2016/7/12

「火花」  読書

いちい読書会。

 またもや又吉さんの「火花」。2回目を読もうと思いつつ、3日間ダウンしてついに断念(悲) 

 前回読んだ(2ヶ月前?)記憶だけを頼りに挑んだけど、他の方の感想を聴くうちに、どんどん感想が膨らんで来て(笑) しかも前回とは感想も盛り上がる場所も、微妙に違う。

 同じ本を読んでも、違うメンバーの読書会では、こんなにも違うのかと驚く。とともに、複数名で同じ本を読む相乗作用って、すごい。
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2016/5/18

信じがたい訃報  読書

 漫画家の吉野朔実さんが4月にご逝去されていたことを、本日知った。

 若い頃(80年代)は、彼女の漫画を心の支えにしていたこともあり、かなり動揺中、かつがっくりと脱力中。

 絵柄はもちろん、ストーリーもネームも美し過ぎる。こっそりお茶目で、ヘビーで難しい内容を、颯爽と描く希有な人だった。

 もっとも「月下の一群」「少年は荒野をめざす」は熱中したけど、「period」は理解できずにダメだった。「恋愛的瞬間」は、悩める多くのひとに読んで欲しい心理学もの。

 彼女の作品には、サブキャラに、たいへん魅力的な美形男子が登場するのもいい。「たいへん魅力的」ななかには、「おそろしく変人」という要素も含まれてもいて、そこもツボだ。しかもサブキャラ。ヒロインに恋しても振られる役どころながら、ヒロインをサポートするおいしい立場でもある。読者にとっても、彼はおいしい立場に違いない。

 私が結婚してうれしかったことのひとつに、彼女と同じ名字になれたことがある。若くビンボーな故・佐野洋子さんに美術書を買うお金を貸してくれた「丸善」の書店員のひととも同姓なので、さらに。

 遅ればせながら、そしていまだ信じがたいけど、吉野朔実さんのご冥福を、こころからお祈りします。
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2016/5/10

苦あれば楽あり。  読書

 今日はシニア読書会。

 テキストは湊かなえさんの「母性」。どんどん心が暗くなり、何度も挫折しかけた(読みやすい文章なのに)。「告白」のトラウマもあるので、救いようのないラストだったらどうしようと、リタイアを考えたことも一度や二度ではない(汗) 救いようのない話がダメではないのだけど、意味なく救いようがないのは、やっぱりつらい。

 とりあえずネットで確認したら「一応ハッピーエンド」とあったから安心して、やっと今朝読了できたが、やっぱりサイコなこわい話やわ〜。

 それでも読了したからこそ、読書会の楽しさを満喫できた。意見の共感もさることながら、違う意見にも耳を傾ける寛容さも、ソフトな言葉遣いやユーモアを交えた話術や体験談に、いつもながら楽しいひととき&ふたとき。このドライヴ感や読解の深まりがあるから、読書会はやめられない。

 「つまらなかった」「共感できなかった」という場合も、ちゃんと言葉を尽くして思考を巡らせ話す姿勢や、体験を交えた具体例などをあげたりして、ユーモアと冷静さをもって説明できる人たちの話には、ほんとうに引き込まれてしまう。知性という言葉を再確認できるひとときでもある。

 第2部(有志ランチ)では、久しぶりに中華のランチを食べて美味しかったのも、シアワセだった。カリッと揚がった豚肉に、とろっと甘酢がかかった酢豚って、家ではほぼ作らない一品なので。おなかにやさしい中華粥や、ほんのり甘いかりっとした大学芋もね。充実したおしゃべりと一緒なので、よけいに美味しいのです。
(グリーンホテル内「是的菜館(シーダサイカン)」にて)
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2015/11/10

合同読書会  読書

 毎年の11月の(私的ビッグ?)イベントが終了した。子どもたちの母校のPTA活動の一環である読書会と、そのOBによる読書会が、合同で行う読書会である。ぐっと年齢層に幅ができるので、読み方や意見にも幅ができ、いつもとはまた違う豊かさがある。

 双方に所属している私は例年この回の当番に当たっているのだが、みなさんのご協力のもと、好評のうちに終了して、ほっとしているところ。というか、まるでヌケガラ。もっとも私がちゃんと仕切れたかというと、はなはだギモンだが(汗) それでも両者をつなぐ人間がいるというだけでも、多少はリラックスできる場を作れるのならばうれしい。

