2012/10/18  2:48

彼女の抱いた夢  エロスSM

わたしがとあるお店にまだ在籍していた頃、

風の噂ではその女性はもうそこにはいないけれども、

とても感銘を受けたことを鮮明に覚えてます。

いつか、自分の出身の街に、「風俗街」をつくるんだって言っていた。
(*詳細はもちろん書けないけれども)

壮大で、心から応援したいと思った。

現実には、今の法律やらなんたらを考えると、無念ながら無理だと思った。

でも、そういう思いが、本当に尊敬に値すると思いました。

これは、大言壮語とは違う。よく、大言をバカにする人がいるけれども、

それはおかしいと思う。夢とか目標って、どちらにしても未来のことだから、

確実なことなんてわかるわけない。わかったら夢でもなんでもない。

無理かもしれないけれども、「とにかくやってみるんだ!」っていう、

そういう心が私は大好きです。取り返しがつく限りは、

失敗なんていくらしたっていい。

その女性に出会ったとき、私は、そのお店から身を退く最終的な決心がつきました。

逆立ちしても競えないと思ったから。

いつか、少しでも追いつきたいと思った・・・。


2012/10/18  1:38

無数の愛のカタチ  

屁理屈をこねるつもりはないです・・・。

でも、「本当に愛し合えるのは、一人の男性に、一人の女性」っていうのは、

本当にそうなんでしょうか・・・?

「複数男性」と「複数女性」が愛し合うという形式が「異常」とされてから、

たかが100年もたっていない。

日本の歴史はどう短くみつもってもまともな記録だけでも1500年以上あるわけだし、

その中で、「一夫一妻」になってから本当にわずかしかたっていない。


私には、「特定少数」のSMプレイなどで交流する男性がいます。

先方もたいていはそうかもしれない。

でも、そういう形態は、平安時代とかの王朝文化を理想としている私の場合、

むしろ自然に見えてしまいます。

変な例えばですが、どれだけイタリア料理が好きでも、

和食だって食べたいし、ハンバーガーも食べたいし、

中華やフレンチも食べますよね・・・。ひたすらに「一筋」というのは、

私は自分にかんしては、理解できないです。。。



「不倫」っていうのは、「隠れて行うこと」だと私は思っているので、

お互いに理解したう上であれば、それはただの「交遊」だと思ってます。

私の「連れ」がとても大切にしている女性と私は何度も面識もあるし、

京都へも台湾へもいっしょに旅行したし、

いろいろと見習いたいことばかりで、ほんとにその子のことを私は人として好きです。


こういう関係は、批判されることが多いかもしれない。

でも私はそうやって生きてゆき、死んでゆきます。


例え・・・・ 社会不適合者の烙印をおされようとも、

そんな取るにたらないことはどうでもいいとしか思えないです。

そこまで、時間が残っていない・・・。


言葉づかいが、どんどんと地の自分で描きつつあります。

そういうことをしはじめた理由は、私がSMっていう世界に踏み込んだ

本当の理由は、「幼少〜10代におけるトラウマ」だからです・・・。

やっぱりいろいろなところで聞かれます。

「なんでSM好きなの?」「虐げられるのが好きなの?」って。

当たり障りのない返答なら10も20もあるけれど、

本当の理由は、「かつて、虐待されたから」です。

これもありがちかもしれないけれど、そんな自分を「なんとか正当化」するために、

虐げられると快楽につながるように、心を変えていきました・・・。

そうしなければ、生きられなかった。

でも、悔やんではないです。そんな暇はない・・・。


こんなことはお店時代とかでは絶対に書けななかったけども、

おそらくは、よくある理由だと私は思ってます。


2012/10/18  0:56

とても陰鬱な、深淵な闇を  

あたしは・・・ 笑えない人間です。

笑いを装うことはできるし、もちろんほんとに心底笑えるときもあるから、

まるっきり笑えないほど心が砕けてるわけじゃないです。

でも、またひとつ大きすぎるヒビが入り、流石に、疲れた・・・。

「泣くほど大笑いした」とか「息もできないくらいに笑った〜」

っていう経験がみなさんにはありますでしょうか?

あたしは・・・ 3年くらい前に、かつてのお店でそういう日々がたまにだけど

ありました。いろいろ納得のいかないことや、いまだに思いだしてはイヤなことも

あるけれど、それでも、あの4年間は、私の30年前後の人生で、

たしかに「黄金時代」といえる日々でした。

ほとんど毎日、あの頃の夢ばかり見るんです。


最近は、心に厚く被せていた能面を少しずつ薄くしています。

でも、それで心の奥から笑顔が見えるほど、やわな人生は歩んでこれなかった。

書けないことも無数にあるし(違法なこととかには興味がないんでしてないですが)、

このブログがまだ形式上はお店のブログだったときには、

体面や無数のしがらみで、書けないことがいっぱいあった。

それは、これからも書くことはないですけれども、

もはや誰のご機嫌を取る必要もないので、

(→ あ、特定のどなたかへケンカ売っているとかそういう意味合いじゃないです。
そうではなくて、私はお店ブログっていうものが正直いうと大嫌いなのと、
うわべだけの人付き合いにはもはや疲れ果てたので、いっそ書いてしまいます。)

以前よりは透明な・・・ 心を描きます。

ただ、それはときに暗く、醜く、砕けつつあるものかもしれない。

この手の日記を書けば、アクセスにもマイナスに働くだろうと思うんですが、

ひとかけらも、躊躇しようと思えない・・・。

なぜなら、本心で書いているからです。


わたしは・・・ 一見して見えるよりも、はるかにすさんだ生き様をしてきました。

幼少期の当時でいう英才教育により人格をかなり破壊され、

幼稚園の頃に、ピアノとお茶と、サッカー強制的にをやらされ、

小学校二年からは英語とつめこまれて育ちました。

親の背中を見るたびに、「こんな大人になるものか」と思って育ちました。

親への憎しみがなんとか消えかけるまで、18年くらいかかりました。

感謝の気持ちがあると同時に、憎悪の念もあったんです。



私は、21才くらいになるまで、「和物」がとても大嫌いでした。

それに類する、「古文・漢文・日本史」もとても嫌悪していたし、本当に大嫌いだった。

(今では・・・・ まるで考えられないんですが・・・)


だからなんとなくアメリカやフランスの文化にあこがれていたんですが、

最近になって思うのは、幼少期の深刻なトラウマのせいだったろうなと

思ってます。


私の親族さんたちにもかなりの方がすでに結婚し、お子さんに恵まれました。

でも、そういう方の一部が、とてつもなく苦心して、

某K大学の付属やらに無理やりにでも入れようとしているのを見るにつけ、

そのお子さんが、あたしのような「心の壊れた人間」にならないことを、

強く願ってます。


ごめんなさい、今夜の日記は、本心からの「呪われの我」でした。

タグ: 麻縄 一本鞭 吊り



AutoPage最新お知らせ