2014/10/19

夢はあとのまつり  妄想

 ビンボーしてるとき、もしくは大金が必要な時には、気の迷いが出るというか、心に隙ができるというか。

 普段は地道に暮らしているのに、「ひとやまあてたい!」という気分がふらりと迷い出てしまうのだ。

 それで京都に行った時、衝動的に買ってしまいましたよ、「オータムジャンボ宝くじ」。

 私のくじ運って「千本くじ」に集中していて(かなりの確率であてる!)、スピードくじもまれに、という程度。ジャンボでは3千円が今までの人生で1回のみだ。

 当選発表の日が近づくにつれ、胸の中では憂歌団の「当たれ!宝くじ」がエンドレスで流れる。「今度こそ、俺の番」なんて断言しないし、「いっせんまん」欲しいなんてさらさら思っていないけど、どーぞ100万よろしく!と、神様仏様にお願いした。

 お願いしたせいなのか、欲が脳に来たのかわからないのだけど、発表の朝、こんな夢を見た。

 御金神社の黄色い財布に宝くじを入れて、その上に積宝寺(宝寺)で買った「うちでの小槌」を乗せておきなさい、というもの。

 起床後、うきうきとそのとおりにした。そわそわと新聞で結果をみた。

 当たってました、300円(泣)  

 しかしながら、よーーーく考えれば、すでに昨日当選番号は決っていたのだから、この夢のお告げは、おとといか、昨日の当選番号が決る直前にしかムリだったんだと理解した。

 よ〜し、年末ジャンボこそ! 家のメンテナンス全額分、よろしく、神様仏様!(まだ懲りんか!)

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2014/8/3

幻の懐かしい場所  妄想

 子どもの頃、近江八幡市のはずれにある佐波江のお寺にタクシーで行き、長期休暇のときには必ず何泊かした。路線バスも通らない田舎のはずれ、びわ湖のほとりである。母の実家なのだ。とても仲のよかった年下のいとこがいたので、一緒に遊んだ。

 表の縁側を降りると、二人乗りの白いブランコがあった。いとこの家は、当時珍しい共働き家庭だったし、おばあちゃんは戦争未亡人だったので、ともするとリッチ感を味わえる家庭だった。しかしブランコの隣にある別棟の風呂場は五右衛門風呂というミスマッチさもまた、素敵だった。

 昼間には縁側で西瓜やトウモロコシを食べ、夜には花火をした。

 裏手にも縁側があり、その近くにはゴミ捨て場(昔は山の中や空き地にふつうに放置されているゴミ捨て場があったが、悪臭もなかったし不思議に不潔な感じはしなかった。)と黄色い実をつけた夏みかんの木があった。松林をわたる風の音や波の音を聞きながらボンヤリと過ごし、そのまま畳の上で昼寝をした。思い出すだけでも、生涯に渡る至福の時間だ。

 いとこたちとテレビを見て遊んで、浜辺に繰り出して浮き輪付きで泳ぐ。浜辺を端から端まで歩き、貝殻や石を拾う。なんて無為で楽しい夏休みだったことだろう。ゲームでステージをクリアしたり、得点を競ったり、アイテムを集めたり、宝物を見つけたりするより、はるかに無駄で無為な夏休みだった。

 あれから40年も経っているのに、有意義な子ども時代のあれこれよりずっと心に残っているとは、どうしたわけだろう。いまも無駄で無為な時間をだらだらと過ごしてしまう事はよくあるけど、あんな幸福感はもはや感じる事はできない。なにもしていないことに罪悪感や焦りがつきまとっているからだ。

 いまは彼方の時間にたゆたう無駄で無為な夏休みを思い出し、幸せな気持ちに浸るのがやっとなのである。

 ほぼトトロに出てくる「さつきとメイの家」みたいだった。しかし、もうあの家は壊され、別の家になってしまったので、思い出のなかだけの、もはや幻の家だ。ときどき牛のように反芻しながら、味わいたくなる思い出である。
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2014/7/29

「泣いた赤鬼」一件落着。  妄想

 ずーっと『泣いた赤鬼』という物語にもやもやしていた。なんだかひっかかる結末なのだ。

 しかもこれ、教科書にも載った浜田廣介の代表作である。廣介童話だ。子どもの読み物である。子どものときからずっと、腑に落ちない思いを引きずったまま、まもなく半世紀を迎えようとしている。

 今日も、ふとこの話を思い出して、腑に落ちない思いに悶々としていたが、突如とんでもない考えが頭をよぎった。涙無くしては読めない友情物語の振りをしているが、もしかすると、青鬼の計画的犯行だったのではないか? 