 テキストは早野龍五/糸井重里『知ろうとすること。』(内容はリンクの青字部分をクリックしてみてください)。小説ではないので、感想ってどうなんだろうと心配だったが、杞憂におわって安堵。参加者は10名余。

 若ママ読書会のメンバーが、シニア組に臆すること無く(みなさん、とてもあたたかで優しいので怖れることはないのだけど・笑)、忌憚ない発言してくださるので、より盛り上がったし、当時関東在住だった方の貴重な体験談なども聴けて、実りある時間だった。

 そういえば読書会では、個々の体験談を聴くことが多いのだが、それがめっぽう面白いのだ。読書感想といっても、本から自らの体験を呼び起こされることって、多いのである。

 逆に本から未来の体験を引き出されることも。私の「行きたい場所」のスタートは、まず本から始まっていることが多い。今週の土曜日に行く山崎の観光ポイントを巡るウォークツアーも、名建築の写真集にあった「聴竹居」の写真を見ることから始まったし、千利休が作った茶室、国宝・「待庵」はマンガ「へうげもの」で読んだからこそ、ぜひ見てみたい!と思ったんだし。

 で、掃除中のタブー、「本ぱらり」をしてしまったのだけど、それが「日本建築集中講義」(藤森照信×山口晃)だったため、なんと「聴竹居」も「待庵」もしっかり掲載されており、お手軽に予習ができてしまったというタナボタも。

 過去にも未来にもつながる読書(最近はビジュアルが多いが・汗)は、やっぱりすごい。
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2015/11/5

東村アキコ「かくかくしかじか」を読む。  読書

「浦沢直樹の漫勉〜東村アキコ〜」というのを見た。9月の末くらいにあった番組を撮っておいたのを、10月上旬になって、やっと観たのだ。
 
「浦沢直樹の漫勉」という番組は、ひとりの漫画家さんの仕事の現場に密着取材し、その録画映像を浦沢さんが取材された漫画家さんと一緒に見て、コメントをいれるというシリーズだ。深夜に、それもアトランダムに放送されるので、気をつけてチェックしないと見逃してしまう。次回シーズン2のシリーズは、来年4月に放映される予定だ。

 私が観たのは映画化された「海月姫」や「かくかくしかじか」で2015年のマンガ大賞を受賞した東村アキコさんの回。それもなんと締め切り日に密着取材で、そのVTRを浦沢&東村さんが見て、コメント入れるという画期的なドキュメンタリー。東村さんの早描き、締め切り当日なのに、ホワイトで消してしまい大きな1コマを書き直したり、締め切り1時間前に残してあった白いコマにいきなり筆ペン!で直書き!! スリリングな連続技にドキドキ! 

 実は仄聞ながら東村さんのことは知らなかった。かろうじて「海月姫」のタイトルと内容を知っていたくらい。能年玲奈ちゃんが主役?で映画化もされたからね。

 それにしても東村アキコさんはカッコいい!! 彼女の画塾(高校〜)生時代を描いた「かくかくしかじか」買いに行かなきゃ!と思いましたもん。


 東村さんのいかなる状況でも、ドーンと構えて落ち着いてるとこがすごい! さらにそんな状況でもベストを目指して、マンガへの目配りが行き届き、若い人のアイディアを衒い無くすくい上げ、描くことをとことん楽しんでいる姿勢が、とんでもなくカッコいいんですよ!!

 翌日すぐに「かくかくしかじか」を本屋さんに買いに走る。数日後には最終巻5巻目を読了してズルズル(号泣) 

 あの淡々とした行間だらけがたまりません!! ネーム(せりふ)ではなくあれだけ行間が語る、そして身につまされすぎるマンガを描く東村先生はスゴすぎ! 正直に自分のどうしようもないところをさらけだす勇気と真摯さにも打たれる。「先生」の緊張感溢れる指導とは裏腹な、「ほんもの」だけを自然体で暮らしに取り入れる様子や、そのくせ子どものような、果ては乙女のような部分も微笑ましい。
 ニオイスミレとタンポポを植える乙女なシーンは、その時は美し過ぎて、でもあとから思い出すと泣いちゃうというミルフィーユみたいな場面だったな。

