2014/1/30  23:57

パソコン大破のお知らせ  私的な日記

どうにも呪われている。
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2014/1/30  19:13

月への憧れ  私的な日記

最近親しくさせていただいている男性が、

太陽ではなく、月の満ち欠けとともに生きておられるとのこと。
(*宗教の類ではないですよ〜)

太陽は写真の撮影のときには大切だけども、

他の用途ではわたしも月のほうが好きです。

どうも太陽の明るさは邪魔すぎて、月の風雅さがかき消される。


思い返せば、古今東西世界各地で「月の満ち欠け」に関する奇妙な伝承は無数にあるのに、

太陽についてはあまりないかもしれないとか思いました。

単に光り輝いているだけで、それは畏敬の対象だとしても、太陽には風情が足りない。

そんな寝言を置きながらに記しておこう。


戦国バサラというゲームをやっていると、

東軍の東昭権現・徳川家康さんは太陽(実際に光り輝いて敵をぶん殴るけど)
西軍の君子殉狂・石田三成さんは月

この描写はとても面白い。

ゲームだから史実とは関係ないけれど、歴史とはある程度のところは人の作品。


西方は「根の国」、つまりは神代の頃(というより古今和歌集前後かな?)から死者の空間。

だけれども、極楽浄土は西方にある。

西方とかいいつつ、京都が中心ですけどね・・・。


つまり何が言いたいかというと、最近「月」をテーマとした

写真をいくつか拝見して、すごく好きだったことかなぁ。


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2014/1/30  6:44

怨霊と化す  私的な日記

あたし的にここ数週間はこの10年で最悪の出来事。

流石に、立ち直れない。

人の病んでいる日記ほど見苦しいものはないというけれど、はたしてそうだろうか。

鬱なときにポジティブに振舞う理由なんて、無い。

写真を何かしらUPするときには、その分だけ気力も回復しているのだろうけど。


お知らせ:

いくつかのイベなどにお誘いもいただくのですが、

ここ最近は電車に全く近寄れないので、移動することができず・・・。

いくつかの、とても心魅かれる撮影関連のお話もあり、

是非とも・・・と思っていたので、なんとか・・・。

「あの場所」は、今の私なら限界以上に感情を発露できると思う。

ただ、心のぶっ壊れと引き換えだから、耐えきれるかどうか。

 
タグ: 怨霊に成る

2014/1/28  11:12

本日の悪夢を刻む  私的な日記

今、カラフルながらもとても憂鬱で奇妙な夢を見たんで、記してみます。

寝ぼけていたんで、キーボードの横にあったコーヒーのカップにカラダが当たってしまい零れた。

髪の毛からそれを垂らしながら忘れないうちにタイプしてます。

*これ、夢の中でのお話です。


こういう夢だった。昔から、ものすごく畏怖してやまない人がいて、

偶然にもどこかのイベントで出会うことになった。

広い意味では同じ趣味の領域ということもあって、関わりを持たせてもらったものの、

進めてゆくほどに自分のやりたいこととの差異が浮き彫りになってゆく。

異を唱えられるほどの実績も名声も自分にはないし、

よくよく考えてみれば自分の考えのほうが考えなおす必要がある気にもなってくる。

してみれば、先方のやりかたには確かに何か見るべきところがある。

そこでシーンが変わり。


私はできるだけやりたいことを付き進めようとするほうだし、実際にそうしているとは思うけれど、

それだと必ずどこかでいろいろなことに衝突する。

DからEまでは妥協できるけれども、AからCまではどうしても引けない、というのは現実的なラインとしてある。

それを曲げるのが常識であるならば、そんなものはいらないと思うけれども、

だからといって、いろいろなところであれは違うとか異議を唱えまくるのは時間と労力の無駄だし、

自分に理想があるのと同じように、相手にもあるのだろう。そして、引けぬ理由があるのだろう。だからこその争いなんだとも思う。

え、中二病ですか? 中二というか魂のありようとして、そういうの無くしたらもう終わりだと思うけど。

夢だからひどいことを思っている。でもわたし、考えたらほとんと中学校には行ってないや。


またシーンが変わり。

とはいえ、全方位で笑顔を売るというのは短期的なリスクは胃が痛くなるくらいで、一番うまくいきそうだけども、

ある時期を過ぎればもっともどうにもならないやり方だとも思う。

反対していたことに思い直して賛成するのはなんだか割とあるように思うけれども、

賛成していたことにあとから反対に転じるというのはどうにも難しい。

10個の立場があって、その全てに共感するということはありえないのだから、

そういうやりかたは一番無理が来ると思う。

心の弱い私が取るのは、波長の合わないものには近づかないし、嫌いなものはただ無視する。



夢の中の最終幕へ。

何かのテンプレートがあるとして、それに合わせてやるのはある程度までは妥当だと思う。

だけども、先人の歩いた道は本当に後からついていけるものなんだろうか。

それはその先人固有の道で、後から追いかけた人が歩けない道の可能性はないだろうか。

先人が空を駆けて行くなら、それを見習って私も空を舞えるのだろうか。


私は、「〜道」というのが好きではないといつも思っていた。

その全てがおかしいわけではないけれども、根本的に私の在りようとは相いれないものだと思う。

歴史には、道がない。文学にも道はない。写真にも道はない。ブログにも道はない。和歌には道がある。

かつてドイツのゲーテがその弟子に

「モネという新人画家は素晴らしい。たしかに才能もあるようにみえる。だけど、独学で絵を学んだというのは非難されるべきなんだ。

やりたいことをやりたいようにやっていいはずがない。」


という一説があるけれど、これほどに吐き気を催す言葉があるだろうか。

私はあまりゲーテという人は好きではないけれど、この一説を耳にしてから、大嫌いになった。

もちろん、ドイツ語の原典で確認したわけじゃないからわからないけれども、

そんな核心で翻訳ミスはないだろうから、きっとそういうことを言ったんだと思う。


ゲーテの言うことは、彼自身にしか当てはまらない格言なんだと思った。


思えば、格言っていうのは結局は当人にしか当てはまらないものなのかもしれないなぁ・・・。

私はどうにも人様の格言を使えないのはそこらへんに理由があるのかもしれない。


夢の記憶が潰える前に、なんとか思い起こしてここに刻む。


*身うちに大いなる不幸が起こったため、更新がかなり遅れてます。


 



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