物に関われるチャンスである。

 前年までは生徒会に所属していたため、仕切る側で大忙しの大活躍だったが、忙しすぎてクラスまで手が回らず、クラスで作るTシャツも着ないままで終わるほどだった。高校生活最後の「祭」に、受験生とはいえ、お祭女の彼女の血が騒がないはずがない。

 まずクラスでの出し物は、例によって「ダンス」に決まった。ここでちょっと凹んでいたようだ。「つまらん!」とキンチョールの大滝秀治みたいに愚痴っていた。演劇なら、いかようにもオモシロくできるのに、という訳である。当初は「ウチはダンスとダンスの隙間で、(ドリフの加藤茶と志村がしていた)髭ダンスする! ひとりでもする!」と宣言していた。

 おもしろいやん〜!

 ところが髭ダンス、実行はなかなか難しいということが判り、あきらめた。でも「最後の学園祭はダントツ、オモロイことをする!」という意思はあくまで固かった。

 選曲をした時点で「ピンクレディーの『U.F.O』を流している時に、宇宙人の格好をしてかわいい女の子をさらっていく」というシチュエーションを思いつき、実行した。いや当日みたら、さらっていくのに失敗して、センターで踊るというストーリーに変更したのだが。

 そして次のダンスにも、彼女は登場するのだが、宇宙人の全身タイツの上に次のダンスの衣装を羽織り、宇宙人の触覚はそのままというサービスぶりだ。

 学園祭は2日、ほぼ同じプログラムで進行されるが、1日目はオーディエンスにどよめきが起こったらしい。

「あれ誰や?」「前の生徒会長や!」「え?生徒会長?」

 彼女に「てっきり宇宙人のお面被るのかと思ってた」というと、「そんなんしたら、顔みえへんやん。それは卑怯な気がする」。うう〜ん、パフォーマンスには、独自の美学と哲学を持っているんだなあ。彼女は幼稚園の頃から、毎夜エンターテイメントなパフォーマンスで家族を沸かせていた根っからのパフォーマーだからなあ。

 1日目は登場したときにどよめきが起こったが、2日目は歓声があがったそうだ(笑) 終了後には、「ツーショットで写真撮らせてください」な列ができ、気分はほとんど「ひこにゃん」だったらしい(笑) 役者は3日やったらやめられないっていうけど、彼女は高校生活で演技する機会がなかったから、最後にパフォーマンスが思い切りできて満足だろう。 

 「今日はヒーローやった」と満足げに言っていたけど、たしかに。ヒーローで間違ってはいない。小柄な彼女が舞台では、思いがけないくらい大きかったから、ヒロインではなく、やっぱりヒーローだったな。「ウチは伝説になる」という宣言通り。
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2012/7/31

親子で学校。  学校

 進路に向けての三者懇に行ってきた。

 いままでは二者懇だったので、Kちゃんと一緒に先生と向き合うのは、高校になってからは初めてだ。進路については、いろんな先生方から有り難いアドバイスやら、心迷わせる誘いやらをいただいているらしい。あちこちで気に留めていただけて、ありがたいことである。先生方を大勢味方につけてしまうという人たらしなワザは、お父さん譲りだ。

 懇談に行く前に、電車の中でKちゃんが言ったひとことが、気になる。

「学校ではおかーさん、有名やしな」。

 先生にではない。学生さんたちに。彼女は小学校のときからテッパンの「おかーさんネタ」を吹聴し、作文のネタにまでしていたが、高校生の今もまだネタにしていたのだ!

 それにしてもKちゃんの「有名人」ぶりには驚く。校内で彼女とすれ違った学生たちは、親しく微笑み、声をかけ、手を振る。男女問わない。同じスタンスだ。Kちゃんの見事なユニセックスぶりを確認する。
 
 遠くでしゃべっている数人の学生さんたちも、彼女に気づくと親しげに手を振っていた。

 そして私と遇った子たちは、かすかにオドロキが混じった、かなりうれしそうな笑顔で挨拶してくれた。『ウワサには聞いていた「あのひと」を見てしまった!』という感じか。ネタ元確認♪というべきか。

 その中の一人の男子は、うれしさのあまり(!?)ツイッターでつぶやいたそうだ。

「初めて○○さんのお母さんに会った。やっぱり『持ってる人』はオーラが違う」

 「持ってる」って、何を(笑)? ネタか? 

