2013/7/11  5:41

好きで好きで好き〜で  私的な日記

奇跡的にほぼ同じ場所で生まれ育って、十代を同じ空間ですごして、

同じ人を心に抱いて、そんな生き方をしたいと思い続けて、

奇跡的に同じ街でお仕事をしていたっぽい。


腕にあるタトゥーにみとれてしまって、すごく細いのに生命の溢れるような腕と優しすぎる指にふれた。

日本酒とビールと梅肉と鱧しゃぶと鯛ご飯が入り乱れて、

深紅のネイルが心臓に突き刺さりそうなくらいゾクっとした。

人が人に魅かれるものの源泉に触れた気がする。



あたしが神よりも崇めた人はもうこの世にいないから、その次くらいに大好きな人。

過去の想い出が無いあたしにとって、たった一人の過去の残影。

その人といっしょなら、この世を去ってもまぁいいやとさえ、思った。(でも楽しく生きるけどね!)


夜の街をいっしょに歩いて、夢の中みたいに抱き合って、それぞれのタクシーに消えてった。


七夕の夜の奇跡の日に

乾杯、愛に。


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タグ: 愛ちん

2013/7/10  17:33

限りなく深い違和感  私的な日記

先日、親しい友人から奇妙な話を聞かされた。

電車の中で若い女の人が、どこからどうみても具合悪そうで、

胸抑えて連続で咳してるし、呼吸も荒いし、全然知らない人だけど、

明らかに体調が悪そうだった。それも相当に悪そうに見えた。

プライオリティーシートっていうのが電車にはあるそうですが、誰も彼女に席を譲らない。

その話を聞いていたら、泣きそうになった。

年令と品性には、何一つ関連性がないんだとその友人はいつも言っていたな・・・。


(*伝聞なのでコメは不要です。すいません。)

2013/7/9  4:36

手料理  

最近、ふとしたきっかけで、前からやとうと思っていたけど

後送りになっていた「料理」をかなり真剣にやろうと思ってる・・・。

心の置ける友人と何かをいっしょに味わうのもとても素敵だけど、

お互いに何かをつくりあえたら、きっともっと素敵な気がする。

はじめるにしては早いとはとても言えないけれど、

やらなければもったいないから、やるんだ〜。

まだ、写真でお見せできるようなものはつくれない〜><


とりあえずは、スペインのバーニャカウダ(お野菜料理)からなぜかはまってます^^;

タグ: 手料理

2013/7/8  21:35

一夫多妻、その歴史学的意味  私的な日記

*ただの、個人メモか、創作としてどうぞ〜
*注釈は膨大なのであとで追記するかも


ちょっと勢いにまかせて筆をとり、ここに刻もう。

あたしはほとんど全部の意味でおバカなんで現代のことについては皆目わからないけども、

考えてみると、一夫一妻はあまりにも最近すぎるんですよね・・・。

歴史学的にも、文化人類学的にも、あるいは文学的にも、

一夫多妻とかその逆の事例はとても多い。


あ、特定の宗教のハーレムについてじゃなくて、

歴史学的に明らかな事例でも、織田信長には正妻の他に森蘭丸っていうオトコノコが、

愛人としていたことは事実だし、本当に本能寺までお供したのかまでは

ちょっとあたしのリサーチ不足でわからないけども、とにかく心底から、

絆を持っていた人は複数いたんですよね。

秀吉にしても、妻は複数いたし、家康も複数いた。

(戦国時代は資料が多いから引用しやすいけど多すぎるんで割愛)


そして、物語とはいえ、紫式部の放った世界文学「源氏物語」は、

周知の通り、一夫多妻で「六条の院」という住まい(注1)には、

右上(春)= 紫の上(源氏の北の方。ただし正妻ではない)、
明石の姫君(後の明石の中宮)

右下(夏)= 花散里さん、夕霧(源氏の実の息子)

左上(秋)= 秋好中宮(六条の姐さんの実の娘)

左下(冬)= 明石の中宮(光源氏の言ってみれば第二妻)


という世界であって、誰がどうみても「めっちゃ不倫じゃん!」ですよね。

だけど、当時はそういうことが現実でもよくあって、

むしろ一夫一妻はあたしの調べた範囲では、平安、室町とほとんどない。

フランスのブルボン王朝のポンパドウールとかアントワネットあたりの

歴史を見てみても、一夫一妻はほとんどなかったはず。


この話をある大学の一室で、古典文学を専門に研究なさっている(とてもいい性格の)教授と話し込んでいたときに、

本当に一夫一妻が確かに最適なんでしょうか?っていう話になって、

あたしは個人的には、その制度はとてつもなく不自然だと思うと即答した。

繰り返しで申し訳ないんですけど、あたしは現代の事例にはちょっと全然知識がないんですが、

古代ローマ、古代ギリシャ、は言うまでもなく、

それなりにキリスト教が定着していた(ということに表面上はなっている)

中世においても、一夫一妻なんて、ぶっちゃけレアケースすぎて事例が見つからない。

だとしたらさ、当然の疑問として、いつから一夫多妻が非常識だと

思われ始めたんだろう。あたしは、素人の独自解釈ですけど、なんとなく明治の前半頃だと思う。

夏目漱石の名作「それから」を見ても、それが伝わってくる。


現代の不倫についてどう思っているかは私には全然わからないですが、あたしは一夫多妻が好きです。

本心です。

そういうわけで、あたしはパートナーさんがいても、

時折、別な方々にも、フェラなどをやらせていただくことに、

性的倒錯と歴史的意義と文化的意義 を感じるんです。



注釈1) *あとで修正しまくるかも
これは現実では、多分だけど、京都にあった河原院で、源順(紫式部の有名な恋人の一人)
のつくった邸宅がモデルかな?

紫の上が源氏の正妻じゃないのは、紫の上の出生としての位が
微妙に低かったからです。源氏の正妻は葵の上で、
父はたしか右大臣だったし、相当な実家パワーだったと思う。
しかし葵の上は早くしてこの世を去り、源氏が次の正妻として迎えたのは、
なんと内親王(ひめみこ)の「女三の宮」。
彼女は朱雀天皇の皇女で、年令としては40才を迎えた源氏に
たしかにふさわしかったかもしれない。



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タグ: 六条の院



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