 あと著者の「四角いハコ(PCのこと)のなかの悪口は、ただの「フォント」だからなんでもない」というのは、名言だ(笑) 

 マンガ大賞受賞、ダテじゃない。「かくかくしかじか」はおすすめ。

 ちなみにこの番組、大学でメディア専攻のKちゃんは、「授業でみせてもらった」と言っていた。ええ授業やのう〜。 
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2015/9/14

読書会「流れる」  読書

 9月11日はヤング読書会。テキストは幸田文『流れる』。

なんと初・幸田文さん。読みたい読みたいと思いつつ、放置していたのだ。で、これがもう、面白いのなんの! ひと昔前の小説だけど、主人公の価値観や生き方、ものの見方の賢明さに、蒙をひらかれる思い。幸田文さんの、あらゆるものを捉える鋭さも素晴らしい。

 最近の「絶望して」「癒されて」「救われた」パターンの小説に飽きたらない人には、全力プッシュしたい。皆さんの評判も上々で、これはシニア読書会でも課題図書にできそうだな。

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 帰り道、近江八幡市の「茶楽」近くの路地にて採取した「飛び出し人形」。自転車乗りの飛び出しくんは、初めて見ました。

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 やたらいいお天気のドライブ日和でした。
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2015/9/12

読書会「舟を編む」(9/8)  読書

昨日は読書会のテキスト、三浦しをん著『舟を編む』を再再読。珍しく精読した。「情熱には情熱で応える」のだ。う〜〜ん、よく出来ている。

 次のページをめくるとさっと場面転換されているとか、時間が一気にすすんでいるとか。編集さんのセンスや力量も含めて、ページ割りも計算され尽くしている。

 そして何より辞書作りに邁進する人々の『言葉』への愛と信頼に溢れているのだ。

 『言葉は、「思い出」であり「記憶」である。死者にも生まれ来る者にも、言葉でつながることができる』

 笑い有り、涙有り。作者の想いの丈がアツい。でも冷静な筆致で客観的に、また的確かつユーモラスな比喩や表現に、ぐいぐいと読者が引っぱられて行く。まさに「言葉」に捧げられた小説だ。

 唯一、「かぐやさん」のキャラが薄いのがやや不満だれど、まあ無口なひとだから仕方ないか(笑)

 そしてこれはやっぱり単行本で持ってないとね! うん。その理由は読めばわかります。この装丁、カバー、カバーを取った時のうれしいオドロキ。本を作るってこういうことよ! という矜持に満ちた思いを、フィクションだけでなく現実に手にしているといううれしさを味わえるから。

 読書会では、いつも元気なあのセンパイが病欠で、ややショックかつぽっかり穴があいたよう。彼女の存在の大きさを痛感した次第。でもまた次に読書会にみえたときには、にこやかに、発言しまくってくださることを楽しみに。

 明石に行った時のお土産のお菓子を配ったあとで、読書会のはじまりはじまり。テキストがいいので、誰もがなにかをしっかりとつかまえられた、いい読書会だった。私も珍しく3回読んでまとめたので、しゃべり尽くした気がしていたけど、帰りにまたあれこれ思いついて、まだまだ読みが浅かったのだと気づく。読書道??は果てなし。
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2015/5/17

本日の新聞ブックレビュー  読書

 この日の「京都新聞」のブックレビューが個人的に充実していて、なかなか濃かったので、覚え書きとして。

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 爆笑問題の相変わらずの爆笑時事ネタトーク。太田光が執筆する時事ネタ漫才。今回は2009年から震災を挟んた2015年までの6年分。
 息子Tくんがウチにいた時は、欠かさず彼らの本を買っていたから、それ以前のは揃っている。装丁のデザインでも笑いをとっていたっけ。今回は、歯に衣着せぬ映画評論家、町山智浩さんも参戦されている。
 いつのまにか、というより、もうとっくに言論統制はガッチリと施行済みみたいですね・・・。

 『自由にものが言える時代、言えない時代』 爆笑問題&町山智浩(太田出版)