 確かにほぼ毎日、日記かけるくらいのネタはあるからな。でもオーラはたぶんないと思う。キミがみたオーラは、怪しいマボロシです。怪しさなら、持ってるかもね。
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2012/5/12

懇談会  学校

 Kちゃんの、3年生になって最初のクラス懇談があったので、学校へ。

 今回Kちゃんのクラス担任は現代文(国語)の男性教師。今私が珍しく読書にのめり込んだ本屋大賞受賞作、『舟を編む』の主人公?馬締(まじめ)くんを彷彿とさせる方で、ときたま自分の世界にふと耽溺してしまうタイプにみえた。

 なにげなく気分にムラがある。訥々と話し始めたかと思うと、突如熱を帯びて語り始め、ひとくさり語り尽くすと、沈黙が落ち、保護者にレスポンスを求めても沈黙が続くので、仕方なくまた語り始め、それがいつしか熱を帯び・・・という循環は、不思議に面白かった。やや不器用ながら、いい先生ではあるのだ。

 先生を観察していると、大変楽しい。帰宅後、Kちゃんに報告すると、「そやねん! 観察してたら、ものすご面白いんやけどな、あの面白さを説明するのは難しいねんなー」。
 続けて、「こないだなんか、授業してて『そういえば僕は最近泣いていませんねえ。いつから泣いてなかったかな・・・あ、奥さんはよく泣かすんですけどねえ』って、いってはった。あかんやろ、それ!って、思たけど」
 たしかに。けど、もしかして、持ちネタ?

 でも、相手をおもわず引き込む熱意は感じる。進路や受験方法についての貴重なサジェッションももらった。いろんな意味で、行ってよかった。
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2011/11/2

待つこと。  学校

 鷲田先生の話は、こんなかんじだ。

 たとえば農業など第1次産業は、「待つこと」自体が仕事だ。雨が降るのを、太陽が降り注ぐのを、実りの秋が来るのを、待つことで収穫までたどり着ける。もっとも最近では養殖や養鶏など、工場のようになっている部分もある。

 第1次産業すらこうなのだから、他の産業は言うに及ばず。低コスト、大量生産、効率的、スピーディーであることを奨励される。
 「待たない社会」の最たる者は、管理社会、なかんずく「成果主義」や「評価制度」で、これは単純なルーティンワークなら改善を重ね向上していくけれど、突出した発明や発見や芸術については、確実に取りこぼしてしまうだろう。評価する側が、評価できるものではない「へんてこ」で「アウトサイダー」なものだからだ。クリエイティブな仕事というのは、常識の枠外にあるからである。

 鷲田先生がおっしゃるには、昔、全国津々浦々の学校に必ず二宮金次郎の像があったのは、仕事をしながら学問に励む時間をムダにしない効率的な生活を褒めたたえていたからだとか。

 ところが効率を追求しムダを排除すると、臨界点まできたとき生産が下降を描いていくという。労働者を取り替えのきく部品としかみなさない、人間個人を大事にしない会社は、働き手の労働意欲の低下を招き、「がんばろう」という気持ちを萎えさせるのだ。

 話は変わって、阪神大震災のときに一番に現地に駆けつけてボランティアをしたのは、暴走族のライダーたちだったそう。かれらは「いいことをしよう」なんていう気持ちからではなく、他者が切実に助けを求める声に、条件反射のように反応したのだ。そういう感応力を彼らは持っていたのである。という話も面白かった。たしかに、ある種のヤンキーはアツくてやさしい。

 それから強制収容所で生き延びた人は、希望を持っていたひとではなく、「自分を待っていてくれる人がいるひと」たちだった、という話も興味深かった。
 そういえば、水木しげる御大も、激戦区で生き延びられたのは、両親の幻の声を聞いたからだったっけ(ドラマ『ゲゲゲの女房』にて)。

 翻って自分を顧みてみる。待つことができない頃、私の一日はとても短かかった。息もつけないくらいだった。久しぶりに出会った人に「もう仕事を辞めた」というと、「ええ〜!もったいない〜!!」と言われるけれど、私は逆に人生得したと思っている。もちろん経済的にはキュウキュウだけど、それはそれでスリルとサスペンスで満ちているので、面白いといえなくもない。やるべきことも、山積みなので、退屈ということもないし。

 私の思いは先生の話とはたぶん違うだろうけれど、待つことが可能になってやっとしみじみ「生きている」ことを実感できるようになったのかもしれない。待つって、わるくない。
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2011/11/1

鷲田先生  学校

 Kちゃんの学校で、なんと哲学者・鷲田清一先生の講演会があるというので、わくわくしながら出かけた。ほぼ読んだことはないのに(挫折したから)、なぜかとても気になる人なのだ。しかもあまり読書をしないKちゃんをして、授業で読んで「ものすごくおもしろいコトを書かはる」と哲学的思考に興味を抱かせた人なのだ。

 演題は「待つことの意味」。いきなり「もう10年以上前から、日本人は待つことができなくなりました。日本から「待つ」ことが消えたのです」というセンセーションなフリでわしづかみに。

 でも一方で日本には昔から「待つ」ということばにはいろんなバリエーションがあって、豊かな「待つ」(文化?)があった、ということもおっしゃっていたっけ。

 内容については、また後日ゆっくりと、ということにして、実は講演内容以上に興味深かったのは、鷲田先生のキャラだ! 

