2012/10/18  0:56

とても陰鬱な、深淵な闇を  

あたしは・・・ 笑えない人間です。

笑いを装うことはできるし、もちろんほんとに心底笑えるときもあるから、

まるっきり笑えないほど心が砕けてるわけじゃないです。

でも、またひとつ大きすぎるヒビが入り、流石に、疲れた・・・。

「泣くほど大笑いした」とか「息もできないくらいに笑った〜」

っていう経験がみなさんにはありますでしょうか?

あたしは・・・ 3年くらい前に、かつてのお店でそういう日々がたまにだけど

ありました。いろいろ納得のいかないことや、いまだに思いだしてはイヤなことも

あるけれど、それでも、あの4年間は、私の30年前後の人生で、

たしかに「黄金時代」といえる日々でした。

ほとんど毎日、あの頃の夢ばかり見るんです。


最近は、心に厚く被せていた能面を少しずつ薄くしています。

でも、それで心の奥から笑顔が見えるほど、やわな人生は歩んでこれなかった。

書けないことも無数にあるし(違法なこととかには興味がないんでしてないですが)、

このブログがまだ形式上はお店のブログだったときには、

体面や無数のしがらみで、書けないことがいっぱいあった。

それは、これからも書くことはないですけれども、

もはや誰のご機嫌を取る必要もないので、

(→ あ、特定のどなたかへケンカ売っているとかそういう意味合いじゃないです。
そうではなくて、私はお店ブログっていうものが正直いうと大嫌いなのと、
うわべだけの人付き合いにはもはや疲れ果てたので、いっそ書いてしまいます。)

以前よりは透明な・・・ 心を描きます。

ただ、それはときに暗く、醜く、砕けつつあるものかもしれない。

この手の日記を書けば、アクセスにもマイナスに働くだろうと思うんですが、

ひとかけらも、躊躇しようと思えない・・・。

なぜなら、本心で書いているからです。


わたしは・・・ 一見して見えるよりも、はるかにすさんだ生き様をしてきました。

幼少期の当時でいう英才教育により人格をかなり破壊され、

幼稚園の頃に、ピアノとお茶と、サッカー強制的にをやらされ、

小学校二年からは英語とつめこまれて育ちました。

親の背中を見るたびに、「こんな大人になるものか」と思って育ちました。

親への憎しみがなんとか消えかけるまで、18年くらいかかりました。

感謝の気持ちがあると同時に、憎悪の念もあったんです。



私は、21才くらいになるまで、「和物」がとても大嫌いでした。

それに類する、「古文・漢文・日本史」もとても嫌悪していたし、本当に大嫌いだった。

(今では・・・・ まるで考えられないんですが・・・)


だからなんとなくアメリカやフランスの文化にあこがれていたんですが、

最近になって思うのは、幼少期の深刻なトラウマのせいだったろうなと

思ってます。


私の親族さんたちにもかなりの方がすでに結婚し、お子さんに恵まれました。

でも、そういう方の一部が、とてつもなく苦心して、

某K大学の付属やらに無理やりにでも入れようとしているのを見るにつけ、

そのお子さんが、あたしのような「心の壊れた人間」にならないことを、

強く願ってます。


ごめんなさい、今夜の日記は、本心からの「呪われの我」でした。

タグ: 麻縄 一本鞭 吊り



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