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 遺伝子組み換えの怪しさやコワさは、叫ばれている場所ではとっくに叫ばれているので、いまさらな感もあるけれど、かといってなんらかの対策はされていたっけか? 「使われていません」と明示された食品を買うしか対策はないけれど、「放射能検査済み」かどうかより消費者の関心は薄いかもしれない。それと「農家を大切にしなくてどうする!?」と読者が怒りを爆発させるだろう部分もあるようで・・・(汗) TPPともからんでくるし、除草剤についても・・・レビューだけで充分こわい。

 『モンサント 世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業』 マリー=モニク・ロパン(作品社) 

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 映画『それでもボクはやってない』で刑事裁判の闇を描いた周防正行監督が,思わぬ縁で法制審議会・特別部会の委員に。不祥事のあとも一向に懲りない司法関係者の発言に愕然、もってまわった役人話法に苦戦しながらも、「改革への一歩」を模索する.はたして「密室での取調べ」に光は差し込むのか? (岩波書店のHPより)

 『それでもボクは会議で闘う― ドキュメント刑事司法改革 ―』 周防正行・著(岩波書店)

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 いま朝日新聞で連載中の新聞小説は、夏目漱石の『それから』。もう一度、漱石をあらたな角度から読んでみようかと思わせる、漱石指南書。ヤングアダルト向けなので、ラフな感じも好もしい。

 『夏目漱石、読んじゃえば?(シリーズ:14歳の世渡り術)』 奥泉光/著
 (河出書房新社) 

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 マスコミ関係者がこぞって怖れるひとの「アベノミクス」を「アホノミクス」といってはばからないどころか、わざわざ副タイトルにもってくる大胆さ。いやいや大学の先生が、まさかのウケタイトルなのは、確信犯かもしれない。アマゾンのレビューでは酷評につぐ酷評だったけど、もう「何が正しいか?」は、自分で判断しなくちゃいけない時代になっているから。アベノミクスを本気でありがたがってる人って、どれくらいいるんですか??と聞いてみたい。上記の爆笑問題本と合わせワザで。

『国民なき経済成長 脱・アホノミクスのすすめ』浜 矩子・著 (角川新書)

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 やっぱり理想はこうかも、というストライクゾーンを突かれる見出し「在宅ひとり死」。病院で死ぬのはイヤ、でも家族の肩に介護がのしかかるのはちょっと、というどっち付かずな思いを、どんどん具体的に形にしていくのは、『おひとりさまの老後』の上野千鶴子さん。「家族に介護されて」というのは、よほど状況が整わないと難しいことだし、状況が整っていても問題行動が多過ぎると、気持ちがあっても家族がもたない。いままでの有り様からすれば、介護する側もされる側にとっても、逆に不幸になりかねない。

 在宅看取りのノウハウからコストまで、大胆に切り込んだ対談集。介護や医療のスペシャリストと上野さんとの対談で、そのうちのお一人が、私が大変影響を受けた「病院で死ぬということ」の山崎章郎さんだった。これを読んで「なんとしても在宅死を」というのが悲願になったっけ。

『ケアのカリスマたち』 上野千鶴子・著 (亜紀書房)

 フィクションはないけれど、「いま」を知るのには、充実のラインナップでした。
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2015/5/12

「テロリストのパラソル」  読書

 台風が近づいているけど、本格的に嵐になるのは夕方かららしいので、読書会へ。相変わらず出発ギリギリまでかかって読了し、しっかりチコクながら参加できた。

 テキストは藤原伊織・著『テロリストのパラソル』。チャンドラーを和製にしてたしかな描写力で読みやすくしたような、かっこいいハードボイルドだ。クールでクレバーで、キチンと筋を通すカッコイイ男やカッコイイ女が登場する小説は、胸がすくよう。ハードボイルドながら、優しい、かわいい場面も会話もある。

 冒頭の、のどかで明るく気持ちのいい土曜の公園が、爆発により一瞬にして阿鼻叫喚、酸鼻を極める場面で一気に引き込まれてしまう。そこから「容疑者になっている主人公が真犯人をさがす」という、いまではパターン化した物語に突入。しかし犯人探しよりも、登場人物の会話やキャラクター、物語の変転に引っぱられているので、だれる事がない。簡潔な文章ながら、リアルでドメスティックな主人公の鋭敏な五感にシンクロしてしまう。「夕方の天ぷらを揚げる匂い」なんていう一文で、ありありと「天ぷらの匂い」が感じられるではないか。