 私はせっかくのチャンスなので真ん中の、それでも遠慮して前から3列目くらいの席で聞いていた。鷲田先生は、とても緊張された様子で、明らかにあがっておられ、訥々と語られていた。緊張のあまり、ときに頭の中が真空地帯になってしまい、言葉が続かなかったり、思いつかなかったり、忘れちゃったり。でもそこが好感度大! 滑らかによどみなく語りかけ、立て板に水的なお話をされる方って、ちょっとうさんくさいじゃないですか。なんかこう、信用できないというかね。

 そんなふうで、気さくに壇上から語りかけたり、自分の言ったことに自分で笑ってしまい「あ、こんな場所(壇上!!)で馬鹿笑いしちゃったよ!」と内心をおもいっきり顔にだしてしまい「しまった顔」をして口元に手をあて、「えと、何の話をしてましたっけ?」とボケてみたり、たいへんチャーミング。

 鷲田先生って、「難しい話をする哲学者でエラい人」的なイメージがあっただけに、そのギャップがかなり微笑ましかった。あまりに微笑ましかったので、つい笑ってしまって失礼しました。

 でもラストは「現在は市民(普通のひと)が専門家に任せすぎてはいけない」とシビアな表情で語られたのは、すごくカッコ良かった。「政治家に頼り切り、原発のことは専門家に頼っていたのでは、なんの解決にもならない。彼らは自分の専門しか知らず、断片的な知識しかもっていないのだから。自分で問題だと思うことは、自主的にコミットしていき、自律的に生きる。これがいまは大事です」

 講演終了後、自分が使われた黒板をきれいに丁寧に拭いておられた姿がまた、なんとも素晴らしかった。ちいさいことだけど、あんまり目にすることのない風景なので、とても感動した。実は鷲田先生の著書は挫折体験があるのだけど、本を改めてまた読んでみよう、と強く思った次第である。鷲田先生、大好きになってしまった。
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2011/10/3

のぼりつめる。  学校

 昨日、Kちゃんが「こないだの模試の問題、さっぱりわからへん病んだ小説やった。おかーさん、読んでみて」というので模試の問題(小説)を読んでみた。病んでる? う〜ん、それは苦手かも。

 しかしながら問題に目を落としたら、横光利一の「花園の思想」。横光利一の文章は好きなタイプなので、喜んで読む。力任せに比喩や形容詞がワープする強引さが好きだ。やはり好きな作家さんの文章は読解できるとみえて、ほぼ正答。問題自体は、難しくなかったのかも。(単にKちゃんが苦手な小説だった?)

 でも何ページにもわたる長い文章を、そそくさと読んでさっさと答えを書くことを求めるなんて、つまらないことだ。じっくり読んで独創的な読解ができた方が面白いのにな。少なくとも国語については、短時間で問題を解くなんてどーでもいいことだと思う。私なんか、読書会の感想を披露するために、どんだけ時間かけて読むか!(自慢にならない)

 Kちゃんといえば、先頃ついに生徒会長になった。生徒会での地位をのぼりつめてしまったのだ(笑)。いろいろあって夏休み前には、生徒会を辞める決意をしていたのがウソのようだ。先日の学園祭がチョー青春で、生徒会メンバーのチームワークが素晴らしかったのと、今年の1年生が精鋭ぞろいだからかも。プロのような音響のエキスパートやPCのエキスパートがいるので、先生の無理難題な(!?)注文もクリアできたらしい。

 彼女の最大の取り柄は、どこでも人望を集めてしまうことなので、適任といえば適任だろう。

 彼女がカイチョーになったとき、それを知った(担任ではない)先生が、職員室に彼女を呼んで、「ご祝儀や!」とお菓子をいっぱいくださった(いろんな先生の机を回って集めたらしい?)とか、担任の先生に報告したら、堅く手を握りしめて「頑張ってね!!」と激励されたという、「うるわしい話」も聴くことができた。

 信じがたいほど「自分のことより、他人のこと」重視なので、はらはらすることも多々あるけど(今までも充分ありすぎた)、オーバーヒートしない程度に(ムリかな)頑張ってね。(一部の)先生とケンカ(!?)するのもほどほどに。って、それもムリかな(笑) でもま、彼女の側に立ってくださる先生もいらっしゃるから、たぶん大丈夫でしょう。
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2011/9/10

お疲れさま&未知との遭遇  学校

 昨日は学内だけでの学園祭が開催されたが、今日は外部から見に来る人たちも大勢くる本番の学園祭。私も午後から役員仕事のため登校した。Kちゃんのダンスを見るために少し早めに。