 赤鬼って、どうみてもパッとしてなく冴えてない。しかも鬼としてはアウトローで、友達いない感が漂っている。もともと鬼自体があまりいない地域なのかもしれないので、たまたま幼なじみだった青鬼とは「友達」だったけど、鬼として優秀でプライドもあり頭も良く気配りも行き届いている青鬼は、成長するにつれ赤鬼のことがめんどくさくなってきたのではないだろうか。もっと気の合う鬼友達を探しに引っ越そうと思っていた矢先、願っても無い赤鬼の悩み相談に乗っかる事に。

 またとない友情篤い青鬼として赤鬼の心に残りつつ、後腐れ無く別れられた、という青鬼の企みだったのでは。

 実も蓋もないけど、ものすごく腑に落ちた。個人的には、一件落着。
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2013/6/17

夏が来れば思い出す。  妄想

 毎年夏がくれば思うこと。車の車体をソーラーパネルにして蓄電したら、どれだけ発電できることか! 

 無駄に高温の車内に入るたび、このことを思い出す。このたっぷりな嫌われ者の熱エネルギーを、別のエネルギーに変換することはできないのか!

 科学者のみなさん、研究者のみなさん、ホントはできてるんでしょ? そろそろ実用化できませんかねえ? 体力のない人たちが、命懸けで節電しなくてもいいように。遠慮なくクーラーが使えるように。
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2013/5/15

酒とみりん  妄想

 カテゴリーは「妄想」だけど、突如思い立って実行した。

 木之本で買った醤油を使い切り、その小壜を何かに使えないかと取っておいたところ、酒とみりんを小壜に移し替えたら調理に便利だと思いつく。色が似ているので、間違えないようにラベルを作った。

 酒のラベルはすぐに思いつく。もちろん「あの人」がモデルだ(笑)

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 彼は酉年なので、こけこっこー。おやじギャグ満載だ。青字「なわのれん まいど」は姉妹品、もしくは副タイトル。

 みりんのラベルはちょっと考えたが、対にするのならモデルは私しかいないか。
 効率とか即戦力とかスピーディとか無駄なくとか時間を有効活用とか激安とかお得なとか資産運用とか、聞き飽きちゃいました。
 「今日出来ることは明日する」(いや、「明日できることは今日しない」だったかも?)。昔読んだマンガの中でイラン人の生活信条として登場する言葉。これをネタにギャグが連鎖していた。今となっては、ギャグではなく、憧れかも。(青池保子『エロイカより愛をこめて』 第3巻 「イン・シャー・アッラー」)

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 あしたという日は「明るい日」って書くんだから、明るく仕事出来そうな明日にしようぜ。今日のことは今日でおしまい。明日は明日の風が吹く。

 この企画を思いついてラベル作って瓶に巻くのは、楽しかった。巻いた後、並べて見ているのも、すごく楽しい。これで台所にいる時間が、とても楽しくなる。

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 帰宅後の家族に見せるのが楽しみだ。ウケるかなあ〜?
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2013/4/7

続報・妖怪かたすかし  妄想

 「妖怪肩すかし」のビジュアルを思いついたので、冷蔵庫のメモ(プリントの裏紙)に描いてみた。

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 一見かなり感じよくて、つい頼りにしたり、約束したりするけど、「あ、ごめん! わすれてた〜!」とスルーされてしまい茫然自失に。

・・・って、これ、私じゃん! いや、第一印象いいかどうかは別にして、私がH氏にしている仕打ちって、まさにこれだよ!
 
 わ〜〜。反省しきりです〜。
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2013/4/6

新たに妖怪追加。  妄想

 またもや「妖怪目眩」に取り憑かれてしまい、エラい目にあってました。1時間起きては、カラータイマーが点滅し臥せる日々を送っていましたが、ようやっと薬の力で復活いたしました。

 以前、Kちゃんが「妖怪ハラクダシ」なる妖怪を編み出しましたが、先日も新しい妖怪の名前を思いついたのを聞き、爆笑したのでした。

 ところがあんなに可笑しかったのに、すっかり記憶から抜け落ち、言った当人も忘れ果てていたのです。いや、私は忘れないようにメモ書きしたのですが、そのメモ書きした場所をすっかり失念し、新たな妖怪の名前を思い出せないまま、何日が過ぎ去ったのでした。

 今回、目眩で苦しんでいたところ、前回の目眩の薬を見つけ出して、ふと手が止まったのでした。

 んん? この鉛筆書きって・・・。自分で書いておきながら、しばし読み取れず。それでもじっとみていると、天啓の様に正解が分かったのでした。

 「ようかい かたすかし」!!

 あくどい! こいつはホンモノの悪党妖怪に違いない! ハラクダシどころの騒ぎではない。というかよくよく考えれば、この半年ほど、我家はこの妖怪にしてやられつづけたのではなかったか? 見つけたらどうしてくれよう、「妖怪肩すかし」!
 と憤怒にかられつつ、ビジュアルを妄想してしまうのでした。

 きっと、「ゆるキャラ」並みにカワイイ妖怪のような気がするんだけど。肩すかしだけに。
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