 読んでる途中は「パラソルはいつ出るんだろう?」と気にしていた。作者が、とても丁寧に伏線を張ってくださっているので、根拠はないから推理力じゃないけれど、犯人は勘(?笑)だけで明快にわかる。

 ラストちかくでタイトルにある「パラソル」が登場するのだけど、それがもう、見事で。ダークでどん底な気持ちが、ぱあっと透明で清冽、かつ晴れ晴れした幸せな景色に変る瞬間。極悪人にも救いがあり、彼自身の無垢さが示されているところに、読後感の爽やかさがある。極悪人が登場すると、やりきれない気持ちになるものだけど、この作品にはセンチメンタルやロマンチックな余韻すらある。

 乱歩賞と直木賞のダブル受賞作というのも、納得。20世紀末のやや古い小説ながら、結構読めます。プレ伊坂幸太郎っぽいので、ソフトな(笑)ハードボイルド好きにはおすすめ。

 
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2015/3/7

「ふがいない僕は空を見た」  読書

 出た当初から評判だったしタイトルが気にはなっていたけど、読むことも無くスルーしていた。

 それがやっと手にすることになり、今日読了。来週の読書会の課題本で、しかも先週まさかの病欠をなんとか大チコクに持っていったものの、当番を変ってもらったので、今回の担当は私。

 参りました。評判通りに素晴らしい。「そうそう、こういう小説が読みたかったの!」ととても腑に落ちた。

 作者は窪美澄さん。「Web本の雑誌」で連載されている「作家の読書道」の窪美澄さんの記事(読書遍歴)が、恐ろしく濃くて何度も読み返したくらい。

 現代詩もマンガも明治の文豪もフォローし、寺山修二や澁澤龍彦にも遭遇し、武田百合子の「富士日記」は毎年読んでいるというマニアックな読書家。現代作家では、西加奈子と今村夏子が大好きという、さすがのセンス。

 私より3つ下なので、ほぼ同世代。ジェネレーションとしてもシンクロする。「わかるわ〜!」と頷くことも多々あるのは、そういうこともあるのかもしれない。バブルや95年のオウムと震災を経て感じたこととか(実はその前の80年代前半の虚無感や自分探し全盛というのも、前提としてあるのかも)。

 彼女がインタビューで「生身の身体(を意識する)」と何度も言っているのも印象的だし、ネガティブな感情を抱え込んでいたのを、フィクションとして出してもいいんだと気づく蓄積があってこその、作品なのかもしれない。

 震災のあとは本が読めなくなるけど(この感じもかなりわかる)、「自分と誰かの間の深い感情の揺れを書いている人の本」なら読める、ということで、西加奈子さんと今村夏子さんが来るというのも、理解出来る。

 かなりつらい(いたい)社会的モチーフとかもあって、そういうのはたいてい結末が放り出されて辛すぎる読後感なんだけど、これは不思議に優しい。カタルシスで解放されるような救いがあるわけじゃないけど、終わりはほっとする。作者に揺るぎない、丸ごとの生への肯定感があるからだと思う。

 欠けていてもつまづいても道を踏み外しても、人間だもの。たとえ落とし穴にハマろうと、世間的な「ひとのみち」を逸れようと、自分ではどうしようもない性癖で犯罪を犯そうと。
 許してやったらどうや。大目にみてあげたらええやん。という現代社会の息苦しさとは対極にあるこの包容力が、なんとも心地いい。
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2015/1/27

神の恩寵を知る。  読書

 1月のヤング読書会の課題本は、児童書で150ページ余だったので、二日前から集中して読んでみた。課題本は、国松 俊英/著「ここが世界の中心です―日本を愛した伝道者メレル・ヴォーリズ」(PHP研究所/刊)だ。「ヴォーリズ建築」で有名な建築家にして実業家。建築会社のほかにも、薬品会社、病院、学校を経営された。現在の近江兄弟社を創設したアメリカ人、ウイリアム・メレル・ヴォーリズ氏を、「キリスト教の伝道者」という視点で描いた児童向けの伝記だ。