 午後のお仕事、模擬店での食品販売は、すでに忙しさのピークをとうに越えたみたいで、人数(半ダースほど)のわりにはとってもヒマだった。仕事自体もシンプルだったし、手持ち無沙汰の感も。ただし、タダモノではない暑さのために、ムダに疲れた。とはいえ、なんとなくな同学年の保護者のつながりなどを感じて、それなりに有意義。

 役員報酬として(?)食券をいただいたので、はじめて高校の学食に潜入する。学食で、いちばん高価な「定食」と引き換えできる食券なのだ。

 少し早めに食堂に入ったのと暑さで、そんなに空腹ではなかった。ごはんは「少なめ」にしてもらったにも関わらず、なにしろ丼茶碗での「少なめ」だ。ゴハン茶碗なら山盛りの量である。食欲下り坂であっさり系をカラダが求めているのに、こってり系で「少なめ」なのにゴハンてんこもりな定食は、やっと完食して消化不良状態だった。
 あとで、「定食」と書かれていた食券は、オールマイティで使えることを知り、大後悔。うどんか単品丼ものにすべきだった。

 野外ステージ脇で立ち働くKちゃんを観察していたら、いろんな男子がやってきてKちゃんとしゃべっていた。それは女子力ではなく、清水の次郎長親分を慕う子分ども、という気配なのが面白い。もちろん職場(!)女子たちとも働きつつしゃべっている。
 MCもノリノリだった。昨年よりさらにバージョンアップされていた。「今年はちゃんと練習したからなー」と帰宅後、Kちゃん談。全体を把握して目配りする仕事ぶりは、さすが「Kさま」と奉られているだけのことはある。

 仕事が早めに切り上げられ、予定より随分早く下校することができた。そこで激レアなものを鑑賞できた。

 もよりの駅で、私の前で階段を上るほっそりと色っぽい熟年女性は和服姿だったが、えらく粋な風情だった。半(はした)色もしくは鳩羽(はとば)色、(つまりくすんだ薄紫)の夏着物に「角だし」の帯、それに二枚歯の下駄を素足に引っ掛けていたからだ。髪はアップにして涼しげな銀色の玉かんざしが差してある。それを少し着崩す感じにドレスダウンされていて、やたらかっこいい。それだけでも充分レアである。

 問題は着物の模様だ。なんと「蜘蛛の巣模様」!! 

 私が初めて「蜘蛛の巣模様の和服」を目にしたのは、『エースをねらえ!』の宗像コーチの家でのくつろぎファッションである。衝撃だった。蜘蛛の巣? ということは、獲物は岡ひろみ!? でもそれは、あくまでウチの中での人目を気にしない場でまとっていたものだ。おまけに、なんといってもフィクションでマンガだ。

 その衝撃のファッションが、いままさに目の前に!! ノンフィクションだ!! ドキュメンタリーだ!! 

 これこそ、まさに、ジョロウグモなのでは。そういえばジョロウグモが人間化したらこうかも、というイメージにも、すっぽりと当てはまる。

 という激レア目撃情報とともに、おやすみなさい。生徒会のみなさまも、おつかれさまでした。ゆっくり休んでください。 
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2011/9/9

学園祭、始まる。  学校

 本日も5時前に起き、ついでKちゃんを起こす。

 夏休み前から、彼女が生徒会で音頭をとって進めてきたイベント、「学園祭」がやっと終結を迎える週末。彼女は高校生というよりも、学校が始まってからは「仕事人」もしくは「仕切り人」、という風情だ(笑)

 ステージで司会進行をし、一方ではクラス発表の手づくりのコスチューム(スカート以外はクラスメイトのてづくり!!)を着てダンスをする。睡眠時間も超短縮、食事をする時間もないという、モーレツサラリーマンのような忙しさ。女子高生というより、やり手のおっさんみたいだ。

 ワードであれこれ資料をつくり、司会の原稿を仕上げた(一回出来上がったのをうっかり消去して呆然、というアクシデントも)。休み時間や帰宅後に、ダンスの振り付けを覚え、スカートを作った。雨だと前日準備がアウトというのが直前に露呈したので、彼女は最後に気合いと祈りを込めてこれをつくった↓

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 テキメンな「てるてる効果」で、今日は暑すぎるくらいのいいお天気を保っていた。ま、こんなカワイイの見たら、神様も雨を降らす訳にはいかないでしょうよ。全部表情が違うのだ。

 そして明日は最後の早朝出社、もとい、早朝登校だ。やれやれ。はやくも「打ち上げ」を楽しみに、わくわくどきどきのKちゃんである。いやいやその前に、生徒会のみなさん、残暑と多忙でダウンしないように気をつけてね。
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