 1998年の刊行だけど、残念ながら新刊では入手不可能らしい。アマゾンでの価格を見て仰天する。定価の倍近い2200円。

 児童書なので、きちんと読んだうえ、メモ書きも所定ページに挟んでいたので、今回は全部感想を言えたな・・・と思っていた。なのに、やはり帰宅後に怒濤の感想があたらしくこみ上げて来るという(苦笑)。


 私が生まれてしばらくして、入れ違いくらいに天に召された方なので、同じ町に住んでたとはいえ、リアルにお会いしたことはない。しかし、彼の妻である一柳満喜子先生が園長としていらっしゃる幼稚園に在籍していたので、そうそう他人とも思えない(いやいや思いっきり他人ですが・笑)

 子どもたちも同様の学園でお世話になっていたので、彼らのエピソードや生涯はひんぱんに耳にする機会があり、おおよそ知っているつもりだった。

 もちろんご夫妻とも、敬虔なクリスチャンでキリストの教えを固く守っていたことも知っていたし、なにより建学の精神精神は「イエス・キリストを模範とする人間教育」だったので、耳タコなくらい承知していたつもりだった。

 しかしまあ「イエス・キリストを模範とする」ことを、子どもたちが卒業してからやっと思い知るとは。自分を敵視し暴力を振るう人間をかばい、その上「おまもりください」と心から神に祈るとは。

 建築をはじめ、いろんな業績を残した人だけど、「汝の敵を愛せよ」を真摯に実践したところが、なにげに一番スゴイことだった。まさに「キリストを身近におきつつ、教えを忠実に実践した人」で、しかもチャーミングなカリスマ。

 才能豊かで人脈に恵まれた彼も、何度も何度も苦難や絶望の渕に立った。貧苦に喘いだり、病で命を落としそうになったり、さまざまな偏見や妨害にあい石もて追われたり。でも、不思議にそのつど救いの手がのべられ、寄付が申し出られ、新しい道をみつけるキッカケにもなるのだ。

 彼は、若い頃、生涯の礎となるような体験をした。
 ひとつは、法で決められたことを破りながら、警察や新聞社さえもがぐるになり、理不尽な不正がまかりとおる社会への怒り。
 もうひとつは、社会通念や学説として、不可能と「いわれている」ことさえ、忍耐と努力で道が開けることも、身を以て知ったのだ。

 そのうえ、最初、伝道にはまったく行くつもりがなかった彼が、まさに突如神の啓示に打たれ、近江八幡に来たことも不思議だ。 彼は子どもの頃から商才があり、彼の手にかかればモノが飛ぶように売れたそうだが、そんな彼が「近江商人」のまちに来たのも、できすぎているくらいの偶然だ。

 本のタイトル「ここが世界の中心です」の「ここ」とは、近江八幡市のことで、彼はこの田舎の小さな町を愛し、帰化して、ここに根を降ろしたのである。

 あらためて、彼と近江八幡市の不思議な縁を感じた次第だ。やはり、神様に愛された人なのだろう。あらためて神の恩寵というものがあることを知る。
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2014/11/5

『セロニアス・モンクのいた風景』  読書

 先日地元の本屋さんへ行ったとき、平積みで、しかも1冊しか無かった単行本を即買いした。

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 2千円以上だったから、普段なら保留して、まず図書館で借りて中身を確認の後、注文買いというのが私の一般的な流れであるのに。めったにないことだが、タイトルだけで有頂天というか。あの、セロニアス・モンクに関するものなら、買わなきゃダメでしょ、というか。

 しかし、よくこんなマイナー路線の本が出たもんだと思ったが、なるほど村上春樹さんの訳と編集なんだ。ナットク。もちろん村上春樹さんもモンクのファンであり、彼の書いたものの中にも、モンクの音楽は何度か出て来る。

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 タイトルは『セロニアス・モンクのいた風景』。セロニアス・モンクのピアノは一度耳にしたら誰でもビックリするだろう。そして次の瞬間には、魅了されるか、罵倒するかどちらか、というくらい評価がわかれる人かもしれない。褒めるにしてもけなすにしても、まずこう思うだろう。

「この調子っぱずれなピアノはなんだ??」と。

 私も初めてH氏に聞かせてもらったときには驚いた。やはり「なに、この躓きっぱなしなピアノは??」という衝撃。

 なのに、この「静かなファンキー」と「お茶目な誠実さ」は、一体なに? この不思議な心地よさの正体って?

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(カバーを取ったら、こんなイラストが↑)

 村上春樹さんは、かつて「ポートレイト・イン・ジャズ」という本を出された。和田誠さんとのコンビを組み、ジャズ・ミュージシャンの肖像画に彼らへのオマージュに満ちたエッセイを付けたものだ。その中にも、当然モンクについて書かれていた。「謎の男」というタイトルである。そのエッセイも、ご自身の思い出を加筆されて、この本の最初に掲載されていた。ついでに私も遥か昔、ブログでそのページについて感想を書いている。

 まださほど読んでないので感想は書けないが、村上春樹さんの「あとがき」が感動的なので紹介する。この本のカバー絵についてである。

 村上さんは、最初、この本の表紙は安西水丸さんに描いてもらうつもりだった。しかしご存知のとおり、水丸さんは今年3月に逝去されてしまった。表紙が描かれること無く。

 彼が水丸さんに表紙を依頼されたとき、水丸さんはニューヨークのジャズクラブで、モンクそのひとに会ったことがある、という話をされた。

 最前列で聞いていた水丸さんにモンクが煙草をねだったので、ハイライトを1本進呈し、火も付けてあげた。モンクは「うん、うまい」と言っていた、という話だ。

 水丸さんがずっと以前に描かれたモンクの後ろ姿のスケッチが見つかったので、村上春樹さんは、共通の友人である和田誠さんにそれを生かした表紙を描いてくれないかと依頼した。和田さんは快諾し、表紙が完成した。

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 モンクにハイライトを差し出す水丸氏。裏表紙には、水丸さんのスケッチが使われた。セロニアス・モンクのファンのみならず、安西水丸さんを愛していた人々にも、じんとくる本なのである。

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 もしかしたら水丸氏は天国で、モンクにハイライトを差し出しているのかもしれない。
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2014/11/2

だらりの日曜日  読書

 お天気はいまいちながら、連休の中日だというのに、今日も家にこもっていた。ぱっとしない私の体調と、同じくぱっとしない感じのおばあちゃんの見守りで、「あえて」だらっと過ごす。

 それでも午前中は「日曜美術館」で「正倉院展」をかいま見たあと、美味しいコーヒーを淹れて飲む幸せがあり、午後は食後の挽立てコーヒーと、高野文子さんの『ドミトリーともきんす』を読む愉しみがあった。

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 実はトイレの壁に「正倉院展」のチラシを貼っているのだが、先日初めて「鳥毛立女屏風」の美しさに開眼した(開眼したのが便器の上っていうのも、どうかとも思うが・汗) 

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日本で初めて描かれた絵画で、紙に描かれた残っている絵画では最古のものらしい(うろ覚えなので、間違っていたらすみません)。その辺の貴重さは、個人的には重要視しないけど、教科書なんかで子どものときからみてきた「鳥毛立女」さんを、初めて「あ、いいな」と思ったのだ。ずいぶん時間がかかってしまい、ごめんなさい「鳥毛立女」さん。

 それはともかくとして、開眼したら「正倉院展」を見に行きたくなってしまったが、30年前に一度行ったときの混雑ぶりを思い出すと、ちょっと気おくれしてしまう。混雑に負けない気力が出たら、ということにしておこう。国立博物館パスポートを持ってるから、フリー観覧だしね。

 しかし丸一日(朝から夕方までの)、みっちりお出かけが難しくなった状態でも、京都や奈良が日帰りできる距離に住んでいて、本当によかった。幸せなことだ。
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2014/11/1

『線量計と機関銃』  読書

 せっかくの土曜日で、あちこちでイベントも目白押しだし、行こうかどうか迷ったりもしたけど、結局じっと家にこもって過ごす。

 昨日から大きなニュースがいくつか流れ、不吉な気配が胸にわき上がる。「このまま地道にやってても、遅かれ早かれ破綻するだもん、どーせ破綻するんなら、バクチしなきゃ」みたいなこと? ますます国民年金収める人、減るんじゃないかと不安になる。大丈夫なのか?「総体としての日本」??

 このハラハラ感は、昨日、片山杜秀さんの、東日本大震災直後のラジオトークをまとめた『線量計と機関銃』(片山杜秀の本5)を読了して草津駅の図書館ポストに返却したせいかも。

 『線量計と機関銃』は、やたらトークの比率が多いクラシック番組(だけどマニアックな映画音楽や古い歌謡曲なども掛かる)で、無関係なふたつのお題を片山視点にて結び、共通項を見いだして、現代の社会状況を憂えつつ分析する、という不思議な時事評論。知的アクロバティックな思考が、やたら面白い。(すごい暴論に走ることもあるけど、「あくまで個人的な意見」とさすがに「オレが正義だ」的なことはおっしゃらない)

 この本の、幼稚園児代からの記憶(怪獣映画や大阪万博)までもが繰り出され、あらゆるベクトルから集約した知識による疾走するトークと、ついつい漏れ出るクールな怒り、ふとしたユーモア、透明で妙に明るいペシミズムに感化された気もする。

 後続して出された『現代政治と現代音楽』(片山杜秀の本6)が県立図書館で所蔵されていたので、帰途にいそいそと、地元の図書館へ予約手続きしに行った。それくらい面白かったのだ。

 今更ながらだけど、ソ連がなぜロシアになったのか、ゴルバチョフが何をしたのかがざっくりとだけどよくわかったし、小松左京さんの小説のテーマや、吉田秀和さんや三木鶏郎さんについての裏話も面白かった。

「吉田秀和さんくらいになると、ぼくなんかよりずっと追悼文を依頼される適任者がいらっしゃったと思うんですが、なにしろ吉田秀和さんはまもなく99歳に手が届くという年齢で亡くなられたので、適任の方もすでにいらっしゃらなかったらしく、僕にも回って来たようです」。
 ちなみに片山さんは『音盤考現学』『音盤博物誌』(アルテスパブリッシング)で、2008年に「吉田秀和賞」を受賞された後、2012年より「吉田秀和賞」の選考委員になられている。

 そしてたぶん、片山さんの「文章」ではなく「トーク」にやられちゃったんでしょうね。ラジオで聴く彼のトークは、実に濃いから。
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2014/9/8

村上龍を初体験  読書

 8月は遠方におでかけしたので、読書がはかどった。おかげで余裕で読書会の課題本を読み上げられた。(そのための青春18キップ)

 なんと初の村上龍さん。最近NHKでドラマにもなった「55歳からのハローライフ」。彼が「限りなく透明に近いブルー」でデビューしたときを知ってる年齢なのに、ずーーーっと読まず嫌いで通してきた。今回課題本になっていなければ、一生読まなかったかもしれない。

 ところが今回、いままで持っていたハードロックのような村上龍イメージが覆された。まるで深みのあるスローなブルースみたいだった。いろんな人のレビューを読んだら、やはり「彼らしくない本」ではあったようだけど。

 これ、50代で読んだら沁みます。ほとんどが60代の人たちが主人公ではあるんだけど、しっかり涙腺やられました。タイトルどおり「55歳からのハローライフ」。

 人生後半(終盤)でもう一度、「人生に、こんにちは」。新しい人生が始まるっていうこと。何かしらの変動があり、心が裏返ったり、ひと皮むけたりすること。新しい仕事、新しい生活、新しい夫婦関係、そして新しい勇気と優しさ。

 実は村上龍さんって、もっとマッチョな人かと思ってたのに、実に女心がわかっているし(渡辺淳一氏とは逆の意味で・笑)、繊細に女視点で男のどーしようもないとこが指摘出来る人だし、「男と女の間には深くて暗い河がある」けど「えんやこらと舟を漕ぎ出す努力をしなくちゃ!」とも考えてる人だとわかったのは、意外だったけど大収穫。

 あ、明日の読書会にむけて、頭の中、まとめとかないと。極上の中編たちなので、すぐさまのめり込めますよ。

 今日は中秋の名月。昨日の小望月も冴え冴えときれいでしたが、さて、今夜はどうかな。

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☆ススキ、コスモス、ユーパトリウムチョコラータ(フジバカマ)
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